第2章 純粋な猫
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20. 手がかりの代償
イースター休暇で家に帰っていた生徒たちがホグワーツに帰ってきた。
新しく襲われたものもおらず、スプラウト教授からはマンドレイクが乱痴気パーティーを繰り広げたと告げられたため、ホグワーツの雰囲気は春の日差しと同じ様に明るくなってきている。
「ユキ先生、ごはん終わった?」
『おはよう、ハリー。終わったよ』
「ここに座って。僕、久しぶりに先生とおしゃべりしたい!」
ハリーに手を引かれてグリフィンドールのテーブルに座ったユキの周りにわっと他の2年生も集まってくる。
生徒たちにとって年齢も近く、悪戯をしてフィルチやマクゴナガルに怒られているユキは教師というより友達に近い。
生徒たちはユキと遊んだり話したりするのが好きなのだ。
『手に持っているのは科目登録リストね。選択科目は何にするか決めたの?』
ユキはそう言って隣に座ったネビルの用紙を見た。
「親戚から手紙でああしろこうしろって言われて混乱してるんだ。あ、でも忍術学は選択するよ」
ネビルが言うと他の生徒からも「私も」「僕も」と声があがる。
忍術学は3年目からどの学年も選択科目になる。
ユキは生徒たちが忍術学を選択してくれたことが嬉しくて笑顔になった。
「クィディッチと同じくらいユキ先生の忍術学が好きだよ」
『ありがとう、ハリー。来年からは実技が増えるから覚悟してね』
抱きつくハリーを受け止めてユキは微笑む。
「3年目はどんな術をやるの?」
瞳をキラキラさせて聞いたのはディーン。
他の生徒たちも興味津々身を乗り出してきた。
『3年終了には分身の術ができるように授業を進めるつもりよ』
歓声が上がった。
「それじゃあ4年生から楽になるね。分身に宿題を手伝わせられる!」
「あら、ロンったら分身の術は幻影を作り出す術よ。何かをやらせるには影分身の術を使わないといけないの。影分身の術はかなり高度な術だから私たちには無理ね」
「遊ぶ時間が増えると思ったのにがっかりだよ」
輝いた顔から一転、目に見えてがっくりと落ち込んだロンの肩を励ますようにディーンが叩いた。
その様子を微笑ましく見ていたユキだが不意に襟首を掴まれ奇妙な声をあげた。
こんなことをする人物は一人しかいない。
「さすがは最年少シーカー殿だ。ハッフルパフとの試合に準備運動などいらんらしい」
ネットリと嫌味を言う薬学教授の登場にグリフィンドール生の顔がさっと青くなる。
ユキが振り向くといつもより眉間の皺が3割増深いスネイプの姿。しかし、スネイプが見ているのはユキではない。
「さっさと競技場へ行け、ポッター」
「今、ユキ先生に科目登録の相談に乗ってもらっていたところです」
「教師の膝の上に乗ってか?」
「羨ましいですか?」
「ッポッター!!」
スネイプに見せつけるようにユキの首に腕を回すハリー。
グリフィンドール生は今にも大量減点をしそうなスネイプに冷や汗を流しつつ、鋼の心臓のハリーに賞賛の眼差しを向け、小腹を満たそうとタルトに必死に手を伸ばすユキにため息を漏らした。
「ハリー、フレッド、ジョージ、試合前ミーティングをするから来てくれ!」
『ウッドがお呼びだよ、ハリー』
「あー残念。行かないと」
「「行くぞ、ハリー。ユキ先生、グリフィンドールを応援して!!」」
「あとでね、ユキ先生」
去り際にチュッと軽快な音を立ててハリーはユキの頬にキスを落としていった。
『わわっ』
「ポッターッ!グリフィンドールさんじゅ『まあまあ、落ち着いて』ぷはっ、やめろ!」
減点させまいとスネイプの脇腹をくすぐるユキと体をくの字に曲げて笑いを堪えながら抵抗するスネイプ。
スネイプにこんなことを出来るのはユキしかいない。
