第1章 優しき蝙蝠
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4.ダイアゴン横丁
人ごみを掻き分けるように進むと高くそびえる真っ白な建物が見えてきた。
グリンゴッツ魔法銀行。
受付の小鬼の指示に従い書類に記入し、トランクにつけていた封印札を解除して渡す。
スネイプ教授に言われた金額を手元に残して残りは金庫に入れてもらった。
魔法界を案内してくれる人がいなかったら相当苦労しただろう。
再び街中に戻りスネイプ教授の後をついて歩く。
うぅ、落ち着かないな。
自分の服装が珍しいせいか通りに行き交う人からチラチラと見られている。
任務の時は勿論、普段から無駄な人目を引かないように過ごしてきたので、色々な方向から視線を感じるのは非常に居心地が悪い。
スネイプ教授がようやく店に入ったのでほっとした。
「ここで杖を買う」
狭く古くさい店内に入ると奥の方でチリンチリンとベルが鳴り、間もなくして大きな目を輝かせた老人がやってきた。
「おぉ、スネイプ教授が女性のお客様をお連れなんて珍しい」
「オリバンダー、悪いが時間がないので急いでもらえるかね」
店主であるオリバンダーさんは眉間に皺を寄せるスネイプ教授にお構いなし。
「美しいお嬢さんだ」
『!?』
びっくりした。
ずいっと机の上に身を乗り出したオリバンダーさんを前に仰け反る。
この国、魔法界のパーソナルスペースは狭いと思う。慣れるのに時間がかかりそう……。
「さて、お嬢さん。どちらが杖腕ですかな?」
『?右利きです』
「それでは腕を伸ばして」
メジャーがクルクルと腕の寸法を図っていく。
オリバンダーさんは数字を確認して棚を飛び回って箱をとってきた。
「まずはこれを振ってごらんなさい。柳の木、ドラゴンの尾、しなやか、25cm」
杖を受け取り振る。
ヒュンッ
ズゴーン
『っ!?お怪我はありませんか!?』
杖から飛んだ光線はスネイプ教授が座っていた椅子の1メートル手前の床に当たり、大きな穴を開けた。
読んでいた本から顔を上げたスネイプ教授は暫し眉を寄せ穴のあいた床を見つめていたが、自分の杖を出しサッと振った。
「レパロ」
瞬時に床が元通りに戻る。
『凄い……』
「初歩的な魔法だ」
何事もなかったように本の続きを読み出した。
オリバンダーさんも何事もなかったように次の杖を渡してくる。
二人が落ち着いているのが不思議だった。
この店ではよくあることなのだろうか。
魔法とは予想以上に危険なものかもしれない。
次の杖を受け取って今度はスネイプ教授と反対側の床をめがけて杖を振る。
ヒュンッ
ズゴーン
同じように床に穴があく。
『えっと……レパロ?』
スネイプ教授の真似をして杖を振ると背丈ほどの木が生えてきた。
唖然としていると背後から睨まれるのを感じた。
「ほほう。面白い。だが、合わないようじゃ。次、杉の木、不死鳥の尾羽、誠実、26cm」
ヒュンッ
ズゴーン
木が大破して床に穴があく。
レパロで木を生やす。
新しい杖を振り、そしてまた大破。また木を生やす。
東洋の顔という事で東洋に縁のある素材の杖も試していくが結果はすべて同じ。
本を読み終わったスネイプ教授は暇そうに成り行きを見ている。
随分と時間が経っているのに文句の一つも言わずに待っていてくれるのが優しいと思う。
いつの間にか机の上には大量の箱が積み上がってしまった。
さすがのオリバンダーさんも腕を組みながら考え込んでしまっている。
そして大きなため息をついたあと、顔を上げて机の引き出しから一本の杖を取り出した。
「お嬢さん、お名前は何と言ったかな?」
『雪野です。ユキ・雪野と申します』
「では、Ms.雪野。大変申し訳ないことなのじゃが、暫くこの杖を代杖として使っていてもらいたい。これはクイックスペルなどでも使われる魔力の弱い者でも扱いやすい杖じゃ」
『私は魔力が弱いのでしょうか?』
「いやいや。その逆ですよ。証拠にMs.雪野が振った杖は全て反応を示した。どの杖からも無理矢理に魔法を出せる。新たに杖を作ることにします」
『ご迷惑おかけします』
「とんでもない!やりがいのある仕事になりそうで今から楽しみですよ」
