第3章 小さな動物たち
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15.黒犬の特訓
図書館の1番奥。
上から2番目の棚、左から5冊目の本。
俺が手に取ったのはゴースト達の音楽史。
もちろん指で黒板を引っ掻いたようなゴーストの音楽に興味がある訳じゃない。
「お、あった」
ペラペラとページをめくっていた俺の顔に笑みが浮かぶ。
ちょうど本の真ん中あたりに挟まっていた紙。
辺りに人がいないことを確認し、杖を出して紙をチョンと叩く。
「罰則を恐れては悪戯はできぬ」
合言葉で紙に浮かび上がってくる文字。
――――――――――――――――――――――
木曜日はどう? W.S.
――――――――――――――――――――――
「相変わらず愛想ねぇよな」
言葉とは裏腹に俺の声は弾んでいる。
ローブのポケットから紙を出し、了解。と俺も愛想のない返事を書いて最後にパッドフットと署名する。
同じページに紙を挟んで棚に戻し、図書館を出て行く。
W.S.は白蛇の頭文字。
スリザリンのユキ・プリンスのことだ。
俺たちはこうやって文章のやり取りをして“秘密基地”で落ち合う時間を決めている。まどろっこしいやり方だがこの秘密のやりとりはワクワクするので気に入っている。
「この呪文は……」
『それなら前にミネルバが授業で言ってた……あ、おはよう』
「よう」
図書館を出るとユキとスニベリーがいた。
俺に気づいたユキが微笑む。
その目は悪戯っぽく輝いている。
睨んでくるスニベリーに文句を言う気もない。
俺はそのくらい明日のユキとの待ち合わせを楽しみにしていた。
***
『遅っそーい』
「悪ぃ。皆なかなか寝てくんなくてさ」
ユキがブランコを止めて膨れ面をした。
俺は謝りながら彼女のもとへと走っていく。
ここは俺とユキが一年生の時に偶然見つけた場所。
2人だけの秘密基地。
俺たちは時々こうやって夜中に寮を抜け出してはここでこっそり会っていた。
「寒かったか?」
『ブランコこいでいたから暑いくらい』
秋が深まり木々の葉も落ちたこの季節。
ユキはポーンと地面を蹴ってブランコを揺らした。
俺も体を温めるため、隣のブランコに座り、足で地面を蹴る。
「あのさ、リーマスが人狼だってことなんだけど」
『え゛っ』
「いや、大丈夫だ。リーマスからユキはこの事知ってるって聞いてるし、話していいって許可もとってあるから」
ピシッと表情を固まらせて足を止めるユキを見て早口で言う。
「ていうか、お前もリーマスのこと俺たちが知ってるって分かってるだろ?」
『そうだけど、学園内で話したら誰が聞いているか分からないから気をつけていてさ。ビックリしちゃったんだ。変な声出してごめん』
そう、リーマスから聞くまで俺たちはユキがリーマスの秘密を知っていると知らなかった。
そんな素振りを一切見せたことがなかったから驚いた。
ちょっと水臭いとも思ったが(知っていたらアニメーガスの練習に誘ったのに)リーマスの事を考えると寮の部屋以外で話すのは危険だし、ユキが秘密を守れる奴だと分かったので俺は嬉しかった。
『で、リーマスが何?』
再びブランコを揺らしながらユキが言った。
「リーマスから俺たちがアニメーガスになれるって聞いたか?」
『うん。ずっと練習していたんだってね。リーマス凄く嬉しそうだったよ。他の動物が傍にいたら自傷行為をしなくなるとも聞いた』
ユキがキキッと足でブレーキをかける。
『そうだ!シリウスのアニメーガス見せてよ!』
「おう。いいぜ」
ブランコを止めて立ち上がる。
そして変身するために意識を集中させる。
グニッと体が捻れていく感覚と同時にユキから歓声が上がった。
『ウワァ凄いっ。可愛い!』
目をキラキラさせてユキが犬になった俺に駆け寄ってきた。
少し得意な気持ちになりながら一声吠えてみる。
『触ってもいい?』
大丈夫だと示すために“お手”のように片手を上げると何故かユキは俺の手を両手でそっと包み込む。
『小さな手。ちゃんと肉球もある。どっからどう見ても完璧な犬だね』
至近距離でジッと見つめられて照れる。
人間の状態だったら顔が赤くなっていただろう。
毛が生えていて良かったと思う俺だが、今度は動揺が体の動きに出るほど動揺してしまった。
ユキが両手で俺の顔を包み込んだのだ。
『あは、鼻冷たい。健康だ』
鼻と鼻をくっつけられて俺の心拍数は急上昇。
敏感になった鼻がユキのシャンプーの香りを嗅ぎ取って脳を痺れさせていく。
『ねえ、抱きついてみてもいい?』
嬉しいけどこれ以上はやめてくれ!
