第3章 小さな動物たち
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6. 蝙蝠の日常
楽しかった夏休みが明けて新年度が始まった。
「ルイ……じゃなくて、ユキ行くぞ」
『ムム、もうちょっと!』
「ダメだ。授業に遅れる」
放っておいたらいつまでも朝食を食べ続けるユキを急かして立ち上がらせ、僕たちは大広間を出て行った。
一時間目は大好きな魔法薬学の授業。
しかも今年度はレイブンクローとの合同授業だから(去年はグリフィンドールの馬鹿と一緒で煩かった)静かに集中して授業に取り組めそうだ。
歩きながら教科書をパラパラめくり、今日は何の調合だろうな、と聞こうとした僕は隣を見て目を剥いた。
「何持ってるんだ!?」
隣にいたのはパンをムシャムシャと頬張っているユキ。
その手にはパンがいっぱいの籠。
ハアァ……やけに静かだと思っていたらこういう事だったのか。
『1個だけならあげるよ?』
呆れてものが言えないが僕に、ユキが仕方ないと言うような顔で言った。
「いらない!パンを教室に持って行く気なのか!?怒られるぞ」
『??教室につく前に食べ終わるよ』
しれっと言うユキに溜息をつく。
こいつの胃袋はどうなってるんだ?
「おい、ところで教科書はどうした?」
両手でパン入りの籠を抱えているユキに問うと「ポケットの中」と短い答えが返ってきた。
不思議そうな顔をする僕を見て、ポケットを探ったユキは小さな何かを取り出して僕の前にだした。
豆のように小さなコレはなんだろうか?
じっと彼女の手のひらに置かれているものを見た僕は驚いた。
「教科書に縮小呪文をかけたのか!?」
『レデュシオ、縮小呪文。荷物を小さくしてポケットに入れられるからこうやって両手にパンを……あ!食べ物を小さくして持ち運べばいいのか」
私って馬鹿、と呟くこいつは自分が2年生じゃ使えないレベルの魔法を使っていることに気づいていないのだろうな。
彼女の魔法の実力には素直に感心する。
『ごちそうさま』
休み時間に縮小呪文のやり方を教えてもらおうと考えていると凄い勢いでパンの山を食べ尽くしたユキが何故か杖を出して籠に向けた。
嫌な予感。
『インセンディ「何をする気だ!!」……??』
ベシッと杖を持っている手を叩けば僕に不思議そうに首を傾げてくる。
褒めた途端にすぐこれだ。
「インセンディオって火をつける呪文だよな?」
『そうだよ?』
「そうだよって、廊下の真ん中で籠に火をつけようとする馬鹿がどこにいるんだよっ」
『だって授業に籠なんか持っていったら邪魔じゃない』
だから燃やして灰にしちゃおうと思って、と続けるユキに強い目眩を覚える。
彼女の考えはいつも僕の斜め上。
僕は本日2度目の大きなため息をついた。
「朝から五月蝿いわよ、ポッター!」
突然玄関ロビーに響いた声。
「またあいつか」
声の方を見るとリリーがグリフィンドール寮に繋がる階段を駆け下りてきていた。
視線を上に移すとリリーを追いかけて寮から出てきたであろうポッターの姿。
「あ、セブにユキ!おはよう」
僕たちを見つけたリリーの笑顔が弾け、心がポッと火が付いたように熱くなっていく。
「おはよう、リリー」
『おはよう!』
後ろのポッターを気にしながら階段を下りてくるリリーは危なっかしい。
転んだら大変だ、と思い階段へと向かう。
『リリーを見るセブの顔、違う』
「何か言ったか?」
名前を呼ばれたような気がしてユキの方を振り向いた瞬間、ガンッと大きな音が聞こえた。
「きゃあっ」
「危ない!」
叫び声に顔を前に戻して見えたのは階段を踏み外して前のめりに宙を飛ぶリリーの姿。
彼女を受け止めようと両手を広げる。
「っく……」
どうにか間に合った。
リリーを受け止めた僕は彼女とともにそのまま後ろへと倒れこむ。
「怪我は……っ!?」
驚いて言葉を切る。
思ったよりも近くにリリーの顔があったからだ。
彼女の綺麗な赤毛が僕の顔にかかる。
「私はセブがかばってくれたから……セブは?怪我してない?」
「僕は大丈夫だ」
顔が赤くなるのを感じながら答えると目の前のリリーはホッとしたように表情を崩した。
その笑顔に僕の鼓動はより一層早くなっていく。
「王子様気取りかよ、スニベリー」
階段に視線を向けると不機嫌そうなポッターが急ぎ足で降りてきた。
