第四章 雨降って地固まる
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
7.プチ修行
ゴロロロ
遠くから響いてくる雷鳴にユキたちは同時に空を見上げた。
西の空を見上げると黒い雲が暗雲と立ち込めていた。
「これは一雨、否、一晩中降り続きそうな雨がきそうじゃのう」
『それなら早く帰らないと!』
雨に当たってはめんどくさい。寒いし、足元は悪くなるし、私はみんなの足でまといになること必須だ。
そう思い金楽寺の和尚様にお暇を告げようとした私だが、金楽寺の和尚様は首を振った。
「あの雲の様子じゃ激しい雨が降るじゃろう。今は休暇中であろう?それなら金楽寺に一泊していったらどうじゃ?」
私たちは顔を見合わせた。その顔は笑顔だ。
「そうさせていただけると有難いです」
と、仙蔵くんが和尚様に言う。
「よし!そうと決まればついでに修行でもしていったらいい」
和尚様の申し出に私の顔がパッと輝く。
お寺での精神修行、ずーーとやりたいと思っていたんだよね。
この心に溢れる変態気質、お気楽脳に適当な性格。
一度性根から叩き直して頂きたいと思っていました。
しかし・・・・厳しすぎる修行は嫌だな。例えば今の時期の冷たい滝に打たれるとか、険しい岩山に登るとか。
私は恐る恐る修行内容について和尚様に聞いてみる。
「いやいや。そんな厳しいことはせんよ。座禅を組んで精神統一をする修行をしようと思う」
これなら私でもやれる。私はパッと明るい顔をして『よろしくお願いします!』と頭を下げたのだった。
そして私たちは和尚様に案内されてお寺の本堂へとやってきた。
気合十分の私は一番前の真ん中の位置を陣取る。
「ユキさん気合十分だね」
『うん!雷蔵くん。一度根本から精神を鍛え直したいと思っていたからね』
「ユキにしては良い心がけだな」
真後ろにいた仙蔵くんから声が飛んでくる。
『この坐禅が終わった後の私と今の私は、きっと生まれ変わったように人間が変わっているだろう・・・』
なんだか苦笑が聞こえるような気がするが無視をして床の上に座る。
さあ、座禅を始めましょう。
私たちは床の上に正座する。
「まずは合掌。相手に尊敬の念をあらわす作法じゃ。両手のひらを合わせてしっかりと指を揃え、指の先を鼻の高さに揃え、鼻から一寸離す。肘を軽く張り、肩の力は抜くようにするのじゃ」
ふーっと息を吐きながら集中。
よし、やる気がみなぎるぞ。ギンギーーン!
「脚は結跏趺坐(けっかふざ)で組む。結跏趺坐とは両足を組む座り方じゃ」
いきなり難問がやってきた。
右足を左の股に乗せるまでは良かった。だが、左足の方は・・・・
あ、上がらない・・・!
一生懸命自分の衣を掴んで左足を引っ張りあげようとする私。
後ろから「ぷっ」とか「ぷはっ」とかいう吹き出す音が聞こえてくる。
そういうお前らは出来てんのかと思いながら首だけ振り返ったら仙蔵くんも三郎くんも留三郎もちゃんと座禅を組めていた。
忍たまは柔軟性まであるのかッ。忍たまめ!
再び前を向き、奮闘する私だったが、
『あわわわわ』
バランスを崩して体が横に倒れていく。
「うおっと。大丈夫?」
右側にいた苦笑交じりの伊作くんに受け止められる。恥ずかしい・・・!
『ご、ごめん』
「僕は大丈夫だよ。むしろ役得」
『へ?』
「何でもないよ。それより、和尚様ー」
伊作くんが空の様子を見ていた和尚様を呼んで私が座禅に苦労していることを伝えた。
出来ない人向けの坐禅の組み方もあるらしい。
私は片足だけを組む半跏趺坐(はんかふざ)という座り方を和尚様に教えてもらう。
手を合わせ、姿勢を正し、坐禅の開始だ。
「目は眠気を誘わぬよう半眼にしておよそ二歩ほど先を見るように」
坐禅の用心は様々なことに囚われないようにする事らしい。
止静鐘という銅鑼の音が三回響いて始まりだ。
私の心が綺麗になりますように。
そんな風に心の中で唱えたのに、いの一番に私の頭に浮かんだのはいつの日か風呂焚き場から見あげた長次くんの上半身裸の姿だった。
あの時の長次くん、水滴が髪を濡らして色っぽかったーーー
って私は何を考えてるんじゃーーー!!
