第4章 攻める狼
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3.再会
シリウス・ブラック脱獄の一報は魔法界、そしてホグワーツにも激震を走らせた。
新学期が始まるという喜ばしい今日の日にもブラック脱獄の影が色濃く出ており、職員室に集まる教授たちは皆、硬い表情で校長の到着を待っていた。
『ダンブー何やっているんだろう?』
「魔法省に呼ばれた用が長引いてんだろうな」
『そうだね。それにしても……』
「ん?どうしたユキ。俺の顔に何かついてるか?」
『ううん。何にも。ハグリッドが先生になったんだな~と思ったら嬉しくなってさ。にやけちゃった』
「っユキ!!」
『ゴフッ!?!?』
感極まったといった感じでハグリッドにハグされた私の口から蛙が潰れた時に出すような声が漏れて周りの教授たちがクスクスと笑った。
く、苦しかった……けど、結果オーライかな。
職員室の空気が先程より少し明るくなったのを感じて私は頬を緩ませた。
「そういえば、ユキ。闇の魔術に対する防衛術の先生にはもうあったんか?」
ハグリッドの質問に首を振る。
『実はまだ会えていないんだよね』
会えていないし、教えられていない。
去年のロックハートが教授だったときは夏休みに挨拶と契約書のサインを貰いに私はロックハートのところまでダイアゴン横丁へと会いに行った。
しかし、今年はどういう事なのか、うんともすんとも防衛術の教師が誰であるか情報が入ってこない。
ミネルバは知らないというし、ダンブルドアに聞いたら……
「儂のことをパパって呼ぶなら教えてやろう」
『呼ぶわけ無いでしょ』
「じゃあ教えん」
『火遁・業火砲』
「ひいいいいぃぃ儂の自慢のお髭があああぁ」
という会話があって教えてもらうことが出来なかったのである。
正直、ロックハートよりマシなら誰でもいいけどね。
などと失礼なことを考えながらソファーの背もたれにユキが体を預けていると、ようやく、ダンブルドアが職員室へと入ってきた。
ユキ同様、部屋に入ってきたダンブルドアを見て、待ちくたびれていた教師たちの顔は緩みかけるが、皆の顔は一同にすっと引き締まった。
厳しい表情で職員室に入ってきたダンブルドア。
嫌な予感にお互いに視線を動かして会話し合う教師たちにダンブルドアがコホンッと咳払いをして口を開く。
「みな、よく聴いて欲しい。儂は今しがた行ってきた魔法省で誠に受け入れがたい指示を受けてきたのじゃ」
嫌な予感。それは教師たちが想像していたことよりも遥かにホグワーツにとって最悪な事柄であった。
ダンブルドアが手に持っていた魔法省からの指令書をするすると開いて読み上げていく。
――――― ホグワーツ校長並びに教師の皆様
魔法省は、シリウス・ブラックの脱獄を受け、緊急に捕縛隊を組織し、ブラックの捜索を行っております。しかしながら、ブラックは未だに捕まっておらず、その足取りさえも定かではありません。
「従って、誠に遺憾なことではありますが、生徒の身の安全のためにディメンターをホグワーツの警備に当たらせることを決定致しました」
ダンブルドアが指令書を読み上げ、多くの教師が息を呑むか、吐き気がするとでも言うような顔つきで首を振った。
しかし、その中で皆の感情に同調できず取り残された教師が1人……
『あ、あのう……』
「あぁ、そうじゃった。ユキはディメンターについて知らなかったのう」
おずおずと手を挙げる私にダンブーは説明してくれる。
ディメンター、又の名を吸魂鬼。それは非生物の闇の存在であり、世界で最もおぞましい生き物とされている。吸魂鬼は近くにいる者の幸福を奪い、絶望と憂鬱をもたらす。
「吸魂鬼は人間の魂を吸うことができ、奪われた人間は絶望の末に息を引き取る」
「ちなみに魔法省は吸魂鬼をアズカバン要塞牢獄の看守として使用している」
『それはそれは……』
セブの補足説明に眉を潜める。
囚人はアズカバンに入れられたら最後、幸福や夢や希望を奪われて死ぬまで絶望とともに監獄の中にいなければならないのだ。
そう思うと不思議ね。よくブラックはアズカバンから逃げられたものだわ……
