第3章 小さな動物たち
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23.黒狐の決意
――――― 親愛なる スラグホーン教授
ご紹介頂いたMs.ヴェロニカ・ハッフルパフのお宅に到着しました。
Ms.ハッフルパフはとても優しく、お料理上手な方です。
明日からMs.ハッフルパフについてケリドウェン魔法疾患傷害病院で簡単なお仕事を手伝うことになっています。
お仕事の邪魔にならないよう気をつけながら少しでも知識を ―――――――
『やはり満月の夜はチャクラが増える』
ブルガリアに来て1週間。
ユキはホッと息を吐き出しながら空に浮かぶ満月を見上げた。
開け放たれた窓から夜風が吹き込んできて昼間に溜まった部屋の中の熱気を取り払ってくれる。
セブとリリーはどうしているかな?
ユキは寸の間辛そうに顔を顰めた後、頭を振って気持ちを切り替え分厚い魔法薬の本を開く。
「次の患者さんは龍痘の患者さんよ。黒班病との違いは分かる?」
『どちらも感染力が強く疱疹が出ます。ええと、ですが龍痘の方は膿を持った赤い斑点が出るのが特徴で高熱も続きます。黒班病の方は――――
――――― 大好きなミネルバ
イギリスは今年も猛暑が続いているとラジオで聞きました。魔法があるとはいえミネルバも気をつけてくださいね。
さて、私の方は嬉しいことがありました。Ms.ハッフルパフが来年も病院に手伝いに来ても良いと言ってくれたんです。
卒業後はこのまま研修癒者として雇ってもらえたら万々歳なのだけど―――――――
長いようで短い夏が終わる。
ユキは荷造りしたトランクをバチンと閉めてベッドに仰向けに転がった。
目を閉じた瞼の裏に浮かぶのはあの日のこと。
結局二人の親友とは仲直り出来なかった。
許しを乞うた私の手は振り払われてしまった。
セブにも、リリーにも……
鼻が痛くなって手を顔に持っていくと水がついた。
ずっと暗部にいたら、この世界に来なければ、私はこんなに辛い思いをせずに済んだのに。
『……セブ』
胸の痛みはあの日からちっとも軽くならない。
あなたが仲直りしたかったのはリリーだけだった。
私には目も合わせてくれなかった。
あなたの心はいつだったか私に言ってくれたのと同じ、今も変わらずリリーのもとにある。
『セブ』
ずっと暗部にいたら、この世界に来なければ、私はこんなに辛い思いをせずに済んだ。
でも、私はこの世界に来たからこそ、この胸の痛みを知った。
人を愛することを知った。
『むしろ、忍である私を知られずに済んで良かったんだ』
そう呟いて自分を慰める。
忍というものを知った彼が今まで通り私に接してくれるとは限らなかったのだから――――――もしかしたら恐れられ、化物を見るような目で見られていたかもしれない。
寝返りを打って白い壁紙を見つめる。
これからは任務の時のように冷静な目で彼を見て、妲己に見せられた彼の運命を変える準備をしていこう。それだけに集中しよう。
リーマスもシリウスもクィリナスもダンブルドアも―――――――
彼らもセブルスと同じように助けてみせる。
妲己に見せられた皆は、みんな誰かの手によって命を落としていた。
彼らに危害が及ぶ前に私がその誰かを消す。
長期任務になる。失敗は出来ない。
失敗するつもりはないけれど…………
『……』
階段を上ってくる音で現実に戻ってくる。
直ぐにノックされた扉。
「ユキ?」
扉を開ければヘルガ・ハッフルパフの子孫ヴェロニカの姿。
彼女から甘い香りがふわりと香る。
「サプライズであなたにケーキを作ったのよ。食べにいらっしゃい」
『ありがとうございます!!』
ブルガリアでの魔法治癒の勉強はとても為になった。
ヴェロニカは優しくて優秀な癒者。
もっと彼女のもとで学びたいことがある。
来るべき日に備えて何重にも手を打とう。
まだ時間はある。
でも、落ち込んでいる暇などないんだ。
***
キングス・クロス駅、9と3/4番線。
ブルガリアからポートキーを使ってイギリスに到着したユキは、ホームを歩きながら横目でホグワーツ特急に乗っている生徒を見ていた。
寮別?学年別?
