第4章 攻める狼

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5.ヒッポグリフ








入学式の翌々日。私がまだクィディッチの朝練をする選手も、早起きの学生もいない大広間で一人もぐもぐ朝食を食べているとハグリッドが入ってきた。

『ハグリッド!おはよう』

「おはよう、ユキ。お前さんはいつも早起きだな」

『朝食を取るのに時間がかかるからね』

にやっとしながら言葉を返すとハグリッドは笑いながら自分の席に腰掛けた。

その様子はちょっと変で……


『ハグリッドどうしたの?なんだか酷く緊張しているように見えるけれど』

「あぁ。そりゃな。ほら、今日は俺が担当する魔法生物飼育学の初めての授業がある日だから」

これで納得。

私は自分がホグワーツに来たばかりのことを思い出していた。

初授業の時、私もすごーく緊張していたっけ。でも、私の緊張をほぐそうとダンブーを含む教授たちが何人か授業を見に来てくれて、私は模擬授業の時の感覚を思い出して初授業を上手く乗り切ることができたのだ。

そういえば模擬授業の前、ハグリッドに緊張を解いてもらったんだよね。
「先生方の顔をカボチャにおきかえてみればいい」って言ってくれたのを覚えている。

『ねえ、ハグリッド。良かったら私にもハグリッドの初授業受けさせてくれない?』

「俺の授業を?」

『うん。余計なお世話かもしれないけど、よく知っている同僚の私がいたら少しは緊張がほぐれるかなーなんて思って。初授業で手間取ることがあっても私を助手がわりに使えるしさ。ね?どうかな?』

「それはありがたいが……いいんか?」

『うん。ちょうど授業も入っていないしね』

「ほんなら、ユキ!ぜひ見に来てくれ」

これで決まり!

私は先程よりも緊張の取れたハグリッドを見て、ほっと笑みを零しながら朝食を再開したのだった。




朝食をたっぷり食べたあと、私は禁じられた森の端にあるハグリッドの小屋を目指して歩いていた。

夜の間に降った雨は上がっていた。私はしっとりと柔らかな草地を踏みしめて芝生を下っていく。

空気が澄んでいて気持ちのいい日ね。

そう思いながら歩いていると、目の前に見慣れた姿が見えた。ハリーたち3人だ。

『みんな、おはよう』

「あ、ユキ先生!」

「おはよう」

「おはようございます、先生。どうしてここにいらっしゃるんですか?」

『ハグリッドの授業を見学に行くの。ロンたちもハグリッドの授業に行くのでしょう?楽しみよね』

3人が同時に頷いて、口々にどんな授業だろう、何をするのかな?と私に話しかけてくれる。

「でも、先生。ちょっと困ったことがあるんですよ」

『困ったこと?』

そう言ってハーマイオニーがカバンからスペロテープでぐるぐる巻きにされている教科書を取り出した。

『あら?何でこんなことしているの?』

「教科書が噛み付こうとするからです」

『教科書が?』

ハーマイオニーから教科書を借りてまじまじと見てみる。

“怪物的な怪物の本”というタイトルのその本はいかにも凶暴そうで、テープでぐるぐる巻きにされているにも関わらず、私の手を噛みたそうにページを歯のようにカチカチ言わせていた。

『ハグリッドらしいというか何というか……』

「これを大人しくさせる方法を知りませんか?ユキ先生」

『殴って気絶させる……くらいしか思いつかないかな。アハハ』

苦笑する3人に『でも、きっとハグリッドも考えがあってこの本を選んだんだよ』と言いながら私はハーマイオニーに本を返した。

うーむ。でも、何か問題が起きなければいいけど……

そう思うのは、私の視界に前を歩くスリザリン生たちの姿が入ってきたからだ。

スリザリン生はハグリッドに何故か敵意みたいなものを持っているからなぁ。




「おぉ、ユキ!それにハリーたちも!さあ、急げ。早く来てくれ。今日はみんなにいいもんがあるぞ!凄い授業だぞ」

ハグリッドの小屋まで行くと厚手木綿のオーバーを着込んだハグリッドが早く授業を始めたいというようにうずうずした感じで私たちや他の生徒たちに声をかけた。

『授業はここでするの?』

「いんや。別の場所だ。おーい、みんな。俺についてこいや!」

一瞬、ハグリッドが禁じられた森に突入するのでは!?とギクリとしたが、ハグリッドは森沿いに歩いていき、5分ほど歩いたところにある放牧場のようなところに私たちを連れて行った。

