Knight!
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4.思い合う
江戸時代、鳥羽への赴任が決まって以来、私は日常の訓練に加えて
引越しの準備に赴任地・時代の勉強、刀装作成、空いた時間には暫く
会えなくなる家族や友達と会う約束。
毎日、目が回りそうな忙しさ。
『うえ~疲れたよ』
「主サマ、今日はこのまま家にお帰りになられては?」
白目を剥きながらオラウータンのように手をぶらぶらさせて歩く
私を五虎退くんが心配そうに見上げて言った。
『気持ち的にはそうしたいんだけどさぁ』
手帳を広げてみる。鳥羽に行く日まで予定がびっしりだ。
眉を顰めて首を横に振る。
『持っていく刀装は全部上より質のいいもので揃えたいんだよね』
「有難いですが無理してはいけません!」
「俺は使えればなんでもいい」
そうはいってもですねぇ・・・
初めての戦で私は刀装がいかに重要であるか身を持って知っている。
戦いが始まったら私は見ていることしかできない。
だから私に出来ることは何でもしたい。
刀装は全て特上で。それもできれば重装歩兵で揃えたい。
『備えよければ憂いなしって言うじゃない。それに今頑張っといたら後から
楽できるからさ』
眉尻を下げている五虎退くんと眉を寄せている山姥切国広さんに
微笑んで言う。
霊力と体力を無駄にしないように一つ一つ集中して刀装を作ろう。
私はIDカードを機械に通して刀装室へと入っていった。
・・・そろそろ終わりにしたほうがいいかも。
刀装作成開始から1時間。
肩で息をしている自分が情けない。
汗を拭きながら完成させた刀装を見る。軽歩兵の特上が5つ、重装歩兵の特上が3つ。
上以下の出来のものは持って行く気がないので即破壊した。
木炭、玉鋼、冷却材、砥石。材料を準備する手が震える。
なんか体が熱いな・・・。
「おい」
『うぉっ!?』
急に肩にポンと手を置かれて体が跳ねる。
振り向けば険しい顔をしている山姥切国広さん。
いつの間に後ろに来てたの!?
『・・・もうちょっとだから我慢して待っててね』
「違うッ」
アイスブルーの目が「心外だ」と言うように吊上がった。
駄々をこねる子供を諭すような口調が気に食わなかったらしい。
「もうやめろ。体を壊す」
目を瞬く。
驚いた。どうやら彼は私を心配してくれているようだ。
もう、無関心なふりを装って実は優しいんだから!
こういう素直じゃないところが可愛いんだよね。
「笑うな。気持ち悪い」
先程より更に険しい顔で山姥切国広さんが言った。
『女の子の笑顔を気持ち悪いってどういうことよッ』
にやけていた顔を引き締め、抗議の声をあげる。
「・・・すまない。若いオナゴを見つめる助平爺のように見えたので、つい・・・」
山姥切国広さんはそう言って申し訳なさそうな顔で俯いた。
余計傷ついたわ!!
でも彼が言った通り若いオナゴを見つめる助平爺の心境だったから
言い訳なんかできないんだけどね!
『これを作ったら終わりにするから』
「しかし」
『今日は調子いいみたいで特上ができる確率高いんだ。
だからあと一個だけ!ね?』
私は再び口を開こうとする山姥切国広さんを笑顔で制し
前を向き、鏡に手をかざした。
重歩兵の特上が作れるように集中、集中・・・
体の中がカーッと熱くなり全身から汗がふきだす。
質のいいものを作りたい。ぐっと歯を食いしばって気を放つ。
『やった――』
重装の歩兵達が金色の水晶に吸い込まれていく。
特上・重装歩兵を作ることができた!顔を緩ませながらホッと息を吐く。
「ユキッ」
あれ?
目がチカチカする。目の前が真っ白。
「ッ主サマ!!」
遠くの方で五虎退くんが叫んでいるのが聞こえる。
『ごめ・・ん』
遠くなっていく意識。
でも、私は怖いとは思わなかった。
「いくぞ、五虎退!」
目覚めてから夜寝る時まで聞いている彼の声。
温かい腕とお日様のにおい。
「しっかりしろ!」
焦る山姥切国広さんの声を聞きながら、私は眠る時のように
安心して意識を手放した。
目覚めると見慣れない天井。ここはどこ?
目だけキョロキョロ動かしてもどこか分からないので
起き上がってみることにする。
「寝てろ」
しかし、起き上がろうとした私は誰かに額を鷲掴みされてそのまま
ベッドに押し戻されてしまった。
耳元でボスンと枕の空気が抜ける音がする。
こんなことする人は一人しかいない。
『もうちょっと病人扱いして下さい』
「五月蝿い」
ベッド脇の椅子に腰掛けていた山姥切国広さんが手を伸ばしてきて
私の額に今度は優しく掌をのせた。
「まだ熱い」
碧い瞳が揺れている。
「辛いか?」
『平気』
近い距離でじっと見つめられ恥ずかしくなり私はモゴモゴ答えて
布団を顔まで引っ張り上げた。
あんな綺麗な顔に見つめられていたら下がる熱も下がらないよ。
「寒いのか?」
布団の中で動悸をおさえていると気遣わしげな声。
『そういうわけじゃないけど・・・』
「では顔を出しておけ。顔色が見えない」
『は、恥ずかしいし見えなくていいよ』
「何が恥ずかしいんだ?意味がわからん」
無常にも山姥切国広さんが布団を引っペがした。
あぁ、もう!顔が近いってば!
