第四章 雨降って地固まる
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
12.馬術の稽古
加藤村の馬借、清八さんに乗馬を習う日がやって来た。
「清八はね、すっごく優秀な馬借なんだよ!暗い夜道だって悠々と駆け抜けるんだ」
団蔵くんはまるで自分の事のように誇らしげに言った。
『団蔵くんは清八さんが好きなんだね』
「うん!村に帰ったらいつも遊んでくれるんだよ」
ニコニコと団蔵くんが笑う。
清八さんってどんな方なのかな?
想像していた時だった。
パカラッパカラッと軽快な音が門の外から聞こえてくる。
『来たみたいだね。お迎えに行こう』
「ううん。ここにいて大丈夫っ」
『何故?』
団蔵くんに袖を引かれて止められる。
目を瞬く私にかかる影。
私は頭上を見上げてポカンと口を大きく開けた。
『う、嘘・・・』
馬が学園の塀を飛び越えてきたのだ。
いやいやいやいやいや!
馬の脚力凄すぎでしょ!
いや、ここの世界の人たちはこの塀を生身で楽々飛び越えちゃうような、私の世界では考えられないような運動神経を持った人達だけれども。
私の真ん前を通り過ぎた馬。
馬は軽やかに着地して方向を変える。
「あはは。ユキさんったらすっごく吃驚してる!」
楽しげな団蔵くんの声にハッと我に変える。
トスンと軽やかに馬から降りる青年は私にニコリと微笑んだ。
私はまだ驚きながらも清八さんへと走り寄って行く。
『は、はじめまして。忍術学園の事務員、雪野ユキと申します。まずは入出門表にサインをお願いします』
「サインならもうしていますよ」
『へ?』
にこっと悪戯な笑みを向けられて自分が持っていたバインダーに視線を落とせば、既に“清八”と名前が書かれていた。
『い、いつの間に・・・!』
吃驚しかない。
馬で塀を飛び越え、知らぬ間にサイン。
この人凄すぎでしょ!
私は衝撃的なかっこうで登場した右頬に傷のある長髪の青年を唖然と見つめる。
「ね、清八って優秀な馬借でしょ?」
団蔵くんが楽しそうに私の顔を覗き込む。
『うん。ビックリしちゃった。凄いね』
素直に思った事を述べる。
「若旦那と雪野さんにそう言って頂けて嬉しいですよ。はじめまして。私は加藤村で馬借をやらせて頂いております清八と申します」
ペコリと頭を下げた清八さん。私も清八さんにお辞儀を返す。
『この度は私のために遠くまでお越し頂きありがとうございます』
「いいえ。実は私、雪野さんとお会いしてみたいと思っていたんです。若旦那から、いつも手紙で雪野さんの事をお聞きしていましたから」
『私のことを?』
「はい!」
『うっ。ちょっと嫌な予感がするんだけど?団蔵くん、変なこと書いてないよね?』
「書いているわけないよ~。ユキさんがお風呂で僕たちと潜水大会をしてのぼせたり、しんべヱみたいにAランチもBランチも食べちゃう事なんてさ」
『団蔵くん~~~!!』
「わーーユキさんが怒った~~~!」
きゃっきゃっと笑って清八さんの後ろに隠れる団蔵くん。
もうっ!恥ずかしいじゃないの!