私が生徒とともにハグリッドに促されて柵に近づくと、ハグリッドが教科書を開くようにみんなに呼びかけた。


「こんな凶暴な本どうやって開けばいいんだ?」

「また噛み付かれちゃう」


当然というかなんというか、みんなから上がる声に少ししょんぼりしてしまうハグリッド。

「……誰も教科書を開かんかったんか……」

めげないでハグリッド!と心の中で応援していると、

「教科書を開けるにはどうしたらいいんですか?ハグリッド先生」

とハリーが手を挙げて質問した。

ハリーが“先生”と言ったおかげで少しはハグリッドの気分も明るくなったらしい「教科書を撫でりゃー大人しくなる」と幾分前向きな口調でハグリッドは言った。


「よし。みんな教科書は開けたな。そんじゃあ俺は魔法生物を連れてくる。待っといてくれ」

ハグリッドが森の中へ消えて数分後、放牧場の向こう側からハグリッドと共に奇妙な生き物が十数頭、足早でこちらへとやってきた。

これは……鳥の仲間?

胴体、後ろ足、尻尾は馬のようで、前足と羽根、そして頭部は巨大な鳥のように見えた。鋼色の嘴と黄色い目が鷲にそっくりだ。

「これはヒッポグリフだ」

ハグリッドがヒッポグリフを柵に繋ぎながら言ったが、みんなヒッポグリフが怖いのかじわっと後ずさっている。

『綺麗な鳥?ね』

「そうだろう。みんなも美しいと思うだろう?なあ?」

みんなに手を振りながら嬉しそうに言うハグリッドの横で私は柵に繋がれたヒッポグリフを観察していた。

輝くような毛並みのヒッポグリフは個体個体によって色が違う。褐色、栗毛色、漆黒などさまざまだ。


「ヒッポグリフは誇り高い。だから、絶対に侮辱してはなんねぇぞ」

ヒッポグリフに惚れ惚れとした視線を向けていたらハグリッドが言った。
後ろを振り返る。みんなもっと近づけばいいのに。ハリーたち以外、柵から大分距離を取って立っている。

その時、ふと私の目にドラコたち3人の姿が映った。ハグリッドの話を聞かずに何やらコソコソ相談している……何か不穏な空気ね。

ドラコたちには注意しておいたほうがいいかもしれない。と思いながら私はハグリッドに視線を戻す。


「ヒッポグリフの方から先に動くのを待たなくちゃなんねぇ。そして、こいつの傍まで歩いていく。で、お辞儀をする。そんで待つんだ。もし、お辞儀を返したら触ってもいいちゅうこっちゃ。もし、お辞儀を返さんかったら素早く離れろ。こいつらの鉤爪は痛いからな」

と言うハグリッド。

……引っ掻いてくる(なんて可愛いものじゃなさそうだけど)可能性あるんだ。と私が顔を引きつらせる前では誰が初めにヒッポグリフに触るかハグリッドが呼びかけている。

大きな鉤爪に鋭い嘴。これは名乗り出る者は現れないかもと気を揉んでいた私だが、勇敢にもハリーが「僕がやるよ!」と名乗りをあげてくれた。

『偉いわ、ハリー勇敢ね』

「ありがとう、ユキ先生」

ハリーは私にニコッと笑って柵を乗り越えていった。

「よーし、そんじゃ、バックビークとやってみよう」

ハグリッドが灰色のヒッポグリフを柵から解き、ハリーの前に連れて行った。

ハリーの胸のドキドキが私にも伝わって来るよう。
ハリーはバックビークから視線をそらさないように注意しながら近づいて、ハグリッドの指示でゆっくりとお辞儀をする、そして―――――――

