第2章番外編
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手当て
新学期が始まったばかりの月曜日、1時間目。
寝不足の生徒が頭をクラクラさせながら授業を受けている時、静かな廊下をフラフラと歩いている忍術学教師の姿があった。
彼女、ユキ・雪野が向かっているのは医務室。
午前中の授業がないユキは早めに朝食を済ませ、張り切って鍛錬をし過ぎてしまったのだ。
自分の影分身数体と戦うのが今日の鍛錬内容。
影分身といえど使える術も身体能力もユキ本体と同じ。
投げ飛ばされ、蹴られ、殴られ、挙句に火炎砲まで受けたユキの体はボロボロだ。
そこかしこに青痣を作り、応急処置でした血止めの布には血が滲んでいる。
『マダム・ポンフリーの機嫌が良いといいな……』
医療忍者だったこともあり、普段の鍛錬での怪我は自分で治療するユキだが今日は怪我が酷過ぎて自分で治療するのは無理だと判断した。
ようやく着いた医務室の扉前。
ユキは大きな溜息をつく。
もし、ミネルバに告げ口されたら新学期早々罰則だわ……。
ユキはマダム・ポンフリーの大激怒を想像し、顔を顰めながらドアノブを回した。
『マダム・ポンフリー……うっ、失礼しました』
扉を開けた瞬間ある人物と目が合う。
これはまずい。
ユキは反射的に扉を締めようとした。しかし、扉は言うことを聞かずパッと開いてしまう。
「アロホモラ……アクシオ」
『アクシオ!?』
足が宙に浮く感覚。
ユキの体はヒュンと医務室の入口から奥へと飛んでいく。
勢いよく飛んでいったユキが着地したのはベッドの上。
ユキはボスンとベッドでバウンドしながら目を白黒させる。
『ちょっと!何するんですか!』
抗議の声を上げながら上体を起こそうとしたユキは額を押されてベッドに押し返される。
ユキの目に映るのは不機嫌度マックスの魔法薬学教授の姿。
『もうっ。さっきから一体何なんですか?』
「どうなっているのか聞きたいのはこちらの方だ、この馬鹿者ッ」
生徒なら失神してしまいそうな怖い顔で睨む魔法薬学教授。
しかし、ユキはこれくらいで怯えるような神経は持ち合わせていない。
『別にスネイプ教授に迷惑をかけてるわけでは痛ったーーーい!』
むくれながら言ったユキはスネイプにデコピンされて悲鳴を上げる。
スネイプの方は相変わらず自分を大切にしようとしないユキに酷い頭痛を感じて天井を仰いだ。
「いつも自分を大切にしろと言っているはずだが?」
『それならアクシオなんかしないでくださいよ』
ハアァと溜息をつきながらベッドに腰をかけるスネイプにユキは頬を膨らませる。
「全身傷だらけではないか。何があったらこんな怪我をするんだ?」
『ちょっと激しい鍛錬してただけですよ』
「どこが、ちょっと、だ」
ユキはスネイプにキツく睨まれ、首を縮ませた。
「新学期が始まってから医務室の世話になるのは何回目だ?いっそ医務室を私室にしてはいかがかね?もしくは……」
『うぅ、朝からお説教なんて勘弁して下さいよぉ』
「五月蝿い。お前には説教の前に一般常識を叩き込んでやる。手当の間中話して聞かせてやるから覚悟しておけ」
『手当してくれるんですか!?』
目を丸くしながらもスネイプを見上げるユキの声色は弾んでいる。
スネイプはそんなユキに気がついて、少々気恥ずかしくなり、クルリと彼女に背を向けて薬棚へと足を向けた。
『一番痛いのが肩なんです』
薬を棚から取り出し、ユキの方に振り向いたスネイプの体がビクッと跳ねる。
いつの間にかユキがタンクトップ姿になっていたからだ。
しかし、胸のドキドキは直ぐに収まる。
白い肌に赤く走る傷跡。赤黒く変色した肌。
見ている方が痛くなるような傷があちこちに出来ていた。
特に痛いと言っている(ユキが痛がっているようには見えないが)肩は酷いことになっていた。
怪我は火傷をしたように見える。
『嫌だなぁ。そんな顔しないで下さい』
ショックを受けて瞳を揺らすスネイプにユキは困ったように微笑む。
『あなたたち魔法族には酷い傷でしょうが、私たち忍はこんな怪我しょっちゅうやっているんです。これくらい慣れっこなんですから心配しすぎないで』
肩を竦めるユキを前にスネイプは何も言えないでいた。
どこにあるかも分からない遠い世界から来たユキ。
彼女が生きてきた世界は平和とは程遠い戦いを日常とする世界。
戦うことを異常だと思わない、怪我を怪我とも思わないユキの姿がスネイプの目に危うく映る。
しかし、1年目の時から何度「自分を大切にしろ」と言ってもユキは先ほどのように聞き流してしまう。
何といえば言うことを聞くようになるんだ……
スネイプは眉間にくっきりと皺を作りながら手当を続ける。
怪我をさせたくない。もっと言えば危険なことには首を突っ込んで欲しくない。
だが、ユキの性格を考えるとスネイプは自分が止めることなど出来ない事は分かっていた。
去年の賢者の石事件の時も先に倒れてしまったのはスネイプの方だった。
『そういえばマダム・ポンフリーはどちらへ?』
思考に耽っていたスネイプはユキの声に顔を上げる。
「育てて欲しい薬草があるからとスプラウト教授に相談しに行った」
『ホグワーツ内で薬材を自家栽培出来たら便利ですよね。経費も浮きますしね。ところで、スネイプ教授はなぜここに?今の時間は授業じゃなかったですか?』
「質問ばかりだな……。先週、ロックハートの奴が“本の出版パーティーに出席”とかいうふざけた理由で休んだ日があったであろう?」
『あぁ。ありましたね』
ユキは食事中にその話をされてゲンナリしたのを思い出し、遠い目をした。
「時間がもったいないからと代わりに魔法薬学の授業をしたクラスがあったのだ。それでこの時間は休みになった」
『そうだったんですか。それからウッ、しみるッ痛っ』
「舌を噛んだのか?フン、ペラペラ喋っているからだ」
治療中、痛さなど感じていないような平然とした顔が歪んで、スネイプは顔に薄らと笑みを浮かべた。
『人が痛がっているのにニヤニヤするなんてとんだ……ええと、何だっけ、あ、思い出した!とんだサディストですね』
「っ!そんな言葉どこで覚えてきたっ」
『この前男子生徒に先生はサドですか?マゾですか?って聞かれて』
「それを聞いてきた馬鹿者はどこの寮だ!!」
『スリザリンです』
スネイプは『減点しないであげて下さいね』と焦るユキの前で突然襲ってきた目眩に頭を仰け反らせてしまう。
『ふーっ。たくさん喋ってようやく緊張が取れたかな』
「は?緊張??」
訝しげな顔をするスネイプにユキは苦笑い。
『喋っていないと緊張でおかしくなりそうだったんです。ようやく平常心を取り戻してきました』
雪野はそんなに怪我の治療が苦手だったか?