周りで見ていたグリフィンドール、ハッフルパフの両生はスネイプの貴重な笑い顔に驚きつつも、その後の事を考えて蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
スネイプが馬鹿力のユキの手を押さえつけた時には周りの生徒は避難を終えて、その場にはスネイプとユキの二人きり。
「ユキ・雪野、貴様という奴は」
『怒らないで。笑いは健康にいいって言うじゃない』
「ほう。そうか――リクタス センプラ」
『あひゃひゃひゃひゃっ!ちょ、や、やめてーー無理、無理、ぷっふふっく、くるひいぃ』
床で笑い転げる忍術学教師とそれを満足気な笑みを浮かべて見下ろす魔法薬学教授。
ユキの笑い声は試合開始のアナウンスが流れるまで大広間に響き渡った。
***
『えらい目にあったわ』
ユキはクィディッチ競技場の上空で笑い疲れた顔の筋肉をほぐす。すっかり筋肉痛だ。
「控え室はユキ先生の話題で持ちきりでしたよ」
『うわー恥ずかしいなぁ』
スーっと上空に上がってきたセドリックの言葉にユキは天を仰ぐ。
ユキは今回も副審を頼まれていた。
周りでそれぞれの位置にスタンバイした他のハッフルパフ生からも楽しげな笑い声が漏れた。
「笑うことで試合前の緊張がほぐれました」
『ありがとう』
優しく気遣いのできるセドリックにユキが顔を綻ばせているとグリフィンドール選手も次々に上昇してきた。
いよいよグリフィンドールとハッフルパフの試合開始だ。
『それじゃあ、健闘を祈っているわね』
主審マダム・フーチの笛が高らかに鳴り響く。
満員の観客席から嵐のような声援が選手たちに送られる。
飛び交うブラッジャーに風にはためく赤と黄色のユニフォーム。
ユキは空で跳ねるように不規則な飛び方で動き回る金色のスニッチを横目に選手たちがよく見える位置へと移動し続ける。
弾かれて流れてきたブラッジャーを避けるために急上昇したユキの目に庭を横切るマクゴナガルが慌てた様子でクィディッチ競技場へと走ってくるのが目に入った。
何事だろうと考えていると間もなく紫の巨大メガフォンを持ったマクゴナガルがグラウンドにやって来た。
「この試合は中止です。生徒たちは速やかに寮へ戻りなさい。監督生は寮生が揃っているか確認するように。後で寮監が確認に向かいます」
ユキは胸騒ぎを覚えつつ、不満と戸惑いの声が響く中をグラウンドへと降りていく。
『ミネルバ、まさか……』
「えぇ。ユキは真っ直ぐ医務室へ行ってちょうだい」
嫌な予感の的中に唇を噛む。
青白い顔のマクゴナガルと共にユキは城へと向かった。
***
夜、ユキは強いショックを引きずったまま医務室に留まっていた。
ベッドにはレイブンクローのクリアウォーターと目を見開いたままのハーマイオニーが石になり横たわっている。
『許せない、許せないわ』
マダム・ポンフリーから留守を頼まれたユキは医務室の中で一人静かに怒りを爆発させる。
魔法で染めた黒髪は灰色になり、黄色い目はギラつく。
『地獄に落としてやる』
石になった者以外にいるのはユキだけ。ユキが怒りで獣のような唸り声をあげたのと同時に医務室に置いてある花瓶が破裂して粉々になり、床に破片と水をばら撒いた。
しかし、怒りに震えるユキは気づかない。
「あなた達には辛いことになりましたね。さぁ、中へ」
ユキはマクゴナガルの声にハッと我に返った。
「ユキ、マダム・ポンフリーは?」
『スプラウト教授とマンドレイク回復薬のことで話に行きました。ハリーとロンはお見舞いですね。ハーマイオニーはこのベッドです』
ベッドの側に来たハリーとロンが酷いショックを受けている。
いつも仲の良い3人のうちの一人が犠牲になったのだから当然だ。
『ミネルバ、ここをお願いしてもいいですか?』
