第2章 純粋な猫
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18.小旅行 後編
席へと急ぐ観客に混じってユキはスネイプに手を引かれながら席へと向かっていた。
『……Mr.グライド・チェーレン』
ボソリと呟くユキに斜め前を歩いていたスネイプは冷たい視線を投げかける。
手をつないで歩いている時に思いを寄せる女性が他の男の名前を口にするのは面白くない。
「あの男が気になっていたのであれば連絡先でも聞いておけば良かったであろう。今からでも戻れば彼に追いつくと思うがどうするかね?」
ユキは何故刺々しい声でそのようなことを言うのか不思議に思いながら口を開く。
『試合が始まるのに戻るなんて嫌ですよ。旅行中は教師も忍者もお休み。日頃の憂いも今日と明日は忘れて思いっきり楽しみたい。厄介事に首を突っ込むのはごめんです』
「厄介事?」
想像していた答えとは全く違う返答。
今度はスネイプが頭に疑問符を浮かべる。
『私はMr.チェーレンの前でスネイプ教授の名前を出しませんでした。それなのに彼は顔を見て直ぐわかったみたいですね。スネイプ教授を知っていたのは魔法薬学の論文を読んだから?ホグワーツの教授だから?』
ユキは獲物を狙うように琥珀色の目を細めた。
スネイプはその横で先ほどの会話を思い出している。
Mr.チェーレンは名乗っていたが、自分は名乗っていない。
魔法薬学を研究しているものならば自分の論文を読む者もいるだろうが、闇祓いが英語の論文をわざわざ読む必要はない。
それに、外国の教授の顔まで知っているとは思えない。思い当たるとすれば……
「職業柄、我輩の過去を知っていたのかもしれんな」
ユキはスネイプの視線が左腕にいったのを見て『あぁ』と小さく納得の声をあげた。
「我輩といたことで君が何者かブルガリアの闇祓い達は調べるであろうな」
『調べたければ調べたらいい。ですが、ブルガリア闇祓いも“抜けた人”よりも“抜けてない人”に気をつけて欲しいものです』
ユキは両手を重ねて狼を作ってみせ、声を出さずに口を動かした。
「あの男に会ったのか!?」
ユキの口がグレイバックと動いたのを見てスネイプは背筋を凍らせる。
フェンリール・グレイバックと言えば闇陣営の中でも残忍で獰猛な性格で有名だ。人狼は人を噛む権利があるという危険な考えを持ち、人狼と死喰人を増やすことに使命感を抱いている。
「人攫いとはあいつの事だったのか?何処で会った?まさか戦ったのか!?」
『ブルガリア魔法省の人たちが人攫いを逮捕した時に野次馬が集まったんです。その中にいました』
「あの男は君に気づいていたのかね?」
『思い切り睨まれましたよ』
ユキに関する予言は既に闇陣営の者たちに広く知られてしまっている。
スネイプは唇を噛み締め、踵を返し来た道を戻り始めた。
『ちょ、ちょっと!どこ行くんですか?客席はこっちですよ?』
「他の者も来ているかもしれん。帰るぞ」
『い、嫌ですよ!』
ユキは繋がれていた手を両手で引っ張り、足を突っ張ってブレーキをかける。
『昨日は眠れないくらいとってもとっても楽しみにしていたんです。帰るなんてぜーったいに嫌ですからね」
「よく考えろ。君を狙う者が観客の中に紛れているかもしれんのだぞ」
『あの男に会ったのは偶然です!私は旅行に行くことを誰にも言っていません。スネイプ教授はどうですか?』
「誰にも言ってはいない。確かにあの男と会ったのは偶然の可能性の方が高いが……」
『きっと別の目的で来たんですよ。姿を見せるなんて私に逃げろって言っているようなものじゃないですか。それに今日は満月じゃありません。今頃どこかへ消えていますよ。ね?』
ユキはここぞとばかりに安全であると畳み掛ける。
『さっきみたいに勝手な行動はしませんから。どうしても観たいんです。帰るなんて言わないで下さい』
どうしてもクィディッチがみたいユキは手を合わせてお願いする。