「さて、この話についてもう少し議論すべきなのじゃが時間がない。生徒たちを乗せたホグワーツ特急が出発する時刻が迫っておる」
思考から抜け出てダンブルドアを見る。
今は、ブラックのことよりも生徒たちのことを考えないといけない、と考えているとダンブーに名前を呼ばれた。
『はい、校長』
「ユキ、吸魂鬼の存在を知ったばかりで悪いのじゃが、お前さんに重要な任務を頼みたい」
ダンブー曰く、ディメンターはホグワーツ特急の周りもウロウロするということだった。
今までディメンターは監獄の看守をするのみであって、こうして普通の生活の中に放たれた事はなかったらしい。
「魔法省は無茶なことをしおる。初めての試みを儂らの生徒で試そうというわけじゃ。生徒たちが心配でならん。ユキ、すまんがロンドンからホグワーツ特急に乗り込み、生徒とともにホグワーツに来てくれんかの?」
静かな口調で私に頼むダンブルドアの手を私は見ていた。
ぐっと拳が握られた両手。
魔法省の決定に憤り、生徒を心から心配しているのだ。
私だって同じだ。生徒を危険にさらす可能性のあるディメンター。断る理由なんてない。
『もちろんです。お引き受けいたします」
「っお待ちいただきたい!」
ダンブルドアの目を見て任せて欲しいと頷いていると、後ろから鋭い声が飛んできた。セブの声だ。
「どうしたのじゃ?セブルス」
「我輩にはこの任務、雪野には役不足に思えますぞ」
なーーーんですって???
言ってくれるじゃない。
腕を組んでぐるりとセブの方に振り返る。
しかし、セブの視界に私は入っていないらしい。私の方には目もくれず、ダンブルドアに訴える。
「雪野がディメンターの存在を知ったのは今ですぞ!そんな者が何かあった時に生徒たちを守れるとお思いか?」
「いやしかし……ユキはこの中で一番の武闘派じゃからのぅ」
「我輩もこの女の馬鹿力は認めます。ですが、ディメンターは力でもって対抗できる相手ではない。雪野!」
ぶんっと首を回してセブが急に校長から私に視線を移して私の名前を呼んだのでびっくりする。
「答えろ。ディメンターから身を守る手段として有効なものは何だ?」
『殴る』
セブが盛大に馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
『だいたいの事は拳で解決できるのよ』
「野蛮な人間―――いや、君は人間の皮をかぶったイエティですな」
『なんですって!?』
「これこれ痴話喧嘩はやめんか」
「な、何が痴話喧嘩ですか!校長!これは真面目な話ですぞ。ふざけるのはやめて頂きたい。万が一があれば生ける屍に……ユキ?」
私は校長に詰め寄るセブの腕にそっと手をかけて彼を抑えた。
役不足って言ったのは、私を心配してくれてこの任務から外したいから言ってくれた言葉だったんだね。カチンときちゃってごめん。
セブの優しさが嬉しいよ。でも……
『校長先生、セブ、私に行かせてください」
「ユキ!」
私はセブと校長、二人をしっかり見てから口を開く。
『さっきの校長のお話だと、ディメンターはシリウス・ブラックの捜索のためにいるわけであって、奴が近くにいなければディメンターは生徒の方には近寄ってこない。だから、セブが心配するほどこの任務は危ないものじゃないと思うよ』
それに、ホグワーツで一番の武闘派の私が同じ列車に乗っていたほうが生徒たちの心も休まるでしょ?と私は笑う。
『お願い、セブ。私に行かせて。ううん。私が行くわ』
「く……どうしても意志を変える気はないようだな」
『ごめん』
肩をすくめていると、ふわっと薬草の香りが鼻に香った。セブが、私の頬にそっと手を添える。
……?
熱に浮かされたように揺れる瞳。これって……
「我輩は新入生を迎える支度があって一緒に行けない。だからユキ、無茶をするな。無事に帰って来い。いいな?」
ハッとしたセブが私から離れる。
『え、う、うんっ』
赤くならずにいられない。
私は顔を真っ赤に染めながら、首振り人形のように頭を上下させたのだった。
「若いっていいわねー」
「ほんとよねー」
『「!?」』
ハッとして周りを見渡すと、にまにま顔の教授たちに囲まれていた。セブがこんなことするからじゃない!恥ずかしい!