「構わないわ。今日はもう遅いから真っ直ぐ部屋に戻って休みなさいね」
『分かりました』
時刻は既に夜の11時を過ぎている。
医務室から辞したユキだが真っ直ぐ部屋に帰る気はさらさらない。
静まり返った真っ暗な廊下を明かりも灯さぬまま進んでいく。
『多重影分身の術』
ユキが足を止めたのはスリザリン生デリラ・ミュレーが襲われた廊下。
2体の影分身はユキ本体を踏み台にして、天井のパイプの裂け目へと飛び上がった。
『影分身は10分しか持たない。その間に何が何でも手がかりを掴んできて』
2体の影分身は無言で頷きパイプの中に消えていった。
春の風が窓をガタガタと鳴らす。
「手がかり発見よ」
パイプの裂け目から現れた影分身が床へと着地する。
手渡されたのは小瓶に入ったどろりとした液体。
『これは?』
「1階付近のパイプの中で見つけたの。周りでネズミが死んでいたから毒だと思う」
『これを分析すれば犯人に繋がるかも』
「もう一体はさらに地下へ向かったわ」
『分かった』
ユキが目の前の影分身を消すと頭の中に記憶が流れ込んでくる。
錆びた鉄の匂いのパイプ内に毒とみられる液体と周りで息絶えているネズミ、もう一体の影分身と別れて元の道を戻っていく記憶。
さらに手がかりが欲しい。
しかし、もうすぐ影分身を出してから10分になる。今日のところはここまでかとユキが印を結ぼうとした時、何度か経験した鋭い痛みが全身を貫いた。
『う゛っ!!!』
悔しさに顔を歪ませながらユキは冷たい石の廊下の上に伏してしまった。
***
遅すぎる
一匹の猫が辺りを警戒しながら廊下を影のように移動する。
アビシニアン姿のクィリナス・クィレルはなかなか部屋に戻ってこない同居人に胸騒ぎを覚えてユキが行きそうな場所を探し回っていた。
食堂、医務室を探し、そしてスネイプの部屋の様子を伺ったクィリナスだがそこにもユキの姿を確認することが出来なかった。
クィリナスは思い人とスネイプが一緒にいなかったことに安堵しつつも不安を募らせていく。
ダンブルドアの所に行くはずがありませんし、あと可能性があるとすれば……。
クィリナスが向かったのはミセス・ノリスや生徒たちが石化された事件の現場。
水浸しの女子トイレを確認し、さらに廊下を進んでいく。
「ミャーーーー!!」
悲鳴に近い鳴き声を出しながらクィリナスは廊下を走った。
「ユキ、ユキ、ユキ、ユキ!!」
ユキのすぐ近くまで走り変身を解いたクィリナスは見つかる危険を省みず叫んだ。
腕に抱きしめるユキの体は燃えるように熱い。
「あれほど言っておいたのに、何故……」
クィリナスは震える声で呟き、見えない何かからユキの身を守るようにしっかりと両腕で抱きしめた。
***
ユキを部屋まで連れ帰ったクィリナスは冷たいタオルでユキの首筋を拭いた。
心地よかったのだろう、ユキの口から熱い吐息が漏れる。
よかった。少し落ち着いてきましたね。
クィリナスはいつの間にか暗い部屋の中に差し込んできた朝の光を見て夜が明けたことに気がついた。
その眩しさに目を細める。
『……ナス、クィリナス』
「気がつきましたか」
クィリナスが視線を窓からベッドに移すとユキが寝起きでややぼんやりとした瞳でこちらを見ていた。汗で頬に張り付いた髪をそっと払う。
『ここまで運んでくれたんだね。ありがとう。私、無茶するなって言われていたのにまた約束破ちゃった』
「お説教は治ってからです。だいぶ下がりましたが、まだ熱が高い。解熱薬を飲んだほうがいいと思うのですが」
『そうだね。効くかどうか分からないけど飲んでみようかな。実験室の薬棚、上から2段目にあるから持ってきてくれる?』
「えぇ」
クィリナスはユキが身を起こすのを手伝い、持ってきた薬を飲ませた。
熱のせいで手が震えコップを一人で持てないほどのユキにクィリナスは胸を痛める。
