第2章 純粋な猫
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10.狂ったブラッジャー
寒風が刺すように痛い土曜日。
今日はグリフィンドール対スリザリンの試合が行われる日。
両寮の選手はこの日の試合のために毎日遅くまで泥だらけになりながら練習を重ねていた。
試合は白熱したものになるだろう。
機嫌よく競技場に向かって芝生を横切っていると真っ黒なローブの猫背が目に入った。
『スネイプきょうじゅーおはようございます!』
持っていた箒に飛び乗ってビューンと飛んでいく。
声をかけられたスネイプ教授は振り向き、明らかに怒った顔をしている。え、何が悪い?
「雪野!」
『ひゃいっ』
開口一番怒鳴られる。
「箒には座って乗れと何度言ったらわかるのだね?」
『あ、あはは。立ち乗りの方が早いから、つい』
言い訳をしながらスネイプ教授の横を見ると久しぶりの顔。
灰色の目が光っている。
瞳の輝きには私が持つ力への興味と色欲が入り混じっていた。
『まぁ!ルシウスさんもいらっしゃっていたのですね!』
怪しい瞳の輝きに気づかないふりをして箒から飛び降りながら声をかける。
「久しぶりだね、ユキ。少し見ない間にまた一段と美しくなったようだ」
ルシウスさんはふっと笑って自然な動作で私の手を取り、口づけを落とした。
彼は顔がカーッと紅潮していく私を見て満足そうな微笑みを浮かべた。
『きょ、今日はドラコ君のシーカーデビューの日ですね。おめでとうございます』
「息子が選手になったのは遅いくらいだよ。特例の事を知っていれば去年から試合に出られていたはずだ」
『ドラコくんは小さい頃から箒に乗っていたのですか?』
「幼い頃から屋敷の庭で遊んでいた。箒の腕はポッターなど目ではないだろう」
『それでは、今日の試合楽しみですね』
「スリザリンの選手全てにニンバス2001を与えている。今日の試合はスリザリンの圧勝で少々観戦するには退屈な試合になるかもしれない」
『あら、試合は何が起こるかわかりませんよ』
悪戯っぽく笑ってみせる。
「そうだな。時として思いもよらないことが起きる。それがゲームの面白いところだ。どうだい、ユキ?私の隣でグリフィンドールに奇跡が起こるか見てみないかい?セブルス、席はあるだろう?」
「残念ながら、彼女は審判にあたっているようです。そうだな、雪野」
スネイプ教授がチラと私の持つ箒に視線をくれて言った。
『そうなんです。今日は副審にあたってしまっていて。ドラコ君の初陣を上空の特等席から観戦させて頂きます』
「ゆっくり話したいと思っていたのだが、残念だ。では、近いうちに2人でお茶にでも行こう。いいね?」
ヒシヒシと感じる鋭い視線。
送っているのは眉間にくっきり皺を作っているスネイプ教授だ。
その迫力に気圧されて『そうですね、いつか……』と曖昧な返事を返す。
ルシウスは急に言葉を濁したユキから隣のスネイプに視線を移す。
隣の後輩の顔にハッキリと不愉快だ、と書いてあるのを見てルシウスはククッと喉の奥で笑った。
「セブルス、私は控室に行ってドラコたちにひと声かけてくる。先に客席に行っていてくれ。ユキ、試合中は正しい箒の乗り方で審判をしてくれたまえよ。私の心臓が持たないからね。では、後ほど」
艶っぽく微笑んでからルシウスさんは控え室の入口へと消えていった。
私が箒の立ち乗りというはしたない行動に恥じて俯いていると、案の定上から嫌味にたっぷりなため息が降ってきた。
「随分と気に入られてしまったようだな」
『予言のことがありますからね。私に力があるか確かめたいのでしょう』
「いや、それだけではない……」
スネイプ教授は憂鬱そうに眉間を揉んだ。
『それだけではないとは?』
「あの男とは学生時代から付き合いがあるが、とにかく女癖が悪い。気に入った女はどんな手段を使ってでも手に入れたがる男だ」
『女癖……手に入れるって……私と性的な「口に出すな、馬鹿者!」……あはは、すみません』
「どこで、聞いたか知らんが人前で口にするな。お前にそのような言葉を吹き込んだ輩は誰だ?」
『馬鹿馬鹿言わないで下さいよ。聞いたって言うか、生徒から借り没収した雑誌』
「おい、今借りたと言わなかったか!?」
