第2章 純粋な猫
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15.クリスマス・イブ
吹雪はおさまり、今は桜の花びらのような雪が緩やかに絶え間なく降り続けている。
降り積もった雪に陽の光が反射して燦めく中、休暇に入る生徒を見送るために駅に来ていた。
『みんな良いお年を!』
「先生も楽しいクリスマスをお過ごし下さい」
「ユキ先生、食べ過ぎないようにして下さいね」
『もー大声でそんなこと。シェーマス、休み明け覚えてなさいよー!!』
灰色の髪、琥珀色の瞳に変わったユキだったが生徒たちは驚かなかった。魔法薬なしで他人に変身できる忍術学教授である。忍術で外見を変えたのだと思い「似合っています」「髪の色ピンクにしたら?」などと声をかけてくるくらい。
以前より弱っているものの、元々人並み以上に魔力体力のあるユキは問題なく日常生活を送っていた。
賑やかな笑い声とともに汽車は出発していく。手を振る生徒たちの顔は家族に会える嬉しさと緊張感から解放された安堵感で明るい。
事件の影響からこのクリスマス休暇にホグワーツに残る生徒は極端に少ない。
休み明け、生徒が安心して戻ってこられる学校にできればいいのだけど。
ユキの外見の変化が石化の影響だとはっきり分かっているのはホグワーツの教師陣だけ。
ユキは教師たち、 特にスネイプとマクゴナガルから影分身の術禁止を言い渡されていた。
ちなみに心配されるのでスネイプから貰った指輪は外してしまっている。
白い雪の中に見えなくなったホグワーツ特急。
ザクザクと雪を踏んで城への道を歩いていく。
『っ!?』
誰もいないはずなのに背後に感じた気配にユキは振り返る。
『……猫?あら、あなた見たことあるわ。おいで。どうしてここにいるの?』
白い雪上にシナモン色の猫はよく目立つ。
ユキがしゃがんで手招きすると猫は軽やかに走ってきて腕の中に飛び込んできた。
生徒は一人一匹までペットを飼うことが許されている。時々、飼い主の元から逃げ出したペットが城の廊下を散歩しているのを見かけることがある。
『フフ。やっとだっこ出来た!ここにいるってことは汽車から逃げ出してきてしまったの?』
ユキが聞くと返事をするようにミャアと鳴いた。
アグーティータビーと呼ばれる特徴ある毛の模様は動くと被毛がキラキラと光って見える。
ゴールドの瞳、アーモンド形の目は黒でラインが引かれたように縁どられて大きい。
しなやかで筋肉質な体。毛並みも美しいアビシニアン。
顎を掻くと気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らした。
『久しぶりね。初めて会ったのもこの時期だったわね』
前年度の一時期、この猫を夜の廊下でたびたび見かけることがあった。
触ることはなかったが美しい猫だったのでよく覚えている。
今年度が始まってからは見かけなかったが、汽車に乗るのが嫌だったのか脱走したらしい。
『仕方のない子』
強くなってきた雪から守るように着物の袖を猫にかぶせるようにして城へと急ぐ。
念のため、城に残っている生徒の中に飼い主がいないか聞いて、いなければ冬休みの間部屋で飼えばいい。
以前からペットが欲しかったユキはご機嫌で廊下を進む。
「生徒の見送りに行っていたのか?」
『はい。みんな笑顔で帰って行きましたよ』
スネイプはユキに杖を振り髪や着物についていた雪を消し去った。
「その猫は?」
『駅で見つけたんです。もしかしたら、汽車から脱走してきたのかも』
スネイプを見た猫はグゥと喉の奥で低い音を鳴らした。
『残っている生徒の中に飼い主がいなかったら、休みの間だけ私がお世話してもいいですか?』
「好きにするといい」
スネイプはユキが猫を抱いて慈しむような目をして微笑んでいるのを見て、ユキが何かペットが欲しいと言っていたことを思い出した。
生徒の前では元気で明るく振舞っているが、実際は魔力体力が落ちている上、事件の事で神経を尖らせている。職員室では時折、青い顔で顔を歪める姿、厳しい顔つきで深く考えこんでいる姿を見たことがある。
そんなユキが一時的ではあるが癒しを与えてくれるペットを持つのは喜ばしい。
「夕食に生徒が集まってくるだろう。大広間に向かうとしよう」
