第2章 純粋な猫
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7. 仮装大会
学生の頃、パーティーやイベントは嫌いだった。
それは今も変わらない。
「セブルスや、ユキを見なかったかの?」
書類から顔を上げて校長を見ると燕尾服を着て頭に馬鹿げた帽子を被っていた。
顔を上げるのではなかった……
「職員室には来ておりません」
「ううむ。一緒に揃いの仮装をしようと思っておるのだがのぅ」
校長の手に視線を移す。その手には水色のワンピースに白いエプロンがついた女性物の服が握られている。
「それを雪野に着せる気ですか?」
ヒラヒラとしたフリルのついたスカートは履けば太ももがほぼ露わになるであろう長さだ。
「可愛いじゃろ」
なぜか校長はワンピースを自分の体に合わせてみせてきた。急に頭が痛くなった。
我輩は仕える人間を選び間違えたのかもしれない。
「不思議の国のアリスちゃんじゃ」
ダンブルドアが服を自分にあてたままその場でクルリとターンしてスカートの裾をつまんで見せてきた。
不思議なのはこの人の頭の中だ。
「儂がアリスでもよかったかもしれんのう!」
耳汚しの言葉が聞こえた。
「インセンディオ」
思わず衣装を焼失させる。
「な、なんてことをする熱っあちゃちゃちゃちゃ!!!」
火がダンブルドアの髭に燃え移り愉快な悲鳴が職員室に満ちる。
「ひぃっ。儂のヒゲが半分になってもうたっ。なんてことじゃっ、なんてことじゃっ」
ダンブルドアはマダム・ポンフリーの名を連呼しながら職員室を出て行った。途端に頭痛が消えていく。
「フフ。アルバスったら髭まで焦がしてマッドハッターになりきっているのね。愉快だわ」
入れ違いに妙に機嫌のいいマクゴナガル教授が入ってきた。
「ユキを見なかったかしら?」
「見ておりません」
「部屋にもいないしどこに行ったのかしら。困ったわね」
「……それは?」
まさかマクゴナガル教授まで仮装をするのだろうか。手に服を持っている。
「パーティーの前にユキに着せてお見合い写真を撮りたいの」
「っ!?」
目の前で広げられた服を見る。
膝丈まであるワインレッドの上品なワンピース。
「見合いとは……雪野が?」
「気になる?」
正直気になる。
「いえ。雪野の見合い相手が気の毒だと思っただけです」
「あらあら、素直じゃないわね。こじれたほうが私たちとしては有難い展開だけど……」
「は?」
「気にしないで頂戴こちらの話よ」
マクゴナガル教授は曖昧に笑って服を畳んだ。
「ユキったら恋愛に疎いでしょ。悪い男に引っかからないように経験積ませようと思って」
「経験ですか」
確かに夜に何の躊躇いもなく男を自室に入れてしまう。以前ロックハートに襲われかけたのに、その事を忘れたように普通に接している。お菓子に釣られてロックハートの部屋にお茶をしに行っているのを見た時は色々な感情を通り越して呆れてしまった。
「雪野には見合いの前に常識を叩き込みたいものですな」
「……それもそうね」
どこか遠い目をしてマクゴナガル教授が言った。
「お見合いは外に出しても恥ずかしくないように教育してからにしましょう」
その言い方だとホグワーツには外に出したら恥ずかしい教員がいるということになるが?
