第2章 純粋な猫
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13. 続く事件
昼間だというのに薄暗い。
窓の外では灰色の雪が勢いよく吹き上がり渦を巻く。
明日からクリスマス休暇に入る。ユキはご機嫌で武器の手入れをしていた。
『あら。お客さんね』
時々止まる足音の主はこの部屋に来ることを迷っているようだ。
扉を開けると冷たい風が部屋に流れ込む。
階段を上ってきていたのはハリーだった。
『こんにちは、ハリー』
「ユキ先生、もしかしてお出かけですか?」
『あなたの躊躇いがちの足音が聞こえたから扉を開けてみたの。外は寒いわ。中に入って温まって』
ハリーの背中に手を回して部屋に招き入れる。耳と鼻が寒さで真っ赤になり痛そうだ。
ユキはハリーをソファーに座らせてから熱々の甘いココアを淹れて手渡した。
「ありがとう」
『どういたしまして。ところでハリー、何かあったの?』
落ち込んでいる理由は大体分かる。
ハリーは以前からスリザリンの後継者ではないかと噂されていた。
そして先日の決闘クラブ。皆の前でパーセルタングを話したことで噂はさらに過熱して今では「ハリーがマグル出身者を襲う」という噂まで聞こえ始めた。
『噂が気になる?』
なかなか話を切り出せないハリーに問いかける。
「先生も僕の噂聞いているんだね」
ハリーは表情を曇らせた。
「あの、先生も僕が蛇をけしかけてジャスティンを襲ったって思ってますか?」
『そんなわけないじゃない。蛇語は分からなかったけど、ハリーのことだもの。蛇にジャスティンを襲うなって言ってくれたんでしょ?』
「そうなんだ。僕はあの時、手を出すな、去れ、って言ったんだ。でも、皆は僕がジャスティンを襲わせようとしたと思ってる」
『困ったものね。ちょっと考えればハリーがそんなことするはずないって分かるのに。仲良くしてるロンとハーマイオニーは何て言ってるの?」
「あんな噂気にするなって。皆よそよそしいけど、ロンとハーマイオニーだけはいつも通り接してくれてるよ」
『いい友達を持って良かったわね』
そう言うと、ハリーはようやく微かな微笑みを見せた。
「先生は僕がグリフィンドールよりもスリザリンの方が合ってると思いますか?」
『どうしてそんなことを考えるの?』
「それは……」
言いにくいのか俯くハリー。
「ユキ先生、誰にも言わないって約束してくれますか?」
『勿論よ』
安心させるようになるべく柔らかい笑顔で微笑むとハリーは誰かに聞かれる心配でもしているように声を落として話し始めた。
「入学式の組分けの時に帽子に言われたんだ。僕には―――僕にはスリザリンに入る素質があるって」
『素質?』
組分け帽子の言葉を思い出す。
スリザリンはもしかして 君は真の友を得る
どんな手段を使っても 目的を遂げる狡猾さ
ユキは“まことの友”という言葉に強く惹かれていた。
もし、ホグワーツに入学できていたら……
「帽子は僕にスリザリンに入れば偉大になる道が開けるって言ったんだ。でも、僕はスリザリンに入るのが嫌だったからスリザリンにだけは入れないでって頼んだ」
ユキは考えながらゆっくりとココアを飲み、頭の中で慎重に言葉を選ぶ。
『素質はあったけど、あなたはスリザリンを選ばなかった。自分の意志でスリザリンに入ることを拒んだ』
「僕がグリフィンドールに入れたのは、素質があったからじゃなくて、僕が頼み込んだから仕方なく……」
『私は帽子が仕方なくグリフィンドール寮にしたとは思わないわ。確かにスリザリンに入る素質はあったのかもしれない。でも、ハリーはグリフィンドールの素質も十分に持っている」
「本当にそう思う?」
『一年前のことを思い出してみて。あなたは賢者の石を守るためにヴォルデモートに立ち向かった。勇敢なるグリフィンドール生じゃないとできないわ」
勇気あるものが住まう寮 勇猛果敢な騎士道
正義感が強くて時に無鉄砲。ハリーはグリフィンドールに合っていると思う。