トン
『ん!?』
パシーーーーーン
気持ちいいほどの警策(きょうさく)の音が本堂に木霊した。
いきなりやってもたーーー。
私は自分がした空想と始まって早々の叱咤に頬を赤くしながら頭を下げる。
『あ、ありがとうございました』
「うむ」
和尚様が私の元を離れていく。
「ぷぷっ。ユキの奴いきなり過ぎるだろ」
「あいつ“ふふっ”って言ってたぞ。“ふふっ”って。
何妄想してたんだかって・・・・「げ」」
コソコソ私の後ろで会話をしていた三郎くんと勘右衛門くんが硬い声を出した。
直ぐに本堂に響く警策の音。
ニタリ。
私は私が妄想した長次くんに申し訳ない妄想を棚に上げて、ペシリと叩かれた三郎くんと勘右衛門くんを心の中で『ざまあみろ!』と笑っていたのだった。
思いは思いのままにまかせ、体と息を整えるように
これは座禅を組む前に和尚様から言われた言葉だ。
座禅を始めてから約二刻(一時間)。
座禅に慣れてきた私たちは時々警策で叱咤してもらいながら心を静めていた。
雑念は後から後からやってくるが出来るだけ
それを追い払う。
難しいがそれは気持ちの良いものでもあった。
だけど、先程から何度も何度も私の頭にふっと浮かんでくる思いが私の座禅を邪魔する。
私が思うのは先程のことだ。
六年生のみんなに守られながら金楽寺に辿り着いた私はみんなと会話しながらこんなことを考えていた。
私って忍者のことを知らなすぎる。
仮にも忍者を育成する学校の事務員をしているのにこれは如何なものか。
こちらの生活にも慣れ、生活に余裕も出てきた今日この頃。もっと忍者について知るために行動を起こすべきなのではないか。
『絶対そうすべきだよ・・・・・うっ』
和尚様が私の後ろに立つ気配。
ボソリと言ったその言葉によって、私は座禅を始めてからもう何度目にもなる警策受けたのであった。
坐禅終了の鐘がゴーンと響き、私たちは一様にホっと息を吐き出す。
『さて、よいしょ・・・・うっ!?』
組んでいた足を崩そうとした私は表情を歪める。
ジンジンと痺れてしまっていた。
それでも平気で周りが座禅を解して立ち上がっているのが何となく悔しくて、私は無理に立ち上がった。
瞬間、私の体が前へと倒れていく。
『おわわわわ!』
情けない声を上げながら前へとつんのめっていく私に伸びてくる手。
私は顔面から床に叩きつけられる惨事を免れた。免れたのだが・・・・
『「「あっ・・・・」」』
一瞬時が止まる。
私の体を受け止めた手。
その二つの手は私の体の中で一番膨らんでいるところ、もちろん腹ではなく、胸を、そう、胸にあたっていた。
「ごごごごごゴメン、ユキさん!」
真っ赤になって手の位置を変える雷蔵くんと
「うわ。意外と大きい・・・うん。柔らかさもいい感『とっとと手をどけたまえよこの変態がッ!!』
変態魔王伊作くんの手を私は思い切りベチリと叩く。
痺れる足でどうにか立つ私は雷蔵くんに『事故だったから』と気にしないよう言って伊作くんの方に向き直る。
この男は~~~~!!!
許すまじ!