……この学校の行く末が心配だ。
「せっかく買ったし渡してくるわ」
マクゴナガル教授は職員室を出て行った。
あのワインレッドのワンピースは肌の白い雪野に似合うだろう。
「私の愛しいスミレ姫は何処に!」
空想しているとロックハートが馬鹿馬鹿しい身振りをつけて職員室に入ってきた。
あいつの顔を見るといつも何かを殴りたい衝動に駆られる。
「あぁ、スネイプ教授。私の最愛の人、ユキを見ませんでしたか?」
やけに白い歯をきらめかせたロックハートは真っ白なタキシードを着ている。嫌な予感しかしない。
「知らん」
「職員室にいて下さいと申し上げたはずなのに一体どこに行ったのでしょう」
大仰にため息をついているロックハートが持っているのはウエディングドレスだ。
雪野は逃げ回っているのだろう。朝から姿を見かけない理由が分かった。
「もしかしたらマリッジブルーに陥ってしまっているのかもしれませんね。可哀想に!気づいてあげるべきでした。私のような有名人の花嫁になるのが不安になってしまったのでしょう。私のように常に世間から注目を浴びる人間の隣にいるのは――――」
こいつと話すと疲れるので放っておく。
ロックハートは職員室の真ん中で五分ほど大きな独り言を言ったあと出て行った。
「はぁぁ。ハロウィンなどなくなってしまえ」
頭痛がするような気がして眉間をもみほぐす。
ようやく一人になることができた。
これで邪魔されずに仕事ができる。
羊皮紙を広げて羽ペンを手に持った時、職員室の扉がまた開いた。
「今度は誰だ?」
「あ、スネイプ教授だけなんですね」
生徒が入ってきた。
「誰に用かね?」
見たことのない女子生徒だ。
東洋人は人数が少ないので目立つはずなのだが……
「避難しにきました」
「避難?職員室は生徒の遊び場ではない」
「邪魔しませんから」
「五月蝿い。いるだけで仕事の邪魔だ。今すぐ出て行け」
肩を竦める女子生徒を睨みつける。
この馬鹿はどこの寮だ?
減点しようにもネクタイを締めていないので所属の寮がわからない。
「どこの寮生だ?制服を着るときはネクタイを着用しろと校則に書いてあるだろう」
「ネクタイ結べなくて」
やはり、こういう馬鹿はあの寮だ。
今も昔も変わっていない。
ローブから出した赤いネクタイをグルグルと振り回している。
「自分の身なりくらい整えられるようにしろ。グリフィンドール五点げんっ!?」
「うわっ。びっくりした。ダメですよ」
減点を告げようとした瞬間、膝の上に乗られて口を塞がれた。
「き、貴様!!」
手を払いのけると、楽しそうな顔が目の前にあった。
「自分が何をしているかわかっておるのかね!?」
「プッ。フフ」
自分の怒鳴り声に被さって響くコロコロと鈴を転がすような笑い声。
「何がおかしい?」
「だって、スネイプ教授ったら本当に生徒だと思っているから」
「は?」
ひととおり笑い終えて顔を上げた少女の目には見覚えがあった。
漆黒の瞳
「お前……雪野か?」
『やっと気づいてくれましたね。遅いですよ』
してやったりといった顔で笑っている。
ホグワーツ1年生くらいの年齢だろうか。子供の身長、体型にあどけなさの残る顔。
濃淡のない黒い瞳だけは変わっていない。
『ハロウィンの仮装です。上手く化けられているでしょ?』
「君の子供の頃の姿は知らないが、よく変身できている」
『スネイプ教授の子供の頃の姿も見てみたいです』
「生憎だが手元に魔法薬がない」
持っていたとしても使用する気はない。
『忍術でポンッと!簡単ですよ』
「君にとっては簡単だろうが、我々魔法族には杖も魔法薬も使わずに若返ったり、他人に変身することは難しい」
前年度の入学式、雪野はポリジュース薬を使わずに魔力だけで自分の姿に変身した。体だけでなく服装も変えてしまう忍の技に驚いたものだ。