私は剥がされた布団を掴んで上に引っ張った。
しかし、山姥切国広さんが邪魔するので布団が顔まで届かない。
「主殿、手を放せ」
『寝っ転がった顔ブサイクだから見られたくないんだって』
「何を言い出すかと思えば・・・馬鹿馬鹿しい」
私の抗議を鼻で笑う山姥切国広さん。
刀剣男子に私が力で敵うはずはない。
布団はあっけ無く私の手から離れてしまった。
少しは乙女心というものを分かってほしいよ。
せめてもの抵抗と山姥切国広さんがいる方と反対側を向くと
再び鼻で笑う音が聞こえてきた。
彼が私を主と思っていないどころか、人として対等に見ているかも
怪しいもんだわ・・・。
そんなことを考えていると、
「毎晩見られているのだから今更気にすることもないだろうに」
と山姥切国広さんの呟き声が聞こえてきた。
なんだ。毎晩見られてたなら別に・・・って毎晩!?
ブンッと顔を動かして山姥切国広さんを見る。
私と目のあった山姥切国広さんはハッとしたように目を大きくし、
そして見る見る顔を赤くさせていった。
ヤダ、可愛い。
苛めたくなるじゃない。
『えー何?何?山姥切国広さんったら毎晩私の寝顔を「黙れ」・・サーセン』
出た。
目からビーム。山姥切国広さんの視線で凍りつかせる攻撃。
視線というより死線。
私の熱は急激に下がっていった。
結果オーライだ。
『ところで五虎退くんは?』
「花瓶の水を換えに行った」
『え!?私ってそんなに長く気絶してたの!?』
彼の発言に驚いていると
「あぁ。3時間も目を覚まさなかった」
と我が近侍は真面目な顔で言った。
3時間って仮眠レベルでは!?
過保護すぎる彼に嬉しいような困ったような気持ちになっていると
「花を買うのに財布を借りた」と淡々と告白をされた。
私のために使ってくれたんだし、花くらい別にいいけど・・・
「あーーーー主サマ!!お目覚めになったのですね!!」
『!?』
病室の入口を見た私の目が点になる。
入ってきたのは足の生えた薔薇の花束と小虎ちゃんズ。
青ざめていく私の顔。
うおぉぉぃいったい花代にいくら使ったのよおぉぉ!!
「苦しいのか!?どこが痛い??」
「っすぐにお医者さんを呼んできます!!」
ベッドに倒れこむ私に慌てて駆け寄ってくる山姥切国広さんと五虎退くん。
『違うっ、五虎退くん、違うから!っえ!?山姥切国広さん!?何してるのかな!?』
「医者のところまで運んだほうが早い」
私の言葉など無視して病室から私を運び出そうとする山姥切国広さん。
『どこも苦しくないから!ご、五虎退くんも何か言って・・・』
山姥切国広さんの暴走を止めてもらおうと叫んだ私はピシリと硬直した。
あぁ、ダメだ。
孤軍奮闘してどうなる?諦めも肝心だよね。
運び出される私が彼の腕の中から見たのはナースコールを連打している五虎退くんと
ベッドに登って楽しそうにシーツを引きちぎっている小虎ちゃんズの姿。
もう二度と気絶などするまい。
私は大混乱と突然の大出費に気絶しそうになるのを必死に堪えながら思ったのだった。
***
無事に病院から出る許可をもらって家へと帰ってきた私たち。
お風呂から上がり、あとは寝るだけとなった私はホッとした時間を過ごしていた。
『部屋にお花があるのっていいよね』
決して皮肉ではない。
お花があると室内が明るく見える。気分も明るくなる。
私は最近の忙しさのせいで体もだけど、心も余裕が無くなっていたみたい。
二人に心配かけちゃったし疲れたらちゃんと休むようにしないとね。
「主サマ、寝る前にハーブティーはいかがですか?」
『わーい!ありがとう、五虎退くん』
私にふわりと微笑んで五虎退くんがキッチンに消えていく。
本当に気の利く子だよね。嫁に欲しいよ。
そう思いながら五虎退くんの消えたキッチンの入口を見ていると
お風呂から上がった山姥切国広さんが私のいるリビングにやってきた。
お風呂から上がりたてで体からまだホカホカと湯気が出ている。
初めはこの姿を見るたびにドキドキしていたけど今は平気。
慣れって恐ろしい。
「まだ寝ていなかったのか?」
『五虎退くんがハーブティー淹れてくれてるの。それ飲んだら寝ます』
私の答えに満足したらしく山姥切国広さんは特に何も言わず私の隣に腰を下ろした。
『ドライヤー使わないの?』
タオルで髪を擦っている山姥切国広さんを見ながら言う。
「電気というものがどうも慣れなくてな」
そういうものなんだ。
山姥切国広さんの生まれた時代は電気のない時代だったものね。
『あ、そういえばさ』
急にあることを思い出した私は両手をパンと合わせて山姥切国広さんを見た。
