第四章 雨降って地固まる
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10.バチバチ
『ん、ん~~』
私は朝の光が顔に当たって目を覚ました。
布団に横になったまま、ぐーっと伸びをする。
今日で休みの五日目が終わる。
忍術学園に帰る日がやってきたのだ。
「ふわあ」
ゆっくりと身を起こすと利吉さんがあくびをしながら起き上がった。
利吉さんが起き上がる前にサッとはだけていた夜着を正す。
「おはようございます、ユキさん」
『おはようございます、利吉さん』
初めは利吉さんと同じ部屋で寝ることを意識して緊張していたが、五日も一緒に過ごしていればもう慣れた。
私はぐっすり眠り、昨日の疲れがとれた体で起き上がる。
『井戸、先に使わせてもらいますね』
「はい。いってらっしゃい」
井戸に向かいながら私はこの五日間を思い返していた。
一日目、一緒に魚釣り
二日目は雨降り。
きりちゃんが貰ってきた内職をみんなでやった。
三日目は二日目に引き続き雨で、内職と、みんなで利吉さんが買ってきてくれた百人一首で坊主めくりをした。
四日目はみんなで町に買い物に出かけたり、共同で使うお風呂を沸かすための薪を割ったり。そして今日が五日目。
その間、時々利吉さんは「出かけてきますね」と町へと出て行ったがいつも数刻で家へと帰ってきていた。
やっぱり優秀な忍者さんは仕事が出来るんだろうな。
そんな事を思いながら顔を洗い、家へと戻ってくる。
『お待たせしました』
私が井戸に行っている間に着替えを済ませておくのがお約束。
利吉さんを井戸へと見送って私も着替えを始める。
まだ朝も早い時間だ。
きりちゃんを起こさないようにと出来るだけ音を立てないようにして動く。
身支度を整えて、薪に火をつけて昨日残ったご飯に水を入れてお粥を作り始める。
お粥ができる間にほうれん草を入れておひたしを作るためにお湯を沸かす。
「ただいま」
利吉さんが井戸から戻ってきた。
『おかえりなさい』
何だかこのやりとり、こそばゆいんだよね。
利吉さんもそう思っているのか、私たちはいつもはにかんだ笑みをお互い見せて笑っていた。
『お、沸いた』
お湯が沸いたので鍋にほうれん草を投入する。
ちなみに、利吉さんは料理の出来る男子だ。
この世界の男性は料理が出来る人が多くて感心する。
始め、利吉さんは料理の手伝いを申し出てくれたのだが、丁重にお断りした。
この台所は狭いし、利吉さんもお仕事があって大変だろうと思うからだ。
それでも積極的に家のこと(布団の上げ下げや薪割り、水汲みなど)をしてくれる利吉さんに好感を持つ。
「ん・・・んー」
寝ぼけた声が聞こえて振り向けば、きりちゃんが目を擦りながら布団から起きたところだった。
『おはよう、きりちゃん』
「きり丸、おはよう」
「おはようございます、ユキさん、利吉さん」
まだ眠そうな目をしながらトテトテときりちゃんが私の元へとやってくる。
「ユキさん、今日の卵料理は目玉焼きがいいー」
きりちゃんが私の服をくいくいと引っ張りながら言った。
なんだこの可愛さはッ。
『はい。分かったよ』
撫で回したくなるのを抑えつつ、私は調理を再開する。
一日一個卵を食べると決めている我が家。
きりちゃんは半熟の目玉焼きがお気に入りなのだ。
嬉しそうに顔を緩ませて井戸へと向かうためにきりちゃんは家を出ていった。
『「「いただきます」」』
みんな揃って声を合わせて朝食の開始だ。
『なんだか今日で三人一緒に食卓を囲むのが最後だと思うと寂しいですね』
お味噌汁を飲みながらふと呟く。
「そう言って頂けると嬉しいですよ。私もユキさんやきり丸と家族になったような気がして楽しかったです。きり丸はどうだったかい?」
「僕は・・・うん。僕も一緒に過ごせて良かった、かな。利吉さん、内職手伝ってくれたし。しかも土井先生並みに上手だったし」
「そこかっ」
