Knight!
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3.新しい生活
本丸タワー Dブロック 110階 110号室
柔らかな春の風が花の香りを部屋の中に運ぶ朝。
「主サマー朝になりましたよ」
『ううん・・・五虎退、く・・・あと・・5分だけ』
「ほんとーに、後5分だけですからね」
『ありがとー・・・』
春眠暁を覚えずだっけ?
昔の人もよく言ったものだよ。
ンー気持ちいい・・・おやすみなさい・・・
『!?』
ユサユサと肩を揺すられて楽しい夢から起こされる。
私はぼんやりしながら5分の延長を要求するために手をパーにして
布団からだした。
『五虎退くーーん。あと5分っ!?』
手首をガシッと掴まれて思い切り引っ張られた私は一気に
目が覚めた。
引っ張り起こされて布団の上にペタンと座っている私の前に
いたのは私の近侍・山姥切国広さん。
「読んでみろ」
眼光鋭い彼が私に目覚まし時計を突きつけた。
現実逃避・・・している場合じゃない!
『7時50分!?』
訓練が始まるのは8時から。
『どーーーして起こしてくれなかったのよ!!』
「何度も五虎退が起こしに行っただろうっ」
「ご、ごめんなさい、あ、主サマー」
『あ、ごめん!五虎退くんが悪いんじゃないんだよ「当然だ」・・・。
五虎退くん、良かったら着替え手伝ってくれるかな?』
5分で支度して5分で移動すればギリ間に合う。
山姥切国広さんの重いため息を背中で聞きながら洗面所に飛び込む。
「あ、あの、お手伝いって?」
『タンスから服持ってきてくれるかな?』
「ハイ!」
笑顔で頷いた五虎退くんが洗面所から出て行った。
その間に歯を右手で磨きながら、左手でパジャマを脱いでいく。
チラッと時計を見ると、7時52分。残り時間3分。
口をゆすぎ、顔を洗ってタオルで拭いていると五虎退くんが
戻ってきた。
「お待たせしましたー」
『・・・。』
「主サマ?」
なぜそのチョイス!?
五虎退くんが持ってきたのはセールで冒険して買った
ピンクのミニ丈ワンピース。
「こ、これじゃダメでしたか?」
『いや!バッチリです!』
冒険しよう!
ワンピースを受け取ると不安そうだった五虎退くんの顔が
パアァと花が咲いたように明るくなった。可愛い・・・
私が着るより五虎退くんがこのワンピース着たほうが似合うと思う。
ワンピースのファスナーを上げてもらって立ち上がり、鏡を見る。
激しい動きをしたらパンツの見える膝丈。やっぱり着替え直したほうがいい?
「わー!やっぱりお似合いになります!」
『へ?』
横を見ると五虎退くんが目をキラキラさせて私を見上げていた。
「とっても可愛らしいですよ。天女のような可憐さです!」
『ほ、褒めすぎだよ・・・』
恥ずかしいのか、嬉しいのか、私は顔が赤くなっていくのを感じて
両手で頬を挟んだ。
『ありがとー』
五虎退くんったら褒め上手なんだから。
顔を見合わせてエヘヘと笑う私たち。
「おい、支度は終わったのか?」
『おわっ。ごめん。終わったよ。お待たせしました』
私の荷物を持って山姥切国広さんが顔を出した。
小虎ちゃんを私と五虎退くんで手分けして抱き上げる。
『山姥切国広さんも1匹抱いていただけます?』
遊び盛りの小虎ちゃんを3匹持つのは大変。
1匹受け取って欲しくて声をかけるが何故か山姥切国広さんは無言。
反応のない山姥切国広さんの顔を覗き込む。
すると彼はハッとした顔をした後、見る見る顔を真っ赤にさせた。
「き、着替え終わったのなら出るぞッ」
山姥切国広さんはグルっと回れ右をして玄関にダッシュした。
『山姥切国広さん!一匹抱いて下さいよー』
私の声に山姥切国広さんは玄関で再び回れ右。
長いコンパスでズンズンとこちらに戻ってきてくれた。
「かせ」
『ありがとう』
「っ!・・・い、行くぞ」
山姥切国広さんを先頭に私たちは演練場へと急ぐ。
