第3章 小さな動物たち
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
11.黒狐の変化
手から離れた苦無。
それを待っていたかのようにダンブルドアが肩まで杖を振り上げたのが見えた。
避けたとしても直ぐに次の呪文を放ってくるだろうし、杖を取り上げられているから魔法で防御できない。
残る道は忍術を使ってこのジジイを倒してホグワーツから離れること……いや、そんな事出来ない。助かろうとする道を考えた自分を心の中で自嘲する。
ホグワーツで楽しく平和な日々を過ごして2年余り。
私はすっかり自分に対して甘くなっていたようだ。
忍だと誰かにバレるわけにはいかない。
だから、本当に残された道はたった一つ。
抵抗せずに次の呪文を受けるしかない。
もし、意識が戻った時に誰も近くにおらず、且つ、忍術を使わずに脱出できる幸運な状況にいたのなら逃げればいい。
もし、そんな夢みたいな状況以外だったら……その時は舌でも噛み切ろう。手足は拘束されているだろうが、口までは塞がないだろうから。
「エクスペリアームスッ」
結局、最後まで理由のわからない任務だったが、そのおかげで暗部にいては得られなかった幸せな時間を過ごすことができた。
ミネルバが息を呑む音が聞こえる。
ミネルバ……ミネルバ……大好きだった。
もっとあなたの傍にいたかった。
セブ、リリー……リーマス、シリウス……大好きなセブ……
杖に灯った眩しい光の中にホグワーツで出会った人の顔を見ていると、突然横から風を感じた。
慌てて手を伸ばし、足を踏み出す。
目の前に飛び出してきたのはレイブンクローのクィリナス・クィレル。
ずっと私の後をつけ回してきた彼を、私はずっと校長の回し者だと思っていた。しかし、彼はただ、この理由はイマイチ理解できなかったが、私を見ていたいから私の後を追っていただけだった。
私の勘違いに巻き込んでしまった関係のない子。
「ウアッ!」
『っく』
お腹にダンブルドアの呪文を受けたMr.クィレルが後ろ向きに飛んできた。
その背中を受け止めた私だが、突然のことで踏ん張りがきかず、彼と一緒に背中から床に倒れてしまった。
『あんた……なんで……』
慌ててMr.クィレルの下から出て、彼の顔を覗き込む。
顔面蒼白で苦痛に顔を歪めている。
頭が混乱する。
彼は私の後をずっとついて回っていたが一度も話しかけてくる事はなかった。まともに会話をしたのは今日が初めてだし、それに今日の私は彼に苦無をつきつけて脅している。
あの時のMr.クィレルはとても怯えた顔をしていた。
それなのに何故……
『意味が分からん……私なんかを庇うなんて……』
動揺してしまい、思わず思っていることを口に出してしまった。
私の声に反応してMr.クィレルが閉じていた目を薄らと開く。
「やっぱり……何をされても、好き……みたいだから、です……」
『っ!?Mr.クィレル!』
それだけ言って彼は意識を失った。
ズンと腕に重みがかかる。
気を失ってしまったMr.クィレルを呆然としながら見る。
私なんかを好きだといい、体を張って守ってくれる人がいるなんて……
「ユキ・プリンス。動くでないぞ」
――――しまった
視線だけ動かして横を見ると、2メートルほど離れた場所に立つダンブルドアが私の眉間に狙いを定めるように杖を向けていた。
Mr.クィレルがせっかく作ってくれた逃げる機会を無駄にしてしまった。
腕の中でぐったりしている彼を見下ろす。
不思議なもので、つい数分前に決めていた死ぬ覚悟が彼に好きだと言われたことによって揺らいでしまっていた。
目の前に私を好きだと言って、見てくれていた人がいる。
暗部の道具ではなく人間として見て、好いてくれる人。
忍としての私の顔を見てもなお私を好きだと言ってくれた人。
痺れるような喜びが体中に広がっていく。
強く感じる生きる歓び。ヤダ――死にたくない。もっと生きていたい。
しかし、ダンブルドアの術を避ける気はなかった。
「そなた、何者じゃ」
『……言うことはできない』
「開心・レジリメンス」
振り下ろされた杖。
パチンッ
生きたいと思うのは、心を通わせたいと思えるホグワーツの人に出会ったから。
校長は忍の顔を見せた私をホグワーツに置いておくことはしないだろう。
上手く逃げ出したとしても暗部の上忍に里に連れ戻されるだけ。
ホグワーツから離れるなら死んだほうがマシだ。
もう、感情を押し殺すあの世界には戻りたくない。
このままここで呪文を受け、あの世に行ったほうがいい。
強い光が視界いっぱいに広がったと思ったら急に目の前が暗くなった。
続いて何かが自分の中に押し入ってくるような感覚。
体がゾクリと震える。気持ち悪い。
『ぅ……くぅ』
パンッ
自分の中に入ってこようとする何かを外に弾き出したのと同時に暗かった視界に光が戻ってきた。
天井が見える。ということは倒れたのか。それに生きてる。
ダンブルドア校長は何の術を使ったのだろう?
