第一章 郷に入れば郷に従え
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10.怪我の功名
カーンと終業の鐘が忍術学園に鳴り響く。これってヘムヘムが頭で鳴らしているんだよね。初めて見たときは思わずニ度見したよ。
今日は金曜日。長いようであっという間だった一週間。
一週間疲れただろうから休みなさい。と吉野先生と小松田さんの言葉に甘えさせて貰った私は足の向くまま忍術学園を歩いていた。
「ユキさーん!」
『ん?きりちゃん?』
駆け寄ってきたきりちゃんが私の手をキュッと握った。
「今時間ある?」
『うん。どうしたの?』
「今からサッカーの試合するんすけど、人数が一人足りないんだ。一年は組チームに入ってよ」
『サッカー!やるやる!ふふふ、フィールドの暴れ牛の異名を持つ私が一年は組を勝利に導いてあげるわ』
「ユキさん。その渾名がついた経緯聞いていいっすか!?」
『行くわよおぉぉ!オーフェンスオーフェンス、ゴーゴーゴーゴゴゴー!!』
「聞いてないし……(この人入れて大丈夫だったかな……)」
走りながらストレッチをして校庭に行くと、沢山の忍たまが集まっていた。
私の姿を見つけたは組の子達が駆け寄ってきてくれる。
「もしかして、ユキさんが助っ人?」
『よろしくね』
伊助くんに答えると「わあっ!」と歓声があがる。続けて一人ずつとハイタッチ。
「ユキさんが助っ人だって相手のチームに伝えてくる」
『庄ちゃん、私も行く』
庄ちゃんの後を追いかける。
一年は組と六年生以外はまだちゃんと話したことがないから挨拶しておきたい。
青の忍装束は確か二年生。
庄ちゃんに聞くと、相手チームは二年生四人、一年い組四人、ろ組四人だと教えてくれた。
『こんにちは』
目をパチパチさせて戸惑いの表情を浮かべる皆に微笑む。
「一年は組の助っ人には事務員のユキさんにお願いしようと思うのですが」
『私が入ってもいい?』
私が聞くとみんな一斉に顔をカアァァと真っ赤にさせてコクコクと頷いてくれた。シャイなのかな。可愛いな。私は頬を緩ませながら一年は組のもとへと戻っていった。
いよいよ試合開始!
なのだけど……
『きりちゃーん。何で私キーパー?』
「話し合いの結果、暴れ牛を先輩方に近づけるのは危険だと判断しました」
駄々をこねる私に「大人げない」と呟くきりちゃんと苦笑いのは組のみんな。黄金の右足シュートを見せられないのは残念だが、与えられた役目はしっかりこなしましょう!
一年は組のゴールは守護女神、雪野ユキが絶対に死守してみせるわ。
「あっ!抜かれた!」
脳内でイメージトレーニングを繰り返していると金吾くんが声をあげた。こちらに走ってくる青い忍装束。
「行けーー三郎次!」「先輩シュートッ」
「追いついてカットだっ」「ユキさん頑張って」
一年は組の子たちを突破してきた三郎次くんはもう目の前。
右か、左か……
三郎次くんがシュートを放つ瞬間、体のバネを使って飛び上がる。
『もらったああぁぁぁ!』
ズザザザザッ
「うわぁぁぁ雪野さんっ!?」
恥ずかしくて身を小さくする私の周りには乱太郎くんたち保健委員のみんな。他の子たちは説得して試合に戻ってもらった。
数分前、三郎次くんのシュートを空中キャッチした私は勢い余って派手に地面を転がったのだ。
当然あちこち擦り傷だらけ。怪我の痛みよりも、鼻血噴出に気づかぬままボールを自由の女神ポーズで掲げ、自分のナイスセーブに酔っていた自分が痛い……。
「乱太郎は保健室に行って、新野先生か先輩がいるか見てきてくれ」
「はい」
『先に行ってもらわなくても、んっ』
「ハンカチ鼻から離さない!」
『は、はい』
「上向いちゃダメですよっ」
『そうなの!?』
知らなかったよ。