エレベーターに乗った私は隣に立つ山姥切国広さんを見上げた。
「・・・なんだ?」
私の視線に気づいた彼が口を開いた。
『もしかして具合悪かったりします?』
「??いや。手入れが必要な状態ではないが・・・なぜだ?」
『さっき顔が赤かったから体調が優れないのかもって思って』
「っ!?」
グングン赤くなっていく山姥切国広さんの顔。
『ほら、やっぱり顔が赤い』
抱いていた小虎ちゃんたちを床に下ろし、つま先立ちをして
山姥切国広さんの額に手を伸ばす。
「な、何をするッ!」
『動かないで下さい』
仰け反る山姥切国広さんを目で制して彼の額を触り、自分の額も
触ってみる。
『そんなに熱くはないけど・・・』
「当然だ。俺は病気などしてない!そもそも、我々刀剣は損傷しても
病気になることなどない」
『え?そうなの?』
「そうだ」
確認のため五虎退くんの方を見ると彼もニコリと笑って頷いた。
「フフ、主サマはお優しい方ですね」
『そんなことないよ。私、けっこう性格悪いよ?』
病気じゃないなら良かった。
私はホッとしながら小虎ちゃんたちを抱き上げた。
ちょうどエレベーターの扉が開いたので外に出る。
演練場まで走った私たちは始業のベルと同時に演練場に
入ることができた。
合戦場のように土でできた地面の広いフィールド。
こうやって演練場に立つのは今日が初めてだ。
偶然1度の実戦経験を積んだとはいえ、私はこの三ヶ月
実技演習をしてこなかった。
周りのみんなが強そうに見えて急に緊張してきた。
「顔が青いぞ、主殿」
声をかけられて上を向くとアイスブルーの瞳と視線が交わった。
『ちょっと緊張しちゃって・・・』
こんなこと言ったらまた呆れられちゃうだろうな。
実際に刃を交えるのは私ではなく山姥切国広さん。
合戦が始まってしまえば私は後ろから指示を出すだけ。
それなのに手が震えるくらい私は怯えている。私は臆病だ。
自分が情けなくて俯いていると頭にポンと大きな手のひらがのった。
驚いて顔をあげた私の心臓がトクリと跳ねる。
「主殿のことは俺が守る。だから何も心配しなくていい」
優しさの滲む声に胸が温かくなっていく。
澄んだ湖のように蒼い瞳が気持ちを落ち着かせてくれる。
彼と一緒に居れば怖いものなど何もない。
そんな自信が確かに私の心の中に生まれていた。
ルイ先輩に研修生から初級審神者に昇格させてもらった私だが
演練は研修生と一緒にしてもらった。
初めての演練に戸惑っているとポンと肩が叩かれた。
『瀬戸くん!』
「やあ」
私は自分の顔が強ばっていくのを感じた。
瀬戸くんは五虎退くんを叩いて、山姥切国広さんの事を役立たずだと
言ったのだ。
「そんなに睨まれると話しにくいな」
私に睨まれた瀬戸くんは肩をすくめた。
『悪いけどあなたとはもう・・・瀬戸くん?』
スっと頭を下げた瀬戸くんに戸惑っていると「すまなかった」と
絞り出すような声で彼は言った。
「僕なんかと話したくないと思うけど、どうしても昨日のことを謝りたくて・・」
彼は、初めての合戦場来た恐怖でパニックになり、五虎退くんや山姥切国広さんにも
酷いことを言ってしまった。私にもキツい言葉を言ってしまったと話した。
「こんな臆病な審神者、刀剣に見放されて当然だよ・・・」
瀬戸くんは悔しそうに拳を握り締めた。
「五虎退、ユキちゃんの刀剣さん、君たちに酷いことを言ったこと謝るよ。
本当に、申し訳ありませんでした」
もう一度頭を下げた瀬戸くんの目は涙で濡れていた。
私も昨日は本当に怖かった。
それじゃあ、と去っていく瀬戸くんの背中が弱々しくみえて、私は思わず
彼の手を取ってしまう。
「ユキちゃん?」
『瀬戸くんだけじゃない。私も昨日は凄く怖かった。だから自分のこと
臆病だなんて思わないで』
「ユキちゃん・・・それじゃあ、僕を許してくれるのかい?」
『うん・・・』
なぜだろう?