「なんだ?」
『山姥切国広さん、私が倒れた時に私のこと“ユキ”って名前で呼んでくれたよね?』
「っ!?」
お風呂上がりで火照っていた山姥切国広さんの顔がさらに赤くなる。
やっぱり聞き間違いじゃなかったんだ。
嬉しくて顔が綻んでいく。
『これからも名前で呼んで欲しいな』
「っ何を馬鹿なことを!」
『なんで?全然馬鹿なことじゃないよ』
眉を寄せて小さく首を左右に振る山姥切国広さん。
「昼間は咄嗟に名前で呼んでしまっただけだ。我々刀剣が主人を
名前で呼ぶなどありえないことだ」
『どうしても?』
「どうしてもだ」
『私が呼んでって言っても?』
「あぁ」
『ケチ』
「なんとでも言え」
話はこれで終わりだと言うように私から視線を逸らす山姥切国広さんを
じとっとした目で見つめる。
冷たいなぁ。
「おまたせしましたぁ」
ハーブティーを持って五虎退くんがリビングに入ってきた。
そうだ。彼にも聞いてみよう。
『五虎退くん、あのね』
「はい?」
テーブルにハーブティーを置きながら私を見上げる五虎退くんが小首を傾げる。
『五虎退くんにお願いがあるの、あの・・・私のことさ、
名前で呼んでくれないかな?』
「名前、でですか?」
目を瞬く五虎退くんに『主って呼ばれるより名前で呼ばれる方が嬉しいの』と
名前で呼んでくれるようパチンと両手を合わせてお願いする。
ん~五虎退くんもダメかな・・・
私の知らない刀剣男子の暗黙ルールがあるのかも、と
諦めかけていた時、目の前の五虎退くんの顔がパッと明るく変わった。
「分かりました!」
『え?いいの!?』
「っ五虎退!」
私と山姥切国広さんは別々の感情で驚きの声を同時にあげた。
「そうは言っても主サマを呼び捨てにはできませんから、
ユキサマでもよろしいですか?」
そう言って、ニコッと人懐っこく笑う五虎退くん。
『うん!無理言ってごめんね。ありがとう!!』
「ふわっ!?ふふ、喜んでいただけて僕も嬉しいです」
嬉しくて思わず抱きついちゃった私に五虎退くんが楽しそうに笑った。
後ろの人の視線が痛いけど気にしない。
なーんだ。刀剣男子・暗黙ルールなんてなかったんじゃない。
「何がそんなに嬉しいのだか理解に苦しむ」
『嬉しいに決まってるじゃん。山姥切国広さんだって
名前で呼ばれたいと思うでしょ?』
「俺は、別に・・」
この顔は「別に」とは思ってないな。
私がさらに続けて『自分の名前を呼んでもらえないなんて寂しい』と言うと
山姥切国広さんの眉間に溝が出来上がった。内心の葛藤が見えるようだ。
『名前で呼び合うと距離感も縮まる感じがするよね』
「そうですね。主サマ、じゃなくてユキサマがより近くに感じられる気がします」
ねーっと顔を見合わせる私と五虎退くん。
「フン、くだらんな」
暫く私たちの様子を見ていた山姥切国広さんはそう言って立ち上がり、
庭へと出て行ってしまった。
『怒らせちゃったかな?』
「そんなことないですよ。山姥切国広さんは素直になれないだけです」
五虎退くんはクスクスっと小さく笑みを零した。
「夜も更けましたし、そろそろお休みなったほうがいいですね」
私たちは和室に移動してお布団を敷いていく。
川の字に3枚。
私が布団に入るといつものように小虎ちゃんズが布団の中に数匹
潜り込んできた。モコモコして温かいんだよね。
「おやすみなさい、ユキサマ」
『・・・(すぴー)』
布団に入って僅か数分で夢の中。
五虎退くんが隣の布団で笑いを堪えていた事に私は当然気づいていなかった。
**
もう寝ただろうか?
灯りの消えている寝室を見ながら思う。
「ユキ、か」
小さく主の名前を呟いてみる。
主・・・正直、我が主は主らしくない。
喜怒哀楽が激しく、いつもどこか抜けていて心配ばかりさせられる。
子供のような性格で放っておけない。
一生懸命過ぎるところも困ったところだ。
今日もそのせいで刀装制作に力を使いすぎ倒れてしまった。
後悔の念が再び湧き上がってきて唇を噛む。
近侍の俺がもっと強く止めておくべきだった―――
庭から部屋に戻り、パジャマというものに着替えて寝室に行くと
ユキも五虎退もぐっすりと眠っていた。
特にユキの方はスヤスヤと寝息が聞こえてきそうなくらい
気持ちよさそうな顔で眠っている。
「相変わらず酷い寝相だな」
俺の布団まではみ出している足をユキの布団に戻し、布団をかけ直してやると
温かくなって心地よかったらしく彼女の顔がにへらと幸せそうに緩んでいった。
それにつられて俺も口角をあげてしまう。
「お前といると不思議な気持ちになる」
この気持ちを何と表現したらいいのだろうか?
