第2章 純粋な猫
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22. 秘密の部屋 前編
ガタガタ、ゴトゴト音がするロックハートの自室まで着たユキはノックもせずにドアを蹴り開けた。
背後からロンの「わぁお」という驚きの声とハリーの感心するような口笛、中からはロックハートの悲鳴。
「あぁ……お、驚かせないで下さい。私の可愛いスミレちゃん」
引き攣り笑顔のロックハートの周りには大きなトランクが2個。
部屋は殆ど片付けられていて、壁いっぱいにあった自画像も机の上に置かれた箱に押し込まれている。
いかにも慌てて荷造りをしているといった様子にユキたち3人は半眼になる。
「僕の妹が連れ去られたのにどこかへいらっしゃるのですか?」
ロンの問いにロックハートは「うー、あー」など誤魔化すような声を発しながら荷造りを続けている。
「まさか逃げ出すなんて事ありませんよね?先生は闇の魔術に対する防衛術の先生なのに!」
「ハハハ。逃げ出すなんて誤解を招く言い方をユキの前でしないでもらいたいな。私は緊急に呼び出されてしまって仕方なく―――かなり重要な事件が発生してね」
目がチカチカするようなローブの入ったトランクをパチンと閉め、ロックハートはユキにいつものスマイルを向けた。
「ユキと一緒に今すぐホグワーツを出なくてはならない」
『はぁあ??』
生徒を見捨てて逃げようとすることに怒りを通り越して呆れているのにロックハートは何を勘違いしているのか「私に誘われるのが信じられないのですね」などとお目出度いことを言っている。
ユキは自分の手を握ろうとするロックハートの手をパシンと引っぱたいた。
『ふざけるのもいい加減にして。秘密の部屋に行くわよ』
一瞬さっと青ざめたロックハートだったが、ふぅと息を吐き出しじれったそうに首を振った。
「秘密の部屋?そんなところに行ったら死んでしまうかもしれない。私が死ぬ?狼男と戦い、ヴァンパイアから村を救った英雄ロックハートが?」
続けてロックハートが語りだしたのは誰かから本のネタになりそうな話を聞き出し、その後、その人には忘却術をかけて自分の手柄にするという卑怯なやり口。
自慢げに語るロックハートにユキたちは唖然。
「さてと。これで全部でしょう。いえ、あと1つだけ」
全ての荷造りを終えたロックハートが杖を取り出し3人に向けた。
「私の秘密をペラペラ話されては困りますから忘却術をかけさせてもらいますよ。お気の毒に、お坊ちゃんたち。それから、あぁ私のスミレちゃん」
厭らしい笑みを浮かべたロックハートの杖先がユキに向く。
「次に目が覚めた時にはあなたは私の妻になっている。恥ずかしがり屋のスミレちゃん。頭の中が真っ白でも私が一から教えてあげますからね」
ユキのイライラはついに頂点。
殴り飛ばしてやろうとぐっと右手に力を入れた瞬間、
「エクスペリアームス!」
隣から鋭い声が飛ぶ。
ハリーの放った魔法は命中しロックハートは吹き飛ばされて壁に背中を打ち付けた。
『よくやったわ、ハリー』
「決闘クラブでユキ先生に教えてもらったからね」
ユキはハリーの頭をクシャクシャと撫でて、尻餅をついているロックハートを片手で掴み荷物のように肩に背負った。
「君が武装解除してよかったよ。じゃないとロックハート、今頃ユキ先生の拳で地下までめり込んでたぜ」
『何か言ったかしら、ロナルド・ウィーズリー?』
「い、いいえ」
「ユキ先生が美人だって話してたんだよ。さぁ、マートルのトイレに急ごう!」
首をすくめるロンに笑顔のハリー、ユキに担がれたロックハートが続いて暗い廊下を進む。
誰にも邪魔されることなくユキたちはスムーズにマートルのトイレへと到着することができた。
姿は見えないが相変わらずどこからか聞こえるマートルのすすり泣きの声。
「アラ、あんたたち」
床からふわりと飛び出してきたマートルに、担がれたままのロックハートが悲鳴を漏らした。
