第3章 小さな動物たち
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29.黒狐の襲撃
『お先に』
何か聞きたそうなレギュから逃れるように水の中に飛び込む。
この1本道の細長い洞窟を泳ぎきれば陸に上がることができる。
運良く潮の流れが体を押してくれて息が苦しくなって来る前に洞窟から抜け出ることが出来た。
『――ッ!?』
水面に出た途端、高所から落下するような感覚にぐっと奥歯を噛みながら体の中のチャクラを練っていく。
自分の中のチャクラをこの地に止めようと意識していなければ今にも体がここから未来へと、元いた世界へと飛んでいってしまいそうだった。
体内のチャクラが消えた時、私はこの過去の世界から消えてしまう。
消えてしまう前に、何が何でもやり遂げなくてはいけない。
「ぷはっ」
これからの作戦を練っていると黒い水面からレギュが顔を出した。
『お疲れ』
「ありがとうございます」
手を貸し、レギュが水中から岩の上に上がるのを手伝う。
迷ったけどレギュについてきて正解だったわね。
ヴォルデモートの罠は巧妙だった。きっと私がついていかなかったらここに戻ってこられたのはクリーチャーだけだったと思う。
レギュ自身もそう思っていたようだった。
本当にレギュは危なっかしくて―――――そして、勇敢な後輩だわ。
『姿現し出来ないから連れて行って』
手を差し出し、崖の上の方に視線を向けていると腕が強く引っ張られた。
ストンとレギュの腕に抱きしめられる。
『レギュ?姿現しって手を添えるだけでいいんじゃ……』
「口を閉じてください。舌噛みますよ」
ギュッと私を抱きしめてくるレギュの背中に私も手を回し、抱きしめ返す。
ホント良かったよ。レギュが無事で。
バチンッ
破裂音と同時に私たちは崖の上に移動していた。
「ユキ先輩……」
私を抱きしめたまま離さないレギュの背中をそっと叩く。
『もう罠は抜けたんだから怖いことなんかない。気を緩めて、少し座って休むといい』
そう言って彼から身を離して反転し、崖の端まで歩く。
一瞬、レギュが落胆したような、呆れたような表情を見せたが私はまた人の感情を読み違えてしまったのだろうか。
―――と、今はそんな事を考えている場合じゃない。これからどう動くべきか。
『……』
裏切り者には死あるのみ
星空を仰ぎながら考えていると急に暗部にいた時の掟が頭の中に浮かんできた。
レギュが死喰い人から抜けたと分かればヴォルデモートたちはどこまででもレギュを追い、彼の命を奪うまで追跡をやめることはないだろう。
だからこそ、彼の死を偽装する必要がある。
私には時間がない
直ぐに実行に移そう。でも、レギュに言ったら反対するだろうから気取られないようにしないといけない。
『すまない。待たせたね』
顔に微笑みを作り、レギュの方に振り向く。
暗くてよく見えないのか目を大きく見開き、私の顔を見上げているレギュの顔が可愛くてつい笑ってしまう。
『どうしたの?レギュ。口を開けて、間抜けな顔』
レギュが少しむっとした表情をしながら口を開く。
「あなたは、何者ですか……?」
『私は忍なの』
今更隠す必要もない。
元の職業を告げると彼は聞いたことのない単語に眉を寄せた。
「シノビ……?」
『私は火の国、木ノ葉隠れの里の忍。今は、違うけどね』
困惑している彼に微笑みを作りながら手を差し出す。