ユキの顔にかかっている髪を払いながら考える。
不思議なこと・・・
一番不思議だったことはユキと一緒にいると自分が写しだと
考えることが極端に少なくなったことだ。
写しだということが頭に何日も浮かばない時もある。
ユキは真っ直ぐに純粋に俺と向き合ってくれている。
だから俺は写しという自分の生まれを気にすることが
なくなってきたのだと思う。
この世に生まれてからこんなに毎日を穏やかな気持ちで
過ごしているのは初めてだ。
「感謝している」
囁いて彼女の頭を撫でる。
月明かりに照らされる白い顔は神秘的で美しい。
当たり前だが、寝ているときは静かなんだなと考えて
クスリと笑ってしまう。
「ユキ、いつもこのくらい・・・」
彼女の頭を撫でていた手を止める。
時が止まったかのように固まったまま俺たちは見つめ合う。
俺を見上げる丸い黒い瞳。
口をポカンと開けた間抜け顔。
『山姥切・・・国広・・さん・・?』
「こ、これは、その・・」
唖然とした顔で上半身を布団から起こすユキ。
俺の声は情けないほどひっくり返ってしまった。
まさか起きていたとは思わなかった。
自分の大胆な行動を思い、顔がカーッと赤くなっていくのを感じる。
どんな言い訳をしても逃れられない、近侍を外されても仕方ないような
ことをしてしまった。
熱かった体から一気に血の気が引いていく。
近侍どころか本丸から出されても仕方ない―――
「す、まない。やましい気持ちがあってしたわけで、は・・っ!?」
『フフ、ありがとー』
何が起こったのだろうか・・・?
信じられないような出来事に俺は再び固まっている。
『名前呼んでくれて嬉しいよ』
俺の肩に顔を埋めていたユキはそう言って甘えるように俺の肩に
顔をすりすりと寄せてくる。
『大好き・・やま・・り・・さ・・ふふ・・』
「何を・・・っユキ!?お、おいっ」
ユキがあぐらをかいていた俺の上に横座りに座ったので焦る。
しかも背中に腕を回して抱きつき、俺の胸にもたれかかってきた。
「待て!は、離れろ」
『温かい・・』
「―っ!」
薄い寝巻きを通してユキの体温が俺に伝わってくる。
しかも寝る時の彼女は下着もさらしも巻いていないらしく、
俺は体に柔らかい感触をはっきりと感じていた。
『ぁ・・ぅんん・・』
限界だ。
誘ったのはお前の方からだからな。
胸元で艶かしい吐息を吐き出すユキにタガが外れた。
頬に手を添え、体を少し離し、彼女の顔を上に向かせる。
「ユキ」
『・・・(スピースースー)』
「・・・・」
こんの馬鹿、主がッ
大口を開け、顔を後ろに仰け反らせて爆睡しているユキ。
俺の緊張と期待は何だったんだ・・・
ぐーすかぴーすか寝ている顔が憎らしくなるのも仕方ないだろう。
俺はユキの両脇に手を入れてポイと布団に投げた。
『ギャッ!?!?・・・ふぇ?ん?何!?!?』
「やっと起きたか馬鹿主」
頭を摩りながら何事か、という顔でこちらを見上げる
ユキを睨みつけてやる。
「ふえ・・?ユキサマ?山姥切国広さんもどうされました?」
目を擦りながら不思議そうな顔で俺とユキを交互に見る五虎退。
『わ、私、何かした!?』
「あぁ。寝ぼけてな」
『げっ、何を!?』
思い切り心を掻き乱されたんだ。
少しくらい仕返しをしてもいいよな?
