第1章 優しき蝙蝠
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
9.実験
「マ、マダム・ポンフリー、い、いらっしゃいますか?」
『クィレル教授、私は大丈夫ですから。離してくださいー!』
医務室の扉が勢い良く開き、クィレルはユキの首根っこを掴んで引きずるように中へ入れて椅子に座らせた。
「また、ユキ先生ですか!今度は何をしたんです?」
マダムが振り向き、クィレルは「また」という言葉を聞いて厳しい目でユキを見る。
ユキは二人の間で居心地悪そうに小さくなった。
「あ、暴れ柳に、お、襲われて、い、いたのです」
『いえ、暴れ柳の生態観察をしていただけですよ。ほら、擦り傷ひとつないでしょう』
ニコリと笑って手を広げるとマダムに両頬をぐにっと引っ張られる。
「ユキ先生、危ないことはしないって約束を忘れたのですか!?」
『おぼえてらふ』
「はぁぁ。禁じられた森でひと晩過ごしたり、箒に立って乗ってみたり、大イカに喧嘩売って湖に引きずり込まれたり、天文台から」
『マダムすみません。もうしません』
横にいるクィレル教授が何故か怒っているのを感じ慌てて遮る。
「まったく。生徒よりタチが悪いですよ」
『でも、一度も怪我してないですし……』
「確かに。でも、こういった噂を聞くたびに肝を冷やす私の身になって下さい。ミネルバも私も、よくあなたの事を心配しているのですよ」
「わ、私も前に、い、言いましたよね?心配させないでくれ、と」
真剣な二人の顔を見て申し訳ない気持ちになる。
こんなに親身になってくれるなんて。
任務で怪我をして帰ってきても心配されたことはなく、いつ治るか、としか聞かれたことはなかった。
「ふふ。少しは反省したかしら。さて、ユキ先生。せっかく来たのだからネビルの治療を手伝ってもらえる?」
『はい。あの、クィレル教授ご心配おかけしました』
頭を下げるとクィレル教授はフッと笑い、私の頭を軽くポンポンと叩いて医務室から出て行った。
優しいクィレル教授の顔に複雑な気持ちになる。
「うぅ。痛いよ」
『Mr.ロングボトムはどうしたのですか?』
「箒から落ちて手首を折ったのです。二度目の薬まであと1時間。ユキ先生、痛みを和らげることはできるかしら?」
『はい』
涙目のネビルの手首の上にそっと左手を置き、呪文を唱えながら右手で印を結ぶ。
「わぁ。すごいや。痛くなくなってきた」
『良かった。でも、動かさないでね』
子供らしい笑顔が可愛い。
ユキとネビルは次の薬の時間までとりとめのない話をし、楽しい時間を過ごした。
***
「今日はあまり食べないのだな」
『手紙がくる予定なので』
手紙を持ってくるフクロウがいつも入ってくる入口付近をじっと見つめながら今日はのんびりと緑茶を飲んでいた。
手紙の時間になりフクロウたちが一斉に大広間へと入ってくる。
みんなの気を引いたのは六羽の大コノハミミズクが加えた細長い包み。
ふくろうはハリーの真ん前に降りて包を落とし飛び去って行った。
『あれは箒?』
「なんで1年生が箒を……」
私の疑問にスネイプ教授が面白くなさそうに呟く。
すると背後から楽しそうな声が聞こえてきた。
「フフ。まだ、セブルスは知りませんでしたね。ハリー・ポッターは我がグリフィンドールのシーカーに選ばれたのですよ」
「なっ……!?」
キラリとマクゴナガル教授のメガネが光る。
「今年の優勝はグリフィンドールが頂きます」
「あのシーカーが使い物になればの話ですがな」
最近分かったことだがグリフィンドールとスリザリンはかなりライバル意識が強いらしい。
二人の寮監の間に火花が散っているのを面白そうに見る。
生徒のテーブルもハリーを中心に盛り上がっている様子だ。
クィディッチってなんだろう。
後で調べてみようと思いながら届いた手紙を確認する。
ご注文のホワイト・ドラゴンの心臓が手に入りました。
ご来店お待ちしております。
やった!