レギュとクリーチャーに警戒心を抱かれていないのを確認しながら心の中で詫びる。
「ありがとうございます」
レギュの手を引き、体を自分の方に引き寄せながら彼のみぞおちに拳を入れる。
腹を殴られたレギュの口から空気とともに呻き声が漏れる。
「な、んで……」
『悪いね、レギュ』
信じられないと言ったように声を絞り出したレギュラス。
崩れていく彼の体を反転させて左手で支え、右手では苦無をレギュラスの首筋に押し当てる。
「ステューピ『動くなッ』
意識のないレギュラスを片手で支えながら、手を頭上に上げ指を鳴らそうとしていたクリーチャーに向かって叫ぶ。
レギュラスにこんなことをすればクリーチャーがこういうふうに動く事は予想できていた。
だけど……予想以上に視線が痛い。
クリーチャーはレギュラス命だからなぁ……。
殺気のこもった視線を受け止めながら私は出来るだけ落ち着いた声を出すように努めながらクリーチャーに話しかける。
『クリーチャー、よく聞いて。これはレギュラスのためにやったことなのよ』
クリーチャーがパチパチと瞬きしたのを見てホッとする。
怒りで我を忘れてはいない。ちゃんと話を聞く耳は持ってくれているようだ。
『私はレギュラスを助けたいの。闇の奴らから逃がしたい。あなたも同じ気持ちでしょ、クリーチャー』
そう言うと、クリーチャーはまだ手を頭上に上げたままではあるものの、コクンと頷いてくれた。
これを見て、私は一気にこれからの計画をクリーチャーに話す。
闇陣営の手からレギュラスを逃がすためにはレギュラスの死を偽装するのが一番だということ。
彼らにレギュラスの死を信じさせるために私がレギュラスの杖を持ってヴォルデモートの屋敷へと乗り込もうと思っていること。
レギュラスの事はブルガリアで癒者の勉強をさせてもらったヘルガ・ハッフルパフの末裔であるMs.ヴェロニカ・ハッフルパフにお願いしようと思っていること……
『この計画を実行するにはクリーチャーの力が必要なの。私は姿現しが出来ないから……』
私を見つめるクリーチャーの目を見つめ返しながらじっと彼の言葉を待っていると、クリーチャーはゆっくりと上げていた手を下ろした。
そして暫くして、クリーチャーが覚悟をしたように頷く。
「クリーチャーめはユキ先輩さまを信じる事にしましたです」
『ありがとう!』
今までの緊張が切れて目に涙を浮かべるクリーチャー。
私はクリーチャーの協力が得られることに安堵しながらレギュラスを地面に横たえたのだった。
『その分霊箱なんだけどさ……』
私は紙に筆を走らせながらクリーチャーに話しかける。
もし、あの時レギュが死人たちに湖に引きずられて帰らぬ人となっていたらどういう手筈になっていたのか。
「もし、そうなっていたら……クリーチャーめは分霊箱を一人で破壊して、自分で自分の記憶を消すように言われておりました」
クリーチャーは悲しそうに瞳を潤ませながらもこう答えてくれた。
分霊箱を破壊し、記憶を消す
よく分かっているじゃない―――――
レギュがクリーチャーの身の安全をしっかりと考えていた事に私は昔の仲間、プロの忍の考え方を感じ、レギュラスを頼もしく感じて小さく口角を上げた。
『ところでさ、ヴォル野郎って「ピギャ!?」今どこにいるか知っている……ってピギャって何??』
大事な確認を忘れていた事に気がつきクリーチャーに尋ねたら彼の口から奇妙な声が上がった。どうしたというのだろう?