彼女の耳元に口を寄せる。
俺の言葉に見る見る顔を紅潮させていくゆき。
『えぇっ!?嘘!!ご、ごめんなさい!!』
主のプライドゼロ。
我が主殿はバンと両手を布団について近侍の俺に頭を下げる。
「いったい何があったのですか?」
「ユキが寝ている俺に」
『うわぁぁ言わないでっ!』
さらに真っ赤になって俺の口を塞ぐユキ。
『(キスして本当に、ごめん)』
俺にだけ聞こえる声で言い、見上げてくるユキの頭を
わざと乱暴に撫でつける。
「もういい、寝ろ」
『あ、ありがとう(よかった)』
仕返しはこのくらいにしておいてやろう。
ただし、今度同じことがあったら容赦しないからな。
目の前であからさまにホッとした顔をするユキの顔を見ながら
俺はそう思った。
江戸時代、鳥羽への赴任が決まって以来、私は日常の訓練に加えて
引越しの準備に赴任地・時代の勉強、刀装作成、空いた時間には暫く
会えなくなる家族や友達と会う約束。
毎日、目が回りそうな忙しさ。
『うえ~疲れたよ』
「主サマ、今日はこのまま家にお帰りになられては?」
白目を剥きながらオラウータンのように手をぶらぶらさせて歩く
私を五虎退くんが心配そうに見上げて言った。
『気持ち的にはそうしたいんだけどさぁ』
手帳を広げてみる。鳥羽に行く日まで予定がびっしりだ。
眉を顰めて首を横に振る。
『持っていく刀装は全部上より質のいいもので揃えたいんだよね』
「有難いですが無理してはいけません!」
「俺は使えればなんでもいい」
そうはいってもですねぇ・・・
初めての戦で私は刀装がいかに重要であるか身を持って知っている。
戦いが始まったら私は見ていることしかできない。
だから私に出来ることは何でもしたい。
刀装は全て特上で。それもできれば重装歩兵で揃えたい。
『備えよければ憂いなしって言うじゃない。それに今頑張っといたら後から
楽できるからさ』
眉尻を下げている五虎退くんと眉を寄せている山姥切国広さんに
微笑んで言う。
霊力と体力を無駄にしないように一つ一つ集中して刀装を作ろう。
私はIDカードを機械に通して刀装室へと入っていった。
・・・そろそろ終わりにしたほうがいいかも。
刀装作成開始から1時間。
肩で息をしている自分が情けない。
汗を拭きながら完成させた刀装を見る。軽歩兵の特上が5つ、重装歩兵の特上が3つ。
上以下の出来のものは持って行く気がないので即破壊した。
木炭、玉鋼、冷却材、砥石。材料を準備する手が震える。
なんか体が熱いな・・・。
「おい」
『うぉっ!?』
急に肩にポンと手を置かれて体が跳ねる。
振り向けば険しい顔をしている山姥切国広さん。
いつの間に後ろに来てたの!?
『・・・もうちょっとだから我慢して待っててね』
「違うッ」
アイスブルーの目が「心外だ」と言うように吊上がった。
駄々をこねる子供を諭すような口調が気に食わなかったらしい。
「もうやめろ。体を壊す」
目を瞬く。
驚いた。どうやら彼は私を心配してくれているようだ。
もう、無関心なふりを装って実は優しいんだから!
こういう素直じゃないところが可愛いんだよね。
「笑うな。気持ち悪い」
先程より更に険しい顔で山姥切国広さんが言った。
『女の子の笑顔を気持ち悪いってどういうことよッ』
にやけていた顔を引き締め、抗議の声をあげる。
「・・・すまない。若いオナゴを見つめる助平爺のように見えたので、つい・・・」
山姥切国広さんはそう言って申し訳なさそうな顔で俯いた。
余計傷ついたわ!!
でも彼が言った通り若いオナゴを見つめる助平爺の心境だったから
言い訳なんかできないんだけどね!
『これを作ったら終わりにするから』
「しかし」
『今日は調子いいみたいで特上ができる確率高いんだ。
だからあと一個だけ!ね?』
私は再び口を開こうとする山姥切国広さんを笑顔で制し
前を向き、鏡に手をかざした。
重歩兵の特上が作れるように集中、集中・・・
体の中がカーッと熱くなり全身から汗がふきだす。
質のいいものを作りたい。ぐっと歯を食いしばって気を放つ。
『やった――』
重装の歩兵達が金色の水晶に吸い込まれていく。
特上・重装歩兵を作ることができた!顔を緩ませながらホッと息を吐く。
「ユキッ」
あれ?
目がチカチカする。目の前が真っ白。
「ッ主サマ!!」
遠くの方で五虎退くんが叫んでいるのが聞こえる。
『ごめ・・ん』
遠くなっていく意識。
でも、私は怖いとは思わなかった。
「いくぞ、五虎退!」
目覚めてから夜寝る時まで聞いている彼の声。
温かい腕とお日様のにおい。
「しっかりしろ!」
焦る山姥切国広さんの声を聞きながら、私は眠る時のように
安心して意識を手放した。
目覚めると見慣れない天井。ここはどこ?
目だけキョロキョロ動かしてもどこか分からないので
起き上がってみることにする。
「寝てろ」
しかし、起き上がろうとした私は誰かに額を鷲掴みされてそのまま
ベッドに押し戻されてしまった。
耳元でボスンと枕の空気が抜ける音がする。
こんなことする人は一人しかいない。
『もうちょっと病人扱いして下さい』
「五月蝿い」
ベッド脇の椅子に腰掛けていた山姥切国広さんが手を伸ばしてきて
私の額に今度は優しく掌をのせた。
「まだ熱い」
碧い瞳が揺れている。
「辛いか?」
『平気』
近い距離でじっと見つめられ恥ずかしくなり私はモゴモゴ答えて
布団を顔まで引っ張り上げた。
あんな綺麗な顔に見つめられていたら下がる熱も下がらないよ。
「寒いのか?」
布団の中で動悸をおさえていると気遣わしげな声。
『そういうわけじゃないけど・・・』
「では顔を出しておけ。顔色が見えない」
『は、恥ずかしいし見えなくていいよ』
「何が恥ずかしいんだ?意味がわからん」
無常にも山姥切国広さんが布団を引っペがした。
あぁ、もう!顔が近いってば!
