第1章 優しき蝙蝠
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5.個人授業
『スネイプ教授よろしくお願いします』
桔梗色の着物姿のユキが頭を下げる。
夕方の空き教室。
今日から個人授業が始まる。
教えてもらう科目は杖を使う科目と飛行訓練だ。
スネイプ教授は外で仕事があったためホグワーツに戻ってきたのは今日の昼過ぎ。
二人が顔を合わせるのは5日ぶりだ。
『お薬ありがとうございます』
「あぁ」
スネイプはユキの顔を見て頷いた。
出かける前に渡しておいたハナハッカ入りの薬のおかげで頬の傷跡は綺麗に消えていた。
小さな罪悪感が消え、これで思う存分監視出来ると思うと自然と口の端があがる。
「まずは呪文学だ。当然予習はしてきたであろうな?」
『大丈夫です』
「随分と自信があるようだな。さぞ教えがいがあるだろう」
スネイプは机に積み重なった5年分の教科書を見て意地悪く笑った。
そんな様子に気が付かずにユキは一番前の席に座り嬉々として一年生の教科書を広げる。
まだ借り物の杖だが今日から魔法を直に学ぶことができる。
顔はいつもの人形のような顔だが心の中はわくわくしてはち切れんばかりだ。
スネイプはユキの机の前に椅子を持ってきて座り、羽を取り出した。
ユキはスネイプが近くに来て少し息がしにくくなったのを感じていた。
「まずは浮遊呪文だ。この羽を浮かせたまえ」
呼吸を整えるように息を吐き杖を羽に向ける。
『ウィンガーディアムレビオーサ!』
ふわりふわりと羽が浮く。
「チッ。いいだろう」
『なぜ舌打ちを?』
「無駄口を叩くな。次は55ページの呪文だ」
ユキは舌打ちの意味が掴めず少し眉をひそめたが、指定されたページを開き呪文を唱えた。
その後も重要な呪文を中心に教科書を進めていく。
ユキは淀むことなく杖を振り呪文を唱え成功させていく。
いつの間にか五年生で主に習う呪文の練習が終わった。
自信があるように見えたが五年分の呪文が使えるようになっていたことにスネイプは驚いた。
計算すると一日で一学年分の授業内容を理解したことになるのだ。
それだけではない。
まさかとは思い変身術の教科書からランダムに選んだ課題を与えても全て上手くこなしてしまった。
「よく出来ている。あとは新学期が始まるまでに本を見ないで呪文が唱えられるように暗記しておくように。無論、教員になれるかは模擬授業の出来次第ですがな」
『ありがとうございます』
「夕食の時間だ。今日はこれで終わりにする。明日は朝食後に飛行訓練。夕食後は闇の魔術に対する防衛術だ。闇の魔術に対する防衛術は実戦形式で行う事にする。教科書にある主な呪文は暗記して使えるようにしておけ」
『5年間全部ですか!?』
「さよう。5日でここまで出来たのだ。暗記など簡単であろう」
『……分かりました』
苦々しげな声を出すユキを見てスネイプは満足そうに口の端をあげた。
***
夏休みに入った為にホグワーツにいる先生の人数は日によってまちまち。
大広間に入ると夕食の席についていたのはダンブルドア校長、マクゴナガル教授の二人だけ。
マクゴナガル教授の隣に座ると同時にスネイプ教授が大広間に入ってきた。
「おぉ。セブルス。帰って来ておったのか」
「昼過ぎに戻りました」
『先程までスネイプ教授に魔法を教えて頂いていました』
「そうか!帰って早々ご苦労じゃったの。進み具合はどうかの?」
「今のところは問題ありません」
「セブルスがそう言うならユキは順調に魔法を習得しているようじゃの」
ダンブルドアは隣のスネイプの様子を見て楽しそうに笑った。
彼の言う「問題ない」は「上手くいっている」と言っているのに等しいからだ。
「魔法の勉強は大事ですが無理をしてはいけませんよ。適度に息抜きすること。セブルスもユキが無理しないように見てあげて下さいね」
「生憎、我輩はそこまでお人好しではありません」
「でもダイアゴン横丁の買物中はユキを優しくエスコートしたのでしょう?」
「!?我輩は何も……Ms.雪野、どういうことかね?」
『?スネイプ教授が買い物の間、紳士的で優しかったと話しただけですが……?』
ユキは質問の意味が分からず首を傾げる。
「フォッフォッ。ユキ、見ての通りセブルスは少し照れ屋なところがあるが、魔法使いとしても優秀だし、教師としても面倒見の良い先生なのじゃよ」