筆を止めて横を見るとガタガタとクリーチャーが震えてしまっている。
『どうしたの……?大丈夫??』
「どうしたもこうしたも……」
小首を傾げていると「闇の帝王をそんな風に呼ぶなんて」と震える声でクリーチャーは言った。
『ごめん。品のない言葉だったね』
「……(そういうことじゃないのですが……)」
言われて納得。
魔法族の名家で働いているクリーチャーには不愉快な言葉遣いだったのだろう。
自分の粗野具合を反省しながら私は今度は適切な言葉遣いでもう一度先ほどの質問をする。
「今日は定例会の日なので闇の帝王は自身の邸宅にいるはずなのです……」
『……クリーチャー?』
不安そうに瞳を揺らすクリーチャーの顔を覗き込むと彼は私に気づき、ふるふると顔を振った。
『心配事があるなら言ってちょうだい。ね?』
彼の心を察することの出来ない自分に焦れったい思いをしながら尋ねると、クリーチャーは2、3度目を瞬いてから、
「すみません。クリーチャーめは弱気になってしまっておりました。今日の集会にレギュラスお坊ちゃまが出ないことで、坊ちゃまには闇の組織を裏切ったかどうかの嫌疑がかけられるでしょうから……」
と、不安な気持ちを打ち明けてくれた。
クリーチャーは本当にレギュが大事なのね……
私は目を細めながら追っ手がくることに怯えるクリーチャーの肩にそっと手を置き、彼を安心させるように微笑んだ。
『私がレギュラスを守る。あいつらは私が消す』
私は失敗しない
絶対にヴォルデモートの首を取る
頭の中で言いながら、クリーチャーに頷いてみせる。
『私に任せて―――』
「ユキ先輩さま……ですが、あなた1人では、私も!」
『さあ、急いで手紙を書き終えないとね』
クリーチャーの言葉に被せるように言いながら筆を執る。
誰かを気にしながら戦いたくなかった。
レギュラスのためにも、クリーチャーには生きていて欲しい。
1人で戦うほうが気が楽だ……
私は共に戦うと申し出ようとしているクリーチャーを暗に拒絶し、手紙の続きを書き始めた。
『できた』
「お疲れ様でございますです」
手紙を書き終わり、隣で気絶しているレギュラスに視線を移す。
レギュラスの記憶を消そう
でも、その前に――――
『クリーチャー、その分霊箱を地面においてくれる?さっさと破壊してしまいましょう』
私に言われてクリーチャーが地面に金色のロケットを置いた。
『……』
ヴォルデモートの分霊箱。簡単に壊せるわけがない。
でも、時間もないし……色々やってみるしかないよね。
術を使って未来に戻る時間を早めたくなかった私は苦無を取り出してロケットめがけて振り下ろした。
背筋を凍らせるような殺気を感じつつ、ロケットに苦無を突き立てる。
しかし、
『ッ!?』
ロケットに苦無が当たった瞬間、青白い閃光がロケットから発せられて私の体は後ろへと飛ばされてしまった。
尻餅をつきながら奥歯をギリリと噛み締める。
思ったより厄介だったみたい……。
ロケットから感じた魔力は強大だった。
チャクラが完全な時ならいざ知らず、私の腕力だけでは何度ロケットに苦無を突き刺しても壊れはしないだろう。
かと言って、コレを壊せるような大きな術を使っては私の体は未来へと戻っていってしまう。
「ユキ先輩さま?」
どうしたものかと考えていた私はクリーチャーの声で我に返る。
『クリーチャー、お願いがあるの』
今は彼を頼るしかなさそうだった。
本当は自分の目で分霊箱が破壊されるのを確認しておきたかったが仕方ない。
今の私の優先事項はヴォルデモートの暗殺。
諦めるなら早いほうがいい。私にはもう僅かしか時間が残っていないのだから。
私はロケットの破壊を早々に諦めてクリーチャーに託し、次の行動に移ることを決断する。
『このロケットの破壊、クリーチャーに頼んでもいいだろうか?』
このロケットを破壊するには最低でもこのロケットに込められた魔力と同等の魔法具、もしくは術で破壊しなければ壊れない。
『本当は私も一緒にやりたかったのだけど、早くレギュを安全な場所に移したいし……』
自分に時間がないことをクリーチャーに説明するのはややこしい。
言葉を濁しながらクリーチャーを見つめていると、彼は地面に置かれたロケットを拾い上げ、真っ直ぐな瞳を私に向けた。
「クリーチャーめは分霊箱の破壊を必ずやり遂げるです」
『ありがとう』
良かった。これでいい……よね?