「僕が左を支えるから伏木蔵は雪野さんの右側を支えて」
「はい。僕の肩に掴まってください」
右手は鶴町くんの肩、左手は鼻を押さえる。
左側にいる川西くんは私の背に手を回して支えてくれている。
『ありがとう。二年生の川西左近くんと鶴町伏木蔵くん、だったよね』
「えっ!?僕たちの名前、ご存知だったのですか?」
『もちろん。お世話かけてごめんね~』
目を丸くしていた顔が、はにかんだような笑顔に変わり、二人とも恥ずかしそうに俯いてしまった。照れながら「ユキさんって呼んでいい?」と言ってくれる伏木蔵くん。私も二人を名前で呼ばせてもらうことに。
『鼻血そろそろ止まったかな……あ、垂れた』
ズボンに血痕がついた。
「僕がいいって言うまで押さえておいて下さい!まったく。ユキさんって手がかかりますね。見た目と全然印象が違うや」
『がっかり?』
「そ、そんな事ないよ」と言って、目線を彷徨わせながら「話しやすくて安心した」と赤くなる左近くんが可愛すぎて鼻血が止まらなくなりそう。
「僕も、一年は組のみんなにユキさんの話聞いて、ずっと話したいと思っていました」
『一年は組の子が私のことを?』
一年ろ組の子たちに私のこと何て話していたのかな。
気になる。
面倒見が良くて綺麗なお姉さんとかだったら嬉しいのだけど。
「一年は組の子から、ユキさんは負けず嫌いでお風呂で潜水競争した時『げっ!その話、ストーーップ』
大慌てで伏木蔵くんの口を塞ぐ。
ただ湯船に浸かっているのもつまらないので、誰が一番長く湯船に潜っていられるか勝負した私たち。
調子に乗って全員に勝つまで勝負を繰り返した私はのぼせてしまって脱衣所に出た途端転倒。真っ裸のまま床に寝そべり、気分が良くなるまで皆に手拭いで扇いでもらっていた。
『秘密にって言っておいたのにっ。伏木蔵くん、この話は頭からスッパリ消去して下さい』
「伏木蔵、頭から消去する前にその話教えてくれな」
『ちょ、左近くんっ!?』
「わかりました~」
『伏木蔵くんまで!も~からかわないでよぉ』
カラカラと楽しそうに笑う二人。
お風呂でのこと、一年ろ組の伏木蔵くんが知っているって事は一年い組の子にも伝わってるかも。もしも、他の学年や先生方の耳にも入ってしまったら……突然、半助さんの苦笑が頭に浮かんだ私は恥ずかしさに身悶える。
もう、もう、もう、穴があったら入りたいっ!!
「えぇっ!?」
「ユキさ~んっ」
『……』
一瞬にして穴の中。
思ったことが現実になったようだ。
星型になっている穴の出口から左近くんと伏木蔵くんが心配そうに私を見つめる。
『前衛芸術作品“心の部屋”』
頭上の二人が眉を顰めた。
「おやまぁ。トシ夫くんの中に入ったのは誰ですかぁ~」
『入ったんじゃなくて、落ちたのっ!』
反射的に言い返したけど、この声の主は誰?
私が首をかしげていると穴の出口にひょこっと見知らぬ顔が現れた。
「それにしても見事に落ちましたね~」
『うん。自分でもどこにも引っ掛からず……じゃなくて!この落とし穴から出るの手伝っていただけませんか?』
「いいですけど~、それは落とし穴じゃありませんよ」
『やっぱり前衛芸術?』
「芸術だと言ってくれた人は初めてです。これは“落とし穴のトシ夫くん”ですよ」
『おおおぉぉいっ!今、自分で落とし穴って言っちゃったの気がついたかな?』
「僕の落とし穴を理解してくれる人は初めてですよ~」
私の指摘は見事にスルーされた。脱力して地面に膝をつく。
いや、脱力している場合ではない。
ここから脱出しなくては……
『っ!?』
突如視界に入った足に目線をあげる。目の前にいたのはトシ夫の作者さん。その手には村の古い家屋で見たことのある手鋤。
私を心配して降りてきてくれたのかな?意外と良い子なのかも……ん?一緒に穴の中に入ったら出られない!
