第2章 純粋な猫
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8.ホグワーツの伝説
ハロウィンから数日後の金曜日、ユキは校長室に来ていた。
「おぉ、ユキ!ファンレターへの返事を書くのを手伝いに来てくれたのかの?」
『違います』
きっぱりと断ってユキは部屋の真ん中まで進み出た。
机ではダンブルドア改め、人気恋愛小説家であるキャンディ・ブルートパーズがせっせとファンレターへの返事を書いている。
「人気者は大変じゃのう」
ハァァと妙に癪に障るため息をつきながら首をふりふりダンブルドアが言った。
机の上に山済みになった手紙はロックハートの部屋の机の上にあったファンレターの数と良い勝負だ。
ユキはそんなダンブルドアを無視して不死鳥フォークスの羽の付け根を掻いている。
「それで、今日はどうしたのかの?ユキが校長室に来るのは珍しい」
『今日は先日の石化事件のことでお聞きしたいことが』
ユキの言葉にダンブルドアは顔をあげて両手を机の上で組んだ。
『あれから犯人について手がかりはありましたか?』
「いいや。残念ながら全くじゃ。何か気になることがあるのかの?」
『校長先生は今回の石化事件、ヴォルデモートと関係があると思いますか?』
ユキは弱ってきているフォークスを撫でながら聞いた。
「ほう、どうしてそう思ったのかの?」
『すみません。今回は何の証拠もありません』
ユキは肩をすくめながら後を続ける。
『あのような高度な闇の魔術をホグワーツ内で使える魔法使いをヴォルデモート以外に知らないので。先入観を持つのは良くないと分かっているのですが気になってしまって』
「ふむ。そうじゃのう」
ユキの言葉を聞いたダンブルドアは長い髭をゆっくりと撫でた。
髭を撫でるのは考えている時にする癖だ。
「儂もその可能性は考えたのじゃが奴には不可能なはずじゃ。賢者の石を手に入れる事を失敗して体が弱っておるはず。今は……アルヴァニアの森に身を潜めておる」
『アルヴァニア?』
ヴォルデモートの居所が掴めているとは思わなかったユキは目を瞬く。
そして聞いたことのない地名に少しだけ小首をかしげてみせた。
「アルヴァニアの森はクィレルが修業中にヴォルデモートと出会い憑依された場所じゃ。念のため、この森をクィレルに調べてもらったら奴の痕跡が見つかった」
『なんですって!?Mr.クィレルがヴォルデモートを追っているのですか!?』
ユキの口から大きな驚きの声が上がる。
ヴォルデモートの力を求め、自分の体に憑依させ、そのせいで死にかけたクィレル。
任務には守秘義務があるので、今までユキはクィレルに任務について質問したことはなかった。
思いがけず今の魔法界で最も危険であろう任務についていたことを知り緊張する。
「クィレルが再びヴォルデモートに魅入られないか心配かの?」
『いいえ。今の彼なら大丈夫でしょう。だが、Mr.クィレルは憑依されて死にかけた。心の中に恐れもあるはず。そうでなくても危険な任務だ』
聖マンゴ疾患障害病院で正気を失いかけていたクィレルを思い出し、ユキは『あぁ……やっぱり心配です』と眉を寄せて呟いた。
「気持ちは分かるが、クィレルなら大丈夫じゃよ。クィレルは誰にも見つからず密かに動く事に長けておる。森の中を彷徨いながら修行していた時もある。上手くやっておるよ」
ユキを安心させるようにダンブルドアは微笑んだ。
「しかし、そうじゃの。ヴォルデモートが配下の者を使って何事かを企んでおるやもしれん」
『配下とは死喰い人と呼ばれる人たちですね』
「さよう。実は今日、クィレルからヴォルデモートが潜んでいそうな場所が見つかったと報告があった。そして、今しがたクィレルにヴォルデモートの状態を確かめるように頼んだのじゃ。アルヴァニアへ向かうのは明日か明後日じゃろう」
『Mr.クィレル一人でですか?』
「場所を確かめに行くだけじゃから一人で行くと言っておった。大人数で行けば逃げられるかもしれんからの」
ユキは暫く考えてから口を開いた。
『私も一緒に行かせていただけませんか?ヴォルデモートの様子を実際に確かめてみたい』
ユキにとってクィレルは大事な友人、それに万に一でも石化事件の手がかりを掴めるかもしれないめったにない機会。
「体は問題ないのかの?」
『大丈夫。問題なく動けています』
「ふむ、ふむ」
ダンブルドアは髭を撫でながらグルグルと校長室の中を歩き始めた。
不死鳥のフォークスが小さな声で、しかし美しい歌声で鳴く。
