Knight!
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1.出会い
2300年、季節は春
桜を見ると小さかった時のことを思い出す。
私は物心つく頃から可愛いものが好きだった。
特にテディベアが。
大人になったら興味が薄れていくと思ったけど、大学院生の今も好き。
私の卒論テーマはテディベアの歴史。
就職先はテディベア専門店を希望しているくらい。
「ユキちゃん!」
『おはよう・・・瀬戸くん!』
大学の庭を歩いていると同じ学年の瀬戸くんが声を
かけてきてくれた。
「おはよう。名前覚えててくれたんだね。嬉しいよ」
瀬戸くんが私の隣に並んで笑った。私も彼に笑みを返す。
『名前くらい覚えてるよ~』
と笑いつつも内心は冷や汗。
授業フランス語しかかぶってないから名前覚えたの最近なんだよね。
『お腹減ったなー』
「俺もペコペコ!」
内心の気まずさを紛らわすように言うと瀬戸くんが勢いよく反応した。
「一緒にランチどう?」
急にテンションの上がった彼にビックリ。
朝ごはん抜いたのかな?
『うん。行こう』
彼の勢いに少々気圧されながら言うと、瀬戸くんは満面の
笑みを零した。
「あのさ、俺、実は審神者になったんだ」
歩いている途中で瀬戸くんが唐突に言った。
『審神者試験受けたの?』
「院に入ってすぐ受けて合格したんだけど、せっかく大学院入学したのに
辞めるの勿体無くて今まで引き伸ばしていたんだ」
『知らなかったよ。でも、なんで今のタイミング?』
私たちは今春で院生2年生。この一年で卒業だ。
「審神者不足が深刻になっているだろ?それで、早く本丸に来てくれって
連絡があってさ」
そう言って瀬戸くんは肩を竦めた。
『大学辞めちゃうのは残念だけど・・・取り敢えずは就職おめでとうだね!』
審神者は適合者が少なく危険な仕事。大変な仕事だが、その分お給料も待遇もいい。
だから適合試験を受けられる16歳になると同時に試験を受けに行く人も多い。
適合者試験に合格すれば就活しなくて済む。国家公務員だから安定しているしね。
こういうメリットがあるから多くの人は高校生のうちに審神者適合試験を
受けていた。だから大学生になっても試験を受けていない人は極僅か。
周りに適合試験を受けてない人いないな、と考えていると
ふと掲示板が目に止まった。
「ユキさん、大学辞めても俺と」
『審神者適合・・・あ、ごめん。声被せちゃった。瀬戸くん今何て?』
私と瀬戸くんの声が重なってしまった。
聞き返すが「いや、いいんだ。先に言って」と先を促される。
私は目に入った電子掲示板を指さした。
第250回 審神者 適合試験 於:本丸タワー 3階
締切:4月8日 試験料:無料
『審神者適合試験お金かからなくなったんだね』
「そうみたいだね。法改正があと一年早かったらなぁ」
『・・・法改正あったんだ』
「えっ!?」
呟くと瀬戸くんが驚きの声を上げた。
「審神者の不足が深刻化したから20歳以上50歳以下の健康な男女は特別な
理由がない限り適合試験を受けること、って去年の年末に法改正されたんだよ」
『えっ!?そうなの?』
今度は私が驚きの声をあげる番。
「ユキちゃん、まずいよ・・・」
『そんなに?』
「うん・・・」
誰に薦められようと断り続けてきた審神者適合試験。
テディベアと切れ味鋭い刀。共通点なんか一つもない。それにオカルトも苦手。
可愛いもの好きな私にとって審神者は全く魅力のない職業だった。
『でも、試験受けたくないなー』
万が一でも受かってしまったら困る。
「うーん。気持ちは分かるけど行くしかないと思うよ。断り続けると罰金
課せられる場合もあるし」
『罰金!?』
なんて酷い法改正だ。次の選挙は与党に入れるもんか!
しかし罰金を払わされたら大変。
『行くしかないのかなぁ?』
「適合試験はあっと言う間に終わるから」
落ち込む私を励ましてくれる瀬戸くん。
嫌なものはさっさと終わらせてしまおう。
私は殴り書きで履歴書を記入しエントリーを完了させた。
瀬戸くんの話によると審判者になれるのは1000人に1人くらい。
私は昔から運がいいほうだと自負している。
だから今回もちゃんと落ちるはず・・・だよね?