「まさか弾き返すとは……」
ダンブルドアの足音が近づいてくるのが聞こえるが、体が重ダルく体を起こすこともできない。
「やめて下さい、アルバス」
ふわりと感じた風。
顔を動かして見えたのは私を庇うようにダンブルドアに向かって両手を広げるミネルバの背中だった。
『ミネル、バ……?』
「そこをどくのじゃ」
動揺した私の声とダンブルドアの咎めるようなきつい声が重なる。
「いいえ。ユキに向けるその杖を下ろして下さらない限りどきませんわ」
決然としたミネルバの声。
「その者の正体を見極めねばならぬ」
「確かに。ですが、私はそのような乱暴なやり方を受け入れることはできません。この子はまだ14にもなっていない少女ですよ!?」
「年齢など関係ないのじゃ。心に悪を隠した少年が大人になって何をしているかを思えばこの娘を見逃すことはできん」
「ヴォルデモート卿とユキは違います!この子は誰かを征服したい、傷つけたいとは思っていません。Mr.クィレルの事についても何か事情があるはずです」
「冷静になるのじゃ、ミネルバ!ユキ・プリンスはMr.クィレルの記憶を修正しようとしたのじゃぞ!?」
次の言葉が紡げずに俯くミネルバの背中を見る。
ダンブルドアの言うことは正しい。
すごく、凄く嬉しかったよ、ミネルバ―――
これ以上彼女に迷惑をかけるわけにはいかない。
気づかれないように上体を起こし、靴の中に仕込んであったナイフを取り出した。
ナイフを両手で握り、刃先を自分に向ける。
閉じた瞼の裏に見えたのはセブの顔。
嬉しいような、悲しいような気持ちになりながら、私はナイフを自分の方へと思い切り引き寄せた。
『え……な、何で』
首元で止まった刃先。
銀色に鈍く光る刃を伝って赤い血液が床に
ポタリ、ポタリと落ちていく。
「いい加減になさいっ」
刃を掴んだまま私からナイフを取り上げたミネルバは涙声で私を叱りつけた。
「どうして、あなたはいつもこう、自分を大切にしないのですか!?ユキ・プリンス!あなたは自分が傷つくことで周りの人間が悲しむことを理解しなければなりませんッ」
自分の心臓のあたりの服をグッと握りながら話すミネルバの目からはとめどなく涙が流れている。
『どうして、私なんか……』
視界がぐにゃりと歪む。
涙が止まらない。
「決まっているじゃありませんか。あなたが大切だからです」
袖で涙を拭っていると体が柔らかく包まれた。
優しく、強く、ミネルバに抱きしめられる。
止めようにも止まらない涙。
溢れ出してくる感情。
全てを話してしまいたい。
でも、それは出来ない。
代わりに大きな声で泣きじゃくる私をミネルバは優しい腕で包んでくれた。
「……儂はMr.クィレルを医務室に運んでくる。ミネルバはMs.プリンスを校長室へ連れてきてくれ」
「わかりました、アルバス」
Mr.クィレルを抱き上げたダンブルドアはバチンッという音と共にトロフィー室から姿くらましした。
嗚咽がおさまってきて顔を上げる。
『どう、ヒックして、ここまで……してくれるの?』
そう尋ねるとミネルバは潤んだ瞳を優しく輝かせて私の頭にポンと手のひらを置いた。
「怒らないで聞いてちょうだいね。初めはダンブルドア校長にあなたを監視するように言い渡されていたの。どこから来たか分からない要注意の少女が入学してくる。同性である私が気をつけて見て欲しいと頼まれたの……」
記憶喪失、珍しい容姿の少女。
魔法を使わせれば1年生とは思えない程よくできた。