それとも好きな場所に座ってもいいのかしら?
グリフィンドールの車両に乗り込んで気まずい思いをするのは避けたい。
そう考えているとタイミングよく聞き慣れた足音が近づいてきてくれた。
振り向くとそこには思った通りの人物。
「うわっ。後ろにも目がついてるんですか?」
『フフ、かもね」
私は笑いながらレギュラスの方へと歩いていく。
カートを押すレギュラスに対して私はトランク一つで身軽だ。
「荷物はそれだけですか?」
『大体はホグワーツに置きっぱなし。教科書類は学校のを借りているしね』
「楽でいいですね。そういえば、先輩と駅で会うのは初めてな気がするのですが……」
『実はホグワーツ特急に乗るの初めてなのよ』
「そうなんですか?」
1年生の時は入学式が始まるまでホグワーツに泊まっていた。
2年生の夏休みからはミネルバの家で過ごし、ミネルバが城に戻る時に合わせて付き添い姿現しで一緒に連れて行ってもらっていたのだ。
もちろんホグズミード村に行った時に汽車を見たことはあった。
だけど乗るのは初めて。
だから私は今とてもワクワクしている。
『どこに乗ったら良いか分からなくて困っていたんだ』
「監督生の車両は決まっていますがあとは自由ですよ」
『そうなんだ』
「先に荷物を積んでから席を探しに行きましょう」
荷物を貸して下さい。というレギュラスに私は首を振る。
『自分で運べるからいいよ。というか少し持つよ?』
レギュラスのカートは荷物で山積み。荷物が崩れそうだからトランクを2,3個持ってあげたほうが良さそうだ。
また馬鹿力だとからかわれそうだから小ぶりのトランクを選ぼう。
そう思って小ぶりのトランクに手を伸ばした私だが、その手はレギュラスにギュッと握られてしまう。ギュギュギュギュギュ
『い、痛いです、レギュラスさん』
「僕が持つと言ったんですよ。どうして逆になるんですか」
私はまたレギュラスの気に障ることをしてしまったらしい。
さっぱり自覚はないのだが……
『だってどう見てもレギュラスの方が大変じゃん』
拗ねるように言うと何故か溜息を吐き出された。酷い後輩だ。
「僕にはクリチャーもいるから大丈夫なんです。ほら、貸して下さい」
レギュラスが私の荷物を取り、カートの上に乗せた。
崩れそうになる荷物の山。
しかし、普通なら崩れてくる荷物の山は決して崩れない。
レギュラスの足元にいる屋敷しもべ妖精が魔法を使っているからだった。
「紹介します。ブラック家の屋敷しもべ妖精、クリーチャーです。クリーチャー、僕と同じ寮で2つ上のユキ・雪野先輩だ」
『はじめまして。ユキ・雪野です』
しゃがんで手を差し出すと一瞬ビックリした顔をされてしまったが手を握り返してくれた。
まじまじと私の顔を見るクリーチャー。
「あぁ、この方がレギュラスお坊ちゃまがいつも話しておられる……」
『いつも?レギュラスは私のことを何て??』
「クリーチャーめは余計なことを言うなとレギュラスお坊ちゃまにキツく言われています」
顔を上げて視線をクリーチャーからレギュラスに移す。
『ねえ。クリーチャーに私のことなんて言ったの?』
私の目の前にいる屋敷しもべ妖精はちょっと顔が笑っている。
レギュラスにあることないこと吹き込まれたに違いない。
『レギュラス?』
「何って僕が見たまま、感じたままを話しただけですよ」
『嘘ね。ぜったい誇張して話したでしょ!私のこと「行くぞ、クリーチャー」あっ、待ちなさいよレギュラス!』
顔を見合わせるレギュラスとクリーチャーの顔はやっぱりちょっと笑っている。
うぅ。レギュラスったらどんなことを話したのかしら……?