『今年は本当に残る生徒が少ないですよね。スリザリンはどうです?』
「我が寮は2年生の三人と学校で試験勉強をする5年生と7年生が五人ずつ」
『グリフィンドールも去年より少ないとミネルバが言っていました。他の寮は?』
「レイブンクロー、ハッフルパフ共に残っている生徒はほとんどいない」
『雪合戦するには厳しい人数ですね』
「体調が思わしくないのであろう。無理な運動は控えたまえ」
『せっかくの冬休みだから遊びたいです』
「室内で知的な遊びをしてはいかがかな?」
『パイ投げとか?』
「どのあたりが知的か説明して頂きたいものですな」
『楽しい上に食べられる。痛っ』
得意げに話すユキの額をスネイプはピンと弾く。
腕に抱いていた猫も呆れたように大あくび。
大広間に入ったユキは早速残った生徒の中に猫の飼い主がいるか聞いたが、飼い主の生徒はいなかった。
夕食が終わり、紅茶を飲むユキの膝に猫が飛び乗って丸くなる。
「クリスマス休暇の間、ユキ先生がこの子の世話をするのですか?」
『そのつもり。ハーマイオニーはペット飼っていたっけ?』
「いいえ、いません。でも、3年生になったら両親に買ってもらう予定なんです。梟と迷ってたんだけど、この子を見て猫にしようって決めました!」
「その時はスキャバーズを食べないようにしつけてくれよ」
「大丈夫よ。悪さしない猫にするわ。名前は決めてあるの。クルックシャンクスよ」
『もう名前まで決めているのね。いい猫に巡り会えるといいわね』
ハーマイオニーはかわいい歯をちらりと覗かせて嬉しそうに笑った。自分のペットが欲しい。
この子を持ち主に返したらペットを買いに行こうとユキも心に決めた。
「その子名前は何にするの?あ、ごめん」
ハリーに背中を撫でられた猫はビクリと体を震わせた。
『ちょっとびっくりしたみたいだけど、大丈夫よ。名前はそうね……』
黄色い瞳がユキを見つめる。
『たんぽぽにするわ』
三人は不思議そうに首をかしげた。猫も不思議そうに首をかしげた。その動きが可愛らしい。
『よく道に咲いている花よ。見たことあると思うけど――オーキデウス』
たんぽぽの花を出現させると三人とも「あぁ」と納得の声を出した。
『この国ではたんぽぽ、と呼ばないの?』
「イギリスではダンディライオンと呼ばれています。意味はライオンの歯です」
『そうなの。強そうな名前ね』
普段は問題なく会話できるのだが、時々このようにユキの住んでいた世界と物の名前が違うこともあるから不思議だ。
『よろしくね、たんぽぽ』
たんぽぽはユキの顔を見て返事をするように鳴いた。
生徒が大広間から出て行ったら、職員総出で明日のクリスマスパーティーの最終飾り付けだ。
今年は事件のこともあり控えめにするのかと思ったが、「こんな時だからこそ楽しく賑やかに」と言いながらダンブルドアは天井に杖を振った。
『わぁ、綺麗!』
満天の星空が映し出された天井からチラチラと雪が降る。ユキの手に落ちた雪は優しい温かさを残して消えていった。
『素敵な魔法だわ』
「そうじゃろう、そうじゃろう、儂を尊敬しなさい。皆が崇めたたえ、敬い、歴代校長の中で最も偉大なこのダンブルドアをパパと呼ぶ名誉をユキに「雪野、手伝ってくれ」『はーい』おおいぃぃい!!!」
校長が大広間の真ん中で地団駄を踏んでいたがいつものことなので気にする教職員はいない。
ユキはスネイプとツリーの装飾を。フリットウィック教授は花や雪の結晶を繋ぎ合わせたガーランドで壁を飾っている。
ロックハートはもみの木1本を爆破して「ファンレターを書かなくては」と去っていった。
「少々やりすぎではないかね」
『フフ。生徒の驚く顔が楽しみです』
教師たちそれぞれがホグワーツの平和を願い、知恵を絞って飾り付けた大広間はまさに豪華絢爛。どんなに立派なお屋敷のパーティーにも負けはしない。
『おいで、帰るよ。一緒に私の部屋に行こう。寝床を作ってあげる』
呼ぶと猫はぴょんとユキの腕の中に収まった。
夜の挨拶をして各教授も自室へと戻っていく。
一緒に広間を出たユキとスネイプは地下牢教室へ下る階段の前でどちらともなく立ち止まった。
『猫の名前、たんぽぽにしました』
「もう決めたのか」
『飼い主は別の名前をつけているでしょうけど、名前がないと呼びにくいですから。ね、たんぽぽ』