「はいっ。またいつでも内職手伝いに来て下さい。今度来てくれた時には今回の三倍くらいの量の内職を請負いますから(だって僕は土井先生を応援しているんだもんね。楽しかったとは言わないよ!)」
ニシシと笑うきりちゃんはこの五日間でけっこうな額を稼げてご満悦な様子。
もちろん、内職だけでなく、この五日間は学校の宿題も頑張っていた。
利吉さんに分からないところを教えてもらっていたりして、初めは利吉さんとの同居に不安を抱えていた私だったが、結果良かったと思う。
『さて、ではそろそろ忍術学園へ出発しましょうか』
「私も忍術学園までお供します。父がこの休暇にちゃんと家に帰ったか確認もしたいので」
『利吉さんがいたら道中心強いです。ありがとうございます』
私たちは戸締りをして、隣のおばちゃんたちへ留守をお願いし、忍術学園へと歩き出す。
みんなに早く会いたいな。
きりちゃん、利吉さんと過ごした五日間は最高に楽しかったが、十日間会わなかった皆とも会いたい。
私は心をはやらせながら忍術学園への道を歩いたのだった。
白い壁の横を歩き、忍術学園の扉が見えてくる。
トントンと潜り戸を叩けば「は~い」とのんびりした声が聞こえて小松田さんが顔を出した。
「ユキちゃん、きり丸くん、休暇は楽しかった?」
『はい。とっても!』
「僕も楽しく稼げました!」
「きり丸くんは相変わらずだなぁ。利吉さんは山田先生に会いに?」
「そんなところです」
私たちはバインダーを回し、それぞれサインして忍術学園の中に入った。
ちょうど今はお昼どき。
「おばちゃん、お昼ご飯用意してくれているかな?」
『行ってみよう!利吉さんはどうします?先に山田先生のところへ行かれますか?』
「いや。先にお昼を済ませようかな。もしかしたら父も昼食を
とっているかもしれないし」
五日ぶりに入った食堂は大賑わいだった。
「あ!ユキさんときり丸!それに利吉さん!」
乱太郎くんが私たちに気づき、彼の周りにいた一年は組の良い子達が私たちのところへやってくる。
『みんな久しぶり。休暇は楽しかった?』
「「「「「「「「「「楽しかったでーす」」」」」」」」」」
元気な声が響き渡り、私はふふっと笑みを零す。
今日の昼食メニューはA定食が麻婆豆腐定食でB定食がエビフライ定食。
『どちらも美味しそう~』
「僕は両方食べたよ」
『さすがしんべヱくん。私もそうしようかな』
「そんな事してたらいまに豚になるぞ」
『なぬ!?』
失礼な言葉にブンと振り向けばそこには三郎くんを先頭にした五年生の姿があった。
あれ?でも、兵助くんの姿がない。
「兵助なら厨房だよ」
私の疑問を読み取って雷蔵くんが教えてくれた。
「ユキちゃん、お久しぶりなのだ」
『久しぶり、兵助くん』
「ユキちゃん麻婆豆腐にするだろ?」
笑顔の兵助くん。
私は『いや、両方』という言葉を飲み込んで、兵助くんに『お願いします』と伝えたのだった。夏も近いし、そろそろダイエットしなきゃだもんね・・・
テーブルをくっつけて、私はきりちゃん、利吉さん、調理を終えて戻ってきた兵助くんを含めた五年生と昼食を共にしている。
「ユキ、この五日間はどう過ごしていたんだ?」
八左ヱ門くんがエビフライを箸でつまみながら聞いてくれる。私はちょっと胸を張って
『実は、利吉さんの忍者のお仕事のお手伝いをしていたんだよね!』
と言った。
「「「「「ええっ!?!?」」」」」
一斉に上がる驚きの声。
私はふふっと笑いながら種明かし。
『手伝いといっても部屋を貸していただけ。利吉さんが里人の術で市井に紛れて情報を収集したいという事だったから・・・って、え?』
みんなが一斉に動きを止めた。
フリーズしているみんなの前で目を瞬く。
『ちょっとみんな???』
どうしたの?と続けようとした言葉はみんなの質問の嵐に揉み消された。
「利吉さんに部屋を貸していたってどういうことだ?」
「一緒に生活していたってことなのか!?」
「まさか!」