私は胸の中に生まれた僅かなざわめきを無理矢理払い除け、クリーチャーにお礼を言う。
クリーチャーに託すのが最善の方法。そう思うのに何だろう、この胸のざわめきは……レギュ命のクリーチャーが私たちを困らせるようなことをするはずないのに。
「早く、レギュラスお坊ちゃまを安全な場所にお隠しせねば」
『あ、そうだね』
不安を消してクリーチャーに頷く。
自分の勘に心を悩ませて時間を無駄にするのはやめよう。
私はレギュのブルガリアへの移動方法をクリーチャーと話し合う。
『ノクターン横丁に非登録のポートキーを扱っている店があるの。場所は骸骨小路にある店で、目印は――――――
レギュを移動させる方法は決まった。
それに、クリーチャーからヴォルデモートの居所も聞けた。
これでこれからやるべき事は決まった。
だけど……
『ノクターン横丁までどうやって運ぶ?』
ブルガリアに移動させるまでに誰かに姿を見られては意味がない。
「それなら良い方法がありますです」
眉を寄せているとクリーチャーがそう言ってパチンと指を弾いた。
『うわあ』
思わず感嘆の声が漏れる。
レギュの体が縮んでいき、小さな小さな鳥の姿になったからだ。
『可愛いね』
「ツバメでございます」
『これがレギュだと思うと。ぷぷっ』
自分のローブの上で眠っている燕レギュをツンと突く。
起きていたらピーピー声を上げて文句を言っているだろうなと想像すると可笑しくて笑いが込み上げてくる。
『取り敢えず、ふふっ。レギュはこれで……じゃない。もう1つやらないといけないことがあった』
クリーチャーは反対するかもしれない。でも、レギュの身の安全のために記憶は消しておいたほうがいい。
「どこまでの……記憶をですか……?」
『全て消そう』
「そんな!全てだなんて!」
全ての記憶を消すのはやりすぎかもしれない。
でも、頭のいいレギュラスのことだ。幼少期の記憶でも、そこから自分が何をして、どういうわけでブルガリアに来たか突き止めてしまうと思った。
『辛い思いをさせるけど……』
「いえ……これはレギュラスお坊ちゃまのためですから」
涙を浮かべるクリーチャーに胸が締め付けられる。
互いを思い合うレギュラスとクリーチャー。
それは心温まるものでもあり、同時にとても羨ましい気持ちになった。
「できました、です」
『これ使って』
「ありがとうございますです」
術をかけ終わって手で涙を拭うクリーチャーにハンカチを差し出す。
さあ、次は私の番だ。
涙を拭きながら気持ちを落ち着けようと頑張っているクリーチャーの横で仮面を取り出し、目を落とす。
白い仮面に狐の顔。
暗部が任務時に必ずつけるこの面は暗殺という恨まれる仕事をする私たちの素性を隠すためにある。
『大丈夫。私に失敗はない』
自分を安心させるように呟く。
私が今ここでこうして生きているのは任務で失敗していないからだ。
スっと精神を集中させて面を被る。
仮面が暗部にいた時の自分を呼び覚まし、頭が冷静になる。
『変化!クリーチャー、私をヴォルデモートの屋敷に連れて行って』
事前に脱がせていたレギュラスのローブを来てクリーチャーに手を差し出す。
泣き止んだクリーチャーが私の手をキュッと握った。
「行きますです」
バチンッ
目の前の空間がぐにゃりと歪み、体が回転するのを感じる。
体が圧縮される感覚に自分が消えてしまうのではないかと思い一瞬ひやりとしたが、私の足はちゃんと地面に着地した。
「あそこが闇の帝王の邸宅です」
到着したのはヴォルデモートの邸宅から近い路地裏だった。
路地の角から顔を覗かせながら屋敷を確認する。
『中に入る方法ってある?』
「はい。杖が鍵がわりになっております。レギュラスお坊ちゃまの杖をあの蛇の像の前に掲げて下さい。左の像です』
クリーチャーが門の両脇に並ぶ蛇の像を指さしながら言った。
レギュラスの杖をローブのポケットから取り出しくるりと回す。
『レギュを頼むね。じゃあ、行ってくる』
「ユキ先輩さま」
『ん?』
今いる路地から出ようとしたところで声をかけられる。
何か言い忘れたことがあったのだろうか?
