第3章 小さな動物たち
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14.子狼の危機
4年生になったある日、同室のジェームズ、シリウス、ピーターがサプライズを仕掛けてくれた。
「リーマスは僕の美脚に見惚れて声が出ないらしい」
「あぁ、お前の脚に泣くほどムラっときたようだ」
「次の満月からは一緒に過ごそう」
僕に内緒でアニメーガスになる練習をしてくれていた親友たち。
胸が熱い。涙が止まらない。
アニメーガスは大人の魔法使いでも難しい変身術。
大変な練習を何年も続けてくれた目の前の彼ら。
僕のことをこんなにも思ってくれる親友がいる。
僕は幸せ者だ。
「ありがとう、みんな」
「俺たち悪戯仕掛け人にとっては朝飯前だって」
「そうそう。これでイタズラの幅も広がるってものさ」
ガシッとシリウスとジェームズに肩を抱かれて、僕は素晴らしい友人たちがいる幸せを噛み締めていた。
僕とユキは湖を見ていた。
『良かったね、リーマス』
ユキの黒い瞳が柔らかく輝く。
彼女はジェームズたちの他に僕が人狼だと知っている唯一の生徒。そして僕の想い人だ。
2年生の時から僕たちはお互いの秘密を共有している。
彼女は僕が人狼だという秘密を
僕は彼女が魔法族ではないが魔法に近い術を使うという秘密を
僕はユキの“魔法に近い術”でこの2年近く、人狼になると我を忘れてやってしまう自傷行為をユキの“金縛りの術”で防いでもらっていた。
幼い頃からずっと苦痛しかなかった満月の夜はユキがいる事で驚く程楽になった。
自分を傷つけることがなくなったから満月の晩の後、授業に早く復帰できるようになっていた。
それにユキとのお喋り。
僕はグリフィンドールでユキはスリザリンだから、同じ寮のMr.スネイプのように普段は彼女と満足に話せない。
でも、満月の日だけは別だ。
月が雲に隠れて人間の姿に戻っている時、月が沈んでマダム・ポンフリーが暴れ柳に迎えに来るまでの一時、僕は誰にも邪魔をされずにユキとのお喋りを楽しむことができた。
次の満月の晩は何を話そう、と考える自分に気がついて僕はビックリしたことがあった。
信じられないことに僕は満月を楽しみにするようになっていたのだ。
でも、それも今回でおしまいになる。
「次の満月までは一緒にいて欲しい。ジェームズたちに念のため、一晩アニメーガスを保ち続けられるか確認して欲しいって言ってあるんだ」
『わかった。でも、なんか寂しいな。ジェームズたちにリーマスを取られてしまったみたいな気持ちになってるよ』
トクンと心臓が音を鳴らす。
「僕も寂しいよ」
こちらを見たユキが相槌を打つように微笑んだ。
僕もその微笑みに笑みを返す。
秋の深まる湖畔。
ユキは地面の落ち葉を拾い、フーッと息を吹きかけた。
ヒヨドリに変わった葉が湖の上を飛んでいく。
湖面が太陽に反射していて眩しい。
僕は胸を熱くしながらユキの言葉を頭の中で反芻する。
『アニメーガスか……凄いなぁ』
感嘆するように言って、ユキはゴロンと落ち葉の絨毯の上に仰向けに寝転がる。
『私も練習してみようかな』
「本当かい!?」
弾んだ声を出して僕はユキを見下ろす。
「もし、アニメーガスが出来るようになってくれたら、凄く嬉しい」
ユキの前だと僕は我が儘で強引だ。
ユキに対しては嘘偽りなく、自分の心に忠実でいたい。そう思うし、彼女にもそうして欲しいと思うから、僕はいつもユキに本音をさらけ出す。
あ……違うか。
ユキが好きだというこの想いは伝えていない。
「ユキなら直ぐにアニメーガスを会得出来ると思うよ」
『そうかな?』
「そうだよ!ユキなら出来る。僕が保証する」
ユキは楽しそうに笑って『頑張ってみる』と頷いた。
『私は何の動物だと思う?』
「やっぱり蛇じゃない?何たってスリザリンの白蛇嬢だからね」
『うーん。でも、それだと単純すぎて芸がないような……』
「じゃあ、ライオンなんてどうだい?」
『アハハ、それいいね!』
むむ、と唸っているユキに茶目っ気を込めてウインクするとユキは楽しそうな笑い声を上げて身を起こした。