しかし、私が伊作くんに勇猛果敢に飛びかかろうとした時だった。
スパン スパーーン
小気味よい警策の音が本堂に響く。
「はあぁ。お前さんたち、先程の精神修行は何だったのかね・・・?」
呆れる和尚様。
『「す、すみません・・・」』
バツの悪い私と伊作くんは小さくなって和尚様に謝ったのであった。
「さてさて、いきなり金楽寺に来て修行だったから疲れたであろう。先に茶を出してやれば良かったの」
眉を下げて言う和尚様に私は脳内で伊作くんに罵詈雑言を吐くのを止めてブンブンと手を横に振る。
『いえいえ。先に修行したいって言いだしたのは私たちの方でしたから』
しかし、お茶は有難い。
『お手伝いに行きます』
私は和尚様についてお茶を淹れに行くことに。
お坊様たちが生活する東坊と西坊。西坊は今は使われていないらしい。
私たちは今日、ここに泊まらせて頂くことになった。
私はお茶を乗せたおぼんを持って和尚様と一緒に西坊へと行く。
「待たせたのう」
お茶請けはお煎餅。私たちは熱いお茶をずずっとすすりながらホッと息を吐き出す。
先程の座禅も気持ちよかったが、温かいお茶も私たちの心と体をリラックスさせてくれた。
和尚様が本堂へと戻って行き、足を崩して
リラックスして雑談する私たち。
そんな時、
『あ、降ってきた』
雨の振り出しは急だった。
ザーーと線が見えるような雨が境内の庭に
叩きつけられている。
ピカッ ゴロロロロ
『っ!』
私の肩がビクリと跳ねる。ビックリした拍子に落としそうになった湯呑を慌てて手の中で安定させ、ほっと息を吐き出す。
まだ遠いけど、どんどん近くなるんだろうな。
嫌だな・・・・
そんな事を考えていた時に私の視界に
現れた顔は三郎くんの顔。
彼の顔はニヤニヤと楽しそうに笑っている。
これはもしかしなくても・・・
「ユキ、お前雷苦手なんだろ」
『うっ。そんなことは・・・』
ピカリ ゴロロロッ
『ヴォッ!?』
私の口から奇声が発せられた。
これはアレだ。聞いたことがある。マントヒヒのオスの鳴き声に似ている・・・じゃなくて・・・
今やみんなが雑談を止めて私を見ていた。
奇声を発した私を目を丸くして見ていたみんなはーーーー
「ぷっ。ヴォッ!?ってなんだよヴォッ!?って」
『う、五月蝿い、留三郎』
みんなが弾けたように笑い出してしまった。
んもーーーー恥ずかしい!
「咄嗟のことだから気にすることないよ、ユキさ・・・くふっ」
『雷蔵くん!?フォローは頑張って最後までフォローしようね!』
「ご、ごめん」
謝りながらも両手を顔に当てて必死に笑いを
堪えている雷蔵くん。
その必死さが、何か私の萌えのツボだった。
雷蔵くん、君のことは許してしんぜよう・・・
「ユキが雷蔵を変な目で見ている!私の雷蔵に手を出すなよ、ユキ」
ガルルと雷蔵くんを私から守るようにする三郎くんの言葉を受け流しつつ(ちなみに雷蔵くんは三郎くんのものではない!皆のものだ!よって私にも鑑賞する権利がある!)外に目を向ける。
暗雲たちこめる空。
私の眉根は自然と寄っていく。
「ユキにも可愛いところがあったのだな。雷が怖いとは」
口の端を少し上げながら仙蔵くんが言う。
『ちょっとトラウマがあってね』
もう隠していても仕方ない。私は肩を竦めながら言った。
「トラウマ?雷が近くに落ちたとかか?」
小平太くんの問いに頷く。
みんなの目がそのエピソードを話すように言っている。
特に今は何もすることはない。時間潰しにと私は過去を頭の中で遡って口を開く。
『昔、小さい時にかくれんぼをして神社の御神木に登って隠れて「「「「「「おおいっちょっと待て(待って下さい)!」」」」」
その場にいた四・五・六年生全員が一斉にハモった。
「ユキちゃん御神木に登って隠れてたって・・・」
「飛んだ罰当たりだな」
タカ丸くんの言葉をついで文ちゃんが呆れながら言う。
『子供だったんだもん。御神木の意味も知らなかったし・・・ってのは置いておいて』
話を進める。
それはある夏の日の出来事だった。
御神木に登って身を隠していた私の耳に今のようにゴロゴロと雷鳴が響く音が聞こえてきた。
上を見れば葉が一面に茂っていた。友達にかくれんぼの中止を告げて家に走って帰るより、ここで大人しくしていた方がいいと判断した。
夏の通り雨。直ぐに通り過ぎると思っていたからだ。
―――ゴロゴローゴロゴロー早く通り過ぎないかな~
呑気に雷鳴の真似をしていた私の耳にぴちょんぴちょん、そしてザーーーと今のように雨が降る音が聞こえてきた。
私の予想通り、木の下は濡れなかった。
自分の判断が正しかったことに満足気ににこりと微笑む小さな私。
そんな私の顔が恐怖で引き攣ったのは次の瞬間だった。
ピカッ ドン!!