そもそも緊張しているようには見えなかったが……とスネイプが小さく首を傾げていると、少し頬を染めたユキが口を開く。
『だって……スネイプ教授が近くにいると胸がドキドキしてくるんですよね』
「ッ!?」
スネイプの手からガシャンとピンセットが落ちる。
今度はユキが首を傾げる番。
顔を朱色に染めるスネイプの顔を不思議そうに覗き込む。
『スネイプ教授?』
口元を手で押さえ、パッと自分から思い切り顔を背けるスネイプにユキは困惑するばかり。
「……く……てくれ」
『はい?』
「早く服を着ろと言ったんだッ」
『へ!?わ、わかりました???』
いったいどうしたというのだろう?
ユキは突然怒鳴られたことに驚きながらも素直に上着を着る。
『着替え終わりました』
「そうか」
『治療、ありがとうございます』
ペコリと頭を下げてから、ユキはスネイプの赤い顔をジーッと見つめる。
そして、暫く見つめた後、分からないといったように溜息をつきながら首を振った。
『いつになったらスネイプ教授の考えが読めるようになるんでしょうね。一年も一緒にいたのにサッパリです』
溜息をつきたくなるのはこっちの方だ、と呆れすぎて溜息さえ出ないスネイプがユキの方へ歩み寄る。
「我輩は、自分の想いを君に伝えているはずなのだがな……」
ポスンとユキの頭に乗る大きな手。
ユキはスネイプに優しく頭を撫でられて、途端に鼓動を早くさせる。
その様子を見たスネイプは更に慌てさせるようにユキを自分の腕の中に閉じ込めた。
「君は我輩の言うことを一つも聞いてはくれないな」
『そ、そんなことないですよ』
「そんなことは、ある」
胸が切なくなるような低い声がユキの耳に響く。
スネイプはユキを失ってなるものか、と言うように回している手にギュッと力を込め、抱きしめる。
『痛い、です……』
囁くような小さなユキの抗議。
「我輩の胸は、今の君の痛み以上に痛いのだ」
『それは、どういう……』
顔を上げたユキの胸がときめく。
日だまりのような暖かさを宿すスネイプの眼差しにユキは視線を外せない。
スネイプは控え目に微笑み、コツンとユキの額に自分の額をくっつける。
「我輩が辛いから、と言ったら、君はもう少し自分の身の安全を考えてくれるかね?」
『スネイプ教授……が、辛くなる?』
「そうだ、ユキ。君が怪我をするたびに、我輩は胸が痛む。君が心配で堪らない」
スネイプを見つめる漆黒の瞳が驚きで大きくなる。
ドキ ドキ ドキ……
ユキの胸が喜びで打ち震えている。
心から心配してくれる人がいるのは何て幸せなことだろう……
ユキは涙が零れそうな目をギュッと瞑って微笑んだ。
「約束してくれるか?」
『スネイプ教授……』
キラキラと輝く漆黒の瞳がスネイプを見上げる。
スネイプはユキの頬に伝った涙を指先でスっと拭い去った。
2人の間に漂う甘い雰囲気。
それをぶち破ったのは胸を打ち震わせている忍術学教授だった。
『ありがとう、スネイプ教授。でも、私は強いからそんなに心配しないで下さい』
「……」
こんの大馬鹿者がッ
潤んだ目を手で拭いながらニコリと自分に微笑みかけてくるユキにスネイプはガクリと肩を落とす。
諦めよう。もう、自分ではユキに無茶をするなという約束は取り付けられない。
こうなれば、本当に首輪でもつけておきますかな……
ノクターン横丁に行けば、そういった魔法具があるかもしれない。
スネイプは感動した瞳で自分を見つめてくるユキから視線を逸らし、気づかれないようにそっと溜息をついたのだった。
┈┈┈┈┈後書き┈┈┈┈┈┈┈
アンケート1位。甘小説。投票ありがとうございました。