そして、校長からは夜中に寮を抜け出しているかもしれないと報告を受け、さらに闇の帝王に似た雰囲気を持っているとも言われた。
「初めは例のあの人の手先かとも考えていたわ。でも、あなたを注意深く見ているうちにそうじゃないと分かった。だって例のあの人の手先なら、喧嘩したり、悪戯したりして自分から目立つような事しないでしょうから」
ふわりと笑って私の頭を撫でるミネルバに首を横に振る。
『私は誓って例のあの人側の人間じゃない。でも、いっぱい人に言えない秘密を持ってる』
「どうして言えないか教えてくれるかしら?」
『それは……私の国の掟だから。国のことを知られてはいけない。もし、誰かに話してしまったら……』
消されるかもしれない。
私は次の言葉を言えなかった。
背筋が寒くなって自分を強く抱きしめる。
これ以上言ってはいけない。誰かに見られているかもしれない。
「何に怯えているの?」
ミネルバが視線を部屋中に彷徨わせた私に問いかける。
言えない。
私は首を横に振るだけ。
無言を貫く私をジッとミネルバが見つめる。
「……分かったわ。今は言わなくてもいい」
『え……?』
長い沈黙の後でミネルバが言った。
彼女の言葉の意図がわからず目を瞬く。
「その代わり、約束してちょうだい」
頬にミネルバの温かい手が添えられる。
「一つは今日のように危険な魔法を使用しないこと。そしてもう一つは自分の命を、体を大事にすること」
『わかった……けど、どうしてこんな約束をするの?私はもうホグワーツにいられない』
校長が私を許すとは思えない。驚きながら言う私にミネルバはゆっくりと首を振った。
「この二つを約束するなら、私がホグワーツにいられるように校長先生にお願いします」
「っ!?どうしてそこまでしてくれるの!?」
無条件に私を守ろうとしてくれるミネルバを理解できない。
こんな人は今までいなかった。
何か裏があるのではないか?どうしてもそう思ってしまう。
しかし、そんな私の心を見透かしたようにミネルバは微笑んだ。
「ずっとあなたの様子を見てきて、何度も自室に呼んでお説教をして、夏休みは1ヶ月以上も一緒に生活していたのですよ?教師としてあってはいけないことですが、正直に言ってしまうと最近はあなたを娘のように思ってしまうの」
『むすめ……』
その言葉は私に大きな衝撃を与えた。ミネルバは私のことを家族のように思ってくれている。
みんなから化物と揶揄されてきた私のことを――――
『ミネルバ!』
嬉しい気持ちが体の内側から溢れ出てきて、堪らずミネルバの首に腕を回して抱きつく。
『約束する。さっきの二つ、約束する!』
そう言って顔を上げるとキラキラした瞳を私に向けてミネルバは頷いてくれた。
「さあ、ではアルバスのところへ行きましょうか」
差し出された手を握り返す。
何も聞かずに私を信じて守ってくれるミネルバの大きな愛。
お母さんという人はきっとこんな感じの人なんだろうな、と校長室へ続く廊下を歩きながら思う。
左右にピョンと避けたガーゴイル像。
「大丈夫よ。安心なさい」
たとえ、ダンブルドア校長が私を許さなくてもいい。
こんなに私のことを思ってくれている人がいるならそれで十分。
牢獄へ繋がれたって構わない。今日のことを思い出していれば暗部にいた時よりも毎日はずっと楽しいだろう。
「Mr.クィレルは気を失っているだけだそうじゃ」
「そうですか。安堵しました」
「して、Ms.プリンス」
でも、セブやリリーに会えないのは寂しい。と考えていると校長先生が私の名前を呼んだ。