ガクリと項垂れて溜息を吐いているとくすくすと小さな笑い声。
顔を上げると清八さんが小さく笑いながら私を見ている。
「若旦那がいつもお世話になっています」
と楽しげに言う清八さん。
『私、清八さんが想像しているよりもずっとお淑やかな女の子なんですよ?』
じっととした目で言う私。
「はい。心得ておきます」
真面目な顔で清八さん。
私たちは顔を見合わせ小さくクスリと笑ったのだった。
「あの、雪野さん・・もし宜しければユキさんとお呼びしても?」
『もちろん構いませんよ』
「ありがとうございます、ユキさん!」
『いえいえ。ところで清八さん、お若いですよね。お幾つなんですか?』
「二十一ですよ。ユキさんは?聞いても宜しいですか?」
『私は十五歳です』
「十五・・・しっかりしていらっしゃるからもう少し上かと思いました」
にこっと笑う爽やかな好青年の清八さん。
私は心の中でにっこりしていた。
私のこと“しっかりしてる”だって。
嬉しいな。
今まで馬鹿な行いのせいでよく年下に見られていた私。
実年齢は二十歳をとうに過ぎている私だ。
落ち着いて見られて凄く嬉しかった。
機嫌よくニコニコしていると清八さんが愛馬を撫でた。
「私の馬も紹介させて下さい。異界妖号です」
凄い名前だなっ
清八さんが茶色いまだら模様のあるお馬さんの鼻筋を撫でる。
名前に反して黒くまん丸な瞳が可愛らしいお馬さん。
一方の私たちは忍術学園にいる馬だ。
団蔵くんは自分の愛馬、能高速号。
私は忍術学園で乗馬練習に使われる馬、浦霞号を借りていた。
馬には時々乗っている。
雅之助さんに護身術の練習をつけてもらい、帰りがあまりにも遅くなってしまった時、雅之助さんは忍術学園まで私を馬で送ってくれるのだ。
でも、一人で馬に乗ったことはない。
不安だな・・・
浦霞号のたずなを持つ。
顔は可愛いんだけどね・・・大人しい子だといいな・・
「それでは練習場所に行きましょうか」
清八さんが言った。
『はい』
「しゅっぱーつ」
団蔵くんがピクニックに行くような楽しそうな声を出して拳を空に突き上げる。
そうだよね。今からこんなに不安がってちゃいけないよね。
私も団蔵くんみたいに明るくいかないと。
不安になる気持ちを抑えて練習場所へと歩いて行く私たち。
私たちは広い、広い、原っぱに来た。
広場は梅雨で成長した草花で覆われている。
風が吹けば草はなびき、気持ちの良い草花の香りを運んできた。
「それでは練習を始めましょう。伝統的には左側から乗ります。左手で手綱を持ち、右手で鐙・・・足をかける輪を自身の体の方へ引き寄せます」
私は清八さんに言われる通りに足掛けの輪を自分の方へと引き寄せた。
「次は自身の左足を鐙に入れ、両手で鞍を持って下さい」
うん。ここまでは順調。
「左足を支えにして跳び上がり、右足を馬の上に回して鞍に座ります。優しく腰を下ろして下さい」
ここまでは雅之助さんの馬に乗る時にやったことがある。
私はすんなりと馬の上に座ることが出来た。
この時の注意は手綱を強く引っ張らないようにする事。
馬の首を強く引っ張ると、馬が驚き、怪我をする危険があるからだ。
私は真っ直ぐに背筋を伸ばして前を見る。
「足は、爪先から三分の一まで鐙に入れて下さい」
ここからは初めてやること。
私は緊張しながら足をかける輪につま先を入れた。
『せ、清八さん・・・』
「どうしました?」
『ちょっと怖いかも』
正直に吐露。
私の体は震えてしまっていた。
だっていつもは雅之助さんの逞しい背中が私の体を支えてくれていたから。
一人で乗る馬は、何ともアンバランスに思えた。
「気持ちを楽にして。上手く乗れていますから安心して良いですよ」
清八さんが私の震える手に自分の手を重ねて微笑んでくれる。
「大丈夫。落ち着いて」
「頑張れ、ユキさん!」
団蔵くんも応援してくれる。
シャンとしなきゃ!