ユキが名前を呼ぶと愛らしい声でミャアと鳴いた。
「返事をしているようだ。賢い猫だな。ところで“たんぽぽ”とはどういう意味だね?」
『こちらの言葉でダンディライオンだとハーマイオニーが教えてくれました』
「真心の愛」
『ん?』
「ダンディライオンの花言葉だ。他に愛の信託などという意味もある」
『スネイプ教授って意外とロマンチストですよね』
「馬鹿を言うな」
『石化した私に“慰め”の意味を持つ花を持ってきて下さった時も思いました。花に思いを込めて送るなんて素敵です。心が華やかな気持ちになって、温かくなって、嬉しかった』
「……そうか。気に入ったのならよかった」
スネイプはゴホンと照れ隠しに咳をした。
『花瓶に黄色いスイセンの花も入っていたのですが、あれもスネイプ教授ですか?』
マダム・ポンフリーは違うと言っていたが、もしかしてと思い聞いてみる。
「いいや、違う。花言葉を知っているか?」
『スプラウト教授から“私のもとへ帰って”だと聞きました』
「ロックハートでなければいいのだが……」
『私は一度もあの男のものになった覚えはありません』
急に声を固くして不機嫌な顔になったユキを見てスネイプはクツクツと笑う。
『笑わないでくださいよ。最近、どの教授も私にロックハートの相手を押し付けて困っているんですよ。たまにはスネイプ教授が相手をして下さい』
「断る」
『何かあったら助けてくれるって言ったくせに』
「本当に困ったら助けてやる。それまでは社会勉強だと思って頑張りたまえ」
『ひ、酷いー』
膨れっ面をするユキの頬に冷たい感触。
頬に添えられたスネイプの右手。
ユキが顔を上げると熱っぽく柔らかい光を宿した黒い瞳とぶつかる。
胸の奥が熱くなりユキの体は吸い寄せられるようにスネイプに引き寄せられていき、優しい薬草の香りに包まれて自然と目を閉じる。
腰に添えられた左手で引き寄せられ、二人の顔はゆっくりと近づいていく……
「ミャアアァァオ」
「っ!」
『たんぽぽ!』
腕に大人しく抱かれていた猫は二人の唇が重なる寸前にスネイプの頬を引っ掻いてフーっと毛を逆立てて威嚇の声を出した。まるで自分の主人を守っているようだ。
『大丈夫ですか?怪我は?』
「かすっただけだ。気にするな」
ユキは鼻に皺を寄せる猫を落ち着かせようと背中を撫でる。
先程までの甘い雰囲気は一気に消し飛んでしまっていた。
「……それでは、失礼する」
『あ……えぇ。良い聖夜を。おやすみなさい」
「君にも。おやすみ」
お互い背中を向けて、それぞれの自室に歩き出した二人の顔はほんのりと赤らんでいる。
スネイプは立ち止まり、歩き去って行くユキを見た。
あの不思議な感覚は一体……
ユキといると時折感じる甘く熱に浮かされた感覚。
スネイプは静かな廊下で高揚感を味わった。
***
自室に入ったユキは杖を振って暖炉に火をおこす。
橙色の温かな炎が室内を照らす部屋の中にはクリスマスツリーもある。
明日になれば去年のようにクリスマスプレゼントが来ると思うと心が躍る。
『寒かったでしょ。この部屋は中庭に面していて階段も吹きさらしだから雪まみれ』
杖を振りたんぽぽの雪を払ってから、自分の衣服も乾かす。
『暖炉の前のソファーの上にいてね。直ぐに温かくなるわ』
抱いていたたんぽぽをソファーに下ろして台所へと向かう。魔法で雪は落とせるが、体の中から温かくなるには飲み物を飲むのが一番だ。寝る前なのでノンカフェインのハーブティー。
たんぽぽには人肌に温めたミルクがいい。
こういう時に魔法は便利だ。
あっという間に準備が出来て、トレーに乗せて台所から出る。
『お待たせ。これで温まろうね』
「良い香りですね」
『きゃっあぁぁっ!』
トレーが床に落ち、カップが割れ、淹れたてのお茶とミルクが床にシミを作る。
「驚いた顔も可愛いです」
暖炉の前で暖まりながらソファーに座っていた男が微笑んだ。
『な、なんでここに?っていうか、どこから入ったのよ!』
猫のたんぽぽがいたソファーに座っていたのはクィリナス・クィレル。
わなわなと震えているユキを余所にクィリナスはサッと杖で壊れた食器を直し、こぼれた飲み物を消し去った。
「久しぶりに会ったのに、その態度は寂しいですよ」
『どうしてここにいるの!?』
「落ち着いて、暖炉で暖まりながら話しましょう。隣に来てください」
