第3章 小さな動物たち
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19.子狼の愛情
杖明かりを頼りに蜘蛛の巣の張る階段を登っている僕は今ユキとシリウスの秘密の場所に向かっている。
まさかシリウスが僕に黙ってユキと会っていたとはね……
ゴオオォと体の中で黒い感情が渦巻くのを感じながら階段を登りきった僕が着いたのは石壁に囲まれた行き止まり。
「ここかな?」
石壁を手で探り、感触の違う場所を押す。
ズンッという鈍い音ともに石壁の一部が扉のように開いて僕は外に出た。
石壁の扉を戻してあたりを見渡す。
ええと……あそこだ!
自然と笑みが零れる僕が小走りに向かう先は緑色の大きなテント。
ジッパーを開けて中へと入った僕は感嘆の息を洩らす。
「普通の家みたいだ」
重厚感のある家具が置かれる広い室内はテントの中とは思えない。
さすがマルフォイ家の持ち物だっただけある。
ユキはまだ来ていないみたい。
テーブルにあるお菓子を食べながら待っていてもいいかな?
『リーマス』
「うわあっ」
突然ポンと肩を叩かれて飛び上がりそうになる。
『あはは、ビックリしすぎ』
振り返るとお腹を抱えてケタケタ笑うユキの姿があった。
音なんかしなかったのに!!
「いつの間に来たんだい?全く気がつかなかったよ」
ドキドキ鳴る心臓を押さえながら言うと、
『来たんじゃなくて私が待ってたんだよ』
と不思議なことを言われ、僕の眉は寄ってしまう。
「それは……ユキが僕より先に来ていたってこと?」
『そういうこと』
「分からないな。いったい何処に隠れていたんだい?」
頭を混乱させながら聞くとユキは天井を指差した。
『見てて』
言うが早いかユキは飛び上がり、天井に足をつけて逆さ吊りになる。
「……凄い……ね」
スカートが捲れているけどね!
真下からだと下着は見えないが僕は気まずくなって俯いた。
「忍の技かい?」
『うん』
ユキがストンと床に降りてきた。
『チャクラ……えっと、魔力をコントロールして足の裏に集中させて壁とくっつけるの。多分リーマスも出来るんじゃないかな?』
「うーん。やりたいような、やりたくないような……」
さっきのユキの姿を自分に置き換えてみる。
ごめんね、ユキ。
悪いけど僕はやりたくないや。
『ところで、どうしてリーマスがここに?』
頭の中で何通りもの断り方を考えていた僕はユキが話題を変えてくれたことにホッとしながら口を開く。
「今晩シリウスはジェームズと一緒に罰則なんだ。急に決まったからユキに行けないって伝えに行けなくて代わりに僕が来たってわけ」
『そっか。という事は、この前シリウスを医務室に運んだ後にここの話を聞いたわけだね』
「そうなんだ。シリウスとユキの秘密の場所だったのに僕がお邪魔しちゃってごめんね」
本当は邪魔しにきたんだ。とは口が裂けても言えない。
僕は申し訳なさそうな顔を作ってみせる。
『邪魔じゃないよ!リーマスなら他の人に喋る心配ないし、大歓迎。ちなみにジェームズとピーターにもここの事話してあるの?』
「二人にも話してしまったんだ。シリウスも怪我をしたし、同じ部屋の親友の彼らには隠し通せなくてね」
『そっか……じゃあセブの呪文で怪我をしたって分かっているんだね』
眉間に皺を寄せるユキ。
ユキとMr.スネイプは仲が良い。
でも、彼女は今回のことをどう考えているのだろうか?
