第3章 小さな動物たち
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22.決別の日 後編
<試験 そこまで!>
羽ペンを置く音とため息。
ようやく2週間に及んだ5年生のO.W.L.試験が終了した。
試験官がアクシオを唱え、羊皮紙が宙を飛んでいく。
『セブ、四精霊の火の民ってザラマンデルとグノームで良かったっけ?』
セブルスの机にユキが走ってくる。
「グノームは土の民。火の民はザラマンデルとヴルカンだ」
『うげっ。迷いに迷って最後にヴルカンとグノームを反対にしちゃった』
「だけど、それ以外は出来たんだろ?」
悔しそうに呻きながら天井を仰ぐユキを慰めようとセブルスはポケットからカエルチョコを取り出し渡す。
「ほら、コレやるから元気出せ」
『チョコ!わーい。ありがとう!』
途端に輝くユキの顔。
落ち込んでいたのをすっかり忘れ、嬉々とした顔で逃げようとするカエルチョコを口に押し込むユキを見てセブルスは笑った。
『ん、おいふぃい』
「ところで、リリーにこの後のこと伝えられたのか?」
『うん。期限ギリギリの本を図書館に返したら直ぐに来てくれるって』
「そうか」
ユキは今日、親友であるセブルスとリリーに自分の秘密、自分は別世界からきた火の国の忍であったことを伝えるつもりでいる。
もう2人の親友に隠し事をしなくていい。
2人にありのままを話して自分を理解してもらいたい。
不安もあったが、ユキの心の中はそういった思いの方が強い。
それに……とユキは隣を歩くセブルスを見た。
暗部で育った自分は感情に鈍感。その鈍感さで人を傷つけてしまうのも自覚している。だから恋愛というのはハードルが高い。
だが、セブルスと今より踏み込んだ仲になりたい。
ユキはそう考えていた。
「ユキ先輩!」
試験が終わって生徒でごった返すロビー。
セブルスと大広間を出てすぐにユキは後輩のレギュラスに呼び止められた。
ゴオォと怒りの炎を背負うレギュラスを見て二人は顔を見合わせる。
「またレギュラスに迷惑をかけたのか?」
『かけてないよ。失礼だなぁ』
懐疑的な目を向けてくるセブルスにユキが肩を竦めているとレギュラスが生徒の波をかき分けてやってきた。
「試験はどうだった?レギュラス」
「こんにちは、セブルス先輩。誰かさんのおかげで大変でした」
やっぱり、という目のセブルスと黒いオーラを放つレギュラスからユキは視線を逸らす。
「何があったんだ?」
「最後の試験が魔法薬学だったのですけど……」
魔法薬学と聞いたユキは顔を歪め、そろりそろりと二人の前から逃亡を試みる。思い出したことがあったのだ。
「どこ行くんだ?」
『うっ』
しかし、セブルスはユキの行動を予測済み。ガッと手首を掴んでユキの逃亡を防いだ。
「レギュラス、続けろ」
「はい。魔法薬学の試験中にスラグホーン教授の口から小さなセイウチが飛び出したんです」
「はあ??」
事件は魔法薬学の担当であるスラグホーン教授が試験監督中に大好きなパイナップルの砂糖漬けを教卓で食べた時に起こった。
スラグホーン教授の口からゲップとともに飛び出してくるミニチュアサイズのセイウチ。
教室は大混乱。
「そして、そのセイウチの中の一匹が馬鹿みたいな声で鳴きながら僕の大鍋に飛び込んだんです。完成しかけていた僕の、混乱薬の、中に!」
「ユキ、お前って奴は……(レギュラス気の毒に)」
『うわぁごめん、レギュラス』
ユキは怒りの炎を燃やすレギュラスから逃げてセブルスの背中に隠れた。
「おかげで僕は追試です!」
『うわーん。レギュラスが怖いぃぃ』
「おい、僕の後ろに隠れるなっ」
『レギュラス怒ったら恐いんだもん。隠れさせてよ』
「そう思うなら普段の行動を見直すべきですね。さあ行きますよ、ユキ先輩」
『え?行くってどこへ!?』
セブルスの後ろから顔を出したユキは口角の上がったレギュラスの顔に嫌な予感を覚える。
