第四章 雨降って地固まる
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8.新居入居
前半当直の五日間が終わった。
私と吉野先生は小松田さん、食堂のおばちゃんと交代して休みに入る。
「それでは小松田くん。くれぐれも、くれぐれも部屋を荒らさないように。否、私たちが帰ってきた時に余計な仕事を増やさないように」
「は~い。了解です~」
『お一人でのお仕事大変だと思いますから
適度に休憩入れてくださいね』
「うん。ユキちゃんありがとう」
ふにゃり、と小松田さんが笑う。
癒されるわ~
「ユキちゃん、私がいない間六年生の食事作ってくれてありがとね。さっきすれ違った長次くんに聞いたらおいしい料理作ってくれたって言っていたわよ」
『長次くんそんなこと言ってくれてたんだ!うれしいな』
思わず頬が緩む。ハプニングもあったりしたけど、無事に五日間乗り越えられたし、私の料理の腕も上がったのかな?
その腕をきりちゃんにも確かめてもらおう!
「「行ってらっしゃーい」」
『行ってきまーす』
「行ってまいります」
私と吉野先生は小松田さんとおばちゃんに別れを告げて忍術学園を出発する。
吉野先生とたわいもない話をしながら帰り道を歩く。
そして裏裏裏山を越え、さらに峠を越えたところで私たちは立ち止まった。
「では、私はこちらの道なので」
二股に分かれた道で吉野先生が私が行く方向とは別の道を指し示す。
「ある程度大きな街道ですから山賊などに会う心配はないと思いますが、家に着くまで気を引き締めて帰ってくださいね」
『はい。吉野先生もお気をつけてお帰りください』
では、と私たちはそれぞれの道を歩いていく。
今は梅雨。昨日の雨で道は少々ぬかるんでいるが今日は晴天。
きっと農家の家の忍たまたちは今日の日に
田植えをしたり作付けする家が多いだろう。
みんなお手伝い頑張っているかな?
忍たまのみんなの顔を一人一人思い出しながら歩いていくと、なだらかな峠の上にいた私の目に町が映った。
きりちゃんと半助さんが住んでいる町だ。
二人とも元気に過ごしていたかな?
私の足は自然と早くなっていく。
賑わっている町を歩き、半助さんの家の近くまでやってくると、そこには以前家を探しに来た時にいた半助さんのお隣のおばちゃんの
姿があった。
『こんにちは』
「あら。あなたはあの時の!半助さんの彼女さん」
うふふ、と笑って言うおばちゃんに苦笑いを返しながら『ち、違いますってば!』と否定していると、私たちの声が聞こえたのか半助さんが家から顔を出した。
「ユキ!思ったよりも早かったね」
『お久しぶりです、半助さん。なんだか毎日顔を合わせていたから五日間が長く感じましたよ』
「あらあら。それだけ半助が恋しかったってことね」
『「お、おばちゃん!」』
私と半助さんは同時に叫び、お互いをチラと見合った。
私たちの顔はほんのり赤らんでいて、お互い
弾かれたように視線を逸らす。
おばちゃんはその様子を見て楽しそうに笑った。
「さてさて、いつまでも若いふたりのお邪魔をしていちゃいけないわね。馬に蹴られないうちに退散しましょ」
「で、ですから私とユキはまだそう言う関係ではないんですって!」
「うふふ。・・・まだ?」
やっちゃったーというように頭を抱える半助さんを楽しそうに見ながらおばちゃんは今度こそ自分の家へと戻っていった。
『おばちゃん強し、ですね』
「はぁ。本当に敵わないよ」