『え、ええーと、気のせいですよ』
詰め寄るスネイプ教授から距離をおく。
あ、危なかった……
『は、話を戻しましょう。ルシウスさん、昔女癖が悪かったとしても、今は妻も息子もいる子持ちの既婚者じゃないですか』
スネイプ教授は私の言葉を最後まで聞き終えるまもなく首を横に振った。
「あの男にそういった道徳観念は備わっていない」
『困った人ですね』
「他人事ではない。あいつには色々な意味で気をつけろ。いいな?だが、自分で解決できないようなら我輩に言え。その時は、助けに行ってやる」
『あ、ありがとうございます!』
ユキの顔はルシウスから手に口付けされた時よりも数段顔が赤くなる。
その様子を見たスネイプは楽しそうにふっと口元を緩め、マントを翻して競技場へと歩いて行った。
***
観客席は全校生徒と教師たちで超満員。
因縁のグリフィンドール対スリザリンの試合に試合開始前から歓声や野次が飛んでいる。
黒い忍び装束のユキはグラウンドで主審のマダム・フーチと最終の確認をしている。
注意の内容はクィディッチのルールの確認よりも最後まで座って、行儀よく審判をするようにというユキへ注意事項が主だった。
ユキがマダム・フーチに誓の宣誓をしているとワーッと会場が沸いた。
選手たちが入場してきたのだ。
「両チームのキャプテンは握手して」
フリントとウッドが必要以上に固く握手するのを見ながらユキは上空にあがっていく。
どんよりとした鉛色の空はいまにも雨が降り出しそうな予感。
ユキは冷たい風を切りながら指定位置に着く。
ピーーーー
高らかにマダム・フーチの笛が鳴り響き試合開始。
選手たちが高々と飛翔する中で、誰よりも高く飛び上がったのはハリーだ。
ユキにパチリとウインクしたあと、さらに上空に飛んでいく。
『ハリーったら余裕ね』
ユキがクスクス笑っているともう一人のシーカードラコも上昇してきた。さすが最新型のニンバス2001。
そのスピードはグリフィンドールの箒とは明らかに違う。
ドラコは箒のスピードを見せつけながら、ハリーを挑発している。
『初試合なのにドラコも大した余裕ね。でも、そろそろ……二人共頑張って!』
ユキはパッと箒の向きを変えた。
真っ黒いブラッジャーが右肩の脇を猛スピードで通り過ぎる。
動きを追っていくとブラッジャーに気づいたハリーが間一髪で避けたところだった。
追ってきたジョージがブラッジャーをスリザリンチームめがけて打ち返す。
「ハリー危なかったな」
「ありがとう、ジョージ!」
『ここは特等席ね。迫力満点、最高!みんな頑張れー』
ユキが応援していると先程ジョージが打ったブラッジャーが向きを変えてハリーの方へ飛んでいった。
ユキは首を傾げながらその様子を見る。
ブラッジャーは再びジョージの手で強打されたがブーメランのようにハリーの方へとビュンビュン速度を上げながら飛んでいく。
『何か変だわ。ハリー気をつけて!』
ブラッジャーが一人の選手だけを狙うのはおかしい。
ハリーは上手く避けてはいるが、ブラッジャーは頭を狙っているように見える。
空中で頭を強打し、箒から落ちて地面に落ちたら命取りにもなる。
ユキは箒を飛ばし、直ぐに術を唱えられるように準備しながらハリーを追いかける。
「ブラッジャーが変なんだ」
フレッドがブラッジャーを叩きつけながら唸った。
『えぇ。取り敢えずタイムアウトを取るべきだわ』
大粒の雨が落ちてくる。
ジョージが凶暴なブラッジャーを食い止めながらウッドにサインを出した。
マダム・フーチのホイッスルが競技場に鳴り響く。
「誰かが細工したんだ。スリザリンの――ハリー危ないっ!」
『風遁・風布團』
ハリーの後頭部を強打しようとしていたブラッジャーを頭の数メートル手前で停止させる。
ブラッジャーを操っている相手の魔力は弱くはない。
「ありがとう、ユキ先生」
『どういたしまして。止めておくから地面に降りなさい』
ブラッジャーがおかしくなった理由は分からないが、この状態で試合を続けるのは危険だ。
ハリーたち三人が無事に地面に着いたのを見届けて術を解く。
するとブラッジャーは邪魔をされたのが不満らしくユキを箒から叩き落とそうと飛んできた。
昨年のクィリナスの時のように呪いをかけている人物が客席に紛れ込んでいるのだろうか?