しばらく腕を組み、難しい顔をしていたスネイプだが熱心に頼み込むユキの姿を見て諦めたように息を吐いた。
言い出したら聞かないユキの性格。
これ以上帰ると言ったら試合が終わるまで大勢の観客の中に身を隠してしまいそうだ。
それなら自分の目の届く範囲で大人しくしてもらっていたほうがいい。
「次に勝手をしたら失神呪文をかけるからそのつもりでいたまえ」
『やった。クィディッチ観戦だー!!』
子供のように頬をほころばせて手を叩いて喜ぶユキを見て、スネイプも自然と優しい笑みを浮かべていた。
試合開始が近づく超満員のスタジアムは大いに盛り上がっていた。
ユキはスネイプに連れられて予約されていた席に着く。
『わぁ!競技場がよく見えるわ。良い席をとって下さったのですね。ありがとうございます』
席は競技場全体を見渡せる最高の場所、特等席。
なんと小さなボックス席になっている。
柔らかく座り心地の良い椅子で床には絨毯。
手すりに両手をついてピョンピョンと飛び跳ねるユキを見てスネイプはチケットをとって良かったと心の中で思う。
『見てください。ハープが沢山並んでいますよ』
ユキは目を輝かせ、座っているスネイプを振り返る。
競技場に一番近い席にはハープを持った魔法使い、魔女が座っていた。
「応援団のハープ演奏が有名なチームなのだ。試合前に聴くことができるだろう」
立ち上がってユキの隣に並んだスネイプが言う。
下を見ると、こちら側は英国サポーターが多いようでエメラルドグリーン一色。
観客達は緑地に黄色い文字でKと書かれた旗を振っている。
競技場を挟んだ反対の客席はブルガリアサポーターが多く深紅一色。
望遠鏡で覗くとアイルランドサポーターが身につけているスカーフに描かれたライオンが動いているのがみえた。
『行商人から帽子を買っていたのを忘れていたわ』
ユキはショルダーバックから三葉のクローバーが飾られた帽子を取り出しかぶった。
帽子に飾られた三葉のクローバーがキラキラ光りながら躍る。
『はい、どうぞ』
差し出された帽子。
「確認させてもらうが……我輩に、この帽子をかぶれと言っているのかね?」
口元をヒクつかせ、ボロ雑巾でも見るような目で帽子を見つめるスネイプ。
それとは対照的にユキはご機嫌な笑顔。
『オシャレはチャレンジ。新しい自分を発見しちゃいましょうよ!』
「意味がわからん。そんな馬鹿げた帽子かぶってたまるか」
『スリザリンカラーだし違和感なくかぶれると思いますよ』
「違和感大アリだ!」
押し問答の末にスネイプ用の帽子はショルダーバックの中にしまわれた。
ユキが広告塔に目を奪われているうちに周りのボックス席も徐々に埋まってくる。
耳を澄ませると右も左も話されているのは違う言葉。英国、ブルガリアだけでなく色々な国から観戦に来ているらしい。
「セブルスではないか」
振り返ったスネイプは、斜め後ろの席に座っていた銀髭のひょろりとした男性、イゴール・カルカロフが歩み寄ってきたのを見て眉間に皺を寄せた。
「君がブルガリアまでクィディッチを観に来るとは意外だな」
スネイプは再会の握手をしながら、自分の過去を知る元・死喰人のカルカロフの目にユキが触れないよう背中に隠す。
しかし、そんな思いを露も知らないユキは英国以外の魔法使いに興味津々。
スネイプの背中からひょっこりと顔をだした。
「おぉ。可愛らしいお嬢さんと一緒だったとは驚きだ」
早速カルカロフの注意を引いたユキを見てスネイプは諦めのため息をつく。
「こちらはホグワーツの忍術学教授、Ms.ユキ・雪野です。今日はMs.雪野に魔法界に慣れてもらうため試合を観に来ました」
スネイプは不思議そうな顔をして口を開こうとするユキを目で制す。
「はじめまして、Ms.雪野。お噂は聞いておりますぞ。何でも異界から魔法界に来られたとか……」
『えぇ。ですが、自分の力ではなく無理矢理飛ばされて来たのです。帰る手段がなく困っていたところ、ダンブルドア校長に声をかけて頂きホグワーツで働かせて頂いております』
