第1章 優しき蝙蝠
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
8.初授業
腹が減っては戦ができぬ。
大広間に一番乗りして朝食を食べる。
いよいよ今日から授業が始まるのだ。
三杯目のオートミールを食べているとスネイプ教授が大広間に入ってきた。
スリザリンの寮監。
自分の寮生からは慕われているらしいがスリザリン以外の生徒はスネイプ教授と極力関わりたくないといった様子。
「早いな」
『スネイプ教授こそ。それより顔色が悪いようですが大丈夫ですか?』
いつも青白い顔をしているが今日は特に顔色が悪い。
スネイプ教授はしばらくオートミールをかき回したあと躊躇いがちに口を開いた。
「今日の夜、時間はあるかね?」
『今日の夜……すみません。クィレル教授と約束があって。明日は如何ですか?』
そう言うと思い切り睨まれる。
よほど大事な用だったようだ。申し訳ない気持ちになる。
『ごめんなさい。急ぎの用事でしたか?』
「……クィレルと何をする気だ?」
探るような鋭い目つきに脅すような声。
私がクィレル教授と何かすると思っているのかしら。
それにクィレル教授は何かをする予定みたい。
さて、黒はどちらか。両方黒か。
『ダンブルドア校長から言われたんです。闇の魔術に関する防衛術と忍術学は似ているから、年に数回、合同授業をやったらどうかって。今日が初めての打ち合わせの日なんです』
「断れ」
『えっ。クィレル教授の都合もありますし。無理ですよ。そんなに大事な用なんですか?』
「違う。合同授業を断れと言ったのだ」
『そんなこと出来るはずないじゃないですか。校長命令ですよ。スネイプ教授って時々無茶言いますよね』
呆れた声で言い返すと舌打ちを返される。
彼はきっと昨日読んだ雑誌にあった“俺様系”の男なのだと思う。
難しそうな顔をして考え込んでいるスネイプ教授を放置し黙々と食事を再開する。
テーブルの上の料理をほぼ食べ尽くし、残っていた最後の糖蜜パイを口に運び、お皿を見つめる。
皿はポンと消えて新しいお皿が現れた。
料理の代わりにのっていたのは一枚の紙切れのみ。
今日のユキちゃん先生の朝食はこれで終わりです!
!注意!他の先生の食べ物をとってはいけません。
『ひ、酷いー!!』
「おい。待て!」
思考に耽っていたスネイプは顔を上げたがその時には既にユキは大広間から出て行くところだった。
ため息をつき食事を再開するスネイプの手が止まる。
皿の中のオートミールが消えていた。
***
ユキの教室は自室の真下。本棟と東棟の間。
いよいよ初めての授業が始まる。
大人数を教えるのは緊張する。帰れ、とか言われないだろうか。
少し頭がゆらゆらする。
研究室にある鏡で服装の乱れがないか確認し、意を決して教室へ繋がる扉を開ける。
『おはようございます』
扉を開けた瞬間大歓声と拍手に包まれて面食らう。
はじめの授業はグリフィンドールとハッフルパフの暖色系クラス。
教壇に立つとキラキラと目を輝かせた双子と目があった。
よかった。帰れって誰も言ってない!
『おはようございます。忍術学のユキ・雪野です。初めに、この授業では一切杖を使いません。まずは忍術学について説明を……』
誰か来るみたい……
僅かに震える手で黒板に書きながら話していたがドアの外に気配を感じ視線を横に移す。
突然説明をやめた私に生徒たちもドアと私を交互に見つめている。
予想通り静かにドアが開いた。
ダンブルドア校長は少し驚いた顔をしたあとパチリとウィンクをして中へ。
意外な人物の登場に私も生徒たちも目を瞬く。
しかも、ダンブルドア校長に続き、マクゴナガル教授、フリットウィック教授、そして眉間に皺をクッキリと刻んだスネイプ教授まで入ってきた。
「フォッフォッ。こっそり入ってこようと思ったのに忍び足作戦、失敗じゃ!」
「フフ。授業を止めてしまってごめんなさいね」
「この前の授業が面白かったから見学させてもらおうと思ってね」
温かい笑顔の三人に模擬授業を思い出す。
体の緊張が消し飛んだ。
その後の授業は楽しんで進めることができた。
スネイプ教授と目があったとき彼の口がオートミールと動いた、が見なかったことにした。
証拠は残していない。動揺したら負けだと思う。
『では今説明したように、この紙で属性分類をします。火の属性は燃え、水は濡れ、風は切れ、土は崩れ、雷はシワが入ります。それでは始めてください』
授業終了!