私は震える体を無視して、清八さんに続きを促した。
清八さんは正しい座り方、手綱の持ち方を教えてくれる。
私は指示に従ってそれをやった。
「ここまでは良いですよ。では、さっそく歩かせてみましょう。私がたずなを握っていますから安心して下さいね」
『はい』
「ふくらはぎで胴体を締め付けて馬を前進させて下さい」
きゅっとふくらはぎを締め付ける。
でも―――――
う、動かない。
何度きゅっ、きゅっと締め付けても浦霞号は一歩も動いてくれなかった。
『どうしてでしょう・・・?』
「ユキさんの恐れが伝わっているんですね」
苦笑して清八さん。
「馬は敏感な生き物なんだよ」
団蔵くんが眉を下げて言う。
『どうしたらいいのかな?』
困ってしまって言うと、団蔵くんがニコリ。
「実はこうなる事を予想して秘策を用意してきたんだ!」
と言った。
『「秘策?」』
「うん。ユキさん、せっかく乗ってもらったところを悪いけど、一旦馬から降りてもらえる?」
私は団蔵くんの指示に従い、清八さんの手を借りて馬から降りた。
団蔵くんは背負っていた風呂敷を地面に置き、「じゃーん」と言いながら広げる。
『これは・・・にんじん?』
「そう!にんじん!馬の大好物だよ」
「なるほど、若旦那。ユキさんに馬と触れ合ってもらって恐怖心を無くしてもらおうって考えですね」
「うん。そうなんだ!」
『だ、団蔵くん・・・!』
なんと良い子なのでしょう!
私は嬉しくって団蔵くんをぎゅっと抱きしめる。
「えへへ。ユキさんったら苦しいよ」
『ごめん、ごめん』
「さあ、浦霞号ににんじんをやってみて」
私は団蔵くんからにんじんを一本受け取り、浦霞号の口元に持っていく。
すんすんと匂いを嗅いだ浦霞号はにんじんをパクリ。
『あ、食べた!』
「美味しいって言っているみたい」
団蔵くんの言う通り、まん丸な目が輝いて見える。
「ユキさん、鼻筋を撫でて上げて見てください。浦霞号に慣れていきましょう」
清八さんに言われて浦霞号の鼻筋を撫でる。
うっとりとした様子で目を細める浦霞号。
か、可愛い・・・!
愛らしい姿に胸がきゅんとしてしまう。
私はその後もにんじんをあげたり、浦霞号の体を撫でたりして浦霞号と触れ合った。
浦霞号と触れ合っていくうちに抱いていた恐怖が溶けていくのを感じていく。
「そろそろもう一度乗ってみましょうか」
『はい』
私は浦霞号にもう一度乗った。
『あ・・・』
さっきと見える風景が違う。
見える景色は同じはずなのに、心なしか先程乗った時よりも風景がハッキリと見えるような気がした。
体も震えていない。
「では、ふくらはぎを引き締めて」
『浦霞号、歩こう!』
きゅっとふくらはぎを引き締める。
すると――――――
パカラ パカラ
浦霞号はゆっくりと歩き出した。
『団蔵くん!清八さん!』
「わーい!良かったね」
「はい。良く出来ました。そのまま暫く歩きましょう」
念のため清八さんがたずなを握っていてくれる。
怖い気持ちなんてもう一ミリもなかった。
清八さんがたずなを離し、ゆっくりと私と浦霞号から離れていく。
「上手ですよ、そのまま、そのまま」
私は今や自信を持って馬に乗っていた。
既に楽しくなっていた。
チラと視線を横に向けると団蔵くんと清八さんが馬に飛び乗るところだった。
二人は私のところまで馬を駆けさせて横に並ぶ。
「ユキさん出来るようになったね」
『うん!団蔵くんと清八さんのおかげだよ』
「次はもう少し駆け足させてみましょうか。両脚でさらに横腹に圧力をかけて下さい」
鞍に深く座って――――
肘を楽にして―――――
清八さんに言われるようすると浦霞号が駆け出す。
清八さんたちも私に合わせるように馬の足を速めた。
「あそこの大きな木まで行ってみようっ」
団蔵くんが声を弾ませながら指をさす。
パカラッ パカラッ
軽快な音が広場に響き渡る。
乗馬ってこんなに楽しかったんだ!