ホグワーツの教師なのに情けない、とユキが顔を顰めている隣でハリーがさっそく質問をぶつける。
「君が死んだ時の様子を教えて欲しいんだ」
マートルはそれは誇らしげな顔でこの質問に答えてくれた。
眼からの光線で即死する……ハーマイオニーが調べたバジリスクの特徴と一致している。
ユキたちはマートルが目玉を見た場所、小部屋近くの手洗い台に近寄った。
「何も見つからないよ」
手洗い台の下から出てきたロンが力なく言った。
しかし、ユキは僅かな風が手洗い台から吹き出していることに気がついていた。
『この手洗い台が入口に間違いないわ。みんな少し離れていて』
「ちょ、ちょっと何する気よっ!」
足を踏ん張って拳を握り締めたユキをマートルが大慌てで止めに入る。
「私のお家を破壊する気!?」
『あら、もう充分壊れてるしいいじゃない』
「器物破損よ!あんたそれでも教師なわけ!?」
ワーワーと抗議するマートルの前で不満そうに口を尖らせるユキを見て生徒ふたりはやれやれと顔を見合わせた。
「ハリー、何か蛇語で言ってみろよ。開くかも」
「んーー……開け」
ハリーの口から出たのは人間の言葉。当然ながら何の変化も起きない。
蝋燭の灯りが揺れる中、ハリーは本物の蛇だと自分に言い聞かせながらじっと彫り物を見つめた。
「開け」
『蛇語……あ、みんな下がって』
ハリーの蛇語に反応するように蛇口から白い光が放たれる。蛇口はクルクルと回り始め手洗い台が動き出し、トイレの床へと沈み込む。
手洗い台が消え去った後に残ったのは大人1人が滑り込める大きさの太いパイプ。
「僕はここを降りていく」
ハリーが力強い声で言った。
「僕も行く。必ずジニーを助け出す」
『よく言ったわ、ハリー、ロン。みんなでジニーを助け出しましょう』
ユキは逞しい二人の教え子の頭をクシャリと撫でた。
「そ、それでは私はお暇しようかな。私は必要なさそうだ」
いまだにユキの肩に担がれたままのロックハートの掠れ声。
得意のスマイルもこの状況では上手く作ることができないようだ。
『……それがね、あなたが必要なのよ。私の英雄さん』
ストンと床に降ろされたロックハートの前にはユキの黒い笑み。
ユキの企みに気がついたハリーとロンが同時に息を飲んだ瞬間―――
「っうわわぁぁぁぁ」
ユキがロックハートを足蹴りしてパイプの穴へと突き落とした。
パイプの中に吸い込まれていく悲鳴。
しばらく耳を澄ませていると到着したらしくドスンと鈍い音。
その音を確認したユキは今日一番の笑顔。
『安全確認完了よ。さぁ、行きましょう』
身軽な動きでパイプに飛び込むユキ。
「ユキ先生って最高」
「帰ったらフレッドとジョージに教えてあげるよ。2人ともどうして一緒に来いって言わなかったのかって地団駄踏んで悔しがると思う」
枝分かれしたパイプは急勾配で下に向かって続いている。
ユキは後からくるハリーとロンがカーブを通るたびに立てるドスンドスンという音で2人の位置を確認しながら暗いパイプの先に目をこらす。
匂いで出口が近いと感じたユキは体勢を整え、余裕を持って着地して後からくる二人の着地に手を貸した。
「うえーここはきっと湖の下だよ」
ジメジメした壁を見渡しながらロンが呟く。
立ち上がるのに十分な高さのある天井からはポタポタと水滴が落ちてきている。
地下独特の匂いが薄気味悪さを感じさせる。
『急ごう。ハリー、光を出せる?』
ハリーがルーモスで灯りを灯すと、暗い洞窟の中ユキたちの周りだけぼんやりとした光に包まれた。
『歩きなさい、ロックハート。命が惜しければね』
苦無に脅されながら先頭を歩くロックハートに続く一行。
痛いほど静まり返る洞窟の静寂を破ったのは落ちていた鼠の骨が靴で踏みつけられて砕けた音。
小さな動物の骨はそこら中に散らばっていた。
「ひいっ、な、なにかある」
カーブを曲がったロックハートが悲鳴を上げてしゃがみこんだ。
先にあったのは毒々しい緑色の蛇の抜け殻。
「ユキ先生、これはバジリスク……」