「意識も戻りましたし、少し辛いかもしれませんが姿現しで病院へ行きましょう」
『魔力が石化したせいだから病気じゃないわ。治せないと思うからホグワーツにいたい』
「治すにはマンドレイクの成長を待つしかないのですか?」
『そういうこと。今のところやれる事は食べて寝るくらいかな』
クィリナスは何もできないもどかしさを感じながらユキの手を握った。熱が手から伝わってくる。
『お腹減った』
「何か作ってきますよ。何が食べたいですか?」
『お肉』
「却下」
クィリナスは悲しそうな顔をするユキの頭をクシャリと撫でる。
「消化の良いものを作ってきましょう」
『ありがとう。クィリナスって優しいよね』
「愛する妻のため『今、何時だっけ?』
会話が遮られたことを少々残念に思いつつもクィリナスは懐中時計を取り出した。
「7時半です」
『授業までに熱下がるかな』
キッチンに向かいかけていたクィリナスだがユキの呟きを聞いて方向転換。
キョトンとしているユキに歩み寄り、目の前でパチンッと指を鳴らした。
あっという間にユキの体はロープで何重にも縛られる。
それだけでは足りないと思ったのかクィリナスは杖を出し、さらにユキとベッド括りつけ、最後の仕上げに縄が解けないように術を唱える。
『どS、ドS、ドエス!!』
「はぁぁ一体どこでそんな言葉を覚えてきたのですか」
抗議の声を上げたユキにクィリナスは心底呆れたため息をついた。
「影分身の4体目が石化され、気絶し、一晩中高熱にうなされていたのに授業をするですって!?影分身を出さないと約束したのは何だったのですか?廊下に倒れているあなたを見たとき、私がどのような気持ちだったか想像がつきますか?」
と強い口調で言い、厳しい目を向ける。
普段は優しく紳士的なクィリナスに厳しさと苦しさの混じった声、真剣さと辛さの混じる眼差しを向けられて、ユキはどれほど心配をかけたかがようやく分かった。
『ごめんなさい』
「私は謝罪の言葉が聞きたいのではありません」
そう言った後クィリナスは縄を解いた。
縄を解かれたユキはどうしたらよいか分からずベッドの中でただ身を小さくするばかり。
「……私がいくら怒っても、頼んでも聞くあなたではないですよね」
長い長い沈黙のあと、クィリナスは床に届きそうなため息をついてベッドに腰掛けた。
その顔には手のかかる子供を見守るような優しい笑み。
「今回約束を破ってまで影分身を出したのは新たに犠牲者が出たから。生徒を、ホグワーツを愛するあなたが犯人の手がかりを捜すために何かしらの行動をするだろうと予想していました」
『だから、私をすぐに見つけてくれたのね』
「予想より早く、しかも単独行動するとは思ってはいませんでしたが」
クィリナスは気まずそうに布団を顔まで引っ張り上げるユキの可愛らしい姿を見て衝動的に抱きしめたくなったが、 その衝動を抑えて代わりに白く華奢な手にそっと自分の手を重ねた。
「ユキ、あなたは私の人生。私の生きる希望。あなたの命は私より重い。私はあなたの望むもの全てを叶えたい」
情熱的な言葉に、下がりかけていたユキの熱は再び上昇。
クィリナスはその様子を楽しそうに観察しながら、さらに慌てさせるために手に口づけを落とす。
「……ユキのことです。外に出ないと約束したところで生徒の様子が気になって私の目を盗んで外へ出てしまうでしょう」
『そ、そんなことは』
「いいえ。ユキの行動ならお見通しです」
『え?何するの?』
ユキは杖先が向けられたのでまた縛られるかと思い身を固くした。
しかし、クィリナスが使ったのは別の呪文。
「どうせ無茶をするなら私の目の届く範囲にいて頂きましょう」
ヒュンと振り下ろされた杖。
自分の身を顧みないユキを守るためにクィリナスがとった対策は、ユキを良く知る彼にしか出来ない大胆なものであった。