私は剥がされた布団を掴んで上に引っ張った。
しかし、山姥切国広さんが邪魔するので布団が顔まで届かない。
「主殿、手を放せ」
『寝っ転がった顔ブサイクだから見られたくないんだって』
「何を言い出すかと思えば・・・馬鹿馬鹿しい」
私の抗議を鼻で笑う山姥切国広さん。
刀剣男子に私が力で敵うはずはない。
布団はあっけ無く私の手から離れてしまった。
少しは乙女心というものを分かってほしいよ。
せめてもの抵抗と山姥切国広さんがいる方と反対側を向くと
再び鼻で笑う音が聞こえてきた。
彼が私を主と思っていないどころか、人として対等に見ているかも
怪しいもんだわ・・・。
そんなことを考えていると、
「毎晩見られているのだから今更気にすることもないだろうに」
と山姥切国広さんの呟き声が聞こえてきた。
なんだ。毎晩見られてたなら別に・・・って毎晩!?
ブンッと顔を動かして山姥切国広さんを見る。
私と目のあった山姥切国広さんはハッとしたように目を大きくし、
そして見る見る顔を赤くさせていった。
ヤダ、可愛い。
苛めたくなるじゃない。
『えー何?何?山姥切国広さんったら毎晩私の寝顔を「黙れ」・・サーセン』
出た。
目からビーム。山姥切国広さんの視線で凍りつかせる攻撃。
視線というより死線。
私の熱は急激に下がっていった。
結果オーライだ。
『ところで五虎退くんは?』
「花瓶の水を換えに行った」
『え!?私ってそんなに長く気絶してたの!?』
彼の発言に驚いていると
「あぁ。3時間も目を覚まさなかった」
と我が近侍は真面目な顔で言った。
3時間って仮眠レベルでは!?
過保護すぎる彼に嬉しいような困ったような気持ちになっていると
「花を買うのに財布を借りた」と淡々と告白をされた。
私のために使ってくれたんだし、花くらい別にいいけど・・・
「あーーーー主サマ!!お目覚めになったのですね!!」
『!?』
病室の入口を見た私の目が点になる。
入ってきたのは足の生えた薔薇の花束と小虎ちゃんズ。
青ざめていく私の顔。
うおぉぉぃいったい花代にいくら使ったのよおぉぉ!!
「苦しいのか!?どこが痛い??」
「っすぐにお医者さんを呼んできます!!」
ベッドに倒れこむ私に慌てて駆け寄ってくる山姥切国広さんと五虎退くん。
『違うっ、五虎退くん、違うから!っえ!?山姥切国広さん!?何してるのかな!?』
「医者のところまで運んだほうが早い」
私の言葉など無視して病室から私を運び出そうとする山姥切国広さん。
『どこも苦しくないから!ご、五虎退くんも何か言って・・・』
山姥切国広さんの暴走を止めてもらおうと叫んだ私はピシリと硬直した。
あぁ、ダメだ。
孤軍奮闘してどうなる?諦めも肝心だよね。
運び出される私が彼の腕の中から見たのはナースコールを連打している五虎退くんと
ベッドに登って楽しそうにシーツを引きちぎっている小虎ちゃんズの姿。
もう二度と気絶などするまい。
私は大混乱と突然の大出費に気絶しそうになるのを必死に堪えながら思ったのだった。
***
無事に病院から出る許可をもらって家へと帰ってきた私たち。
お風呂から上がり、あとは寝るだけとなった私はホッとした時間を過ごしていた。
『部屋にお花があるのっていいよね』
決して皮肉ではない。
お花があると室内が明るく見える。気分も明るくなる。
私は最近の忙しさのせいで体もだけど、心も余裕が無くなっていたみたい。
二人に心配かけちゃったし疲れたらちゃんと休むようにしないとね。
「主サマ、寝る前にハーブティーはいかがですか?」
『わーい!ありがとう、五虎退くん』
私にふわりと微笑んで五虎退くんがキッチンに消えていく。
本当に気の利く子だよね。嫁に欲しいよ。
そう思いながら五虎退くんの消えたキッチンの入口を見ていると
お風呂から上がった山姥切国広さんが私のいるリビングにやってきた。
お風呂から上がりたてで体からまだホカホカと湯気が出ている。
初めはこの姿を見るたびにドキドキしていたけど今は平気。
慣れって恐ろしい。
「まだ寝ていなかったのか?」
『五虎退くんがハーブティー淹れてくれてるの。それ飲んだら寝ます』
私の答えに満足したらしく山姥切国広さんは特に何も言わず私の隣に腰を下ろした。
『ドライヤー使わないの?』
タオルで髪を擦っている山姥切国広さんを見ながら言う。
「電気というものがどうも慣れなくてな」
そういうものなんだ。
山姥切国広さんの生まれた時代は電気のない時代だったものね。
『あ、そういえばさ』
急にあることを思い出した私は両手をパンと合わせて山姥切国広さんを見た。