ひとしきり揶揄われた私たちはお互いに顔を
見合わせて苦笑いだ。
『ところで、きりちゃんはどこに?中で内職ですか?』
半助さんは私の言葉にまたまた苦笑いで首を振る。
「午前中は外でアルバイトだと言って出て行ったよ」
『え!?そうなんですか?』
「休みの後半、残りの5日間は内職だけをもらってユキとずっと一緒にいたいんだって言っていたんだ。この5日間は毎日泥だらけになりながら外でのアルバイトを頑張っていたよ」
『そうだったんですね』
きりちゃんが外でのアルバイトを抑えて私とずっと一緒にいてくれようとしてくれたのが嬉しくて私は表情を崩す。
「お昼までには帰ってくると思うよ。それまで家で待っているといい」
『ありがとうございます。お邪魔します』
私は半助さんの家にお邪魔させてもらう。
半助さんが丸いゴザを勧めてくれてそれに
座らせてもらう。
「はい、お茶。どうぞ」
『ありがとうございます』
温かいお茶を飲み、ホッと息を吐き出す。
長く歩いた足も休ませてもらって快適だ。
「遠慮なく足崩していいからな」
『あ、では遠慮なく』
正座が苦手で事務室ではいつも横座りで座っている私に半助さんが気を使ってくれる。
半助さん、私のこと、よく見ていらっしゃるのね・・・
少々恥ずかしい気持ちになりながらも私は足を横にずらさせてもらったのだった。
「この5日間はどうだったかい?」
『色々ありました。一人で厨房で食材と格闘したり、あ!あとは学園長先生の突然の思いつきに知らぬ間に参加させられたり!』
「今回はどんな思いつきだったんだい?」
『金楽寺の和尚様に手紙を届けるという名目
だったのですがーーーーー
私は四年生・五年生に襲われて怖かったことや六年生が逞しくて頼りになったこと。それから座禅を組んで精神修行をした事などを笑いも交えながら話す。
「かなり濃厚な五日間を過ごしたようだね」
『えぇ、本当に。半助さんたちの方はどうでしたか?きり丸はいい子にしていましたか?』
「こっちはいつも通りだよ」
そう半助さんが言った瞬間、ただいまー!と
元気な声が家に飛び込んできた。
『きりちゃん!』
「あ!ユキさん早かったんだね」
『うん。小松田さんとおばちゃんが思ったよりも早く学園に着いて・・・というのは今は置いておいて。きりちゃんったら泥泥じゃない!どうしたの!?』
きりちゃんは頭から足先まで泥まみれだった。
「早朝から正午までのバイトで稲の作付けを手伝ってきたんだ。その時に転んじゃってさ」
後ろに手をやりながらアハハときりちゃんが笑う。
「裏で泥を綺麗に落としてきなさい。その間に私とユキで昼食を準備しておくから」
「わぁ!お腹ぺっこぺこだったんすよ。今日のお昼はなんすか!?」
「今日は特別奮発して親子丼だ」
「やったー!」
明るく弾ける声が部屋中にこだまして、私と
半助さんはニコニコしながら顔を見合わせる。
半助さんがきりちゃんの替えの服と手ぬぐいをきりちゃんに渡すと、きりちゃんは裏の井戸へと足取り軽く走っていった。
「ユキ、手伝ってくれるかい?」
『もちろんですよ。というか、私も御相伴に預かっても宜しいのですか?』
「それは勿論だよ。まだまだユキと話したいしね」
ふわり、優しい笑みを向けられて私の心臓が跳ねる。
『ありがとうございます』
私はトクトクと速くなる鼓動を感じながら厨房へと降りて行ったのだった。
さて、上達した料理の腕前を披露する時が来たようだ。
私は腕まくりをしてふん。と気合を入れる。