杖を使っての魔法に慣れていた生徒は苦労していたが授業終了までには全員紙を反応させることができた。
初めての授業を楽しんでもらえたようで一安心。
幸いにも次の授業は入っていない。
楽しかったと感想をくれた先生や次の授業に向かう生徒たちに混じり教室を出ようとしたが失敗。
出口間際で思い切り帯の後ろを掴まれてしまった。
私に話しかけようとした目の前の双子が口を開きかけて青くなった。
『あー……スネイプ教授。質問のある生徒がいるので私の帯、離していただけますか?』
「質問などないだろう。さっさと次の授業に行け」
『何でわかるんですか。質問、あるよね?』
助けを求めるように言うと、意図が通じたらしく双子はニヤっと笑って頷いた。
「昨日のアレ、凄かったんでまた見たくて!」
「昨日の談話室は大盛り上がり!」
「「先生お願いします」」
多分、スネイプ教授に変化した事を言っているのだろう。
後ろから殺気。
目の前には殺気にめげないキラキラした目の双子。
双子に答えようとした時思い切り帯が引っ張られた。
「断る」
『何でですか!?』
目の前の扉はバタンッと閉められ、双子の姿は消えてしまう。
「ユキ先生 対 スネイプ」
「おもしろーい事になりそうだぜ、相棒」
「「今年も楽しくなりそうだ」」
フレッドとジョージはにやっと笑って廊下を走っていったのだった。
***
走り去っていく双子の足音に肩を落とす。
「来い、行くぞ」
先程閉められたばかりの扉が開かれ、私の体はスネイプ教授に引きずられるように教室を出る。
「お前に聞きたいことがあるのでな」
混雑した廊下だがスネイプ教授を見つけた生徒たちはサッと道を開けていく。
そして後ろの彼に連行されるようについて行く私を見て目を丸くしていた。恥ずかしいじゃないの!
『私の教室じゃダメだったんですか?』
「我輩は次の時間授業が入っている。話はその後だ」
『いやいや。話なら昼食の時でもいいじゃないですか』
「貴様は都合が悪くなったら消えるだろ。探すのに苦労する。授業が終わるまで待っていろ」
『待つってどこで!?』
「後ろの方にでも座っていろ。次の時間、君は自分の授業がない。それなら他の授業を見ておくのも悪くないだろう」
『本当に横暴ですね。でも、魔法薬学の授業見学!それは嬉しいです』
弾むような私の声を聞いてスネイプ教授が少しだけ口の端を上げた。
地下牢教室につきスネイプ教授は杖を振り乱暴に扉を開け、さらに教室の窓を歩きながら閉めていく。
僅かに入っていた光も入らなくなり、元々陰気な雰囲気の教室はさらに陰気になる。
「あ、ユキ先生」
「グリフィンドール5点減点」
ダイアゴン横丁の買物に付き合ったネビルが声をあげた。
静かに、と手でジェスチャーをして前を向かせる。
スネイプ教授はというと入学式とは打って変わりハリー・ポッターを意地悪そうな顔で見下ろしていた。
「あぁ、さようハリー・ポッター。われらが新しいスターだ」
スリザリン生が座っている席からクスクスと冷やかしの笑い声があがる。
ふと一人の少年が目に入る。
オールバックのプラチナブロンドの髪、ダイアゴン横丁で自分たちをつけてきた男性にどことなく似ている。
「このクラスでは魔法薬調合の微妙な科学と厳密な芸術を学ぶ」
Mr.ドラコ・マルフォイ。プラチナブロンドの男性の血縁者かしら?
