第2章 純粋な猫
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
21.最悪の事態
夏の空とは対照的にホグワーツ城は恐怖感で重く暗い空気に包まれている。
生徒たちは城内を勝手に移動することは許されず、授業から授業へ行くにも教師に引率されて連れて行かれる。
そんな異常な日々が日常になりつつある日、ダンブルドアが停職になっても眉一つ動かさなかった忍術学教師、ユキ・雪野は地下へと下る階段を軽やかに降りていた。
「地下は陰気で嫌いだわ」
形の良い眉を寄せて呟くユキに視線を向ける猫。
毛並みの良いアビシニアンはユキの腕の中で肩をすくめるような動きを見せてから再び飼い主に体を預けてくつろぎ始めた。
「失礼します」
終業ベルと重なるように地下牢教室の扉を開けたユキは扉を開けた瞬間、重いため息をついて宙を仰いだ。
理由は分からないが犬猿の仲のグリフィンドールとスリザリンは喧嘩勃発寸前のところらしい。
「落ち着くんだ!」
「離してくれディーン!!マルフォイをやっつけてやる――」
「なんだウィーズリー、金があるなら汚れた血が死ぬのに賭けるか?」
「お前は最低なクズだっ!!」
余りにも酷いドラコの言葉にハリーとディーンが引き止めるのをやめたため、怒りで顔を赤くしたロンの拳が振り上がった。
騒ぎに気づいたスネイプの怒号が飛び、周りで見ていた女子生徒が目を瞑る。
「……あ、れ?」
ピリっとした静寂の後、情けない声を出して頭を抱えていたドラコは恐る恐る顔をあげた。
目の前にはロンの拳を受け止めるユキの姿。
「我輩の教室で拳を振るうとはいい度胸だ、ウィーズリー」
大股で近づいてきたスネイプの低い声が地下牢教室に響く。
「こいつがハーマイオニーを―――「口答えするな!グリフィンドール、5点減点」
グリフィンドール生全員が悔しさに唇を噛みながらスネイプを睨んでいると
「スリザリン10点減点」
凛とした声が室内に響く。
スネイプは不機嫌さを顕にした顔で減点を告げたユキを見下ろした。
「Ms.雪野、手を出そうとしたのはウィーズリーだけだ。我輩の寮を減点する理由を教えていただけますかな?」
「あなたの目と耳がちゃんと機能していれば理由はわかるはずだけど?」
((((((怖すぎるーーーー)))))
どす黒いオーラを纏う薬学教授と忍術学教授に周りの生徒たちは心の中で叫び声をあげる。
「百歩譲って我が寮から点を引く理由があるとしよう。だが、スリザリンからグリフィンドールの2倍の点を引くのは如何なものかな?Ms.雪野はグリフィンドールを贔屓していると生徒たちに誤解されますぞ?」
とスネイプが嫌味たっぷりに言えば
「喧嘩を作った原因はMr.マルフォイにあった。釣り合いは取れてると思うけど?」
とユキが黒い笑みで笑う。
睨み合う教授二人の迫力にグリフィンドール、スリザリンの生徒の心が一つになった。
「ぼ、僕たち次は変身術なので引率してくださいっ。ユキ先生の言う通り僕が原因です」
(((((マルフォイが謝った!!??)))))
「て、手を出そうとした僕が悪かったです。もう5点引いてもらっていいですっ!」
(((((ウィーズリーがスリザリンを庇っている!!??)))))
「止めずにやっちゃえばいいのに」
(((((黙れハリー・ポッタアァァァ!!!))))