風を切って走っていく感じが堪らない。
馬と一体になっているような気分が楽しい。
浦霞号も走るのを楽しんでいるようだった。
それが私も嬉しかった。
「よし、とうちゃーく」
団蔵くんが息を弾ませながら言った。
『はあっ、はあっ。けっこう乗馬って疲れるものですね』
私がゴールの木の下に到着した時には息が上がっていた。
「乗馬は体幹を使いますからね」
そう言う清八さんは私と違って涼しい顔だ。
汗を手ぬぐいで拭う私とは違う。
「ユキさん、初めての乗馬はどうだった?」
『とっても楽しかったよ。良い先生が二人いたからね』
表情を崩して笑う団蔵くんは照れた顔。
「降りるの手伝います」
清八さんが馬の下り方を教えてくれて、私を補助しながら馬から下ろしてくれた。
「この藪の向こうに清流があるんだ。そこで馬たちにお水を飲ませよう」
「はい、若旦那」
『うん。行こう』
私たちはたずなを引いて馬たちを清流に連れて行く。
美味しそうにごぐごくとお水を飲む馬たち。
私たちも竹筒に水を入れて水を飲む。
その時だった。
きゅるる。
小さなお腹の音が聞こえてきた。
「えへへ。ちょっとお腹減っちゃって」
照れた笑みを浮かべながら団蔵くんが手を頭の後ろに持っていく。
「そういえばもうすぐお昼の時間ですね」
清八さんが空を見上げる。
『ねえ、団蔵くん。それに清八さんも。忍術学園に戻って食堂でお昼を食べるのも良いけど、ここでおにぎりを食べるのも良いと思わない?』
私は背負っていた風呂敷をふたりの前に広げた。
そこには私が作った竹皮で包まれたおにぎり弁当。
「「わあ!」」
二人から歓声が沸く。
「ユキさんありがとう!」
「ありがとうございます!」
『どういたしまして。さあ、食べましょう』
お馬さんたちを木に繋いで、私たちは川辺の大きな岩に腰掛けた。
お馬さんたちが草を喰む前で私たちは竹皮の包を開く。
竹皮を開けばおりぎりが三つにたくあんが二つ。
『右から梅、おかか、鮭だよ』
「鮭のおにぎり大好物なんです」
清八さんが嬉しそうに頬を緩ませながらおにぎりにかぶりつく。
なんだかその表情が子供っぽくて私は思わずくすりと笑ってしまう。
それに、一生懸命食べてくれたせいで口元にご飯粒が一つ。
『清八さん、口元にご飯粒ついてますよ』
「え?どこです?」
『右の口元です』
「えっと、えっと・・・」
顔を赤くしながら口元を摩る清八さんは慌てているのか左の口元を摩っている。
『ふふ。逆ですよ。右はこっち。コレです』
「~~~っ」
清八さんの口元に手を持っていってご飯粒を取ると、見る見るうちに顔が真っ赤に。
「あ、ありがとうございます」
『どういたしまして』
自分の熱を冷ますように竹筒の水をぐいっと飲み干す清八さんを見ていると、団蔵くんが私を見ているのに気がついた。
『団蔵くん?』
「ねえ、ユキさん」
『なあに?』
「清八って良い男でしょ?」
含みのある笑みを浮かべる団蔵くんは
「ユキさん、清八の事どう思う?清八、優しいでしょ?それにとっても働き者で良い馬借なんだよ。ねえ!清八のお嫁さんになって加藤村に来てよ!」
と言った。
無邪気な笑顔と発言に固まる私と
「わ、若旦那!?」
声を裏返らせてビックリしている清八さん。
「実はね、清八もユキさんの事気になってたんだよ。この前の十日間の休みの時、
ユキさんの事を清八に色々話していたらね、会ってみたいな~って言っていて。
今日のこと、すっごく楽しみにしていたんだから」
「若旦那!それは言わないって約束だったじゃないですか~」
泣きそうな声で清八さんが言う。
『そんな事があったんですか。う~これは複雑。清八さん、きっと清八さんの頭で想像されていた私、とっても美人さんになっていたんじゃないですか?実際に会ってみてガッカリしたんじゃないですか?』
「まさか!そんな事ありません!」
清八さんが勢いよく首を振った。
「想像よりもお美しくて、それに頑張り屋さんで、ユキさんはとても素敵な方です」
真っ赤な顔で、一生懸命に言ってくれる清八さん。
彼のストレートな物言いに私の頬がじわりと熱くなる。
『あ、ありがとうございます』
「い、いいえ・・・」
お互いがお互いを意識してしまって俯いてしまう。
チラと様子を伺うように視線を上げれば清八さんと視線がぶつかって、私たちは同時に視線を逸らした。