「髪に落ち葉がついてライオンのたてがみのようになってるよ」
髪に沢山からまってしまった落ち葉を一つ取って見せるとユキは驚いたように一瞬固まった後、スッと僕から視線を外して俯いた。
「ごめん。嫌だった?」
『嫌なわけないよ。だけど、その……』
頬を赤く染めて俯くユキは照れているみたい。
その反応が嬉しくって僕はつい意地悪をしてしまう。
「だけど、なんだい?」
遠慮せずに言って、と促すとユキは上目遣いでチラッと僕を見上げてから『お風呂でのぼせたみたいに心臓バクバクする』と呟いた。
「……まったく。ユキにはかなわないな」
『うん??』
「気にしないで。こっちの話だから」
更に頭を混乱させている様子のユキに小さく笑みを零しながら髪についた残りの落ち葉も取ってあげる。
「はい、全部取れたよ」
『ありがとう。そうだ、お礼にチョコをあげる』
「ありがとう!」
ユキが小さな箱をローブから取り出して杖でチョンと叩いた。
「ユキ!君、無唱呪文が使えるのかい!?」
『イタズラに無唱呪文は便利だよ』
「ハハ、じゃあ僕も頑張らなきゃね」
にやっとするユキからチョコを受け取る。
『「甘い!」』
チョコを口に入れた僕たちは同時に叫んで顔を見合わせた。
「これ、すごく美味しいね」
『ルシウス先輩とナルシッサ先輩の結婚記念品なんだ』
「たしか二人ともスリザリンの監督生だったよね。卒業してから直ぐ結婚したんだ」
『婚約期間も長かったから、卒業したら直ぐ結婚するって決まってたんだって。前にシリウスが言ってた』
「あ、どちらかシリウスの親戚なのかい?」
『新婦のナルシッサ先輩がシリウスの従姉妹。とっても綺麗な花嫁さんだよ。式は出られなかったけど、写真送ってくれたんだ』
ユキが結婚式の写真を見せてくれた。
さすがは魔法族名家同士の結婚式。写真からでも豪華な式だったと伝わってくる。
「ユキは結婚したいと思う?」
何気なくした問いかけ。
『結婚かぁ。相手が必要だからね。私がすることはないよ』
否定する余地もないほどきっぱりとした口調。
魔法族ではない訳ありの彼女。よく考えればユキがこう答えるのは分かりそうなものなのに、不用意に質問してしまった。
そして思えば、ユキの答えはそっくりそのまま僕の答えだった。
こういう事に敏感なはずの僕がユキを傷つけてしまうなんて……
「ごめん」
『気にしないで。私は今のままで十分幸せ。これ以上を望んではバチが当たるよ』
そう言う彼女にかける言葉が見つからない。
深い後悔を感じながら湖面を見つめていると唇に何かが押し付けられた。
『ほら、食べて。甘いものを食べたら元気に?なるよ!』
僕の顔を覗き込みながらユキが口の中にチョコレートを押し込んでくる。
顔が熱くなるのを感じながら口を開くと甘いチョコレートが口内へと入ってきた。
『よかった。笑った』
照れとチョコレートの甘さに思わず頬を緩ませた僕を見て目の前のユキが嬉しそうに笑った。
「心配させてごめんね」
『謝ることはない。リーマスは私より繊細な心を持っている。だから私よりも一つのことに対して色々考えているのだと思う。だからリーマスは優しい』
ユキは言葉を選ぶようにして僕に言った。
「そんなことない。ユキだって繊細で優しい」
『アハハ、優しいは置いておいて繊細さは私にないよ』
僕は左右に首を振る。
「今だって僕のことを気遣ってくれたじゃないか。
ユキは繊細で優しいよ。そんなユキが僕は好きだ」
ユキが好きだ、は余計な一言だったかもしれない。
でも、どうしても伝えたくなった。
次の満月の後からはユキと会う時間が減ってしまう。そんな焦りが頭の中にあった。
クィディッチの選手ということもあり毎日忙しく、各寮に友人もいるユキの周りには常に誰か彼かいるのだ。
それに最近、ユキに対するMr.スネイプの態度が微妙に変わった気がする。それも焦りの原因の一つ。
だから、そう。言うなら今しかない――――
「僕はユキが好きなんだ」
余計なことを考えて怖じ気付かないうちに、覚悟を固めて直ぐに僕は思いを口にした。
ドキドキと脈を打つ心臓。
『!?さっきも聞いたよ??』
うん、そう言うと思った!