ボソリと呟くハリーに顔面蒼白になる生徒たち。
ローブのポケットから杖を取り出したスネイプの目の前でドラコとパンジーがあわあわと行く手を塞ぐ。
その間にロンとネビルがユキの手を引っ張っていく。
「どうして止めるの?スネイプ教授が気絶しても私の影分身でスリザリン生を引率するから問題ないのに……」
ディーンに背中を押されて扉の外に出されたユキは未だに不満顔。
「うん。ユキ先生、落ち着こう!気持ちは嬉しいけど大人になろう!!」
どちらが生徒かわからない状況にグリフィンドール生は苦笑いしながらも自分たちを庇ってくれたことを嬉しく思っていた。
先程までとは違い空気が柔らかく変わる。
「そろそろ行かないと遅刻しちゃう。みんなついてきてね」
出発の合図とばかりに一声鳴いた猫を先頭にグリフィンドール生たちは温室へと移動していった。
***
テスト3日前の朝、いつものように鼻歌交じりで大広間に入ったユキは生徒からのテストに関する不満と懇願を交わしながら通路を進む。
彼女の腕の中には今日もアビシニアン。
毛並みのいい猫はテストがないと思っていた生徒たちが慌てている様子を見てミャゴミャゴと喋るような声を発して主人の腕に顔を埋めた。
「私もテストはなくていいと思うのだけどなぁ」
「生徒たちに普段通りの生活をさせるのが校長の望みだ」
「でも、テストがないと思っていた生徒たちは大慌てよ」
「普段ロクに勉強していないのだ。テスト期間くらい寝る間も惜しんで勉強すべきだろう」
スネイプはそう言って馬鹿にしたようにふんと鼻を鳴らし、ユキは「私もないほうが楽なのに」と相変わらず教師らしからぬことを呟いた。
「君にこれを」
『ん?』
パンをモゴモゴさせながらユキが目を向けると、スネイプは照れを隠すようにゴホンと咳払いをして小さな包を取り出した。
エメラルドグリーンのリボンがかかった箱を受け取り開けると中には美味しそうなチョコレートトリュフが4つ。
「私に?でも……なぜ?」
「最後の石化事件以来、急激に食欲が減っているだろう。中に栄養薬を混ぜておいた」
「急激に、は言いすぎですよ。でも、ありがとうございます。気にかけていただいて嬉しいです」
「今朝、スプラウト教授からマンドレイク回復薬の調合を頼まれた」
「!!それじゃあ生徒たちも元に戻れるのですね!」
「あぁ、石化された君の分身もな」
スネイプは両手で顔を覆い喜びに浸るユキをみて表情を柔らかくする。
このところ、食欲が激減し、どこがとは具体的に言えないが様子が違うユキを心配していたのだ。
犯人がわからないのは気になるが石化を元に戻せばユキの心労も体調も回復するだろう。
そこへマクゴナガルが生徒たちへマンドレイクが収穫できることを発表しに大広間へと入ってきた。
ガヤガヤと何の発表だろうと予想していた生徒たちはマンドレイクの話を聞き、歓声を爆発させる。
喜びに沸く大広間でユキの膝に乗る猫も生徒と同じ様に喜びの鳴き声をあげて長い尾を振っていた。
授業が終わり、教室を出る。次の時間は空き時間だ。
階段をゆったりとした足取りで上がったユキは自室に入って鍵を閉め、ほっと息をついた。
教師たちは引率に見回りと忙しい日常をさらに忙しく過ごしていた。
ソファーに座って足を投げ出すユキに訴えかけるように猫がミャゴミャゴ訴える。
「今すぐに、我が姫君」
胸に手を当て恭しくお辞儀をしたユキが猫に向けて杖を振る。
するとアビシニアンは見る見る姿を変え杖を振った人物、忍術学教師のユキ・雪野の姿に変身した。
『クィリナスったら酷いじゃない!スネイプ教授からもらったチョコ返してよ!!』
人間に戻って開口一番悔しそうに地団駄を踏むユキの前で、満足気な笑みを浮かべながらクィリナスも自分の姿にもどった。
スネイプがユキに感じている違和感はこれ。
ハーマイオニーが石化された日、手がかりをつかもうとしたユキの影分身も石化されてしまった。
体が弱りに弱ったユキを心配したクィリナスが思いついた作戦。
それは習得した忍術でクィリナスがユキに姿を変え、ユキをクィリナスのアニメーガスである猫の姿に変身させることだった。