大きな瞳を大きく見開いて私を見るクリーチャーと目線を合わせるように屈む。
「行ってらっしゃいませ。ご無事をお祈りしておりますです」
『クリーチャー……』
情けないな。声が震えている。
じんわりと温かくなっていく胸に手を当て涙を堪える。
「ユキ先輩さま?」
『ごめん。何でもない。ありがとね』
不思議そうな顔をするクリーチャーに慌てて首を振って礼を言う。
無事で、なんて暗部にいた時はそんな言葉で送り出されたことなかったな……
『じゃあ、本当にこれで。行ってきます。レギュを宜しくね』
クリーチャーの頭をひと撫でして隠れていた路地から出る。行ってらっしゃいの言葉に見送られて出て行く心地よさ。
心が温かい。
口元に笑みが浮かびそうになり、キュッと唇を引き結びながら通りを歩いていく。
ガシャン
豪奢な作りの門の前に立ち、レギュラスの杖をかざすと鉄でできた私の背の2倍ほどある門は内開きに開いていった。
『―――っ!?』
嘘!
門を通り、広い前庭を突っ切って行き、玄関扉の前に立った私だったが、急に足元が消える感覚を覚えてその場に膝をついてしまった。
体に緊張が走る。
ここで消えるわけにはいかない。
じとっとした脂汗をかきながら体の中でチャクラを練っていく。
『ハァ……ハァ。くぅ……』
呼吸を整えながら玄関扉に耳を押し付ける。
<マグルの増加によりこの魔法界は今、滅びへと……
聞こえる低い男性の声はヴォルデモートだろう。
集会はまだ終わっていないようだ。
自分の手を見ればガタガタと震えてしまっている。
これではまともに戦うことができない。
どうにか方法を考えないと体が持たない……
『あっそうだ』
閃きに小さく声を上げる。
私が思い出したのは5年生の時にリーマスとしたアニメーガスの練習。
あの時、未だに原因は分からないが、私は姿が変化し自己を失って力を暴走させた。
リーマスを殺しかけたことは恐ろしい出来事だったが良いこともあったのだ。
あの後の数日間、体の中の魔力が確かに増幅していた。
私の中にある魔力なんだ。コントロールしてみせる。
自分の中に自分の知らない力が眠っている
ふと思ったその言葉は胸の中にストンと落ちた。
やってやる
深く呼吸をしながら丹田に意識を集中させる。
アニメーガスじゃなくて、ただ魔力を増やすように意識して……
練り上げられたチャクラはどんどん増幅していった。
そして、リーマスと練習したあの時のように体の中で本来自分が持っている魔力の質と違う力に変えられていく。
凶暴な何かに心が支配されていく感覚
させない。リリー……セブ―――――!!
『っ!?』
全身が震えた。
しかし、嫌な震えではなかった。
『これは……』
体が内側から作り変えられたような感覚。
そして確かに増幅した魔力。
『よし』
成功した!!