「やったぞ、ハリー!」

ヒッポグリフのバックビークは鱗に覆われた脚をおってお辞儀をした。

クラス全員が拍手する中、バックビークに近づいて何度か嘴を撫でるハリー。
バックビークも気持ちよさそうに目を閉じている。

成功だ!いつの間にか緊張していた私の体もほーっと力が抜けていく。


「よーし。そんじゃあ、こいつの背中に乗ってみるといい」

クラスの子達と一緒に拍手をしていた私の体が固まる。
危なくないだろうか?しかし、そんな心配は無用だった。

バックビークはすっかりハリーに気を許したようで、背に乗せることを嫌がる素振りを見せていない。

ユキ!念のためハリーの後を追って飛んでくれ」

『了解』

ヒッポグリフが大きな羽を広げて飛び立つのと同時に私は口寄せの術を使って大きな紅い鳥、炎帝を呼び出してハリーがのるバックビークを追いかけていった。

『調子はどう?ハリー!』

「ほ、箒とは大違いだけど、ど、どうにかのっているよ」

振動で声をひっくり返しながら答えるハリー。

私の言葉に返せる余裕が有るってことは大丈夫ね。私は安堵と勇敢なハリーに誇らしい気持ちを感じながら彼の後を追いかけていく。

バックビークは放牧場の上を一周してから着陸した。これは大成功と言えるだろう。

私も生徒たちの後ろに着地してポンと炎帝を消す。


「ハリーすごかったわ」

「怖くはなかった?」

「やるじゃないか、ハリー」


口々にみんなから声をかけられるハリーを目を細めて見ていた私は自分がドラコから目を離したことに後悔した。

「ポッターにもできるんだ。僕も乗せろよ。醜いデカ物の野獣くん」

そう言いながら柵の中にドラコが入っていってしまったからだ。

これはまずい!

バックビークが馬のようにいななき、後ろ足で立ち上がったのが見えて私は急いで柵を飛越し、ドラコの元へと走った。


あぁ、ダメだ。これは避けられる時間がない。


一瞬、太陽の光を浴びて輝いた鋼色の爪。



ユキ先生!」


『――ッ!』


「うわああああぁァァ」



黒い忍装束に出来るシミと、緑色の芝生の上に飛び散る鮮血。

やられたのは腕と背中だった。私はドラコを抱き抱えながら地面をダンっと蹴って柵を飛び越える。

「死んじゃう!ユキ先生が死んじゃうよッ」

『へ?このくらいじゃ死なないわよ』

叫ぶドラコに返すが、周りもドラコも聞いていない。クラス中パニックに陥っていた。

「直ぐにハグリッド先生……ハグリッドを首にすべきよ!」

泣きながら叫ぶパンジー・パーキンソンに

「マルフォイが悪いんだ」

と怒りながら言うディーン・トーマス。

『ったく』

私は混乱する生徒から視線を移してヒッポグリフ達の方を見た。この騒がしさにヒッポグリフ達は機嫌を悪くしているようだ。

ここでヒッポグリフ達までいななき騒ぎ出したらそれこそ収集がつかなくなってしまいそうだった。

ハグリッドはバックビークを押さえつけるので手一杯の様子。ならば私がこの事態を収集させるしかない。

私はヒュンと柵の上に飛び乗って『注目!』と叫んだ。
一斉に私に集まる瞳と残らず目を合わせる。


幻影の術


『みんな落ち着きなさい。私の怪我もどうってことないのだから』

「あ、あれ?ユキ先生怪我は?」

『みんなが騒いでいる間に治しちゃったわ。あんな怪我、怪我のうちに入りませんからね』

青白い顔で私に聞くドラコにニコリと笑って、私は左肩から背中が見えるように体を捻った。

クラスのみんなは、全員ユキの幻影の術にかかっていた。
生徒たちの目にはユキの服にも、もちろん体にも傷がないように見える。しかし、実際は違った。ユキは左肩から背中にざっくりと鉤爪で傷を付けられてしまっていた。