後ろからは悪戯仕掛け人というフザけた名前で呼ばれる他の3人の姿もある。
ひと悶着ありそうだ。
僕の上のリリーも嫌な予感に眉を顰めている。
「リリー、そんな奴とくっついてたらバイ菌が伝染っちまうぜ?こいつのローブは涙と鼻水でベトベ『エンゴージオッ!!』ぬわあぁっ!?」
怒ったリリーが立ち上がったと同時にユキの声がロビーに響いた。
ユキが呪文を放ったのはポッターの方へと放り投げた籠。
拡大呪文がかけられた籠はグングン大きくなってポッターを含む悪戯仕掛け人全員の上に被さった。
「すごいわ!」
「やるな、ユキ」
僕たちに褒められたユキが振り向いてニッと笑った。
『もうすぐ授業が始まっちゃう。行かないと』
「そうね。私は薬草学なの。温室に急がなくちゃ!ありがとう、セブ、ユキ!」
僕たち2人をギュッと抱きしめてリリーは温室へと走っていった。
彼女に抱きつかれた瞬間、収まってきていた顔の火照りがぶり返ってきてしまう。
『セブの顔が赤い』
ユキの指摘に僕の肩がビクッと跳ねる。
『どこか痛めたの?』
だが、ユキはいつものように勘違いしてくれた。
有り難く彼女の勘違いに乗っかっておくとしよう。
「背中がちょっとな」
『医務室まで運ぼうか?』
運ぼうかって僕を抱いていくってことなのか?
ユキなら出来るだろうけどな……そういう事態に陥らないように気をつけよう。
僕はしつこく聞いてくるユキに大丈夫だと言ってどうにか落ち着かせた。
「僕たちも地下牢教室に行こう」
『そうだね』
「オイ!ここから出せよッ」
僕たちの会話を聞いて焦ったようにブラックが籠の中から叫んだ。
「……今日の調合はなんだろうな?」
ブラックを無視して横に居るユキに尋ねる。
『髪を逆立てる薬だってスラグホーン教授が言ってた気がする』
「髪を逆立てる?何の役に立つんだ??」
『わっかんない』
授業のベルがなる前に教室に急ごう。
僕とユキは笑わないように口元を無理やり引き締めながら愉快な悪戯仕掛け人の声を背に、地下へと続く階段を下りていった。
「今日の授業は“髪を逆立てる薬”を調合してもらいます」
スラグホーン教授がセイウチのような顎鬚を揺らしながら言った。
ちなみにあの顎鬚はユキに『魔法薬の調合に使えそうだ』という理由で1年のクリスマス休暇直後の授業でむしり取られている。
そのせいでユキは最前席に座らせてもらえなくなってしまっている。当然だ。
「僕は薬材を持ってくるからユキは道具を持ってきてくれ」
魔法薬学の授業はペアで行うことが多い。
誰と組んでもいいことになっているが2年生にもなるとペアはある程度固まってきていた。
ユキとペアを組むのは悪くないと思っている。
普段は突拍子もないことをしでかす彼女だが、授業は真面目に受けるし手先も器用なのでやりやすかった。
材料を揃えて戻ってきたが机にまだユキは戻っていない。
大釜、ザル、炙り網。今日は使う器材が多かったらしい。
「あとは炙り網、すり鉢と秤か」
足りないものを教科書で確認してユキを手伝おうと顔を上げると器材が置いてある棚の前に彼女の姿を見つけた。
一緒にいたのはレイブンクローの生徒。
何を話しているかは分からないがユキがレイブンクローの男子生徒に笑顔で頷いているのが見えた。
心がざわつく。
それにイライラ、ムカムカも……
もしかして僕はユキと仲良さそうにしているレイブンクロー生に嫉妬しているのか?そんなことが頭をよぎったが直ぐに打ち消す。
イライラしてるのは早く調合に入りたいのにペアのユキがおしゃべりなんかして戻ってこないからだ。
『お待たせ』
自分を納得させているとユキが戻ってきた。
「遅いじゃないか。他の組はとっくに調合し始めているぞ」
『……ごめん』
ついキツい口調で言ってしまった。
シュンとなって俯いてしまったユキを見て後悔する。
「あのレイブンクロー生とは何を話してたんだ?」
後悔の念に対してユキを攻撃するような事を言ってしまう自分に失望する。
『あぁミゲル……彼が私にこの網譲ってくれて……』
「網??」
ユキが焦げのある曲がった網しかなくて困っていたら、先ほど話していたミゲルというレイブンクロー生が自分の綺麗な網と交換してくれたのだ、と言った。
「使い物にならなそうな網を自分の網と交換するなんて変な奴だな」
ネズミの尾を炙りながら言うと