後でスネイプ教授に確認してみよう。
「このクラスでは杖を振り回すような馬鹿げたことはやらん。そこで、これでも魔法かと思う諸君も多いかもしれん。フツフツ湧く大釜、ユラユラ立ち昇る湯気……」
魅惑的なバリトンボイス。
声を聞いているうちに体の内側が心地よく痺れていき顔をしかめる。
この感覚はなんだろう……。
その感覚は突如ハリーを呼んだ同じ声の主によって掻き消えた。
「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか?」
ハリーとロンが顔を見合わせて首を振っているのが見える。
一年生の範囲ではないのに優秀だね。
隣のハーマイオニーの手が高々と上がっている。
ハリーが減点された後、二人一組でおできを治す簡単な調合に入った。
簡単と言っても調合に危険はつきもの。
スネイプ教授が一人ひとりに的確に注意するのを見てメモをとる。
計り間違い、砕き方が甘いなど、些細なことで調合は失敗し、時には事故につながる。
スネイプ教授がMr.マルフォイの所へ行った時、変な匂いに気がついた。
顔を上げればネビルの鍋から緑色の湯気が勢いよくあがっている。
シュパーンというくぐもった音が教室に響く。
「雪野!」
爆発した薬は飛び散らなかった。
ユキは鍋のうえに覆いかぶさり両手で鍋が割れないように押さえつけていた。
顔はあげていないが、手や首など肌の見えている部分に赤いおできが吹き出していく。
「みんな、離れて。もう、もたない、ので、鍋はなします……」
ユキに近づいたスネイプの目にボコボコとおできが出来ていく顔が見える。
スネイプはサッと杖を振り鍋の中身と床にこぼれた薬を消した。
その瞬間ユキも消えた。
「うわぁぁぁ。スネイプ先生がユキ先生まで消したぁぁぁ」
ネビル絶叫。
目を点にする生徒たち。
そして小さな笑い声。
誰もが一斉に教室の後ろに顔を向けた。
『ネビル。私は隣にいるでしょう。二人とも怪我はなかった?』
教室の後ろに立つ三人。
ポカンとした顔のネビル。
シェーマスはユキを見上げて首を勢いよく横に振っている。
『そうか。よかった。じゃあ、席へ戻って』
ユキは席に行くよう促すように二人の背中をポンと叩く。
唖然とした空気はハリーへの理不尽な減点で元に戻る。
ユキは誰にも気づかれないように地下牢教室を出て医務室へと向かった。
***
『失礼します。マダム・ポンフリー』
残念なことにマダムは医務室にはいないようだ。
どうしようかと考えていると医務室の扉が開いた。
入ってきたのはクィレル教授。
「ミ、Ms.雪野、ど、どうしたのですか?」
『ちょっとおできを治す薬の調合中にやってしまって。マダムはいらっしゃらないみたいです』
「こ、これは、い、痛そうですね。わ、私で良かったら治療し、しましょう」
『すみません。薬の場所も分からなくて。お願いします』
椅子に座っているように言われて待っていると薬棚からクィレル教授が瓶を持ってきてくれた。
夏休みに同じ薬を調合したことがある。怪しい薬ではなくちゃんとしたおできを治す薬のようだ。
「て、手だけですか?」
『はい』
クィレル教授は「少ししみますよ」と言いながら丁寧に傷口に薬を塗ってくれる。
そして私の様子を見ながら両手に柔らかく包帯を巻き、手当は終わった。
ジリジリとした火傷のような痛みが和らいでいく。
『お上手なんですね。手馴れていらっしゃる』
「そ、そんなこと、な、ないですよ。今日の、う、打ち合わせ、あ、後に、もう一度、ぬ、塗り直せば、よ、良くなります」
『ありがとうございます』
クィレル教授はマダム・ポンフリーに用事があるみたい。
もう一度お礼を言って私は次の授業の準備のために先に帰らせてもらうことにした。
「Ms.雪野」
部屋を出ようとしたとき呼び止められた。
「私をあまり心配させないでください」
真面目なクィレル教授の顔。
『気をつけます』
心がほんわりと温かくなった。
誰かに心配されると嬉しくなるのは何故だろう。
医務室を出たユキに自然な微笑みが浮かんだ。
***
どうしたら良いのかな。
授業後に話があるとスネイプ教授に言われていたが治療のために教室を抜け出していた。
それから今までスネイプ教授には会っていない。クィレル教授との授業打ち合わせが案外早く終わったので彼の自室を訪ねようか迷っているのだ。
大広間まできて困ったように立ち尽くし、以前スネイプ教授に言われた言葉を思い出す。
夜遅く女性が男性の部屋に行くのは世間体が悪いらしい。