ユキがひょいひょいと攻撃をかわしながら観客席のスネイプを見ると眉間に縦ジワを深く刻みながら小さく首を横に振っていた。
この様子では反対呪文を唱えるのも難しい状況なのだろう。ルシウスはきっと、言葉巧みなのだと想像できる。
ユキがブラッジャーを避けながら怪しい者がいないか探していると、マダム・フーチがこちらに手を振った。
「試合を再開します」
『えぇっ!?』
生徒たちはマダム・フーチにブラッジャーがおかしいことを言わなかったのだろうか。
この状態で試合を再開させるのは危険すぎる。
ユキはマダム・フーチに向かって箒を飛ばす。
「師匠、ちょっと待って!」
「ブラッジャーの事を言ったらダメだ」
フレッドとジョージに行く手を阻まれる。
『あなたたちも見たでしょ。ハリーに纏わりついてるブラッジャー明らかにおかしいわ。試合は中止にすべきよ』
「わかってるけど、このまま続けさせて」
「今中止したら没収試合になってスリザリンの勝ちだ」
『そんなこと言っても――』
「ユキ先生、僕たちに試合を続けさせて!」
『ハリー!!』
ぐんと上昇してハリーが隣にやってきた。
「たかが狂ったブラッジャー一個のせいで負けてられない。僕はうまくやるよ。だから手を出さずに応援していてね!」
「よく言った、ハリー!」
「それでこそグリフィンドールのシーカーだ!」
『ちょっと、あなたたち』
三人はそれぞれの方向に箒を飛ばし競技場に散っていった。
ますます雨が激しくなる中、試合再開の笛が鳴り響く。
相変わらずブラッジャーはハリーを追い掛け回しているが、ハリーも負けてはいない。
かわし方のこつが掴めたようで上手く箒を操っている。
感心しながら見ていると、ドラコの横にキラリと光る金のスニッチが見えた。
ハリーもスニッチに気づいたらしい。
ハリーを挑発していたドラコもようやくスニッチに気づき二人のカーチェイスならぬ箒チェースが始まった。
スニッチを競技場の骨組みの中まで追いかけていく。
急旋回したハリーとドラコ
「ぅわっ!」
『風遁・風布團』
箒から投げ出されたドラコをやわらかい風で覆い地面に下ろす。その間に、ハリーとスニッチの距離は一気に近づいていく。
しかし―――
『あぁ……気づけ、ハリー……あぁっ!』
ユキは箒の柄を拳で叩いた。
ハリーの肘をついにブラッジャーが強打したのだ。
右腕が折れたらしくぶらんとさせたまま足だけで箒上でバランスをとっている状態。
ユキはタイムをかけようと口を開きかけたがギュッとつぐんだ。
ハリーは体勢を低くしてスニッチに向かって突進している。
頑張れ、ハリー
祈るような気持ちでハリーの後を追いかける。
割れんばかりの観衆の叫び声。
泥の中に倒れ込んだハリーは拳を突き出すように左手で掴んだスニッチを掲げた。
「勝った……?」
『そうよ!よくやったわ。かっこよかったわよ』
泥の中に倒れるハリーの横に着地する。
「ユキ先生に、そう言ってもらえると―――」
ハリーの目線はユキの後方。
周りの客席からも悲鳴と息を呑む声。
しかし、ユキは冷静だった。
頭部目がけて飛んできたブラッジャーを片手で鷲掴み。
「わぁーすごいや!」
コリンが感嘆の声をあげてカメラのフラッシュをバシャバシャ切った。
ユキの怪力に観客席がザワザワとどよめく。
『すぐにマダム・ポンフリーのところへ行ったほうがいいわね。歩ける?』
「うん。大丈夫みたい」
グリフィンドールのチームメイトがハリーの周りに降りてきた。
『私はこのブラッジャーをどうにかしないといけない』
ブラッジャーは手の中から逃れようと抵抗している。
手を離せばまたハリーを襲いそうだ。
『ウッド、ハリーのこと頼める?医務室まで付き添ってあげて欲しいの』