「なんだ?」
『山姥切国広さん、私が倒れた時に私のこと“ユキ”って名前で呼んでくれたよね?』
「っ!?」
お風呂上がりで火照っていた山姥切国広さんの顔がさらに赤くなる。
やっぱり聞き間違いじゃなかったんだ。
嬉しくて顔が綻んでいく。
『これからも名前で呼んで欲しいな』
「っ何を馬鹿なことを!」
『なんで?全然馬鹿なことじゃないよ』
眉を寄せて小さく首を左右に振る山姥切国広さん。
「昼間は咄嗟に名前で呼んでしまっただけだ。我々刀剣が主人を
名前で呼ぶなどありえないことだ」
『どうしても?』
「どうしてもだ」
『私が呼んでって言っても?』
「あぁ」
『ケチ』
「なんとでも言え」
話はこれで終わりだと言うように私から視線を逸らす山姥切国広さんを
じとっとした目で見つめる。
冷たいなぁ。
「おまたせしましたぁ」
ハーブティーを持って五虎退くんがリビングに入ってきた。
そうだ。彼にも聞いてみよう。
『五虎退くん、あのね』
「はい?」
テーブルにハーブティーを置きながら私を見上げる五虎退くんが小首を傾げる。
『五虎退くんにお願いがあるの、あの・・・私のことさ、
名前で呼んでくれないかな?』
「名前、でですか?」
目を瞬く五虎退くんに『主って呼ばれるより名前で呼ばれる方が嬉しいの』と
名前で呼んでくれるようパチンと両手を合わせてお願いする。
ん~五虎退くんもダメかな・・・
私の知らない刀剣男子の暗黙ルールがあるのかも、と
諦めかけていた時、目の前の五虎退くんの顔がパッと明るく変わった。
「分かりました!」
『え?いいの!?』
「っ五虎退!」
私と山姥切国広さんは別々の感情で驚きの声を同時にあげた。
「そうは言っても主サマを呼び捨てにはできませんから、
ユキサマでもよろしいですか?」
そう言って、ニコッと人懐っこく笑う五虎退くん。
『うん!無理言ってごめんね。ありがとう!!』
「ふわっ!?ふふ、喜んでいただけて僕も嬉しいです」
嬉しくて思わず抱きついちゃった私に五虎退くんが楽しそうに笑った。
後ろの人の視線が痛いけど気にしない。
なーんだ。刀剣男子・暗黙ルールなんてなかったんじゃない。
「何がそんなに嬉しいのだか理解に苦しむ」
『嬉しいに決まってるじゃん。山姥切国広さんだって
名前で呼ばれたいと思うでしょ?』
「俺は、別に・・」
この顔は「別に」とは思ってないな。
私がさらに続けて『自分の名前を呼んでもらえないなんて寂しい』と言うと
山姥切国広さんの眉間に溝が出来上がった。内心の葛藤が見えるようだ。
『名前で呼び合うと距離感も縮まる感じがするよね』
「そうですね。主サマ、じゃなくてユキサマがより近くに感じられる気がします」
ねーっと顔を見合わせる私と五虎退くん。
「フン、くだらんな」
暫く私たちの様子を見ていた山姥切国広さんはそう言って立ち上がり、
庭へと出て行ってしまった。
『怒らせちゃったかな?』
「そんなことないですよ。山姥切国広さんは素直になれないだけです」
五虎退くんはクスクスっと小さく笑みを零した。
「夜も更けましたし、そろそろお休みなったほうがいいですね」
私たちは和室に移動してお布団を敷いていく。
川の字に3枚。
私が布団に入るといつものように小虎ちゃんズが布団の中に数匹
潜り込んできた。モコモコして温かいんだよね。
「おやすみなさい、ユキサマ」
『・・・(すぴー)』
布団に入って僅か数分で夢の中。
五虎退くんが隣の布団で笑いを堪えていた事に私は当然気づいていなかった。
**
もう寝ただろうか?
灯りの消えている寝室を見ながら思う。
「ユキ、か」
小さく主の名前を呟いてみる。
主・・・正直、我が主は主らしくない。
喜怒哀楽が激しく、いつもどこか抜けていて心配ばかりさせられる。
子供のような性格で放っておけない。
一生懸命過ぎるところも困ったところだ。
今日もそのせいで刀装制作に力を使いすぎ倒れてしまった。
後悔の念が再び湧き上がってきて唇を噛む。
近侍の俺がもっと強く止めておくべきだった―――
庭から部屋に戻り、パジャマというものに着替えて寝室に行くと
ユキも五虎退もぐっすりと眠っていた。
特にユキの方はスヤスヤと寝息が聞こえてきそうなくらい
気持ちよさそうな顔で眠っている。
「相変わらず酷い寝相だな」
俺の布団まではみ出している足をユキの布団に戻し、布団をかけ直してやると
温かくなって心地よかったらしく彼女の顔がにへらと幸せそうに緩んでいった。
それにつられて俺も口角をあげてしまう。
「お前といると不思議な気持ちになる」
この気持ちを何と表現したらいいのだろうか?