「ふぉふぉふぉ。しかし、この光景も明日からはどうなることやらじゃ」「アルバス、シっ!」……セブルス。ユキは姿現しが出来ん。駅まで送ってきてやってくれんかのう」
「はい(校長が何か言っていたが聞こえたか?)」
『よろしくお願いします、セブ。(ごめん。聞こえなかった)』
私とセブは小声で会話をしながら職員室を出ていった。
バシンッ
ホグワーツの敷地から出て、セブに腕を絡めたらあっという間にロンドンの駅に到着だ。
『私も今年こそは姿現しの講習会受けないと』
「こちらに来たばかりの頃は忙しく、学生時代は病気がちで講習会に参加できていなかったからな」
今年度の目標は“姿現しをできるようにする”に決定だ。
「では、我輩は戻る。生徒たちを頼むぞ」
『うん。連れてきてくれてありがとう」
バシンッと回転して消えたセブを見送って振り返る。
「ユキ先生!」
「お久しぶりです先生」
元気な声の生徒たちが、私の周りに駆け寄ってきてくれた。
「あ、ペネロピーがいる!」
生徒と談笑していた私が弾んだ声の方向に視線を向けるとパーシー・ウィーズリーの姿が見えた。
どうやら彼らは男女交際をしているらしい。
そういえばパーシーは融通のきかないところがあったが、近頃はだいぶ丸くなったなと思い、これが恋の力かなどと考えて感心してしまう。恋は人を変えるという言葉はどうやら本当のようだ。
そんな事を考えていると「ユキ先生!」と私の名前を呼ぶハリーやウィーズリー兄弟がこちらへと駆けてきた。
「会いたかった!」
『おわっと』
走った勢いのまま私の胸に飛び込んでくるハリーを少々よろけながら抱きとめる。
先日会った時も思ったが、身長も伸びたし、体格も以前より男らしくなったようだ。
「ハリーずるいぞ」
「俺たちの師匠を独占しちゃあいけないな」
ふっと体が軽くなる。フレッドとジョージがハリーの体を後ろへと引張ったのだ。
「ユキ先生お久しぶりです」
ハーマイオニーに声をかけられてハリーから視線を外す。隣にはジニー、ロンの姿もあった。
タタッと駆けてきたジニーが私の前へとやってくる。
「ユキ先生……」
どこか不安げな顔をするジニーに視線を合わせると「お加減は如何ですか?」と心配してくれた。
前学期、分霊箱のヴォルデモートを倒したあと、私は過去に飛ばされてしまい、ホグワーツ特急で家に帰るみんなを見送ることができなかったのだ。
私の体調のことは皆には伏せられていたのだが、いつも見送りに行っている私が姿を見せなかったことで、どうやらジニーは私に何かあったのでは、と考えてくれていたのだろう。
手紙を書いて安心させてあげれば良かったわね。
自分の配慮のなさを申し訳なく思いつつ、私はジニーに微笑みかける。
『そんな顔しなくていいのよ、ジニー。私は元気いっぱい。今日だって校長命令で引率としてこの列車に乗るように言われてきたんだから』
「もしかして、それってディメンター対策ってことですか?」
フレッドの言葉に頷くと途端にみんなの顔が曇ってしまった。
『わわわ。みんなそんな顔しないで。校長が、みんなが、特に一年生が怖がらないようにって思って私を遣わしたの。ディメンターがみんなを攻撃してくるなんてこと絶対にありえないんだから。ね?』
慌てていうと、みんなの顔の緊張が少しずつ取れていった。
ディメンターが探しているのはシリウス・ブラックただひとり。
生徒たちに危険が及ぶことはない、はず……
<ホグワーツ特急に乗り込む生徒さんたちは汽車に乗ってください>
『それじゃあ私は行くわね。前の方の車両に乗り込むように言われているの』
また後で。とみんなに声をかけ、ウィーズリー夫妻と握手をして私は前の方の車両へと足を向ける。
本当は後ろの方の車両にいるという闇の魔術に対する防衛術の先生を探して挨拶したかったのだが出発までは時間がなさそうだった。