私は瀬戸くんに手を握られた瞬間、背中が嫌な感じにゾクゾクと震えた。
私を見る彼の目が怖い。
瀬戸くんの手から逃れたくて手を下ろそうとするが、彼は手に力を込め、
私をはなそうとしなかった。
それどころか、自分の方に私を引き寄せようと左手を私の肩に伸ばしてくる。
なんなの―――
イヤだ
「主殿」
瀬戸くんの手が私の肩に触れそうになった瞬間、私は力強い手で後ろに
引っ張られた。トスンと背中に軽い衝撃。
私は山姥切国広さんに後ろから抱きしめられるような格好になっていた。
見上げればアイスブルーの瞳。
心の中に安心感が広がっていく。
「あちらで主殿を呼んでおられる方がおります」
『あ・・・そう?ごめん、瀬戸くん。じゃあね!』
助かった。
山姥切国広さんの嘘に救われる。
私は山姥切国広さんに肩を抱かれるようにエスコートされながら
瀬戸くんから離れた。
山姥切国広さんに支えてもらっていないと倒れてしまいそうなほど
私はガタガタと震えていた。
そのくらい瀬戸くんの行動にはビックリさせられたし、彼の目が怖かった。
「痛むか?」
『え・・・?』
「手首だ。ずっとさすってるだろ」
山姥切国広さんに指摘されてはじめて自分が手首を摩っていたことに気がついた。
摩るのをやめて手を離した私はゾッとした。
強い力で握られていたせいか手首に赤い跡ができてしまっている。
「主サマ・・・」
隣を歩く五虎退くんがハッと息を飲んだ。
『大丈夫だよ』
五虎退くんを安心させるように言い、何とか笑顔を作る。
「大丈夫なものか」
急に立ち止まった山姥切国広さんは赤くなった私の手首を自分の目線まで
持っていった。顔は辛そうに歪められている。
「俺はあいつを許さないぞ」
「僕もです」
そこまで言わなくても、と思ったが二人の真剣な目つきを見て
私は言葉を飲み込んだ。
「病院とやらに行くぞ」
『ちょ、ちょっとタイム!』
さすがにそれはやりすぎですね。
私は足でブレーキをかけて私を引っ張っていこうとする山姥切国広さんを止めた。
『今から演練なんだからダメだよ。私たち、今日が初めての演練なんだよ?』
「訓練などいらない。それよりも治療せずに放置して傷が残ったらどうする?」
『こんくらいじゃ残らないわよっ』
「主殿は医術の心得があるのか?」
『な、ないけど・・』
「では大人しくついてこい」
『過保護すぎだって!』
「過保護ではない!主殿に万が一のことがあれば・・」
『万が一のことがあれば・・・(ドキドキ)』
「我々が合戦に出られなくなる」
『私の心配じゃないの!?期待させておいて酷いっ!』
「あ、あの!!」
五虎退くんの初めての大声に言い争いをやめる私たち。
彼を見ると、五虎退くんは慣れない大声を出したことで
顔を真っ赤にさせながら斜め上を指さした。
五虎退くんの指先を追っていく。
『「あ」』
電光掲示板には私の顔。
『大変!いつの間にか順番きてたよ。山姥切国広さん、行こう!』
「主殿、怪我は・・・ったく」
演練場へと走る私に追いついた山姥切国広さんは、
私を病院に連れていくことを諦めてくれたみたい。
私と山姥切国広さんは五虎退くんに見守られながら初めての演練に臨んだ。
***
一日が終わって部屋に戻ってきた私たち。初演練にも勝利して
パーっとお酒でも飲みたいところなんだけど・・・
『ねーそろそろ機嫌なおそうよ』
氷碧の瞳の人が私を思い切り睨んだ。しかも私はあぐらをかく
彼の前で正座させられている。もうどっちが主なんだかわからない。
「山姥切国広さん、主殿が困っておられますよ?初演練で初勝利を
おさめたのですから―――」
「俺は、あれを、勝った、とは、認めない」
山姥切国広さんは鋭い目を五虎退くんに向けながら苦虫を
噛み潰すような顔で言った。
「恥ずかしさのあまり死ななかったのが不思議なくらいだ」
『そんな大袈裟な』
ぶくーと膨れる私。
主の仕事は索敵を行い有利な陣形を選択し、刀剣に指示を与えること。
今回は一体一の戦いだから索敵する必要はなかった。
だから私は一生懸命、私の唯一の仕事、指示出しを行ったのだが
彼はそれが気に食わなかったらしい。
「いったいあの“蔓のムチ”だの“ハッパカッター”だの馬鹿げた
セリフは何だったんだ!?」
『ヤダァ山姥切国広さんったら知らないの?あれは20世紀を代表する
ポケモンというゲームの技で痛ったあぁぁい!』
私にゲンコツを落とす山姥切国広さん。
私は彼が私を主だと思っていないことを確信した。
『勝ったからいいじゃん』
「確かに勝った。だが俺の剣でではなく、相手が笑いすぎて戦闘不能になってなッ」
私の決めポーズつきの指示出しは対戦相手の主&刀剣男子のツボに入ったらしく、
彼らは開始1分で地面に膝をつくことになった。
ゲラゲラと息ができなくなるくらい笑い転げる相手チーム。
笑いすぎて戦闘不能。
