第2章 純粋な猫
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19. バレンタイン
日差しが柔らかくなるにつれてホグワーツ城内にも明るいムードが漂い始めている。
この数ヶ月、新たな事件は起きておらず、2度目のマンドレイクの植え替えが近いとスプラウト教授が知らせたからだ。
黒髪、琥珀色の瞳の忍術学教師ユキは犯人の手がかりが掴めないことに不安を覚えながらも生徒たちがホグワーツらしい正常な学生生活に戻り始めたことを嬉しく思っていた。
『朝食に遅刻なんて、私としたことが!ってあれれ?』
クィリナスとの鍛錬を終えたユキは走り込んだ大広間の入口であんぐりと口を開けた。
壁は全て目がチカチカするようなピンクの花で覆われ、花が放つお世辞にも上品とは言えない香りが部屋に充満している。
ユキは口に入った花吹雪を取り出し手の中で燃やし、キツい匂いに鼻に皺を寄せた。
「ここ大広間、だよね?どうなってるの?」
『おはよう、ハリー。どうしてこうなったかは、あの人のせいじゃないかな』
ユキは眠たそうなハリーに教員席を見るよう視線で促す。
「僕、嫌な予感がするよ」
『同じく』
二人はうんざりだ、と顔を見合わせてからそれぞれの席へと向かう。
間違いなくこの大広間で一番黒いオーラを放っているスネイプを横目で見ながらユキが席に着くと ロックハートが前に進み出て言った。
「静粛に、皆さん。バレンタインおめでとう!」
ケバケバしいピンクのローブのロックハートは教員席からの冷たい視線に気づかずいつも通りの完璧なスマイル。
「今までのところ46人の皆さんが私にカードを下さいました。ありがとう!今日は皆さんを驚かせようと思いこのようにさせて頂きました。しかし、これだけではありませんよ」
パチンとロックハートが指を鳴らすと扉から小人が12人ゾロゾロ入ってきた。金色の羽とハープが無愛想な顔を余計に引き立たせている。
「今日は愛すべきキューピッド達が学校中を巡回してバレンタイン・カードを配達します」
ロックハートの不吉な宣言に一部の女子を除く全員の顔が曇る。
平安無事な一日にはなりそうにない。
「今日は授業よりもスネイプ教授に“愛の妙薬”の作り方を見せてもらってはどうです?フリットウィック教授は“魅惑の呪文”について誰よりもご存知とか!」
紙吹雪と格闘しながら朝食を食べていたユキはふと手を止めてスネイプを見つめた。
「何かね?」
『せっかくだから愛の妙薬の作り方見せてください。スネイプ教授お手製なら効果抜群!』
「舌を切られたいか?」
『あはは、冗談ですよ―――冗談ですって、わぁぁごめんなさい、ごめんなさいいぃ』
パンの入った籠を抱えながら大広間の出口を目指して走るユキの背中に閃光を放つスネイプ。
生徒たちは薬学教授の怒り具合に恐怖を感じながらも、一足先に大広間からの脱出に成功したユキに羨ましげな視線を送っていた。
***
朝食の席ではスネイプをからかって遊んだユキだが午後の授業前にはげっそりと疲れ果てていた。
授業中でも勝手に入ってくる小人たちが教室に乱入してカードを配り出すからだ。
加えて乱入してきた小人の多くが持ってくるのはユキ宛のカード。
天井に逆さにぶら下がって授業を進める教師とその真下で任務を果たせず恨めしそうにウロウロする小人の図はシュール。
面白光景をひと目見ようと休み時間の教室は生徒で溢れ大騒ぎ。
ひと時も地面に降りられないユキは心底迷惑な企画をしたロックハートへの恨みを募らせていくのであった。
『よし。授業おーわりっ。おつかれさまでした!』