車内を見回って怖がっている生徒がいないか見に行かなければならない。
しかし、その心配は無用だったようだ。車内の通路を歩いているが、みんな家族との別れを惜しんでいるか、久しぶりに会った友達同士でおしゃべりに花を咲かせていた。
ディメンターを怖がっている生徒はいない。だが、ちらちらと、シリウス・ブラックの名前は聞こえてきて、時々生徒からは不安だと訴えられ、私はその度に安心させるように声をかけることになった。
「あ!ユキ先生っ」
スリザリン生がたくさん乗っている車両のドアをあけると、車両の反対側の
あたりからドラコが私の名前を呼んだ。
窓の方に体を向けているという事は、家族とお別れをしていたというわけで……
『やっぱり!ナルシッサ先輩っ』
「ユキ!!」
窓ガラスの向こうにはナルシッサ先輩とルシウス先輩の姿があった。
「あぁユキ!戻ってきていたのね。ずっとあなたのことを心配していたのよ。あれはいったいどういうことだったの?私の中にあなたに関する記憶が生まれてきて……」
「これこれナルシッサ。そんなに色々と質問してはユキが困ってしまうだろう?しかしユキ、元気そうでなによりだ」
ふたりが私を見る優しい目に胸がじーんと熱くなる。
懐かしい。学生時代にとてもとてもお世話になったルシウス先輩とナルシッサ先輩。
私は簡単に、私が過去に行った経緯とこちらに戻ってこられた理由を二人に話して聞かせた。
「まあ……では、闇の帝王のお力で……」
口に手を当てて瞳を揺らすナルシッサ先輩の体を支えるようにルシウス先輩がナルシッサ先輩の肩に手を回す。
「ユキ……」
『ルシウス先輩、あなたが何をおっしゃりたいかは予想がつきます。ですが……』
私はルシウス先輩に視線でドラコを指し示した。
あまりドラコには聞かせたくはない話だ。
「学生時代の昔話もしたい。近いうちに、ディナーに招待しよう。どうかな?」
『喜んで』
私が頷いたと同時にポーッと汽笛の音がホームに響いた。
『お別れは家族水入らずで。私はこれで失礼しますね』
「あぁ」
「家に来てくれるのを楽しみにしているわ、ユキ」
一礼して、私は窓から離れて見回りを再開した。
ルシウス先輩が聞きたいことといえば闇の帝王に関すること。
私がヴォルデモートの敵であるか、はっきりと私の口から聞きたいのだと思う。
それから私がヴォルデモート邸に入った時に持っていった杖、レギュラス・ブラックはどうなっているのか、ということだろうと思う。
私はルシウス先輩と敵対することになるのか……
いつか、杖を向け合う日がくるだろうか。
優しかったルシウス先輩。でも……
もしもの時は、容赦しません――――――
気づかぬうちに暗部独特の笑みを浮かべながら、私は見回りを続けたのだった。
汽車が発車し、私はハッフルパフ寮が多く集まる車両にお邪魔させてもらっていた。
「ユキ先生は学生時代にビーターだったのですよね。母がとても強いビーターだと言っていました。もし宜しければ、僕たちハッフルパフの練習にご指導に来ていただけませんか?」
『私で役に立てれば喜んで、セドリック』
今の生徒の世代は、私が学生時代の友人の子供が多かった。
みんなそれぞれ両親から私の話を聞いてきたらしく、会話が盛り上がる。
ハッフルパフの生徒とコンパーメントでおしゃべりを楽しんでいると急に列車が速度を落とし始めた。
おかしいわね。まだ到着には早いはずなのに。
時計を見て確認するが、ホグワーツ到着時刻までにまだ30分ほどある。どうしたというのだろう?
同じコンパーメントのハッフルパフ生も不審に思ったらしく、セドリックが扉を開けて廊下を見ていた。
しかし、私が見るのは彼と反対側だ。
既に日の落ちた真っ暗な窓の外を見る。雨で視界が悪い。だが、私の目にははっきりと見えた。ディメンターの様子がおかしい!