私は試合後、彼らに声をかけられ連絡先を交換するほど仲良くなった。
「敵と馴れ合うなど信じられんな」
『笑わせて降伏させる。とっても平和的な解決だと思うけど?』
「ハアァ俺には主殿の考えが理解できない・・・」
『大丈夫!私、ほぼ何も考えてないから理解できなくて当然だよ』
肩をすくめて言うと山姥切国広さんは大きく息を吐いて天井を仰いだ。
『さて、突然ですが真面目な話を致しましょう!』
「いきなりだな」
「いきなりですね」
姿勢を正して表情を引き締めながら言う。
珍しく真面目な顔をしている私を見て二人は面食らったような顔をした。
私は日頃の行いの悪さを感じた。
珍しいものを見るような二人の視線を無視して紙を取り出す。
「これは・・・」
五虎退くんがハッと口を押さえた。
『今日の演練の後に呼び出されて辞令をもらったの』
私が二人に見せたのは赴任先が書かれた辞令。
場の緊張感がぐっと高まる。
「随分と急だな」
『私も驚いたんだ。どうやら歴史修正主義者の活動がここ最近活発に
なってきている上に審神者不足が重なって私のような新米審神者も
長期赴任に駆り出されることになったみたい』
審神者は刀剣男子と共に上層部から指示された時代の地域にワープし本丸を構え
任された時代の地域を守る。
長期赴任を言い渡されたら今いる本丸センターにはちょっとやそっとじゃ
帰ってこられなくなるのだ。
任された時代の地域を自分たちだけで守る。
それは一人前の審神者として認められた証で私にとっても刀剣男子にとっても
名誉なことではあるのだけど―――何回も言うけど私は入ったばかりの新米。
プレッシャーで既に胃が痛い。
「いつから、どの時代に行くことになるのでしょう?」
『江戸時代終焉の地、鳥羽だって。詳しい西暦は未定』
「僕たちが生まれた時代より後ですね。鳥羽かぁどんなところでしょう」
『恥ずかしながら歴史に詳しくないから赴任するまでに調べておくね』
「僕もお手伝い致します!」
『ありがとう、五虎退くん』
ニコリと笑って手伝いを申し出てくれる五虎退くんに笑顔を返す。
ちゃんと笑えていただろうか・・・。
審神者適合試験に受かって、大学院を辞め、今まで縁のなかった
戦いの世界に飛び込み今日まで目まぐるしい日を送ってきた。
環境の変化に心がついていっていない。
「主サマ?」
五虎退くんの声で我に返る。
いけない。ボーッとしてたみたい。
『赴任まで1ヶ月弱。時間もないし、決めることを決めていこうか』
やることはたくさんある。
立ち止まって休んでいる暇はない。
剣をとって戦う彼らを守るためにもしっかり自分の務めを果たさなければ。
私のミスが、準備不足が彼らの命に直結する。
私は恐ろしい気持ちを胸の中に押し込んで準備リストを開いた。
黄身色の満月
高層階から見る月は気のせいか大きく見える。
私は高層ビルにあるとは思えないような広い庭に仰向けに
転がり、ぼんやりと月を眺めていた。
生暖かい風が頬を撫で、夏が近いことを感じる。
「まだ寝ないのか?」
ザクザクと芝を踏む音がして視線を動かすと、山姥切国広さんが
私のもとへとやってきた。
『先に寝ててください』
眠れそうにない。
私の顔を覗き込む山姥切国広さんに答えると彼は
「主より先には寝られん」と言って私の隣に腰を下ろした。
『・・・・』
「・・・・・」
うっ。この空気重い。
「月が綺麗だな」
明るく楽しい話題を探していると山姥切国広さんが先に口を開いた。
意外な人物が発したロマンチックな言葉に驚き目を瞬いて彼を見る。
「・・・なんだその目は。俺が写だということが気になると?」
『いやいやいや!今のは絶対そういう流れじゃないでしょっ』
じとっとした目の山姥切国広さんの前で私は両手をブンブンと振った。
イマイチ今の発言が本気で言っているのか自虐ギャグなのか判断できない。
『なんか山姥切国広さんがこんなロマンチックなこと言うなんて意外だな、と
思ってビックリしたんだよ』
私の言葉に暗い中でもわかるくらい顔を赤らめる山姥切国広さん。
『あ、照れてる。可愛い』
「う、五月蝿いッ」
プイッと顔をそむけて照れる彼に私の口からクスクスと小さな笑い声が漏れる。
私は星空を見上げて息を吐き出した。
笑って気分が明るくなった。
『ありがとう。山姥切国広さん』
「礼を言われる意味がわからん」
あなたの存在が私の恐怖を和らげてくれる
でも、恥ずかしいから口には出さないよ。
立ち上がってぐーっと伸びをする。
『部屋に戻ろう』
「あぁ」
さあ、明日からも頑張ろう。
本丸タワー Dブロック 110階 110号室
柔らかな春の風が花の香りを部屋の中に運ぶ朝。
「主サマー朝になりましたよ」
『ううん・・・五虎退、く・・・あと・・5分だけ』
「ほんとーに、後5分だけですからね」
『ありがとー・・・』
春眠暁を覚えずだっけ?