勘右衛門くん、三郎くん、兵助くんが順に叫ぶ。
私は五年生の驚き具合を見て、自分がとんでもない事を言ってしまったと後悔した。
訳はあれども、きりちゃんがいたけれども、未婚の女性が男性を家に上げて五日間も一緒に寝食を共にしていたとなれば外聞が悪い。
や、やっちまったなー・・・秘密にしておくべきだった・・・
あちゃーと自分の額に手を持っていく私の横では利吉さんが楽しげな声で「ユキさん、きり丸と過ごした五日間は楽しかったよ」と言っている。
どうやってこの会話を終わらせて、どうやってこの会話の内容が狭い忍術学園に伝わらないかを考えていると、
「利吉さんだけズルいぞ!俺たちもユキの家に行きたいっ」
三郎くんが立ち上がって握りこぶしを作って拳をふるふる震わせながら口を開き、
「そうだそうだ!」
と勘右衛門くんが同調して叫んだ。
立ち上がっている三郎くんは握り拳をまだふるふると震わせながら私を我慢ならないといった表情で見つめながら口を開く。
「俺は今まで我慢してきたんだからな、ユキと床を共にしてキャッキャッうふふでヤるのぐふぇっ」
気づけば私は三郎くんにアッパーカットを繰り出していた。
問答無用だ。当然である。
三郎くんの体が後ろにふっ飛んでいく。
公衆の面前で何を言い出すんだこのバカ郎は!
ハッとして横を確認すれば利吉さんに耳を塞がれているきりちゃんの姿。
利吉さん、ありがとうございます!
私はハアァと重いため息を吐きながらみんなに釘を刺す。
『三郎くんもみんなにも誤解のないように言っておくけど利吉さんとの間にはなにもないから。ただ単に任務のためにこの五日間同居していただけ。分かった?』
最後の分かった?はギロリと三郎くんを睨みながら言う。
しかし、
「五日間同棲して何もないなんて信じられるかよ」
まだ納得してないらしい。
私に殴られた顎を擦りながらぼそっと三郎くんが言った。
『はあぁ、あのねぇ、私たちは三人で住んでいたの。利吉さんとその、ゴニョゴニョなんかするわけないでしょ。だいたいねー、あんたたち利吉さんに失礼だからね!』
イケメンで凄腕、バリバリ活躍中の忍者利吉さんが私なんかと一夜でも関係を持ったと思われるのは利吉さんに対して失礼だろう。と五年生に言い放つ。
「私は誤解されても全然問題ないんだけどね」
『へ?』
驚く私に爽やかな笑顔を向ける利吉さん。
じわりと頬に熱が集まる。
固まる私。
ビックリしていると耳に不満げな声が届いた。
「ちょっと~利吉さん、いつまで僕の耳塞いでるつもりっすか~?」
「あぁ、ごめん」
利吉さんがきりちゃんの耳から手を離す。
きりちゃんは自分だけが会話に加われなかったことに不満顔だ。
「何話してたんすか?」
『た、大したことじゃないよ。ね、みんな』
「「「「「「そうそう」」」」」」
不満顔のきりちゃんはみんなの顔を見渡して、
「ふーん。僕に聞かせたくないってことはエロい話でもしてたんでしょ」
と宣った。
『こ、こら。きりちゃん!』
腰をおろしていた私は再びドタンと立ち上がる。
その通りだけれども、うわあああぁ!
きりちゃんに話の内容を言い当てられて私の頭は大混乱。
「はははっ。ユキさんったら百面相!」
真っ赤になったり真っ青になったりする私を見て、きりちゃんが楽しそうに笑う。
会話の内容を聞いてこないのが何よりの救い。
私は母親としてこんな話をきりちゃんに予想させてしまった自分を叱りつけながら顔に手を持っていったのだった。
「そろそろ昼食を食べよう。せっかくの麻婆豆腐が冷めてしまうのだ」
兵助くんが話題を変えてくれてホッとする。
『そうだね。食べよう』
「いただきます」とみんなで挨拶をして私たちは箸を口に運ぶ。
麻婆豆腐美味しい!けど・・・エビフライも美味しそうだなぁ。
誰かから奪えないだろうか。
特に三郎くんあたりから。さっきの罰として。
じっと彼の動きを追う私。
そしてついに隙ができた。
チャーンス!