失敗したことも恥ずかしいエピソードも沢山ある。
レギュラスは何を話しちゃったのだろう?
私は少々居心地の悪さを感じながら、二人の後をついていった。
「クリーチャー、家のことを頼むよ」
「行ってらっしゃいませ、レギュラスお坊ちゃま。
ユキ先輩さまもお気をつけて行ってらっしゃいまし」
私たちはクリーチャーに別れを告げて汽車に乗り込む。
空いているコンパートメントは直ぐに見つかった。
『レギュラスって生まれた時からこんなに優しいの?』
頭上に上がっていた私の手からトランクが落ちそうになったところをレギュラスがヒョイと押して網棚に押し込む。
「……何ですかその恥ずかしい質問は」
『ごめん。ほら、レギュラスって今みたいに荷物持ってくれたり、学校でもドアを開けてくれたりするでしょ?しかもいつもスムーズな動き。そういうの凄いなって思って』
「どうしてユキ先輩って人はこういう事を真顔で……」
『ん?』
「いえ、何でもないです」
何やらブツブツ呟いているレギュラスを首を傾げながら見ているとコンパートメントの扉が開いた。
入ってきたのは同室のガーベラ・パーキンソンと彼女の彼氏。
「久しぶりね、ユキ。ここに座ってもいい?」
『もちろん!』
二人に並んで座ってもらうためにレギュラスの隣に移動する。
ガーベラたちは付き合いだしてから2年になる。
こういうことに疎い私から見ても仲の良いカップルだと分かる。
一瞬、羨ましいと思ってしまった自分を叱りつける。
セブを助ける作戦を考えるために、彼に対しては冷静な判断を狂わせる余計な感情を持たないようにしようと決めたばかりじゃないか……
「そういえば、ユキ」
呼びかけられて対面に座るガーベラに視線を向ける。
「あなた、結局セブルス・スネイプと仲直りできなかったのね」
『え゛っ』
ニコッと笑うガーベラ。
空気を読むことが苦手な私でさえコンパートメントの空気がピシッと固まったのが分かった。
『ガーベラったらはっきり言うなぁ』
「あら、ユキにはハッキリ言わないと伝わらないでしょ?」
感謝しろ、と言った顔のガーベラ。
彼女の言う事に確かに。と思ってしまう自分がいるから彼女に言い返す気はない。
ただ、この凍りついた空気だけはどうにかして欲しい。
取り敢えず、何故そんなことを?と突然の質問の意味を聞いてみる。
「意味なんて特にないけど……」
じゃあただの空気クラッシャーってこと?
私の同室の彼女は何を考えているんだか……と呆れていると何故かガーベラの視線はレギュラスへ。
「意味はないけど、そうね……私は前からスネイプよりレギュラスを応援していたってことかな」
『ハア?』
ニコッと笑うガーベラの前で首を傾げる。
私にはさっぱり彼女の言っている意味が分からない。
だが、レギュラスは違ったらしい。
体をビクッと跳ねさせたレギュラスを見る。
『今のどこにレギュラスが顔を赤くする要素が??』
「そんなこと聞かないで下さいッ」
怒っているような恥ずかしがっているようなレギュラスの顔。
対面では顔を見合わせて悪戯っぽい笑みを浮かべる二人。
『また私だけ置いてきぼり』
一人話についていけず膨らんでしまう私の頬。
結局、誰も私に話の内容を説明してはくれなかった。
『んぅ……』
駅を出発してからどのくらい時間が経っただろう?