Mr.スネイプが闇の魔術に詳しいという話は1年生の頃から僕たちの間で有名だった。
最近では危険思想を持つヴォルデモートという男が開く会合に出席しているという噂(シリウスが言うには事実)まである。
他者を傷つける事を喜びとするような集団に身を置く男。
片やスリザリンのムードメーカーであり、他寮にも友人が多いユキ。
Ms.エバンズについても同じことが言えるのだが、僕はユキとMr.スネイプが仲良くしているのが不思議だった。
人狼である僕が友人関係について言える立場ではないけれど……
「そうだ!透明マントって知ってる?」
重くなりつつある空気を変えるように僕は透明マントを取り出した。
目の前のユキは不思議そうに首を傾げている。
『なあに、コレ?』
「これは忍の技にも匹敵すると思うよ。見てて」
マントを頭まですっぽり被る。
ユキからワァ!と驚嘆の声が上がった。
『リーマスが見えなくなっちゃった!どうなっているの!?』
「僕にも仕組みは分からないけど、とても貴重な物なんだって」
驚いた様子のユキに満足しながらマントを外す。
『触ってみてもいい?』
「もちろん。これはジェームズが貸してくれたんだ。ポッター家に代々伝わっている物だそうだよ」
そう言いながら僕は瞳をキラキラ輝かせるユキに透明マントを手渡した。
暫く興味深げに観察したユキがマントを羽織る。
『これ、本当に面白いね。忍の術にも道具にも姿を消せるものはないの。あったら色々と便利だったろうな』
見えないユキが興奮した声で言った。
彼女を驚かせるものはもう一つある。
「もう一つ面白いものがあるんだ」
『何?何??』
ポケットから忍の地図を取り出すと、パッとユキの姿が目の前に現れた。
思ったよりも近くにユキがいてビックリする。
僕は目の前にある彼女の顔に少し緊張しながら忍の地図を広げる。
「我、よからぬことを企む者なり」
チョンと杖で羊皮紙を叩く。
地図を覗き込むユキが目を瞬いて首を傾げた。
『ホグワーツの地図?』
「そうだよ。でも、ただの地図じゃないんだ。これを見て」
『あれ?シリウスとジェームズの名前がある』
僕が指し示す場所は3階の男子トイレ。
2人はここで罰則を受けているらしい。
直ぐ傍にはフィルチさんの名前もあった。
「この地図を見ればどこに誰が居るか分かるんだ」
『凄い!これもジェームズのもの?』
「いや。この地図は僕たち悪戯仕掛け人の苦労の結晶だよ」
『リーマスたちが作ったの!?』
ユキの顔がパアァと輝く。
その顔は反則だよ……。
心臓が早鐘を打っている。尊敬の眼差しで見上げられて僕の顔はカーッと赤くなってしまった。
『パッドフットってシリウスの事だよね』
ユキが地図の上に書いてある僕たちのニックネームを指さしながら言った。
『リーマスのニックネームはどれ?』
「僕はムーニー。意味は月の、という形容詞だよ。ちなみにジェームズはプロングズ。ピーターはワームテール」
『みんなのアニメーガスだね。あ、でもリーマスいいの?』
「何が?」
首を傾げる僕にユキが戸惑い気味に口を開く。
『これってとっても大事なものでしょ?私なんかに見せちゃって良かったのかなって……』
僕は心配そうに僕を見上げるユキに微笑んだ。
もちろん皆の許可は取ってある。
「真夜中の学校を彷徨くのは危険だから持っていったらいいって皆がすすめてくれたんだ。みんなユキなら誰にも言わないって分かっているしね」
『それなら良かった!もちろん、私は言わないよ』
ほっとした顔でユキが笑う。
ジェームズたちは僕の秘密をユキが2年生の時から黙ってくれていると知って、ユキを信用できる人物だと判断したと言っていた。
『来週から4人でここに来る?』
「透明マントに入れるのは2人で精一杯なんだ。だからここに来るのは僕とシリウスだけだよ」
『そっかー。ちょっと残念。ジェームズが来たら面白かったのに』