『それにね、ハリー。私は帽子の意見を跳ね除けて別の寮に行きたいと願ったこと自体に価値があると思うの。帽子がグリフィンドールに入れたのではなくて、ハリー、あなたがグリフィンドールを選んだ』
何よりも大事なのは自分の心
『自分の未来は自分で選び取る。私は、その人が持っている素質の使い方で人生は大きく変わると思う』
ユキはハリーに話しつつも、半分は自分に言い聞かせるように話した。
未来は自分の意志でいくらでも変えることができる。
強い思いを込めて話すユキを見てハリーの不安が溶けていく。
「僕は誰がなんと言おうとグリフィンドール生だ」
その顔は自信に満ちている。
「僕、ジャスティンを探しに行くよ。蛇をけしかけたんじゃなくて、攻撃するなって言ったって説明してくる」
『それがいいわね。Mr.フレッチリーも分かってくれるわ』
「ありがとう、ユキ先生!」
抱きついてきたハリーをぎゅっと抱きしめる。
『どういたしまして』
すっきりした顔で部屋を出ていくハリーを見送る。
生徒の役に立てるのが嬉しい。教師冥利につきるというものだ。
ユキは扉を閉めて背にし、自分の手のひらを見つめた。
身体能力も、持っている魔力も強い。野生動物のように危険察知能力が高い。どれも、誰かに教わることなく自然と身についていたものだ。暗殺忍術に適した素質を生まれながらに持ち、使ってきた。
『この能力は生徒を守るために使う。大好きな人達の笑顔を守るためだけに』
ユキは開いていた手を握り、微笑んだ。
手に入れたこの幸せな日常を決して逃しはしない。
「あ、ハリーったら忘れ物」
ソファーの上には変身術の教科書。
きっと次の時間に使う教科書だろうからなくては困る。
ユキはすぐに教科書を持って外に出た。
『吹雪がおさまったら雪合戦したいなぁ』
ゴォゴォと音を立てて雪が吹き荒れる様子を見てつぶやく。
「そん時は俺も混ぜてくれ、ユキ」
『こんにちは。ハグリッド!』
ユキは頭巾をかぶって完全防寒しているハグリッドを見上げながら挨拶した。
『わぁ!それは今日の夕食?』
ハグリッドが左手に持っていた鶏を見て思わず歓声をあげる。
「いやーこれは、そのつもりじゃなかったが……美味しく食べてもらったほうがこいつも嬉しいかもな、うん」
『鳥の丸焼き、大好物なの』
「よ、よかったな」
ハグリッドは複雑そうな顔をした。
「実は狐か吸血お化けの仕業か知らんが、今学期になって二羽も殺られちまった。校長に鶏小屋を守る魔法をかける許しをもらわにゃいかん」
『そういえば、ハグリッドが魔法を使っているのを見たことないわ』
「あー俺はちょっと訳ありでな。普段、魔法を使うことを禁じられちょる。ところで、ユキが持っているのは変身術の教科書じゃないか?」
鶏に目がいって持っている教科書のことを忘れていた。
『さっき私の部屋にハリーが遊びに来ていたのだけど、教科書を忘れていって。ハリー見てない?』
「いんや。残念だが見てないな」
『ハリーたちの次の授業、変身術だから早く見つけないと』
「この大吹雪じゃ外には出らんねぇ。すぐに見つかるさ」
ハグリッドと別れてハリー探しを再開する。
『あ、しまった。入れ違いになったら困るじゃない』
ドアにメモでも残してくればよかった。
印を結んで影分身を二体出す。ポンと音を立てて、白い煙の中からユキの影分身が現れた。
指示を与えられた影分身は一体は自室へと二体目は変身術の教室へと歩き出す。
『Mr.フレッチリーを探しに行くって言っていたからハリーはハッフルパフ寮に行く可能性もあるわね』
ハッフルパフ寮の隣は厨房だ。
授業まで時間はあるし、ちょっと厨房に寄り道して午後のおやつを貰うのもいい。
考えると急に空腹を感じて、お腹がきゅるると鳴った。
「一日に何度食事をしたら満足するのだね?」
本体の私が地下への階段を降りかけたところで後ろから声がかかった。
いつも通り黒ずくめのスネイプ教授がニヤリと笑って立っていた。
『げっ。この時間授業じゃなかったのですか?』
「連日の大吹雪で梟便が届かず、授業用の薬材が足りなくなった。レポート課題を出して授業は早めに切り上げた」