心臓が壊れちまう。
俺は抱きつこうとするユキの腕から逃げ、アニメーガスから人間に戻った。
『あー!戻っちゃった。シリウスのケチ』
「み、見かけは犬でも中身は人間なんだからなっ」
『ごめん。嫌だった?』
ユキがシュンとして眉を下げた。
「別に、イヤってわけじゃねぇけど」
『じゃあ、いいじゃん』
さっきはどうして怒ったんだ?と言った顔をするユキを見て頭痛を感じる。
こいつの鈍感さは男にとって凶器に近いな。
『リーマスからシリウス達のアニメーガスの話を聞いて、寮のベッドでこっそり練習しているんだ。でも、難しいね』
まだ早鐘を打っている心臓を落ち着かせていると、ユキが俺が言いたかった事へのきっかけをくれた。
「俺が教えてやろうか?」
嬉しくて緩みそうになる顔を引き締める。
ユキの顔がパアァと輝いた。
『いいの!?教えてくれたらとっても嬉しい』
「任せろ」
『やったーー!ありがとうっ』
俺の手を握ってブンブン上下に振るユキ。
ユキの笑顔につられて俺の顔にも笑みが浮かぶ。
「場所はここでいいか?あー、でもこれから冬か」
屋上は風を遮るものがない。真冬の間はこの秘密基地も閉鎖していた。
『伸び伸び練習出来る場所はここしかないよ。寒さ対策は……何か考えておく。練習時間はどうする?』
「そうだな……」
今までみたいに図書館で待ち合わせ時間をやり取りしては時間が掛かり過ぎてしまう。
「曜日で決めちまおうぜ。週1くらいはどうだ?」
多すぎるだろうかと思ったがユキはニコッと笑って頷いた。
木曜日、同室の皆が寝てから寮を抜け出す。
満月の日以外、俺たちは毎週ここで落ち合うことに決めた。
『アニメーガスに早くなりたいな。私は何の動物だろう?』
ユキはスキップするようにブランコに向かい、飛び乗った。
「なあ、代わりと言ってはなんだが、俺に勉強教えてくれないか?」
立ち乗りで機嫌よくブランコをこぐユキを見ながら勇気を出す。
ドキドキしながら待っていると、
『いいよ』
と直ぐに笑顔で返事が返ってきた。
『あれ?でも、シリウスって成績悪くないよね?』
小首を傾げるユキの前で慌てて考える。
魔法薬学……は苦手だけどスニベリーの得意科目のはずだから却下だ(万が一にでも一緒についてきたら困る)
外でやる科目じゃなくて、スリザリンと合同じゃない科目は……
「魔法史!魔法史が苦手なんだ」
『??魔法史って覚えるだけじゃん』
げっ。しまった。
確かにユキの言う通りだ。
「暗記って苦手なんだよ。授業中も眠くなるしさ」
『友達もビンズ先生の声が子守唄に聞こえるって言ってた。わかった。いいよ。暗記のお手伝いする。これも週1でいい?』
「あぁ。頼む」
心の中でガッツポーズ。
これで週2回はユキと一緒に過ごす時間が持てる。
「ユキの空いている放課後っていつだ?」
『えっと、クィディッチの練習があるのが……』
二人でブランコに乗りながら勉強する日を決める。
俺は機嫌よくブランコをこぐユキの隣で機嫌よく足で地面を蹴った。
1週間後、同じ曜日の深夜。
秘密基地に行くとブランコの前に見慣れないものがあった。
暗闇に目を凝らしながら進んでいくと見えてきたのはキャンプ用のテント。その中から灯りが漏れている。
『シリウス!どう?凄いでしょ?』
数メートル近づいたところでジッパーが開き
中からユキが顔を出す。
「どうしたんだ?これ」