ぐっと拳を握り、喜びを噛み締める。
『さあ、行こう』
レギュラスの姿を借りるユキは立ち上がり、
重い樫の木の扉を両手で押し開けた。
***
ヴォルデモートの邸宅
豪華なシャンデリアが輝く広い玄関ロビー。会合の10分前。
セブルスは腕を組み、難しい顔をしながら近くから聞こえてくる会話を聞いていた。
「アイツったらまさか我が君に反抗する気じゃないだろうね」
「まさか、ベラ。そんな事はないだろう。たかが屋敷しもべ妖精のために卿を怒らせるようなこと……」
「フン、兄が兄だからね。何を考えているかわかったもんじゃないよ」
吐き捨てるように言うベラドリックス・レストレンジの声は遠ざかっていき、やがて周囲の雑音の中に混じって消えていく。
何をしているんだ、レギュ……
セブルスは懐中時計で時間を確認し、下唇を噛んだ。
セブルスとレギュラスはユキを介しての付き合いだった為、セブルスとユキが仲違いしたことで自然と言葉を交わさなくなっていた。
しかし、同じ学校、同じ寮であった歳の近い二人。お互いの近況は自然と分かっていた。
だからセブルスは前回の集会時、ヴォルデモートがレギュラスに彼のしもべ妖精を改めて差し出すように言われた事を知っていた。
彼は、レギュラスが自分のしもべ妖精を通常の魔法使いとは違い、粗末な扱いをせずに大切にしていたこと。
そしてそのしもべ妖精をヴォルデモート卿に実験台に使われ、虐待されてしまったことも知っていた。
もちろん、その時の彼の嘆きも……
さっさと来い。じゃないと――――
もう一度しもべ妖精をヴォルデモート卿に差し出せば生きて返ってこない。
だが、もし差し出すことを拒否すればそれは裏切りを意味しレギュラスに咎がいく。
刻々と迫る集会開始の時間。セブルスの焦りは募ってくる。
卿への裏切りは死を意味する。そしてレギュラスに手を下す命令は彼と近い人物、親族や友人に下されるだろう。
レギュラスの場合は従姉妹にあたるベラトリックス。それにセブルスにも命令が下される可能性は高かった。
「っく……時間か……」
遅れてでもいい。とにかく来てくれ。
セブルスはそう願いながら樫の玄関扉から視線を逸らし、他の死喰い人たちと共に血のような赤絨毯が敷かれた大階段の方を向き、頭を垂れた。
すると間も無くコツコツと足音が響き、ロビーのホールにヴォルデモートの声が響いた。
「マグルの増加によりこの魔法界は今、滅びへと向かっている。魔法族の未来のために我々はマグルを殲滅せねばならん――――――
威厳に満ちた深く低い声が響き、それに反応して死喰い人たちが一斉に声を上げた。
――――こんなのにはもう、飽き飽きした……
セブルスは周囲の狂信的なヴォルデモート信奉者にチラリと軽蔑した眼差しを投げかけてから卿を見上げる。
初めは興味のそそられた闇の魔術。
しかし、セブルスは気がついたのだ。破壊し、呪い、人を傷つけるだけの術よりも誰かを助け、癒す術の方がより価値のある魔法だということを。
呪い、破壊すれば人も物もそれで終わり。だが、癒し、助ければ人にも物にも未来が続いていく。それはより強い充実感、生き甲斐を感じられる。
いつか、ヴォルデモートの支配下から逃れたい。
ヴォルデモートを倒せないまでも、逃げて、自由に生きたい。
奥歯を噛み締め、感情を押し殺すセブルス。
その時、急にセブルスにヴォルデモートの声がかかった。
「時にセブルス」
「は、はいっ……我が君」
心を覗かれたのかと思い、じとっとした汗がセブルスの額に浮かぶ。
しかし、ヴォルデモートはセブルスの心を読んだわけではなかった。
「あの小娘、ユキ・雪野という娘が病院から消えたことは聞いているか?」
「っ!?」
スっと目を細めてセブルスの心を覗こうとするヴォルデモート。
セブルスは動揺しながらも赤い瞳を見つめ返す。
「……ふむ。その様子では知らなかったようだな」
「申し訳ありません……」
使えない、とでも言うように息を吐きながらセブルスから視線を外すヴォルデモート。セブルスは礼をしながらまだ激しく動揺していた。
「まあ、よい。もし、あの娘からお前に連絡があったら俺様に知らせろ」
「はい。我が君」
ユキが消えた―――――?