『んー私にはアニメーガスや家具に変身する方がよっぽど難しいと思いますよ』
「そうか?」
『そうですよ!ミネルバが猫になったのを見た時、衝撃を受けました。暇があればアニメーガスの練習をしていますが全然できません』
悔しそうにぷくりと頬を膨らませている。
「君にもできないことがあるのだな」
『いっぱいありますよ』
魔法界に来てから数日でホグワーツで学ぶ七年分の履修内容を習得し、賢者の石が隠された部屋に一緒に向かった時は圧倒的な力でトラップを突破していった。
普段のふざけた態度で忘れているが、彼女は闇の帝王が欲するほどの力を持つ者だ。そんな彼女にも魔法関連で出来ないことがあると分かり、少しだけ安心する。
「それで、いつまで乗っているつもりだね?」
『何がです?』
「君が今いるのは我輩の膝の上だ」
『うわっ。ごめんなさい!』
本当に忘れていたらしい。
膝から飛び降りた雪野は真っ赤な顔をして慌てふためいている。
『座り心地がよくて、つい』
「……馬鹿者」
『すみません』
どうせ我輩が馬鹿と言った意味を分かっていないだろう。
すぐに顔を赤くするくせに、無意識に大胆な言動をしたりする。
その度に理性を保つ努力をしているこちらの身になって欲しいものだ。
「ネクタイを貸せ。結んでやる」
『お願いします』
まだ顔を赤くしている雪野からネクタイを受け取り、杖を振る。
グリフィンドールの赤からスリザリンの緑へと色を変える。
『ぎゃっ!なにしてくれるんですか!?』
「スリザリン寮監である我輩にグリフィンドールのネクタイを結ばせる気かね?」
『出た。暴君』
「何とでも言いたまえ。そもそも、なぜグリフィンドールカラーなのだ?」
『仮装の相談をしたのがグリフィンドールの生徒だったから』
中庭で生徒と輪になってはしゃぐ姿が容易に想像できる。
『借り物なので元に戻してくださいよー』
「生徒に借りた!?もう少し教員であるという自覚を持てっ」
『ぐえっ』
「動くな」
『…………(首締まってます)』
「できたぞ」
手を離すと肩で息をしながらよろよろと後ろ歩きで離れていった。
改めて制服に身を包んだ雪野を見る。
普段は髪を結い上げているが今日はおろしている。
胸に届くほどの長さの黒髪は動くたびにさらさらと揺れ動く。
『窒息寸前にさせてニヤつくなんて、根っからのサディストですね』
「陸にあげられた人面魚を思い出しましてな」
『失礼だな。いや、顔は人間だから怒ることないのか』
「……」
あらぬ誤解を生みそうだから制服を着た少女姿の雪野に見蕩れていたとは言えない。
『人面魚って食べられますか?』
「考えたくもないですな」
不思議そうな顔をするな、馬鹿。
「顔は人間。人と同じように話すのだぞ」
『あ、そうか。それは食べられませんね』
それは嫌だと言って、雪野はソファーに腰掛けた。背が縮んだせいで床に届かないらしく、両足をブラブラと振っている。こうしていると本物の生徒のように見えてきて不思議な気分になる。
もし、雪野と学生の頃に知り合っていたらどうなっていただろうか。
彼女の性格ならグリフィンドールだろう。パーティーが好きで、勇敢で、悪戯をするのが好きで……
同じ学年だったならばポッターたちの仲間になっていただろう。そう思うとぞっとする。
『もし、私がスネイプ教授と同じ時期にホグワーツの学生だったら、私と友達になってくれましたか?』
頭を見透かされたような言葉にどきりとする。
雪野はいつの間にかソファーから窓辺に移動していた。
「同じ寮だったらな」
『違う寮だったら友人にはなれなかった?』
こちらに背を向けて鉛色の空を見上げながら雪野が聞いた。
「話すこともなかっただろう」
『酷いなぁ』