「それはご苦労をされたのですね。あぁ、申し遅れました。私はイゴール・カルカロフ。ダームストラング専門学校の校長を務めております。よろしく」
握手をするカルカロフは笑顔だがユキは好きになれなかった。
良い人間を演じているように見え、裏表がありそうに思える。
「我が校はイギリスでは闇の魔術と呼ばれる魔法に力を入れている珍しい学校なのですよ。忍術学はどうやら闇の魔術に近い性質を持っているように思えるのですが、どうお考えですかな?」
闇の魔術について堂々と話すカルカロフにユキは驚く。
ダームストラングはホグワーツと違い、闇の魔術にも積極的な学校のようだ。
『忍術学は魔力のコントロールを学ぶ科目です。私は闇の魔術に近いとは思っておりません』
ユキは内心、忍術は闇の魔術に似ていると感じているので心が穏やかではない。
しかし、よく訓練された作り笑顔を浮かべながら探るようなカルカロフの瞳を真っ直ぐに見つめ返す。
「ご存知とは思いますが、ホグワーツは闇の魔術について教えない方針になっております。忍術も同様。闇の魔術ではない」
落ち着いたスネイプの声にユキの緊張が解れる。
カルカロフは口惜しそうな表情をしていたが、はっきりと闇の魔術ではないと言われてそれ以上の追求は諦めたらしい。
自分の後ろに立つ少年を振り返り、近くに来るよう手で合図した。
「我がダームストラング自慢の生徒を紹介しよう」
「ビクトール・クラムです」
礼儀正しく頭を下げる少年は制服姿。年齢は上級生あたりだろうか。
ユキとスネイプはなぜ生徒がここにと顔を見合わせた。
「このクラムはシーカーで近々ブルガリア代表チームの入団テストを受けることになっているのです」
『まだ学生なのにプロのテストを受けるなんて、優秀なシーカーなのね。凄いわ!頑張って』
手を打って、顔を輝かせて素直に感心するユキの姿を見てクラムはポッと顔を赤らめ、訛りのある英語で「頑張ります」と言って、恥ずかしそうに俯いた。
初々しい姿に空気が和んだところでアナウンスが入る。
観衆から爆発音のような歓声があがり、何千という国旗とチームの旗が振られる。
広告塔の広告が消えて
ブルガリア 0 アイルランド 0
の表示に変わった。
ユキは何一つ見逃すまいと目を皿のようにして競技場を見つめる。
各国から連れてこられた魔法生物にハーモニーが崩壊した応援歌、選手紹介、そして白熱した試合。
声が枯れんばかりに叫んで応援し、スーパープレイに歓声をあげ、ポールに衝突した選手を見て悲鳴をあげる。
試合は1時間半ほど続き最後はアイルランドのシーカーがスニッチを掴んで勝敗を決めた。
***
私とスネイプ教授は大勢の人に混じって競技場を出た。
興奮冷めやらぬ観客たちが試合、プレーについて熱く語っているのが聞こえてくる。
『わっ、わわわ』
目の前に肩を組んで応援歌を歌っていたアイルランドサポーターが立ちふさがった。
どうにか抜け出すが、今度はブルガリアサポーターの一団に飲み込まれてしまう。
このままだとまた迷子。
スネイプ教授の黒い背中が遠ざかっていってしまう。
周りは私より背の高い人ばかりでなかなか前に進めない。
地面に四つん這いになりながら足元をすり抜けて前に進み、人が少なくなったところで立ち上がるとようやくスネイプ教授の姿が見えた。
スネイプ教授も私がいないことに気がついてくれたようで人の波に逆らいながら戻ってきてくれている。
『すみません。私またご迷惑うわっ』
後ろの人に押され、弾き飛ばされるように前につんのめってしまう。
「大丈夫かね?」
『どうにか……ありがとうございます』
気が付けばスネイプ教授の腕の中。
私は顔が赤くなっていくのを感じた。
「こちらへ」
スネイプ教授は私の手を取り、左肩にも手を回して私を引き寄せた。
「ボロボロだな」
『人に揉まれて、アハハ』
頭からずり落ちそうな帽子を直し、スカートの埃を払う。
距離が近くて緊張し、顔があげられない。
「疲れたか?」
『いいえ。だいじょうぶ』