授業を受けていた生徒たちはさぞや喜んだことだろう。と考えていると
「君のせいでホグワーツの食在庫が不足しないことを祈るとしよう」と失礼な言葉が降ってくる。
『お、お言葉ですが、私は厨房じゃなくてハッフルパフ寮に用があったんですよ!』
「では、我輩が聞いた腹の虫の音は空耳だったのですかな?」
『うぐっ』
聞かれていたとは思わなかった。
小さな音でもよく響く玄関ロビーを恨む。
『用事が終わったら、ほんのちょっとだけおやつのお裾わけを貰えたらいいなと思ってはいましたけど』
上から聞こえる声を抑えた笑い声に自然と口がとんがってしまう。
スネイプ教授には何かと恥ずかしい姿を見られてしまうことが多い気がする。
『それでは、私は急ぎの用事があるので失礼いたします』
少しツンとして言ってみた途端、またしてもお腹がきゅるると鳴った。
情けなくロビーに響くお腹の音にスネイプ教授はこらえきれず吹き出した。
あぁ、穴があったら入りたい。
自分の顔が赤くなっていくのが分かる。
穴はないけど地下に潜ってしまおうと、くるりと体を反転させて走り出す。
『ぬぁ!?』
急に体の動きが止まり、足がもつれて顔から床にダイブする。
手から滑り落ちたハリーの教科書が床を滑って離れていく。
『イタタ』
ジンジン痺れる膝小僧をさすりながら上体を起こす。
全身に痛みを感じる。
前にも経験したことがある痛み方だ。
「足がもつれるほど空腹なのかね」
スネイプ教授が呆れた声で言いながら、ハリーの変身術の教科書を拾い手渡してくれた。
差し出された手を借り立ち上がる。
「なぜ変身術の教科書を?」
『生徒の忘れ物です』
「わざわざ持ち主に届けに来たのか?生徒を甘やかし過ぎではないかね?」
『私、この時間暇でしたし』
「そうか。まぁ君のやり方に口はださん。勝手にしたらいい」
教科書を受け取ろうとしたが、手に力が入らない。
床に落ちた教科書。
スネイプ教授の顔色が変わる。
「顔色が悪い。どうしていつも平気なフリをするのだ」
咎めるような声とともに黒い腕の中に抱かれる。
ハロウィンの日と違って痛みがなかなか引いてくれない。ガクガクと膝が震えて立っているのがやっとの状態。
「支えてやる。我輩に体を預けろ」
耳元で響く優しい声に甘えてスネイプ教授の胸に体を預ける。
背中に手を回してしっかりと抱きしめられている。いつもの薬草の香り。
スネイプ教授に守られている安心感に浸る。
『もう大丈夫です。ありがとうございます』
しかし、いつまでも心地よさに浸っている場合ではない。
『ハロウィンの時と同じ感覚です』
「影分身を出しているのか?」
『二体。消せるかやってみます』
出している影分身を消すための術を唱える。
一体は消えて自室へと向かった影分身の記憶が頭に流れてきた。
しかし、二つ目の変身術教室へと向かわせた影分身は何度印を結び直しても消えてくれる気配がない。
『ダメです。一体消せない』
「影分身がどこに行ったかわかるか?」
『変身術教室に向かって――』
その時、上階から甲高い叫び声が聞こえてきた。
続いて教室のドアがバタバタと開く音。
「火事だー。廊下は火の海。襲われた、おーそわれた!おーそーわーれーたーーー!!」
玄関ロビーに響くピーブスの声。
『うっ』
走ろうとしたが膝から崩れ落ちる。
「馬鹿者。今しがた転んだのを忘れたのか?」
『すみません』
「ここにいろ。我輩が様子を見てくる」
『だけど』
立ち上がろうとしたが押し止められた。
「絶対に動くな。一歩でも動いたら承知しませんぞ」
黒い背中は飛ぶように階段を駆け上っていく。マントのはためきが大きなコウモリを連想させた。
***
自室へと向かっていたユキの影分身はふと足を止めた。
「ハグリッド、こっちまできたのかしら」
鶏小屋とは離れた場所にある廊下に落ちていた羽を拾い上げる。血で赤く染まった羽。
ユキは不思議に思いながらも手の中で羽を焼失させる。
「これは、ユキ先生。こんにちは。ご機嫌いかがですかな?」
「こんにちは。ユキ先生」
廊下の角を曲がるとハッフルパフのジャスティン・フィンチ-フレッチリーとほとんど首なしニックが談笑していた。
