第3章 小さな動物たち
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ホグワーツになど来たくなかった
自分のいるべき場所、暗部に帰りたい
私はこの世界が大嫌いだ
7.黒狐の暗闇
新月の夜、暗い森に少女が一人。
うっすらと顔に微笑みを浮かべた少女は木から木へと飛び移りながら禁じられた森を奥へ奥へと進んでいた。
しつこいな。あまり奥まで行きたくないのに……。
耳を済ませてガサゴソという幾つもの足音を聞き取る。
ユキは蜘蛛に追いかけられていた。
鬱陶しい。鍛錬の時間が減ってしまう。
巨大な蜘蛛に追いかけられているユキだが微塵も恐怖を感じていなかった。
その理由は彼女の生い立ちにある。
火の国、木の葉隠れの里近くの森で彼女は拾われた。真っ白な絹の産着、そこには母親が縫ったのであろう“ユキ”と言う名が記されていた。
赤ん坊のユキが預けられた先は暗部養成機関の寮。
ユキのように身元のはっきりしない孤児たちは忍者を目指す里の子供たちとは隔離された場所で暗部になるための特別な訓練を積んでいた。
「己を捨てよ、感情を持つな」
物心つく前から聞かされてきたこの言葉はユキにとって絶対だった。
任務の遂行が第一であり、自分のことなど考えたことはなかった。
どんな任務でもこなせるようになるために強くなる。ユキにとってそれが全て。
しかし、ユキと同じ境遇の子供が全て彼女と同じようだったわけではない。
どんなに厳しく教えられても彼らは人間、しかも子供。感情をなくすことなど出来ないものが大半。
厳しい教師に見つからないように集まり、自主鍛錬をほっぽり出して友人と遊ぶ正常な日常を送る者がほとんどだった。
「おい、あいつが来るぞ!」
「気持ち悪い。こっち見てるぞ」
「逃げろ」
「石を投げて追い払え!!」
遊んでいた子供の中で一番背の高い少年が足元の石を拾い、ユキへと投げた。
「ヤマブキに続け」とか何とか言いながら周りの子供たちも石を拾い、投げる。
ユキはヒョイと首を傾けてヤマブキが投げた石を避けた。耳元で風が通り過ぎる音を聞きながらユキは考える。
彼らは何をしているのだろう?
庭で遊んでいた同級生は「キャハハ」「あはは」と声を上げながらボールを投げたり受け取ったりしていた。鍛錬しているとも思えない、役に立つとも思えない。
日頃から教官に言われている「気配を消せ」という言葉とは反対の行為。
「あっちに行けよ、化物!」
ダンっと地面を蹴ったヤマブキがユキに近づいてくる。
降ってくる石を苦無で弾き飛ばしながらユキは後ろへ飛び退く。
「逃げんなよ、バケモノ」
『??向こうに行けと言ったのに……それから私の名前はユキだ』
「フンッ。うるせぇっ。黙れバケモノ。とにかく、今日こそ人形みたいなお前の顔を歪ませてやる」
意地の悪い顔で笑ってヤマブキは宙を飛び両手を組んだ。
戸惑うユキの周りでは子供たちが歓声をあげる。
どうして皆は私のことを化物と呼ぶのだろう?
どうしてヤマブキは私を見るたびにこうやって攻撃を仕掛けてくるのだろう?