今日最後の授業終了のベルが鳴る。
ユキはどの生徒よりも早く教室を出ていった。
小人たちは足が遅いのでついては来られない。
まだ人の少ない廊下を疾走して向かうのは厨房。
ストレス解消にヤケ食いしようと考えている。
しかし、
『気持ち悪い』
冷たい大理石の床にうつ伏せに伸びてしまった。
石化事件以来、大食いでエネルギーを補給しているユキは今日の昼食を抜いたことで空腹により目が回ってしまったのだ。
「ユキ先生、どうなさったのですか!?」
ユキが顔を横に向けると地下から上がってきたばかりのスリザリン生達と目があった。
慌てて駆け寄ってきたスリザリン生たちはユキの周りに屈み込む。
『ドラコ、授業終わったの?地下ってことは魔法薬学?』
「はい。授業は課題を提出した人から順に終わりになりました」
『おぉ、優秀、優秀』
「ちょっと!何呑気に話しているのよ!」
玄関ロビーにキンと響く声。
ユキに褒められて頬を赤らめているドラコを咎めるような目で見るのは同じくスリザリン生のデリラ・ミュレーだ。
地下階段から上がってきたばかりの彼女はクラップとゴイルを押しのけてユキの目の前にやってきた。
「ユキ先生ったら真っ青じゃない!パンジー、すぐにスネイプ教授を呼んできて」
『今起き上がるから』
「そんな体じゃ医務室までたどり着けません。大人しくしていてください。行って、パンジー」
「う、うん」
パンジーはあっという間に地下牢教室へと続く階段へと消えていった。
その場のスリザリン生は意外な人物の言葉に固まったまま。
今まで散々ユキの悪口を言っていたデリラがユキを気遣っているのが信じられないのだ。
影分身が石化されてユキが弱っている事を知っているデリラは少しでも楽になるようにとマントで枕を作り、背中をさする。
その様子を見た周りのスリザリン生は、何がきっかけかは分からないがデリラが心からユキを心配している様子を見て嬉しく思うのだった。
『しまった。あいつらに見つかった』
心底嫌そうな顔をしたユキの視線を辿ったスリザリン生たちからも重いため息が漏れる。
ロビーを横切りこちらに近づいて来るのはロックハートが放った例の小人達。
床に倒れたまま起き上がれないユキは逃げることができない。
やって来た小人たちはユキの手を掴んでどこかへ引っ張っていこうとする。
それを阻止しようとするスリザリン生が引っ張るのはユキの両足。
『この体勢懐かしい』
両側から引っ張られて宙ぶらりんのユキは一年ほど前にも似たようなことがあったと呑気に記憶を辿る。
「生徒さんたち、手を離してください」
キーキー声の小人。
「あなた達こそ離しなさいよ」
ユキの足を思い切り引っ張るデリラ。
「お連れしなければ、お連れしなければ」
「ユキ先生をどこに連れて行く気だ?」
「Mr.ロックハートの元へ!ユキ・雪野をお連れしなければ!」
『ひいぃ。ちょっ、スリザリン生!小人との綱引きに勝ったら10点上げるわ!』
教師としてはアウトな発言だがロックハートの名を聞いたユキは必死。
小人を振り払おうと両手をバタバタと振る。
徐々に人が増えてきた玄関ロビー。
授業終わりの生徒たちは小人とスリザリン生による綱引きならぬ忍術学教師の引っ張り合いをただただ困惑して見つめるばかり。
「アクシオ」
『え、アクシオ?』
疑問符を頭に浮かべたユキが感じる浮遊感。
そういえば、これも前にあったと思いながら体は宙を飛んでいく。
『うわあっーーーナイスキャッチ!』
ストンと着地したのはスネイプの腕の中。
ユキは呆れ顔の救世主にとびきりの笑顔を向けた。
「倒れたと聞いたが、我輩の寮生を巻き込んで何をしていたのかね」