昔の人もよく言ったものだよ。
ンー気持ちいい・・・おやすみなさい・・・
『!?』
ユサユサと肩を揺すられて楽しい夢から起こされる。
私はぼんやりしながら5分の延長を要求するために手をパーにして
布団からだした。
『五虎退くーーん。あと5分っ!?』
手首をガシッと掴まれて思い切り引っ張られた私は一気に
目が覚めた。
引っ張り起こされて布団の上にペタンと座っている私の前に
いたのは私の近侍・山姥切国広さん。
「読んでみろ」
眼光鋭い彼が私に目覚まし時計を突きつけた。
現実逃避・・・している場合じゃない!
『7時50分!?』
訓練が始まるのは8時から。
『どーーーして起こしてくれなかったのよ!!』
「何度も五虎退が起こしに行っただろうっ」
「ご、ごめんなさい、あ、主サマー」
『あ、ごめん!五虎退くんが悪いんじゃないんだよ「当然だ」・・・。
五虎退くん、良かったら着替え手伝ってくれるかな?』
5分で支度して5分で移動すればギリ間に合う。
山姥切国広さんの重いため息を背中で聞きながら洗面所に飛び込む。
「あ、あの、お手伝いって?」
『タンスから服持ってきてくれるかな?』
「ハイ!」
笑顔で頷いた五虎退くんが洗面所から出て行った。
その間に歯を右手で磨きながら、左手でパジャマを脱いでいく。
チラッと時計を見ると、7時52分。残り時間3分。
口をゆすぎ、顔を洗ってタオルで拭いていると五虎退くんが
戻ってきた。
「お待たせしましたー」
『・・・。』
「主サマ?」
なぜそのチョイス!?
五虎退くんが持ってきたのはセールで冒険して買った
ピンクのミニ丈ワンピース。
「こ、これじゃダメでしたか?」
『いや!バッチリです!』
冒険しよう!
ワンピースを受け取ると不安そうだった五虎退くんの顔が
パアァと花が咲いたように明るくなった。可愛い・・・
私が着るより五虎退くんがこのワンピース着たほうが似合うと思う。
ワンピースのファスナーを上げてもらって立ち上がり、鏡を見る。
激しい動きをしたらパンツの見える膝丈。やっぱり着替え直したほうがいい?
「わー!やっぱりお似合いになります!」
『へ?』
横を見ると五虎退くんが目をキラキラさせて私を見上げていた。
「とっても可愛らしいですよ。天女のような可憐さです!」
『ほ、褒めすぎだよ・・・』
恥ずかしいのか、嬉しいのか、私は顔が赤くなっていくのを感じて
両手で頬を挟んだ。
『ありがとー』
五虎退くんったら褒め上手なんだから。
顔を見合わせてエヘヘと笑う私たち。
「おい、支度は終わったのか?」
『おわっ。ごめん。終わったよ。お待たせしました』
私の荷物を持って山姥切国広さんが顔を出した。
小虎ちゃんを私と五虎退くんで手分けして抱き上げる。
『山姥切国広さんも1匹抱いていただけます?』
遊び盛りの小虎ちゃんを3匹持つのは大変。
1匹受け取って欲しくて声をかけるが何故か山姥切国広さんは無言。
反応のない山姥切国広さんの顔を覗き込む。
すると彼はハッとした顔をした後、見る見る顔を真っ赤にさせた。
「き、着替え終わったのなら出るぞッ」
山姥切国広さんはグルっと回れ右をして玄関にダッシュした。
『山姥切国広さん!一匹抱いて下さいよー』
私の声に山姥切国広さんは玄関で再び回れ右。
長いコンパスでズンズンとこちらに戻ってきてくれた。
「かせ」
『ありがとう』
「っ!・・・い、行くぞ」
山姥切国広さんを先頭に私たちは演練場へと急ぐ。
エレベーターに乗った私は隣に立つ山姥切国広さんを見上げた。
「・・・なんだ?」
私の視線に気づいた彼が口を開いた。
『もしかして具合悪かったりします?』