でも、見つからなければいいのか。
一人納得して地下牢へと続く階段を下りていく。
ひんやりとした空気が心地よい。
暗い廊下を進みドアをノックすると覗き窓が開きスネイプ教授が扉を開けてくれた。
『お疲れ様です。わっ』
いきなり酷い男だ。
笑顔で言うと耳がギュギュッと引っ張られる。
しかし、彼の腕の中に自分が贈った本があるのが分かり怒る気が失せていく。
深い皺を眉間に刻みながら見下ろすスネイプ教授の視線を曖昧な笑いで受け止める。
しばらく睨まれていたが、彼は呆れたようにため息をついた。
「ずっとクィレルの所にいたのか?」
『えぇ。でも、早めに終わりました。クィレル教授が授業計画を準備していて下さっていたんです。私、足でまといにならないようにしないと』
「……とにかく入りたまえ。君には色々と聞きたいことがあるのでな」
「お、オートミールの件なら私では……痛ぎやぎゃっ!また耳を!暴力反対!」
「さっさと中に入れ」
私の抗議の声を聞き流し、スネイプ教授は私を部屋に招き入れる。
中に入れてもらいローテーブルを挟んで対面に座る。
黒く綺麗な革のソファーは座り心地が良い。
部屋の壁は全て本棚になっており、並べきれない本が横向きに差し込まれている棚もある。
あれは書店で絶版だって言われた本だ。
読みたいな。
「Ms.雪野」
気がつくとテーブルの上に紅茶とクッキーが用意されていた。改めて魔法って凄い。
『美味しい』
ふんわりと香る薔薇の香りの紅茶は疲れた体と張り詰めていた神経を和らげる。
張り付いた笑顔ではなく一瞬だが自然な笑みを浮かべたユキを見て、スネイプも柔らかい眼差しになった。
『話があると言われていたのに勝手に抜け出して申し訳なかったです』
「いや。医務室に行ったのだろう。治療はできたかね」
スネイプ教授の表情が強ばったのを見て慌てて大丈夫だと返事をする。
クィレル教授のことはややこしくなりそうなので言わない事にした。
『明日の朝にはすっかり良くなるそうです。それで、話とは?クィレル先生の事ですか?』
「君はどう思う。クィレルの事を」
『そうですね、良い先生だと思いますよ。スネイプ教授はどう思われますか?』
「何とも思っていない」
そう言う彼の顔をじっと見る。
スネイプ教授がクィレル教授の情報を教えないなら自分も考えを話すつもりはない。
しばし探るように視線を交わらせた後お互い視線を外した。
『そういえば、Mr.ドラコ・マルフォイは先日ダイアゴン横丁にいたプラチナブロンドの男性のご親戚ですか?』
微笑みを作り話題を変える。
「そうだ。知っていたのか?」
『いえ。顔と雰囲気が似ていたので』
「ダイアゴン横丁で会ったのはルシウス・マルフォイ。ドラコの父親だ。マルフォイ家は魔法族の名門。魔法省に多額の寄付をし、ホグワーツの理事の一人でもある」
『なるほど。ありがたい情報です』
こういう人物と関わると厄介なことになるのはどこの国でも同じ。
「君の使う術は興味深いものが多い。我輩の授業で使った術は何だ?」
『あれは影分身の術と言います。得意なんです。便利ですけど、分身なのである程度傷つくと消えてしまいます』
「分身が傷ついても君自身には影響はないのか?」
『それは大丈夫ですよ。影分身にも魔力を込めますから私と同じように忍術を使えます。影分身を消したら、もしくは消えたら分身の記憶が私に戻る仕組みです』
印を結び、影分身を出して消してみせる。
スネイプ教授は興味深そうにその様子を見ていた。
「そうか。だから、君は七年分の授業内容を短期間で習得できたのだな。ようやく納得がいった」
『はい。ただ、この術は影分身一体出す分には問題ありませんが一度に何体も出すと魔力の消費が大きいです。だから私は食べる事で補います。大食いには理由があるのですよ!』
胸を張って言うと鼻で笑われた。
心臓が少し早くなる。
なぜ、私はこの人の目の前にくると心臓が早くなる?
息が苦しくなる?
声を聞いて心地よく体が痺れたのはなぜ?
答えの出ない問いに頭をひねらせながらクッキーを口に運ぶ。
「雪野」
『うっ。すみません』
考え事をしていたら二人分のクッキーを全部食べてしまっていた。申し訳ない。
「人の分まで食べる癖は直したまえ」
呆れた声が吐息混じりで艶っぽく響き思わずスネイプ教授から目線をそらして紅茶を飲み干す。
「それから」
『はい』
「あまり心配させるな」
飲んでいた紅茶が器官に入り盛大にむせた。
早くこのドキドキの原因を突き止めたいと思う。