ユキは授業に穴をあけなくてすむし、生徒の様子も見ることができる。
クィリナスはユキとひと時も離れずに済む。
危険ではあるが両者にメリットのある作戦。
『私のチョコを私の目の前でぜーんぶ食べちゃうなんて』
「もらった食べ物はその場で食べる。普段のユキの行動を模したまでですよ。スネイプに疑われては困るでしょう?」
言葉を詰まらせるユキにクィリナスは楽しそうにクスクスと笑う。
クィリナスはユキも驚く程、否、身の危険を感じるほどに完璧に変身することができていた。
言葉使い、仕草に、行動、どれをとっても完璧。
さすがに食事量まではカバーできなかったが、生徒思いのユキがショックで食欲を失っていると思っている教師と生徒はクィリナスがユキに変身しているとは露ほどにも思っていないだろう。
『犯人が分からないのが気がかりだけど、明日になればこの生活もおしまいだね。ちょっとだけ名残惜しいような気もするな』
そう言ってソファーに座りながらユキは口の中に魔力を回復・増幅させる兵糧丸を放り込む。一日動ける体力を回復できる薬だ。
「私も名残惜しいですよ。あなたを私の腕の中に一日中閉じ込めておけましたからね。はあぁ、夢のような時間でした」
二人で過ごす時間が増えるにつれて遠慮が減ってきたらしく、最近のクィリナスは危ない本性を隠そうとしない。
瞳に妖しい光を宿らせてうっとりと言うクィリナスにユキは引きつった笑みを浮かべた。
「ユキ、これからも疲れた時には私が授業を変わるので遠慮なく言ってください」
『ははは、ありがとう』
ユキは乾いた笑いをあげながらクィリナスに代役を頼むようなピンチが今後来ないようにと祈った。
「そろそろ授業が終わります。食堂に移動する時間ですね」
あと10分で授業が終わる。
『部屋にいちゃダメ?自分が食べられないのに、人が食べてる姿見るの辛いのよ』
「いけません。常に私といる約束でしょう?」
『んーそれじゃあ5分待って。昨日お取り寄せしたピョンピョンキョンシーグミ食べたい』
ユキが箱を開けるとキョンシーの形をしたグミが飛び出して部屋の中を跳ね回る。
魔法界のお菓子は食べて遊んで2度楽しめる物が多い。
「もう5分、といか10分経つと思うのですが……」
お茶を飲んでいたクィリナスが首を傾げながら懐中時計を確認する。
すでに授業終了時間になっている。
『なんでだろう?』
ユキが最後のグミを口に放り込んだ時、廊下から拡声されたマクゴナガルの声が聞こえてきた。
―――生徒は全員、速やかに寮へ戻りなさい。教師は職員室へお集まり下さい――――
不吉な予感に二人はハッと顔を見合わせる。
クィリナスは飛び出しそうになるユキを猫に変えて捕まえ、自分もユキの姿に変身して職員室へと 向かった。
職員室には怯えた顔、当惑した顔。誰もが不吉な予感を感じながら静まり返った室内でマクゴナガルの到着を待っている。
「とうとう生徒が一人、秘密の部屋そのものの中に連れ去られました」
静まり返った職員室でマクゴナガルが震える声で話し出す。
それぞれの教師が最悪の事態を受け止めきれないでいる中、猫になったユキの耳がありえない所から聞こえた息遣いにピクリと反応する。
目を細めて見つめるのは野暮ったい洋服掛けの中。
「なぜそんなにはっきりと言えるのかな?」
「彼女の白骨は永遠に秘密の部屋に横たわるだろう、と最初に示された文字の下に書かれていたのです」
スネイプの問いに顔面蒼白のマクゴナガルは答え、さらに「連れ去られたのはジニー・ウィーズリー」だと続けた。
痛いほどの静けさを破るドアの開閉音に全員が肩をビクリと跳ねさせる。
場違いな笑みを顔に浮かべて現れたのはギルデロイ・ロックハート。
「ついウトウトと―――何事でしたか?」
鬱陶しいスマイルを浮かべたロックハートに誰もが怒りの視線を向ける。
クィリナスの腕から洋服掛けの様子を伺っていたユキも首をロックハートに回して『へなちょこ馬鹿!』と猫語で威嚇の声を発した。
ユキの言いたいことを察したクィレルが冷酷な笑みを浮かべて前へと進み出る。
「ここに適任者がいらっしゃったわ」
クィリナス扮するユキの声にスネイプも薄く笑みを浮かべて一歩進み出る。