狸ジジイ
私は校長先生が苦手だ。
私の心を見透かすように見つめてくるブルートパーズの瞳を見つめ返す。
その瞳を見ているうちに、ようやく校長先生が苦手な理由が分かった。
暗部養成機関【根】のリーダー、志村ダンゾウ様に似ているからだ。
里を守るためならば非情な作戦や卑劣な行動も厭わない人。
そんなダンゾウ様にダンブルドア校長の瞳は似ている。
初めて会った時から感じていた校長への嫌な感情はこれだったのだ。
という事は私はダンゾウ様を、というか暗部自体を嫌っていたのね。
自分の気持ちに今になって気づくなんて。自分の鈍感具合に呆れてしまう。
「お前さんの処分じゃが」
何が、処分だ。入学してからずっと私のことを屋敷しもべ妖精やミネルバに頼んで見張らせていたくせに!Mr.クィレルに襲いかかったのも、ダンブルドア校長の回し者だと思ったからじゃない。
自分に都合のいい意見だが、少しくらい言ってやってもいいだろう。と口を開く。しかし、私の口から出たのは呻き声だった。
体が燃えるように熱い。
全身を針で刺されたようなこの痛みは知っている。
1年生の時に厨房で倒れた時と同じだ。
「ユキ!」
「しっかりしなさい、Ms.プリンスッ」
真っ青な顔のミネルバと慌てた様子のダンブルドア校長が私を覗き込む。
ダメだ……意識が遠のいていく。
「酷く体が熱いわ!」
「医務室に連れて行く。姿くらましするから儂に掴まるのじゃ」
あら?ダンブルドア校長も私を心配してくれているの?
何故だろう?
校長の腕に抱き上げられながら私は小さく首をかしげた。
***
頭が混乱するばかりだ。
どうしてここにいるのか分からない。
私はこの場所にいるはずないのに。
『お二人にお話したいことがあります』
思い出した記憶。
校長室のソファーに座り、ダンブルドア校長とミネルバに思い出した記憶を話しだす。
『苗字は雪野。私、ユキ・雪野は火の国、木ノ葉隠れの里の忍です』
―――生き残った者1名に卒業資格を与える
思い出したくなかった記憶。
暗部養成機関の残酷な卒業試験。
1名しか卒業できない。そう告げられた卒業試験。
開始の合図と同時にヤマブキ以外の全ての同級生が私に襲いかかってきた。
自分を守るため、というよりも卒業試験だからという気持ちだけで何の躊躇いもなく私は同級生に術を発してしまった。
一瞬で消えた同級生たち。
私の術を知っていたヤマブキだけが術から逃れた。
灰の充満した空気の中を走り、ヤマブキを押し倒し、苦無を振り上げた時、担任が「そこまで!」と試験終了を告げた。
彼は私の術と灰で見えない視界に恐ろしくなり、自分もやられるのではないかという恐怖から、私とヤマブキの二人が残っているにも関わらず、思わず試験終了を告げてしまったのだ。
―――卒業試験合格者は今回限り2名、ユキ、ヤマブキとする
ダンゾウによって取られた特別措置。
私はヤマブキと共に暗部訓練所を卒業し、プロの暗部となった。
ヤマブキは私に殺されかけたのに、訓練生時代と同じように話しかけてきた。
いつだったか、彼に私が怖くないのかと聞いたことがある。
―――あれは試験だったんだ。だから、仕方ないさ。
そう言って私の手を握り締めてくれたヤマブキ。
私の目からは涙が流れた。私は掌に落ちる涙を不思議に思いながら見た記憶がある。
涙が止まった後、私は精神の崩壊を防ぐために固く心を閉ざし直した。
―――ユキ!鍛錬に付き合えッ
―――いいけど、たまには別の人とやったほうがいいんじゃない?