「大吹雪で薬草学が休講になったんです」
「休み前最後の授業なのに残念ね。ところでジャスティン。ハリーにはもう会った?あなたのことを探していたのだけど……」
ユキがハリーの名前を言うとジャスティンの顔が不安げに曇った。
やはり、ハリーのせいで蛇に襲われそうになったと考えているらしい。
「決闘クラブの日、ハリーがあなたに蛇をけしかけようとしたと考えているなら違うわ。あなたの知っているハリーは友達を襲うような子かしら?」
「僕もMr.ポッターがそんなことをするはずないと思うんだ。でも、実際に蛇は僕に向かってきたから」
「怖い思いをしたでしょうからハリーを疑う気持ちは分からないでもないわ。だけど思い出してみて。ハリーが何かを話しかけたことで気が立っていた蛇が大人しくなった。私には蛇からあなたを守ろうとしているように見えた」
「ハリー・ポッターは正義感の強い優しい子ですよ」
ニックが学校のハロウィンパーティーではなく自分の絶命日パーティーに来てくれたことを思い出しながら言った。
「同じ寮の友達からMr.ポッターは一緒に暮らしているマグルの家族を憎んでいるって聞いたんだけど」
まだ信じきれないのかジャスティンがおずおずと言った。
「確かに、一緒に住んでる家族との仲は良くないように見えたけど……マグル全体を憎んでいるわけではないわ。だってハリーと一緒にいつも行動しているハーマイオニー・グレンジャーは両親共にマグルよ」
「あ、本当だ。どうして気がつかなかったんだろう」
ハーマイオニーの名前が効いたのだろう、ジャスティンの顔がパッと明るくなった。
「僕、助けてもらったのに酷いことを言っちゃった。Mr.ポッターに謝らないと」
「ハリーはあなたに本当は何があったか話して誤解を解きたいと探しているから、直ぐに会えるわ」
「早く仲直りが出来ると―――」
ハリーへの誤解が解けてニコニコと話していたニックの顔が何かを見て恐怖に引きつっていく。
半透明だった体が足元から徐々に黒く煤けた色に変色していく。
背後から感じる殺気。
ニックの視線の先を追おうとしたジャスティンを反射的に抱きしめて、何かから遠ざかるように
飛んで距離を取る。
「目を固く瞑って、しゃがんで」
「せ、先生!?」
「少し周りが熱くなるけど私がいいというまで決して動かないこと。いいわね?」
ジャスティンは指示通りにしゃがんで固く目を瞑った。
「火遁・炎牢」
手で印を結びながら右足でガンと強く床を踏む。ジャスティンを取り囲むように現れた火の輪。
勢いよく燃える火は半球状になりジャスティンの姿は見えなくなった。
ニックは何かを見て固まった。幻術の一種かも知れない。
湿気を含んだ独特の匂い。
相手の目を見てしまっては相手の術にかかってしまう。
スルスルと何かが床を滑りながら近づいてくる。
そうだ煙幕
ユキは煙玉を取り出し床に投げつけた。廊下中に黒く濃い煙が充満する。
何かを見ないよう足元を見ながら振り返ると、大きな影が映った。
これは……蛇!?
影の大きさからみるとかなり巨大な蛇。
敵の位置は分かった。
起爆札をつけた苦無を握り、狙いを定める。
「……助け……誰か……どうし……」
突如聞こえたか細い少女の声に動きを止める。
「そこを動かないで!」
「……ダメ……やめて……私は」
聞き覚えがあるこの声はジニー・ウィーズリーだ。
「先生、助けて。襲われるわ!」
切迫したジニーの声にユキは走る。服の袖が蛇の体を擦った。
黒い煙幕で一寸先も見えない中、声を頼りに走る。
「助けて、ここよ早く来て……チガウ、キチャダメ……」
途切れがちな声。声色も変わる。話す内容も矛盾している。
しかしユキはジニーのために突っ走る。
ようやく煙幕の中に影。その影が杖を振ったのが見えた。
ジニーを中心に黒い煙幕が消えていく。
『っ!?』
見えたのはせせら笑いを浮かべたジニーの姿。
明らかに操られている少女に攻撃などできない。
「目を覚まして、ジニー!!」
「僕の邪魔をするな」
お前は誰だ?