「と、とにかく今日の授業はここまでにする。みんな、解散!」


唯一ユキの幻影の術のかかっていないハグリッドが皆に解散を告げる。

わらわらとホグワーツ城へと帰っていく生徒たち。


ユキ……」

『謝らないで、ハグリッド。あれは、ドラコが悪いわ』

「んでも謝らせてくれ。それからお前さんは直ぐに医務室へいかにゃあならん。俺が抱き上げるから手をかしちょくれ」

『!?ダメだよ、ハグリッド。流石に運んでもらう最中すれ違う生徒全員には幻術をかけられないよ』

「んだら、どうすりゃあ……」

『ええと、じゃあ、呼んできて欲しい人がいるのだけど……』




「この馬鹿者がッ」

『ヒッ。ご、ごめんなさい』

「と言いたいところだが、話を聞くところによると、ドラコがこの傷の原因のようだな。ドラコを庇ってくれたこと、寮監として感謝する」

『それじゃあなんで怒られたのよぉ』

「……」


私はハグリッドに頼んで、ハグリッドの小屋にセブを呼んできてもらっていた。
もちろん軽く事情を話して薬を持ってきてもらって。

「傷薬だ」

『ありがとう、セブ』

「……」

『…………』

「………………」

『え?出て行かないの?』

「――っすまない」

暫し見つめ合った末そう言うと、セブが耳まで赤くなった。
ふふ、なんだか学生時代の表情にそっくりで可愛い。

「しかし……背中の傷は自分で治療できないであろう?やはりマダム・ポンフリーを呼んできたほうがいいのではないか?」

ゴホンッと咳払いしながら、私から視線を外し言うセブ。

『影分身があるからいいよ。それに、マダム・ポンフリーを呼んでしまったら勘のいい生徒は私がやっぱり怪我をしていたと気づいてしまう。それだけは避けたいからね』

なにせハグリッドの初授業だ。これ以上のマイナス要素は避けたかった。
セブにありがとうとお礼を言ってハグリッドの小屋から出て行ってもらう。

パタンと扉が閉まり、一人残された部屋。

影分身を出し、セブお手製の傷薬を影分身に塗ってもらいながら私は思う。

ほんの数年前の私だったら、ためらいなく、セブに背中を出して塗ってくれって言っていたのになぁ……。最近は羞恥というものを感じるようになってきたらしい。私も大人になったものだ。

『それでもなんで、セブに塗ってもらいたいって気持ちもあるのかなぁ?』

なんでだろうね?