―――お前と鍛錬するのが一番いいんだよ。ほら、いくぞ!
死と隣り合わせの危険な任務。
暗殺忍術特殊部隊の名の通り、私たちに与えられる任務は暗殺。
任務では主に私とヤマブキ、そして私たちの元担任のハヤブサ先生の3人でスリーマンセルを組んだ。
―――悪い、ユキ。助かった……
―――ヤマブキはいつも無茶をし過ぎる。
―――あーあ。今度こそお前にいいとこ見せたいと思ったのによ。
―――私にいいところを見せる?
―――ダアァもうっ!何でもねぇよッ。
―――ははは、これはヤマブキも前途多難だなぁ
―――ちょ、ハヤブサ先生っ。余計なこと言うなよなッ。
―――二人とも一体何の話を……?
ヤマブキはいつも前向きで明るくて、いつも私の傍にいた。
ハヤブサ先生は暗部には向かない優しく情の深い先生だった。
「火の国、木ノ葉隠れの里、のう」
「忍……にわかには信じ難い話ですが……」
『実際にお見せします。分身の術』
ポンと現れた私の分身を見て校長先生とミネルバからは感嘆の声が漏れる。
私は二人に嘘をつく。
暗部でやってきたことを話したくなかった。
火の国と忍について説明し、忍になるための学校に通っていたとだけ話した。
「どうして急に打ち明ける気になったのじゃ?」
『今まで取り戻していた記憶はまばらすぎて……誰かに追われていると思っていたんです。忍はスパイのようなものですから――――
夜中に抜け出して魔法の練習をしていたのは私を狙っているかもしれない誰かから身を守る術を身に付けるため。
二人に嘘をつく心苦しさはあったが本当のことは話せなかった。
私がやってきたことを知ったら、ミネルバの私を見る目は変わってしまうだろう。
「……火の国について調べてみることにしよう」
『あの、私はこれからどうしたら……?』
ダンブルドアはミネルバと視線を合わせて頷きあった。
「引き続きミネルバに様子を見てもらうことになるが授業に戻ることを許可しよう」
「Mr.クィレルにはこの話は内密にしてほしいと頼んでおきました。医務室から退院したら、彼にちゃんと謝りに行くのですよ」
『ハイ!』
しかし……
どうして火の国から魔法の世界にやってきたのかは分からない。
「何か儂らの知らない不思議な力が働いているのかもしれんのう。神秘部にも問合わせてみよう」
医務室に戻りなさい、と促されて校長室を出て行く。
よかった。まだここにいられる。
安堵からホッと息を吐き出す。
―――よっ、ユキ。
―――ヤマブキ久しぶりね。任務帰り?
―――あぁ。久しぶりの単独任務だったんだ。で、コレはお土産。
―――お土産?ありがとう。これは……簪?
真っ黒な簪
―――実はコレ、刀になってるんだぜ。
―――実用的ね。嬉しい。
―――つけてやるよ。(うぅ。表情変わんねぇから心が読めねぇ)
―――うん。ありがとう。(あら?胸がポカポカする)
振り返って遠くなった校長室の入口を見る。
校長先生もミネルバも私の話を全て信じたというわけではないだろう。
きっと今まで通り屋敷しもべ妖精による監視も続けられる。
だが、ダンブルドアは私の処置を取り敢えず経過観察にすると決めてくれたようだ。
何はともあれ、行くあてもなく、この場所が大好きなのでダンブルドア校長の決定は本当に有難かった。
私が忍の事を話すことに決めた理由。
それは私が任務で魔法の世界に来たわけではない事がわかったからだった。
―――なぁ、ユキ。俺たちそろそろ15歳くらいだよな。
―――そう思う。
―――じゃあさ、今日は誕生日ってことにして誕生日会しようぜ!