やっぱりと言うか何と言うか、予想通りユキは僕の告白の意味を理解していなかった。
体から力が抜けていくのと同時に、僕の頭は少しだけ冷静になった。
「じゃあ、別の言い方をする。僕は、ユキを愛している。一人の女の子として愛しているんだ。僕と付き合って欲しい」
頼むから通じてくれ。祈りながら言うと、ポカンと音が聞こえてきそうなくらいポカンとユキが口を開けた。
その顔は見る見る赤くなっていく。
どうやらユキは僕の告白の意味を理解してくれたみたいだ。
『今、リーマスは私に男女交際を申し込んだ!?』
すっとんキョンな声でユキが叫ぶ。
うん。理解してくれたみたいだ。
さっきまでちょっと冷静だった頭は何も考えられないくらい真っ白になってしまった。
「答えを聞かせてくれる?」
『頭が真っ白』
真っ白な頭で言うと真っ白な頭のユキから答えが返ってきた。困ったな……
「ユキは僕が嫌いかい?」
『嫌いじゃない』
「じゃあ、好き?」
『それは……リーマス。好きだと言ったら交際の申し込みを受けることになるのでは?』
黒水晶の瞳が真っ直ぐに僕を捉える。
真剣味を帯びた眼差しは怖くもあり、また彼女が真剣に考えていることが伝わってきて嬉しくもあった。
「答えは今じゃなくていい。僕もまだ心の準備が出来ていないしね。次の満月に会う時に返事を聞かせて」
急に臆病な気持ちになって、彼女が答えを言ってしまわないうちに一気に言う。
そして僕は地面の落ち葉を拾い、杖で叩いて薔薇に変えた。
差し出すとユキはおずおずと受け取ってくれた。
「薔薇の花言葉は“愛”なんだ。花言葉は余り詳しくなくて……ベタでごめん。うーん、それに僕は赤を出そうと思ったのにな。ピンクになっちゃった」
肩を竦める僕にユキは微笑んで首を横に振る。
『とっても綺麗だよ。ありがとう』
ビュンと冷たい風が横から吹きつけた瞬間、ユキがハッとしたように顔を横に向けた。
僕たちのいる場所は緩やかな上り坂の下。ユキの視線を追って斜面の上を見ると、そこにはMr.スネイプが立っていた。
『私に用事かな?』
「行ってあげなよ」
ありありとした嫉妬の目を見つめ返しながらユキに言う。
『リーマスも一緒に帰ろう。風邪ひいちゃうよ』
「僕は少し散歩してから帰るよ。ユキは先に帰って」
でも、と言うユキの背中を押して帰るように促す。
僕が告白したことは秘密にしておいて、と付け足しながら。
Mr.スネイプの顔には嫉妬、ショック、戸惑い、悲しみ、怒り……
でも、そんな顔で見られても困るよ。
君はユキと付き合っているわけじゃないんだから。
「満月の夜に」
『うん』
僕はユキが好きなんだ。だから、勇気を出した。
たとえ振られたとしても僕の気持ちはユキに伝わって、彼女の心に残る。
たとえ振られたとしてもユキの心に残ることが大事。
Mr.スネイプ、これは僕からの宣戦布告だ。
やっと君と同じ土俵に立てたかな?いや、Ms.エバンズとの間で揺れる君よりは有利な位置にいるかもしれない。
これからは違う寮だからって遠慮はしない。
積極的にユキを奪いに行かせてもらうよ。
***
どうしたんだろう……ユキが来ない。
ユキの返事を聞く満月の晩。
僕は叫びの屋敷にある壊れかけたベッドに座り、酷く不安な気持ちになっていた。
「もうすぐ月が昇ってしまう」
もしかして断りの返事を直接言いたくなくて来ない事にしたのだろうか……。
そうかもしれない。だって、断ってから狼の僕に一晩中金縛りの術をかけながら過ごすのは凄く気まずいだろうから。
振られちゃったのかな……。
ズンと胃の辺りに重いものを感じながら落ち込んでいると、ドアが勢いよく開いて部屋にユキが飛び込んできた。
『まずいことになった』
開口一番ユキが言った言葉に綻びかけた顔が強張る。
こんなに焦っている様子のユキを見たことがない。
頭にパッと嫌な予想が浮かぶ。
『説明は後よ』
僕が口を開くより早くユキは言い、杖を振って瓶に入れていた炎を消し去った。続いて着ていたローブを脱いで魔法で裂き、拡大させて部屋にある2つの窓を覆っていく。
部屋がぐっと暗くなる。
『セブが暴れ柳の方向に向かって行った』
動きは止めずに言うユキの言葉にぐっと唇を噛み締める。
「確かなのかい?」
『ほぼ間違いない。気づくのが遅かったの。最近やたら図書室で魔法生物について調べていると思ったら……迂闊だった。もっと早く気づけば事前に食い止められたのに……端に避けてて。ロコモータス!』