雷蔵くんに喋りかけている三郎くんのエビフライめがけて箸を伸ばす。
強奪じゃ!
『えいっ』
「させるかっ」
『なぬっ!?』
カシャンッ
私の箸は三郎くんによって阻まれた。
『くっ・・・こっち見ていなかったのに』
「ふん。忍たまナメるな。ユキの考えていることなんてお見通しだよーだ」
三郎くんはそう言って最後のエビフライを私に見せつけるように美味しそうに食べた。
く、私のエビフライがっ!
(いや、私のエビフライだからなッ!by三郎)
エビフライのおかわりはない。
さっきおばちゃんがエビフライ定食の終了を告げていたからだ。
私は回りを見渡した。
お皿にエビフライが乗っているのはきりちゃん、利吉さん、八左ヱ門くんの三人。
育ち盛りの可愛いきりちゃんからエビフライを強奪する気はない。
ここから八左ヱ門くんのエビフライを強奪するには遠すぎるかな・・・え?
私は目の端にエビフライが現れて吃驚して横を向いた。
「はい。ユキさん、あーん」
そこにはきりちゃんの後ろから体をこちらに伸ばし、エビフライを箸で差し出してくれている利吉さんの姿があった。
『え、え、でも・・・』
ニコニコ笑顔の利吉さんの前で顔を赤くして固まる私。
エビフライは欲しかったが「あーん」は恥ずかしいよ!
『も、申し訳ないから、り、利吉さん食べて下さい』
恥ずかしさで吃る声で言って俯く私に利吉さんはくすくす笑いながら「強奪したいほど食べたいのに?」と意地悪を言ってくる。
更に赤くなる私の顔。
「さあ、顔を上げて」
『じ、自分で食べれますのでお皿に置いてください』
「それじゃあダメだよ。エビフライはあげられないな」
『いや、でも、恥ずかしいですし』
「ふふ、ほら、ソースがたれちゃうよ?」
更にずいっと利吉さんは私の方にエビフライを寄こす。
ええいっ、ままよ!
私は恥ずかしさを抑えながら口を開く。
が、しかし
カチン
私の歯が合わさって音を立てた。
驚く私の顔の前にはふっくらとした可愛い顔。
私が食べるはずだったエビフライを食べているのはしんべヱくん。
私は『ぶっ』っと吹き出してしまう。
「あー美味しかった!利吉さん、ありがとうございます!」
邪気のない声で言うしんべヱくんに私はついつい笑ってしまう。
「ど、どーいたしまして」
若干口元をヒクヒクっとさせている利吉さん。
大好きなエビフライ取られちゃったけど、しんべヱくんになら仕方ないね。
(((((よくやったぞ、しんべヱ!!)))))
私は五年生ときりちゃんが心の中でそう言っているのを知らず、エビフライを食べて幸せそうに頬を緩めるしんべヱくんの頭を撫でたのだった。
食器を片付けて私たちは解散した。
利吉さんは山田先生の元へ、きりちゃんはしんべヱくんに誘われて遊びに校庭へ。五年生はバラバラに鍛錬や部屋で休むと散っていった。
明日から仕事の私はおばちゃんのお手伝いを申し出る。
「助かるわ~ユキちゃん」
『いいえ。今日の昼食も美味しかったです。ありがとうございます、おばちゃん』
「そう言えばこの五日間はどうだった?