「僕は綾部喜八郎と言います。喜八郎と呼んでください。あなたは確か事務員の……」
『雪野ユキです。ユキでいいよ』
なんだかのんびりした子だな。
穴に落ちたくらいで慌てている自分が小さく思えてきた。
『この落とし穴、のトシ夫くんって喜八郎くんが掘ったの?』
「そうですよ~。星型の自信作です」
『へぇ、器用だね』
機械でほったように垂直に掘られている穴を見上げる。
アート作品だと言っても充分通用すると思う。
『結構深いし、掘るの大変だったんじゃない?』
「まだまだ浅いほうですよ~」
『浅い!?この深さで?』
「はい~。僕の趣味兼特技は穴掘りで自他共に認める穴掘り小僧ですから~」
機械とかないから人力で掘ったんだよね。華奢に見えるけど実は力持ちなのかな。この学園の子は面白い子が多くて楽しい。
「綾部せんぱーい。ユキさんを保健室に連れて行く途中だったので、地上に上がってきてくださーーい」
のんびり喜八郎くんとの会話を楽しんでいた私の耳に左近くんの声が響く。
『えっと、上に行く方法ってある?』
「ありますよ。保健室はこっちの方向だから~」
喜八郎くんが手鋤で横穴を掘り始めた。
驚いて固まる私を他所にどんどんと奥へと掘り進んでいる。
「ついてこないんですか?」という喜八郎くんの声に我にかえり、私は慌てて彼を追いかける。緩やかな上り坂の先に太陽の光。
「綾部先輩とユキさん!?」
『乱太郎くん!?』
穴から出ると乱太郎くんがいた。
どうやら保健室の前に出てきたみたい。
「左近せんぱ~い。ユキさんいましたよ」
「よかった。やっと見つけました」
『伏木蔵くん、左近くん。無事にでたよ』
駆けてくる左近くんと伏木蔵くんにブンブンと手を振る。
「乱太郎、今の声は……ユキちゃん!?と喜八郎!この穴はなんだい!?おわっ、と、と」
『伊作くん、あぶないっ』
運悪く廊下に転がっていた手拭いで足を滑らせた伊作くん。
縁側から落ちる彼に駆け寄ったのはいいのだが、私が彼の体重を支えられるはずもなく、
私たち二人は重なるように倒れてしまった。
『セ、セーーフ。穴に落ちるところだった』
自分の顔すぐ横にある穴を見てホッと息を吐く。
そういえば、背中に地面を感じるのに痛くない。地面と背中の間に何かあるような……
体を打ち付けないように伊作くんが腕を回して庇ってくれていた。
『腕っ!ごめん、伊作くん』
「えっと、あの、その」
顔を正面に向けると目の前には真っ赤な伊作くんの顔。思ったより近くにあった彼の顔に
心臓が大きく飛び跳ね、私は自分の顔が赤くなっていくのを感じた。
私の体重で伊作くんの腕潰してるし、まずは起き上がらないと!
『庇ってくれてありがとう!すぐに退きますっ』
恥ずかしさもあって勢いよく起き上がろうとした私。私の体に腕を潰されて起き上がる準備が出来ていなかった伊作くん。
伊作くんの体に当たって跳ね返った私は彼の足を蹴ってしまった。当然バランスを崩した彼の体は私の上へ。
『っ!?』
「―――ッ!!」
唇に感じた柔らかい感触。
これって、もしかしなくても、アレ、ですよね……
『ごごごごごご、ご、ごめんなさいっ!!』
「ぼ、僕の方こそご、ごめん―――ユキさん何で土下座してるの!?」
『お代官様お許しを……』
「しっかりして!落ち着いて、まずは立って、深呼吸、深呼吸!」
深呼吸を繰り返す私に「次は怪我の手当てだよ」と言う伊作くん。
色々あって怪我のことを忘れていた。
鼻血はいつの間にか止まったみたい。
伊作くんに続いて廊下に上ろうとしたが、誰かに後ろから引っ張られた。振り向けば私の上衣を喜八郎くんがキュっと引っ張っていた。何このかわいい仕草!
「ユキさん」
『どうしたのかな?……え』
目の前で満足気に頷いている喜八郎くん。
「き、喜八郎、何してるんだっ!」
「何って伊作先輩と同じく接吻ですよ~」
今、この子わたしの口にチュって……えええぇっ!?
私たち全員が目を白黒させている間に喜八郎くんは「柔らかかったなぁ」と独り言を言いながら穴の中に消えていった。
喜八郎くん、この空気どうしたらいいのよーー!!