目が覚めたのだろうか、それとも誰かに連れ去られたのだろうか。
ベラトリックスをはじめ死喰い人がユキについて訊ね、ヴォルデモートがその問いに答える中、セブルスは親友の突然の失踪に心配を募らせる。
「あの者には特別な何かがあるはずなのだ……あのダンブルドアが必死で隠そうとしている何かが」
獲物を狙うように目を細くして思考の中に入るヴォルデモート。
死喰い人たちはその姿を見て、いったいその娘に何があるのかと自分たちの考えを囁きあっている。
セブルスが胸を痛め、死喰い人たちがざわめく玄関ロビー。
そこに、玄関扉が軋んで開く音が割り込んでくる。
「レギュラス!」
樫の扉が開く音で我に返ったセブルスは、振り返った先にレギュラスの姿を見つけ、嬉しさに思わず声をあげた。
しかし、喜んだのは一瞬。彼の傍に屋敷しもべ妖精の姿はない。
セブルスの顔が青ざめていく。
「遅くなってしまい申し訳ありません」
セブルスと同じくレギュラスが屋敷しもべ妖精を連れていないと分かった者、遅れてきたレギュラスに不快感をあらわす者。
屋敷の中は先程よりもざわつきが大きくなっていく。
「遅かったな、レギュラス・ブラック」
しかし、そのざわめきもヴォルデモートの一声で一瞬にして静まった。
すっとレギュラスから距離を置く死喰い人たち。
そんな周りの様子に困惑したようにチラチラと視線を向けてから、レギュラスはヴォルデモートにおずおずとした視線を向ける。
「卿……我が君……どうか、お許しを……」
か細く震える声だが、シンと静まったロビーにレギュラスの声はよく響いた。
不快感を顕にした視線、これから彼に下される罰を思っての哀れみの視線に晒されてレギュラスは身を固くする。
緊迫した雰囲気の中、ふと聞こえた小さな笑い。
死喰い人たちが一斉に視線を向ける先にいたのはヴォルデモートだ。
「そう怯えるでない……我が、友よ。お前の遅刻を許そう」
「ありがとうございます!我が君」
わざとらしく発せられた友という言葉。
言葉に含まれた意味に気がつかなかったとでも言うように礼を述べるレギュラスにロビーの空気が一気に冷えていく。
「ところで、レギュラス。俺様に差し出されるはずのお前の屋敷しもべ妖精はどこにいるのだ?」
「おりません……卿」
その場の全員が肝を冷やす中、レギュラスが答える。
ガラリと変わるヴォルデモートの雰囲気に死喰い人は震え上がった。
バンッ
「プロテゴ!」
ヴォルデモートの無唱呪文とレギュラスの防御呪文がぶつかる。
「貴様……」
増悪で赤く燃えるヴォルデモートの瞳。死喰い人たちは逆らったレギュラスに一斉に杖を抜く。
―――何故こんな馬鹿を……レギュラス!