握り拳をパンッと手のひらに打ち付けたユキがニヤッと人の悪い笑みを浮かべた。
Ms.エバンズを取り合い(いつもジェームズが負ける)、クィディッチのライバルでもある二人は喧嘩仲間と言っていい。
ユキとジェームズは顔を合わせれば呪文の掛け合い(変色呪文などの当たったら恥ずかしい思いをするような呪文)をしている。
「上手いアドバイスは出来ないけど、そろそろアニメーガスの練習するかい?」
『うん!』
ユキと2人だけの時間。
シリウスが毎週罰則を受けることになればいいのに。と僕は親友らしからぬ事を思いながら杖を振って机を端に移動させた。
小1時間が過ぎた頃、ふらふらと歩いてきたユキが僕の対面に座った。
どうやら杖を使う魔法と違ってアニメーガスは体力を消耗するらしい。
『ちょ、ちょっと休憩』
「水飲んで」
『ありがとう。全然……ハァハァ、感覚が掴めないんだよね』
呼吸を乱したユキが僕から受け取ったゴブレットの水を一気に飲み干す。
『もう1年近く練習しているのに上達している手応えさえ感じないの』
「アニメーガスは難しいから」
『そうなんだけどさぁ』
しょんぼりと肩を落とすユキ。
アニメーガスは大人の魔法使いでも出来る人は少ない。
それでも僕はユキがアニメーガスが出来ない事が意外だった。
そう思うくらい彼女は何でも出来るからだ。
「忍の技で似たようなものはないのかい?」
『似たようなものといえば変化の術かな?』
「どういう術?見せて欲しいな」
ダメ元で聞いてみる。
ユキの国の掟は厳しそうだから断られるかと思ったが彼女は僕の願いを快く受け入れてくれた。
立ち上がって僕の正面に立つユキを見ながら胸をドキドキさせる。
ユキの国の技で知っているのは金縛りの術ともう1つだけ。
しかもそのもう1つを見た時は夜で、しかもMr.スネイプが僕の正体を探ろうとしていた時だったので、慌ただしくよく見ることが出来なかった。
前にいるユキが胸の前で組んだ手を複雑に動し始める。
『変化』
ポンッ
ユキが一瞬にして白い煙に包まれた。
咳き込みながら煙を手で払っていた僕は煙から現れた人物に驚く。
「えっ!?」
『フフ、良い反応』
驚く僕に楽しそうに笑むユキの姿は僕自身に変わっていた。
ポリジュース薬を使わずに一瞬で他人に変身することが出来るなんて!
「どこからどう見ても完全に僕の姿だ」
僕の姿になったユキのまわりを一周回ってみる。
『ヘヘーン、凄いでしょ?リクエストがあったら受け付けるよ?』
「じゃあ、ジェームズになってみて!」
『了解』
先ほどと同じように複雑に手を動かしたユキが煙に包まれる。
煙の中から現れたのはジェームズの姿。僕の知っているジェームズと寸分も違わない。
他にもマクゴナガル教授、校長先生、体の大きなハグリットにまでユキは変身出来てしまった。
『さすがにゴーストは無理だったね』
半透明じゃないニックの姿に変身したユキが笑った。
「性別も体の大きさも変えることが出来るのにアニメーガスが出来ないのは不思議だね」
『人以外のものに変身する感覚が掴めなくてね』
眉をハの字にしてユキが溜息をついた。
「感覚か……そうだ!人狼になる時の感覚なら話せるよ。参考になるかもしれない」
『是非聞かせて!』
ユキの助けになると思えば人狼のことについて話すのは嫌じゃなかった。
人から狼に変わる時の感覚を出来るだけ詳しく話す。
「お腹のこのあたりにある何かが膨らんでいくような気がするんだ」
握り拳を作り、お腹に持っていく。
『丹田の位置だね。そこにチャクラを集中させてみる。それから……膨らませるイメージ……』
ユキが広いスペースの真ん中まで行って目を瞑った。
凄く集中しているみたいだ。
ユキの顔の輪郭をゆっくりと汗が伝っていく。
「あっ!」
固唾を飲んで見守っていると変化が起こった。
ユキの体が淡い光で包まれる。
シリウスたちのアニメーガスを見せてもらった時と同じようにぐにゃりと変形していく体。