『ルシウス先輩に送ってもらったんだ』
「ルシウスってナルシッサと結婚したルシウス・マルフォイか?」
『そうだよ。余ってるのないですかって聞いたら古いのがあるからあげるって送ってくれたの』
ユキが何と手紙に書いたか分からないが、ルシウスと従姉妹のナルシッサはユキを可愛がっているみたいだからな。
結婚式で、ウエディングケーキをユキに送ろうか相談していた2人を思い出す。
「広いな」
中に入ると予想以上に広々とした空間が広がっていた。
バスルームにミニキッチン、ベッドもある。
置いてある家具はマルフォイ家らしくどれも良い物ばかり。
温かいこの部屋なら冬が来ても大丈夫だ。
『茶葉と食べ物を厨房から拝借しておいたの』
「やるな!」
ユキが杖を振り、ティーセットとクッキーが飛んでくる。
「だが、休憩は練習してからだ」
『そうだね。よろしくお願いします、シリウス先生』
「ハハ、先生っていいな」
『私が教える時はシリウスが私を先生って呼んでね』
「あー……考えておく」
『エー!?』
俺たちは顔を見合わせて笑い合ってから、第1回目の練習を開始した。
『ハァハァ、難し、い』
「ユキにも出来ないことがあるんだな」
『当たり前でしょ。何言ってるのよ』
床に転がりながらユキが汗を拭う。
そんなユキを見下ろす俺は内心ホッとしていた。
成績優秀、運動神経も良いユキ。
今日一日でアニメーガスが出来るようになったらどうしようかと考えていたのだ。
『うぅ、全く手応えがないなんて……落ち込むなぁ』
「焦るなよ。俺たちも出来るようになるまで1年以上かかったんだ。ほら、いい加減起きろ」
ヨタヨタと体を起こすユキを横目で見ながら紅茶を淹れてやる。
『おいふぃい』
椅子に座ったユキが早速クッキーに手を伸ばしている。
「あっ、全部1人で食べるなよ」
口にポンポンとクッキーを放り込むのを見て注意するとユキは恨めしげな顔で俺を見上げた。
「ったくしょうがないな」
ユキの視線に負けてハアァと溜息をつく。
「わかったよ。全部食べろ」
『やった!シリウスありがとう。大好きっ』
「~ッ!?」
嬉しそうにクッキーを頬張るユキ。
クソッ可愛いなっ。たったこれだけで体が熱くなってしまう自分に呆れて、俺は2度目の溜息をついた。
「それ食べ終わったら寮に戻るぞ」
時計を見れば1時すぎ。
徹夜はキツイから数時間は寝ておきたい。
しかし、目の前のユキはキョトンとした顔。
『へ?寮に戻るの?』
「は?お前、何言ってんの?」
全くユキの言葉が理解できなかった俺が目を瞬いていると同じく目を瞬きながらユキが振り返る。
『そこのベッドで寝ちゃえばいいじゃん』
「ハアアァァ!?!?」
俺の絶叫にユキの肩がビクリと跳ね上がる。
『大声出さないでよ。ビックリするじゃない』
「お前は何言ってんだよッ」
ビックリしたのは俺のほうだ!俺は嬉しいけど……じゃなくて、一緒の部屋で寝るなんてありえねぇだろ。
「俺たち、付き合ってないんだぞ?」
『??シリウス、いきなり何を言い出すの?』
怪訝そうな顔で見つめられてゲンナリする。
ユキの一般常識のなさと“こういう事”に疎いのを忘れていた。
『フィルチさんの仮眠時間は2時から5時だから今から寮に戻るよりも明け方に戻ったほうが安全だよ』
「よくフィルチの仮眠時間知ってるな」
これは良い情報を聞いた。とか感心している場合じゃねぇ!