ユキは頭に大きなクエスチョンマークを浮かべながら印を結ぶ。
「風遁・豪空砲!」
ヤマブキの掌から風の塊が打ち出され、ユキへと襲いかかる。
どっと沸くギャラリー。しかし、彼らは直ぐに静まり返ることになる。
『火遁・火炎砲』
風の球より一回りも二回りも太い炎がユキの口から吐き出され、ヤマブキが出した術を消し去ってしまう。
緋色の炎で周りの空気も熱くなる。
空中に飛び上がっていたヤマブキはユキの術を避けようがない。熱さのせいか目の前に迫る炎への恐ろしさのせいなのか、彼の額に汗が滲む。
「っ!?」
ヤマブキに炎が達するかと思われた時、紅の炎は彼の前でパッと消えた。
ストンと地面に着地した彼が見たのは歩き去るユキの後ろ姿。
「待てよっ!」
彼はユキを追いかける。
自分の得意技が跳ね返されたのが悔しかったのと、目の前で嘲るように炎を消された事に腹が立ったからだ。
『離して』
腕を掴まれたユキは振り返ってヤマブキを見た。
「なんで攻撃を止めた」
ギロリと睨むヤマブキにユキは空を指し示す。
ユキの指の先には時計。
『夜ご飯の時間。寮に戻らないといけない』
ヤマブキ達も帰ったほうがいい、と言うユキにヤマブキの目は吊り上がっていく。
「ふざけんなッ」
吐き捨てるように言い、ヤマブキは拳をユキの顔めがけて打ち込んだがそれはあっさりと彼女に受け止められた。
しかし、ヤマブキは諦めず体術を仕掛けていく。
「受けてばっかいないでちょっとは攻撃してこいよ」
『嫌だ』
「ハァ!?何が“嫌だ”だよ。このヘタレ虫ッ」
防戦に徹するユキにヤマブキは歯をギリッと噛み締めながら大きく腕を振り上げた。
チャクラ、魔法界の魔力を纏った渾身の一撃。
「また受け止めるだけかよ」
目の前にある涼しげなユキの顔にヤマブキの怒りは募っていく。
だが、どうやってもユキに一撃を入れることが出来なかった。
逆にユキは一撃も反撃してこない。
ユキへの攻撃が届かない上、反撃されることもないヤマブキはこれ以上やっても無駄だと思い、距離を取って、睨みながら額の汗を手の甲で拭った。
「お前はいつも反撃してこないよな」
『攻撃する必要がないもの』
それだけ言ってクルリと体を反転させる、ユキ。
「臆病者!敵を殴るのが怖い奴が忍になんかなれるもんか!」
悔し紛れにヤマブキは去っていく背中に叫ぶ。
ピタリと足を止めて振り向くユキ。
ヤマブキの背中に戦慄が走る。
穴の空いたような漆黒の瞳。
いつ見ても寸分たりと変わらない微笑みを浮かべた顔。
『怖いってなあに?』
「なに、って……お、前……」
ユキは誰かを傷つけるのが怖いから反撃してこないわけではなかった。
ただ戦う意味がないと思うから攻撃してこないだけ。
己を捨てよ、感情を持つな
ヤマブキはその時始めて教官に言われてきた言葉の意味を本当に理解することが出来た。
暗部になるためには目の前の同級生のように自分に感情があることさえも頭の中から消去しなければならない。
俺はコイツみたいになりたくない。感情を持たない道具になんかには―――
『??私は寮に戻る。これ以上邪魔しないで』
ユキは質問に答えないヤマブキを暫し不思議そうに見てから寮へと帰っていった。
***
年齢を重ねるたびに暗部になるための訓練は厳しくなっていく。
それでも脱落するものが出ないのは、彼らには暗部以外に帰る場所がないから。
そして養成所で共に生活する同級生を家族のように思っていたからだった。
「本日は二人ひと組になって夜間訓練を行う」
教官に名前を呼び挙げられてペアを組んでいく訓練生たち。
「ヤマブキ、ユキ」
「うげーっ。ハヤブサ先生!なんで俺がこいつなんかと組まなきゃなんねぇんだよ」
「文句言わずにさっさと組めー」