『小人に拉致されそうになっていたのを守ってもらっていました』
「拉致?」
近づいて来る小人を見たスネイプはストレートに嫌悪感を顔に出す。
今日一日、彼も他の教師たちと同じく迷惑を被ったのだ。
「その方を離してください。お連れしなければ!」
「Mr.ロックハートのもとへ連れて行かなければいけない」
「ほう。こいつらは君をロックハートのもとへ連れて行こうとしているわけか」
『え?待って。その顔何?まさか私を小人に引き渡すつもりじゃないでしょうね?』
「君が小人から逃げ回っている間ホグワーツは静かになる。夕食くらいゆっくり食べたいからな」
『私を生贄にする気!?』
「尊い犠牲だ」
『鬼!!絶対離れないんだから!!』
「っやめろ!抱きつくな」
落とされまいと両手を首に回して抱きついてきたユキの行動にスネイプは心を大きく揺らした。
スネイプと同じくらい動揺したのは周りの生徒だ。
ロビーや階段の上から二人の様子を見ていた生徒の歓声や失望の声が玄関ホールに響く。
「離したまえ。は・な・せ!」
『い・や・で・す!』
周りから好奇の視線を浴びて、取り敢えずユキを地面に下ろそうとするスネイプだが体から引き離そうにも離れてくれない。
それどころか首に回っているユキの手の力は増すばかり。
「く、はな・・・」
『私だって心置きなく夕食を食べたいですよ。朝は料理に紙吹雪、昼は食べられなかったし、夕食まで食べられなかったら私、耐えられません』
「わかっ、た。どうにか……する(首が絞まる)」
『本当ですか!?』
「あぁ、だ、から離せ。苦しい」
『あ、ごめん』
ユキの力が緩みスネイプは大きく息を吸い込んだ。
顔色が悪くなっていく薬学教授を本気で心配し始めた生徒たちからもホッと安堵の息が漏れる。
スネイプはローブから取り出した杖を無言でブンと振った。
『ん?静かになった』
急に小人たちの声が聞こえなくなったユキは振り返り、辺りを見渡して目を丸くした。
小人たちが酔ったように千鳥足になってフラフラしていたからだ。
『一体何を……』
「心配ない。軽い錯乱呪文だ。明日になったら解いてやろう」
自分の仕事を忘れた小人たちは首をひねりながらどこかへ歩いて行ってしまった。
迷惑な小人に困っていたのは生徒も一緒。スリザリン生をはじめ、他の寮生からも感謝の拍手が沸き起こる。
ユキも腕に抱かれたまま、スネイプに飛び切りの笑顔を向けて機嫌よく手を叩く。
『これで夕食は静かに食べられそう。感謝、感謝だわ』
「それでは、その感謝を態度で示してもらおうか」
ニヤリと意地の悪い笑みにユキの笑顔が固まる。
『嫌な予感。お、下ろして。たすけてー!』
生徒たちはスネイプに抱かれながら地下室へと消えていくユキに哀れみを覚えながらも無情に手を振るのだった。
***
一難去ってまた一難。
私は今、スネイプ教授に抱かれたまま地下へ下っている。
彼の表情を見ればこれから自分に何が起こるか予想はつく。
また私を試薬品の実験台にするつもりだろう。
確かに私の体は強い。
それにスネイプ教授の作る魔法薬は大きな失敗がないので安心して飲める。
では何が嫌かというと体中の毛がハリネズミの毛になる薬や風船のように膨らんでプカプカ体が浮くような変な薬を飲まされるから嫌なのだ。
『たまには自分で』と言ったが「それを飲むなら芋虫を生きたまま飲んだほうがましだ」と真顔で言われた。酷い男だ。
『おじゃましまーす』
腕に抱かれたまま部屋に入る。
実験室ではなく私室に通されるのは珍しい。
スネイプ教授は私をソファーに慎重に下ろしてくれた。
『ありがとう』
「紅茶でいいかね?」
『うん』