「Ms.雪野の言う通りですな。ロックハート、秘密の部屋に連れ去られた女子生徒を助けに行ってくれたまえ」
「いい考えね。それでは、ギルデロイにお任せしましょう」
少しばかり冷静さを取り戻したマクゴナガルも援護攻撃。
顔を青ざめさせて絶望的な顔をするロックハートは助けを求めて視線を彷徨わせる。
「私の期待を裏切らないでくださいね。あなたは私のヒーローですもの」
妖艶な笑みを浮かべたクィリナス扮するユキが最後のトドメを刺してロックハートを部屋から追い出した。
厄介払い成功である。
「さて、寮監の先生方は生徒に何が起こったか知らせてください。他の先生方は見回りをお願いします」
教師たちは一人、また一人と職員室を後にしていく。
「雪野」
「はい」
突然呼びかけられたクィリナス扮するユキはスネイプの方を振り向いた瞬間、心の中で大きく舌打ちした。
一瞬の隙を突いてユキが腕から逃げ出したからだ。
「何でしょう?」
「君は見廻りをしなくてもいい」
「は?」
「このような事態になって君が大人しくしているとは到底思えないのでな。我輩の傍にいろ」
「ど、どうするもこうするも私は秘密の部屋の場所を知らないのよ?何かするわけないじゃない」
クィリナスは洋服掛けの上に飛び乗ったユキ猫を見た。その瞳は怒りで爛々と燃えている。
スネイプの言うように到底大人しくしているとは思えない。
クィリナスもスネイプの意見に賛成だが今の状況はまずい。
捕まえるべきは自分ではなく猫の方なのだ。しかし、そんな事を言うことはできない。
ミャゴゴゴ
ゆらゆら揺れる尻尾に見送られながらクィリナスはスネイプに手を引かれ、職員室を後にすることになってしまったのであった。
「ロン、行くぞ。しっかりするんだ」
再び静かになった職員室にヒソヒソ声が聞こえる。
衣装掛けから出てきた少年二人にユキは呆れたような鳴き声を漏らした。
「っ!?な、なんだ……ユキ先生の猫か」
妹のジニーが連れ去られたロンが震える声でユキを見上げた。
職員室の窓から血のように赤い西日が入り2人の顔を赤く染める。
ハリーとロンは頭の中に浮かんだ不吉な想像を慌てて打ち消した。
「ジニーは秘密の部屋に関することを見つけたんだ。そうじゃなかったら純血のジニーが連れ去られるはずないよ」
ロンはそう言いながら夕日に背を向けて激しく目をこすった。
「ロックハートに会いにいくべきじゃないかな?僕たちが知っていることを教えてやるんだ。バジリスクの事を教えてやろう」
何とかして妹を助けたい。
ロンはとにかくなにかしたいという思いで考えを口にした。
しかし、ハリーも猫姿のユキも同時に顔を顰める。
「ロックハートはやめよう。あいつが僕たちの役に立つと思える?相談するならユキ先生がいい」
ハリーの提案にロンの顔に少しだけ血色が戻っていく。
「そうだよ!どうして思いつかなかったんだろう。もっと早く会いに行けばよかった」
希望の光が見えてきた二人は顔を見合わせて頷いた。
職員室から出ていこうとした二人の前にユキはヒラリと飛び降りる。
「どいてくれ、僕たちは―――ってユキ先生!?」
迷惑そうな顔をしていたロンの顔が驚きに変わる。
目の前の猫が見る見る姿を変えて今しがた話していた忍術学教師になったのだ。
「やっぱりユキ先生は最高だよ」
ユキは飛びついてきたハリーをよろめきながら抱きしめ、空いた手でロンの頭を撫でた。
変身の強制解除はかなりの痛み。
しかし、ユキは二人を安心させるために作り笑いをし、苦痛を押し込めた。
『まずは二人とも、知っていることを教えてくれるかしら?』
ユキが尋ねるとハリーとロンがお互いの言葉を補いながら知っていることを話しだした。
ハーマイオニーは本当に優秀な生徒ね。
教師の誰も分からなかった答えにたどり着いたハーマイオニーを心の中で賞賛する。
『マートルのトイレに行く前に寄るところがあるわ』
扉の外には誰もいない。
首を傾げるハリーとロンにユキはニヤリと笑う。
『ギルデロイ・ロックハート。最後に教師としての勤めを果たして頂きましょう』
3人は闇に包まれる廊下をロックハートの部屋へと歩き出した。