なかなか手に入らなかった薬材が手に入り上機嫌でデザートを食べ始める。
あっと言う間にボールいっぱいのフルーツポンチが消え糖蜜パイに手を伸ばす。
マクゴナガルが去り、振り向いたスネイプは空になった複数の皿を目にして食事の盛ってある自分の皿をユキから遠ざけた。
『スネイプ教授、今日の夜お時間ありますか?』
まだお腹が減っている。
お皿の行方を見ながらがら質問する。
「何か用かね」
『最近魔法薬学の自習をしていたんですが……』
「我輩は教室の使用を許可した憶えはないぞ」
『いえ。自分の部屋に大釜を持ち込んで、ってなんで睨むんですか。盗んでませんよ。自分で買って部屋に小さな実験室を作ったんです』
眉間に皺を寄せるスネイプ教授を見て逃げようとしたが、テーブルの下でしっかりと袖を掴まれていた。
「調合がどれほど危険か分かっているだろう。まだ魔法界に来て日が浅いのに一人で調合をしていただと?調合に失敗して死んだ者もいるのだぞ」
『そんなに怒らないでくださいよ。自分の国でよく調合していたので、危険性については分かっているつもりです。たしかに魔法薬学はこちらに来てからですが……無茶しないように気をつけていましたから』
そもそも怒られると思っていなかったので面食らう。
スネイプ教授が良くわからない。
監視すると言ったり、今のように自分を心配する素振りを見せたりする。
「それで、用とはなんだ」
『実は相談がありまして』
同じ効能を持つ魔法薬学と忍薬学の薬を比べて改良すれば、より良い薬が作れないか考えていると話す。
魔法界と忍の世界の薬材を組み合わせれば新しい薬もできるだろう。
スーツケース一個分、貴重な薬材を詰めて持ってきたことも話した。
『手始めにポリジュース薬を改良してみようと思っているのです。材料と手順も考えてあります。
ただ、やっぱり危険ですし実験前に出来ればスネイプ教授に見て頂きたくて。良かったら相談に乗って頂けませんか?』
「わかった」
『え。本当ですか!?』
断られると思っていたため嬉しさのあまり思わず立ち上がる。
いつも冷静なユキの珍しい行動に生徒たちの目が集まった。
「やっぱ止めた。とか、なしですよ!それじゃあ、8時に私の部屋に来てください。2階の自室です。準備して待っていますね!」
子供のような笑顔。
闇のように暗い瞳も今は輝いている。
スネイプはユキに見惚れている自分に気づき意識的に不機嫌そうな顔を作り視線を逸らす。
「約束破ったらスネイプ教授の食事、毎食頂きます」と高らかに叫びながら大広間を出て行くユキ。
スネイプは残りの朝食を好奇となぜか妬みの目に晒されならが食べる羽目になった。
***
8時少し前、スネイプは約束通りユキの自室へ向かっている。
忍術学教室の扉を過ぎると外にむき出しになった木の階段がある。
まさか自分がこの階段を登るとは思ってなかったとスネイプは思う。
この階段の前を通るとウィーズリーの双子をはじめ、ユキと話してみたい男子生徒が始終ウロウロしていた。
スネイプに一泡吹かせたいと願う生徒が始業式で自分に変身したユキに協力を仰ごうとしているのを見たことがある。勿論、その生徒たちは減点した。
しかし、そんな理由で会いに来るのはごく一部。
ほとんどの男子生徒はユキに憧れて少しでも近づきたいと思うものばかり。
その中には自寮のスリザリン生も含まれているから呆れてしまう。
スネイプは生徒たちがユキについて話しているのを思い出す。
・いつも穏やかな笑顔で微笑んでいる。
胡散臭い笑顔の間違いだろう。
・艶やかな着物を着てしずしずと歩くおしとやかな先生。
計らずもクィレルに飛び蹴りした奴が?阿呆らしい。
あいつらは雪野の大食いの様子を見たことがないのか?
・スネイプと対立しているらしい。
……これは間違っていないかもしれない。
スネイプが階段を登りきる直前にドアが開き、ひょっこりと部屋の主が頭を出した。
いつもそうだ。
夏休みに個人授業をしていた時もユキは自分が来るのを分かっていたようにこちらを見ているか、先にドアを開けて出迎えるのだ。
スネイプは得体のしれない忍の技に興味もあり、時には怖さも感じていた。
『私の部屋まで来て頂きありがとうございます』
中に入ると意外にもカントリー風の家具が目に入る。
スネイプにも着物姿のユキにも似合わない部屋。
促されて椅子に座ると、これまた部屋に似合わない緑色の液体がスネイプの前に置かれる。
「君が朝に飲んでいたものかね」
『緑茶です。紅茶を入れるのは自信がないので。口に合わなかったら取り替えるので言って下さいね』
苦い。しかし、こういう飲み物なのかもしれない。スネイプはそっと湯呑みをテーブルに戻した。
ユキはスネイプの様子に気づかず微笑みながらテーブルの上に何枚かの羊皮紙と本を置いた。