目の前が真っ白になったのと同時に体に感じた衝撃。
反射的に木にしがみついた私が目を開けると
一寸前にあったのは真っ二つに割れた御神木。
そしてヴォオオオと一気に燃え上がる炎だった。
私はけっこうな高さにいたが、身の危険を
感じ取り、木の上から飛び降りた。
ピカッ ゴロロロロ
響く雷鳴――――
『次は私めがけて落ちてくるかもしれない。そう思いながら私は逃げ帰りましたとさ。チャンチャン。で、トラウマになったわけ』
話し終わり、みんなの顔を見渡した私の頭にははてなマークが浮かんでいる。
一様に反応なし。
何故?
首を傾げていた時だった。
『ごふっ!?』
どすん。背中に衝撃がくる。
「ユキさんの馬鹿!!」
この重みは分かる。喜八郎くんだ。
『いやー思い返せば自分でも馬鹿なことやったなぁと思っているよ』
アハハ、と笑って返すが周りの雰囲気がおかしい。
目を瞬かせていると、ギンっと強い瞳で
あちらこちらから睨まれる。
『え・・・?何、みんな・・・???』
わけが分からずポカンとする私の前でみんなは一斉に息を吸い、
「「「「「「こんの大馬鹿者」」」」」」
「「「「「ユキの馬鹿!!」」」」」
「「「「ユキさん(ちゃん)ったら何てことしてるんですか!」」」」
学年ごとに綺麗にハモった怒鳴り声が飛んできた。
「子供の時の話とはいえ、ゾッとしたぞ、ユキ!」
八左ヱ門くんが叫び、
「阿呆だ。お前は正真正銘の阿呆だ」
強い目ヂカラで睨んで仙蔵くんが言い捨て、
「ユキさんったら何度死にかけて来たんですか!?お風呂場の時の一件といい、聞いているだけで肝が冷えます」
顔を引きつらせながら三木ヱ門くんが言う。
「こうして生きていてくれているのが奇跡のようだよ」
ひしっと右側から伊作くんに抱きつかれる。
「あ、俺も抱きつきたい」
私が動けないのをいいことに勘右衛門くんが左側から私に抱きついてきた。おいっ。
みんなから散々に無鉄砲だ無知だと言葉を浴びせられる私は少々むくれ顔。
小さい時のちょっとしたエピソードなんだから、そんなに目くじら立てて怒らなくても・・・
だけど、
「僕、ユキさんに何かあったら耐えられません」
耳元で囁かれた喜八郎くんの声。
その言葉はみんなの耳にも届いたようで、
みんなはその言葉に頷いたり、「ホントだよ」とか、そんな反応を示してくれていた。
むくれてごめん。
私は上がってしまいそうな口角を必死に押し留める。
私にとってはただの過去の思い出の一つであるのに、みんなはそれを今の私が体験したように心配してくれているんだね。
『みんな、心配してくれてありがと』
自然と言葉が出ていた。
私を抱きしめていた喜八郎くん、伊作くん、勘右衛門くんの腕の力がぎゅっと強くなる―――――息が・・・・
「おい前ら、いい加減ユキから離れろ。ユキが苦しそうにしているだろうが」
文ちゃんが三人を引き離してくれて大きく息を吸う。あぁ、助かった・・・
「それにしても、ユキは昔から無鉄砲だったんだな」
『もうこの話はいいでしょう、留三郎』
ぷぅと膨れて留三郎に抗議。
「いーや良くないね」
『痛ひゃひゃ勘右衛門くんっ』
勘右衛門くんが私の頬を横に引っ張った。
ぺしんと頬から手が離されて痛たたと頬を摩っている私に告げられた言葉。