おしゃべりをし、回ってきたワゴンから買ったお菓子をお腹いっぱい食べた私は睡魔と闘っていた。
とても眠い。
昔は人前で眠気を感じることなどなかったのに。しかも最近悪化してきている気がする。
私は眠気を払うために軽く頭を振った。
「まだホグワーツに着くまで数時間かかるわよ。我慢しないで寝てしまったらどう?」
ガーベラの言う通り寝てしまいたい。
だが、知っている人の前とはいえ他人の前で
眠るのが私は怖かった。
『眠くない』
「そうは見えないけど?」
私はガーベラを無視して口にチョコレートを放り込んだ。
人間は寝ている時が一番無防備な状態だ。
襲われたらひとたまりもない。
「ガーベラ」
眠気と戦っているとトントントンとコンパートメントの扉がノックされた。顔を出したのは同じ学年の寮生だ。
久しぶりの彼女とも挨拶を交わす。
「今度ミュレー家で催されるパーティーにガーベラも出席するって聞いたんだけど」
「えぇ。彼と一緒に行くわ」
「今あっちの車両に集まってドレスの色がかぶらないように相談しているのよ。ガーベラも混ざってくれない?」
「是非そうしたいわ!」
スリザリンには名家の生徒やお金持ちの家の生徒が多い。
上級生になってからはみんな休みの度にどこかの家が主催しているパーティーに出席しているらしい。
「私たち、向こうの車両に移動してホグワーツに着くまでこっちには戻ってこないと思うけど……」
『私はここにいるわ。歓迎会で会いましょう』
招待されていない私が向こうに行っても気を使わせてしまうだけだ。
手をひらひら振って二人を送り出す。
ガーベラと彼氏が出て行ったコンパートメント内。
私かレギュラスのどちらかが対面に移動すれば座席に寝っ転がれるのだが私は眠すぎて立ち上がる気力もなかった。
心の中でレギュラスが対面に移ってくれるよう念じていると急に私の腕がぐっと引っ張られる。
『わわ??』
斜めに傾いていく体。
ポスンと私の頭が着地したのはレギュラスの膝の上。
突然のことに驚きながら私はレギュラスを見上げている。
『レギュラス??』
「眠いのでしょう?城に近づいたら起こしてあげますから寝ていいですよ」
私はまじまじとレギュラスの顔を見つめた。
レギュラスはやっぱり優しい。
自分の顔が緩んでいくのが分かる。
『ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうね』
眠る気はないが瞼を閉じる。
以前リーマスにもしてもらったことのある膝枕は平らな場所に直に寝るよりずっと楽。
『イギリス紳士という言葉はレギュラスの為にあると思うよ』
目を瞑ったまま言うとレギュラスの手のひらがそっと頭の上にのった。
「本当の紳士はこういったことはしません」
『そうなんだ』
「そうなんです」
頭を撫でてくれるレギュラスの規則正しい手の動きが心地よく、私の意識はまどろんでいく。
『っ!?』
しかし、心地よい感覚は突然消えた。
私は体に悪寒を感じながら身を起こす。
急に立ち上がった私に驚くレギュラスの声を背中で聞きながら、私は勢いよくコンパートメントの扉を開けた。
『誰か……クィリナス!?』
素っ頓狂な声を上げる私の前にいたのはレイブンクロー生でレギュラスと同い年のクィリナス・クィレルだった。
「お、お久しぶりです」
『久しぶり。ビックリしたよ……』
本当にビックリした。
汽車内は煩くて普段よりも物音が聞こえづらいとはいえ移動してくる足音が一切聞こえてこなかった。
前にも思ったが彼には忍の才能があると思う。
『もしかして私に用事?それともレギュラス?』
「い、いえ、特に用事では、な、ないのですがその……よ、宜しければ一緒に座っても、か、構いませんか?」
座る場所がなくて、と続けるクィリナス。
私は彼の前で無意識のうちに暗部独特の笑みを作っていた。
『キングズ・クロスを出てから1時間は経っているわよ?その間どこにいたの……?』
「こ、この廊下にいました」
『ずっと?』
私の問いに曖昧な笑みを浮かべるクィリナス。
私の言葉を否定しない彼は、どうやら出発から今までずっとこの廊下にいたらしい。
それは、座る場所がなかったからこの廊下に来て、さらに私たちに声をかけづらかったから仕方なくこの廊下で1時間立ち尽くすしかなかった、ということだろうか?