青い薔薇の絵が描かれた優雅なティーセットが飛んでくる。
踊るように動くティーポットが紅茶を注ぎ目の前に飴色の紅茶が着地した。
上品な甘さの紅茶にほっと吐息を漏らした瞬間、気が緩んだのかお腹がぐ~っと情けない音を鳴らした。
『笑い堪えているのバレバレですよ』
「あぁ。クク、すまない」
横を向いて口元を押さえていたスネイプ教授は少しバツの悪そうな顔をして杖を振った。
途端に目の前のテーブルの上に料理が現れる。
『これは?』
「屋敷しもべ妖精に雪野の分の昼食を残しておくように頼んでいたのだ」
『わざわざ頼んでくれていたなんて……嬉しい。ありがとう!』
「さぁ、冷めないうちに早く食べるといい」
『うん。頂きます!』
テーブルいっぱいに並べられた料理を頬張る。
料理がテーブルから消えるのにつれて体の調子が戻っていくのが分かる。
最後のサンドウィッチを飲み込むと満足の息が口から漏れた。
「いい食べっぷりだ」
対面に座っているスネイプ教授と目が合う。
優しい色をした瞳に見つめられて、くすぐったいような気持ちになる。
「体は元に戻ったかね?」
『えぇ、完全に戻ったみたい。やっぱり食べないとダメね。動けなくなるなんて情けないわ』
「……少し待っていろ」
スネイプ教授はそう言って奥のドアへと消えていった。
暫くして戻ってきた手には綺麗な包装紙に包まれた箱。
「これを君に」
『もしかしてバレンタインのプレゼント?』
「……バレンタインを意識したわけではないのだが」
『開けてもいいですか?』
「あぁ」
開けられた箱を覗き込む。
中に入っていたのは沢山のお菓子。クッキー、タルト、チョコレート、ビスコッティ、マカロン、キャンディ。
色とりどりで可愛らしく、見ているだけでウキウキしてくる。
『嬉しい。綺麗だわ。宝箱みたい!』
「そこまで良い物ではないが空腹で倒れそうになった時に食べるといい」
『大事に食べますっ』
「持ち歩けるように縮小呪文をかけておこう」
スネイプ教授が杖で触れると箱は片手に乗るくらいの大きさになった。
可愛らしい包を受け取る。私の体調を気遣ってくれるスネイプ教授の優しさを感じて胸の奥がじーんと熱くなる。
『ありがとう』
心にかけてくれる人がいるということは何て幸せなことなのだろう。
ありったけの感謝を込めてお礼を言う。
『そうだ。私からも渡すものが……私のはただのカードだけど』
袂から取り出したカードを渡す。
スネイプ教授は一瞬驚いた表情をした後、受け取ってくれた。
『去年、バレンタインにカードを送る風習があると聞いて書いてみました。私は文章が下手だから読み上げられたら困るし、小人に託す気にはなれなくて』
「開けても?」
『封筒を開けるだけなら。カードは恥ずかしいから私が帰ってから読んで下さい』
スネイプ教授が長い指で封を切るとかけていた魔法が発動した。
封筒から飛び出した白い光が天井近くでポンと弾ける。優しい香りとともにくるくる舞い降りてくるのは薄紅色の花弁。
「美しい花だな」
スネイプ教授が手のひらで消える花弁を見ながら言った。
『桜です。この花が咲くと春の訪れを感じます』
薄暗い部屋に舞い散る桜は幻想的。
私たちは最後の一片が消えるまで、ただ静かにその様子を見つめていた。
『私、桜並木の下を歩くのが好きでした。桜吹雪の中を歩くと雲の上を歩いているような気分になるんです」
「さぞや美しいであろうな」
『いつか一緒に見に行きましょう。咲いている場所を探しておきます』
「では、楽しみにしていよう」
桜の何倍も魅力的なスネイプの優しい微笑み。
夕食までの時間、ユキは頬を桜色に染めてこの幸せな時間を楽しんだ。