クジだ。諦めろ、と言う担任教師ハヤブサに文句を言いながらヤマブキはユキの隣に並んだ。
相変わらず何を考えているか分からない微笑を浮かべた顔。
感情のない漆黒の瞳。
「よろしく、な」
『よろしく』
チラッと横を見て声をかけたヤマブキはユキから言葉を返されて頬を赤くしながら俯いた。
ユキと組むのが嫌だと言ったのは照れ隠しからだった。
艶やかな黒髪に陶器のように白く滑らかな肌。この数年でユキはハッとする程美しく成長していた。
どんな性格であるかは置いておくとして、ユキの外見は思春期に差し掛かるヤマブキ少年をときめかせるのに十分だった。
しかも今日は夜間訓練。
一夜をユキと過ごす事になる。
『行こう』
「お、おぉ」
ユキは動揺した声を出すヤマブキに首を傾げつつ夜の森へと進んでいく。
「はじめのチェックポイントはここから北東に5kmだな」
今回の訓練は札を回収しながらチェックポイントを回るという簡単なもの。
闇夜に慣れる訓練だから、そこらじゅうに仕掛けられている罠に気をつけてさえいれば誰かが襲ってくる事もなく気楽なものだった。
「なぁ、ユキ」
『はい』
「……お前ってホント愛想ないよな」
『はい?』
木から木へと飛び移りながらヤマブキは溜息をつく。
一つは気の利いた会話ができない自分に呆れて。
もう一つは意味がわからないと言うようにユキが首を傾けたのを見てだ。
「お前ってマジで自分の感情ないの?」
『ないと思う。けど、なぜそんなことを?』
「小せぇ頃から感情消せ、消せって言われてきたけどさ。人間って本当に感情を消し去ることができるのかなって思ってな」
『……ごめん。よくわからない』
「だろうな」
足を止めたヤマブキを見てユキも足を止める。
「じゃあさ、こんなことしたらどうだ?」
ヤマブキは立っている木の枝を蹴って、ユキのいる枝に飛び移った。
『なにするの?』
「いいから黙ってろって」
ヤマブキはユキの唇を人差し指で触れて黙らせてから、胸をドキドキさせてユキの頬に手を添えた。
『……』
「……ハアァ反応なしかよ」
体を離したヤマブキは地面まで届きそうなため息をついた。
ユキの顔は一ミリも変わっていなかったからだ。
「少しは赤くなったりしろよ」
『???何を赤くしたらいいの?』
「だあぁああ、もういい!次のポイントに進むぞ」
『???』
さっきの行動には何の意味があったのだろう?
ヤマブキは昔から意味のわからないことをする。
ユキは頭を混乱させながらスピードを上げて前へ前へと進んでいく彼の背中を追いかけていった。
新月の空は星が明るい
「ここで休むとするか」
身を隠すのに適した場所を見つけて足を止めた二人は休憩を取ることにした。
水を飲み、体を休ませる二人は無言。
ユキは話す必要がないと感じていたし、ヤマブキの方は会話の成り立たない彼女にこれ以上話しかけも無駄だと感じていた。
話しかけても虚しくなるだけだしな。と思いながらヤマブキは草の上に寝転がり、真冬の空を見上げた。
「っ!?」
雲の動きを目で追っていた彼の呼吸が止まる。
聞こえてきた微かな足音。視線を斜め上に向けるとユキも足音に気づいたらしく闇に目を凝らすように目を細めていた。
「(この区域には俺たちのペアしかこないはずだ)」
一般の忍も暗部のこの領域には足を踏み入れないはず。
『(ハヤブサ先生が見回りに来たのか、それとも里で何かあったのか……)』
読唇術。二人は声を出さず、口の動きでお互いの言葉を読み取り会話する。
「(里で何かあったら狼煙が上がるか伝令の鳥が飛ぶはずだろ?)」
『(確かに……じゃあ、いったい誰?)』
木の葉の里への敵襲かとも考えた二人だが、今いる場所は里の中心からは離れているがまだ十分木の葉の里の敷地内。それに足音は自分たちの背後、里がある方向からこちらへと向かってきている。