残忍な目と冷たい声のジニーの背後から現れた巨大な蛇。
ユキの影分身は石となった。
***
騒ぎ声のする廊下は一段と薄暗いが、廊下の角を曲がった瞬間、明るい光が目に飛び込んでくる。
生徒たちで溢れかえった廊下の中心に炎のドーム。鼻を突く煙の匂い。先生たちの「静かに!教室に戻りなさい」という怒鳴り声が廊下に響く。
「フィニート・インカンターテム」
その場に居合わせた先生方が次々と炎のドームに向かって呪文を唱えている。その間にほとんどの生徒はマクゴナガル教授によって教室の中に戻されていた。
「この騒ぎはいったい……」
「セブルス、いいところに来ました」
手に負えない異常な状況に困惑していたマクゴナガルは頼れる同僚が駆けつけたことに小さく安堵の息を吐いた。
「状況は?」
「ユキとニックが石に……そして、あの不可解な火のドームがあそこに」
勢いよく燃え盛る火のドーム。
恐怖の表情を顔に貼り付けて宙に浮かぶニックと走っている途中で石になったユキの姿。
ユキの二体目の石化。
予想はしていたがスネイプの胸が強く締め付けられる。
「呪文が効かない」
フリットウィック教授が勢いのおさまらない炎のドームに杖を振り続けながらキーキー声で言った。
「誰か!誰か、いませんか!?助けて!」
その場にいた全員がどこからか聞こえてきた声に耳を澄ませる。
「どこにいるのです?誰ですか?」
「その声はマクゴナガル先生ですか?」
炎の轟轟という音に混じって聞こえる小さな声。
「ジャスティンの声だ!ポッターがジャスティンを襲った。現行犯だ!!」
顔面蒼白のアーニーが壁に寄りかかって震えるハリーを指さしながら言った。
「お黙りなさい、マクミラン!」
厳しくたしなめられたアーニー・マクミランが慌てて教室の中へと入っていく。
ピーブズは成り行きを楽しむようにニヤニヤ笑いながら空中を漂った。
「大変大変。早く火を消さないと生徒が焼け死んじゃうよー」
くるりと空中で一回転してケタケタ笑っている。
『そうはならないわ』
遅れて階段を上がってきたユキが厳しい表情でやってくる。
「おやおやーユキはまーたまた命拾いしたみたいだ――って体をすり抜けるなよっ」
『悪い』
「全然悪いと思ってないだろっ!」
ピーブズは下をべーっと出したが、ユキは無視した。
「ユキ、よかった」
安堵の涙を薄らと浮かべてマクゴナガルはユキに駆け寄る。
『今回やられたのも影分身です。二度も不甲斐ないです』
「いいえ。無事でよかったわ」
ユキは安心させるように微笑んでから火のドームを見る。
『直ぐに術を解除します。火から少し離れていてください』
呪文を放っていた教師たちが十分に火から距離が離れたのを確認したユキは手で印を結びながら呪文を唱え始める。
『―――解!』
火のドームはゴオッと膨らんでから一瞬で消えた。火が消えたことで急に視界が暗くなる。
「ユキ先生!」
『ジャスティン、大丈夫?怪我はない?』
しゃがんで俯いていたジャスティンが顔をあげた。ユキはジャスティンの横に跪き、無事を確かめる。
ドームの中にいたせいで体は火照っているが怪我はないようだ。
『よかった……本当に、無事でよかった……』
ユキは力いっぱいジャスティンを抱きしめた。
「ユキ先生が身代わりになってくれたから」
『あなたが無事で嬉しいわ。私のことは影分身だから気にしないで』
「Mr.フレッチリー、一体何があった?」
スネイプの問いにジャスティンはニックが目の前で石になりだしてからの事を説明する。
火のドームに入っている間は、炎が轟轟と燃える音が大きく、外から何かの音は聞こえたがはっきりと聞き取れなかったらしい。
「さて、ポッター。君何故この廊下にいるのだね?」
壁に張り付いて動けないでいるハリーをギロリと睨みながらスネイプが言った。
「先生、僕は誓ってやっていません!」
「我輩は何故この廊下にいたかと聞いておるのだ。答えられないのか、ポッター?ハロウィンの日の事もある。我々が納得できる説明を―――」
「セブルス、この問題は私たちの手には負えません」
重く冷たい声で畳み掛けるように詰問するスネイプを見かねてマクゴナガルが口を挟む。
「校長先生にお任せしましょう」
ハリーはマクゴナガル教授に校長室に連れて行かれ、石になったユキの影分身はフリットウィック教授とシニストラ教授の手で医務室へ運ばれていった。
ジャスティンはスプラウト教授に連れられていき、ニックも医務室へと移動させられる。
「来るなと言ったはずであろう」
薄暗い廊下に残された二人。
先に口を開いたスネイプは静かな声だが重くのしかかるような声で言った。
『承諾した覚えはありません』
手がかりはないかとスネイプに背を向けて辺りを調べていたユキは肩を掴まれ、体を反転させられた。
怒鳴られるかと思っていたユキはスネイプの意外な行動に固まった。
「頼む……自分を大切にしてくれ。雪野、頼む」
ユキの肩に額を乗せて哀願するように言うスネイプ。
体が触れている部分から伝わる体の震え。
どうしてスネイプ教授はこんなにも自分のことを気にかけてくれるのだろう?