ガタンッ
ついに汽車がガタンッと音を立てて止まり、私は生徒の頭に落下しそうになった荷物を受け止める。
遠くから聞こえてくる荷物が床に落ちる音、生徒たちの悲鳴。
『……っ』
急に、なんの前触れもなく灯りが消えた。
嫌な予感がする。
『窓開けるわよ。濡れたくなかったら離れていてちょうだいね』
ぐっと窓を上に押し上げて窓から顔を出す。
っディメンターめ!話が違うじゃないッ。
左を見る。ディメンターが後ろの車両に乗り込んでいくのが見えた。
右も同じだ。奴らはドアをこじ開けてゴーストのような動きですーっと車両の中に入っていった。
「ユキ先生……」
チョウ・チャンが不安そうな声で私の服を掴む。
『みんなはここにいて。ディメンターが乗り込んできたみたいだけど、騒がないで冷静にしていればあなたたちは安全だから。それに、私もみんなを守るしね。影分身の術!』
ポンっと音がなって私の影分身が現れた。
出せるだけの人数を出したからこの列車の車両一つ一つに私の影分身を配置することが可能なはずだ。
命令を出して影分身をそれぞれ車両に向かわせる。
ディメンター……もし、私の生徒たちに手を出したら容赦はせんぞ。
ユキは心の中でつぶやき、車掌のもとへと走っていった。
「みんな落ち着いて!席に戻って座りなさい」
各車両では先に到着したユキの影分身たちが生徒たちをなだめていた。
急に明かりが消えてパニック寸前だった車内。しかし、ユキが到着したことにより、前方車両のコンパーメントは比較的落ち着いていた。
ユキが忍術で火の玉をだしているので車内は明るい。だが、生徒たちの顔は一様にして真っ青になってしまっていた。
「寒い……」
「それになんだか、胸が苦しい……悲しくて……なんでなの……?」
不安で声を揺らす生徒たちの声を聞きながらユキは車掌のもとへと急いでいく。その時だった。
「イヤアアアアアアァァァァァ!!!!」
突然尋常ではない悲鳴が聞こえてきた。
隣の車両からだ。
私は走って次の車両へと入り、悲鳴が聞こえた扉が開けっ放しになっていたコンパーメントに入った。
『っ!?』
そこにいたのは黒いボロボロのマントを着た、天井まで届きそうなほどの大きさのある黒い影だった。
その影が向いているのはひとりの少女。
レイブンクロー寮の少女だった。
ガラガラと不気味な音を出す黒い影。その音と同時に、少女の真っ青だった顔が更に青くなっていく。
許せん 消してくれる
私は自分の肩から手までに炎を纏い、後ろからディメンターを羽交い締めにし、そして、体を反らせてディメンターを後頭部から床に叩きつけた。
くるっと振り返る。
『チッ。やっかいね』
頭から床に打ち付けたはずなのに、ディメンターにダメージは与えられていなかったようだ。ならば……
私は考える。ディメンターは幸福を奪い、絶望と憂鬱を与えるもの。
絶望と憂鬱
これなら勝てるかも知れない。
チャクラを込めてディメンターを廊下へと蹴り飛ばし、コンパーメントの扉を後ろ手にしめる。
サッと左右を見渡す。人の姿はいない。生徒たちは私の影分身の指示に従って大人しくしてくれているようだった。
ここなら、この術を出せる。
『火遁』
手を組み、指を複雑に組み合わせる。これは私の十八番であり木ノ葉で禁術に指定されている術。
ディメンターの体の上と下に出来た赤く丸い円。
殺気で練られたチャクラで作られた赤い円。
『煉獄』
パンッと眩しい光が車両全体に広がった。
残った自分の殺気がビリビリと肌を刺激する。
廊下に残ったのは、元ディメンターだった灰だけ。
私は杖を振って、その灰の山を消し去った。
『ルーナ!ルーナ・ラブグット』
コンパーメントに戻るとルーナは気絶してしまっていた。
ルーナの体に手を当てて怪我をしていないか確認する……大丈夫なようだ。周りの生徒が支えてくれたおかげでどこも打っていないようだった。