先程まで座っていたベッドが宙を飛んで僕の前を通過していった。
ユキは部屋中にある家具を浮遊呪文でドア前に集めていく。
『ここは2階だからドアさえ塞げば入って来られない』
「……ダメだ。ユキ、そんなことはいい。早く城に帰るんだ」
僕と一緒にいるところを見つかれば、ユキまで退学に追い込まれる危険性がある。
『ここには来させないから私の心配はいらない。もうすぐバリケードも完成する』
「そのバリケードじゃ無理だよっ。1階の窓から出て、朝になるまでホグズミード村に隠れているんだ」
どんなに強固にバリケードを作ったとしても一晩あれば突破されてしまうだろう。
しかし、ユキは僕の訴えを聞いてくれないし、暗い部屋中を物がヒュンヒュン飛び交っているので力ずくで部屋から出すことも出来ない。
『よし、これで完成』
ついに家具で完全に見えなくなった扉。
こうなっては窓から飛び降りなければ屋敷から出られない。
『封っ』
凛とした声が部屋に響く。
「今のは?」
『まずはこのバリケードに対する暴言を撤回して貰いたいな』
僕が疑問を口にするとホッとした声でユキが言った。
『封印の御札を貼ったの。この術は内側からしか解術出来ない。バリケードもあるから万が一ドアの外までセブが来ても開けることは出来ないよ。仕上げに……』
杖が空気を切る音。
『防音呪文を強くしよう。よかった。これで一安心だね。灯りを出そう』
すぐに蛍のように小さい光が二つ部屋に現れた。
光は低く飛び、お互いの足元をぼんやりと照らす。
『光が外に漏れては困るからこれで我慢して。セブが暴れ柳の下の通路がここに繋がっていると知っているとは思えないけど、念のため』
「十分な明るさだよ。ありがとう」
窓を覆うローブを透ける星明かりとユキが出してくれた光。
何がどこにあるか分かるから明るさは十分だ。
落ち着きを取り戻したユキの姿も見える。
「まだ少しだけ時間がありそう。詳しく話してくれる?」
懐中時計に目を落としながら聞く。
まだ月が昇るまでは2,3分ありそうだ。
『では、簡潔に、重要な部分だけ』
いつものように寮を抜け出したユキは偶然、周囲を気にしながら庭を横切るMr.スネイプを見つけたらしい。
不審に思いながら彼の後をつけて行くと向かう先には暴れ柳。
Mr.スネイプが図書館で魔法動物について調べていたこともあり、もしかして、と勘が働き、Mr.スネイプの様子を監視しながら本体はホグズミード村経由でここに来たという事だった。
『セブが暴れ柳に近づかないように邪魔しているから容易には』
「ちょっと待って!」
頭が混乱してきてストップをかける。
「今の話だと、暴れ柳の近くにもユキがいる事になってるけど?」
しかし、困惑して眉を顰める僕に対して、ユキは平然とした顔でコクッと頷いた。
『私の世界の術……忍の術で私の影分身を作り出したの。あっちは杖を持っていないけど、意思もあるし、魔力も十分にある』
だから安心していい、とユキは微笑む。
「影分身……シノビって?ユキ……」
戸惑う僕の体に痛みが走る。
変化し始めた自分の手に目を落とす。
月が昇ってきたみたいだ。
『話は夜が明けてからにしよう』
「うん。ありがとう……」
ユキが胸の前で両手を組む。
『金縛りの術』
いつものように、僕の体はピタリと動かなくなった。
月が沈み、ユキが話してくれたのは僕たちのいる世界とは全く違う世界の話だった。
聞いたことのない火の国という国名、スパイ活動や戦いを生業として生きる忍という魔法に似た力を使う人たち。
『この話を知っているのは校長先生、ミネルバだけ。あとは、レイブンクローの2年生に私が“訳あり”だってバレちゃったんだけど彼には忍だということは話していない』
「記憶を思い出したんだね。3年生の時に倒れた時にかい?」
『うん。もっと早く打ち明けるべきだったんだけど決心がつかなくて……ごめん』
「いいさ。むしろ話しちゃって大丈夫だったの?」
2年生の時、話したら消されると物騒なことを言っていたのを覚えていたので心配になる。
『ここに来た理由は分からないけど、任務でこの国に来たわけじゃないって分かったの。だから心配いらないよ』
ユキの答えに安堵する。
それにしても、不思議な話だな……。
「帰り道は見つかりそうなのかい?」
『ダンブルドア校長が調べてくれたけど分からなかったってさ。それに、まだ思い出していない記憶もあるような気がして……』