どうやって説得するか頭を抱えて考えていると肩にポンと手が置かれた。
『私はシリウスが歯軋りしても、イビキかいても気にしないよ』
「俺は歯軋りもイビキもかかねぇよっ」
『じゃあ、オネショが心配?』
「もっと違うからなっ」
思わず立ち上がって叫ぶ俺にニヤニヤ笑いを向けるユキ。
うっ……こいつ、信じてないな。
歯軋りはまだしもオネショが心配で同じ部屋に寝られないと思われては不名誉だ。
「お前は……ユキは本当に俺と同じ部屋で寝ていいのかよ?」
『もちろん。何で?』
「だって俺は男でユキは女だから……」
『何か問題があるの?夏休みにリリーの家の近くでキャンプした時、セブとリリーと3人並んで寝たよ?』
「んなっ!?それ、本当なのか!?」
青ざめる俺の前でユキはコクンと頷く。
スニベリー……あのむっつりスケベ野郎……
腹の奥底で黒い感情が沸き上がってくる。
「……わかった。先にベッド選んでいいぞ」
『わーい。ありがとう。こっちがいい』
声色に黒い感情が滲んでしまっていたが、ユキはそれには気づかずに無邪気にベッドへと飛んでいった。
部屋にあるベッドは2つ。
俺はユキのいないもう一方のベッドへと行き、ネクタイを外しながら座る。
視線を上げると、隣のベッドではユキが既に布団の中に潜り込んでいた。本当に警戒心ねーよな……
『5秒で眠れそう』
独り言のように呟いてうつらうつらしているユキ。
俺たちはもう4年生だ。子供じゃない。
同じ学年同士で付き合い始めた奴らもいる。
「なぁ、ユキは誰かと付き合いたいと思ったことないのか?」
気づいたらポロっとこんな質問をしていた。
ユキは首を動かして眠そうな目を俺に向ける。
『男女交際ってこと?』
「あぁ(エラく硬い言い方だな)」
『……交際』
「……」
『…………』
「おいっ、寝るなよッ」
ハッとしてユキが目を開けた。
緊張していた時間を返せ、バカッ。
俺はガクッと項垂れる。
『……誰かと付き合いたいなんて、思わない』
また寝たのか?と思うくらいの間があってユキが言った。
その言い方が余りにも冷たかったので固まってしまう。
「今からそんな消極的でどうすんだよ。ババくせぇぞ」
重い空気を砕くように茶化して言う俺にユキは寂しげな笑みを向けた。
『付き合うほど誰かとの関係が深くなるのが怖い。付き合う人と別れるのが辛い』
「んなもん誰でも怖いんじゃねぇのか?あー……好きな奴と付き合うんならよ」
もっと深刻なことを言われると思っていたので安心する。
しかし、俺ってこういう事言う奴だったか?
ガラでもないことを言った気がして急に恥ずかしくなる。
「ユキは……誰を想像してそんなこと言ったんだ?」
答えは聞きたいようで聞きたくない。
無意識に回りくどい言い方をする俺を見て、ユキはクスクスと小さく笑った。
『シリウスが恋バナするなんて驚き』
「う、うるせぇっ」
プクク、と手で口を押さえるユキに枕をボスンと投げつける。
『痛ったいなー』
「お前が笑うからだろ。で、どうなんだよ」
『いないよ』
「……嘘だな」
『??何で嘘つかなきゃならないのよ』
「だって、お前はアレだろ……」
この話題を振っておきながら俺はこの期に及んで言い淀む。
正直、認めたくないし、そうあって欲しくないと願っているが、心の半分ではユキはスニベリーが好きなのではないか、と思っている。
もしそうだとしたら聞きたくない。
だが、俺たちはもう4年生だ。
学生生活は既に折り返し地点を過ぎてしまっている。
迷っている暇はない。
ユキがスニベリーを好きだと言うなら、その答えを聞いた上で攻める方法を考えなくちゃならない。
好きな奴が本当にいないなら……それは万々歳だ。
俺は唾をゴクリと飲み込み、覚悟を決める。
「ユキは、スニベリーが好きなんじゃないのか?」
『ス・ネ・イ・プよッ。スニベリーって呼ぶなって何度言ったら分かるわけ!?』
ギロッと睨まれて体がビクッとなる。
こいつ、本当に空気読まないよな……
こういう真剣な空気の時でも訂正をかけてくるユキに俺は暫し唖然としながら宙を仰いだ。
「そ、それで、どうなんだよ。スニ……スネイプのこと」
むくっと上体を起こしたユキが、さっき俺が投げた枕をポーンと放ってくる。ポスンと両手で受け止め、枕を顔の前からどけると困ったようなユキの顔。
『セブはただの友達だよ。シリウスやリリーたちと同じ』
「本当、なのか?」
『ホントだよ』
「ホントにホントだな!?」
半信半疑で聞く俺に、ユキは『疑り深いなぁ』と溜息をつく。
「そっか……」
じわじわと胸に広がっていく喜び。
にやけてしまうのが止められなくて、俺はベッドに横になる。
やばい。嬉しい。
勇気を出して聞いて良かった。
『シリウスの方は?』
「あ?」