「二人とも似ている雰囲気があるし上手くやっていけるのではないかしら?」
「馬鹿馬鹿しい」
「あら。私はお若い先生方同士、仲良くなれそうだと思っただけですよ」
「っく。Ms.雪野、君も黙っていないで何か言ったらどうかね?」
『私は医療忍者だったので魔法薬学に興味があるんです。お時間がある時にゆっくりお話出来たら嬉しいです』
二人の意図に気づいていないユキがハキハキ答えると、ダンブルドアとマクゴナガルが歓声をあげた。
その様子を見てユキはキョトンとしている。
スネイプも前に見たことのある「訳が分からない」といった顔だ。
どこかズレているユキを見てスネイプは大きなため息をついた。
「それにしても、今日はあまり食べなかったのね」
食事を終えたユキにマクゴナガルが心配そうに声をかける。
「そうじゃの。いつもはもっと」
『わ、私いつもこのくらいですよっ』
ダンブルドアも心配した顔をしていたが、慌てて否定するユキを見て、そうじゃった、そうじゃったと笑う。
食事の間中、胸が詰まるような気がして普段通り食事が出来ていないのをユキ自身も自覚していた。
強くはないが時々おこる息苦しさはホグワーツにきてからだ。
もしかしたら、里からホグワーツへ強制的に移動した為体に負荷がかかったのかもしれない。
ユキは挨拶をして席を立った。
対面に座っていたスネイプは少食だったろうかと考えたが、そんなことはなかった。
ユキは細身だが自分と同じくらい食べていた気がする。
自分がいない間はどうだったのか聞いてみたい気もしたが、二人にからかわれるのが目に見えていたのでそのまま口をつぐんだ。
***
次の日の夕食後、ユキはガランとした空き教室でスネイプを待っていた。
手には新しい杖。
スネイプとの飛行訓練の後に梟便で杖ができたと知らせを受けたユキはすぐにオリバンダーに会いに行った。
オリバンダー渾身の作のこの杖はユキが杖を振ると色とりどりの花火を出現させ部屋を明るくした。
暴れ柳、炎帝の尾羽、30cm、荒くれてる
『荒くれてるって……』
オリバンダー曰く、慣れるまで時間はかかるかもしれないが杖と上手く共鳴出来れば自分の力を最大限に生かしてくれる杖だそうだ。
そして特徴としてもう一つ挙げられたのが“闇の魔術によく合う”。
ただ、この事は人に言う事ではないと釘を刺された。
人に苦痛を与えたり、殺傷を目的とする呪文や術の事を闇の魔術と言うらしい。
そんな事を言うと医療忍術以外の忍術は全て闇の魔術に分類されそうだ。
魔法界、特にホグワーツにいるためには上手くやらなくてはならない。
だから模擬授業の為に“闇の魔術に対する防衛術”はとても参考になる。
コツコツと廊下に足音が響く。
ユキは小首を傾げて扉を開けた。
マントを翻し不機嫌そうに歩いてくるスネイプ教授の後ろからオドオドとした気弱そうな男性が歩いてくる。
『こんばんは。もしかして、闇の魔術に対する防衛術のクィリナス・クィレル教授ですか?』
「え、ええそうです。は、初めましてMs.雪野。」
「クィレル教授は校長にMs.雪野の個人授業を見るように言われたのだ」
『よろしくお願いします』
「こ、こ、こちらこそ」
握手を交わす。
ユキは微笑みを保ったまま目の前の相手を観察した。
強い香りは嗅いだことがある。
「ところで、手に持っているのは新しい杖かね」
スネイプはユキの新しい杖をみた。
『はい。これで残りの学年の呪文も練習できます』
「そうだな。だが、今は闇の魔術に対する防衛術だ。我輩の正面に立ちたまえ」
今日の機嫌は最悪らしい。
ユキはすぐにスネイプと距離をとり、向かい合わせに立つ。
「まずは武装解除の術だ。呪文は分かるか?」
『エクスぺリアームスです』
「そうだ。まずは杖を頭の上あたりで掲げていたまえ。この呪文を実際に体験してもらう。我輩が杖を狙って呪文を放つ。杖以外に当たると危険だ。絶対に動くな」
『分かりました』
ユキは言われた通りに杖を掲げる。
スネイプが杖を構える。
せっかくオリバンダーさんが作ってくれた杖。
ユキは呪文が当たっても杖は壊れないだろうかと考えてしまった。
「エクスペリアームス!」
閃光は的確にあたり杖を吹き飛ばす。
クルクル回りながら上に飛んでいく杖。
ユキの視線は杖を追う。そして、
ダンッ
杖を掴もうと無意識のうちに飛び上がっていた。
天井近くまで飛んだ杖を上手く掴むことができ着地の体勢を整える。
視線を下に向けると目を大きく見開いているクィレルの顔がユキの目に映った。