「スラグホーン教授からの伝言です。試験が終わったら真っ直ぐに私室に来なさいとのことです」
『うっ。証拠は残していないはずなのに何故私だとバレた……?』
「ブツブツ言っていないで行きますよ。さあ、こちらへ。スラグホーン教授の私室までお送りします」
『い、いいよ。一人で行けるって。私はこの後大事な用事が……セブ、助けて!セブったらーー!!』
首根っこを掴んでズリズリと引きずるようにユキを連行していくレギュラス。
「……先に行っているとするか」
セブルスは引きずられていくユキに背を向けて、正面扉から外へ出ていった。
6月は雨がなければ過ごしやすい季節だ。
今日は晴天で青空が広がっている。
セブルスはユキに指定されたブナの木の下に行き、先ほど終わったばかりの闇の魔術に対する防衛術の試験問題を広げた。
しかし、セブルスの意識は別のところにある。
ユキは故郷であるシノビの国について話してくれるはずだ。
僕より先にルーピンに話をしたのは……きっと、それにも理由がある。聞いたら素直に教えてくれるだろう。
セブルスはユキが自分を見る瞳を思い出す。
甘く、熱っぽく輝く黒曜の瞳。
その瞳を見て、セブルスは自分がユキに対して想っているように彼女もまた自分に好意を抱いてくれていると確信した。
今日こそホグズミードの日に言えなかった事を伝えよう。
ちゃんと言葉も考えてきた。あの日のように準備不足ではない。
あの日とは違って告白する勇気も胸の中にある。
「そのスニッチどこで手に入れたんだ?」
「ちょいと失敬したのさ」
セブルスは試験問題から顔を上げて振り返った。
チッ。あいつらか……。
いたのは丘を下ってやってくるグリフィンドールの悪戯仕掛け人。
セブルスは迷った結果、その場から移動することに決めた。
湖に沿って歩いていればリリーもユキも自分を見つけてくれるだろう。
「あぁ退屈だ。満月だったらいいのにな」
「シリウス、それならさっきの答え合わせをしてくれないか?ええと……これがいい。狼人間を見分ける5つの兆候。これ、分かったかい?」
「楽勝だ。一、チョコレート中毒である。二、実は腹黒い。三……」
今日だけはあいつらに絡まれたくない……。
立ち上がって芝生の上を歩き出したセブルスだったが、背後からは嫌な会話が聞こえてくる。
「おい、パッドフット。あそこにいるあいつを見ろよ。これで楽しくなるかもしれないぜ?」
「いいぞ。スニベルスじゃねぇか」
セブルスは背後からザクザクと芝生を踏む音が近づいてくるのを聞き、心の中で舌打ちした。
「ご機嫌いかがかな、スニベルス?」
ジェームズが大声で呼びかけると同時にセブルスは鞄を捨て、ローブに手を突っ込む。そして振り向きざまに杖を振り上げた。
「エクスペリアームス!」
しかし、背後を取っていた彼らの方が断然有利だった。
ジェームズの武装解除呪文でセブルスの杖は手を離れ、数メートル後ろまで飛ばされてしまう。
「インペディメンタ!」
「くっ……」
直ぐに杖を拾いに行こうとしたセブルスだが、その前にシリウスが呪文を放つ。妨害呪文が当たった体は跳ね飛ばされる。
近くにいた生徒が騒ぎに気がついた。
試験が終わり“面白い何か”を求めていた生徒たちがおもしろがって近づいてくる。
「試験はどうだった?スニベリー?」
「間違って闇の魔術について書かなかったかい?」
芝生に叩きつけられ、痛みに顔を歪めるセブルスの目にシリウスとジェームズが杖を上げて近づいて来るのが見えた。
「今に見てろ―――お前らなんか」
「ん?スニベリー、顔が泥で汚れているみたいだ。綺麗にしてあげよう。スコージファイ!」
ジェームズがセブルスの言葉を遮って呪文をかけた。
口からピンクのシャボン玉が吹き出し、セブルスは吐き、むせ返る。
ジェームズやシリウス、周りの生徒たちが一斉に笑い出す。
「やめなさい!」
少女の怒鳴り声が青空の下に響く。