半助さんにはお花見の予行練習で作った焦げた唐揚げしか見せたことがない。
名誉挽回のチャンスである。
半助さんが材料となる鶏肉を近くのお店に買いに行っている間に玉ねぎを刻み、卵も割ってといておく。
この時代は冷蔵庫がないから肉は腐りやすい。
肉屋さんに行って切り売りしてもらう、
もしくは一匹丸々買ってきて自分でおろす。
私も食堂のおばちゃんに習って鳥は自分で
おろせるようになっていた。が、出来たら解体した状態で持ってきて頂ける方がありがたい。
どの状態で買ってきて下さるのだろうと
調味料を合わせながら待っていると、半助さんが帰ってきた。
ザルには鳥の肉切れが一枚。
「お待たせ」
私は心の中でガッツポーズしながら
半助さんからザルを受け取ったのであった。
「うわ~良い匂い!」
井戸から戻ってきたきりちゃんが開口一番
そう言って顔を輝かせる。
「だけど・・・凄い雰囲気」
きりちゃんが呟いた。
私は卵が半熟の良い具合になったところで
丼に上げられるように集中していた。
その覇気に驚いているようだ。
「しーっ。今、大事なところだから」
半助さんがきりちゃんにそう言ったところで
私は動き出した。
『今だ!半助さん!』
「はい!」
半助さんから丼を受け取り、お玉ですくって
ごはんの上に親子丼の具を乗せる。
『次、下さい!』
「はい!」
見事な連係プレー。
半助さんに具を乗せて完成させた親子丼を
渡し、これから具を乗せる丼を受け取る。
『よし!』
鍋は空っぽ。三人分の親子丼を作り終え、私と半助さんはふーっと息を吐き出す。
知らぬ間にどちらも肩に力が入っていたようだ。
親子丼一つでこんなに緊張していたなんて・・・
ふと目の合った私と半助さんはぷっと吹き出し笑い出してしまう。
「あぁ可笑しい。親子丼一つでこんなに笑うとわね」
火の始末をしながら半助さん。
『さあ、きりちゃん。出来たよ。運んで・・・ってなあにその顔?』
ニマニマ顔のきりちゃんにコテンと首を傾げると、きりちゃんは楽しそうに
「なんだか夫婦漫才を見ているようだった」
と言った。
「ニシシ。息もぴったりだったしね」
「き、きり丸!」
『きりちゃんったら!』
頭の後ろで手を組みながら笑うきりちゃんに
私と半助さんは頬を紅潮させながら彼の名を
叫んだのだった。
『「「頂きます」」』
美味しく出来ているかな?
ドキドキしながらパクリと親子丼を頬張る二人を見ていると、二人の顔から笑みが溢れた。
「おいしい!」
「うん。旨い」
きりちゃんも半助さんもそう言ってくれる。
『良かったー』
安堵しながら私も親子丼をパクリ。
うん!美味しい!
『そうだ。この五日間のきり丸はどうでしたか?』
先程は私ばかり話してきりちゃんの話を
詳しく聞けていなかった。
『いつも通りとおっしゃっていましたけど・・・バイトの受け過ぎで半助さんを困らせたりはしませんでしたか?』
「「・・・・。」」
顔を見合わせる二人。
きりちゃんはバツの悪そうな目を半助さんに向けて、半助さんはハハっと呆れたような目をきりちゃんに向ける。
私はきりちゃんの方を見て、長ーい溜息を吐き出す。
『コラ、きりちゃん!お休みが入る前に言ったはずでしょ?半助さんを困らせたらいけないって』
きりちゃんはキッと目を吊り上げる私を見て慌てた様子で口を開く。
「でもでも、引き受けた時は自分ひとりで出来ると思ったんだもん。だけど、いざ引き受けてみたら僕一人じゃ間に合わなくて・・・」
でも、僕を手伝うの土井先生も慣れてるっすから!
