第3章 小さな動物たち
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27.知らない時間
聖マンゴ魔法疾患傷害病院の一室。
「ユキ、少し間が空いちまって悪かったな」
一番に部屋に入ってきたシリウスがストンとユキの眠るベッドに腰掛ける。
7年生の春休み。
ユキはまだ意識を取り戻さずにいた。
「今日は全員姿現しで集合場所に来ようって事になっていてね。それはそれは大変だったんだ」
僕はノクターン横丁に着いて、シリウスは漏れ鍋の裏庭、ジェームズはちゃんと集合場所の店の前に着いたが着地したのは人の上だったんだ。とリーマスが話して聞かせる。
しかし、ユキの顔には一寸の微笑みも浮かばない。
規則正しい呼吸を繰り返しているだけ。
シンとする病室。
目を覚ます気配のないユキを見ながらそれぞれが唇を噛み締めて思い耽る。
楽しかった思い出
悪戯の掛け合いとくだらない喧嘩
楽しかったホグワーツの思い出
いつかまた、あの日々に戻りたい――――――
「そうだ。実はジェームズからビックニュースがあるんだぜ」
顔を上げたシリウスが悲しみを払うように頭を振ってからジェームズを見た。
「そうなんだ。きっと聞いたら驚くと思うよ?覚悟はいい?」
少しだけ、ユキが返事をするであろう時間だけ待ってジェームズがリリーと付き合いだしたことを発表する。
ユキはどんな表情をするだろうか―――――
「今日、ピーターは来られなかったんだ。人に会う約束があるらしくて……」
3人はそれぞれユキに面白おかしく自分の近況を話して聞かせて、病室から出て行った。
大きな花瓶に挿してあるのは
色とりどりの賑やかな花束
「ユキ、久しぶりね」
リリーはベッドで眠るかつての親友に呼びかける。
「お花を持ってきたの。百合よ。香りが強いからタブーな花だって分かっているけど、あなたが見たら私が来たって分かるかと思って敢えてこの花を選んだの。魔法をかけたから、だから……香りは、だから……」
リリーは花瓶から手を離し、自分の顔を手で覆った。
絶交を言い渡したあの日、自分はユキから事前に大事な話があると言われていた。
話とはなんだったのだろう……?
聞いても返事は返ってこない。
今でもあの日のことをはっきりと思い出せる。
特に微笑みを浮かべながらジェームズたちに術を発したユキの姿が忘れられない。
人を傷つけて喜ぶような人間とは付き合えない。
あの日自分はそう言ってユキに別れを告げた。
でも、あれは本当に闇の魔術だったのだろうか?
そんな疑問が浮かび始めたのはユキが倒れてからだった。
本当にユキは人を傷つける事を楽しんでいたのだろうか?
よく思い出せば、あの時のユキは微笑んでいたもののちっとも楽しそうに見えなかった。むしろ見ていて胸が痛くなる横顔だった。
話くらい聞いてあげれば良かったじゃないッ!
リリーは涙を流しながらぐっと奥歯を噛み締める。
仲直りしようと懸命に話しかけてくるユキを自分は冷たく拒否してしまった。
あの日の自分はユキが闇の魔術を使っていた事ばかりに気を取られて、ユキの気持ちを全く見てあげていなかった。
ユキはセブを助けるために術を使っていたのに……
私は自分の中の正義を貫き過ぎて、大事な友人を失ってしまった。
「ごめんなさい……ユキ……仲直りさせて……」
これは叶わない願いなのだろうか?