……ダメだ。
私にはどうしても彼が自ら望んで廊下にいたとしか思えない。
だが、しかし、何のために……それ以上は考えてはいけない気がした。
「ユキ先輩?」
背中に悪寒を感じていると戸惑い気味の声が後ろから聞こえた。
『レギュラス、えっと、あのさ』
「し、失礼します。ユキ先輩とお話したいので、わ、私もこのコンパートメントに入っても、よ、よろしいですか?」
断る理由はない。
横に避けてクィリナスに道を開ける。
私は二人に背中を向け、気づかれないように小さく息を吐き出しながら考えていた。
クィリナスの事を神経質で気弱だなどと言うレイブンクロー生は本当の彼を見ていないと思う。
神経質であるかは別として、彼は決して気弱ではない。
むしろ彼は相手に考えさせる間もなくスっと自分の要求を通してしまう。
私も何度そういう状況に持っていかれたことか……
『二人は同じ学年だけど知り合い?』
「「いいえ」」
『そう……?』
扉を閉めながら聞くとハッキリした声で二人から返事が返ってきた。
会った瞬間仲が悪くなるなんてことはあるのだろうか?
二人からは何故かピリピリした空気が伝わってくる。
二人の醸し出す空気に少々気圧されていると突然ガタンッと汽車が揺れた。
「「危ないっ」」
『ふわっ!?』
バタンッと激しい音がコンパートメントに響く。
『痛った~~』
頭を打って目の前がチカチカする。
汽車が揺れてバランスを崩した私だが、本来ならば忍の私がこのくらいで倒れるなんてことはありえないのだ。
ではどうして倒れたかというと原因はこの二人。
同時に私に手を伸ばした彼らが私を自分に引き寄せるように思い切り引っ張ったのだ。
助けてくれようとしたのは嬉しいがあれほど強く引っ張る必要はなかったと思う。
おかげで私は受身も取れずに後ろにひっくり返った。
「すみません、ユキ先輩!」
「すぐに氷を出しますっ」
レギュラスに手を借りて起き上がり座席に座る。
「出来ました」
『ありがとう、クィリナス』
ハンカチで包まれた氷を受け取って後頭部に当てる。
私の対面の座席に座るレギュラスとクィリナス。
心配そうに私を見つめる二人。
頭は痛いが先ほどのピリピリした空気が消えたように思う。
結果オーライなのかもしれない。
『そんなに心配しなくて大丈夫だよ。私、こう見えてもけっこう石頭だから「こうみえても?」レギュラス???』
心配するのか揶揄うのかどっちかにしなさいよ!