「今回はかなりヴォルデモートに接近できるかもしれん。確かに、ユキが一緒の方が良いかもしれんの。ただし、同行するなら約束をしてもらわねばならない」
『必ず守ります』
ブルートパーズの瞳をユキは真っ直ぐに見つめ返す。
「一つは今回の任務で得た情報は儂以外に他言しないこと」
『無論です』
「そして、何より大事なのは―――」
ダンブルドアはユキの両肩にポンと手を置いた。
青い目がキラキラと輝く。
「無傷でホグワーツに戻ってくることじゃ」
ユキはニッコリと笑い、力強く頷いた。
***
『ねぇ、結界もトラップも強力になりすぎ!!喉乾いた。お茶ちょうだい』
バタンッと勢いよく扉を開けて家に帰ってきたユキは優雅にお茶を楽しんでいた同居人の前に倒れ込んだ。
山の麓から頂上にある家までの間にはユキとクィレルが施した結界とトラップが張り巡らされている。
そしてそれは前回家に戻った時よりも一段と強力になっていた。
どのような罠があるかある程度知っているユキでさえこの有様。
この家は購入から数ヶ月の間でユキ、クィレル、そして頻繁に遊びに来るダンブルドアの三人しか突破できない鉄壁の守りで固められていた。
『これじゃあ、お客さん呼べないよ』
「来ないほうが有難いですね」
クィレルはユキに奪い取られそうになったカップをひょいとかわして口に運んだ。
『私、何か気に触ることしたかしら?もしかして―――スネイプ教授?』
ユキがおずおずと視線をあげると不機嫌そうな顔が目に入った。
「ええ、そうです。あなたが私に無断でセブルス・スネイプを招いた事ですよ。もしかしてではなく、それです!しかも男!この家に二人きりになって!」
『わわわ!そんなに怒らないで。反省しているから。同居人に無断で悪かったわよ』
「本当によく反省して頂きたい」
『う……ごめん』
「もうしませんか?」
『しません。ごめんなさい。ごめんなさいっ。反省してるから許して!』
手を合わせてユキがクィレルの様子をオロオロと窺っていると、クィレルは満足そうにフッと口の端を上げた。
「妻の可愛い顔には降参ですね」
『え?ごめん。よく聞こえなかったんだけど?』
「許しますと言ったのですよ。そんな事より」
クィレルはカップをソーサーに置いて小さなため息をついた。
「私が怒っているのは最近のことですよ」
『ええと……思い当たることが多すぎてどれのことイタッ』
ピンと指で弾かれた額。
ユキは眉をハの字にしてデコピンされた箇所をさすった。
「ハロウィンの日にあなたの影分身が石化されたことですよ」
『うっ。お耳が早いことで』
「あなたに何かあったら教えてもらえるようにダンブルドアにお願いしてありますから。いつまでも床に転がってないで座りなさい」
促されてユキがソファーに横並びに座ると、クィレルが二人分の紅茶を注いだ。
「体は大丈夫ですか?」
『少し疲れるけど大丈夫。一体だけなら問題なく普段通りに動けるよ。だから明日も予定通り行ける』
「それならいいのですが……念のため聞きますが、二体以上石化するとどうなるのですか?」
ユキは飴色の水面に映る自分の顔を見つめながら考え込む。
言うべきか言わざるべきか……
余計な心配をかけたくはなかったが秘密にしても彼にはバレてしまうと判断して顔を上げる。
『……今の私は石化された影分身に魔力を送り続けている状態なの。多重影分身は魔力の消費が激しいから私の国では禁術に指定されているほどよ。もし、何体も石化されたら体が持たなくなるわね』
「命に関わると?」
『そういうことになるわ』
他人事のように淡々と説明するユキを見てクィレルは眉間に皺を寄せた。
「……ダメです。明日は中止です」
『嫌よ』
「今すぐホグワーツに帰って、いえ、事件が解決するまでこの家から出ないでください。明日の任務は私一人で行います」
『危険な任務になるわ。Mr.クィレルを一人で行かせられない』
「危険だからこそユキは連れていけません」
『私は大丈夫よ。足でまといになんかならないわ。明日の任務は予定通り二人で行きましょう』
「わがまま言わないで下さい」
『さっきもいったけど体は何も問題ない。自分の事は私が一番よくわかっている』
「どうしてもと言うなら明日の任務は中止にします」
『Mr.クィレル!』
「私はあなたが心配なのです!」
ユキは真っ直ぐな眼差しを受け止める。
クィレルは先程よりも険しい顔で唇を結び、両手を膝の腕で強く握り締めていた。
その手は強く握りすぎて肌の色が変わってしまっている。