『あ?って何よ。シリウスも教えてよねっ』
視線を横に移せば腰に手を当ててむくれているユキ。
好きだって言ってしまおうか……
『ねぇ、シリウス?』
「うっせ。もう寝るぞ」
『はあぁ!?ちょっと!?聞いといてどういう事よ?もぉーー!!』
ボスンと頭に降ってくる枕。
「やりやがったな」
『教えるまで止めないからね!』
シーツや布団も枕に変えて、俺たちはフィルチが寝る時間になるまで枕投げに興じることになった。
***
満月明け、木曜日の夜。
「ユキ、入るぞ」
テントに足を踏み入れた俺はいつもとは違うユキの様子に戸惑っていた。
『セブが……怪我をした』
重苦しい沈黙の後でユキが言った一言。
その言葉には思い当たることがあった。
俺は最近、スニベリーの様子がおかしいことに気がついた。
リーマスを追いかける奴の嫌な目つき。
「Mr.スネイプが魔法生物学の先生に人狼について質問してたんだ」
嫌な予感はピーターから知らされたこの情報で確信へと変わった。
「スニベリーがリーマスの秘密を暴こうとしている」
あいつが俺たち4人を嫌っているのは周知の事実だし、ユキと俺たちが仲良くしているのを、いつも「気に食わない」と言った目で見ているのも知っていた。
あいつならリーマスの秘密を他の生徒にバラし、退学に追い込みかねない。いや、奴なら絶対にそうする。
迷っている暇はなかった。
友人を助けるのが友達の務めだ。
「リーマスの秘密を知りたかったら満月の夜に暴れ柳まで来い」
危険な賭けだったが俺はスニベリーにこう告げた。
スニベリーは暴れ柳を大人しくさせる方法を知らない。
リーマスの後を追ったとしても叫びの屋敷まで辿り着いて変身する姿を見ることは出来ないだろう。
俺はスニベリーを暴れ柳で“ちょっと”危険な目に遭わせてこれ以上リーマスの秘密を暴こうとすればどうなるかを教えてやるつもりだった。
誓って大怪我や、ましてや殺そうとしたわけではない。
しかし、暴れ柳は俺が想像していた以上に危険な木だった。
俺の計画通りにリーマスの後をつけてきたスニベリー。
暴れ柳は根元に近づこうとするあいつに次々と強靭な枝を振り下ろした。
枝に打たれ、転倒したスニベリーを間一髪で救ったのはジェームズだった。
ジェームズがいなかったら俺は今頃殺人者になっていた。その事を思うと今もゾッとする。
俺もジェームズも今回はやりすぎたと反省していた。
そして時間が経つにつれて心を占めていく恐怖。
それは、スニベリーと仲の良いユキがこの事を知って、俺を軽蔑し、俺から離れていってしまうことだった。
「いったい……何の話をしてんだよ。いきなりだな……」
嫌われたくない。
俺は咄嗟にとぼけてしまう。
ユキはこの1件を知っているのだろうか……
『朝起きたらセブが傷だらけで談話室にやってきたの。前日の晩は傷一つなかったのに、どうしたのかと問い詰めたけど、何も言わなくて』
真っ黒な瞳が俺の目を覗き込む。
ユキは知らない……視線を逸らしてはダメだ。
俺は動揺を隠してユキを見つめ返す。
「へぇ。不思議なこともあるもんだな」
『マダム・ポンフリーに訳を聞かれても何も答えなかったの』
「……夜中にどっか抜け出したんじゃないか?」
『……私もそう思うの。そして、セブが怪我をした晩はね、折しも満月だったのよ』
墓穴を掘ってしまったと奥歯を噛み締める。
背中を流れる嫌な汗。
「そんな話を俺にしてどうすんだよ」
拳を握り締め、震える声を押さえ込む。
『何か理由を知らないかと思ってね』
スッと細められた目を睨み返す。
ユキに知られたくない。
「俺が知るわけないだろ。この満月の晩はリーマスに言われて一晩中ジェームズ達と寮の部屋でアニメーガスに変身して過ごしていたんだ」
嘘だと思うならジェームズか誰かに聞けばいい。と俺はユキから視線を外さずに一気に言う。
真実を見極めようとするような鋭い視線に耐える。
『そっか……』
長い、長い沈黙の後、ユキは小さく息を吐き出した。
『ごめん。シリウス達を疑っていたわけじゃないの。セブったら何も話してくれないから悲しくて。どうしても理由が知りたくてあちこちに聞いてて……嫌な思いさせてごめんね』
「お、おぉ……別に、気にするな」
体から力が抜けていく。
ユキにスニベリーの事がバレずに済んだ。
安堵に胸を撫で下ろす。
『アニメーガス、一晩中出来たの?』
「あぁ、なんとかな」
『そっか。私も頑張らないとね』
クルリと俺に背を向けてテーブルを部屋の端に移動させるユキ。
スニベリーは気に食わない。だが、今回のような事は2度と起こさないように気をつけよう。
『シリウス。準備できたから始めてもらってもいい?』
俺を見る柔らかい眼差し。
好きな人との別れは、想像するだけで辛いものなのだから……