***
どうやら喜八郎くんに懐かれたらしい。
私は食堂へ向かう廊下を喜八郎くんに後ろから抱きつかれながら歩いている。数メートルごとに足が絡まって非常に歩きにくいです。
『喜八郎くん、転びそうだし危ないよ』
「いやです。離したくないです~」
『せめて横にこない?』
「横かぁ。前ならいいですよ」
『さらに難易度あがるよ!もう、このままでいいや』
諦めてため息をつくと、喜八郎くんが私の肩に満足そうに顔を埋めた。かわいい、可愛いから強く追い払えないのだよ。
ちなみに喜八郎くんの様子からすると、さっきのキスは恋愛うんぬんのキスというより自分の気に入ったものにマーキングをしたといったところだろうか。初めはドキドキしていたが私も意識しなくなってきた。
「良い匂いがする~」
『食堂ついたよ。この匂いは金平牛蒡かな?』
「違いますよ。良い匂いはユキさんの髪の毛です」
横に視線を移せばにへらっとした顔で喜八郎くんが笑った。
この子、自覚なくモテそうだわぁ。
背中に喜八郎くんを貼り付けたまま食堂に入ると、予想通り今日のメニューは金平牛蒡。甘辛くてご飯が進む好きなおかず。
フンフン鼻歌交じりで列に並ぶと前の三人がポカンとした顔でこちらを見ていた。
『気になる?』
「気にならない方がどうかしてますっ」
赤っぽい目の男の子がツッコミを入れてくれた。この学園は個性的な子が多いからツッコミ役が増員されて嬉しいよ。
「三木ヱ門、滝夜叉丸、タカ丸さんも今からごはんなの?」
よく見ると目の前の彼らも喜八郎くんと同じ紫の忍装束。
『みんなも四年生かな?私は事務の雪野ユキです。ユキって呼んでね』
この状況を説明するのは難しいから取り敢えず自己紹介。三人は私の声にハッとしたようにペコリと頭を下げた。みんな礼儀正しい子たちみたい。
『良かったら名前教えてくれる?』
「はい!まずはこの私、忍術学園のスター。四年い組、平滝夜叉丸からご挨拶させて頂きます。成績は常にトップ!そして戦輪の腕は忍術学園ナンバーワン。この溢れ出るスターのオーラで」
「ああもう、グダグダ煩い!滝夜叉丸の自己紹介聞いてたら日が暮れますよ。私は四年ろ組、忍術学園のアイドル田村三木ヱ門です。過激な武器を扱わせたら忍術学園ナンバーワンの」
私は喜八郎くんに耳を塞がれた。
何を言っているか良く聞こえないけど、滝夜叉丸くんと三木ヱ門くんは仲の良いライバル
ってところかな。耳を塞いでいた喜八郎くんの手を外すと賑やかな声が大きくなる。
『滝夜叉丸くん、三木ヱ門くん』
「「え」」
『って呼んでいいかな?』
私の声で動きをピタッと止めた二人は左右対称の同じポーズで思わず笑みを零してしまう。驚いた顔だった二人の表情は照れくさそうな笑いへと変わった。
「僕も自己紹介させて下さいね。斎藤タカ丸といいます。タカ丸って呼んでくださいね」
ほんわかした笑顔が印象的なタカ丸くんは他の四年生より少し大人っぽいかな?
「タカ丸さんは元髪結師さんだったんですよ~」
「編入したので歳は六年生と同い年です。あの、ユキさん。もし良かったら食事のあと髪の毛を触らせて下さいませんか?ずっと綺麗な髪だなぁと思っていて」
『き、綺麗な髪じゃないよ。枝毛に切毛に玉結びになっている毛もあって。見せるの申し訳ないよ』
「天使の輪が出来ていて艶やかで綺麗な髪ですよ。でも……初対面の僕に触れられるのはイヤですよね……」
しゅんと怒られた子犬のように俯くタカ丸くん。慌てて『嫌じゃないよ!』と首を横に振ると顔を上げたタカ丸くんはパアァと顔と瞳を輝かせて嬉しそうに笑った。
可愛くて性格もいい。あの六年生と同い年なんて……タカ丸くん真っ直ぐ成長してくれてありがとう!
『あ、タカ丸くん。私のことさん付けじゃなくていいからね』
「それじゃあ、ユキちゃんって呼ばせてもらうね」
「ユキさ~ん。両手使えないので僕の分の夕食ももらってください~」
『可愛い顔して無茶言うんだから。ほら、いい子だから一旦離れる』
「離れたくないです」
「こらっ。喜八郎、ユキさんに迷惑かけちゃダメだ」
ベリリと三木ヱ門くんに引き剥がされてぷくーと頬を膨らませる喜八郎くん。
「ご迷惑おかけしてすみません」と礼儀正しい滝夜叉丸くんに「どんな髪型にしようかな」と私の髪質を見ているタカ丸くん。
『あのさ、みんなで一緒のテーブルで食べよう』
元気な声が返ってきた。
みんなのこと、たくさん聞かせてね。