と明るく言っちゃうきりちゃんに私の両眉は上がる。
『きりちゃん~~~~全く反省していないなんて!』
「わわっ。ユキさんが怒った~~~~!」
きりちゃんが丼を置いて半助さんの背中に
ピューっと隠れた。
半助さんの肩に手を置いて、顔を半分だけ出してこちらの様子を覗っている。
目くじらを立てる私に「まあまあ」と意外な所から声がかかった。
「毎度毎度の事だけど、きり丸も反省しているからこのくらいで」
『半助さんったら甘すぎますよ!?』
驚き半分、呆れ半分で言う私に半助さんは眉尻を下げる。
「それは、まあ、自覚済みだけど、こうして
反省していることだし。な、きり丸」
「は、反省していますっ!」
ピンと手を挙げて宣誓するようにきりちゃんが言った。
「今日のところは私の顔に免じて許してやってくれ。せっかくの親子丼も冷めちゃうし、な?」
そう優しく微笑まれては引き下がるしかない。
私は仕方ないと言うように息を吐き出して、
『何度も言うけどアルバイトを自分一人で出来ないくらい受けすぎないように』と言って
怖い顔を作るのをやめた。
『さあ、戻ってごはんを食べなさい』
「はーい!」
自分の場所に戻ったきりちゃん。
しかし、彼は不思議な行動を取っている。
私と半助さんの顔を交互にキョロキョロ見ている。
目を瞬く私たちに再び彼の爆弾発言。
「なんだか二人が夫婦だったら母ちゃんが
土井先生で父ちゃんがユキさんみたいっすね」
二カーっと明るく笑いながら言う彼に、私と
半助さんは本日二度目、彼の名を同時に叫んだのだった。
お昼を食べ終わり、お茶を頂いた私たちは一緒にお皿を洗った。
「きり丸、この食器拭いたから戻してきてくれ」
「はいっ」
『半助さん、囲炉裏の周り拭いてきたいのですが何か拭くものありますか?』
「ありがとう。水瓶の横に桶があるだろう?その中の雑巾を使ってくれ」
『分かりました』
片付けをしている間、きりちゃんはその間終始ニコニコしてご機嫌な様子だった。
私と半助さんはその様子に目を細める。
『何だかきりちゃん楽しそうね』
「うん!なんか楽しい!」
そんな会話をしながら、私たちは食事の後片付けを終える。
「そろそろ出ないとな」
半助さんがぐるりと部屋の中を見渡して言った。
『私たちも出発します』
「俺、戸締り確認してきまーす」
一足先に外に出た私が待っていると、間もなくしてきりちゃんと半助さんが戸締りをして家の外へと出てきた。
「それじゃあ、ユキ。市井の生活は初めてだから何かと大変だと思うけど・・・」
『そんなに心配しなくても大丈夫ですよ、半助さん。私にはきりちゃんが付いていますから』
きりちゃんの肩に手を置くと、きりちゃんは
自分の胸をポンと叩く。
「ユキさんのことは任せてください!僕ほど市井の生活に詳しい人間はいないっすから」
「それもそうだな。きり丸がいれば安心だ。
ユキの事を頼んだよ、きり丸」
「はい!」
目線を合わせて私のことをよろしく頼むと言う半助さんにきりちゃんは頼もしげに胸を張る。
「それじゃあ五日間後に」
『道中お気をつけて』
「土井先生、休み明けにね~」
「ちゃんと宿題しておくんだぞー」
「・・・はーい」
「なんだその間は!痛たた」
『「半助さん(土井先生)!?」』
胃を抑える半助さん。
駆け寄る私たち。
私ときりちゃんは賑やかに半助さんを送り出した。
『では、我々も家に向かいますか』
「うん!」
『帰りに食材も買って帰らないとね』
「夕方は安売りをやっているお店が沢山あるよ。まずは野菜売りのところへ行こう!」
きりちゃんが私の手を取って走り出す。
ふふ、何だかきりちゃん楽しそう・・・
そう思う私の顔も彼と同じように新しい生活に期待して輝いていたのであった。
「とうちゃーーく」
『少し遅くなったね。急いでお夕飯の準備をしよう』
きりちゃんに市井の案内をしてもらいながら
(途中できりちゃんの内職のアルバイトも受け取って)買い物をして帰ってくると陽が傾きかけていた。
「ユキさん一人で本当に大丈夫?」
一人で夕飯を作ると言う私を心配するきりちゃん。
『大丈夫。お昼も上手く作れていたでしょ?