ユキの顔にかかっている髪を払いながら考える。
不思議なこと・・・
一番不思議だったことはユキと一緒にいると自分が写しだと
考えることが極端に少なくなったことだ。
写しだということが頭に何日も浮かばない時もある。
ユキは真っ直ぐに純粋に俺と向き合ってくれている。
だから俺は写しという自分の生まれを気にすることが
なくなってきたのだと思う。
この世に生まれてからこんなに毎日を穏やかな気持ちで
過ごしているのは初めてだ。
「感謝している」
囁いて彼女の頭を撫でる。
月明かりに照らされる白い顔は神秘的で美しい。
当たり前だが、寝ているときは静かなんだなと考えて
クスリと笑ってしまう。
「ユキ、いつもこのくらい・・・」
彼女の頭を撫でていた手を止める。
時が止まったかのように固まったまま俺たちは見つめ合う。
俺を見上げる丸い黒い瞳。
口をポカンと開けた間抜け顔。
『山姥切・・・国広・・さん・・?』
「こ、これは、その・・」
唖然とした顔で上半身を布団から起こすユキ。
俺の声は情けないほどひっくり返ってしまった。
まさか起きていたとは思わなかった。
自分の大胆な行動を思い、顔がカーッと赤くなっていくのを感じる。
どんな言い訳をしても逃れられない、近侍を外されても仕方ないような
ことをしてしまった。
熱かった体から一気に血の気が引いていく。
近侍どころか本丸から出されても仕方ない―――
「す、まない。やましい気持ちがあってしたわけで、は・・っ!?」
『フフ、ありがとー』
何が起こったのだろうか・・・?
信じられないような出来事に俺は再び固まっている。
『名前呼んでくれて嬉しいよ』
俺の肩に顔を埋めていたユキはそう言って甘えるように俺の肩に
顔をすりすりと寄せてくる。
『大好き・・やま・・り・・さ・・ふふ・・』
「何を・・・っユキ!?お、おいっ」
ユキがあぐらをかいていた俺の上に横座りに座ったので焦る。
しかも背中に腕を回して抱きつき、俺の胸にもたれかかってきた。
「待て!は、離れろ」
『温かい・・』
「―っ!」
薄い寝巻きを通してユキの体温が俺に伝わってくる。
しかも寝る時の彼女は下着もさらしも巻いていないらしく、
俺は体に柔らかい感触をはっきりと感じていた。
『ぁ・・ぅんん・・』
限界だ。
誘ったのはお前の方からだからな。
胸元で艶かしい吐息を吐き出すユキにタガが外れた。
頬に手を添え、体を少し離し、彼女の顔を上に向かせる。
「ユキ」
『・・・(スピースースー)』
「・・・・」
こんの馬鹿、主がッ
大口を開け、顔を後ろに仰け反らせて爆睡しているユキ。
俺の緊張と期待は何だったんだ・・・
ぐーすかぴーすか寝ている顔が憎らしくなるのも仕方ないだろう。
俺はユキの両脇に手を入れてポイと布団に投げた。
『ギャッ!?!?・・・ふぇ?ん?何!?!?』
「やっと起きたか馬鹿主」
頭を摩りながら何事か、という顔でこちらを見上げる
ユキを睨みつけてやる。
「ふえ・・?ユキサマ?山姥切国広さんもどうされました?」
目を擦りながら不思議そうな顔で俺とユキを交互に見る五虎退。
『わ、私、何かした!?』
「あぁ。寝ぼけてな」
『げっ、何を!?』
思い切り心を掻き乱されたんだ。
少しくらい仕返しをしてもいいよな?
彼女の耳元に口を寄せる。
俺の言葉に見る見る顔を紅潮させていくゆき。
『えぇっ!?嘘!!ご、ごめんなさい!!』
主のプライドゼロ。
我が主殿はバンと両手を布団について近侍の俺に頭を下げる。
「いったい何があったのですか?」
「ユキが寝ている俺に」
『うわぁぁ言わないでっ!』
さらに真っ赤になって俺の口を塞ぐユキ。
『(キスして本当に、ごめん)』
俺にだけ聞こえる声で言い、見上げてくるユキの頭を
わざと乱暴に撫でつける。
「もういい、寝ろ」
『あ、ありがとう(よかった)』
仕返しはこのくらいにしておいてやろう。
ただし、今度同じことがあったら容赦しないからな。
目の前であからさまにホッとした顔をするユキの顔を見ながら
俺はそう思った。