「??いや。手入れが必要な状態ではないが・・・なぜだ?」
『さっき顔が赤かったから体調が優れないのかもって思って』
「っ!?」
グングン赤くなっていく山姥切国広さんの顔。
『ほら、やっぱり顔が赤い』
抱いていた小虎ちゃんたちを床に下ろし、つま先立ちをして
山姥切国広さんの額に手を伸ばす。
「な、何をするッ!」
『動かないで下さい』
仰け反る山姥切国広さんを目で制して彼の額を触り、自分の額も
触ってみる。
『そんなに熱くはないけど・・・』
「当然だ。俺は病気などしてない!そもそも、我々刀剣は損傷しても
病気になることなどない」
『え?そうなの?』
「そうだ」
確認のため五虎退くんの方を見ると彼もニコリと笑って頷いた。
「フフ、主サマはお優しい方ですね」
『そんなことないよ。私、けっこう性格悪いよ?』
病気じゃないなら良かった。
私はホッとしながら小虎ちゃんたちを抱き上げた。
ちょうどエレベーターの扉が開いたので外に出る。
演練場まで走った私たちは始業のベルと同時に演練場に
入ることができた。
合戦場のように土でできた地面の広いフィールド。
こうやって演練場に立つのは今日が初めてだ。
偶然1度の実戦経験を積んだとはいえ、私はこの三ヶ月
実技演習をしてこなかった。
周りのみんなが強そうに見えて急に緊張してきた。
「顔が青いぞ、主殿」
声をかけられて上を向くとアイスブルーの瞳と視線が交わった。
『ちょっと緊張しちゃって・・・』
こんなこと言ったらまた呆れられちゃうだろうな。
実際に刃を交えるのは私ではなく山姥切国広さん。
合戦が始まってしまえば私は後ろから指示を出すだけ。
それなのに手が震えるくらい私は怯えている。私は臆病だ。
自分が情けなくて俯いていると頭にポンと大きな手のひらがのった。
驚いて顔をあげた私の心臓がトクリと跳ねる。
「主殿のことは俺が守る。だから何も心配しなくていい」
優しさの滲む声に胸が温かくなっていく。
澄んだ湖のように蒼い瞳が気持ちを落ち着かせてくれる。
彼と一緒に居れば怖いものなど何もない。
そんな自信が確かに私の心の中に生まれていた。
ルイ先輩に研修生から初級審神者に昇格させてもらった私だが
演練は研修生と一緒にしてもらった。
初めての演練に戸惑っているとポンと肩が叩かれた。
『瀬戸くん!』
「やあ」
私は自分の顔が強ばっていくのを感じた。
瀬戸くんは五虎退くんを叩いて、山姥切国広さんの事を役立たずだと
言ったのだ。
「そんなに睨まれると話しにくいな」
私に睨まれた瀬戸くんは肩をすくめた。
『悪いけどあなたとはもう・・・瀬戸くん?』
スっと頭を下げた瀬戸くんに戸惑っていると「すまなかった」と
絞り出すような声で彼は言った。
「僕なんかと話したくないと思うけど、どうしても昨日のことを謝りたくて・・」
彼は、初めての合戦場来た恐怖でパニックになり、五虎退くんや山姥切国広さんにも
酷いことを言ってしまった。私にもキツい言葉を言ってしまったと話した。
「こんな臆病な審神者、刀剣に見放されて当然だよ・・・」
瀬戸くんは悔しそうに拳を握り締めた。
「五虎退、ユキちゃんの刀剣さん、君たちに酷いことを言ったこと謝るよ。
本当に、申し訳ありませんでした」
もう一度頭を下げた瀬戸くんの目は涙で濡れていた。
私も昨日は本当に怖かった。
それじゃあ、と去っていく瀬戸くんの背中が弱々しくみえて、私は思わず
彼の手を取ってしまう。
「ユキちゃん?」
『瀬戸くんだけじゃない。私も昨日は凄く怖かった。だから自分のこと
臆病だなんて思わないで』
「ユキちゃん・・・それじゃあ、僕を許してくれるのかい?」
『うん・・・』
なぜだろう?