「もちろんです。それにしても、ハリー。素晴らしいの一言だったよ」と満面の笑みのウッド。
ユキは暴れるブラッジャーを箱に押し込んだ。
しっかりとブラッジャーにベルトをかけたとき、固定されていた他のボールも暴れだした。
急いで箱を閉めて鍵をかける。
この箱、ハリーから遠ざけたほうがよさそうね。
ユキはガタガタと中で暴れるボールの入った箱を抱えて急いで競技場を抜け出した。
ハリーのスーパーキャッチに沸く声を背中に聞きながらクィディッチ用具室入る。
後ろ手に締めようとした扉はユキの手によってではなく、バタン音を立てて自動的に閉まった。
続いてガチャリと鍵の閉まる音。
『出てこい』
ユキの漆黒の瞳が一層黒くなる
『そこかっ!』
乱雑に置かれている用具。
ユキが部屋の片隅に巻かれた状態で立てかけてあったハッフルパフの横断幕目がけて苦無を投げつけると、「ギャっ」という小さな甲高い悲鳴が上がった。
居場所が分かったユキはそこを目がけて素早く二本目の苦無を投げる。
しかし、苦無はハリーを追いかけていたブラッジャーのようにユキの元に飛んできた。
ユキは新たな苦無を出して弾き飛ばす。
『っ!?』
ユキは唇を噛んだ。
用具室にある横断幕、壊れたボール、ゴールの輪、予備の箒が一斉に宙に浮き上がり自分目がけて飛んできたからだ
狭い室内、逃げられる場所はない。
『アロホモラ、アロホモラ……アロホモラ!あぁ、もうっ!』
飛んでくる物を避けながら扉に呪文を放つ。
確かに鍵の開く音はするが、直ぐに施錠の音が聞こえて扉を開けない。
『仕方ない……後で修理します』
外に誰もいないことを祈りながら大きく振りかぶって扉を殴る。
背後で再び「ぴぎゃっ!?」という悲鳴。
鉄の扉は派手な音を立てて吹き飛んだ。
ユキは廊下に飛び出し、用具室から来る次の攻撃に備える。
しかし、用具室の奥からバチンッと姿くらましの音が聞こえた。
どうやら敵は消えたようだ。
しばらく警戒していたユキだが、ホッと息をついて苦無を懐にしまった。
「ユキ、私の可愛いスミレちゃん!」
面相臭い男が現れた。
廊下に転がった鉄の扉中央には拳の跡。
用具室の中は物が散乱。
ロックハートは目を丸くしている。
「これは一体……」
『おかしなブラッジャー関係でちょっと色々』
適当に返事をして肩を竦める。
「あの、ブラッジャーですね。私も試合中からおかしいと思っていたんです――」
ロックハートが横で話すのを聞き流しながらユキは先ほどのことを考え始めた。
ギャッ、ぴぎゃっ、と聞こえた声。かなり甲高かったし、姿も見えなかったから小さな生き物なのかも。
「以前、このような事件に出会ったことがあります。きっと妖精の一種ボギーの仕業でしょう――」
あら?でも、ホグワーツでは姿現しも姿くらましも出来ないはずだわ。
「私がドイツを旅していたときです。ある村で助けを求められましてね。この部屋のようにどの家も――」
ホグワーツで姿現しできるのはダンブーと屋敷しもべ妖精だけだけどハリーを狙うはずないし。
「そして駆除呪文で奴らを追い払ったんです。私は獰猛な奴らを部屋の隅に追い詰め、このように!」
『んっ!?』
ユキの顔色が一瞬で青くなる。
「ボギー妖精よ、消え去れ!インセクシムターム!」
ロックハートの杖先はユキの目の前。
逃げるまもなくユキの体は吹き飛ばされる。
まさか、こいつにやられるなんて……
「なんてことだ!私の愛しの君を攻撃するとは、忌々しいボギー妖精め!」
芝居がかったロックハートの叫び声が廊下に響く。
目の前でチラつく白い歯。
薄れていく意識。
お前の呪文のせいだ、このヘボ教師!と心の中で悪態をつきながら、ユキは意識を失った。