「お願いだから、自分を大事にしてよね、ユキさん」
優しい雷蔵くんの言葉。
一斉にみんなが頷いたのを見て、私は今度こそ抑えきれずに微笑んでしまったのだった。
「なんだよーユキはこっちで寝ないのか?」
夜の帳が降りて今は寝る時刻。
雷も今は遠くへと行ってしまって聞こえない。雨だけが降っている。
『煩悩の塊めッ。坐禅の精神修行をやり直すといい』
ビシッと三郎くんに言った私は忍術学園一年生と同じくらいの年齢の小坊主くんたちがいる東坊にお邪魔して寝させてもらうことになった。
可愛い小坊主くんたちとは直ぐに打ち解けた。
私は彼らに西遊記のお話を聞かせる。
―――昔々、傲来国の沖合に浮かぶ火山島で・・・
お話を始めるとキラキラとした瞳で聞いていた
小坊主くんたちだが、そのうちに一人、二人と
スヤスヤと規則正しい寝息をたてていく。
ふふ、小さい子の寝顔ってどうしてこんなにも可愛いのだろう。
私は頬を緩ませながら夢の中へと入って
行ったのだったーーーーのだが・・・
『ううん・・・』
私はいつも通り、みんなのイメージ通り、
繊細でデリケートな女の子である。
私は床が変わったせいで夢の中から直ぐに
抜け出して再び眠りに入れなくなってしまっていた。
目が冴えて、一向に眠れる気配はない。
『困ったな』
小さくごちる。
『水でも飲みに行こう』
外の雨はまだ降り続いていたので井戸ではなく、私はお寺の厨房に向かうことにした。
水瓶があったらそこに水が残っているかもしれない。
しとしとと降る雨の音を聞きながら廊下を渡り厨房へと近づくと、そこから光が漏れていた。
『あれ?』
中に入ると一斉に顔が振り向いた。
「ユキちゃん!」
タカ丸くんがふにゃりと笑って私に手を振る。
その他のみんなも私の顔を見て表情を崩した。
でも・・・
『ごめん。何か大事な話をしている時に来ちゃったみたいだね』
空気から察するにそんな感じだった。
「ユキちゃん気を使わないで。それより、厨房には何か用があって来たんでしょ?」
『うん。お水が飲みたくって』
「それならそこの水瓶に入っているよ」
タカ丸くんに言われて見ると、ちょうど真横にあった水瓶に水が張ってあった。
私は柄杓ですくい、喉を潤す。
その間も四年生のみんなは暗い雰囲気を纏っていて・・・
『みんな、大丈夫?』
思わずそんな言葉をかけていた。
『私に話しても解決するような問題じゃないと思うけどさ・・・話し、聞こうか?って滝夜叉丸くん!?』
滝夜叉丸くんの整った顔からポロリと一つ涙がこぼれ落ちた。
「馬鹿!泣くなよ、滝夜叉丸。ユキさんが困るだろ・・く」
滝夜叉丸くんを怒ろうとした三木ヱ門くんだったが、彼も今にも泣きそうになって、口をぎゅっとつぐんだ。
あとの二人、いつものほほんとした雰囲気を纏っているタカ丸くんといつも飄々としている喜八郎くんでさえも暗い表情をしている。
『みんな・・・??』
私がそんなみんなに困惑していると・・・
「うわっ」
後ろから驚く声が聞こえた。
振り返れば留三郎と長次くんだ。
四年生が一斉に立ち上がった。
良く躾けられている彼らに拍手だ。
そう感心していると・・・
「何四年生泣かしてんだよ」
と、留三郎が顔を顰めて私に言った。
『留三郎!?』
「ってのは冗談で・・・」
冗談かいっ!