『えぇ、ハリー。この抜け殻は大体6メートルくらいかしら。脱皮したからもっと巨大っロン!!』
ユキは立ち上がってキッとロックハートを睨みつける。
ロンの杖を奪ったロックハートは杖先をユキに向けお馴染みの輝くようなスマイルを浮かべた。
「私はこの皮を少し持ち帰り、少女の死骸を見た君たち2人は哀れにも気が触れてしまったと言おう。そして、あぁ、私のユキ。今日負った心の傷は生涯をかけて私が癒して差し上げますよ。ハハ、何の記憶もないから何を癒すのかわかりませんがね。さぁ、これで君は私の物です!」
軽く地面を蹴って移動したユキだがその行動は無駄だった。
ロックハートが忘却呪文を唱えた瞬間、ロンのテープで補修されていた杖は逆噴射。
『ロン!下がって!!』
ハリーを抱えながらユキは洞窟の奥へと飛ぶ。
呪文が当たって破壊された天井の岩の塊が落下してきたのだ。
粉塵がおさまって見えてきたのは固い壁のような岩の塊。
「ロン!!」
「ハリー!僕は無事だ。ユキ先生は?」
『私も大丈夫よ』
「ユキ先生ならこの岩砕けるよね?」
ハリーの言葉にユキは眉を寄せた。
天井には巨大な亀裂が走っている。
岩を砕くとトンネル全体が崩壊してしまう危険性がある。
『ロンはここで待っていて』
「……ジニー……」
誰よりも助けに向かいたいのは兄であるロンだろう。
しかし、彼女を助けるためにも一刻も早く先へと進まねばならない。
『私たちに任せて』
「ユキ先生もいるから大丈夫。必ずジニーを連れ帰ってくるよ。でも、僕たちが1時間しても戻ってこなかったら……」
「2人が帰ってくるまでに出口を作っておくよ」
ロンがハリーの不安を打ち消すように明るい声を出して言った。
ユキはお互いを気遣う2人の生徒に表情を柔らかくする。
彼のためにも全員無事に戻ってこよう。
「またあとでね」
「うん。必ず戻ってくるよ」
ハリーの杖明かりを頼りに先へと進む。
何度も曲がり角を曲がり、ついに2匹の蛇が絡み合う彫刻の固い壁に行きあたった。
エメラルドが入れ込まれた蛇の目が不気味に輝く。
「開け」の蛇語で開いた壁
『ハリー、あなたなら何があっても大丈夫。私の自慢の生徒ですもの』
震えるハリーに微笑んでユキは開いた壁の扉を通った。
蛇像の柱を過ぎると天井に届くほど高くそびえる魔法使いの石像。
女性のような細身の顔に腰まで届くストレートの長い髪。
どうしてだろう。
この石像の人、懐かしい感じがする……
「ジニー!」
石像を見つめていたユキはハリーの声で我に返る。
石像の下にあったのは燃えるような赤毛の小さな体。
「お願いだ、ジニー!死なないで」
駆け寄って状態を見る…………良かった。生きてはいる。
『ハリー、大丈夫よ。危険な状態だけど生きてる』
「そうだよ。かろうじて生きている」
ユキが苦無を放ったのと黒髪の少年が言葉を発するのは同時だった。
投げられた苦無は少年の体を通り抜けて奥の壁へと突き刺さる。
「いきなりナイフを投げつけてくるなんて酷いね」
柱のそばに立っていた黒髪の少年は大げさに驚いた仕草をした。
「君はトム・リドル!どうしてここに……君はゴーストなの?」
「違う。僕は記憶だよ。日記の中に50年残された記憶さ」
リドルはハリーの杖を拾いくるくると弄びながら楽しげに言った。
「あなたが忍術学の雪野先生ですね」
『……ジニーに何をしたの?』
「ハハハ、聞いていた通り常に冷静沈着。僕に名前を知られていたのに顔色ひとつ変えませんね。何をしたか、ですか。その質問をしてくれて嬉しいですよ、先生」
空中に浮くリドルは機嫌よく笑って、ジニーが入学以来日記に悩みを書き続け、自分の魂をリドルに注いでいたことを語った。
ジニーが操られて鶏を殺し、生徒たちを石にしたバジリスクを誘導させられていたことを聞き、ユキとハリーは拳を握り締める。
「あのおチビちゃんが日記を捨てて君が日記を拾ってくれたのは幸運だったよ」
「ハグリッドを嵌めたのも君なんだなっ!許せない!」