「そうか。ホテルまでもう少しある。疲れたら言ってくれ」
エスコートされたまま先へと進む。
スネイプ教授が盾になってくれているおかげで歩きやすい。
10分ほど歩いたところで目の前にダイアゴン横丁のように賑やかな通りが現れた。
イギリスとは建物が違っていて面白い。
『ほわーあの建物なんですか!?』
スネイプ教授のローブを引っ張りながら指を指す。
ひときわ目を引く、金色のドームを頂く豪華な建物。
「今日泊まるホテルだ」
『えぇ!?あのお城に泊まるんですか!?』
驚きすぎて声がひっくり返る。
私の反応が面白かったらしい。
スネイプ教授に笑われてしまった。恥ずかしい。
ホテル“ヴォジャノーイ”のロビーに入る。
ロビー中央にある美しい女性の姿をした像。
水はないのに像の足元は水面のようにゆらめき七色の魚が泳ぐ。
「ホテルの名前、ヴォジャノーイは水の精霊だ。他の国ではウンディーネ、オンディーヌとも呼ばれている」
『綺麗な精霊……』
私の声が聞こえたのか、ヴォジャノーイ像は白いドレスの裾を手でつまみ優雅にお辞儀をした。
ベルボーイに案内され、フロントへ。
スネイプ教授が宿泊者名簿を書いてくれている後ろで周りをキョロキョロ。
面白いもの、見たことのないものがいっぱいだ。
ドーム型の天井には水中の生き物がモザイク画で描かれており、ホグワーツと同様絵の中を自由に泳ぎ回っている。
「ありがとうございます。シングルルームを二部屋ご予約のMr.スネイプですね。少々お待ちくださいませ」
バックドアへと消えたフロント係だが、慌てた様子ですぐに出てきた。
フロントにいる別のフロント係と宿泊者名簿を見ながら話しこんでいる……何かあったようだ。
「Mr.スネイプ、大変申し訳ありません。ご予約頂いておりました二部屋がご用意出来ておりませんでした」
驚いてスネイプ教授と顔を見合わせる。
フロント係は申し訳なさそうな顔で「こちらの手違いでシングルルーム二部屋予約するところをツインルームを予約しておりました」と言って頭を下げた。
『他のホテルを探します?』
「クィディッチの観客が大勢来ている。今から他のホテルの空き部屋を探すのは難しいだろう」
困ったことになった。
『二人で一部屋ってことですか?』
「もちろん、お部屋はグレードアップさせて頂き、スーペリアルームをご用意致します。このお部屋にお泊り頂けますでしょうか」
「そういうわけには―――」
『私はいいですよ』
私の答えを聞いたフロント係はホッとした顔でバックドアへと消えた。
一方のスネイプ教授は驚いた顔でこちらを見ている。
私は任務中、他の忍と枕を並べて寝ていたので誰かが隣に寝るのは気にならない。
「君はここに泊まりたまえ」
スネイプ教授は軽くため息をついた。
『君は?スネイプ教授はどこへ??』
「我輩は他のホテルに空きがないか探す」
『どうしてですか!?』
スネイプ教授は一人じゃないと寝られないタイプなのだろうか。
「どうしてもだ!」
少々苛立たし気に言い返される。
『私と同じ部屋嫌だったのですね……気づかなくてすみません』
「い、いや、そういうわけではない」
『じゃあ、どうしてですか?私、寝相はいい方ですよ。いびきも歯ぎしりもしません』
「そういう問題ではなくてだな――はぁぁ」
スネイプ教授は頭を抱えた。
「前にも言ったかと思うが、男女が夜に同じ部屋で過ごすのはよくない」
子供を諭すような口調だ。
『でも、スネイプ教授は別、でしょ?』
前にスネイプ教授に言われた事を言うと、何故か手に負えないというように天井を見上げてしまった。
『他のホテルも満室だと思います。それに、私はスネイプ教授と同じお部屋で嬉しいですよ。今日の試合のこと、まだまだ話したりません』
せっかく旅行に来たのに一人で寝るなんてつまらない。
枕投げや、トランプもしたい。ベッドの上でお菓子を食べながらおしゃべりしたい。
熱心に見つめ続けるとスネイプ教授は先程よりも長いため息をついた。
「……わかった」
