第2章番外編
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薬学教授と忍術学教授 part.2
あと3日で新学期が始まる朝。
生徒のいない静かな廊下を歩いていたセブルス・スネイプはふと中庭を見て立ち止まった。
青々としていた木の葉が色付き始めている。
ようやく夏が終わる。
冷却呪文を服にかけているとはいえ、日差しが強く、何もかもが明るい夏がスネイプは嫌いだった。
秋の訪れを感じてホッと息を吐き出したスネイプ。しかし、ホッとしたのは一瞬だった。
太陽に照らされた青い芝生に映る影。3階バルコニーを映している影には人の姿があった。そのシルエットは西洋人とも魔法族とも違う変わった服を着ている人物。
嫌な予感を覚えながら庭に飛び出し、上を見上げたスネイプは顔を引きつらせていく。
『げっ』
青い空をバックに忍術学教師が近づいて、否、落下してきた。
ハアァどうしてコイツの行動はいつも滅茶苦茶なんだ……
強靭な雪野の体は3階から飛び降りるくらいではびくともしないらしい。唖然とする我輩の目の前に着地した雪野は苦笑いを浮かべながら立ち上がった。
「……雪野」
『おはようございます、スネイプ教授。そしてごきげんよう!』
何が、ごきげんよう、だ!
何事もなかったかのように立ち去ろうとする雪野の肩を掴む。
ギギと首だけ振り向いた引きつった顔。
『な、なんでしょう?ハウッ!?』
とぼけようとする雪野の額を指でピンと弾く。
『痛ったーい。何するんですか、というか私とっても急いでいるのでお説教なら帰ってからに「それが怒られる側の態度かね?」すみません』
謝罪の言葉を口にしながらも頬を膨らませて不満げな顔をする雪野。
その表情が可愛らしくて顔が緩みそうになってしまう。
「そんなに急いで何処に行くのだね?」
『ダイアゴン横丁です』
「こんな朝早くにか?」
まだ朝も早くどの店も開いていない時間。
『キルケー・クーヒェンが今日で開店2500周年なんです』
「あのケーキ屋は紀元前からあったのか」
『そうなんですよ。変わらない味、変わらないクオリティー、進化し続ける美味しさ。最高の矛盾をあなたに。キルケー・クーヒェンのタルトは世界一です。それで、今日はオープン記念の特別ケーキを買いに行く予定なのですが』
早口で話す雪野がハッと息を呑み、懐中時計を取り出して固まる。
『あぁっ』と叫びながら駅の方角を振り向いた雪野がヘナヘナと地面に座り込む。
『どうしよう。乗り逃しちゃった……』
ホグワーツ特急など使わなくてもダイアゴン横丁に行くなら煙突飛行を使えばいいではないか。
首を傾げる我輩の前で
『うぅ、三本の箒の煙突飛行ネットワークが修理中なんですよ』
と雪野は嘆く。
姿現しの出来ない雪野がダイアゴン横丁に行く手段は煙突飛行かホグワーツ特急に乗るしかない。
『私のケーキがあぁ。特別ケーキいぃ』
庭に響く絶望的な声。
「プッ、泣くな」
顔を両手で覆う雪野を見て吹き出してしまう。
『笑うなんてヒドイですよ!今日のケーキ発売日をずーっと楽しみにしてたんですよ!!』
「そう怒るな」
むくれる彼女の頭をグシャリと撫でる。
「ダイアゴン横丁くらい付き添い姿現しで連れて行ってやる」
『本当に!?』
忙しい奴だ。
我輩の言葉にパッと顔を上げた雪野の顔には満面の笑み。
コロッと泣き顔から笑顔に変わった雪野を見て口角が自然と上がっていく。
思えばこの1年で随分と表情が豊かになったものだ。
1年前のこの時期、火の国という我々の知らない国から来たばかりの雪野は目の前でなにが起ころうとも人形のように表情を変えなかった。
それこそ体中から血を流していようとも……
彼女の変化を嬉しく思いながら腕を差し出す。
「行くぞ」
『ありがとうございます』
嬉しそうにピョンと立ち上がり、我輩の腕に自分の腕を絡ませる雪野の黒い瞳に見つめられる。
漆黒の黒い瞳。
不気味だと感じたことがあったが今は違う。
彼女の黒い瞳は安らぎを与えるような深夜の空。
『ちょっと腕組むの早すぎません?』
「……」
ホグワーツ敷地内では姿くらまし出来ないのでしたよね、と付け加える雪野の視線から逃れるように前を向く。
彼女が早く“場の空気を読む”というものも覚えることを強く望む。
『顔が赤いですよ?夏風邪ですか?』と心配する雪野を抱き寄せて黙らせながら我輩はダイアゴン横丁へと姿くらましをした。
どの店も開店していない朝のダイアゴン横丁。
「食べ過ぎるなよ」
店のケーキを食べ尽くしかねない雪野に釘を刺してホグワーツに戻ろうとしたが雪野は腕を離さない。
見下ろせば何かを企んでいるようなニンマリとした顔。
「なにかね?」
と問えば
『実はお願いがありまして』
と雪野は瞳をキラリと光らせる。
『キルケー・クーヘェンの記念ケーキはお1人様ワンホールまで、ってまだ話の途中ですよ!』
嫌な予感に腕を振り払おうとしたが雪野の馬鹿力を振り払うことは出来ない。
それどころか引きずられるように歩かされてしまっている。
「離せッ。何処に連れて行く気だ!」
『言ったじゃないですか1人ワンホールまで。ということは2人いれば2ホール買えるわけです!一緒に並んでください』
ケーキを買う行列に並べと言われて顔が引きつっていく。
いくら朝早く人通りが少ないといってもホグワーツ関係者に姿を見られては大変だ。
新学期早々、魔法薬学教授がケーキ屋の行列に並んでいたと噂されては困る。
「君には影分身という便利な術があるのではないかね?」
『それはそうですけど』
どうにか雪野の腕を振り払いながら言うと、雪野は声を詰まらせた。
助かった。今のうちにホグワーツへ避難しよう。
しかし、背を向けて姿くらましをしようとした我輩の耳に聞こえてきた雪野の呟き声がその決心を鈍らせた。
『だって1人で並ぶの寂しいんだもの……』
振り返ると雪野は捨てられた子犬のように淋し気な顔をしていて我輩の良心を大いに痛ませた。
おまけに『暫く会えなかったから新学期が始まる前にゆっくり話したかったのに』などと呟いている。
彼女を見ながら大きなため息をつく。
惚れた弱みとは此の事か。
「この借りは高くつくぞ」
雪野の顔に笑顔の花が咲く。
この笑顔が見られるなら、と考えてしまう自分は理性が狂うほど雪野に溺れてしまっているらしい。恋とは恐ろしいものだな……
我輩はそんな自分を自嘲しながら彼女と並んで朝の通りを歩いていった。