丘の上から走ってきたリリーはセブルスを見てショックを受けたように目を見開き、続いて原因になった二人を睨んだ。
「元気かい、リリー?今日も可愛いね」
「彼があなたに何をしたっていうの?」
怒りに燃えたエメラルド色の瞳がジェームズを睨みつける。
「そうだな、リリー……こいつの存在そのものって言ったら分かってくれるかい?」
ジェームズは一瞬たじろいだが、何てことないというように肩を竦めて言い、笑った。
シリウス、ピーター、取り巻いている生徒も笑い声を上げる。
リーマスだけは心配そうにハラハラとした様子で二人を交互に見ていた。
「あなたって人は傲慢で弱い者いじめをする嫌な奴だわ、ポッター。セブにかまわないでちょうだい」
「リリーが僕とデートしてくれるなら喜んでやめるよ。今度のホグズミード、僕と一緒にどうだい?」
「あなたと一緒に出かけるくらいなら大イカと寒中水泳した方がマシよ!」
心の底から軽蔑され、嫌われているのに引き下がらないジェームズにリリーは冷たく言葉を返す。
二人のいつものやりとりを苦笑いで見物する生徒たち。
シリウスもジェームズを呆れながら見ていたが、ジェームズの背後に黒い影が動いたのが見え、声を上げた。
「危ない!後ろだ、プロングズ!」
しかし、シリウスの警告は遅かった。
呪いから回復したセブルスが杖を拾い、杖をジェームズに向かって真っ直ぐに振り終えたところだった。
閃光が走り、芝生に血が滴る。
「クソッ。スニベリー」
ジェームズは頬から血を流しながら反撃に出る。
ブンッと振られた杖。
「ッ!?」
セブルスが宙に浮き、体がグルンと一回転した時、彼の足からズボンが抜けてしまった。
下品な笑い声が庭に響き渡る。
青白い両足と灰色のパンツが剥き出しになり、見ていた生徒たちが一斉にはやし立てる。
「なんてことを!下ろしなさいッ」
「承知致しました、姫君」
ジェームズがふざけたように言って杖を振った。
地面に落ちたセブルスは悔しさで顔を歪ませながら杖を手にする。
しかし、2対1では不利だ。
シリウスの石化呪文でセブルスは杖を振り上げたまま固まってしまう。
「いい加減にしないと怒るわ!」
ついにリリーも杖を取り出して構えた。
「呪いを解きなさい!」
周囲がシンと静まり返る。
本気で怒っているリリーを見て、ジェームズは深いため息をつき、セブルスに向かって反対呪文を唱えた。
「リリーが居てラッキーだったな、スニベルス。それともユキがいなくてアンラッキーだったか?」
「ポッター、あなたって最低よ」
リリーはジェームズを睨みつけ、ガクンと地面に膝をつくセブルスに駆け寄っていく。
しかし――――――――
「……来るな」
「セブ?」
ジェームズとシリウスに魔法で負かされ、幼馴染や大勢の前で恥をかかされたセブルスはこれ以上惨めな思いをしたくなかった。
リリーの厚意も今は苦痛でしかない。
セブルスは助け起こそうとしたリリーの手を打ち払う。
そして彼は、言ってはいけない一言を叫んでしまった。
「お前なんかの、穢た血の助けなんか必要ない!」
途端に辺りの空気が変わった。
「酷いわ……セブ、あなたまで……最低よ」
ショックに大きく目を見開くリリー。
魔法界で“穢た血”ほど酷い侮辱の言葉はない。
セブルスはリリーの目を見た瞬間、自分の過ちに気がついた。
しかし彼は何と言って引き止めたら良いのか分からず、去っていく彼女を引き止めることが出来なかった。
蝙蝠と牝鹿の別れ
「リリー、酷いことを言われたね。大丈夫かい?」
「触らないで!あなたもスネイプと同罪よ」
「そんな!僕は一度だってあんな言葉を使ったことなんか――――」
「まだ分からないの!?スニッチを見せびらかしたり、自慢するように廊下で呪文を放ったり――――あなたみたいな思い上がりは大嫌い。見ているだけで吐き気がするわ!」
セブルスの耳には二人の会話が遠くから聞こえるように感じられた。
