第3章 小さな動物たち
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
16.蝙蝠の自覚
秋から冬へと変わった頃。
僕は図書館へ向かう廊下を歩きながら、隣でしつこく僕を質問攻めにするユキにうんざりしていた。
『だっておかしいでしょ?夜におやすみって別れた時には何もなかったのに、朝起きてきたら傷だらけだったんだよ??』
「僕にも分からないって言っているだろ!」
『分からないって自分の事でしょ?それとも夢遊病ってこと??それならそれで、マダム・ポンフリーに相談しなきゃ』
「今回みたいなことは初めてなんだ。きっともうない。経過観察ってことでこの話は終わりにしてくれ」
「いい加減しつこい」と睨むと、ユキはまだ納得していない顔をしていたものの、口を噤んだ。
だいたいユキが悪いんだ。
ムッとしているユキの横で僕もムッとする。
4年生になり、僕とユキの間には少し距離ができたと思う。
グリフィンドールのブラックとルーピンが今まで以上にユキに近づいて来るのが原因だ。
ルーピン……思い返してみればあいつは入学式の時からユキに好意を持っていた。
ブラックやポッターの僕に対する不愉快な悪ふざけを止めることもあり、それにユキと同じく甘い物好きという事もあって、ルーピンは僕とリリーを除くとユキと一番親しくしていた。
『リーマスのお見舞いに行ってくる』
低学年の頃から月に1度程、ルーピンの具合が悪くなったからとユキは医務室に見舞いに行っていた。
初めのうちは面白くない、という感情だけだった。
だが、学年が上がるにつれて段々と別の感情も出てくる。
『お見舞い行ってくる』
「ルーピンの病気って何なんだ?」
『子供の時から体が弱かったんだって。じゃ、行ってくるね』
普段は元気に見えるのに……
何となく感じる違和感。
3年生になってから、僕は手帳にユキがルーピンを見舞った日を書き込むようになった。
「今回も満月の前日か……」
膨らんでいく疑惑。
一つの可能性が確信へと変わりそうだった夏休み明け直ぐのある日。
僕がスラグホーン先生に頼まれてユキを探しに行った時に、彼女はルーピンといた。
彼女の手の中にあった一本の薔薇。
「ルーピンにもらったのか?」
『うん』
「……あいつと何を話していたんだ?」
『秘密にって言われちゃったから言えないんだ』
ごめんね、と言いながら手の中の薔薇をクルクルと回して弄ぶ彼女の横顔。
ほんのりと赤く染まった顔にハッキリと嫉妬を感じた。
嫉妬に駆られたからか、僕は自分が立てた仮説が正しいか本格的に調べ始めた。
「ここまではあっているのに……」
魔法生物事典に書いてあった狼人間の説明。
脱狼薬は満月の1週間前から毎日飲み続けなければならず、薬の副作用で体調を崩す場合が多い。
ここまではルーピンの様子と同じなのに、彼にはもう一つの分かりやすい人狼の特徴、攻撃する人間が近くにいない場合、自虐行為をする。という特徴が当てはまらない。
魔法生物学の先生やスラグホーン教授に脱狼薬について聞いたが、まだ自虐行為を完全に抑えられる薬は開発されていないという事だった。
だから、校長先生やマダム・ポンフリーがいくら対策を取ろうとしても自虐行為は止められないはずなのだが……
満月明けのルーピンは、様子こそ疲れてはいたがいつも無傷だった。
校長はルーピンに適当な獲物を魔法で作り出し与えて精神を安定させているのだろうか……
もう一歩で正体が分かりそうなのに分からないもどかしさ。
「スラグホーン教授から教室の使用許可を取ったんだ。放課後、魔法薬学の実験に付き合ってくれないか?」
『ごめん。放課後はリーマスとホグズミードの計画を立てるんだ』
「っ!?今度のホグズミードはルーピンと行くのか……?」
『うん!マダム・パディフットの喫茶店でお菓子を食べるの』
カップルの溜り場であるその店に、ルーピンと行くと僕の前で笑うユキ。
急にいつも隣にいた人がいなくなる寂しさ。
4年生になり、ユキとの間に出来てきた距離感に焦る。