『ここに書いてあるのは変身丸という忍薬の作り方です。ポリジュース薬と同じ効能があります。違いですが変身丸は飲むと3日戻らないことです。それから副作用で変身した後、元に戻った後は30分も体が痺れて動けなくなります』
「忍術で他人に変身できるのに薬もあるのだな」
『変化は魔力を使います。薬を飲めば魔力の消費を抑えられるので便利なんです』
スネイプはユキに手渡された羊皮紙を読む。
副作用がなく、効果の長いポリジュース薬を作るつもりらしい。
材料の効能、副作用、組み合わせの善し悪しを事細かに記した紙。
既に実験を始めているようでその実験記録も記されている。
スネイプは久しぶりに胸が躍るのを感じた。
「“毒ツルヘビの皮の千切り”の代わりに使う“ヤマタノオロチの皮”とはどのようなものかね?」
『それは、このページです。薬材は実験室の中に。よろしければ見ていただけますか?』
本のページを開いてスネイプに渡したユキは奥の扉へ向かう。
最近作った実験室は「杖でひと振り日曜大工」という本で作った部屋だ。
扉にかけた封印を解きスネイプ教授と共に中に入る。
こじんまりとした部屋の奥に机と大鍋。
右の壁には瓶に入った材料がズラリと並び、左側の壁には本や巻物が棚いっぱいに並べられている。
スネイプは見たことのない薬材に自然と引き寄せられていく。
「これは?」
『龍の髭です。ドラゴンと似ているのですが……本を持ってきますね』
ユキは書棚から本を取りページを開いてスネイプに渡す。
「少し見てもいいか?」
『もちろんです。良かったらそこの椅子に座ってください』
薬材を見ながら本で確認していくスネイプはすっかり研究者の顔だ。
ユキは魔法界に来たばかりのことを思い出す。
初めて見る薬材を買い集め、寝るのも忘れて本をめくり、実験していた。
食事をとるのも煩わしかったくらいだ。
楽しくて、楽しくて、時間が経つのが早かった。
きっと今のスネイプ教授もそうだ。
邪魔はしたくない。
『本も好きに読んでくださいね』
ユキは声をかけて今日入手した材料で作る薬のページを開いた。
***
その日の夜は最高に楽しかった。
初めはスネイプ教授の質問に答えるだけだったが、そのうちにお互いに意見を交わし、新しい魔法薬の可能性を考える。
実際に簡単な忍薬を煎じてみたりもした。
スネイプ教授の薬学のセンスに舌を巻く。
それに全ての動きが滑らかで美しいとも思ってしまう。
当たり前だと思っていた忍薬の副作用も、改善できそうなアイデアを出してくれた。
そう言われるとやってみたくなるもので、二人で実験計画を作り出す。
***
ふと、ユキはページをめくっていた手を止め顔をあげた。
『あれ?外が騒がしいですね』
言われてスネイプも耳を澄ませる。
外からザワザワと人の声が聞こえてきた。
『こんな夜中に……って今、何時です!?』
ユキは急いで実験室を出てリビングの時計を見る。
7:00
「もうこんな時間だったとは」
『夜食、食べ損ねたぁ』
「問題はそこなのかね」
『他に何が?』
暖炉の上にあった鏡がちょうど二人の目に入る。
鏡には、同じようにうっすら隈のついた2つの顔が映り二人して苦笑い。
『ひどい顔』
「お互いにな」
『スネイプ教授にまで徹夜させてしまいましたね。すみません』
「いや。楽しくて時間を忘れていた。これほど何かに夢中になったのは学生の時以来かもしれん」
『……私も楽しかったです』
スネイプはどこでどうなったのか、甘くなりつつある雰囲気を打ち壊すように咳払いをして扉へ向かった。
ざわつく廊下の音を聞き、こめかみを揉む。
部屋は人通りの多い廊下にあるためドアを開けた瞬間に多くの生徒に朝帰りを目撃されるだろう。
『スネイプ教授』
振り向くと穏やかなユキの笑顔。
自然な笑顔
『良かったら、またゆっくりお話させて下さい』
「そうだな。楽しみにしている」
スネイプも無意識にユキと同じ笑みを浮かべていた。
授業に遅れるわけにはいけない。
スネイプは騒ぎになるとは微塵も思っていない部屋の主を見てから部屋を出る。
もっと彼女の色々な表情を見てみてみたい。
そんなことを思いながら。
階段を降りながら廊下に目をやると歩いていた生徒が固まっている。
瞬間、女子生徒からキャアキャア騒ぐ声があがる。
男子生徒が口をあんぐり開けて絶望的な顔をしているのを見るのは非常に愉快だ。
明るい朝の日差しの中を足取り軽く地下牢教室へ向かうスネイプ。
この朝の大事件は1日でホグワーツ中の生徒が知ることになった。
「あの噂は本当なのですか!?その、セブルスが朝、あなたの部屋から出てきたという……」
『?はい、マクゴナガル教授。帰られたのは7時頃だったかと』
「まぁ……本当だったなんて」
『?昨夜はとても楽しい時間を過ごせました。スネイプ教授は器用な方ですね。滑らかな手つきで』
「お、お止めなさい!」
『?』
凍りつくクィレルの顔を見てダンブルドアが嬉々としてメモをとっていたのは、また別の話。