第3章 小さな動物たち
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3.黒狐の予感
放課後の図書館。
私は羊皮紙の文字に目を落とした。
ここには私が記憶を失って発見された時に持っていた物が書かれている。
校長先生に調べてもらった私の荷物。
全身黒い服、先の尖った金属、人型の紙、先生方でさえ分からなかった物がいっぱい。
ただ、魔力が感じられる物もあった事から私がマグルの家庭の人間ではないことは分かった。残念ながら魔法省に問い合わせても私の戸籍はなかったのだけど……。
「(リリー)」
「(セブ、この箇所が分からなくて)」
「(それなら今ルイが持っている本に書いてある)」
「(ありがとう!ルイはどこ?)」
「(あそこだ)」
セブが私に視線を向け、リリーが私に手を振った。
私も彼女に『ここだよ』と小さく手を上げて応える。
マダム・ピンスの光る眼で監視される図書館。
誰もが声を潜めて話をする。
会話をしている者同士しか聞こえないような小さな声で。
それなのに私はどうしてセブとリリーの会話が聞こえるのだろう?
ううん、聞こえるわけではないのかも。
視線を私がいる壁際から反対の壁際に座っているグリフィンドールの馬鹿二人に移す。
「(あ、リリーだ!今日もなんて可愛いんだ)」
「(わかったから、ジェームス。終わったらその本こっち回してくれよ)」
ぼんやりと見ているだけでポッターとブラックの会話がなんとなく分かる。
どうしてこんなことができるの?
私は誰?
頭の中に答えの出ない問いが渦巻く。
「あのね、その本読み終わったら借りていいかな?」
『読み終わったから借せるよ。魔法史の宿題だよね?このページ』
「ありがとう!」
リリーに宿題の箇所が載っているページを開いて渡すと明るい笑みが返ってきて、私の顔は自然と綻んでくる。
私はリリーの笑顔が好き。
彼女の太陽のような笑顔を見ると暗かった気持ちが明るくなっていく。
『明日も朝練あるから先に寮に戻るね』
「クィディッチのレギュラー選抜試験、来週だっけ?」
『うん。ビーター希望なの』
「魔女がビーターなんて珍しいんじゃない?」
『セブとルシウス先輩にも言われた。でもね、私向いていると思うんだ』
「そうなのね。私はクィディッチあまり詳しくないけど、ルイが言うならきっと大丈夫ね。選抜試験はセブと見に行くわ」
『え、でも……』
「フフ、大丈夫。ちゃんとスリザリン生に見つからないようにこっそり覗くから」
不安そうな声を漏らす私に悪戯っぽくパチンとウィンクをしてリリーが言った。
二人が見に来てくれるなら頑張らないとね。
リリーにおやすみを言ってセブのいる棚に向かう。
『セブ』
私がセブのいる通路に入ると同時にこちらを向いた彼と目が合った。近くに行って持っていた本を見る。
『呪いの歴史……宿題の範囲とちょっと違うけど?』
「別に。ちょっと興味があっただけだ」
セブはそう言って慌てたように本を棚に戻した。
面白そうな本。
私も今借りているの読み終わったら読んでみよっと。
『私、寮に戻るね』
「僕も戻る。リリーに言ってくるから図書館の外で待っててくれ」
セブに分かった、と頷いて、私は本を借りて図書館から出る。
窓から外を見ると黄色い月が半分。
『スイートポテトみたい』
呟いた途端にお腹がグーと情けない音を鳴らした。
1時間前に夕御飯食べたばかりなのにな。
人の何倍も早くお腹が減る自分を不思議に思っていると私に歩み寄ってきた誰かがチョコレートを私の視界に入れた。
「スイートポテトはないけど、チョコレートならあるよ」
『……Mr.リーマス・ルーピン』
彼は私の言葉に驚いたように目を丸くした。
「僕の名前、知ってたの?」
『知ってるよ。いくつも授業同じでしょ?それにブラックとポッターといつも一緒にいるから目立つし』
ブラックとポッターは何故だかは分からないが何かにつけてセブに嫌がらせをしてくる。
目の前の彼は直接その嫌がらせに関わってくることはなかったし、時々ブラックとポッターを止めに入ることもあった。
それでも私の彼に対する印象は良いものではない。
「……ごめん」
Mr.ルーピンから視線を外して月を眺めていると彼がポツリと言った。
「ずっと謝りたいと思ってたんだ」
思い当たることがなくて私は目を瞬く。
『謝るっていつのことを?』
彼に何かされた記憶はない。
「いつだったかの変身術の時間の前にシリウス……ブラックが君に酷いこと言っただろ?あの時のこと、謝りたくてさ」
『謝る必要なんかないわ。私、あなたに何かされた覚えないもの』
「そんなことない!あの時、もっと強く僕がシリウスを止められていたら、君に嫌な思いをさせることも、騒ぎが大きくなることもなかったんだ」
彼は悲しげな声で言って、拳をギュッと握って俯いた。