マットの上で伏せをしているファングに問いかけて、私は自分の治療を続けたのだった。




***



『ひいいぃ遅刻遅刻!』

ハグリッドの授業を見学した次の時限には自分の授業が入っていた。

廊下を猛ダッシュしてフィルチさんに白い目を向けられたが、滑り込みセーフ。どうにかチャイムと同時に自分の教室に飛び込むことができた。


「師匠遅刻ーー」

『か、鐘がなっている間に入ったからセーフよ、セーフ!』


ジョージの言葉にどっと沸く教室。うっ、リーマスもやっぱり笑ってる。

この授業はリーマスが見学にくる授業だったのだ。
ちなみに、この授業はフレッドとジョージの双子もいるグリフィンドール、ハッフルパフの2寮合同クラス。

『みんな!今日は闇の魔術に対する防衛術のリーマス・ルーピン教授も見学に来られているから張り切っていきましょうね』

「「「「「はーーい」」」」」

ユキ、何だか恥ずかしいよ」

『そう?あ、リーマス手伝ってくれる?』

「ハハ、オーケーだ」

見学に来てもらったのに申し訳ないが背中の傷の治療は応急処置だったのでけっこう痛む。悪いがリーマスにも手伝ってもらうことにする。

『みんな、前にきて石を一つずつ取りに来てください』


不思議そうな顔をしながら石を取りに来る生徒たちにフフっとニンマリ顔になっていると、横でもリーマスが不思議そうな顔をしていた。

「なにをやるか凄く気になるよ」

『せっかくだからリーマスも一緒にやる?』

「いいのかい?」

『チャクラ……魔力のことね。魔力コントロールの授業を受けていないから難しいかもしれないけど、リーマスなら出来るような気がするわ』

「期待に添えるように頑張るよ」

ニコリと笑ってリーマスは石をひとつ取り、教室の一番後ろの空いている席へと座った。

生徒たちもそれぞれ座って説明開始。

『今からこの石を割ってもらいます。だけど、割ってもらうといっても力任せではなくて、魔力を使って割ってもらいます。こんな風に』

ツンと指で石をつつくと私の手の中の石はパーンッと粉々に粉砕された。

生徒たちから驚き声と拍手が沸き起こる。

その後、石の中心点の見つけ方や、指先への魔力の集中の仕方などを説明する。

『それでは始め!』



ん……背中痛いな。

傷開いたかも……


教室を歩きながら生徒たちを指導していた私は痛みに唇をきゅっと結んだ。

大急ぎでした処置はやはり甘かったらしい。振り向いた拍子に傷口からミシッと音がして、傷が開いた感覚があった。


ユキせんせーい。全然出来ないです!」

『やってみて。どこが悪いか見てみるわ』


生徒に気づかれないように額に浮いてしまう脂汗を指で拭う。

この授業が終われば午前の授業は終了となり、昼休みに入るのでしっかりと怪我の治療をすることができる。


あとちょっと……


あとちょっと……



『よし。今日の授業はここまで』


ようやくベルがなった。

リーマスや他の生徒数人は私のように粉砕状態まで石を砕くことが出来たが、他の生徒は割れたり、割れなかったり、中途半端だったり。これは次週までの宿題としてだした。




ユキ

最後の生徒が扉を閉めて出て行った瞬間、リーマスが厳しい表情でこちらへと走ってきた。

『あ、あれ?ばれて、た……』

「事情は分からないけどね。授業中ずっと気分が悪そうだったじゃないか。いつ倒れるかとヒヤヒヤしたよ」

そう言うやいなや、リーマスは私を横抱きにして教室を出て行った。

私の自室は教室を出て右に曲がり、建物に沿ってある吹きさらしの階段を上ったところにある。
だから、教室を一歩出れば渡り廊下を歩く生徒たちの視線にさらされるわけで……