―――いいよ。でも、誕生日会って何するの?
―――ええと……あ!誕生日プレゼントだ!何か欲しいものあるか?
懐かしい記憶に自然に頬が緩む。
―――欲しいもの?何でもいいの?
―――おうっ。取り敢えず言ってみろ。
―――私は苗字が欲しい……ヤマブキ、私に苗字をつけてよ。
ヤマブキは元気にしてるのだろうか。
私と同じようにどこかで元気に過ごしているだろうか。
―――雪野ってのはどうだ?
―――うん。素敵だと思う。
―――な、なぁ。俺も苗字ないからさ、雪野って苗字使ってもいいかな?
―――もちろん。ヤマブキが考えた苗字だもの。
雪野 ユキ
雪野 ヤマブキ
地面に並べて書いた文字。
―――なんかさ、夫婦みたいだな。
―――へぇ
―――相変わらず反応薄いなぁ(照れてるのは俺だけかよッ)
思い出した記憶は今の年齢を追い越していた。
最後の記憶はホグワーツの7年生くらいの年齢の記憶。
―――ハヤブサ先生を暗殺したって本当なのか?
―――どこから聞いたの?この任務は極秘だったはずよ。
里を抜ける計画をしている証拠が揃った。ハヤブサを暗殺せよ。
私は命令に従い、元担任のハヤブサ先生を討った。
この任務は私の単独任務。ヤマブキが任務から外されたのはハヤブサ先生と仲が良かったからだろう。
忍の掟は絶対。裏切り者には死あるのみ。と言い聞かされてきた。
私は命令に従っただけ。
何か言いたげなヤマブキに背を向けて歩き出した私は腕をぐっと引っ張られて振り返った。
真っ直ぐに私を見つめるヤマブキの瞳。
―――お前は大丈夫なのか?
何かの感情が込み上げてきて目を瞑って堪える私をヤマブキは抱きしめてくれた。
誰よりも、私よりも、私の気持ちを分かってくれていたヤマブキ。
『あ、セブだ』
医務室の扉を開けるとセブが私が使っているベッドの横にある椅子に座っていた。
「どこに行ってたんだ?マダム・ポンフリーが心配してたぞ」
『ちょっと散歩』
「散歩!?こんなに顔が真っ青なのに何してるんだ!早くベッドに戻れ」
『わわわ、背中押さないでよ』
「一週間も寝込んでたんだぞ!病人だって自覚しろ」
『ご、ごめんってば』
私はここにいるはずがない。
記憶では
戦いの中で三代目火影はこの世を去ってしまった。
その混乱の収まらぬ最中、暁という謎の組織に里は襲撃された。
この大事な時期に暗部の私がこのような平和な世界に送られるなんてありえない。
私に何が起こったのか―――
「リリーも心配してたぞ」
『退院は明後日になるって。リリーにも伝えておいてもらえる?』
「わかった。そうだ、コレ。授業のノートだ」
『ありがとう!』
争いのない世界。平和な日常。
私が生きてきた世界とセブのいるこの世界は違いすぎる。
私はセブが好き。
でも、私は彼とは相容れない世界に生きてきた。
これ以上彼に深入りしてはいけない。
一緒にいられるだけで十分。それ以上を望んでしまっては自分が苦しくなるだけだ。
「ッユキ!?」
「急に大きな声出してどうしたの?」
「髪が……」
驚きで瞳を揺らすセブ。
彼から視線を外し、手鏡を手に取り自分の姿を見る。
黒い髪に黒い瞳
記憶の中の見慣れた姿。
私がよく知っている私の姿。
本当に、私に何が起こったのだろうか……