リリーが去っていくのを呆然と見送るジェームズ。
「完璧に振られたな」
呆然と佇んでいたジェームズはシリウスの言葉で我に返る。
公衆の面前でリリーに振られてしまったジェームズ。
もって行きようのない感情を、ジェームズはセブルスに向ける―――――
「よーし、みんな。この中でスニベルスのパンツを脱がせるのを見たい奴はいるか?」
穢れた血だなんて……リリーにとんでもないことを言ってしまった……
セブルスはあんな事を言ってしまった自分自身にショックを受けたのと、彼女との関係を修復できるだろうかという不安で頭がいっぱいだった為ジェームズの呪文に反応できなかった。
セブルスの体は再び逆さ宙吊りになる。
怒り 後悔 屈辱 悲しみ
いくつもの感情に顔を歪ませながらセブルスはジェームズを睨みつける。
意地悪く笑うジェームズ
再び囃し出すギャラリー
「うわっ!?!?」
突然、セブルスの視界からジェームズが消えた。
後ろ向きに飛んでいったジェームズはブナの木に衝突してドサッと地面に落ちる。
「っ!?」
術者のいなくなったセブルスの体が落下する。
しかし、彼は痛みを感じなかった。
柔らかな風の渦
体の下で渦巻く風がセブルスの体を回し、ゆっくりと地面に下ろしていく。
足元でふわりと消える風。
不思議な出来事に何が起こったのかと生徒たちが顔を見合わせていると再び叫び声が上がった。
ジェームズに続いてシリウスも吹き飛ばされたのだ。
彼の体は地面を数度バウンドしてようやく止まる。
「ったく。やっぱりお前かよ。この暴力女」
「ようやく王子様のご登場だね」
呻きながら言うシリウス。
背中の痛みに顔を歪ませながら立ち上がるジェームズ。
普段のユキなら二人の言葉に言い返しただろうが今はそんな余裕はなかった。
『セブ!』
ユキは親友の名を叫びながら丘を駆け下りていく。
ふざけるにもほどがあるわ……。
城を出て待ち合わせ場所に向かったユキが見たのは、大勢の輪の中でリンチを受けるように逆さに吊るされるセブルスの姿だった。
しかもズボンを落とされたパンツ姿。
ユキは親友の辱められた姿とシリウス、ジェームズの卑劣なやり方に今までにない怒りを感じていた。
周りではやし立てていた生徒も許せない。
でも、まずはセブの治療をしないと。
緊急事態だ。どうせセブルスには自分が忍だと話すつもりでいるのだから医療忍術を使ってしまおう。
まずは何処かに移動して―――――
『っ!?……セブ?』
尻餅をついたユキは何を言われたのか理解できず、ただ呆然としてセブルスを見上げていた。
肩をかそうと手を伸ばした瞬間に突き飛ばされた体。
吐き捨てるように言われた「触るな」という言葉。
「もう僕に近づかないでくれ」
『え……?』
くるりと背を向けて歩き去るセブルス。
暫し呆然としていたユキだがハッとして立ち上がり彼の背中を追いかける。
追いかけなければ取り返しのつかないことになる。
言葉の意味は分からなかったが自分たちの友情が壊れかけていると強く感じていた。
『待って……待ってセブ!私また何かした?そうなら謝る。待って、セブ!!』
今度は労わるためではなく、すがりつくような気持ちでユキは手を伸ばす。
拒絶される怖さと戦いながら伸ばした手。
「僕に触るなと言っただろうッ」
その手は彼に触れる寸前で止まる。
「もうウンザリなんだよ」
セブルスは上体だけ振り返ってユキに冷たい視線を向けた。
彼の心の中にあるのは恥ずかしい姿を見られてしまった惨めな気持ち。
それと自分がどうすることも出来なかった二人をいとも簡単にねじ伏せてしまったユキへの劣等感。
セブルスは赤毛の幼馴染にしてしまったと同じ過ちを繰り返してしまう。
「いい加減疲れたんだよ。お前みたいに自分の気持ちも他人の気持ちも理解できない奴と一緒にいるのは」
『っ!』
「それにその顔」
気持ちが昂ぶっていたセブルスは溢れ出す言葉を止められなかった。
濃淡のない黒い瞳が不気味だ