二人の頭に浮かんだ言葉―――抜け忍。
「(確かめるぞ)」
足音の方へと二人は向かう。
裏切り者には死あるのみ
これも暗部で日頃から言い聞かされてきたことだった。
どんな理由があろうとも抜け忍を許すわけにはいかない。
戦は情報が命。
里の情報を他の里の忍に知られては戦の時に不利になる。
「(止まれ)」
先を行っていたヤマブキがユキに手で合図する。
彼らの視線の先に動く影。
『(中忍の暗号解読班の人だ)』
「(は!?間違いないのか!?)」
俺は暗くて何も見えないのに、と驚くヤマブキにユキは自信を持って頷く。
ヤマブキはゴクリと唾を飲み込んだ。
暗号解読を専門とする忍がいる場所は情報の集まりやすい里の中心。
深夜に、しかも単独でこんな場所にいるはずがない。
『(私があの人を追う。ヤマブキは戻って誰か呼んできて)』
「(ちょ、待て!ユキ!!)」
ヒュンとヤマブキの横を風が通り過ぎる。
ユキは制止を無視して抜け忍と思われる男のところへと走っていった。
「(クソッ。一人で行かせられるかよ)」
ヤマブキはユキの後を追う。
相手は中忍。一般の忍になる子供たちより厳しい訓練を積んでいるとはいえ自分たちはまだ下忍にもなっていない学生。
二人で相手をしても中忍に勝てるか微妙なところ。
『(……ヤマブキ?)』
自分を追ってくる気配に気がついたユキは速度を落としてヤマブキを自分に追いつかせた。隣を走る彼を睨みつける。
『(戻れ。ここは私一人で十分だ)』
「(何が十分だよ。中忍相手にお前一人で勝てるはずないだろうが!)」
『(?よく考えろ。私たち二人でかかってもあの中忍に勝てる可能性は低い。確実にあいつを止めるには上忍の先生を呼んでこないとダメだ)』
「(勝てる可能性は低いって……お前まさか!)」
『(どのくらい時間稼ぎ出来るか分からないんだから、これ以上里から離れる前に戻って応援を呼んできてちょうだい)』
ユキは立ち止まったヤマブキを見て、彼が里に戻ることにしたと思い、安心して追跡の足を早める。
しかし、彼が立ち止まったのは里に戻るためではなく、ただ衝撃を受けたからだった。
遠ざかっていくユキの背中を見つめるヤマブキ。
応援が来るまでの時間稼ぎのために、勝てない相手だと分かっていても立ち向かっていく。
確かにあの抜け忍をとらえる為にはユキの選択がベスト。
だが、ヤマブキは頭ではわかっていたものの、人を呼びに戻る気になれなかった。
―――ふざけんなよ……
ヤマブキは枝を蹴り、宙を飛ぶ。
死への恐怖さえ感じずに任務遂行の為に自分の命を捧げる。
忍としては正しい。だが、彼は簡単に自分の命を投げ出す決断をしたユキが許せなかった。
俺たちは暗部の人間であって道具じゃない。そんな思いが彼の中にあった。
ヤマブキは足を早める。
遠くから聞こえてきた金属音で戦闘が始まっていることを知る。
森を抜けた平地。
ヤマブキは印を結びながら飛び出した。
「風遁・豪空砲!からの乱れ打ち!」
『っ!?ヤマブキ!?なんで……』
「チッ……またガキが増えたか……」
ユキと抜け忍の間に空気の塊がドスンと落ち、地面に穴を開ける。
『しかも敵味方構わず……』
空砲の中に仕込まれていた手裏剣が四方八方に飛び散る。
飛んでくる手裏剣を苦無で弾き飛ばすユキの隣にヤマブキが着地した。
『どうして追いかけてきたの!?』
「決まってんだろ。助太刀に来た」
『ハァ!?応援は??』
「そう、それ」
突然トンと胸を指で突かれたユキは面食らう。
「今のが驚きと怒りってやつ。お前にもちゃんと感情あるじゃん」
『状況が分かってるのか!?ふざけるのも大概に』
「それは俺のセリフ」
急に真面目な顔になったヤマブキを困惑した顔で見つめるユキ。