新しい場所で料理するのはやりにくかったでしょ」
『大変でしたがきりちゃんがついていてくれたのでどうにか無事に過ごせました』
「そう!それは良かったわね」
ニコニコ顔のおばちゃんと共にお皿を洗っていると「すみませーん」と声がした。
食堂に入ってきたのは半助さんだ。
『半助さん、もしかしてお昼まだですか?』
「そうなんだよ。は組の宿題を集めたんだが、チラっと見たら答えが・・・うぅ、思い出しただけで胃が・・・」
『だ、大丈夫ですか!?』
「う、うん。大丈夫だ。ちょっと胃が痛かったから部屋で休んでいてね。昼食に出遅れてしまった。もし昼ご飯残ってなかったら簡単なものでいいからもらえないかい?」
後ろを見るとまだ麻婆豆腐が残っている。
『麻婆豆腐食べられますか?それともお粥でも作りましょうか?』
「それほど酷い胃の痛みではないから普通の食事でいいよ」
『では、麻婆豆腐定食をお出ししますね。座っていてください』
「ユキちゃん、私、町に買出しに行きたいから後お願いしていいかしら?」
『はい。もちろんです』
私はおばちゃんを見送り、麻婆豆腐を温め直し、お茶を淹れ、半助さんのもとへと運んでいく。
今日まで私は休日だ。
この五日のきりちゃんの話もしたいと思い、半助さんの前に腰掛ける。
「ありがとう」
『どういたしまして』
モグモグごはんを食べている半助さんを微笑ましく見ていると(だって小動物を連想させるんだもの)食堂に利吉さんが戻ってきた。
「ユキさんまだいてくれて良かった。仕事に出かける前に会いたいと思っていたから。土井先生もお久しぶりです」
「久日ぶりだね、利吉くん」
『利吉さんもお茶飲みます?』
「いや、そこまで時間はないんだ。私は行く前にもう一度ユキさんにお礼を伝えに来ただけ」
『っ!・・・い、いえ、大したことないですよ』
と言う私はダラダラと汗を流していた。
この子、何言おうとしているのよ・・・
半助さんの前で爆弾を投下しそうな彼の前で必死に利吉さんがこれから言おうとしていることを押し止めたい私。
『それより、これからの任務、気をつけて行ってきてくださいね』
ニコリと笑ってこの五日間の話を打ち切ろうとするが、目の前の利吉さんには通じなかった。
私の手を両手で握っていつもの爽やかスマイルを浮かべる。
「この五日間、ユキさんときり丸と一緒に暮らせて楽しかったです。まるで家族のような気分になりました。また機会があれば一緒に生活したいものです」
ドカーーン
目の前で爆弾が弾けた。
カシャンという音に前を見れば箸を落としている半助さんの姿。
「一緒に暮らす・・・?家族・・・?」
青い顔をした半助さんが利吉さんを見つめる。
そんな半助さんに利吉さんは里人の術を使うためにこの五日間、私たちの家に滞在していたことを話した。
鋭くなる半助さんの視線。
「そう・・・任務、ね。優秀な君がわざわざユキときり丸の家を拠点として任務を行った?それはおかしな話だな。もし、敵に感づかれてユキときり丸に危険が及んだらどうするつもりだったんだい?」
「うっ・・・それは、その」
急に利吉さんがしどろもどろになった。
「こ、今回は、その、簡単な情報収集だったのでユキさんときり丸に万が一でも危険が及ぶことはないと考えてのことです」
「ほう。簡単な情報収集か。なら、わざわざユキ達の家に滞在する必要などなかったのでは?」
「今回調査する相手は、あ、朝早くから動く人物でしたから、だから、その・・・」
何故だろう。
半助さんが悲しむから出来れば利吉さんが家に滞在したことは伏せておきたかった私。
そんな私の前で繰り返される問答。
何故か半助さんは利吉さんを尋問しているように感じる。
利吉さんも様子が変だ。
目を泳がせたり、顔色も若干悪い。
訝しげな顔で交互に二人を見つめていると、半助さんが私を見た。
「ユキ」
『はい?』
「どうやら利吉くんはユキに言わなければならない事があるようだよ」
「土井先生!」
叫ぶ利吉さん。
そんな利吉さんを半助さんは軽く睨みながら
「自分の口からでなく私から言うかい?」
と言った。
『いったい何の話を?』
益々訝しげな顔になる私。
要領を得ずに首を傾げていた私に利吉さんが向き直る。
「実はユキさん・・・」
『はい』
「実は、その・・・嘘だったんです!」
『ん?』
真っ青になって俯く利吉さんを見ていると、彼は俯きながら小さな声で里人の術を使うなんて嘘だったんです。と言った。