しまったと思ったときには遅かった。
ユキとクィレルの体はぶつかり派手な音を立てて二人は重なるように倒れた。
『クィレル教授っ!』
慌ててクィレルの顔を覗き込む。
「うっ……大丈夫です」
『ダメです!動かないでください。頭を強く打ちつけました。ターバン外しますね』
ターバンを外そうとしたユキの手をクィレルが止める。
思っていたより強い力。
「タ、ターバンが、あ、あったので衝撃は少なかったようです」
『でも、酷い音もしました』
「本当にだ、大丈夫ですよ。そ、それより、私の上から降りて頂けますか?」
『あっ。すみません』
ずっと馬乗りの体勢になっていた。慌てて体の上から降りる。
クィレルは安心させるようにユキに微笑んで上体を起こした。
しかし、顔が歪んで体がグラリと揺れる。
ユキは倒れそうになるクィレルの背中に手を回ししっかりと支えた。
『やっぱりターバンを外しましょう。重そうですし』
「い、いえ。頭をへへ変に動かしたくないのです」
『そうですか……では、上半身の服を脱いで頂けますか?』
「「はぁ??」」
スネイプとクィレルの声が重なる。
ユキはクィレルを支えながら片手で器用に服のボタンを外していく。
「な、な、何をしているんですか!?」
『治療します。本当は患部に手を当てたいのですが……頭に直接触れられないなら、心臓の辺りに手を当てれば治すことができます』
「に、に、忍術ですか?」
「医療忍者だと言っていたな」
『はい。打撲の治療は得意なので大丈夫です。クィレル教授、ゆっくり横になってください』
後ろから殺気の混じるような視線を送ってきていたスネイプも興味が沸いたらしくユキの隣にやってくる。
ユキは右手をクィレルの心臓のある位置に置き、 左手を自分の口元に持っていき印を結びながら術を唱えた。
右手が淡い色で光り出す
クィレルは怪訝そうに見ていたが、徐々に引いていく頭の痛みに緊張を解いた。
『痛みはありますか?』
「い、いえ。す、すっかり、よ、良くなったみたいです」
『よかったです!本当に申し訳ありません。スネイプ教授に動かないように言われていたのに。お怪我をさせてしまうなんて』
「だ、だ、大丈夫ですよ、Ms.雪野。あ、あんな所にいた、私も悪い。か、顔を上げてください。こ、この通り、た、立ち上がっても、へ、平気です」
クィレルは立ち上がって笑って見せた。
ボタンを留めていないので上半身裸の姿が目に入る。
しっかりとしたバランスの良い筋肉。
意外……。この人もスネイプ教授と同じく見かけによらず日々自分を鍛えているのかもしれない。
「今日はこれで終わりにしよう」
『はい。お時間を無駄にしてしまい申し訳ありません。スネイプ教授』
「気にしなくていい。武装解除で飛んだ杖を掴めるとは思ってなかった。医療忍術も面白かった。また話を聞かせてくれ」
『私も魔法薬学の事、お聞きしたいです。クィレル教授、念のためお部屋まで送らせてください』
「で、ではお願い、し、します」
クィレルの方へ行こうとするユキの腕をスネイプは自分に引き寄せるように引っ張った。
バランスを崩したユキはスネイプの腕にすっぽりと収まる。一気に上昇する体温。
驚いて顔を上げたがスネイプとクィレルは互いの考えていることを読み取ろうとするように視線を交えていた。
『スネイプ教授?』
「夜も遅い。女性が男の部屋に行くのは世間的にも良くないのでな。我輩がクィレル教授を送って行こう」
『そういうものなのですか?』
「そういうものだ。君は部屋に戻って模擬授業の準備でもしたまえ」
スネイプはぽかんとした顔をしているユキの背中を押して教室の外に出す。
閉まるドアの奥でクィレルが小さく手を振っているのが見えた。
***
自室に戻ったユキは読んでいた本を見てため息をついた。
手に持っているのは図書館で借りた“ホグワーツの歴史”。
ホグワーツを設立した四人の魔女と魔法使いの名前を小さな声で読み上げる。
『サラザール・スリザリン』
“ほぐわぁつ”の国を作ると言ったという妲己の恋人だ。
結局ホグワーツは学校だったのだが。
ユキは魔法界に来てからありったけの情報を得ようと過去の新聞を読み漁り、ノクターン横丁でも噂を集めていた。
魔法界を恐怖に陥れたヴォルデモートと彼に忠誠を誓う死喰い人と呼ばれる人達。
戦にならないといいな。
ユキは一年前までの日常を思い出し、無意識のうちに拳を握り締めていた。