クィリナスは自分が座っている二人がけソファーの隣をポンポンと叩いた。
『嫌よ。先にどうやって入ってきたか話してちょうだい』
「ドアから入ったに決まっているじゃありませんか。さぁ、降りてきてください」
ユキは天井に逆さに張り付いて武器を構えて侵入者に警戒している。
扉にはユキにしか解けない忍の術で施錠をしているのだ。誰も開けられるはずがない。
「ユキ、無理矢理引きずり下ろされたいですか?」
クィリナスは真っ直ぐにユキに杖を向ける。声は優しいが笑顔が怖い。
冗談抜きで強烈な呪文を放ってきそうなので、ユキはクィリナスと十分に距離をとった床の上に着地した。
「はぁ。そんなに警戒しないで下さい」
『警戒するわよ。どうやって入ってきたの?言わないと手裏剣投げるわよ』
手裏剣を持ち、狙いを定めている様子を見てクィリナスは仕方ないといったように肩をすくめた。
『え、嘘!』
ユキは目を丸くした。
目の前のクィリナスの体は見る見る縮んでいき、あのアビシニアンの猫に変身したからだ。
ゴールドの瞳が悪戯っぽく光る。猫はみゃおとひと鳴きしてから元の人間の姿へと戻った。
『アニメーガス』
「そういうことです」
『全然知らなかった……ってあぁ!!じゃあ、一年前に私の監視をすり抜けたのもこの方法なのね』
賢者の石をクィリナスが狙っていると考えたユキは四六時中影分身で見張っていた。
しかし、何度か追跡に失敗してしまったことがあったのだ。今まで、どうやったのか聞いてもクィリナスは教えてくれなかったがようやく分かった。
「今日、ユキが猫の姿をした私を覚えていたときは驚きましたよ。校内をうろつく猫など沢山いるのによく覚えていましたね」
『綺麗な猫だったから印象に残っていたのよ』
「お褒めに預かり光栄です」
クィリナスはクスリと笑ってからお辞儀をしてみせた。
『それで、見つかる危険を冒してホグワーツに来た訳は?』
世間的には死んだことになっている上に、ホグワーツにいる全ての人に去年の賢者の石事件にクィリナスが関わっていたと知れ渡っている。
姿を見られ生きていることが知られれば魔法省、闇陣営から命を狙われることになり、校内で事情を知らない教授に見つかれば問答無用で呪文を放たれるだろう。
「理由は簡単。あなたが私との約束を破ったからです」
『何だっけ?』
首を傾げるユキを見てクィリナスの目が釣り上がっていく。
「私に石化の事を隠せると思っているのですか?!」
『げっ。なんで知っているの!?ダンブーにはあれだけ口止めしておいたのに!』
「あの狸はおだてたら何でも話しますからね」
『最低な校長だ』
「そう思っているのなら、この学校に未練はないですね」
『え?』
「とぼけるんじゃありません。石化が増えたら家に連れて帰ると言ったのを忘れたとは言わせませんよ」
『ダメ、ダメ、帰れないよ!』
ユキは天井から下りて後退し、棚の影に隠れる。
閃光が飛ぶ。ユキがぶら下がっていた場所に穴が開いている。
クィリナスはそれを見て舌打ちした。
『私が避けなかったら当たっていましたよ?』
「当たるように放ちましたから」
焦げた穴からシューシューと緑色の煙が上がっている。一体何の闇の魔術だろう。
聞くのが怖いので、聞かないでおくことにする。
「あなたに選ばせてあげましょう」
杖を弄びながらクィリナスが言った。
「服従の呪文をかけられるのと気絶して運ばれるの、どちらがいいですか?」
『呪文が極端すぎやしませんか?』
「ユキに生ぬるい呪文を使っても効かないですからね」
『酷い!こんなに可愛くて、か弱い、春の雪のように儚げな女の子に……ゴメンナサイ』
目の前を閃光が通り過ぎた。
『影分身は出さないと約束するからホグワーツにいさせて』
「副校長からユキの体調が良くないと聞いています。顔色はいつも悪く、食べる量も普段の何倍にもなっているそうですね。マンドレイクが成長して薬が出来るまで療養すべきです」
『心配かけて申し訳ないと思っている。でも、生徒たちの不安を軽減したいの。お願い。家に帰ったら私は後悔すると思う』
「校長にも“ユキが生徒を想う気持ちを優先させてほしい”と言われましたが、私は反対です。これはあなたの命に関わる問題だ。ダンブルドアはそのことを分かっていない」
『っ!!』
ユキは足元から現れた縄から逃れるために棚の影から出る。