***
やってきてしまった4月8日。
試験会場のある時空省の敷地は以上に広い。
敷地に入ってから地下鉄に乗ったのがその証拠。
緊張している様子の受験生に混じって本丸タワーへと入る。
多くの受験生がいるが、流石は科学技術の最先端を行く時空省。
手渡されたタブレットから流れる案内に従い、受付に健康診断、体力テスト
と待つことなく進んでいく。
そして、この扉の向こうが最後の試験場。
私は緊張でゴクリと唾を飲み込んだ。
大丈夫!試験なんてすぐに終わる。一時間後には家でくつろいで
テディベア作りをしているよ。
自分を励ましながらエイっと前に踏み出すと、障子風の自動ドアが開いた。
「ユキじゃないの!」
『ルイ先輩!?』
驚きの声をあげる試験官の女性は大学時代のゼミの先輩。
大学卒業と同時に審神者になったルイ先輩は私の三つ上で大学時代に
ずいぶん可愛がってもらっていた。
「元気だった?」
『はい!先輩もお元気そうで何よりです。わー着物姿お綺麗ですね』
手を取り合って久しぶりの再会を喜ぶ。
相変わらずルイ先輩可愛いなぁ。
「まだ、というかやっぱり受けてなかったんだね」
と笑うルイ先輩の前で肩を竦める。
『だって私ホラー苦手なんですもん』
「ホラー?」
『適合しちゃったら剣からビヨーーンってお化け男子が
飛び出してくるって聞きました』
「お化け男子って・・・」
ルイ先輩が苦笑した。
「刀剣男子はお化けじゃなくて付喪神なのよ」
神様なんだから怖くないでしょ?と微笑む先輩を前に申し訳ないが
私の心は複雑だった。だって超常現象には変わりないよ。
「適合試験を開始しましょう。こっちに来て」
お仕事モードに戻った先輩に導かれる私は改めて周りを見た。
ここは神社の本殿の中と同じ作りになっている。
本丸タワー内にこれと同じ部屋が何部屋あるのだろう?
「試験は簡単なものだから落ち着いて」
挙動不審に周りを見渡す私にルイ先輩が声をかけてくれる。
私はキョロキョロするのをやめて前を向いた。
祭壇に近づくにつれて緊張が高まってくる。
怖いな・・・
「試験はこの鏡に手をかざすだけでいいの」
振り返ったルイ先輩が言った。
『へ!?それだけ!?』
思わず私の口から間抜けな声が漏れる。
だって小部屋に入れられて悪霊と対決させられると思ってたからさ。
私はホッと安堵の息を漏らす。
「それでは始めてください」
よかったー。緊張して損しちゃったよ。
私は気楽な気持ちでパッと両手を鏡に向けた。
***
「雪野さん、もうすぐ近侍選びになるけど動けるかな?」
『ガンバリマス』
私は適合者試験に合格した。
そして気絶した。
手をかざした瞬間に光った鏡。でも、不思議現象はそれだけではなかった。
鏡の中から次々と甲冑を着た男たちが現れて私の体を通過したのだ。
体には何のダメージもなかったが精神的ダメージは計り知れない。
私はまだ顔を青くしながら迎えに来てくれた先輩審神者さんについて保健室を出る。
これから一体何が待っているのだろう?
「ここが刀剣保管カウンターよ」
先ほどのことを思い出し白目を剥きかけているといつの間にか広間に出ていた。
行き交う人はルイ先輩のような着物姿、赤い袴の巫女さんの服装、
スーツにドレス、普通の私服。
『審神者の服装に決まりはないんですね』
もっと堅苦しい職場だと思っていた私は目を瞬く。
「えぇ。戦いやすい服装なら何でもOKよ」
サラッと言われた”戦い”という物騒な単語。
私もいずれ戦いに出ることになるんだよね・・・。
受け入れられない現実と戦いながら廊下を進んでいく。身分証を通して
開けられた扉の先は薄暗い部屋。
「この中から自分に合う刀剣を探してきてもらいます」
『自分に合う、ですか?』
「見習い期間中に持てる刀剣は一本。必然的にその刀剣は近侍になります」
続けて先輩審神者さんから刀剣の覚醒の仕方を教えてもらう。
この保管室にある刀剣は既に刀鍛冶によって手入れされているので、
後は自分の中の霊力を高めて刀剣を引き抜けば刀剣男子が覚醒するらしい。
「自分の霊力に見合わない刀や相性の合わない刀は引き抜いても
覚醒しません。初めはみんな覚醒には手こずるから気落ちしないでね」
先輩審神者さんはそう言って保管室の見取り図を渡してくれた。
ここには刀剣の他に歴史資料や甲冑、兜なども保管されているみたい。
「それから基本的に近侍とは24時間一緒にいる事になるから慎重に選んでね」
『はい・・・え?24時間!?』
刀剣男子ってくらいだから男だよね?