重い雰囲気の中、先に口を開いたのはユキだった。
『生徒を守りたいの』
ユキは真っ直ぐにクィレルの目を見つめ返した。
普段黒すぎて感情の読み取れない瞳が珍しく意志の強そうな強い輝きを持っている。
『慎重に動く、無理をしないと約束するわ』
「ですが―――」
『お願い。私を信じてほしい』
ユキはクィレルの両手に自分の手を重ねた。クラリと揺れる頭にクィレルは軽く頭を振り、天井を仰いだ。
「まったく。あなたという人は……」
惚れた女性の強い眼差し。
信じて欲しいという言葉を拒絶することはできない。
クィレルは長い長いため息をついて肩を落した。
「その約束必ず守ってください」
『えぇ』
「もし破れば問答無用で家に連れ帰ります」
ユキは一年前の事を思い出す。クィレルはユキの監視の目から逃れている。いつの間にか背後を取られたこともある。
もし約束を破るようなことになれば、ユキはクィレルにホグワーツから拉致されるだろう……。
『そうだ。聞きたいことがあるの』
ユキはテーブルの上に羊皮紙を広げはじめた。
紙の上に几帳面に引かれた線。
羊皮紙数枚にわたって書かれていたのはホグワーツ城の地図。
「ユキが作ったのですか?」
『こちらに来た日から作り始めたのだけど、ホグワーツは広くて時間がかかったわ。おまけに階段が動くし、部屋が移動したりするから大変だった」
「あなただけは敵に回したくないですね」
闇の帝王はユキの力に興味を持っていたが、こういった面も大層気に入っていた。
『秘密の部屋ってどこにあるか知ってる?私の影分身とミセス・ノリスが石化されたとき、近くの壁に奇妙な言葉が書かれていたの』
ユキはハロウィンパーティーの日の出来事をクィレルに話した。
秘密の部屋は開かれたり
継承者の敵よ、気をつけよ
特にこのメッセージは一番気にかかっていた。
『秘密の部屋ってどこの部屋かしら?継承者の敵って?』
「少し待ってください。読んだことがあります」
クィレルはそう呟きながら階段を登って自室へと消えていき、ほどなくして一冊の本を持ってきた。
タイトルにはホグワーツの歴史とある。
パラパラとページが捲られ、ホグワーツの創設というページでとまった。
「ホグワーツの創設者は知っていますか?」
『私が手紙を渡す予定だったサラザール・スリザリン。それにゴドリック・グリフィンドール、ヘルガ・ハッフルパフ、ロウェナ・レイブンクローだったよね』
「そうです。この四人の創設者たちは当初、魔力を示した若者を探し出しては城に誘い教育しました。しかし、時が経つにつれてスリザリンと他の三人の間に意見の相違が出てきます。スリザリンは選別された生徒、純粋に魔法族の家系に生まれた者にのみ入学を許可すべきだと主張したのです」
『純血って呼ばれている人たちのことだね』
「はい。そして、この問題を巡ってスリザリンはグリフィンドールと激しく言い争い学校を去ります。そして、ここからは伝説ですがスリザリンは城を去る前に他の創設者には知られていない“秘密の部屋”を作ったと言われています。その部屋は彼の真の継承者のみが開けることができ、その中の恐怖を解き放ち、魔法を学ぶに相応しくないものを追放するとされています」
『秘密の部屋の中に眠る恐怖――なんだろう』
「残念ながらどの本にも書かれていません」
『そっか……』
ユキは苛立たし気に膝を指でトントンと叩いた。
生徒たちは今回の事件ですっかり怯えてしまっている。
犯人の手がかりさえ掴めていないため、何を警戒したらよいのか分からない状態。
「ジニー・ウィズリーのことですが」
『何かわかったの?』
以前、ジニーの中に別の何者かの魔力を感じた時、クィレルに相談していたのだ。
「古い闇の魔術書の中にあなたが言っていたようなことが書いてありました」
クィレルから渡されたのは見た目からも古いと分かる魔術書だった。
示されたページを見ると魂の魅力とある。
術をかけられた物は意志を持ち、その物と交流することで魂が物に吸い取られていくというもの。
「学生が使えるような魔術ではありません」
『そうだね』
「あれからMs.ウィーズリーの様子は?」
『最近は落ち着いているように見えるわ。あの時感じた嫌な魔力、気のせいだったらいいのだけれど……彼女のことは気をつけて見てみることにする。ありがとう、Mr.クィレル』
「どういたしまして。お役に立てて良かったですよ」
ユキは何度か目を瞬いたあと、フイとクィレルから視線を逸らした。