怒りで顔を紅潮させてワナワナと震えるハリーを愉快そうに見ていたリドルの目が鋭く光った。
「ユキ先生、先程から何をしていらっしゃるのです?」
ユキはリドルの問には答えずハリーに視線を送り、近くに来るように合図した。
「先生、これは?」
ユキは腰元から巻物を取りハリーに手渡した。
『よく聞いてね、ハリー。ジニーを死なせないためにはジニーの体に私が魔力を送り続けるしかない。だから、バジリスクとはあなた一人で戦うのよ」
一人でリドルとバジリスクに立ち向かわねばならないと告げられたハリーは恐怖で膝から崩れ落ちそうになるのを必死で耐えた。
ユキは恐怖と戦うハリーを安心させるように微笑みかける。
『さっきも言ったわね。ハリー、あなたは私の自慢の生徒よ。必ず勝てる。自分を信じて。私が合図を出したらバジリスクに巻物を投げて』
「ユキ先生……」
ハリーは覚悟を決めて立ち上がり、リドルを睨みつける。
その目には決意が宿っている。
逞しい教え子から目を離したユキは治療に戻り意識を集中させる。
「そんなことをしても無駄などころか僕の力を増幅させているのが分からないのかい?思っていたより愚かな人間だったようだね」
「ユキ先生は愚かなんかじゃない。必ずジニーを助けてくれる」
リドルは小馬鹿にしたようにユキを見て笑い、ハリーへと視線を移した。
「まったく。ホグワーツには愚か者ばかりさ」
ユキへの興味を失ったリドルはハリーを貪るような表情で見つめながら50年前に秘密の部屋が開かれた時の出来事を話しだした。
ダンブルドアだけがハグリッドではなくリドルを疑い、秘密の部屋を開くのを諦めることになったというくだりでハリーはぐっと顎を上げてリドルを睨みつけた。
「君は今回も猫1匹殺せなかったってことだ。あと数時間すれば石にされていた者は元に戻る」
「まだ言ってなかったかい?もう穢た血には興味はない。この数ヶ月の僕の狙いは君だよ――ハリー・ポッター」
静かに告げられたリドルの言葉にハリーは驚きと恐怖で全身が冷たく凍っていくのを感じた。
リドルの赤い目は欲望の色を帯びて妖しく光る。
「僕がどうして君に興味を持つか分からないようだね。君に教えてあげよう。僕が何者であるかを」
ポケットからハリーの杖を出したリドルが空中に文字を書く。空中に揺らめく文字。
ハリーは驚きに打たれ呆然と変化した文字を見つめた。
一時期は心を通わせた目の前の少年が大人になってハリーの両親や多くの魔法使いを殺したのだ。
「僕は自分の名前が、ヴォルデモート卿の名前が全ての魔法使いから恐れられる名となることを知っていた。僕が世界一偉大な魔法使いとなる日を!」
「違う……君は世界一偉大な魔法使いじゃない。世界一偉大な魔法使いはアルバス・ダンブルドアだ」
力強いハリーの声が石壁に反響し響き渡る。
今まで余裕の微笑みを浮かべていたリドルの顔が醜悪に歪んでいく。
「ダンブルドアはこの僕によって追放された!」
「ダンブルドアはホグワーツの近くにいる!」
「口から出まかせを―――っ!?」
醜悪なリドルの顔が更に歪み、赤黒く変色する。
ギラギラと憎しみを帯びた目が捉えたのはユキの姿。
「き、貴様何を……まさか」
ハリーが振り返ると二ヤッと口元に笑みを浮かべたユキと目があった。
「ユキ先生……?」
微笑むユキとは対照的にハリーの顔面は蒼白になる。
真っ白な白髪に琥珀色の瞳が光る。そして顔は病人のように真っ青になっていた。
「お前――どうやった!?なぜ僕の力を吸うことができる!?」
『あなたのじゃなくてジニーの力を返してもらっているだけよ』
狂気めいた殺気を纏うリドルが怒りの雄叫びをあげる。
ハリーは怒り狂うリドルに恐怖を感じながらも心に希望が湧いてくるのを感じた。
ハリーの気持ちを表すかのようにどこからともなく聞こえてきた優しい旋律。
「不死鳥……」
真っ直ぐに飛んでくる深紅の不死鳥。
振り返ってその姿を見たリドルは怒りの表情を凍りつかせた。