『なんだか良く分からない』
Mr.ルーピンが強く止めていたとしても、ブラックの行動が変わっていたとは思えない。
「……うん。ごめん。謝られても困るよね」
しばらく黙っていた彼は小さな声で言った。
「僕の独りよがりだ。ごめん……おやすみ」
顔を上げたMr.ルーピンを見て私の胸がギリリと痛んだ。
無理に作った笑み。
私は立ち去ろうとする彼の手を無意識に掴んでいた。
ビックリしたMr.ルーピンの顔。
私自身も自分の行動に驚いている。
『そのチョコちょうだい』
何を言ったらいいか分からずMr.ルーピンの手に握られていたチョコレートを見て言うと、彼は戸惑った様子で私に差し出してくれた。
「僕の体温でちょっと溶けちゃったけど……」
『包に入ってるから大丈夫だよ』
ペリっと包装を破ってチョコレートを割り、口に放り込む。
ミルクチョコレートの甘さが口いっぱいに広がって自然と笑顔になる。
『甘くて美味しい』
「よかった」
はにかんだような笑顔。
私はMr.ルーピンが笑ってくれたことが嬉しくて残りのチョコレートも口に入れた。
「お腹減ってたの?」
『ペコペコだった。ごはんいっぱい食べても、すぐにお腹減っちゃうんだよね。セブにいつも―――あ、セブだ!リリーもいる』
噂をすれば本人がやってきた。
セブは私たちを見た瞬間、開きかけた口を閉じてこちらに駆けてきて、私の隣にいるMr.ルーピンを睨みつけた。
「ルイに何か用か?」
「いや、僕は別に……」
噛み付きそうな勢いのセブの袖を引っ張る。
私がMr.ルーピンに嫌がらせをされていると勘違いしてしまったみたい。
『Mr.ルーピンはチョコをくれただけだよ』
「はぁ??」
眉間にくっきりと皺を作ったセブにMr.ルーピンから貰ったチョコレートの包み紙をヒラヒラと見せる。
「二人が知り合いだなんて知らなかったわ」
セブの横に並んだリリーが私とMr.ルーピンを見て意外そうに言った。
『まともに話すのは今日が初めてなの』
「そうだったの。それじゃあ、新しい友達ができたのね」
リリーに言われてMr.ルーピンの顔を見る。
新しい友達、か。
私は嬉しくて、くすぐったい気持ちになる。
リリーの他にスリザリン寮以外で友達ができるのは初めてだ。
Mr.ルーピンに手を差し出す。
『私のことはルイでいいよ』
満面の笑みで握られた私の右手。
「僕もリーマスって呼んで」
私たちは顔を見合わせて笑った。
「あ!リリー、こんなところにいたのかい!?」
図書館の扉からポッターが顔を出した。
どうやらリリーはこの阿呆メガネから逃げて、宿題を中断し図書館から出てきたらしい。
「一緒に宿題をやろうよ!」
「あなたといたら煩くて宿題なんてできないわ!ルイ、セブ、先に行くわね。また明日」
大急ぎで逃げていくリリーを見送る。
追いつかれる前に女子フロアに逃げられるといいな。
「ルイ、僕たちも行くぞ」
『そうだね。おやすみ、リーマス』
「おやすみ、ルイ」
リーマスに手を振ってセブの後を追いかける。
何故かいつもより歩くのが早い。
不思議に思いながら彼の隣に並ぶと、とても不機嫌そうな顔をしていた。
『どうして怒っているの?』
「別に。怒ってなんかない」
『ふーん』
なんだ。私の気のせいだったのか。
安心して歩いていると隣のセブが急に止まった。
「ルーピンはグリフィンドールだぞ」
唐突に言われた言葉が理解できずに首を傾げるとセブの顔がイライラした顔に変わる。
「スリザリンのお前がグリフィンドールの奴と仲良くしていたら、寮の奴らがどう思う?少しは考えて行動しろよ」
私はセブの言葉にさらに首を傾げる。
『リリーもグリフィンドールだよ?』
セブはハッとした後「リリーはいいんだ」とバツが悪そうに呟いた。
頭を整理して考えていた私はポンと手を打った。
リーマスはポッターとブラックと行動を共にしている。
だからセブは私が嫌なことをされないか心配してくれているのかもしれない。
『リーマスは意地悪じゃないから大丈夫だよ。チョコくれたし。心配してくれてありがとう、セブ!』
セブが私のことを心配してくれている。
心がポカポカと温かくなっていく。
「チョコくれたしって、ハアァ」
『セブ?』
「……もういい」
私の体が小さくピクリと跳ねる。
歩き出したセブが私の手を取ったからだ。心臓の音がトクトクと次第に早くなっていく。
「ルイ」
『ん?』
大理石の床を見ながら声を出す。
恥ずかしくてセブの顔をまともに見られない。おまけに体温も上がってきている。
「何かあったら、助けに行ってやるからすぐ僕に言え」
『ウン』
「それから、知らない奴から貰った食べ物は口にするな」
アメくらいなら僕のローブに入っているから。
そう付け加えるセブの横で、私は自分の体の変化に頭を混乱させていた。
ぽっぽぽっぽと熱い体。
浮き浮きと弾む鼓動。
これはいったい何だろう?