時々作る目が笑っていない、口だけ微笑む表情が気持ち悪い
人の気持ちを考えない無神経な行動
言うつもりのなかったことまで次々と口に出してしまう。
「明るく無邪気なフリをしてお前はずっと僕を騙してきた」
『私は騙していなんか』
「じゃあシノビって何なんだ!?説明しろよッ」
セブルスの言葉にユキはたじろいだ。
周りには大勢の生徒がいて事の成り行きを見つめている。
この場で忍について話すことはできない。
今の魔法界にはヴォルデモートの影響で不穏な空気が立ち込めている。
忍の技を知ったら死喰い人たちはユキを放っておかない。
誰彼かまわず忍であることを話すべきではない、とユキはダンブルドアから言われていた。
スリザリンの上級生には死喰い人に成る者も現れ始めている。
同じ空間に住む者からの勧誘は逃げるのが厄介だ。
ユキもせめて卒業するまでは忍であったことを隠しておきたかった。
「答えられないか?」
『……セブが何を言っているか分からない』
「っ!……そうか」
ジェームズ、シリウスをはじめ多くの生徒が自分たちの会話に聞き耳を立てている。
今はとぼけておこう。セブには後で説明しに行けばいい。
ユキは軽い気持ちでこう思っていた。
「……金輪際、僕に話しかけないでくれ」
一方のセブルスの胸にあるのはユキに裏切られたという思い。
黒狐と蝙蝠の別れ
1年生の頃からずっと仲良くしていたんだ。
話せばきっと分かってくれるよね……
ユキは修復できない人間関係があることを知らない―――――――
『あんたたち』
去って行く黒い背中を見送ったユキは振り返ってシリウスとジェームズを見た。
『あなたたちが嫌っている闇の魔術とあなたたちがセブにした事、何か違いがあるの?』
「っ違うに決まっているじゃないか!」
『私にはそうは思えないよ』
闇の魔術を使ったと言われて声を荒らげるジェームズの言葉をユキはキッと睨んで否定する。
人を傷つけるのは闇の魔術と呼ばれるものだけではない。
『私はあなたたちがやる楽しい悪戯が好きだった。でも今回のことは違う。あんな行為許されない。悪趣味で最低だ』
淡々と、しかし軽蔑を含んだ声でユキが言った。
シリウスもジェームズも何も言い返せない。
『面白がって見ていたあなたたちも彼らと同じだ』
見物していた生徒たちが気まずそうにユキから視線を逸らしながら道を開ける。
早くセブのところへ……。
丘を登ったユキは正門の前に一人の少女を見つけた。
『リリー』
「どういうこと?」
ユキはいつもと違うリリーの様子に眉を寄せる。
腕を組み、唇を強く結ぶリリーからはヒシヒシと怒りが伝わってくる。
「私は戻ったの」
何が、と尋ねる前にリリーが口を開く。
ユキが来る前に自分もジェームズたちの悪行を止めようとしたこと。
セブルスに“穢れた血”と言われたこと。
セブに絶交を言い渡してその場を去ったこと――――――
「でも、大勢の中に……スネイプを残してきたことに後悔して直ぐに引き返したの。いくら闇の魔術を使う最低な人だとしても、袋叩きのような目にあうのは可哀想だと思ったから……」
セブルスを助けに戻ったリリーはユキを見つけた。
そこでリリーが目にしたのは忍術を使ってジェームズとシリウスを吹き飛ばすユキの姿だった。
その時のユキの顔には暗部時代の癖が残っていたのか笑みが浮かんでいた。
『見ていたのね……』
まさか見られていたとは思っていなかったユキの顔が青ざめていく。
「あれはいったい何の闇の魔術だったの?」
ユキもあちら側の人間だったなんて。
セブルスを良くない世界から抜けさせたいとユキに相談したリリー。
ユキは確かに自分と同じ気持ちだと言ったはずだった。
信じていたのに酷いじゃないっ。
セブルスを説得するフリをして裏では彼と同じように闇側の人間と通じていた。
ユキに裏切られたと思うリリーの目に涙が溢れる。
「あなたとはもう友達を続けられない」