ミントグリーンの花瓶に挿してあるのは
涙に濡れた白百合
「ユキ」
ユキの病室にはセブルスの姿があった。
セブルスは静かな声で名を呼びながら寝ているユキの黒髪をそっと長い指で梳く。
「どんな夢を見ているんだろうな……」
小さく息を吐き、屈めていた上体を起こすセブルスの目に花瓶に立てかけられた封筒が目に入る。
綺麗な装飾の施されたそれは結婚式の招待状。
ジェームズとリリーの結婚式への招待状だった。
セブルスに招待状は送られていなかったが、二人が結婚することは噂で知っていた。
セブルスは今でもジェームズを憎んでいるが、リリーの幸せは心から願っている。彼女の幸せを心の中でお祝いしていた。
「結婚式にはご馳走が出るぞ。出席しなくていいのか?」
ユキが一番喜びそうな言葉をかけても反応は返ってこない。
子供のように表情を崩して笑うユキを見ることは出来ない。
「起きろよっ……頼むから……」
何度ここに来て泣いただろうか。
セブルスはユキの手を両手で包み、そこに額をあてて声を押し殺して泣く。
階段から落下する前、助けようと伸ばした自分の手は僅かにユキの手をかすった。
今でもその感触が残っている。
落ちていく、ユキの嬉しさと切なさが混じったあの表情を覚えている。
―――――――気にしないで
落下する寸前、ユキは自分にそう告げた。
後悔してもしきれない。
あと一歩でも早くユキの元についていれば、もしくは彼女を助けるのに適した魔法を知っていれば助けられたのに、とセブルスは今日まで後悔し続けていた。
ユキはいつも僕を助けてくれたのに、ユキに助けが必要だった時に自分は何も出来なかった。
僕がもっと強ければ――――――
ユキの手を握る両手にギュッと力がこもる。
「僕はどんな手を使ってでも強くなる。君を守れるくらいに強くなるから、だから目を覚ましてくれ」
もう闇の世界にどっぷり浸かってしまっている。
今更抜け出すことは出来ない。
それならばいっそ腹を決めて闇の力を自分のものにしてしまおう。
セブルスの瞳に宿る暗い闇。
「また来る……」
セブルスはユキの頬をそっとひと撫でして病室から出て行った。
白い花瓶に挿してあるのは
色とりどりのチューリップ
花の溢れるユキの病室とは対照的に魔法界の空気は日に日に重苦しいものに変わっていった。
新聞には毎日死喰い人たちが起こした悲惨な事件に関する記事が並んでいる。
闇の勢力は恐怖で、力で人々を圧倒し、魔法界への影響力を日々強めていっていた。
そんなある日のこと―――――
「クリーチャー、どうした?」
「これだけ人がいないと薄気味悪く感じられて……」
「そうだね。僕もそう思うよ。こんな光景は――――異常だ」
レギュラスは不安げに辺りをキョロキョロと見渡すクリーチャーを抱き上げて、足早にダイアゴン横丁を歩いていた。
今日は一番町が賑わうはずの金曜日の午後なのに通りには自分たち以外誰もいない。
6月下旬の生ぬるい風が通りを吹き抜け、どこからか剥がれ落ちた残忍な顔が写された指名手配書が宙を舞う。
「マグルの町で花を買って正解だったな」
強盗に入られて荒らされた店、泥棒避けが施してある店を横目で見ながら歩いていたレギュラスはようやく目的地に到着した。
聖マンゴ魔法疾患傷害病院。
レギュラスは病院のロビーを通過しながら今の世の中の深刻さを痛感していた。
病院でさえもこれだけの人しかいないのか……
大病院であるここはいつも診察待ちの患者たちで溢れていた。
今は余程の怪我や病気でない限り、いや、病院に行かなければならない人も死喰い人に襲われるのを恐れて病院にやってこないのだろう。
閑散としたロビーから5階まで上がり、呪文性損傷の患者が入院するヤヌス・シッキー病棟に入る。
「失礼します」
部屋の中から返事がないのは分かっていた。
だが、いつも目覚めているのではないか?と小さな期待を持ってしまう。
ユキのベッド脇へと移動するレギュラス。
「相変わらずよく寝てますね。そんなに寝るのが好きですか?」
そんな皮肉を言ってもユキから返事は返ってこない。
唇を尖らせながら言い返してくる姿を見ることは出来ないのだ。
ユキを見つめているのが辛くなったレギュラスは視線を反対側へと移した。
ベッド脇にある背の高いテーブルの上には沢山のお見舞いの花々が飾られている。
その中でふと1つの花瓶の花がレギュラスの目を引いた。
他の花瓶の花は魔法がかけられていて美しいままの状態を保っているのにこの白い薔薇だけは花びらの縁が変色していたからだ。
花を長く持たせるために魔法をかけるのは魔法界では当たり前のことだ。
それなのにどうして……
もしかして、生花が新鮮さを保てるくらいの頻度で見舞いに来ている人がいるのだろうか?