「う、ううん・・・」
『ルーナ気がついた?』
「ユキセンセィ?」
『そうだよ。気分はどうかしら?』
「お母さんの声が聞こえたんだもン。そしたら、その途端、頭がスーって。お母さんどこにいったのって考えて、よく考えたらお母さん……」
ルーナは少し錯乱しているようだった。もう少しでホグワーツ到着だが少し寝ていたほうがいいだろう。
眠気を誘う安眠のツボを押して、私はルーナを眠らせることにした。
『寝かせておいてあげて。ホグワーツ城についたら私がルーナを運ぶから。他に気分が悪くなった人は?』
顔は青かったがみんな首を横に振った。
他の状態も見たい。私は取り敢えずルーナたちがいたコンパーメントを出ていくことにした。
「本体!」
出ると隣の車両の守りを任せた影分身が私の方へとやってきた。
『そっちはどう?』
「気絶した生徒が1人よ」
『ディメンター……話が違うわ』
窓から暗い空に漂うディメンターを見る。
『先頭車両に2体の影分身をおいてあるから、どちらか1体に列車内の見回りに行くように伝えてちょうだい』
「わかった。で、あなたは?」
首をかしげる影分身に私は不敵な笑みを見せる。
『あなただって分かっているはずよ。狩りに行く事にするわ』
私の影分身も同じく、ニヤリと笑みを返したのであった。
****
ガタンッ
いつのまにかうたたねしていた僕は汽車の急な揺れで目を覚ました。フッと消えた車両の明かり。
「ごめん!何がどうなっているか分かる?」
「イタイッ。あ、ごめん」
「もしかして、ネビルかい?」
「ロン!ここにいるの?真っ暗で見えないわ」
「入ってここに座れよジニー」
「待って!ここには僕が居る」
「アイタッ」
「静かに」
寝ていたせいで声が上手く出せなかったが、それでも生徒たちは黙り、コンパートメントの中はシンとなった。
ローブのポケットを探って、魔法具のライターを取り出して火をつける。
明かりの量は十分とは言えなかったが、それでもコンパートメント内の生徒の人数くらいは分かる光の量だった。
「……」
冷気だ。
ぞわっとした寒気がやってきて、僕は左右に視線を走らせる。
まさか、この感じはディメンターか!?
直ぐに確認しなければならない。
「動かないで」
そう生徒たちに指示を出して立ち上がった瞬間だった。
音もなく、ゆっくりと開いたドア。
開け放たれたコンパーメントの入口には既にディメンターの姿があった。
いつ見てもおぞましい。頭をすっぽりと頭巾で覆ってはいるが、マントから飛び出た灰白色の手が冷たく光っている。まるで、水中で腐敗した死体のような色……
まずいな……
ディメンターはひとりの少年に狙いを定めているように見えた。
それはあたっていたらしく、バタリと力なく少年は床に倒れてしまった。
くそっ。ディメンターめ!
ディメンターは彼に特別な何かを感じているらしく、生気を吸いたそうにゆっくりと近づこうとしている。
このままではまずい。僕は少年をまたいでディメンターに杖を向けた。
「ここにシリウス・ブラックを匿っている者は誰もいない。去れ、ディメンター」
しかし、ディメンターは動かなかった。まだ少年に執着しているらしく少年を見下ろしている。
「エクスペクト・パトローナム」
あまり人に守護霊を見せたくなかったが致し方なかった。
僕の杖から銀色に光る狼が飛び出し、ディメンターを威嚇する。これはディメンターに唯一効く呪文だ。
ディメンターは怯むように後ろへと下がり、背を向けてコンパーメントから出て行った――――――――
ホッと息を吐き、床に倒れた少年を椅子の上に横たわらせる。
するとその時、ちょうど列車の明かりが再び灯った。
「え……っ」
明かりがつき、はっきりと見られた少年の顔。その顔に僕は衝撃を受ける。
ジェームズ!!
彼の顔はジェームズと瓜二つだった。
という事はハリー・ポッター。彼はハリー・ポッターだ!