『ま、待って。あれには理由がある「聞きたくないッ」
黒狐と牝鹿の別れ
「人を傷つけて喜ぶような人間とは付き合えないわ!これからは私に話しかけないでちょうだいっ」
リリーはユキに背を向けて城へと入っていった。
壊れてしまった三人の友情
『……泣いている場合じゃないよ。行かなきゃ』
ユキはセブルスともリリーとも喧嘩をしたことがある。
でも、ちゃんと仲直り出来てきた。むしろ喧嘩することで仲が深まったと感じることもあった。
今回も同じはずだ。まずは、忍についてセブに説明に行こう。それからリリーにセブと一緒に会いに行って、リリーにセブを許してもらって、それから……。
話せばきっと分かってくれるはず。
スリザリン寮へと走っていくユキ。
しかし、ユキのその望みは叶わなかった。
***
夏休みまであと1日と迫ったホグワーツ、スリザリン談話室。
『おはよう、セブ』
「……」
『お願い。1度でいいからちゃんと話を―――っ!』
目の前で乱暴に閉められた扉。
ユキは力なくソファーへと腰掛けた。
私は火の国で忍をしていたの。ずっと隠していてごめんなさい。
秘密を打ち明けられない理由があったの―――――――
毎朝、ユキは話をしようとセブルスが男子フロアから出てくるのを談話室で待ち構えていた。
しかし、セブルスは話を聞くどころかユキと目を合わすことさえもしなかった。
リーマスは知っていたのに自分には知らないとシラを切り通したシノビの国。
セブルスは好きだった分だけ余計にユキを許すことが出来なかった。
黒狐と蝙蝠は別々の道を行く
夏休みまであと1日と迫ったホグワーツ、グリフィンドール寮前。
「リリー、話を「やだ、また来てるわ」
「毎日毎日ほんっと迷惑」
「どいて。邪魔よ!行きましょう、リリー」
「……えぇ」
遠ざかっていく赤い髪。
みんなの前であんなことをされて、思ってもいないような暴言を吐いてしまった。
君は僕の大事な幼馴染だ。許して欲しい――――――――
毎朝、セブルスはリリーが寮から出てくるのを入口で待っていた。
周りから白い目で見られようとも、コソコソと陰口を言われようとも、彼は毎日グリフィンドール寮へと通った。
しかし、リリーの心は動かない。
闇の魔術は正義感の強い彼女にとって絶対に許すことの出来ない嫌悪すべきものだった。
それはユキに対しても同じ。
あの日以来、ユキもセブルスと同じように何度もリリーと話そうと試みたが、彼女の周りにはあの日のことを噂で聞いた寮生たちが常に守るようにおり、ユキはリリーとまともに話すことは出来なかった。
蝙蝠と牝鹿 牝鹿と黒狐も
別々の道を行く
「無視されるのを分かっていて良く続けますね」
『どうしても二人と仲直りしたくて……』
「違います兄のことです」
夏休みまであと1日と迫ったホグワーツ、スリザリン寮前。
「ユキ」
「兄さん、こういうのやめてくれませんか?ユキ先輩も迷惑していますし、僕も恥ずかしいです」
シリウスは弟を一瞥したが、すぐに視線をユキへと戻した。
スリザリンをホグワーツで1番嫌う彼がスリザリン寮に毎日通う理由。
やりすぎたと反省している。二度とあんなことはしない。
だから、前みたいに俺に笑いかけてくれないか――――――――
しかし、ユキはシリウスを許すことが出来なかった。
セブルスを公衆の面前で辱めたこと。
これをきっかけにセブルスともリリーとも仲違いしてしまったこと。
白髪に黄色い目の自分を気持ち悪がらずに接してくれた心優しい親友たち。
二人の親友を同時に失ってしまったユキの悲しみは深かった。
「頼む、ユキ。聞いてくれ!」
『触らないで!』
寮に入ろうとしたユキは引き止めようとするシリウスの手を振り向きざまに振り払う。
黒犬と黒狐
「ユキ、話を」
『黙れ』
二人もまた、別々の道を行く
『気安く呼ぶな、ブラック』
ユキはシリウスに背を向けて寮へと入っていく。
1年間が終わり、ホグワーツは夏休みに入った。