僕は大事な親友を、僕が闇の魔術に興味を持ち、力を手にしたいと思うことまで含めて僕を受け入れてくれる友人を、失いたくなかった。
誰よりも僕を理解し、僕を求めてくれたユキ。
彼女を取られたくない。
「人狼って知っているか?」
『満月の夜に狼に変身する人でしょ?』
「あぁ、もし近くにいたらどうする?」
『そうね……怖いわ……でも、何故そんなことを?』
「別に。今読んでいる本にたまたま書いてあったから」
『ふうん……そう……』
彼女を取られない方法はある。
ルーピンが人狼だと証明し、その噂を広げれば、彼はホグワーツにいられなくなる。
ユキから遠ざけることが出来る。
必ず証拠を見つけてやる。
ルーピンの様子を注意深く観察し、人狼について詳しく調べていたある日、僕は廊下で声をかけられた。
「リーマスの秘密を知りたかったら満月の夜に暴れ柳まで来い」
挑発的なブラックの言葉。
奴がわざわざこう言ってくるのは裏があると思っていたが手詰まりになっていた僕はブラックの挑発に乗ることにした。
そしてある満月の晩。
歩きにくい道と小さな不運の連続に悪態をつきながらたどり着いた丘の上、僕はついにルーピンを見つけた。
不気味なほど大人しい暴れ柳の根元へと消えていったルーピン。
僕の足はルーピンを見失うまいと自然と動いた。
「危ないッ。右に避けろ、スニベリー!」
「ッ!?」
突如、普段の凶暴な性格を取り戻した暴れ柳。
太い枝がしなり、足元の地面を打ち付ける。
そして僕は屈辱的なことに、ポッターによってアクシオで暴れ柳の下から連れ出された。
「僕を陥れるのが目的だったのかッ」
「お前だってリーマスの後をコソコソつけ回していただろうッ」
結局、ルーピンが人狼だと確かめることは出来なかった。
それだけでなく、僕はあいつらの企みによって死にかけた。
今はただ、腹立たしさしか残っていない。
『こんなに心配しているのに教えてくれないなんて……』
悲しそうな声に我に返り、ハッとして足を止める。
横を見ると、涙を耐えるようにギュッと自分のローブを引っ張って俯くユキの姿。
『ねぇ、セブ。しつこいって言われるから、もう怪我のことは聞かない。でも約束して。何があったか知らないけど怪我するような危険なことはしないで欲しい』
「ユキ……」
『セブに何かあったら耐えられない』
堪えきれなかった涙が一粒ポロリと落ちる。
「……ごめん」
小刻みに震え、縋る様な目で僕を見上げるユキ。
胸が熱い。
愛しさがこみ上げてきて、気がついた時には彼女を抱きしめていた。
こんなに心配してくれている――――
「え……セブにユキ?」
「うわあっ!」
急に声をかけられて弾かれたように僕たちは体を放す。
「ウソ。知らなかった。あなた達いつの間に……」
「ち、違うんだ!」
僕たちに声をかけたのはリリーだった。
ただ、幸いな事に見ていたのは彼女だけ。
僕は廊下でこんな事をしてしまった自分を強く呪った。
「何が違うの?」
ニヤニヤっと楽しそうな笑みを浮かべるリリーの前で慌てる。何て言い訳したらいいんだ!?
良い言い訳が浮かばずに頭を混乱させていると、
『リリー!』
「キャッ!ユキ!?どうしたの?」
ユキがリリーに抱きついた。
『セブが怪我したの。なのに理由を教えてくれないのー』
「怪我……?まあ!本当だわ。あちこち傷だらけじゃない」
あんの馬鹿ッ。
抱きついていたユキがこちらを向いて、リリーに気づかれないように僕に舌をベーっと出した。
どうやら理由を言わない腹いせに僕を困らせてやろうと思ったらしい。
「どこで怪我を?まさかまたポッター達?」
「違う」
「じゃあ何??」
「別に大した怪我じゃないんだ。なんだっていいだろ」
「そんな言い方ってないわ。私もユキも心配しているのよ?」
『そうだ、そうだー!』
「あっ、セブ!ちょっと待ってよっ」
リリーの背後から顔を覗かせるユキをひと睨みして図書館へと歩き出す。
あいつはリリーに怒られる僕を見て、一人すっきりした顔をしていた。
さっきユキを可愛いなんて思ったのは撤回だ!