そんな私たちを見て楽しそうな声を上げる団蔵くん。
「ふふ。ユキさんと清八、お似合いだよ!」
団蔵くんが清八さんの背中におぶさる。
「わ、若旦那~揶揄わないで下さいよっ」
困ったように眉を下げて清八さん。
「だって、だって、二人とも顔真っ赤にして向かい合っているんだもの」
「あんまり揶揄うと、こうですよ!」
清八さんは後ろに手を持っていき、団蔵くんを自分の体の前に持ってきた。
そして、脇の下に手を入れて立ち上がり、ぐるぐるとその場で回りだす。
「わーーーー!あはははは」
手を大きく広げ、回転を楽しむ団蔵くん。
私は仲の良い二人を見て、頬を緩めたのだった。
『今日は本当にありがとうございました』
夕刻、私は加藤村へと帰る清八さんを見送りに正門前に立っていた。
「いえいえ。ユキさんは度胸のある良い生徒でした。きっと回数を重ねれば一人でどこへだって行けるようになりますよ」
『ありがとうございます』
私は清八さんに一人で乗馬出来るようになるまで週一回、数回ほど練習を見てもらうことをお願いしていた。
「清八、お父さんとお母さんによろしくね」
「はい、若旦那」
優しい目。
清八さんの団蔵くんを見る目が優しくて、胸が温かくなる。
「それでは若旦那、ユキさん、私はこれで」
『お気をつけてお帰り下さい』
「またね、清八」
清八さんは愛馬の異界妖号に乗って、颯爽と駆けていった。
『帰ろうか』
「うん。ねえ、ユキさん、一緒に夜ご飯食べよう?」
『もちろん』
「手繋ごう?」
『うん』
「えへへ」
『団蔵くん?今日は機嫌がいいね。清八さんが来てくれて嬉しかったんだね』
「うん。それもあるけど・・・」
『あるけど?』
「今、こうしてユキさんを独占できるのが嬉しいなって」
ズキューーン
眩しい笑顔で言われ、私のハートに穴が空いた。
なんだこれは!どこでそんな女性を陥落させるテクニックを覚えてきたのだ!
あぁ、可愛くて鼻血出そう。
撫で回したい。
ブンブンと私と繋がれた手を振る団蔵くん。
私は胸をきゅんきゅんさせながら彼の横を歩いていたのだった。
***
真っ暗な食堂に灯りが一つ。
私は毎晩泊まりに来てくれた忍たまの子が寝たのを見計らって食堂へと足を運んでいた。
『今日馬に乗ったし少し疲れているのかな。ちょっと眠たいや』
でも、ダメダメ。
ちょっと仮眠。だなんて思って机に突っ伏しちゃったら寝てしまう。
私は忍たまの友を開いて勉強を開始する。
今日は火器と火薬についてのお勉強。
火薬の作り方は置いておいて、どんな成分が入っているか、どんな形状の武器なのかを勉強していく。
『この時代、この世界、西洋と東洋ではどちらの火器が発達していたのだろう?あ、ここにある。「真元妙道要路」・・・中国の唐代に硝石・硫黄・炭を混ぜると燃焼や爆発を起こしやすいことが記述してあった・・・』
へえ。そんな昔から火薬の歴史ってあったんだ。
読み出したら止まらない。
私は理数系は苦手だが、歴史の勉強や知識を得るのは好きなのだ。
おもしろい―――――
夢中になって読んでしまう。
夜が更けていくのも忘れて―――――
『あ、あれ・・・?』
私はハッとして顔を上げた。
格子窓から入ってきた薄い陽の光に目を瞬く。
しまった!徹夜してしまった。
私はふっと蝋燭を吹き消し、蝋燭と忍たまの友を手に持ち、食堂から出ていく。
またやっちゃった。
実は、徹夜してしまったのは今日が初めてではないのだ。
急ぎ足で部屋へと続く廊下を渡る。
そっと部屋に入って蝋燭と忍たまの友を机の上に起き、寝ている子を起こさないよう気をつけながら忍装束に着替える。
八左ヱ門くんとモンちゃんの散歩の待ち合わせをしている時刻は卯の刻。
私の世界の五時くらいだ。
今はそれより一時間ほど早いけれど、中途半端に寝てしまったら起きられない。
太陽も昇ったことだしと私はモンちゃんの小屋へと向かう。
小屋の鍵を管理している箱から鍵を出し、モンちゃんを出す。
<ウォン?(早くない?)>
『そう。今日は早く来たんだよ』
<ウォン(最近早い日が多いね)>
『うーん。何言ってるかよく分から、ふぁあ、良くわからない・・』
モンちゃんを撫でながらあくび。
いつかヘムヘムのように何を言っているか分かる日がくるかな?