『ありがとうございます』
「参考のために質問したいことを梟便で送るので返信してください。それから、その杖は扱いやすいが複雑な呪文には適応できません。ホグワーツの五年生レベルまでならどうにか対応できるでしょう」
***
楽しそうな顔のオリバンダーさんに見送られて店を出るとすでに太陽は高くあがっていた。
さんざん時間をとった上に杖を買えなかった事に怒っているのではないか。
スネイプ教授には魔法界に来てから迷惑のかけ通しの気がする。
何と謝ろうか。
隣のスネイプ教授は懐中時計を見てため息をついている。
「随分時間がかかったな」
『すみません』
「お前のせいではない。しかし、まだ買わなければならないものがかなり残っている。先に昼食にしよう」
くねくねと曲がる通りを暫く歩くと少し人通りの少ない道に入る。
賑やかな通りは多くの視線に晒されて緊張し通しだった。
入った店は品の良い落ち着いた雰囲気。昼時を過ぎているため店内には人も少なく店内に流れている音楽が心地よく響く。
魔法界の料理が分からないためスネイプ教授に選んでもらった。
見た目も綺麗な料理はとても美味しい。
「美味しいです」と感想を言うと「そうか」と言う答えが呟くように返ってくる。
魔法界のこと魔法のこと、沢山聞きたいことがあるのに上手く言葉が出ない。
それに少々胸が息苦しい。
多くの視線を受けて気を張り疲れたのだろうか。
結局、何も話すことはなく食事は終わってしまった。
***
ゆっくり休憩をとって買い物再開。
いつの間にかグリンゴッツ銀行が見える賑やかな通りに入っていた。
多くの視線が突き刺さる。
「次は」
『服を買ってもいいですか?』
思わず“マダム・マルキンの洋装店”と書かれた店の前で声をあげる。
「よかろう。我輩は隣の書店で必要な本を選んでおく。終わったら来るといい」
ユキが小さな洋服店へと入りスネイプも書店へと向かった。
スネイプの肩の力が抜ける。
書店でユキの本を選びながら自然とため息が漏れていた。
スネイプがユキに感じる感情は色々ある。
まずは身元がはっきり分からないことに対する不信感と警戒心。
ダンブルドアの魔法を止め、自分に開心術をさせなかった強い力に対する興味。
見たことのない忍術に対する好奇心。
表情の変わらない人形のような顔。
初めて魔法に接すると言っていた割には姿現しした時もオリバンダーの店でも平然としていたように思う。
時々驚いたと感想を述べるものの表情がそうは言っていない。
初めて仮面を取った時と同じ、口角を少しあげた微笑みのような顔。
“ような”とつけるのは本当に笑っているのか分からないからだ。
そして、あの瞳
瞳は瞳孔が分からないほど色の濃淡が無くひたすらに黒い。
感情の読めない黒い目に真っ直ぐ見つめられると瞳の中に吸い込まれ闇の中に落ちていく気分になる。
何を考えているか全く分からない。
あまり近くに居たくはないが監視の必要性を強く感じていた。
『お待たせしました』
女の買い物は長い、と思っていたスネイプだがユキは十分後には書店にやってきた。
フード付きでドレーブが妖艶な雰囲気を醸し出す瞳と同じ真っ黒なロングマント。
衿をフックで留め合わせるタイプで歩くとマントの下に着ている深い紫の洋服が覗く。
立ち止まると全身黒で覆われるユキを見てスネイプは一瞬だけ自分と同じようだと考えてしまった。
その考えを追い払うように籠に一杯になった本を無言で会計カウンターまで運ぶ。
会計された本は梟便で送られるため二人は手ぶらで外に出ることができた。
薬問屋、文房具屋を回って買い物が終わった。
「帰りは漏れ鍋から煙突飛行で帰る。フルーパウダーの使い方は知っているか?」
『……』
「Ms.雪野?」
『え……あ、すみません』
スネイプが振り返るとユキの人形のような顔が崩れていた。
思わず足が止まる。
キュッと唇を結び、眉を寄せて難しい顔をしている。
「何か買い忘れたかね?」
『いいえ。スネイプ教授、ひとつお聞きしても?』
「何かね?」
ユキは少し考えてから、ためらいがちに口を開いた。
『私の服装、魔法使いとして変でしょうか?』
言われてスネイプは改めてユキの服装を見る。