妙な合いの手を入れるレギュラスをキッと睨みつけるとクィリナスがプッと吹き出した。
『クィリナス?』
「す、すみません」
『~~っもう!後輩ふたりが意地悪だッ』
ぶーっと膨れる私。
はじめはどうなることかと思ったが、お互いに自己紹介をした二人はあっという間に打ち解けていったのだった。
***
新入生の組み分けと歓迎会が終わった大広間。
1年生は各監督生に連れられて寮へと移動していく。
上級生も席を立って大広間を出て行くが、私が向かうのは寮ではなくミネルバの私室。
「夏休みは充実していたようね」
『Ms.ハッフルパフに料理も教えてもらったんです』
「フフ、それじゃあ今度作ってちょうだい」
楽しそうに笑うミネルバに頷く。
私は今年度使う教科書を受け取って部屋を出ていった。
「ユキ」
『リーマス』
廊下にはリーマスがいた。
「ユキの様子が気になっていたから、その……少し話さない?」
私は頷いて彼と並んで廊下を歩き出す。
リーマスと話すのはO.W.L.試験最終日のあの日以来だ。
だが、私とリーマスは喧嘩をしているというわけではなかった。
リーマスはいつも悪戯仕掛け人とセブの間にいざこざがある度に止めに入ってくれていた。シリウスとは違う。
それに彼は私が忍だと知っているからリリーのようにあの日私が闇の魔術を使ったとは思っていない。
忍の術も人を傷つける術だから闇の魔術と大差ない。
しかしリーマスは忍術を使うほど怒る私の気持ちを理解してくれていて、さらにセブやリリーと仲違いしてしまった私を気遣う内容の手紙を夏休みにわざわざブルガリアまで送ってくれていた。
「本当に、手紙に書いていた通りでいいのかい?」
『うん。もう決めたんだ。あと、申し訳ないけれど、シリウスと仲直りする気もないよ』
「そう……」
私たちは階段に座って話していた。
事情を知っているリーマスは、私が忍であるとリリーに手紙で打ち明けてはどうかと勧めてくれた。
しかし私は誰かに見られる可能性のある手紙に大事なことを書く気はなかったし、それに状況も少しO.W.L.直後とは変わっていた。
『ダンブルドア校長先生に言われたの。最近また闇の勢力が力を増してきたから今まで以上に注意しなさい。今打ち明けている人以外に忍だと話すのも控えたほうがいいって』
「そうだったんだ……」
リリーは打ち明けたところで人を傷つける術を使った私を許す気はないだろう。それはセブだって同じ。今更打ち明けても彼の私に対する気持ちは変わらない。
これはO.W.L.試験後から夏休みに入るまでの間で嫌というほど分かった。
「……辛いね」
『今は少しマシになったけど胸が破けそうに痛いよ』
自分の胸元に視線を落とす。
病気でもないのに胸に痛みを感じるのは不思議な感じだ。
「僕になにか出来たらいいのだけど」
ぐっと唇を噛むリーマスに首を振る。
『ううん。もう充分リーマスには元気をもらっているよ。夏休みの手紙、本当に嬉しかった。これからも……あ……ゴメ……』
ポロリと目から零れてしまった涙。
リーマスにこれ以上気を使わせたくない。
私はリーマスから顔を背け、頬に伝った涙を拭う。
心を静めて涙を止める。
『ごめんね。さっきの続き……リーマス、出来たらこれからも私と仲良くしてくれたら嬉しいです』
私はリーマスにニコリと笑って見せた。
リーマスはこんなことを言わなくても私と今まで通り接してくれるだろう。
だけど私は言葉で聞いて安心したかった。
心が弱っていると感じる。
感情がこれほどやる気や体調に影響するとは思っていなかった。
私は自分の心の弱さを初めて自覚している。
私はこんなに情けない奴だったなんて―――――
「泣きなよ」
不意に、リーマスの手が私の頬に添えられた。
驚く私にリーマスは優しく微笑む。
「辛い時は、泣いていいんだ」
『ばか……っリーマス、泣きたく、なかったのに……』
「我慢する必要はないよ。思いっきり泣くといい」
もう涙を止めることは出来なかった。
リーマスに抱き寄せられ、私は彼の胸で声を上げて泣いてしまう。
私の大事な親友たちは 私の元へは帰ってこない
誰かとの別れがこんなに辛いなんて知らなかった。
どんなに気持ちを奮い立たせても悲しみが拭えなかった。
私は初めて友人を失ったことに思っていた以上に打ちのめされていたのだ。
『寂しい……ヒック、寂しい』
「ユキはひとりじゃない。僕がいる」
僕はどこにもいかないよ。
優しい声で言い、リーマスが背中を摩ってくれる。
私の気持ちは少しずつ安定していく。
「僕は決して離れない。大丈夫。ユキとずっと一緒にいるよ」
『リーマス……リーマス…………』
このまま彼の腕の中で眠ってしまいたい。
温かい彼の胸が、私の心を癒してくれた―――――――――