「勝手にツーマンセル解散させて、勝手に死にに行くなよ」
『何を優先させるべきか考えろ』
「確かに任務は大事だ。だけど、任務と同じくらいお前の命も大事なものだぞ」
『意味がわからん』
「そう言うと思ったよ……」
熱を込めて言っても響かないユキにヤマブキはゲンナリと肩を落とした。
「痴話喧嘩は終わったか、ガキども」
後ろから追手は来ないと分かった男の口角がニヤリと上がる。
「俺たちでこいつを止めるぞ。初任務だ!」
『ヤマブキだと時間稼ぎにならないから応援を呼びに行けない、か……仕方ない』
「お前ホント失礼だよなっ」
『事実を言ったまでよ。あ、くる』
ユキとヤマブキは同時に飛んだ。ドドドッと幾つもの棒手裏剣が彼らの立っていた場所に突き刺さる。
「プロの忍がどんなもんか見せてやるよ」
ユキたちの視界から消えた抜け忍。二人は耳で、肌で男の気配を感じ取ろうと感覚を研ぎ澄ます。
カッと目を見開いたヤマブキが反転する。
「暗部のガキがッ」
抜け忍の小刀を苦無で受け止めるヤマブキ。彼の背中を踏み台にユキが宙を飛ぶ。
『火遁・火炎砲』
吐き出された紅の炎。しかし、ユキは直ぐに術を消し、体を上空に向けながら受け身の体勢を取った。
ドシンッ
いつのまにか移動していた男の一蹴りでユキの体は地面に打ち付けられる。
ユキは地面に転がって男が放ってくる棒手裏剣を避けきる。
立ち上がったユキは男に攻撃を仕掛けに行くヤマブキを支援するために男の足を狙って手裏剣を投げた。
当たりはしなかったが男のバランスは崩れる。
男を仕留めるチャンス。ヤマブキの口角が上がる。
地面を強く蹴るユキ。
「……っユキ!」
鈍い音に振り返ったヤマブキの顔が青ざめていく。
そこにいたのは左腕に小刀を突き刺されているユキの姿。
『今だ、ヤレ!!』
ガンと耳に響く怒鳴り声。
ユキの言葉で正気に戻ったヤマブキは刃を振り上げる。
「っく、しまっ」
空いていたユキの右手で襟首を掴まれていた男は動けなかった。
突き刺さる刃。
抜け忍の男は白目を剥いて力なく地面へと崩れていった―――
「……ありがとな」
暫し佇んでいた二人。先に口を開いたのはヤマブキだった。
礼を言うヤマブキに漆黒の瞳を向けるユキ。
「お前のおかげで命拾いした」
『別に意図して庇ったわけではないから』
「それでもさ。お前は……ユキは俺の命の恩人だ。ありがとな!」
ニシシと明るい笑顔を向けてくるヤマブキからユキは目を逸らす。
『私より元気みたいだし、今度こそ上の人を呼んできて』
「お、りょうーかい!」
ヤマブキは嬉しそうに表情を崩しながらユキの前から姿を消した。
恥ずかしそうに伏せた目
赤く染まった頬
誰にだって心はある。
『任務と同じくらい人の命も大切なもの……なの、かな……?』
温かくなる心
いつもより上に上がる口角
自分の変化に戸惑いながら左腕に包帯を巻くユキの顔には自然な笑み。
誰にだって心はある
『あの頃くらい何も知らなければ楽だったのに』
ホグワーツになど来たくなかった
『私はどうしてここにいるの?』
賑やかな友人。優しい先生。温かな食事。柔らかな布団。
少しでも忍の世界の記憶を持ってホグワーツにやってきていれば周りの人から距離を置くことができた。
だが、記憶を持たなかった私は人の温かさを知ってしまった。
一度知ってしまった感情は捨てることが出来ない。
私はこの世界が大好きだ
自分のいた世界、己を消すことを求められる暗部に戻りたくない
『こんなとこ、来たくなかったよ』
もしも、迎えが来て暗部に戻る日が来たら、私の心は壊れてしまうだろう
……やっぱり私は、この世界が大嫌いだ―――
禁じられた森の端の端
高い木の上に立ち、ユキは涙を零しながら瞬く星を見上げていた。