『交換する代わりに今度勉強教えてって頼まれたの』
とカタツムリを殻から剥がしながらがユキ言った。
「……それで、お前は承諾したのか?」
剣のある自分の声にビックリする。
イライラが再びこみ上げてくる。
『もちろん良いよって言ったよ』
イライラしている僕に対して対面でカタツムリを輪切りにしているユキはあっけらかんとした口調で答えた。
「馬鹿……」
そのレイブンクロー生はユキと話したいから網を交換すると申し出たのだろう。そんな事も気づかずにホイホイ網を交換して勉強を教える約束をするなんて……
しかし勉強を教えることが悪いことだとは言えない。
僕は次の言葉を紡げなくなって唇を結んだ。
『セブ、私また悪いことしたのかな?まともな網がなかったら調合上手くいかないと思って交換してもらったんだけど……』
顔をあげるとユキが困ったように眉を寄せていた。
黄色い瞳が不安げに揺れる。
必死に自分の何が悪かったのか考えているのだろう。
「いや―――」
この1年、ユキと付き合ってきて分かったことがある。
それは彼女が他人の感情にも自分の感情にも鈍感だということ。
ユキが人の気持ちを察することができずに悩んでいることを知っている僕やリリー、それにスリザリン生たちは出来る限りユキにも理解できるように“気持ち”を言葉にするようにしている。
誰も口には出さないが、彼女の記憶がない事と彼女のコミュニケーション能力が欠如しているのは何か関係があるのではないか、と皆思っていると思う。
「勉強を教えてもらう代わりに今日の実験をパーにしてもいいなんて考えるレイブンクロー生が理解できないって思っただけさ。ユキは何も悪くない」
僕がそう言うとユキはホッとしたように笑って黄色い瞳を細くした。
「そのレイブンクロー生に勉強を教えるのはいつなんだ?」
『今日の夕食後に図書館でだよ』
「それじゃあ僕も行く」
『いいの!?』
「あぁ」
花が咲いたような笑顔を見て、僕の心臓がトクリと跳ねた。
上がっていく自分の体温。
もしかして僕はユキを……
いや、違う。
イラクサをすり潰しながら考える。
僕が一緒に勉強すると言った理由―――そうだ!
僕はさっきみたいにユキがあのミゲルとかいう奴の思い通りに動かされるのを見たくないから一緒に勉強すると言ったに違いない。
僕たちスリザリン生がレイブンクロー生の思い通りに動かされるなんて癪だからな。
イライラしていた理由はきっとこれ。
僕は自分の感情が理解できてスッキリしながら緑色に煮え立つ鍋の中にネズミの尾を入れていった。
***
クィディッチ戦
スリザリン 対 グリフィンドール
11月の寒空を猛スピードで飛び交う、箒に乗った選手たち。
前年度にレギュラー選手がごっそり卒業してしまった為にスリザリン、グリフィンドール共にクィディッチレギュラーはほぼ総入れ替えになっていた。
まだチームの連携が上手く取れていない両チームのこの試合は必然的に個人と個人のぶつかり合いになり、荒々しいプレーの連続。
スタジアムには歓声と絶叫がこだましている。
僕も周りのスリザリン生と同じように声を張り上げて叫んでいた。
まさか僕が熱心にスポーツ観戦をするとはな。
ふと思って笑ってしまう。
視線で追うのは友人のユキの姿。
彼女がいなかったらクィディッチに興味を持つことなんてなかっただろう。
今日の天気はどんよりとした曇り空。灰色の背景に白い髪のユキが紛れてしまうので僕は目を見開いて彼女の動きを追っている。
たぶん向かい側のグリフィンドール席に座っているリリーも僕と同じように必死にユキの姿を追っているだろう。
僕もリリーも朝から本人以上に緊張していた。
<グリフィンドールがクワッフルをロングパス!そのままゴールにおぉっとカットされた>
スリザリン席から歓声が、グリフィンドール席から落胆の声が上がる。
双眼鏡を動かすとジェームズ・ポッターがユキにパスをカットされて悔しそうに箒の柄を叩いているのが見えた。よくやった、ユキ。
注目のルーキー、スリザリンのユキとグリフィンドールのポッター。
2人にとってこの試合がデビュー戦。
この1ヶ月ホグワーツはスリザリン対グリフィンドールの試合はどちらが勝つか、どちらの新人選手が優秀か、という話題で持ち切りだった。
「今日のユキは特に箒の動きがいいな」