私は大きく溜息を吐く。
『はぁ。状況を考えなさいよ』
「悪ぃ悪ぃ。あんまりにも辛気臭い雰囲気だったから冗談の一つでも言いたくなってな」
そう言って留三郎は肩を竦めた。
「で、どうしたんだよ、お前たち」
四年生は顔を見合わせあった。
言おうか言うまいか躊躇っているようだ。
そんな彼らを見つめていると長次くんがモソモソと彼らが言いたいことを当てた。
「今日の実習のことを気にしているのだろう・・・」
「そうなのか?」
四年生はみんなコクリと悲しそうに頷いた。
なんだか、他人事じゃない。
本当ならばこの場からそっと立ち去ったほうがいいのかもしれないが、私は敢えてこの場に居させてもらうことにした。
私にも思っていることがあるからだ。
私は心の中で四年生に申し訳ないと思いつつも、彼らの話に耳を傾ける。
「今日の実習、あんなに事前に話し合いをして、準備して、作戦を立てたのに、まったく六年生の方々に歯が立たなかったのが悔しくて・・・」
三木ヱ門くんは涙声になるのを抑えながらそう言って俯いた。
「千輪には自信があったのに。武道大会では忍術学園で一番の腕前だったのに、あっさりと先輩方に弾き返されて」
「僕の張った罠も見抜かれて、ハマったと思っても抜け出されて・・・」
「真正面からぶつかったら余りの実力の差に愕然としたよ。これが二学年離れている差なのかって。それからこう思ったんだ。僕たちは二年後、先輩たちのようになれているのだろうかって」
最後にタカ丸くんがこう結んで四年生は悔しそうな泣きそうな表情で痛い思いに耐えていた。
「もし、立場が逆だったら。もし、僕たちがユキさんを守りながら金楽寺へ向かっていて先輩たちに襲われたらって考えたんです」
そうしたらユキさんは命を落とすことになっていた。
三木ヱ門くんは辛そうに顔を歪めながら言う。
『みんな・・・』
言葉をかけようとした。でも、言葉が見つからなかった。
忍術についてさっぱり知識のない私だ。
気休め程度のことしか言えない。上辺だけの言葉など今は誰も求めていないだろう。
この場は留三郎と長次くんに任せたほうがいいね。
私は留三郎と長次くんをチラと見た。
留三郎は目を閉じ、彼らの言うことを頷きながら、長次くんは真っ直ぐな瞳で彼らの言うことを聞いていた。
さて、彼らは何と言うだろう・・・?
待っていると、まず初めに口を開いたのは留三郎だった。
ずーっと四年生全員の顔を見渡して一つ頷く。
「お前たちの気持ち、良く分かる。お前たちの不安もな」
留三郎はそう言って、どこか懐かしむように目元を緩めた。
四年生は留三郎が見せたその表情に顔を見合わせてから続きを促すように彼を見た。
「俺たちも、同じ経験をさせられたんだ。な、長次」
「モソ」
長次くんが留三郎の言葉に頷く。
「先輩たちも、ですか・・・?」
おずおずと聞く滝夜叉丸くんに留三郎も長次くんも頷いた。
「・・あの時は、お前たちの時より手酷くやられた・・・・しかも、今三木ヱ門が言ったような状況だった」
「そうだったな・・・」
長次くんが相槌を打つ。
留三郎は話し出した。昔、やはり使いに出された一年生を守りながら目的地まで送るという実習がなされたそうだ。
「その時は、五年生も当時四年生だった俺たちも六年生が襲って来ることを知らされていたんだ」
それなのに・・・当時の五年生も留三郎たちも一年生をかっ攫われてしまったという。
「先輩たちが・・・信じられない」
呟く三木ヱ門くん。
「嘘じゃあない。俺たちは当時の六年生に全く歯が立たなかった」
「懐かしいな・・・あの実習の後、今のお前たちのように部屋に集まって反省会をしたのを覚えている・・・」
長次くんが懐かしそうに目を細めながら言う横で留三郎がザッザッと四年生たちに近づいていった。
そしてガシガシガシ。
みんなの頭を一人ずつ乱暴に撫でる。
「落ち込め!落ち込め!」
その言い方は楽しそうだったが愛情溢れる声色だった。
「お前たち、これはいい機会だぞ。忍の怖さ、厳しさを身を持って知る良い機会だ。自分自身に向き合い、忍という過酷な職業を今一度再確認する良い機会なんだ」
真っ直ぐな目をして留三郎の言葉を聞いていた四年生の瞳の中に強い光が宿ってくる。