『一緒でいいのですね!やったー!!』
大きくガッツポーズしていると鍵を取りにいったフロント係が戻ってきた。
「お待たせいたしました。ご案内いたします」
「あぁ、頼む。いくぞ」
ベルボーイに案内されて、エレベーターに乗りこむ。
「ありがとうございます。それでは、ごゆっくりお寛ぎ下さい」
部屋に入り、スネイプ教授からチップを受け取ったベルボーイが退室していった。
扉が閉められた瞬間、駆け出す。
『わぁーお。すごく大きなベッド。ダーーーイブ!』
靴を脱ぎ捨て手前のベッドに飛び込む。
ふかふかで良い香りの布団。
普段は草履のため、慣れない靴で一日中歩き回った足には疲労が溜まっていたらしい。
心地よいまどろみを振り払って体を起こすとスネイプ教授と目があった。
「ディナーは最上階のレストランだ」
少々血色の良いスネイプ教授が目をそらしながら言った。
「今から行っても大丈夫かね?」
『私に食べられない時なんてないですよ』
「そうだったな」
私の答えを聞いてフッと笑むスネイプ教授についてレストランへと向かった。
***
『あー天国の味がした』
ホテルの最上階にあるレストラン。
騒がしいクィディッチサポーターもおらず落ち着いて食事を楽しむことができた。
雪野は料理が出てくるたびに小さな歓声をあげて、幸せそうに料理を頬張る。
デザートの時には彼女の好きなチョコレート菓子。フォンダンショコラは初めて食べる菓子だったらしい。
中から溶けでてきたチョコレートに嬉し泣きをしていて面白かった。
『スネイプ教授、よかったら先にバスルーム使って下さいね』
鏡の前で、すっかり灰色に戻ってしまった髪を観察しながら雪野が言った。薬の効果が切れたらしい。
「また薬を飲むのか?」
『灰色の髪に黄色い目は目立ち過ぎますから』
そう言ってカバンからアクシオで取り出した薬を飲み干している。
灰色の髪は見る見る黒髪に変わっていく。
やはり雪野の顔にはこの色が似合う。
風呂の準備をしていると背後でカチカチという音が鳴った。
振り向くと雪野がソファーに座って万眼鏡を操作している音だった。
『うん、うん。良く撮れているじゃない』
雪野が覗いていたのは行商人から買った録画できる万眼鏡。
ソファーに寝転び、夢中になって見ている。
子供のような無邪気な動きに自然と頬が緩むのを感じながらバスルームへと向かった。
『フフ、水も滴る良い男です』
バスルームを出て開口一番言われた言葉に固まる。
こちらの気など露も知らず雪野の意識は手に持っているパンフレットに移っている。
「君も入りたまえ」
『はーい』
素直に返事をした雪野はカバンから荷物を取り出し始める。
「これを見ても?」
『もちろんですよ』
笑顔で頷いてバスルームへ入っていく。
我輩は暖炉横のソファーに座り、先程雪野が見ていた万眼鏡を覗いた。
『よく撮れているでしょ?』
突然かけられた声に肩が跳ね上がる。
雪野がいつの間にかバスルームから出てきていた。
『いいお湯でした。飲み物も種類が沢山ある。どれにしよう』
顔を手で仰ぎながら雪野が向かったのはベッドの隣にある小さなバーカウンター。
色とりどりの瓶を楽しそうに眺めている。
「しばらくこれを借りてもいいかね?」
『いいですよ。もしかして、選手に見せるためですか?』
「あぁ。新しいメンバーになってまとまりがなくなってしまった。良いプレーを見せて士気を高めたい。作戦を立てる上でも参考になるだろう」
『フフ、生徒思いですね』
「これ以上我が寮の負けを見たくないのでね」
『スリザリンの次の対戦相手はどの寮ですか?』
「レイブンクローだ」
『ドラコも気になるし応援に行きます……ん??ん、ゴホッ』
「どうした?」
万眼鏡から目を離すと喉を抑えて咳き込んでいる姿が目に入る。
ソファーから立ち上がり、バーカウンターに置いてある雪野が飲んだであろう瓶を手に取る。
「これを飲んだのかね!?しかも半分しか残ってないではないか」
『喉が渇いていて。うぅ、喉が焼ける』