セブルスも他の死喰い人と同じように杖を抜くしかなかった。
嫌な音で鳴る心音を聞きながら、セブルスも杖をレギュラスに向ける。
多勢に無勢
余裕のある笑みを浮かべるヴォルデモートは口を開く。
「レギュラスよ……お前は魔法界でも有数の純血の一族だ。今ここで殺すのは惜しい――――もし、俺様に謝罪し、お前の屋敷しもべ妖精を直ぐに連れてくると言うのなら、命だけは助けてやってもいいが?」
「っ!なんと慈悲深い!」
ヴォルデモートの言葉に一瞬、空気が緩んだ。
ヴォルデモートの言葉に感動するように叫んだベラトリックス。
「!?!?」
彼女の視界から、レギュラスが消える。
「どこに行った!」
珍しく、焦りを含んだヴォルデモートの声がロビーに響く。
その時だった。ジャラジャラと不気味な鉄が擦れる音が頭上から聞こえ出し、その場の全員は一斉に視線を上げた。
「シャンデリアが落ちるぞ!!」
ガシャーンと逃げ遅れた死喰い人の上に落下したシャンデリアが床の上にガラスの破片を散乱させる。
突然の事態に混乱する死喰い人たちの視線の先にはシャンデリアの上に乗った人の姿。
「ッレギュラス、お前――――!?!?」
ベラトリックスの怒りの顔が驚きに変わる。
レギュラスの体が白い煙に包まれたかと思うと一瞬にして女の姿に変わったからだ。
高く結い上げられた髪に漆黒の忍装束
白い狐の仮面
セブルスの目が大きく開かれる。
――――まさか、ユキなのか!?!?
「きょ、卿をお守りしろ!!」
叫びにも似たベラトリックスの声。
『多重影分身の術!全員金縛りの術をかけろッ』
「ッくぅ」
――――やはりユキだ!
セブルスには馴染みの声。
凛とした声が響くロビー。
ユキの指示でユキの影分身たちはセブルスと死喰い人たちに金縛りの術をかけて動きを封じていく。
『チッ』
しかし、ユキは全員に術をかけることは出来なかった。
大きく舌打ちをしながら杖を振り上げる死喰い人を確認し、近くにいる死喰い人を体術で倒す。
ポンポンと音を立てて次々と動ける死喰い人たちによって消されていってしまうユキの影分身。
それでも、ユキは強かった。
『ヤアァッ!!』
ユキは影分身で自身を守らせながらヴォルデモートがいる階段の一番上を目指して駆け上がっていく。
「我が君!!」
ベラトリックスをはじめ動ける死喰い人たちが呪いを放つ。
――――やめろっユキ!!
避けきれない呪文がユキの体にあたり、全身から血が噴き出すのを見たセブルスは心の中で悲鳴を上げる。
――――クソッ動け!!
「うあぁっ!」
無理矢理金縛りの術を解いた痛みに叫ぶセブルスは腕の痛みに耐えながら杖を振り上げた。
「(プロテゴッ)」
ユキをベラトリックスの強力な呪文から守るセブルス。
ヴォルデモートの目前にユキが迫る。
腕を振り上げるヴォルデモート
――――ユキ!!避けてくれ!!
魔力が尽きる寸前のユキは呪文を発せられず、苦無を持ち、狙いを定める。
―――――やめてくれ!!早く戻ってくるんだッ。帰って来いッ!!
―――――セブルス!何が起こっているのじゃ!?
―――――アルバスッ!ユキの体から血が!!
未来へと流れていく記憶
ホグワーツの医務室ではダンブルドア、マクゴナガル、マダム・ポンフリーが治癒呪文を唱え始める。
――――――戻れ!ユキ!頼む、戻ってきてくれッ!!!
医務室に響くスネイプの声
「アバダ・ケダブラ!!」
『ハアアァッ!!』
後ろ向きに倒れていくヴォルデモート
杖先から煙のごとく消えるユキ
――――我が君!!早く、癒者を連れてこいっ!誰か!!
心臓を逸れてしまった苦無
ユキは自分が暗殺を失敗してしまったことを知らない。
『ぅ……ぁ……教授……?スネイプ、きょう、授?』
「ユキ!」
目覚めたユキは体の痛みを感じながら、自分の両頬を両手で包むスネイプをぼんやりと見上げた。
『落ち着いて下さい。ね?よしよし』
ユキは戸惑いながら自分の肩に額を押し付けるスネイプの背中に手を回し、あやすように優しく叩く。
『どう、されました?あと、体が痛いんですけど……私、どうなっているのでしょう……?』
ユキの掠れた声が、静かな医務室に響いた。