***
私は誰?
頭の中に答えの出ない問いが渦巻く。
歓声と拍手の中、私は呆然と空を見上げた。
全く怖いと思わなかった。どうしてこんなことができるの?
「来年度から頼むぞ。ルイがビーターなら頼もしい!」
スリザリンのクィディッチキャプテンに声をかけられペコリと頭を下げる。
ブラッジャーは自由自在に飛び、最も近くにいる選手を箒から叩き落とす鉄製のボール。
ビーターの役目は自チームの選手をブラッジャーから守ることだ。
ビーター希望選手のオーディションは一人ずつピッチに飛んでいき、フィールドを一周する現シーカーをブラッジャーから守るというものだった。
そして、少し緊張しながら空中で待機している時にハプニングが起こった。
ボールの跳ね返しが悪くて、シーカーにブラッジャーが二つ同時に突進していったのだ。
彼らは私の真下にいた。
だから私は――
「地面に向かって垂直に飛んでいくなんてどうかしてる!!死にたいのか、バカ!!」
「セ、セブ、落ち着いて。怪我もなかったんだから……あぁ、でもルイったら心臓が止まるかと思ったのよ」
普段青白い顔を赤くして怒るセブの前で頬を膨らませながらリリーを見る。
二人とも約束通り応援に来てくれたのだ。
『リリー、顔色が悪いよ。具合悪い?』
「ううん。大丈夫。まだ少し動悸がしていて……」
『動悸?やっぱり具合が』
「ハアァ、リリーは……それに僕も、ルイが地面にそのまま突っ込むかと思って、凄く心配して青ざめたんだ!本当に生きた心地がしなかったんだからな!」
『心配してくれてたの?』
「「あたりまえだ(じゃない)!!」」
セブとリリーが同時に叫んだ。
リリーは私のことを心配してくれてたから動悸がしてたんだ。
「なにニヤニヤしてるんだよ」
『二人に心配されてたのが嬉しくて』
そう言うと、セブとリリーは顔を見合わせてハアァと長いため息をついた。
「おーい、ルイ!こっちに来てくれ」
選手入場口でキャプテンが声を張り上げて私を呼んでいる。
『今日は来てくれてありがとう』
「来年度の試合、楽しみにしてるわ!ビーター合格おめでとう!」
「色々言いたいことはあるけど、おめでとう、ルイ」
また後でね、と手を振るとリリーは飛び切りの笑顔で、セブは優しい笑顔で手を振り返してくれた。
箒に乗ってキャプテンの方へと向かう私は息を吐き出し、緊張を緩める。
セブとリリーに顔が強張っていたと思われていなかっただろうか?
振り返ってセブの後ろ姿をチラッと見る。
日に日に強くなっていくセブへの思い。
初めて会った時からセブを全く知らない人だとは思えなかった。
彼に感じる懐かしい気持ち、それから胸騒ぎ。
セブの黒い瞳を見るたびに私の中で不安な気持ちが広がる。
どうしてこんな事を思うのだろう?
彼の傍にいなければと強く感じる。
彼を何かから守らなければいけない、と。
守らなければ―――この思いはセブ以外の人にも感じる。
Mr.ルーピン
初めて同じ授業になった時、セブを見たときと同じような焦燥感に駆られ、私は戸惑った。
そしてついこの間、友人となった時に確信した。
私はこの人も守らなければ、と。
でも、何から守るの?