図書館に入っても言い合っていた僕たちは、マダム・ピンスに3人揃って怒られてしまう。
「はあぁ。セブったら強情なんだから。いいわ。私もこれ以上は追求しない」
肩をすくめるリリーに、僕はやっと落ち着くことが出来た。
「さあ、宿題をやっつけちゃいましょう!」
僕たちは図書館の奥のいつもの席へと移動する。
僕とリリーが隣同士、ユキは僕の前に座り、リリーの対面の机は荷物置きとして利用している。
それぞれに自分の宿題に取り組み出す。
そしていつも通り、一番早くユキが席を立つ。
『何か本借りてくる』
間食をしに席を立つこともあるが、今日はまだお腹が減っていないらしく、読書用の本を探しに行った。
ユキの机を覗けば変身術のレポートが仕上がっていた。
「んー難しい。ユキみたいに何でも出来たらなぁ」
リリーが疲れたように呟いた。
「リリーだって十分だ」
「そうは思えないけど……」
リリーが書きかけのレポートを睨みながら溜息をつく。
「宿題に悩むくらいが丁度いいと思うぞ。頭が良すぎる奴はどこかぶっ飛んでるから」
僕の視線の先をリリーが追う。
ユキが天井の蜘蛛の巣目掛けて魔法を放ち、お菓子へと変えていた。
バラバラと落下する金平糖。蜘蛛だった金平糖を食べようとする気が知れない。
ユキのいる一帯は大混乱だ。
「しばらく戻って来られないわね」
「だろうな」
マダム・ピンスに引っ張られて連行されるユキ。
僕とリリーはそんなユキに背を向けて、残りの宿題に取り掛かった。
『やっと戻って来られたよ~』
突然背後で聞こえた声にギョッとしながら反射的に振り向いた僕は、ユキの手元を見て更にギョッとした。
リリーも一緒に勉強しているのにあんな本持ってくるなんて!
僕の気など知らずに嬉しそうな顔でこちらへ歩いてくるユキが手にしている本は“殺傷能力の高いエジプトの呪い”。
「あら、ユキ。楽しそうな顔して何か……」
隣のリリーが顔を引きつらせて固まっている。
ユキが持っているのは、どう見ても闇の魔術、しかも禁書印の本(どうやって貸出許可をもらったんだろう?)なのだ。
『あ、数占いだ。今回のレポート課題面白かったよね』
固まるリリーと青くなる僕の様子に気づくことなく、ユキは歌うように言って僕たちの対面に座った。
馬鹿ユキ!ここはスリザリンじゃないんだぞ。
平気な顔をして闇の魔術の本を読み出すユキに胃が痛くなる。
リリーにどう説明するつもりなんだ!?
「そうね。面白いわ……。ところで、その……ユキ……」
『ん?』
「その本は……どうしてその本を借りたの?」
高まる緊張。
咎めるようなリリーの口調に僕の心臓が跳ねる。
一方のユキはキョトンとした顔。
『どうしてって?』
「殺傷能力の高いって随分物騒だなって思って……」
遠回しに「闇の魔術の本よね?」と聞いているリリーに僕は心臓をドキドキさせていたが、ユキはニコッと笑って口を開く。
『解術には元の呪いを知っておかなければいけませんってマダム・ポンフリーに言われて読んでみることにしたんだ』
「マダム・ポンフリーに?」
意外な人物の名前が出てきて僕もリリーも目を瞬く。
『うん。実は、治癒術に興味があってマダム・ポンフリーに勉強のアドバイスをもらったりしているの』
「まあ!じゃあ、ユキは将来癒者を目指しているのね」
弾んだ声。
ユキが真っ当な理由で闇の魔術の本を読もうとしている事が分かったリリーの表情は明るい。彼女の横で僕もホッと胸を撫で下ろす。
「癒者を目指すなんて素敵ね!」
『難しいからなれるかどうか分からないけど……』
「ユキなら大丈夫よ。ね?セブ」
同意を求めるリリーに頷く。
「この3年間主席なんだ。ユキが癒者になれなかったらホグワーツで癒者になれる奴はいないさ」
「ユキが癒者になったら安心ね。応援しているわ」
『リリー、セブ、ありがと』
僕たち2人の言葉に顔をカアァと紅潮させたユキは照れたようで恥ずかしそうに視線を下に落とした。
その瞬間、可愛いなと思い、僕は自分自身に驚く。
『2人は進路とか決めているの?』
まだ顔を赤くさせながら尋ねるユキ。
僕たちは4年生。来年には進路指導、学年末にはO.W.L.がある。そして卒業。
考えてみれば4年生になるまであっという間だった。
きっと卒業までも時は瞬く間に過ぎていくだろう。
「私は、具体的にはまだ決めていないけど……誰かの役に立つ仕事がしたいわ」
寂しい気持ちになっていた僕はリリーの声で我に返り、顔を上げる。
「君らしいな」
『人の役に立つ……ケーキ屋さんがいいよ!』
「フフ。ケーキは食べる専門かな」
「だいたいそれは人の、じゃなくてユキの役に立つ、だろ?」
そうかなぁ、と頬を膨らませるユキを見て僕もリリーも笑ってしまう。