二人の間に障害物はない。
クィリナスは厳しい顔つきで杖先をユキに向けている。
「降参しなさい。あなたを傷つけたくはありません」
しかし、ユキは無言で胸の前で手を組んだ。
「あくまで抵抗する気ですか。ですが、今の体の状態ではあなたに勝機はありません!」
クィリナスは杖を振った。
床や家具など木で作られたもの全てから蔓が生え、襲いかかる。
ムチのようにしなる蔓はユキが避けるたびに壁などにぶつかり荒々しい音を立てる。
呪文はそれだけではない。
部屋に飾ってある小物が毒々しい色の蜘蛛に変身し糸を吹き出しながら襲いかかる。
それらに加えてクィリナスは失神呪文を連続で放ち続ける。
『クィリナス、今からすることよく見ていて』
避ける一方で一度も反撃に出てこなかったユキからの言葉と笑顔。
「何を……」
反撃できないほど優勢だと思っていたのに、余裕の笑みと言葉を聞いてクィリナスは言葉を詰まらせる。
そして背筋に恐ろしい戦慄が走り、全身の血の気が引いていくのを感じた。
それはヴォルデモートを前にした時と同じような感覚。
抗う気力も失せるような圧倒的な力。
『手がかりさえ掴めない石化の犯人。私にはまだ力が残っている。私は生徒を守れるならこの身がどうなろうと構わないよ』
複雑に結ばれる印と長い呪文。
無数の赤い円が出現したかと思うと、目を開けていられないほどの光と熱風が部屋中に満ちる。
『私はちょっとやそっとで負けたりしない』
クィリナスは目の前で起こった出来事へのショックから呆然として立ち尽くしていた。
粉雪のように部屋中に充満している灰。
浄化呪文で明瞭になった視界に現れたユキの顔。
『私が怖い?』
ユキは何気ないように問いかける。
よく訓練された笑顔の仮面で
感情を読み取ることのできない瞳で
『自分でもよく分かっている』
何も答えないクィリナスを見て、ユキは自分に言い聞かせるように呟いた。
暗部の同僚でさえ恐れたこの力―――
化物……化物、化物――
自分が一番よくわかっている……
「あなたの幸せが私の幸せ」
沈黙を破ったクィリナスの声。
『え……?』
クィリナスはまだ恐怖で震えの残る手でユキの手を取った。
感情の読み取れない表情。
しかし、彼はユキの声から僅かに感じられた恐れと哀願を感じたのだ。
一人にしないで、嫌いにならないでと言われた気がした。
「私の願いはユキの幸せ。言ったはずです。ユキの傍で、ユキの役に立ちたい、と。どんな過去を持っていようと、これから先どんなあなたを見ようとも私は常にあなたの側にいます」
『クィリナス……』
「愛している人を怖いだなんて思いません」
クィリナスは思いを込めて強くユキの手を握り締めた。
ユキが固く閉ざそうとした心は破れ、受け入れられた喜びが溢れ出す。
強い魔力を持ったユキは幼い頃から恐れられ、時に疎まれた。年齢を重ねるにつれて、孤独と向き合わないようにするため固く心を閉ざしていった。
感情をなくすことで平安を得られたが、いつも心にしこりがあった。
誰かに受け入れられたい。
その気持ちはホグワーツに来てから日に日に膨れ上がった。同時に暗部時代の自分を知られる事を恐れ、人から拒絶される不安が募っていっていた。
化物と揶揄されてきた力を見ても受け入れてくれる人がいる。
琥珀色の瞳が潤んで涙が一筋流れ落ちていく。
「誓いましょう」
クィリナスは優しく涙を指で拭った。
「私はユキの下僕であり、友であり、家族です。あなたの意見と行動を尊重します。あなたがホグワーツに留まり生徒を守ると言うなら、このクィリナス・クィレルが全身全霊をかけてあなたを守ります。生涯ユキの傍を離れません」
ユキは引き寄せられてクィリナスの胸に顔を埋めた。
涙が静かに頬を伝っていき、幸福感が胸を締め付ける。
神経質な性格をあらわすような優しく骨ばった指がユキの顔に添えられ上を向かせた。
柔らかい光を宿した黄色い瞳と敬畏と愛情の混じった灰色がかった青い瞳の視線が交わる。
ユキの唇に落とされた軽いキス。
『な、え?キ、キ、キ!?』
ユキは潤ませていた目を驚きで大きく見開いた。
恥ずかしさで顔から首まで一気に紅潮していく。
「メリー・クリスマス」
クィリナスは口をパクパクさせる姿を見てクスリと笑ってから、宿り木の実を一つ摘んだ。