私は瀬戸くんに手を握られた瞬間、背中が嫌な感じにゾクゾクと震えた。
私を見る彼の目が怖い。
瀬戸くんの手から逃れたくて手を下ろそうとするが、彼は手に力を込め、
私をはなそうとしなかった。
それどころか、自分の方に私を引き寄せようと左手を私の肩に伸ばしてくる。
なんなの―――
イヤだ
「主殿」
瀬戸くんの手が私の肩に触れそうになった瞬間、私は力強い手で後ろに
引っ張られた。トスンと背中に軽い衝撃。
私は山姥切国広さんに後ろから抱きしめられるような格好になっていた。
見上げればアイスブルーの瞳。
心の中に安心感が広がっていく。
「あちらで主殿を呼んでおられる方がおります」
『あ・・・そう?ごめん、瀬戸くん。じゃあね!』
助かった。
山姥切国広さんの嘘に救われる。
私は山姥切国広さんに肩を抱かれるようにエスコートされながら
瀬戸くんから離れた。
山姥切国広さんに支えてもらっていないと倒れてしまいそうなほど
私はガタガタと震えていた。
そのくらい瀬戸くんの行動にはビックリさせられたし、彼の目が怖かった。
「痛むか?」
『え・・・?』
「手首だ。ずっとさすってるだろ」
山姥切国広さんに指摘されてはじめて自分が手首を摩っていたことに気がついた。
摩るのをやめて手を離した私はゾッとした。
強い力で握られていたせいか手首に赤い跡ができてしまっている。
「主サマ・・・」
隣を歩く五虎退くんがハッと息を飲んだ。
『大丈夫だよ』
五虎退くんを安心させるように言い、何とか笑顔を作る。
「大丈夫なものか」
急に立ち止まった山姥切国広さんは赤くなった私の手首を自分の目線まで
持っていった。顔は辛そうに歪められている。
「俺はあいつを許さないぞ」
「僕もです」
そこまで言わなくても、と思ったが二人の真剣な目つきを見て
私は言葉を飲み込んだ。
「病院とやらに行くぞ」
『ちょ、ちょっとタイム!』
さすがにそれはやりすぎですね。
私は足でブレーキをかけて私を引っ張っていこうとする山姥切国広さんを止めた。
『今から演練なんだからダメだよ。私たち、今日が初めての演練なんだよ?』
「訓練などいらない。それよりも治療せずに放置して傷が残ったらどうする?」
『こんくらいじゃ残らないわよっ』
「主殿は医術の心得があるのか?」
『な、ないけど・・』
「では大人しくついてこい」
『過保護すぎだって!』
「過保護ではない!主殿に万が一のことがあれば・・」
『万が一のことがあれば・・・(ドキドキ)』
「我々が合戦に出られなくなる」
『私の心配じゃないの!?期待させておいて酷いっ!』
「あ、あの!!」
五虎退くんの初めての大声に言い争いをやめる私たち。
彼を見ると、五虎退くんは慣れない大声を出したことで
顔を真っ赤にさせながら斜め上を指さした。
五虎退くんの指先を追っていく。
『「あ」』
電光掲示板には私の顔。
『大変!いつの間にか順番きてたよ。山姥切国広さん、行こう!』
「主殿、怪我は・・・ったく」
演練場へと走る私に追いついた山姥切国広さんは、
私を病院に連れていくことを諦めてくれたみたい。
私と山姥切国広さんは五虎退くんに見守られながら初めての演練に臨んだ。
***
一日が終わって部屋に戻ってきた私たち。初演練にも勝利して
パーっとお酒でも飲みたいところなんだけど・・・
『ねーそろそろ機嫌なおそうよ』
氷碧の瞳の人が私を思い切り睨んだ。しかも私はあぐらをかく
彼の前で正座させられている。もうどっちが主なんだかわからない。
「山姥切国広さん、主殿が困っておられますよ?初演練で初勝利を
おさめたのですから―――」
「俺は、あれを、勝った、とは、認めない」
山姥切国広さんは鋭い目を五虎退くんに向けながら苦虫を
噛み潰すような顔で言った。
「恥ずかしさのあまり死ななかったのが不思議なくらいだ」
『そんな大袈裟な』
ぶくーと膨れる私。
主の仕事は索敵を行い有利な陣形を選択し、刀剣に指示を与えること。
今回は一体一の戦いだから索敵する必要はなかった。
だから私は一生懸命、私の唯一の仕事、指示出しを行ったのだが
彼はそれが気に食わなかったらしい。
「いったいあの“蔓のムチ”だの“ハッパカッター”だの馬鹿げた
セリフは何だったんだ!?」
『ヤダァ山姥切国広さんったら知らないの?あれは20世紀を代表する
ポケモンというゲームの技で痛ったあぁぁい!』
私にゲンコツを落とす山姥切国広さん。
私は彼が私を主だと思っていないことを確信した。
『勝ったからいいじゃん』
「確かに勝った。だが俺の剣でではなく、相手が笑いすぎて戦闘不能になってなッ」
私の決めポーズつきの指示出しは対戦相手の主&刀剣男子のツボに入ったらしく、