ブラッジャーを相手チェイサー狙って打ち込んだユキを見て隣のルシウス先輩が言った。
「親友の君から見てどうかね?」
「まだまだスピードを制御しているように見えます」
にやっと口角を上げる僕を見て、ルシウス先輩の灰色の瞳が楽しそうに
「来年は彼女をシーカーにする手もあるな」
「ユキにそんな事させないでちょうだい、ルシウス」
前に座っていたナルシッサ・ブラック先輩がルシウス先輩の呟きを聞いて振り返った。
「おや、ご不満かね?ナルシッサ」
「えぇ!あなただってユキの無鉄砲振りは知っているでしょう?この試合を見ているだけでも心臓が潰れそうなのに、もしユキがシーカーになったら……」
「っ!?しっかりしたまえ」
気が遠くなったというように額に手を持っていくナルシッサ先輩の背中を支えるルシウス先輩。
たしか先輩たちは婚約されているんだよな。
なんとなく見ているのが気恥ずかしくなって僕はルシウス先輩達から目をそらした。
「残念ですが、ルシウス先輩。キャプテン曰く、ユキはシーカーに向いていないそうです」
「そうなのかい?」
両眉を上げるルシウス先輩に頷く。
「聞いた話によると、ユキは練習中に“お腹が減ってスニッチがチョコエッグに見えた”とかで練習用のスニッチを口に放り込んで3個も破壊したらしいですから」
「それでは――――失格になってしまうな」
真面目な顔で言うルシウス先輩を見てナルシッサ先輩が小さく吹き出す。
婚約者に笑顔が戻ってルシウス先輩もホッとした表情を浮かべていた。
<グリフィンドールに追加点!100対40でグリフィンドールがリード>
ワアァと上がった歓声に視線を空中に戻す。
ポッターが得点を決めたらしい。気障っぽいポーズで自己アピールをするあいつを見て僕の眉間に自然とシワが寄っていく。
「まあ、負けてしまうわ」
「そうはならないだろう」
「でも点差が2倍以上もあるのよ?」
「スニッチをスリザリンのシーカーが取れば簡単に逆転できる点差なんだよ」
穏やかな声でナルシッサ先輩に説明しているルシウス先輩だが表情からは苛立ちが見て取れた。
試合はグリフィンドールが押している様子。
それに言ったら悪いがスリザリンのシーカーはあまり上手くないように見えた。
スニッチのボーナス得点は150ポイント。
あと50点取られたらスニッチを取っても逆転できなくなってしまう。
これ以上グリフィンドールに点を取られたくない。
「私はユキが無茶をしないことだけを祈っているわ」
そう言ってナルシッサ先輩が空を見上げた時、実況の声が僕の耳にカーンと響いた。
<スリザリンのパスミスをグリフィンドールチェイサーのウォーターがカット!それを見た、同じくチェイサーのポッターがゴールへと箒を飛ばすううぅぅ!!>
ウォーターからポッターへとロングパスが放たれ、グリフィンドール席から期待に満ちた歓声が上がる。
ところで、ユキはどこだ?
ポッターの方へ飛んでいくクアッフルを見ていた僕はそのままグッと上に顔を上げた。
あぁ、嫌な予感的中だ。
「ヤメロ馬鹿ッ」
バンッ
僕が叫ぶのとほぼ同時に空から鷹のように急降下してきたユキがポッターへパスされたクワッフルをカットした。
ファインプレーに上がりかけたスリザリン席の歓声は一瞬で悲鳴に切り替わる。
グリフィンドールにクワッフルを取られたくないと思ったのか、ユキはクアッフルを打ち返さずに右脇に抱えていたのだ。
<これは反則だがゲームの流れ的には効果的!だが!だが!このままだと地面に突っ込むぞ!!>
彼女の左手にはビーターが持つ木製のクラブ。
完全なるハンズフリー状態
太腿で箒を挟み、地面に向かって垂直に飛んでいくユキを見てナルシッサ先輩が気絶した。
グングン地面に向かって突き進んでいくユキ。
スタジアムを包む大絶叫。
「クアッフルをチェイサーに投げろッ」
足元から震えが来るのを感じながら叫ぶ。
<――――きゅ、急旋回!……地面ギリギリで急旋回しました!スリザリンのチェイサー、プリンス嬢!!>
地面への激突を見ずに済んだという安堵の溜息とスーパープレーに対する歓声がスタジアムに溢れかえる。
ユキは僕の声が聞こえたように(聞こえるはずはないが)持っていたクアッフルをスリザリンチェイサーに投げ、手で箒の柄を掴み、地面スレスレで方向転換に成功したのだ。
「ハアァ寿命が縮むよ……」