「もう少しだ!頑張れっ」
『っ!?うああぁ!!』
僕の声にユキの悲鳴が被さる。
ユキの体は半分の大きさにまでなっていたが、パンっと一瞬で元の大きさに戻ってしまった。
激しい音を立ててユキが床に倒れこんでしまう。
「ユキ!!」
駆け寄ってユキの顔を覗き込む。
「しっかりして!」
『体が……全身が、痛む……』
ユキの姿を見た僕は動揺する。
真っ白い髪に黄色い瞳。
この姿は以前見たことがあったがそれに加えて耳の場所が頭へと移動して、
そこに何かの動物の黒い耳が生えている。
腰のあたりからは服を突き破って同じく黒い尻尾が9本飛び出していた。
「どこが痛むんだい!?」
アニメーガスのリスクを聞いておけば良かった。
ユキはアニメーガスに失敗したに違いない。
呪文でも強力なものを使う時に術者に力がない場合は術者が術に飲み込まれてしまうことがある。
『に、逃げてリーマス!』
マダム・ポンフリーを呼んでくるべきだがユキを一人にしておいて良いものかどうか迷っていた僕にユキが叫んだ。
全身に感じる悪寒。
僕を見つめるユキの瞳。この目は見たことはないが知っていた。
僕は狼になると自己を見失い、本能のままに誰かを襲いたくなる。
今のユキはそうなってしまった時の僕の状態にそっくりだ。
低く唸りながらゆっくりと身を起こすユキを見ながら僕は後ずさり、ポケットから杖を取り出した。
刃物のように尖った爪
口元から覗く鋭い歯
まだ体が痛むのかユキはなかなか立ち上がることが出来ない。
僕は自己を失った自分の状態を知っている。
逃げるなら今しかない。
「っ!?」
戸口へ向かおうとした僕の体が吹き飛ばされる。
ドシンと尻餅をついた僕は一瞬何が起こったのか分からなかった。
横を見てゾッとする。
直ぐ近くにあったタンスが吹き飛び、後方で赤々と燃えていた。
「落ち着くんだ……ユキ……」
座り込んだまま手で後ろへと後退する。
獲物である僕を爛々とした目で見据えながら近づいてくるユキの手には黒色の火の玉のようなものが浮かんでいる。
「ス、ステューピファイ」
手の中の火の玉が消える。
放った呪文はユキに当たったが、僕のこの行動は逆効果だった。
ユキは失神することなく、攻撃されたことで怒り、苛立ち、鋭い歯を剥きだして僕のもとへと走ってきた。
鋭い爪が僕に狙いを定めて振り上げられる。
僕は恐ろしさで次の呪文放つことが出来ないまま氷固まる。
『くぅ……逃げて……ニゲテ、リマ……』
恐怖で閉じていた目を開けた僕は驚きで息を呑む。
目の前には自分の太腿に爪を突き刺すユキがいた。
ユキは僕を襲うギリギリのところで理性を取り戻してくれたのだ。
振り絞って出された苦しげな声が僕に逃げろと促す。
僕が逃げるまで理性を保とうと、突き立てた爪で傷口を広げていくユキ。
そんな彼女の心を僕は知っている。
『リマ、ス……何を……ニゲ……』
「僕は逃げない!僕を襲いたくなかったら自分を見失っちゃダメだ!」
『ヤメテ……お願い、もう……持たない……』
僕はユキの首に腕を回して抱きしめた。
ユキが理性を失ったら僕を追ってくるに違いない。獣は鼻がよく、足も速いから僕は直ぐに追いつかれてしまうだろう。
頭のいいユキの事だ。きっとその事を分かっていると思う。
だから多分、彼女は僕がテントから出たら理性を失う前に自分で自分の喉を掻き切るつもりだと思う。
大事な友人を傷つけたくない気持ちは痛いほど分かる。
だからこそユキを抱きしめる手を緩めてはいけない。
「君なら自分を抑えられる。頑張るんだ……」
ユキの顔を両手で挟み、額と額をくっつけて囁く。
低い唸り声が体に響く。
『リマ……リマ……』
「頼む。耐えるんだ」
苦しげな唸り声とともにユキが僕から身を離した。床にうつ伏せに倒れ、自分の体を傷つけようとする彼女の上に乗り、腕を押さえ込む。
「元のユキに戻ってくれ!ッ!?」