鳴り響いた授業終了のベル。
その音で弾かれるように離れた二人は教室から出てくる生徒の間をバラバラな方向に向かって歩いて行った。
***
『失礼します』
医務室の扉を開くとマダム・ポンフリーとスプラウト教授が話していたようだ。
『生徒のお見舞いに』と言うと二人は通路をあけてくれた。
硬直して浮いているグリフィンドールのゴーストが医務室の壁際にいる。ユキは半透明ではなく黒く煤けた色に変わってしまったニックを見て重いため息をついた。
ハリーはユキの部屋を出てから直ぐにジャスティンを探しに行ったようだ。そして、運悪くユキとニックが石にされていた現場に来てしまった。
校長先生をはじめ先生方はハリーを犯人だと思っていないが、生徒は違う。
ハリーは前にも増して嫌な噂に悩まされている。
『コリン、入るわね』
石になったコリンのカーテンを開け、枕元にある花瓶にシンボルカラーの薔薇を一輪入れる。
枕元には友人たちからのお見舞いの品も置かれている。
恐怖が張り付いた顔を見ると胸が張り裂けそうだ。
クリスマス休暇に入ったら何が何でも手がかりを見つけよう。
結局、ニックとともに石にされた廊下にも手がかりを見つけることは出来ていなかった。
「あら、自分のベッドは見なかったの?」
医務室を出ようとした時、マダム・ポンフリーに声をかけられた。
優しく微笑むマダムに促されて自分の影分身が寝かされているベッドのカーテンを開けてみる。
枕元、ベッドサイドのテーブルに大量のお菓子とお見舞いカードが崩れそうになるほど積んであった。
「生徒たちから預かったお見舞いよ」
『こんなにたくさん。嬉しい……』
「マンドレイクは順調に育っていますよ。生徒は必ず元の状態に戻ります」
「お見舞いのお菓子を持って帰って部屋でお食べなさい。甘いものを食べると元気になりますからね。沢山ありますから一気に食べてはいけませんよ」
ユキの気持ちを思い、心配して声をかけてくれた二人の心遣いが嬉しく顔がほころぶ。その時ハッと気がついた。
この数日、石化事件のことを考えるあまり顔が強張りっぱなしだった気がする。
教師の自分がこんな顔をしていては生徒に不安を与えるだけ。
『しっかりしなくては』
気持ちを無理矢理前向きにしてお見舞いのお菓子を着物の袂に入れていく。
ふと見ると花瓶に二輪の花がささっていた。
一輪ずつ種類が違う。
食べることが大好きなユキを思ってか見舞いの品の大部分はお菓子、それ以外はカード。二輪の花は目を引いた。
『マダム・ポンフリー、このお花はどなたが持ってきて下さったのですか?』
問いかけるとマダムはふふっと目を輝かせて楽しそうな声で笑った。
『これはポピー?』
「アイスランドポピーよ」
スプラウト教授が答えてくれた。
夕日のようなオレンジ色。
「花言葉は慰め」
「スネイプ教授が持って来てくださったのですよ」
『えぇっ。スネイプ教授が!?』
ユキは驚き声をあげた。
あのスネイプが花を持って、お見舞いに来てくれるなんて想像できなかったからだ。
二度目の石化の時といい、陰険贔屓教授と呼ばれている姿からは想像できない行動。
『もう一輪の花もスネイプ教授が?』
もう一輪の花を指差すと、マダム・ポンフリーは首を横に振った。
「その花はいつの間にか花瓶に差してあったのよ。生徒の誰かがこっそり持ってきたのかしらね」
黄色いスイセン
『ちなみに花言葉は?』
スプラウト教授に聞く。
「私のもとへ帰って、よ」
聞いた瞬間ユキは悪寒を感じたのだった……