鉛色の空の下で嬉しさを爆発させ、クルクルと宙返りをしているユキを見ながらごちる。
ユキのファインプレーで勢いに乗ったスリザリンは得点を重ね、さらにスニッチもキャッチ。
試合は210対100でスリザリンが勝利をおさめた。
***
試合の熱気が冷めやらぬ夜。
談話室では祝勝会が開かれていた。
寝室に戻っても煩くて眠れないだろうと思った僕は寮を抜け出して湖の畔に来ていた。
大きく伸びをして仰向けに寝転ぶ。
空は昼間の曇り空が嘘のように晴れ、星が瞬いていた。
『やっと見つけた』
「!?」
鈴を転がすような声がして僕の視界にユキの顔が現れた。
「急に驚かすなよ」
至近距離で見つめられ、照れを隠すようにぶっきらぼうに言うと『ごめんねー』とユキは全然悪いと思ってない様子で謝りながら僕の横に転がった。
ユキはただの友達だ。
友達のはずなのに、触れそうなくらいの距離で寝ている彼女を意識してしまい体中が熱くなっていく。
こんなの今までリリーにしか感じていなかったのに……。
「祝勝会から抜け出してこんな所にいていいのか?」
『セブの傍にいたかったから』
当たり障りのない話題を選んだつもりなのにユキから返ってきた答えは僕の体温をさらに上昇させるものだった。
『セブと話したかったのに祝勝会は人でいっぱいでなかなか近づけなくて』
「人が、というより食べたい料理がいっぱいで、だろ?」
『……見てたの?』
うっと声を詰まらせるユキ。
「巨大プティングに消失呪文をかけたのは誰だ!?って大騒ぎになってたじゃないか』
僕の言葉にユキは『盗み食い見つかってナルシッサ先輩に怒られたんだ』と大きなため息をついた。
「ナルシッサ先輩といえば大変だったんだぞ」
『何が?』
僕はユキが試合で地面に激突するかと思ってナルシッサ先輩が気絶したことを話した。
結局先輩はルシウス先輩の腕の中で意識が戻らないまま試合終了の笛を聞くことになったのだ。
「もうダメかと思って最悪の事も考えたんだからな。少しは見ている側の事も考えてプレーしてくれ」
『私も今回は危なかったなーって思ったから反省してるよ』
横を向いてユキをキッと睨んでやると彼女は居心地悪そうに肩をすくめて言った。
『あの時はクアッフルをグリフィンドールに取られないようにキープする事しか考えられなくて。セブが教えてくれ「ちょっと待て!!」
僕は上体を起こし、ユキの言葉を遮った。
今、こいつは何て言った?
僕が教えたから“チェイサーにパスしないといけない事に気づいた”と言おうとしたのか?
まさか……
「あの大歓声の中僕の声が聞こえた―――」
『???聞こえる訳無いじゃん』
僕の次の言葉は怪訝そうな顔のユキに遮られた。
『セブとリリーからよく箒から手を離すなって言われていたことを思い出したのよ』
「……」
そっか。そうだよな。
あの大歓声の中で僕の声が聞こえたはずない。
あの時、ユキが僕の声に反応するかのようにクアッフルをパスして急旋回したから、一瞬、僕の声が届いていたと思って馬鹿な事を言ってしまった。
そう。聞こえるはずがない。
それなのに何だろう?この胸の中の違和感は……
「次に手放しで箒に乗ったら2度と試合見に行かないからな」
スッキリしない気分を追い払いながら言うとユキがガバッと上体を起こして不満げな声で叫んだ。
『えーー!それじゃあ頑張れないよ!!』
「っな、なんだよ、それ」
『セブが見に来てくれないとやる気でない』
「……ばか」
赤くなった顔を見られないようにユキから顔を逸らす。
こいつは何を考えてこんな事言うんだ!?
こういう変なことを突然言われる時があるから僕は……
『セブ、顔赤いよ』
ユキが僕の顔を覗き込んだ。顔が近い!
堪らず僕は立ち上がり、彼女に背を向けて城の方へと歩き出す。
「僕は寮に戻る!」
『じゃあ私も』
「ついてくるなっ」
『ヤダ。セブと一緒にいたいんだもん』
「~っ!もういい。勝手にしろ」
『わーーい』
彼女を女の子として意識し始めている。
ただの友人のはずなのに、僕が好きなのはリリーのはずなのに、ユキに意識させられるようなことを言われて僕の心は乱されていく。
あぁ、もう自分で自分が分からない。
『厨房に寄ってかない?』とニコニコ顔で言うユキの隣で僕は、深い、深い、ため息をつく。
なんとなく、ユキを好きだと認めたくない自分がいる。