「誰にも負けない忍者になれ。それには鍛錬しろ。守りたいものを守れるように強くなるんだ」
四年生の視線が私に向いた。
少々驚く。
しかし、私は驚きながらも彼らに笑みを返した。
彼らの目に宿っている光は決意。
何かを守るために強くなろうと思う彼らの気持ちが私にも伝わってきて、私まで胸が熱くなる。
「僕、火器以外にも体術や手裏剣の練習をもっとします」
「私は千輪の腕にもっと磨きをかけて、今度こそ先輩たちに打ち返されないよう放って見せます」
「僕だって今度は抜け出せないような罠を張りますから」
「僕は、ユキちゃんを守り切れるような男になってみせるからねっ」
「「「あ!!タカ丸さんズルい!!」」」
三木ヱ門くん、滝夜叉丸くん、喜八郎くんが一斉に声を上げる。
その途端、
「ぷははっ!」
留三郎の笑いを皮切りに、一斉にみんなが笑いだした。
笑いながら、留三郎が私の方を見る。
なんだろうと彼を見ると、
「ユキ、お前はもっと守られるような女らしさを身につけろよ。正直今回俺たち、ユキが金楽寺の階段を尋常じゃない速さで駆け上がっていくのを見て“こりゃあ守らなくてもやっていけそうだ”って思っちまったんだから」
なんて言われてしまう。
『五月蝿いっ留三郎っ』
確かに、女捨てて服が乱れるのも構わずダッシュして階段を駆け上り、ゼーハー言いながら金楽寺にの門を叩く私の顔はさぞや面白いことになっていたでしょうけど!
むくれる私だが、今はそんなことよりも四年生に元気が戻ったことが嬉しかった。
ひとしきり笑った私たちは目に溜まった涙を拭く。
暖を取るために入れられていた釜戸の火が暖かく照らしている厨房。
四年生の顔は、私が厨房に入ってきた時と比べ、まるで別人のように明るい顔になっていた。
「・・・お前たち、もう休め。明日も早い・・・」
長次くんに言われて四年生はおやすみの挨拶をして厨房から出て行く。
残された留三郎、長次くん、私。
「で、ユキは何しにここに来てたんだ?」
『水を飲みにだよ。留三郎たちもでしょ?』
「あぁ」
『水瓶に水入っているよ』
留三郎に水瓶にを指差すと、美味しそうに柄杓で水を飲んだ。
「私は目が冴えてしまってな・・・」
そう言いながら暖を取るために釜戸の前に移動した長次くんに習い、私も釜戸の前に移動する。
四年生が座っていた椅子に腰掛ける私たち。
留三郎もやってきて、私の横に腰掛けた。
「ユキ、無理して私たちに付き合わなくて良いんだぞ・・・」
水を飲みに来ただけだと思ったらしい長次くんが私を気にかけて言ってくれる。
『ううん。私も目が冴えちゃっているの。床が変わるとどうも寝付けなくてね』
タハハと頭に手をやって笑う。
『私って繊細な人間だから』
「ん?今、どこからか空耳が・・・」
『せーんーさーいー!留三郎、せーんーさーいーだって言ったの!』
ケタケタ笑う留三郎の横っ腹にパンチをお見舞いしておいた。
まったく留三郎はいつもこうやって人を揶揄うんだから。
さっきは見直したのに!
そう思いながらパチパチと爆ぜる薪を見ていると横から視線。
長次くんがどこか心配そうな顔で私を見ていた。
「ユキ・・・」
『なあに?』
「何か悩み事か・・・?」
モソモソとそんな事を聞いてくれる。
私は驚いて目を瞬いた。
確かに今、私は悩みを抱えている。
だけど、自分で解決できる問題。解決法も既に
見つかっていた。
忍者のことはまるっきり知らない私。
忍術学園の事務を務めるものとして。
この戦乱の世を生きていく者として。
そして彼らのことをもっと良く理解するために、私は忍者を知りたい。
私は心配そうな長次くんにニコリと微笑む。
『気遣ってくれてありがとう、長次くん。でも、大丈夫。私の問題はもう解決しているから。四年生に話していた留三郎と長次くんの言葉が私の思いを強くしたよ』
強くなるためには、知識を身につけるためには、練習すればいいだけのことなのだ。
本気で、真剣に・・・
忍術学園に帰ったら忍たまの友で勉強しよう。
自分の知識のなさを嘆くのはもうやめよう。
そんな事をしたって、何も変わりやしないのだから。
『お茶でも飲む?』
私が問うと、ふたりはコクリと頷いた。