ユキの年齢からすると地味な服装ではあるが特におかしなところはない。
「いや。我輩には標準的な服装に見えるが?」
『本当ですか?』
「その服はマダム・マルキンの店で買ったものだろう。魔法界で買った服なのだから、魔法界に合わないはずはない」
『そうですか……。私の気のせいだったみたいです』
「気のせいとは?」
『ダイアゴン横丁を歩いているとあちらこちらから視線を感じるような気がしていたんです。私が着ていた服装が珍しいから見られているのかと思っていたのですが着替えてからも同じなので』
言われて周りを見ると、確かに通りすがりの人や道端で立ち話をしている人がチラリチラリとこちらを見ている。
視線を送っているのはほぼ男性だ。
ユキはその視線に気づいたのか更に眉間を寄せた。
『殺気はなかったので気にしないようにしていたのですが……』
「君はいつも殺気を送られる状態にいたのかね?」
『まさか』
少し困った顔をして曖昧な笑みを作っている。
彼女は男たちが視線に込めている意味がわかっていないらしい。
立ち止まってみるとよくわかる。
ユキと話をしている自分を嫉妬めいた視線で見る者もいる。
きっと彼女一人だったら声をかけてきたであろう。
艶やかな黒髪に整った目鼻立ち。
形の良い唇はいつも微笑みをたたえている。
黒い服が陶器のように白い肌を一層際立たせている。
スネイプは自分の中の小さな優越感を慌てて打ち消した。
「きっと知らない場所に来て神経過敏になっているのであろう。どこもおかしなところはない。気にするな」
『そうですね。安心しました』
小さく息を吐いたユキはいつもの人形のような顔に戻った。
再び歩き始めると、ずっとスネイプの半歩後ろを歩いてきたユキが突然横に並んだ。
内緒話をするように少し身を寄せてくる。
先程ユキを意識したせいでスネイプの体が微妙に強ばった。
「今度は何かね?」
『もう一つ気になることが。プラチナブロンドの長い髪の男性にお心当たりは?』
思わぬ言葉にスネイプは眉を寄せる。
思い当たるのは一人しかいない。
「マダム・マルキンの店で会ったのかね?」
スネイプの声が少し強ばる。
学生の頃から色々な女子生徒と浮名を流していた彼は卒業してからも相変わらずだと耳にしていた。
ユキを見つけたら躊躇わずに声をかけ、お茶にでも誘ったであろう。
自分とは関係のないはずなのに何故かスネイプはイライラした気持ちになる。
一方のユキは小首を傾げていた。
『いえ。マダム・マルキンの店では誰とも会っていません。少し前から私たちの後をついて来ている方がいるので。スネイプ教授のお知り合いではないかと』
後ろを振り向こうとしたが、やめた。
もし目が合えば挨拶しないわけにはいかなくなる。
それにしても人通りの多いこのメインストリートでよくつけられているのが分かったものだ。
「何時から付けられているのだね?」
『先程歩き始めたくらいでしょうか。ご挨拶されるならどこかで待っていますよ』
「……いや。今日は顔を合わせたくない。振り切るぞ」
『フフ。分かりました』
小さいが楽しそうな笑い声に驚き横を見る。
しかし、ユキは残念ながらいつもの人形顔。
スネイプは“残念”と思ってしまった自分に気づき、思い切り顔をしかめたのであった。
***
はじめての煙突飛行は姿現わしと同じく気分が悪くなったが、スネイプ教授の説明を聞いていたため問題なくホグズミートに帰ってくることができた。
行きと帰り、別々の方法で移動でき面白かった。
今日一日、魔法界で色々な体験ができた。
魔法界を見せるために気遣ってくれたスネイプ教授に感謝しないと。
見るもの全てが目新しく、楽しくて充実した時間を過ごせた。
『今日は一日付き合って頂きありがとうございます』
「構わん。仕事のうちだ」
『それでも、優しくしてくださって嬉しかったですよ』
「は?」
『優しくして下さって嬉しかったです』
言い直すとスネイプ教授は何とも言えない表情をしていた。
何か変なことを言ったかしら?
先程より足早にホグワーツの門へ向かうスネイプ教授を小走りに追いかける。
部屋に戻ったら、持ってきた本を読んでスネイプ教授の表情が何を意味するのか調べてみようと思うユキであった。