彼らは開始1分で地面に膝をつくことになった。
ゲラゲラと息ができなくなるくらい笑い転げる相手チーム。
笑いすぎて戦闘不能。
私は試合後、彼らに声をかけられ連絡先を交換するほど仲良くなった。
「敵と馴れ合うなど信じられんな」
『笑わせて降伏させる。とっても平和的な解決だと思うけど?』
「ハアァ俺には主殿の考えが理解できない・・・」
『大丈夫!私、ほぼ何も考えてないから理解できなくて当然だよ』
肩をすくめて言うと山姥切国広さんは大きく息を吐いて天井を仰いだ。
『さて、突然ですが真面目な話を致しましょう!』
「いきなりだな」
「いきなりですね」
姿勢を正して表情を引き締めながら言う。
珍しく真面目な顔をしている私を見て二人は面食らったような顔をした。
私は日頃の行いの悪さを感じた。
珍しいものを見るような二人の視線を無視して紙を取り出す。
「これは・・・」
五虎退くんがハッと口を押さえた。
『今日の演練の後に呼び出されて辞令をもらったの』
私が二人に見せたのは赴任先が書かれた辞令。
場の緊張感がぐっと高まる。
「随分と急だな」
『私も驚いたんだ。どうやら歴史修正主義者の活動がここ最近活発に
なってきている上に審神者不足が重なって私のような新米審神者も
長期赴任に駆り出されることになったみたい』
審神者は刀剣男子と共に上層部から指示された時代の地域にワープし本丸を構え
任された時代の地域を守る。
長期赴任を言い渡されたら今いる本丸センターにはちょっとやそっとじゃ
帰ってこられなくなるのだ。
任された時代の地域を自分たちだけで守る。
それは一人前の審神者として認められた証で私にとっても刀剣男子にとっても
名誉なことではあるのだけど―――何回も言うけど私は入ったばかりの新米。
プレッシャーで既に胃が痛い。
「いつから、どの時代に行くことになるのでしょう?」
『江戸時代終焉の地、鳥羽だって。詳しい西暦は未定』
「僕たちが生まれた時代より後ですね。鳥羽かぁどんなところでしょう」
『恥ずかしながら歴史に詳しくないから赴任するまでに調べておくね』
「僕もお手伝い致します!」
『ありがとう、五虎退くん』
ニコリと笑って手伝いを申し出てくれる五虎退くんに笑顔を返す。
ちゃんと笑えていただろうか・・・。
審神者適合試験に受かって、大学院を辞め、今まで縁のなかった
戦いの世界に飛び込み今日まで目まぐるしい日を送ってきた。
環境の変化に心がついていっていない。
「主サマ?」
五虎退くんの声で我に返る。
いけない。ボーッとしてたみたい。
『赴任まで1ヶ月弱。時間もないし、決めることを決めていこうか』
やることはたくさんある。
立ち止まって休んでいる暇はない。
剣をとって戦う彼らを守るためにもしっかり自分の務めを果たさなければ。
私のミスが、準備不足が彼らの命に直結する。
私は恐ろしい気持ちを胸の中に押し込んで準備リストを開いた。
黄身色の満月
高層階から見る月は気のせいか大きく見える。
私は高層ビルにあるとは思えないような広い庭に仰向けに
転がり、ぼんやりと月を眺めていた。
生暖かい風が頬を撫で、夏が近いことを感じる。
「まだ寝ないのか?」
ザクザクと芝を踏む音がして視線を動かすと、山姥切国広さんが
私のもとへとやってきた。
『先に寝ててください』
眠れそうにない。
私の顔を覗き込む山姥切国広さんに答えると彼は
「主より先には寝られん」と言って私の隣に腰を下ろした。
『・・・・』
「・・・・・」
うっ。この空気重い。
「月が綺麗だな」
明るく楽しい話題を探していると山姥切国広さんが先に口を開いた。
意外な人物が発したロマンチックな言葉に驚き目を瞬いて彼を見る。
「・・・なんだその目は。俺が写だということが気になると?」
『いやいやいや!今のは絶対そういう流れじゃないでしょっ』
じとっとした目の山姥切国広さんの前で私は両手をブンブンと振った。
イマイチ今の発言が本気で言っているのか自虐ギャグなのか判断できない。
『なんか山姥切国広さんがこんなロマンチックなこと言うなんて意外だな、と
思ってビックリしたんだよ』
私の言葉に暗い中でもわかるくらい顔を赤らめる山姥切国広さん。
『あ、照れてる。可愛い』
「う、五月蝿いッ」
プイッと顔をそむけて照れる彼に私の口からクスクスと小さな笑い声が漏れる。
私は星空を見上げて息を吐き出した。
笑って気分が明るくなった。
『ありがとう。山姥切国広さん』
「礼を言われる意味がわからん」
あなたの存在が私の恐怖を和らげてくれる
でも、恥ずかしいから口には出さないよ。
立ち上がってぐーっと伸びをする。
『部屋に戻ろう』
「あぁ」
さあ、明日からも頑張ろう。