瓶からはハーブと強いアルコールの匂い。
雪野の一口の多さに半ば呆れながらラベルを見るとアルコール96度という数字が記されていた。
『目の前がぐにゃぐにゃしまふ』
「このように強い酒を飲めば酔っ払うのも当然だ」
普段は白い顔が今は紅潮している。
酔いが回って立っていられないのか雪野はストンと床に座り込んでしまった。
『スネイプきょーじゅが二人に見えまふ。分身の術みたいーー』
こちらを見上げる雪野はニコニコ笑って機嫌よく手を叩く。
「酔っぱらいは早く寝たまえ。立てるか?」
『立てるかだなんて私をだーれだと思ってるんですか?忍者の雪野先生ですよ。歩かなくたって、ベッドまでひとっ飛びーエイッ!』
「っ!?やめろ!」
止めたが遅かった。
機嫌よくジャンプした雪野は天井にぶち当たって床に派手な音を立てて落ちてしまった。
天井に凹みを作って落下した雪野は頭を振って立ち上がり、懲りずに2回目のジャンプをしようとしている。
これ以上、この石頭に飛ばれては天井が抜ける。
咄嗟に手を取り引き寄せると雪野は素直に腕の中に収まった。
『ん……あったかい……スー……』
「寝るな!」
我輩の胸に寄りかかったまま雪野は寝てしまった。
立ったまま寝られるなど器用な奴だ。
しかし、寝てしまったのだから仕方ない。
抱き上げて運び、ベッドに雪野をおろす。
『しゃむい、しゃむい』
「うわっ。何をする」
布団をかけようとした瞬間、腕を強い力で引っ張られる。
気が付けばベッドの上。
目線を下げると雪野が我輩の胸にぴったりと体を寄せ、満足そうな顔をして寝息を立てていた。我輩で暖をとるな、馬鹿。
「布団で暖まれ。これでは我輩の理性が持たない」
片手で布団を引っ張り上げ、我輩の服を持っている雪野の指を一本一本引き離す。
ようやく手が離れ布団から抜け出す。
『や……寒い……』
しかし、ベッドから脱出する前に背中から抱きつかれてしまった。
「すぐに温かくなる。我慢したまえ」
回された手を引き離し再び脱出を試みる。
『…………んー……スースー』
「っ!?」
急に体にずっしりとした重みがやってくる。
雪野の脚が体に絡みつく。
「お、起きろ、雪野」
慌てて引き離そうとするが、さらに手まで体に回される。
どうにか抜け出ようと試みるが雪野の馬鹿力のせいで体は紐できつく縛られたように動かない。
「はぁぁ勘弁してくれ……」
雪野はこちらの気も知らずスヤスヤと眠っている。
生殺しとはこのことか。
背中越しに伝わる規則正しい寝息を聞きながら我輩は一睡もできず、長い夜を過ごした。
***
『ん――……ふあぁ……ん?あれ、え……う、うわあぁぁぁ』
真っ暗な視界から目線をあげると飛び込んできたのはスネイプ教授の後頭部。
そして、すぐ自分が両手両足を絡みつけ、スネイプ教授にしがみついていることに気がついた。
『ご、ごごごごごめんなさい!』
「君は寝起きから騒がしいな」
体を反転させてこちらに振り向いたスネイプ教授が眠たそうな目で私を見下ろしていた。
『な、なんで、なんで、なんでー!?』
「なんでも何も我輩を一晩中抱き枕がわりにして熟睡したのは誰かね?」
『!?』
「覚えていないのかね?おかげで体中が痛い」
お風呂から上がって喉を潤そうとお酒に口をつけてからの記憶がない。
右手で左肩を揉むスネイプ教授を見て申し訳なさが込み上げてくる。
『ま、誠に申し訳ない……起こすか、逃げてくれたら良かったのに……』
「声をかけても起きなかったではないか。それに残念ながら我輩は君の馬鹿力から逃れる術を持っていないのでね」
『うぅ、ごめんなさい』
「すまないと思っているのならば償っていただこうか」
『へ?』
顔をあげるとニヤリと何かを企んでいる笑みのスネイプ教授。
「試したい新薬がいくつかある。君にご協力願うとしよう、雪野教授」
楽しかったブルガリア旅行。
しかし、私の休暇はこれからが本番のようだ。
┈┈┈┈┈後書き┈┈┈┈┈┈┈
毒ではない → 一気飲み