ふーっと長く息を吐き出すユキは疲れているように見えた。
一晩中僕に術をかけていた上にMr.スネイプのこともあって大変だったのだろう。
「少しベッドで横になったら?」
『ヤダ。あのベッド汚いんだもん。髪に埃がついちゃう』
身だしなみをちゃんとしてないと同室の子に怒られる。とユキは口を尖らせた。
『うぅ、でも……眠い……』
ゴシゴシとユキが目を擦っている。
僕はその手をやんわりと制した。
「目が痛くなっちゃうよ」
『うーん、だって……寝むっちゃい、そう……』
そう言った途端、ユキの頭がガクッと後ろに倒れた。
眠りかけてしまったみたい。
ビックリした顔の彼女の背中を支える。
「膝かそうか?」
『ヒザ?何に使うの?』
ユキが訝しげな顔で僕を見つめた。
どうやら膝枕を知らないらしい。
「僕の膝を枕がわりにしたら頭が汚れないと思って」
『わぁ!いいの!?ありがとう』
眠くてぼんやりした顔で喜んだユキは、僕の脚に体を投げ出した。
しまった。どうしよう。
僕の説明不足だ。
ユキは伸ばした僕の足に垂直に体を横たえるのではなく、上に重なるようにして乗っかってしまった。
ユキの頭は僕のおヘソの辺りにあり、腕を僕の腰に回している。
僕の足の間にユキの体が入っている状態。
余程疲れていたのか既にスヤスヤという寝息が聞こえてくる。
「……」
無心になれ
僕はユキから天井に視線を移し、魔法薬学で使う芋虫やナメクジを頭の中に思い描いて意識を別のところに持っていく。
『ふぁぅ……ん』
「~っ!?」
寝返りを打ったユキが仰向けになった。
しかも寝心地が悪いのか、落ち着く位置を探して頭をズリズリと下に移動させていく。
頼むからやめてくれ!
体の熱がカーッと熱くなっていくのを感じ、いよいよまずい状態になりかけていた時、ユキが弾かれる様に跳ね起きた。
「ユキ……?」
『リーマスはセブが来ることを知っていたの?』
「まさか!」
突然の事に困惑しながらも叫ぶ。
『そう……』
口を片手で抑えるユキの顔は真っ青だ。
「どうしたんだい?」
『今、影分身が消えて、その記憶が本体の私に流れ込んできたの。馬鹿2人がセブを暴れ柳の下敷きにするところだった……』
ユキの言葉に息を呑む。
ピーターの性格を考えると二人とはジェームズとシリウスのことだろう。ユキに確認すると首を縦に振った。
「Mr.スネイプは無事?」
『間一髪でジェームズがセブを助けた。2人とも擦り傷程度』
安堵から体の力がどっと抜ける。
本当に、誰にも怪我がなくて良かった。
「2人には僕から強く注意しておくよ」
『ありがとう。でも、何故知っていたか分かられてはダメだよ。無理しないで欲しい』
少し冷静さを取り戻したユキから真剣な顔で言われる。
「分かったよ。約束する」
明るくなった室内。
ユキの漆黒の瞳がはっきり見える。
『私はリーマスが人狼だという秘密を。リーマスは私が忍だという秘密を持っている』
「……もちろん。これは僕たちだけの秘密だ」
ユキの言葉に隠された意味を理解し、頷く。
もし相手の秘密を誰かにばらせば、同じように自分の秘密を誰かにばらされる。
ユキはそう言ったのだ。
「ねぇ、ユキ。答えは先延ばしにしてもらっていい?」
『答え?』
「告白の答え」
いきなり話題が変わって戸惑うユキにニコリと微笑みかける。
「ユキはまだ戻っていない記憶があるかもしれないんだろう?きっと考えることが多くて恋愛にまで気が回らないと思うんだ。だから答えは急がなくていい」
『リーマス……』
「考えられる余裕が出てきたら考えてくれていいから」
『……ありがとう』
ほっとしたような微笑みを浮かべてお礼を言うユキに心の中で謝る。
本当はユキの為ではなく、断りの言葉を聞きたくなかったから答えを聞くのを先延ばしにしたんだ。
さっきのユキの様子を見て分かった。
ユキの第一は忍の秘密を守ること。
親密になりすぎないように、きっちりと周囲の人との関係に線を引いているように思えた。
それは寂しい事だけど、彼女の記憶が戻るまでは仕方ないことかもしれない……。
だから、今はまだ、答えを聞いてはいけない。
今はまだ、攻めるだけに止めよう。
「ねえ、ユキ」
『ん?』
「次のホグズミード、2人で行こう?」
『!……う、うん』
顔を赤くしながら上下に首を振るユキ。
僕たちは4年生。
まだまだ時間はあるのだから。