『え゛、それってじゃあ・・・任務はなかったって事?』
吃驚しながら聞くと、
「そういう事です・・・」
と、利吉さんは更に頭を垂れながら言った。
『それじゃあ何で家に泊まりに!?』
目を大きくして利吉さんを見る私の耳に届いたのは小さな声。
「すみません。私、どうしてもユキさんと一緒にいたかったんです」
か細い声で言う利吉さんは自分は忍術学園の生徒でも教員でもない。
だから私といられる時間は他の人と比べて極端に少ない。
だから任務だと嘘をついて私の家にやってきたのだと言った。
『嘘をつくなんて・・・利吉さん!一応、私は未婚な女だって分かってます?』
「す、すみませんでしたっ」
利吉さんが思い切り頭を下げた。
その潔い謝り方評価しよう。だが・・・・
『どりゃあっ』
「痛ったあああーーー」
私は利吉さんの頭を思い切りチョップした。
顔を上げる利吉さんの前で私は腕を組む。
涙目の利吉さん。
怒られたワンコのような顔。
「あ、あの、ユキさん・・・すみません・・・」
ハアァ私ったら甘い。甘すぎるよなぁ。
『・・・だけで・・よ?』
「はい?」
『今回だけだと言ったんですっ』
「ユキさん!」
パッと輝く利吉さんの顔。
「許して頂けるんですね!」
明るい顔をする利吉さんの前で私はため息を吐いてから口を開く。
『騙されたのは怒っていますけど、でも、この五日間は私も楽しかったですから。きりちゃんもそう思っていると思いますから。だから今回だけは許します』
『今回だけですからね!』そう言って笑って見せれば利吉さんは更に表情を崩す。
イケメンって罪だわ・・・。
私に叩かれた痛みで涙を目に浮かべながら表情を崩し笑う利吉さんの姿はまるで怒られた後、飼い犬から許された時のワンコのような姿で、私の保護欲を掻き立てたのであった。
『今度は騙してじゃなくて普通に遊びに来てくださいね。もちろん、お泊りはダメですけど』
「はい。またお邪魔させて頂きます」
『では、お気をつけて。お仕事行ってらっしゃい』
仕事に向かう利吉さんが食堂を出て行く。
残された私と半助さん。
き、気まずい・・・
半助さんのこと傷つけちゃったよね。
なんと言おうかと考えながらお茶をすすっていると、同じくお茶をすすっていた半助さんがトンと湯呑を机に置いた。
「妬けるなぁ」
『半助さん・・・一応言っておきますけど、私と利吉さん、間違ったことは犯していませんからね』
「分かっているさ。きり丸もいる場所で君たちがそんな事をするとは思っていないよ。でも・・・」
半助は胸を痛めていた。
自分を親のように慕ってくれているきり丸。
自分が慕っているユキ。
半助は時たま思い描くことがあった。
自分、きり丸、そしてユキの三人で市井で生活する姿を。
それを先に利吉に実現されてしまったのがとても悔しかった。
上手く利吉から話を引き出してユキに真実を知らせることは出来たが、お人好しのユキは怒ったものの、反省する利吉を見て彼をあっさりと許した。
そんな優しいユキが好きなのだが・・・。
半助の心の中にどろどろとした気持ち。
面白くないという気持ちが渦巻く。
「ユキは無防備すぎる」
『そんな事言われても、忍者には騙されちゃいますよ』
無茶を言わないで頂きたい。
私は半助さんに肩を竦めてみせる。
「私だって、ユキと・・・」
まっすぐ私を捉える瞳。
嫉妬と情欲の含んだ瞳に私はたじろぐ。
半助さんから想いを伝えられて以来、半助さんは時々ヘタれであり、そして時々今のように情熱的だ。
その振り幅に、私はいつも翻弄されている。
『そんなに見つめないでください。穴が空きそうです』
「君の心臓に穴を開けて私で満たしてしまいたいよ」
『っ!?半助さん!』
私は思い切り床を蹴って立ち上がった。
ボンッと自分の顔が赤くなるのを感じる。
見下ろす半助さんの顔は余裕な大人な顔。
「今回は利吉くんにもっていかれたけど・・・だけど、次の休みは私にも君と触れ合う機会を与えてほしいな」
机に置いてあった手に半助さんが手を重ねる。
「次の休みを楽しみにしていてくれ、ユキ。何か楽しいことを考えておくよ」
きり丸と三人で遊びに行こう。
そう言う半助さんの顔はいつの間にかあの優しい、子供たちを見守る担任の先生の顔。
私は彼の幾通りの顔を見せられて、自分の心が翻弄されるのを感じたのだった。