「レギュラス坊ちゃま……」
そんなまさか、と苦笑するレギュラスにクリーチャーが控えめに声をかける。
「ごめん。分かっているよ」
今日は時間がないのだ。
そしてこれからも―――――ない。
自分に残された時間は、残り少ない。
「実は、今日はお別れを言いに来たんですよ」
16歳で死喰い人になったレギュラス。
周りの友人、親戚、時々顔を合わせる両親の知り合い、誰もが死喰い人になっていったので、レギュラスも自然な流れで死喰い人となった。
―――このままでは魔法界は消滅してしまうであろう
新しく死喰い人となった者たちと共にヴォルデモートの演説を聞いたレギュラスは、そのたった1回の演説で彼の魅力に取り付かれてしまった。
―――良い質問だ。だが、こういう考え方もある
ヴォルデモートは力だけで死喰い人たちを支配していたわけではない。
巧みな話術でレギュラスを自分の虜にしていった。
―――我々が魔法界を正しい道へと導くのだ
熱烈なヴォルデモートの信奉者となったレギュラスはヴォルデモートの求めなら何でも喜んで応じた。
しかし、ある事件がレギュラスを変えることになる。
―――……クリーチャーッ!卿……これは、これはいったい……
―――お前の屋敷しもべ妖精は俺様の魔法開発の手助けが出来たのだ。レギュラス、名誉なことだとは思わんのか?
―――そんな顔をするのはおよし!ブラック家にとっても名誉なことじゃないか。
レギュラスはベラトリックスの言葉に何も言い返せずに唇を噛む。幼い頃から傍にいて、自分の世話を焼いてくれていた屋敷しもべ妖精。
兄への劣等感で悩む時、ブラック家を背負っていく重圧で押し潰されそうになった時、クリーチャーはいつも自分を支えてくれていた。
―――レギュラスお坊ちゃまは強い御方です。誰よりも聡明な御方です。クリーチャーの目に狂いはありません。自信を持って下さいまし―――――
レギュラスは家族に対してよりも強く、クリーチャーに家族愛を感じていた。
幼い頃はシリウスの弟、ブラック家の次男、兄がブラック家を出てからはブラック家の後継者という目で周りから見られてきた。両親からでさえもそうだった。
誰よりも自分を理解してくれていたのはクリーチャーだった。
家族同然のクリーチャーを傷つけられて、
レギュラスの目は覚めた。
「ユキ先輩、さよならです」
これから分霊箱の破壊に向かうレギュラスはユキの頬に軽くキスを落とし、ローブから、持ってきた花束とは別に小さな淡い青色の花を取り出した。
胸の前で組んだユキの手に咲くイフェイオンの花言葉は別れの悲しみ。
レギュラスはユキの姿を見て自分の決心が揺らがぬよう後ろ手に扉を閉めて病室を出て行った。
白い廊下を歩いて行くレギュラスは知らない。
『……あんなこと言われたら追いかけるしかないじゃない』
ユキは握らされた小さな花を枕元に放り投げ、久しぶりに両足で地面を踏んでいた。
時間がない
ユキは部屋にあったクローゼットへと走る。しかし、扉は呪文がかけられてあって開かなかった。
寸の間考えた後、ユキは口を開く。
『ゴメンナサイ』
バキンッ
グルンとユキの回し蹴りが入りクローゼットの取手部分に穴があく。
少々足は痛いがかけられていた呪文は弱かったらしく無事にクローゼットをこじ開けることに成功した。
『ダンブーナイス!』
クローゼットの中を見たユキは破顔する。
中にあったのはホグワーツの制服、私服数着、この過去の世界で使っていた杖、そして自分がこの過去の世界に来た時に着ていた忍の服と道具一式。
お別れだなんて馬鹿なこと言わないで
忍装束に着替えたユキは白壁の廊下を走り、レギュラス達を追いかけて行った。
┈┈┈┈┈後書き┈┈┈┈┈┈┈
花言葉 チューリップ
<全体>思いやり,理想の恋人
<色別>赤:愛の告白,白:失われた愛
ピンク:誠実な愛.紫:不滅の愛