ユキが暴れ、僕は手を離してしまう。
体を捻ったユキが振り向きざまに腕を振り、鋭い爪が僕の顔をかすった。
反対の手で引っ掻かれた服はビリビリと破け去る。
唸り声を上げながら僕の下でユキは頭を抱える。
僕は手首を持ち、暴れるユキを床に押し付ける。
『イヤ……もう、ダメ……』
「ユキ」
『意識が……頭が……抑えらレナ……ん……』
ユキの体の震えが伝わってくる。
恋人同士でするようなキスはしたことがなかったからやり方はよく知らないが、気持ちが伝わるように想いを込める。
徐々に収まっていく震えと体の強張り
唇を離し、目の前に見えたのは黒い瞳
『リー……マス』
吐息混じりの小さな声が僕の名前を呼ぶ。
「落ち着いたかい?」
『……ありがとう、リーマス。良かった……あなたが無事で……』
閉じられた瞼から流れていく涙を僕は指でそっと拭き取る。
ユキが無事で良かった……
安堵から力が抜けていく。
「見た目も完全に戻っているね」
黒髪に黒い瞳。
耳も元の位置に戻り、爪も短くなっている。
変わったところはどこもない。
「気分はどう?」
『元に戻ったばかりだからかもしれないけど、ちょっと変なのよね』
尋ねると、疲れた顔で床に座るユキが言った。
『実際には分からないけど……魔力が強くなった気がする』
両掌をぼんやりとした目で見つめながらユキが呟く。
「念のためマダム・ポンフリーに言っておいたほうがいいんじゃないのかな?今までのこともあるし……」
『それはダメ!』
弾かれたように顔を上げたユキが叫んだ。
『マダム・ポンフリーに伝えたらミネルバにも話が伝わってしまうわ。もし、もし、私が得体の知れない化物だと知ったら……』
ユキは視線を落とし、両手で自分を抱きしめた。
「君は化物なんかじゃないよ」
『化物じゃない?私は理性を失い誰彼構わず傷つけてしまうような凶暴な動物に変身してしまうのよ?大切な人を突然傷つけるかもしれない』
「落ち着くんだ。人を突然襲ってしまうなんて事にはならない」
真っ青な顔で自分自身に怯えるユキの背中を摩ってあげる。
「だって、ユキが“ああいう状態”になったのはアニメーガスが原因だろ?」
『本当に急に変身しだしてしまうなんて事ないと思う?』
不安そうに瞳を揺らすユキにはっきりと頷いてみせる。
「あぁ。それに変身してもユキは自分を抑えることが出来るから大丈夫だ」
『自分を見失わなかったのはリーマスが声をかけてくれたからだよ……』
「じゃあさっきみたいに理性を失いかけたら君の傍に飛んでいってあげるよ。どこにいたとしてもね。約束する」
そう言って微笑みかけると、ほんの少しではあるがユキは口元に笑みを作ってくれた。
「シリウスにはどうにか誤魔化して来週からは杖を使う魔法の練習をしない?変身術が苦手だから教えてくれたら嬉しいんだけど……」
『もちろん。喜んで。O.W.L.もあるし一緒に頑張ろう』
明るい声を出そうと努めるユキの瞳は暗い。
誰かを傷つけるかもしれない
友人が離れていってしまうかもしれない
自分は一生獣の血と付き合っていかねばならないのだろうか……
そんなユキの心の声が僕には聞こえる。
「2年生の時、初めて叫びの屋敷で会った日の晩僕がユキに言ったこと覚えてる?」
僕はユキの両手を取って向かい合った。
小さく首を傾げる彼女に笑いかける。
「ユキの苦しみを取り除いてあげたい。それが無理なら傍で支えてあげたい。僕は今もそう思っている」
『リーマス……』
「不安に押しつぶされそうになったら僕のところへおいで。ユキなら真夜中の訪問だって大歓迎だ」
独りは寂しい
独りは辛い
独りは苦しい
そんな思いを彼女にさせたくない。
僕と同じような孤独を彼女に味わわせたくない。
気持ちを込めてユキの手をギュッと握り締める。
「僕はいつでも君の傍にいる」
『リーマス……ありがとう、リーマス……』
僕を見上げる黒い瞳に柔らかい光が戻っていった。