嫁入り前の娘なのに!?
唖然としていると「終わったらカウンターで近侍登録してね」と先輩審神者さんは
いなくなってしまった。
急に一人取り残されて心細くなる。
一人残された薄暗い部屋・・・いや、誰かいる。
ガタガタ聞こえた音に肩をビクリと跳ねさせて振り向くと、
そこにいたのはカートを押す職人風のお爺さん。
私はホッと息を吐き出した。
「おぉ、こんにちは。新人さんかい?」
『はい。えっと、あなたは・・・』
「刀鍛冶じゃ。傷ついた刀剣の手入れを行っている。刀剣に異常がないか
チェックするのも儂の仕事じゃ」
お爺さんが私を見て二カッと笑った。
カートに置かれた箱には山積みになった大小さまざまな形の刀。
『いっぱいありますね』
「ここにあるのは審神者から返却された刀たちじゃ」
『返却?』
「覚醒させられなかった刀。審神者に自分とは合わないと思われて返却された刀、
弱いからと見切られて返された刀。」
己の力不足で戦に負けたのに刀剣が弱かったからだと言って返却
してくる者もいるから困ったものだ。とお爺さんが溜息をついた。
「刀剣は生き者。審神者としてその事だけは忘れたらいかんぞ」
『ハイ!』
私たちと同じように心がある刀。
彼らに心がある事を決して忘れないようにしよう。
お爺さんの目を真っ直ぐ見て返事を返すと、お爺さんはニカっと笑った。
「それじゃあ儂はこれで」
『お疲れ様です」
端に避けてカートが通れるスペースをあける。
私の前を通る時、お爺さんの押すカートからカランと一本の刀剣が
転がり落ちた。拾いますね、と刀を取り上げる。
「ありがとう。すまんな、山姥切国広」
拾った刀を見る。
これは富士山のマークかな?
下にあるウネウネは川?雲?それとも樹海を彷徨う魂?
「その刀は国広の最高傑作と言われておる。写しは嫌だと言う者もおるが
良い刀じゃよ。ただ・・・」
刀に興味を持った私に説明してくれていたお爺さんが言葉を濁す。
『ただ?』
「誰も覚醒させられた者がおらん」
『一人も、ですか?』
聞けば時空省が立ち上がってから保管されているこの刀を覚醒させられた
審神者はいないらしい。
そして今回も上級審神者が覚醒に挑戦したのだが失敗して返されて
しまったということだった。
「生きている間に覚醒する姿を見たいのじゃがのぉ」
『頑張って長生きしてくださいね!』
いつか見られたらいいね。
微笑みながらお爺さんに刀剣を渡すとお爺さんがジトっとした目で私を見た。
『な、なんですか?』
「試そうともせんとは老い先短い老人に対して酷い娘じゃわい」
お爺さんが拗ねたように言った。
『えーだってー』
熟練の審神者、上級審神者や特級審神者も覚醒させられなかった刀でしょ?