「う、うう……」
親友と瓜二つの顔に嬉しさと驚きで固まっていると、ハリーが小さく呻いて目を覚ました。
「大丈夫かい?」
たぶんハリーの友人であろう赤毛の少年が、まだ恐ろしさを引きずりながら怖々聞いた。
「うん。どうにかね。でも、何が起こったの?あいつはどこへ?それに凄い叫び声だった」
「誰も叫んではいないと思うけど……」
困惑したように答える赤毛の少年から視線を外してポケットの中を探る。
きっとディメンターの影響で彼は過去の何かしらの記憶を、きっとジェームズとリリーが闇の帝王の呪文を受けて亡くなってしまった時の記憶を思い出したのだと思う。
ディメンターは自分の最悪で絶望的な記憶を呼び覚ますと聞いたことがあった。
「さあ」
コンパートメント内が静か過ぎたせいか僕が板チョコを割った音が思った以上に彼らの耳に大きく聞こえたらしい。みんなが飛び上がって僕の方を見た。
「食べるといい。気分がよくなるから」
みんなの反応に苦笑しつつ、チョコレートを配る。あぁ僕の分がなくなってしまった。仕方ないけど……
「あれはなんだったのですか?」
ハリーが不思議そうな顔でチョコレートを受け取ったあとに聞いた。
「ディメンター、吸魂鬼だ。アズカバンのディメンターの1人だね。さあ、みんなチョコを食べて。元気になるから僕は車掌と話してこないと――――
そう僕が言い終わったのと同時に、ドタドタと足音がしてコンパートメントに赤毛の双子の少年が飛び込んできた。
ハリーのようにディメンターの冷気に当てられた者がいたのかも。と思ったが様子がおかしい。双子の顔は不思議なことにキラキラと輝いている。
「おい、みんな!窓を開けて外を見てみろよ!!」
「濡れても見る価値ありだぜ」
双子の呼びかけに一瞬ぽかんとしたこのコンパートメントの生徒たちだが、我に返ったものから順に次々に文句を言い出す。
「い、いやよ!外にはディメンターがいるんでしょう?絶対に窓なんか開けたくないわ」
椅子の端に座ってぶるぶると震えている赤毛の少女が言った。
「フレッドもジョージもこんな時に変なことを言うのはやめてくれよ!見ろよ。ジニーは怯えちゃってるし、ハリーは気絶しちゃったんだっ」
とハリーの友人であろう赤毛の少年が憤りながら言う。
しかし、赤毛の少年の兄というフレッドとジョージの顔はにんまり顔だ。
「いいのか?こんなショーを見逃すなんて。俺たちならしないけど」
「そうだぜ。ディメンターが逃げ惑う姿なんて滅多に見られるもんじゃない」
「「「「「「!!!!????」」」」」」
その言葉に僕は振り返ってバッと窓を開けた。
瞬間に目を丸くする。目の前の光景が信じられなかった。
雨の降る闇の中、大きな赤い鳥が宙を舞い、火を吹き出す。
その背中には誰かがいるようで、鳥と同じく火を吹いてディメンターたちを蹴散らしていた。
鳥とその上に乗る人の周辺には赤い輪が時々出現し、ディメンターを上下左右から挟んで消失させている。
左右の車両からも窓からは生徒たちが身を乗り出し、歓声を上げている。
ありえない。ディメンターを消滅させる方法はない。できるとすればそれは生気を吸う者がいなくなったときだけだ。だから、ディメンターへの対策とすれば守護霊を出して追い払うことのみ。
それなのに、ディメンターを消滅出来る者がいたなんて――――――
いったい誰なんだ!?
窓から見を乗り出し、闇に目を凝らしていると信じられない名前が耳に飛び込んできた。
ハリーによって叫ばれた、その人の名前……
「ユキ先生!!頑張れー!!!」
ユキ、先生?
「ユキ、ユキ先生っていうのは……もしや、もしや―――――」
「っ先生後ろッ」
後ろを向き、生徒たちに問いかけていると、栗毛色の少女がハッと片手で口を抑え、もう一方の手で僕の後ろを指さしながら叫んだ。
振り向いた瞬間、僕の体は後ろへと倒れていく
大好きなあの子の、強烈な抱擁によって
『リーマス!!』
「ユキ!!」
倒れていく僕の腕を引っ張り、僕の体勢を立て直させながらユキは僕の首に腕を回してギューッと強く抱きついた。
信じられない……
この人は、本当に……
「ユキ……ユキ、なのかい?」
肩を掴み、体からユキを離して顔を見る。
『久しぶりだね、リーマス』
僕を見上げるキラキラした瞳。
黒い髪、黒曜の瞳、白い肌。それに僕の大好きなあの笑顔。彼女は正真正銘、僕が大好きだったユキだった。
奇跡が起きた。
「ユキ……ユキ……」
僕は双子の少年たちの冷やかし声を背で聞きながら、もう離したくないという気持ちでユキの体を抱きしめていた。