癪に障ることにもう1人、ブラックを見た時も同じような気持ちになる。
彼と一緒にいるポッターやペティグリューを見ても何も感じないのに。
リリーを見ても何も感じないのに……
この気持ちはどうして生まれてきたのだろう?
ただの気のせいなのだろうか?
消えた記憶を取り戻せば分かるだろうか?
私は誰?
頭の中に答えの出ない問いが渦巻いている。
***
真夜中の厨房、こっそりベッドを抜け出して暗い廊下を走る。
真っ暗なのに私は杖で光を出さなくても日中と同じように動き回ることができる。
ある夜、皆の邪魔になると思ってランプを灯さずに箒の手入れをしていたらトイレに起きようと灯りを灯した同室のガーベラ・パーキンソンに驚かれ、こっぴどく怒られたことがあった。
あの時のガーベラの顔ったら!
思い出してクスクス笑いだしそうになりながら厨房へと続く階段をおりて行き、いつものように梨の絵をくすぐって厨房の中へ入る。
「あぁっ!」
『っ!』
一歩足を踏み入れた私は声を上げた人物を見て、踵を返す。
中にいたのはシリウス・ブラック。
お腹は減っているが、あいつと同じ空間にいるなんて耐えられない。
しかし、後ろ手に扉を閉めようと伸ばした私の手は宙を掻いた。
「ルイさん、どこへ?入って下さいまし」
「たーくさん、美味しいお菓子を用意してあります!」
『今日は帰るってウワァッ!』
屋敷しもべ妖精達が私のパジャマをグイグイ引っ張って脱出失敗。
目の前でパタンと扉が閉められてしまった。
仕事ができて嬉しそうな彼らに強く抵抗できず、引っ張られるまま連れてこられたのはブラックの隣の席。
「スリザリンの優等生がこんなとこに来ていいのかよ?」
にやっとしながら言うブラックに背中を向ける。
何か食べさせてもらったらすぐに寮に戻ろう。
私は屋敷しもべ妖精が次々に置いてくれる料理を片っ端から口の中に入れていく。
ピザ、クッキー、アップルパイ、フライドポテト……
「そんなに食ったら太るぞ?」
『……』
「……無視かよ。別にいいけどな……」
私の背後でフンと面白くなさそうに鼻を鳴らすブラック。
誰がこんな奴と話なんかするもんか。
イライラしながら美味しそうなチキンにフォークをブスリと突き刺す。
「あっ!それは俺のチキンだッ!」
ブラックのチキンではない。ここにあるのはホグワーツの食材。
声を上げるブラックを横目で見ながら私はチキンを飲み込んだ。
「俺のだって言ったのに食うなよ!」
『早く食べないのが悪い』
「最後のひと切れは味わってゆっくり食べようと思ってたんだよ、馬鹿ッ」
『新しく焼いてもらえばいいでしょ?ごちそうさま』
寮に戻ろうと立ち上がるとブラックに手を掴まれた。
『放しなさいよ』
「謝れよ」
私を睨むブラックを睨み返す。
たとえ私が悪くたってこいつに謝りたくなんかない。
周りの屋敷しもべ妖精がハラハラしながら私たちを見上げる中、ブラックの手を振り払って食堂の出口へと歩き出す。
「待て」
一際鋭いブラックの声に振り返った私は唇を噛んだ。
奴の手には杖。
「謝れよ。じゃないと容赦しないぞ」
ちょっと食べてすぐに寮に戻るつもりだったから杖をベッドサイドに置いてきてしまった。
悔しくてぐっと拳を握り締める。
「……おい。まだ俺は何も……」
ブラックの戸惑った声が聞こえてくる。
屋敷しもべ妖精たちが元々大きく丸い目をさらに大きく見開いている姿が見える。
「オイ!どうしたんだよっ!」
焦った声で言いながら駆け寄ってきたブラックが私の上体を抱き起こす。
突然襲ってきた全身を針で突き刺されたような痛み。
胸が焼かれているように熱く苦しい。
呼吸が出来ない。
「ルイ、しっかりしろって。どうしたんだ!」
『苦、シィ……』
なんであんたなんかに名前で呼ばれなきゃいけないのよ。
本当はそう言ってやりたかったが、私の口からは掠れた苦しいの一言と呻き声しか出てこない。
「医務室だ!誰かルイを姿くらましで医務室に連れて行くんだ。マダム・ポンフリーを起こしに行ってくれ。スラグホーン教授の所にも誰か行ってくれ!」
体の感覚が無い。
意識が遠くなっていく。
私のことが嫌いなはずなのに、どうしてブラックは動揺した顔をしているのだろう?
意識が途切れる前にふと私は考えた。