最近は半分位分かるようになってきたとも思うんだけどな。
丘を下りながらそんな事を考える。
モンは散歩の時間が大好き。
もの凄いスピードで駆けていき、藪の中へと入っていった。
そして棒を加えて戻ってくる。
<ウォン!(投げて)>
『本当に棒遊び好きだよね』
ぽーんっと思い切り棒を投げてやる。
モンは嬉しそうに耳を後ろに倒しながら棒目がけて駆けていった。
ボールでも買ってあげたら喜ぶだろうな。
モンにボールプレゼントしたいな。
でも、布製だったら直ぐに壊れてしまうし・・・
こっちの世界で壊れないボール作れないかな?
そんな事を考えているとモンが戻ってきた。
<ウォン!(投げて)>
『はいはい。いくよー。それっ』
繰り返される棒遊び。
でも、何度もやったらさすがのモンも飽きたらしい。
飼育小屋で水を飲んでから丘に座る私のもとへとやって来た。
『八左ヱ門くんが来るまで休んでいよう』
ゴロリと地面に寝転ぶ。
朝露に濡れた若々しい草が気持ち良い。
モンも私の横で丸くなった。
朝の清々しい空気の中で深呼吸を繰り返すうちに私の意識は遠のいていった・・・
「・・きろ・・・ユキ・・・」
『ん・・・・』
「ユキっ、ユキっ、起きろっ」
誰だ!?
誰かに肩を持たれグラグラと揺らされた。
目を開けたら八左ヱ門くんの顔のドアップ。
『わ、わあっ!ビックリするじゃないっ』
「ユキ、大丈夫か!?」
『な、何が?』
驚きながら身を起こす私の体に八左ヱ門くんが手を伸ばす。
手を握られ、そして頬を触られ、じっと見つめられ、私は首を傾げる。
『どうしたの?』
「どうしたもなにも、酷く顔色が悪い」
『顔色?私なら元気いっぱいだよ。今、夢も見ないほどぐっすり寝たとこだし』
私はよっこらしょと立ち上がった。
『勝手に散歩しちゃっててごめんね』
「いや、それはいいんだけど・・・」
『モンと棒遊びはしたんだ。散歩はしていないから、歩きに行こう』
八左ヱ門くんに笑いかけるが、
「・・・いや、ダメだ」
八左ヱ門くんが首を横に振る。
『ん?どうしたの?』
「ユキは部屋で休んだほうがいい」
心配症な彼の言葉に私は笑って見せる。
『心配性だなー。きっと顔色が悪いのはちょっと肌寒いここで寝ちゃったせいだよ。歩いたら体が温まると思う。行こう』
私はモンの体をトントンと叩き、散歩へ行こうと促す。
「ほんとのほんとに、大丈夫なのか?」
『うん。こんな気持ちの良い朝に散歩しないのは勿体無いよ。心配ありがとね』
「うん・・・」
私と八左ヱ門くん、そしてモンは朝の光を受けながら歩き出す。
さあ!今日も忙しくなるぞ。
授業参観に来られる保護者の名簿表を作ったり、授業用品の買い出しに行ったり、それに今日は斜堂先生に実技を習う日。
毎日が充実していて楽しい。
私は八左ヱ門くんが未だ心配そうな視線を私に向けているとは知らず、モンと楽しく歩いていたのだった。