これでも五日間忍術学園の食堂を預かったのよ?信頼してちょうだい』
「う~心配だけど。そこまで言うなら・・
でも、何かあったら手伝うから言ってね」
『ありがと、きりちゃん。あ、それから、内職の前に宿題でしょ?』
「げ・・・忘れていると思ったのに」
『私は半助お母さんと違って甘くはありませんよ?』
「ぶっ。今の土井先生が聞いたらショック受けるよ」
『半助さんにはこの冗談黙っていてね』
ニヤリと二人で笑い、それぞれの作業に取り掛かる。
釜戸に火を入れながらチラと後ろを見ると、
どうやらきりちゃんは素直に宿題に取り掛かる様子。
私はその姿に頬を緩めながら夕飯の支度を始めていく。
室町時代の食事は質素だ。
私は煮物を作り、次にご飯を炊く。
煮物で使った大根の葉っぱでお味噌汁を作る。
「今日の分、終ーわりっ」
ちょうど食事を作り終えたところで後ろの文机で宿題をしていたきりちゃんが声を上げた。
『こっちも出来たよ』
「じゃあ直ぐ片付ける!」
物凄い速さで動くきりちゃんからご飯を楽しみにしている事が伝わってきて嬉しくなる。
ふたりで協力してご飯をよそい、丸いゴザに座る。
『「いただきます」』
二人で手を合わせてご飯を口に運ぶ。
「うん!美味しいよ。お昼も思ったけど、
ユキさん腕を上げたね!」
『きりちゃんにそう言ってもらえたら自信が持てるよ』
ちょっと偉そうに言うそんなところも可愛らしい。
私は顔全体の筋肉を緩めながらお味噌汁をすする。
歓談しながら食事を終え、一緒にお皿を洗い、次はーーーーー
「ユキさん、お風呂行こう!」
きりちゃんが入浴セットを持って私に駆け寄ってきた。
室町時代には風呂に入る習慣がない。と
何かの本で読んだことがある。
この時代の入浴は湯につかるわけではなく、
薬草などを入れた湯を沸かしその蒸気を浴堂内に取り込んだ蒸し風呂形式だそうだ。
だが、忍術学園には浴槽のあるお風呂がある。そしてここにも・・・
私は単純に時代を遡ってこの世界に来たわけではない。
パラレルワールドへ来たのだ。
私たちの住んでいる近くにも浴槽付きのお風呂があった。町の一区画に一つはある。
ちなみに井戸と厠も共同で使用するようになっている。
大家さんに風呂を使用する際は時間帯が書いてある木の板の下に自分の苗字札をぶら下げるようにと言われていた。
『背中の流し合いっこしようね』
「うん!」
浴槽は家族四人で使うのにちょうど良い
大きさのお風呂だったので、私ときりちゃんは伸び伸びと入ることが出来た。
お風呂から上がった私たちは家に帰って買ってきた牛乳を飲んで『「ぷはー」』と息を吐き出す。
『美味しい!やっぱりお風呂上がりは牛乳だよね』
「美味しい・・・けど、牛乳って高いよね・・・」
きりちゃんが湯呑の底を見ながら呟く。
私はそんなきりちゃんの頭をクシャクシャと撫でた。
『いいのよ。牛乳はカルシウムっていって骨を丈夫にする成分が含まれているの。きりちゃんは育ち盛りなんだから、食費はケチらないって決めているの』
「うーん・・・でも、僕のドケチ根性がそれじゃ嫌だって言ってる」
ぷくっと膨れたきりちゃんの頬を指で挟んで
ぷすっと空気を抜いてやる。
『大きくなって、丈夫になって、強い忍者になって、今食べた分、将来稼げばいいのよ。これは、将来への投資だと思って』
そう言って頭を撫でればようやく「分かった」と返事をくれる。
「でも、その代わり他のところでは節約、節約だからね!」
『はい。分かっています。ご教示の程、宜しくお願いします』