「セブは?」
リリーの問いかけに僕の笑顔が消える。
将来……正直まだ何も考えていない。
それよりも僕は今、力が欲しい。
「……僕はまだ決めていない」
「そうね。焦ることないわ」
手の甲の傷に視線を落とす。
卒業するまであいつらにやられっぱなしでいたくない。
あいつらを見返してやりたい。
昨晩の屈辱を思い、歯をギリリと噛み締めているとユキに名前を呼ばれた。
『セブに用事じゃない?』
ユキの視線が示す先にいたのはスリザリンの先輩。
僕は ルシウス先輩が卒業してから“あの方”の信奉者であるその先輩に闇の魔術について色々と教えてもらっていた。
「ちょっと行ってくる」
僕はリリーの咎めるような視線を見ないようにしながら先輩の元へと向かう。
「お待たせしました」
「一緒に座っている奴って穢れた血だろ?」
嫌悪感むき出しの声でリリーを見つめる先輩。
「彼女は幼馴染なんです」
「ふうん」
「ところで、僕に用事とは?前に貸して下さるとおっしゃっていた本の事ですか?」
先輩の気を逸らすように早口で言うと、リリーから僕に視線を戻した先輩が首を振った。
「本はまた今度だ。今日はこれを渡すように頼まれただけだ」
渡されたのは紫色のリボンで飾られたカード。
何だろうと思いながら開いてみる。
「スラグ・クラブへの招待状?」
「スラグホーン教授が開いていらっしゃるパーティーへの招待状だ。お前も聞いたことがあるだろう?」
スラグホーン教授は自分が見込んだ生徒を集めてパーティーを開いていると聞いたことがある。
「じゃ、渡したからな」
「ありがとうござます」
手をヒラヒラと振る先輩に会釈し、もう一度カードを見る。
「パートナー同伴、か」
直ぐに頭に浮かんだのはユキの顔。
僕が招待状を封筒にしまいながら席に戻ると
ユキの姿は消えていた。
「ユキは?」
「クィディッチの先輩に呼ばれて出て行ったの。セブに寮で会いましょうって伝えってって頼まれたわ」
「そうか」
相槌を打ちながらリリーの隣に座る。
「さっきの先輩の用事って?」
闇の魔術に詳しい人たちと僕が付き合っていることに対して、リリーが良く思っていないことは知っている。
僕は眉根を寄せて尋ねるリリーにちゃんとした言い訳を出来ることに安堵した。
「あら、それは何?」
「スラグホーン先生主催のパーティーの招待状だ」
リリーに招待状を手渡しながら、僕はごく自然に彼女をパートナーに誘っていた。
「聞いたことがあるわ!面白そうね」
リリーに相槌を打ちながら僕は驚いていた。
今までホグズミードへ誘うのにも勇気が入り、なかなか切り出せないでいたのに、あっさりと誘いの言葉を口にしていた。
全くドキドキしていない。平常心だ。
僕はリリーが好き
心の中で呟いてみる。
今までとは違う言葉の響き。
僕の中でリリーに対する “好き”は変わっていた。
今までとは種類が違う。
この“好き”は友人に対するそれだった。
じゃあ、僕が今好きなのは―――
「でも、パートナーはユキじゃなくていいの?」
「えっ!?あ、あいつはいいよ」
ビクッと反応する僕に驚くリリー。
僕も自分にビックリしている。
熱くなっていく体。
それはさっき考えていた事への答えだった。
僕は、ユキが好きなんだ。
「どうして?誘ったら喜ぶと思うけど……」
「ユキも招待状を貰っていると思うんだ」
「そうなのね」
ニコッと微笑むリリーが僕をジッと見つめてくる。
「うっ。何だ?」
「分かっているくせに。セブはユキが好きなんでしょ?」
「なっ!?ば、馬鹿言わないでくれ」
「セブったら声が大きいわ」
厳格な図書館司書が飛んでこないことにホッとしながら声を落とす。
「あいつはただの友達だ」
「最近のセブの様子を見てたらそうは思えないわよ。幼馴染に隠し事なんて出来ないわ。観念しなさい」
僕はうっと声を詰まらせる。
まさか他人に分かるくらい態度に出ていたのか!?
もしかしてユキにも……いや、あいつはこういうことには疎いから大丈夫だな。
「別に何も隠してなんかいないさ。君の勘違いだ。それより、パートナーのことは?」
「……ユキは誘う相手いるのかしら?(セブは意地っ張りね)」
「あいつなら相手に困らないさ」
「ふうん。じゃあ、いいわ。有り難く、お誘いを受けさせて貰うわ」
僕がホッとしたのはパートナーを断られなかったからなのか、
僕がユキを好きだという話題から逃れられたからか、
はたまた、ユキをパートナーに誘う勇気を出さなくて済んだからなのか……
兎に角、僕は緊張が解けてぐったりと机に伏した。
「色々と面白くなりそうね」
頭上で聞こえるクスクスと楽しそうな笑い声。
僕は何かをしそうな幼馴染の声に、深く眉間に溝を刻んだ。