私のようなヒヨっ子が覚醒させられるはずはない。
「いいんじゃ、いいんじゃ。国広の最高傑作の付喪神を見たいだなんて
儂のような只の鍛冶ジジィには贅沢な望『分かりましたよ!抜きますって!!』
良いお爺さんだと思ってたけど、意外とめんどくさいお爺さんだな。
グチグチ言うお爺さんから刀をバッと奪う。
お爺さんの服のネームプレートが目に入った。大きく手書きされた源造の文字。
源造さんって名前だよね?苗字も書こうよ、源造さん。
服装といいネームプレートといい時空省のゆるい規則に少々不安を
感じながら鞘を抜く。
『出てよ、ヤマンバギリクニヒロさんッ』
別に何も言わなくてもいいのだが、決めゼリフのように言ってみる。
妙なテンションで刀を掲げた私は強い光に目を閉じた。
横から熱烈なアイドルファンが出すような奇声が聞こえた。
『うぅ。眩しかった・・・』
光が消えたのを感じてそっと目を開けた私は驚きの声を漏らす。
目の前にいたのは金髪碧眼の青年。
「俺は山姥切国広。足利城しゅ『ヒイィィ源さんっ!?』オイッ、どこに行く!?」
クワっと怒る山姥切国広さんを無視して倒れている源さんに駆け寄る。
目を固く閉じて床に横たわる源さん。
私はまさかの事態にハッとして手で自分の口を覆った。
『・・・死んでる』
「いや、生きていると思うが・・・」
最後に国広の最高傑作を見ることができて良かったね、と思いながら
涙ぐんでいると、私の横に来た山姥切国広さんはしゃがんで源さんの口に
手を当てて言った。
私は気まずくなって私を見上げる蒼い瞳から視線をそらした。
「頭を打ったかもしれない。医術が出来る者に診せた方が良いだろう」
『そうですね!じゃあ、このカートに乗せてガラガラ』
「・・・俺が運ぶ」
頭が痛いというように眉間をおさえる山姥切国広さんと
源さんが生きていたと分かり安堵する私。
『冷静な人が近くにいて助かったよ。ありがとう!』
「主殿はもっと冷静さを身につけたらいい」
淡々と言い、源さんを軽々と持ち上げた彼の後に続いて保管庫を出る。
ロビーに出て立ち止まる山姥切国広さん。
私は彼の背中にぶつかった。
急に止まらないでよ。痛いじゃない!
「主殿、どこに行けばいいんだ?」
『んー私に聞かれましても』
鋭い眼光で睨まれた。
『ここに来たの今日からなんですよ。』
肩をすくめると舌打ちされた。酷っ!
「誰かに聞いてきてくれ。」
『はーい!』
「・・・・(この主、大丈夫だろうか・・)」
すぐ横に、初めに近侍登録をしろと言われたカウンターがあったので、
受付の人に声をかけて事情を説明する。
源造さんはすぐに担架で運ばれていった。
本丸タワーには病院が入っているそうだ。
これで安心。
「ところで、あなたは・・・?」
ぼんやり源造さんを見送っていると先ほど声をかけた受付の人が
私と山姥切国広さんを交互に見て聞いた。
『はじめまして。今日から研修生になりました雪野ユキと申します。
こちらは、ヤマンガ、ヤマンバキリ、ギリ?ヤマッン「山姥切国広だ」
その眼光鋭すぎるって!
ビームが出てきそうな視線を遮るように自分の顔を手で守る。
山姥切国広さんの迫力にガタガタ震えていると、周りの人達が
私たちを見ていることに気がついた。
「山姥切国広ってあの例の?」
「えー覚醒したんだ。誰も覚醒できないから不良品だと思ってた」
「私も。写しだって言ってたしね。ビックリ」
「写しってコピー品だろ?」
「せっかく覚醒させたとこ悪いけど、アレは脆くて使えなさそうだな」
「粗悪品だな、きっと」
ざわめきの中から聞こえる失礼な会話。
隣の山姥切国広さんの空気が硬くなったのが分かる。
『山姥切国広さん(上手く言えた!)あっ、待って!』
私の声を合図にするように彼は元来た道へと戻っていく。
大股で歩く彼の背中を慌てて追いかける。
もうすぐで追いつけるというところで、ちょうど審神者が出てきて
開いたドアを通り、山姥切国広さんは保管室に入っていってしまった。
『あぁ、もう!ここにカードを通すんだっけ?』
私の目の前でバタンと閉まったドア。
彼との距離がひらいてしまう。
自分のIDカードを急いで取り出して機械に通す。
『待ってください!』
扉を押して保管室に入るが山姥切国広さんの姿は見えない。
呼びかけてみるが返事は返ってこなかった。
どこに行ってしまったのだろう?
薄暗い通路を通り、棚と棚の間を確認していく。
『っ!?山姥切国広さん!?』
通路に落ちていた刀に駆け寄り、拾う。
富士山の紋。
間違いない。これは山姥切国広さんの刀剣。
『出てきてください」
何度呼びかけても彼は現れない。
コピー品、使えない
長い眠りから覚醒した直後にあんな酷い言葉を言われるなんて・・・
『お願いします。出てきてください」
祈りながら天を刺すように刀剣を高く掲げてみる。
薄暗い部屋の中でもわかる白銀の刃。
綺麗―――
写しのなにが悪いの?
粗悪品って言った奴は誰だ、バカ。
この美しい刀剣は国広の最高傑作
『雪野ユキと近侍の山姥切国広です。登録お願いします』
私はロビー中に聞こえる声で言って、微笑み、カウンターに刀剣をのせた。
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