ぺこり。
頭を上げた私はきりちゃんと顔を見合わせて、同時にフフっと笑ったのだった。
外は暗くなり、部屋は囲炉裏の火で照らされるのみ。
私ときりちゃんはぼんやりとその火を眺めて
ゆっくりとくつろぐ・・・ことは出来ず、私たちはきりちゃんが貰ってきた内職を一生懸命こなしていた。
『この内職はいつまでなの?』
「明後日が納品日でーす」
『まだこんなにあるのか。スピード上げないとね』
匂い袋の袋を作る内職。
私はこんもりとした生地の山を見ながらふーっと息を吐き出す。
私が貰う給料できりちゃんの忍術学園の学費はだいぶ稼げている。
しかし、お給料を前借りしてこの世界で生きていく為に必要な物を揃えたり、家の家賃を払ったりしている為生活に余裕があるわけではない。
きりちゃんにそれを伝えた時に、きりちゃんは笑顔でこう言ってくれた。
「自分の授業料くらい自分で稼げるよ」と。
でもそれは嫌だった。きりちゃんは私の子供だ。
だから、きりちゃんの面倒は私が見たかった。
でも、情けないが今のところそれは厳しかった。
だから二人でよく話し合った。
そして私たちはこういう結論に達した。
私のお給料で半分。
きりちゃんのアルバイト代で半分ずつ
忍術学園の学費を稼ごう、と。
勿論きりちゃんが貰ってきてくれたアルバイトは積極的に私が手伝うと約束して。
頑張り屋さんの彼は、私が授業料の半分を払うと言っても今まで通りの量のアルバイトを
請け負っているようだった。
きりちゃんが忍術の勉強だけに集中できるようにしてあげられるのが理想なんだけどな・・・
私は少々切ない思いになったが、頑張っているきりちゃんを見て頭を振り、自分も内職に
集中したのだった。
「ん・・・ううん・・・」
声が聞こえて視線をきりちゃんに向けると船を漕ぎ始めていた。
針を持っているし危ない。
私はそっときりちゃんの手から作りかけの匂い袋を取り上げる。
『そろそろ寝ようか』
「ううん・・・もうちょっとだけ・・それだけ作ったら・・」
『だーめ。その状態じゃ良いお仕事出来ないよ。作りかけのは私がやっておくから、きりちゃんは先に寝ようね?』
私たちの家は居間しかない家だ。
私は奥の押入れから布団を出して囲炉裏の
横に敷く。
さて、私の布団はどこに敷こうか?
考えていると、
「ユキさん、こっち頭にしてユキさんの布団敷いてね」
寝ぼけ眼のきりちゃんにそう言われた。
私はきりちゃんの指示通りきりちゃんの布団と九十度になるようにして自分の布団を敷く。
これで頭と頭が近い。
『先にお布団に入っていなさい』
「はあい」
眠気が限界なのか、きりちゃんは私の指示に
従って布団へと入ってくれた。
私はささっと中途半端の内職を仕上げて囲炉裏の火を消し、自分も布団に入る。
真っ暗な部屋の中。今日の慌ただしい一日を
振り返っているとトンと頭に何かが当たった。
「ユキさん、手」
頭に当たったのはきりちゃんの手だったようだ。
『甘えんぼだね』
「違うよ。ユキさん、床が変わったら寝られないからユキさんの為にやってあげてるの」
私はきりちゃんの言葉に笑いそうになるのを
堪えながら彼の手を握る。
『ありがとね』
「うん」
万歳をした体勢のきりちゃんと
うつ伏せになって手を伸ばす私。
大の字になって寝るきりちゃんは、早朝からのアルバイトのせいもあってか直ぐに夢の中へと入っていき、規則正しい寝息が聞こえてくる。
『おやすみなさい』
良い夢を
愛しい我が子
私の瞼も、ゆっくりと下がっていったーーーー