「えっユキ先生?」

「うそっ!あれって新任のルーピン教授だよね?」


と驚きの声があちこちから聞こえてきた。

そんな声など気にもとめず、リーマスは階段を上っていき、私を部屋の前まで連れて行ってくれた。
リーマスに横抱きにされたまま部屋の鍵代わりの封印を解いて中に入る。

正直リーマスに横抱きしてもらって良かった。実はけっこうフラフラ。
この感じだと、包帯に血が滲み出して着物を汚す寸前だろう。



『悪いけど、リーマス。手伝ってくれる?』

「もちろん。と言いたいけど、僕の魔法薬学の成績は知っているだろう?」

『大丈夫。歩くの辛いからこのままベッドの方まで運んで欲しいってだけなの』

「それならお安い御用だ」

途中の実験室の小部屋を開けて救急セットを取り、実験室から寝室へと繋がる扉を開錠して寝室へと入る。

「忍術で鍵をしているんだね」

『この方が私には使いやすいから。それに、魔法族の人にとっては馴染みがないから防犯上もいいでしょ?』

リーマスにベッドに降ろしてもらうとベッドの上にいたアビシニアンが目を吊り上げてフーッと威嚇の声を上げた。クィリナスだ。

いきなりリーマスが入ってきてビックリさせてしまったようだ。

「猫を飼っているんだね」

リーマスがクィリナス猫を触ろうとして手の甲を引っ掻かれた。

『コラッ!たんぽぽ!!リーマス、平気?』

「少し引っ掻かれただけだよ。むやみに手を出した僕が悪い」

『治すわ』

「僕のは後でいいよ。まずは君の治療が先だ。手伝おうか?」

『ううん。治療は影分身を出して自分で出来るから、リーマスはリビングで待っていて。ええと、私は恥ずかしいと思っている!』

「ぷっ。なんで誇らしげに“恥ずかしい”って言うんだい?」

『えっ……いやー……その……最近、羞恥という感情を覚えたのが嬉しくて』

「ハハっ。そっか。なんというか、それは嬉しいような惜しいようなだね」

『惜しい?』

「ごめん、ごめん。今のは気にしないでくれ。本当に手伝いはいいんだね?」

『えぇ』

「それじゃあ僕はリビングで待たせてもらうよ」

『あの扉から出て。直接リビングに繋がっているの』

「了解」

リビングへと直接繋がる扉から出て行くリーマス。

顔を上に向ける。

見上げて見るのはチェストの上に乗ってこちらを心配そうに見ているアビシニアンクィリナス。

『あ・な・た・も・よ!!』

アビシニアンが不機嫌そうに唸った。

苦無を投げつける。

アビシニアンはチェストから飛び降りて実験室の中へと消えていった。

パタンと閉まった扉。


『これでよし、と。影分身の術』


ポンと上がる白煙。

私は今度は念入りに、止血をし、セブからもらった傷薬を塗って、魔法を唱え、怪我を完治させたのだった。





『おまたせ、リーマス』

リビングに行くと、テーブルの上に置いてあった日刊預言者新聞を読んでいたリーマスが顔を上げた。

「ごめん。勝手に読ませてもらっていたよ。傷の具合はどうだい?」

『もう傷跡も見えないくらい完治させたわ。動いたらまだちょっと痛みはあるけど……このくらい何ともないって感じ』

「それは良かった。自分で自分を治療できちゃうなんてユキぐらいじゃないかな?普通の癒者はこんなこと出来ない」

『便利といえば便利よね……さてと、今何時かしら』

「午後の授業が始まるまであと30分ある」

『それなら良かったら軽食とお茶でもどうかな?』

「ありがとう。いただくよ」

杖を振って冷やし緑茶をリーマスの前に出す。


『リーマスは甘党だから少し苦く感じるかな……?』

「いいや。この渋みが……おいし、いよ。面白いね。初めて飲んだ。これはユキの国の飲み物かい?」

『そうよ……そうだわ。その話をしなくっちゃね。リーマス聞いてくれる?私がここに来ることになった訳と学生生活を送ることになった訳を……』

「もちろん。聞かせてくれ」

ギリギリで闇の魔術に対する防衛術の教師になったリーマスとは、こうやって1対1で、まとまった時間話せる機会を今日まで得られなかった。

私はリーマスに順を追って私が元の世界でどんな仕事をしていたか(もちろん暗部であったとは言わなかったが)、私の国の話、それから妲己に出会ったことと、彼女の不思議な力によってこの魔法の世界に飛ばされてきたことを話した。

そして教授時代の話、それからリドルの日記のインクを浴びてこの世界の過去に飛ばされたこと。
バジリスクによって石化された私の影分身たちが消えることによって私は過去で自分が何ものであるかを思い出していった事をリーマスに話した。


長い長い話を終えて、私はほっと息を吐き出す。


『……思い出せなかったのよ、私は。ハリーの両親。ジェームズとリリーがヴォルデモートに殺されたということを…………』


この事を思い出すたびにどろっとした黒い感情が心を覆う。

悔しさと不甲斐なさが心に押し寄せてきて着物をギュッと握っていると、すっと物が視界に入ってきた。チョコレートだ。


『リーマス?』

「食べて」

『私は「ユキのせいじゃない」

対面に座るリーマスが意志の強い瞳で私を見つめている。


セブも、リーマスも、優しい……


ほんと、優しすぎるよ……


『ありがとう』

お礼を言って、チョコレートを口の中に入れる。

甘くて、ちょっとほろ苦いチョコレートの味が、私の心を静めてくれる……




『そうだ』

私は目の端に浮かんでしまった涙を拭きながら声のトーンを変えて話題を変えた。

『次の満月のことなんだけど……』

学生時代、偶然に叫びの屋敷で狼リーマスと遭遇した私は、忍術を使って、自傷行為しないように彼の動きを止めていた時期があった。

学生時代にジェームズたちがアニメーガスを習得してからはそれはなくなったのだが、今はジェームズたちはいない。今はどうしているのだろうか?