なぜか心臓が跳ね上がったからだ。それは時々スネイプに感じるのと同じ感覚。体温が上がり、鼓動が早くなる。
ユキは自分の感情に混乱して顔をしかめた。
『なぜ?』
「どうしましたか?」
突然頭を抱えて膝に顔がくっつくまで体を折り曲げたのを見て石化の影響が出たのかもしれないと思ったクィレルは慌ててユキの背中に手を添えた。
頭をくしゃくしゃとしながら小さな唸り声をあげている。
「どこか痛むのですか?横になってください」
『大丈夫。これは体の問題ではなく……』
「いいから、横に、なりなさい」
無理矢理ソファーに横にされたユキの目に飛び込んできたのはクィレルのドアップの顔。
一瞬で顔は真っ赤に変わり、心臓は早鐘を打ち始めた。
「急に熱が上がったようですね」
『すぐに戻るよ』
「その根拠はなんです?」
普段の無茶っぷりを知っているクィレルはユキの言葉を信じない。
熱を計るために額に手を置いた。
『ひゃいっ』
「ユキ?」
『は、走って頭冷やしてくる』
「馬鹿言わないでください」
ジタバタと暴れるユキの肩をクィレルは押さえつける。
全力で押さえつけないといけないほど抵抗する様子を見て体調が悪いのではないと分かりホッとする。
では、なぜ赤くなったのだろうと考えていると隙を付いたユキにひゅるりと逃げられてしまった。
「急に立ち上がると立ちくらみしますよ」
『私、そんなやわじゃないわよ。それに、こういうの時々あるから心配しないで』
クィレルと距離をとったユキの顔色は普段通りに戻っていく。
「時々あるだなんて。健康診断は毎年受けていますか?」
『去年も今年も異常なし。Mr.クィレルは過保護だわ』
「ユキに何かあったら私は生きていけませんから」
『?』
「それだけあなたが大事だという意味ですよ」
再びユキの体温は急上昇
『あ、あのね、聞いてもいいかな?』
「なんでしょう」
沸騰しそうな頭を回転させながらユキは言葉を探す。
スネイプと接するとき胸がドキドキしたり、息が苦しく、体が熱くなり心が温かくなったりしたことがあった。
もしかしたら、これが恋している状態なのかもしれないと思っていた。
しかし、今クィレルに対しても同じような状態になっている。
ユキはこの状態は恋ではないと結論づけたのだ。
『私、今ね。体が熱くなって、強張って、呼吸しづらい状態なの』
恋じゃないと思うと頭が冷えて冷静になっていく。
そして、この状態、感情は何なのか興味が沸いてきた。クィレルなら知っているだろうと思いユキは自分の状態を説明し始める。
『胸がぽかぽかしたり、痛む時もあるの。誰に対してもってわけじゃなくて、Mr.クィレルとスネイプ教授にだけなんだけど。この状態って何だろう?』
と答え難い質問を投げかける。
続けて初めは恋心だと思ったが一度に二人に抱くなんておかしいもの。と続けるのだからクィレルは言葉が出ない。
今のクィレルの感情は嬉しさ半分、嫉妬が半分。
自分だけに抱いている感情だと言われていれば肯定できたのに同じ感情をスネイプにも抱いているという。
肯定すればスネイプが好きだという事をユキに自覚させることになる。
スネイプがユキに対して何とも思っていなければいいのだが、クィレルが見たところスネイプもユキに対して好意を抱いている様子だった。
毎日会っているスネイプと月に数度しか会えない自分。どう考えても分が悪い。
「それは……多分ストレスだと思います」
考えた挙句、無難な返事をする。
『すとれす?』
ユキは納得できない答えに顔をしかめた。
毎日よく食べ、よく動き、よく食べ、よく食べ、よく食べる満ち足りた毎日を過ごしている。
『思い当たらないけどな。あ、ロックハート教授とか……』
「新しい闇の魔術に対する防衛術の教授ですね」
何か思い当たることがあるらしい。
クィレルは気の毒そうな顔をユキに向けた。
『チキンに拡大呪文をかけてくれようとしてくれたんだけど、なぜか爆発したの』
この時ユキは初めてロックハートに対してキレた。
思い返すとロックハートに迷惑をかけられたのはこれだけではない。
『合同授業で“ロックハートの英雄劇”とかいうのをやらされるし、時々会話が成立しなくなるし、意味不明の内容の手紙送ってくるし……はぁぁ』
「苦労しているのですね」
『最近、変化の術覚えたよね。一日でいいから私の代わりにロックハート教授の相手してくれない?』
「お断りします」
にべもないクィレルの即答にユキは頬を膨らませる。
頭の中から恋心の話はすっかり消えていた。