そう聞くと、リーマスは一人で満月の晩を過ごして頑張っているらしい。

子供の時よりは薬を飲んだ上で自己を抑制し、自傷行為を大分しなくなったと言った。しかし、完全ではないようだ。

「満月の晩が終わった次の日は体のどこかしらに傷をつけて出勤。おまけに満月が近づくたびに調子が悪くなる。だから、どの職場に行っても人狼だと見破られてしまってね。見破られたら……何かしらの理由を付けられて解雇されてしまうんだ」

おかげで万年金欠だよ。と肩をすくめるリーマス。
随分苦労してきたみたい。

でも、このホグワーツでは、セブが学校の薬材で脱狼薬を作ってくれるらしくとても助かっているとリーマスは言った。

「セブルスには頭が上がらないよ」

『私もリーマスの役に立つことがしたいわ』

「金縛りの術かい?でもあれ、一晩中僕に術をかけ続けるから疲れるだろう?」

『あら。アニメーガスを出来るようになったかは聞かないの?』

「出来るようになったのかい?!」

私は狐に化けられることを話すことにした。

『部屋の中でドラゴンの大きさにはなれないけど、半獣を見せるね』


ポンッ


半獣の姿に変身してみせる。

「凄い!」

『ありがと。気味悪がらないでくれて』

「気味悪がるなんて!とても魅力的だよ」

リーマスの褒め言葉に照れる。

しっぽが勝手にフサフサ振れてしまうのを恥ずかしく思いながら私は口を開く。

『完全に狐に化けるとドラゴン並みに大きくなってしまうの。だから、叫びの屋敷で獣姿では一緒にいられないけど……この半獣姿だったらどうかな?一回試してみない?私は金縛りの術も使えるわけだし』

「でも……」

『迷惑なんじゃないか、はなしよ。私は私がやりたくてやっているの。リーマスの、大事な友人の役に立ちたい。私を傍に置いてよリーマス』

「まいったな……」

何故かリーマスが顔を覆った。そして暫く後、

「お願いするよ」

とリーマスは言ってくれた。

「ありがとう、ユキ

『えへへ。どういたしまして』

人の役に立てることは嬉しい。

私はリーマスと握手をしながら顔を綻ばせる。




「予鈴が鳴ったね」

午後の授業が始まる5分前を知らせる鐘が鳴り、リーマスが言った。私たちは部屋を出て、二人で大広間に歩いていく。その道すがら……



ユキ先生!大怪我したってお聞きしましたけど大丈夫ですか?」

「ドラゴンのような爪で引っ掻かれたとか」

「動いて大丈夫なんですか!?ユキ先生」



たくさんの生徒たちにこのような言葉をかけられた。

おかしいわね……と思っているとハリーたちを発見。捕まえて話を聞いてみると、こんな話だった。

「授業が上手くいかなかったから落ち込んでいると思って3人でハグリッドの小屋に行ったらハグリッド凄く泣いていて」

ユキ先生に大怪我させてしまったって言っていたの。初めは何のことか分からなかったけど、もしかしたら私たち、ユキ先生が私たちに幻影の術をかけたんじゃないかって話していて……」

「どうやらその話をマルフォイたちが小屋の外で盗み聞きしていたらしいんだ。それで噂がどわっと拡散してしまって……」

代わる代わる話してくれるハリー、ハーマイオニー、ロン。

私は3人の前で頭を抱える。うぅ、せっかくダメージを最小限に抑えようとしていたのにこんな展開になってしまうなんて……

「それはまずいな……」

『私も嫌な予感がするわ』

リーマスに同意する。

ハグリッド嫌いなスリザリン生。私が怪我をしたと知ったらどうでるか。
あんな危ない授業をするなんて!と権力を持つ両親に怒りの手紙を書きそうな予感。

そうなれば、ハグリッドの職は危うくなってしまう。

『リーマス、私に出来ることないかな?』

「今は成り行きを見守るしかないよ……」

肩を落とす私。

鉛色の空が、まるで私の心を映しているように見えた。








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