拗ねたような声で雪野が呟く。
「寮が違えばそういうものだ」
胸がキリリと痛んだ。
振り返った雪野の顔が泣きそうに見えたからだ。
しかし、その表情はほんの一瞬。
『私、寮が違ってもスネイプ教授と仲良くしたいですよ』
ローブの両ポケットに手を突っ込んで笑っている。
『嫌がっても追いかけます。スリザリン寮への侵入は容易いですからね。逃げても寝床まで追いかけてやる』
「男子寮に来る気か?」
『ダメですか?』
これは出会ったばかりの頃の雪野の笑顔だ。
「当たり前であろう」
作り笑いはもうするな。
「頼むから別の場所で話しかけてくれ」
『え?』
「学生時代に君と知り合っていたら……我輩の学生生活も楽しいものになっていた、と思う」
雪野はきょとんとした後、自然な笑顔で頷いた。
「大広間に行くぞ」
『もうこんな時間だったんですね』
扉を開けて玄関ロビーに出る。
「本当にその姿で行く気かね?」
『もちろん!』
振り向くといつの間にかネクタイの色が赤へと変わっていた。
「なぜ赤に戻した?」
『ハリーから借りたネクタイだから、色変えたら怒られちゃいます』
「チッ。そのネクタイ捨てろ」
『生徒の持ち物ですよ!?』
「構わん」
『えぇっ。そんな滅茶苦茶な』
「寮監以外の者が特定の寮を贔屓するようなことをしてもいいと思うのかね?」
『それは、確かに……』
杖を取り出してネクタイを軽くたたいてグリフィンドールカラーから紫に変える。
ポッターのネクタイを身につけさせたくないが、今はこれで我慢するとしよう。
『ありがとう』
素直に礼を言われ、複雑な気分になりながら大広間の扉を開ける。例年通り、天井には幾千もの蝋燭が浮かび、コウモリが舞っている。
『うわぁっ。やっぱりハロウィンはいいですね!』
「そうだな」
自分の口から出た言葉に驚き、苦笑する。
数時間前までパーティーは嫌いだと思っていたではないか。
『今日は校長が骸骨舞踏団も呼んでくださっているそうですよ。楽しみです』
この心の変化は横で大はしゃぎしてコウモリを捕まえている彼女のおかげだ。
『本物の蝙蝠なんだ』
「離してやれ」
『んーー』
「まさか、美味しそうなどと思っているのではなかろうな?」
自分のアニメーガスは蝙蝠。
手の中で身をよじっている蝙蝠を見て少しだけ背筋が寒くなった。
『食べませんよ。飼えるかなと思って』
「ペットにするつもりか?」
『私の国では幸運を運ぶと言われています。可愛いなぁ。ペット欲しいなぁ』
吸血鬼とつながりのある蝙蝠は忌み嫌われているため意外な答えだった。
優しく撫でられている蝙蝠は気持ちがいいのか雪野の手の中でおとなしくなった。
『でも、仲間といたほうがこの子のためですね』
飛び立った蝙蝠はパタパタと頭上を飛び回ってから飛んでいき、天井の蝙蝠に紛れていった。
横に視線を移すと雪野の微笑が目に映り不思議と胸が温かくなっていった。
大広間のあちらこちらで鳴る巨大クラッカー。骸骨舞踏団のコンサートの鑑賞。
デザートの前にパーティーではお馴染みとなった雪野とダンブルドア(アリスの衣装を着ていた)の大乱闘を見物。
瞬く間に時間が過ぎていった。
『ダンブーったらパンチラとかするんですよ』
乱闘を終えた雪野がげんなりした顔で椅子に座った。
「カボチャパイ食べるか?」
『はいっ』
顔がパッと輝いた。
カボチャパイの他にもデザート数種類を取り分けておいた皿を雪野に渡す。
『嬉しい。取っておいて下さったのですね!』
雪野は満面の笑みでデザートをフォークに刺して口に運んだ。
『美味しいーー』
「よかったな」
一口食べるたびに顔をほころばせる様子を見るとこちらも嬉しくなる。
ガシャン
『ぇ……』
突然、雪野の手から落ちたフォークが派手な音を立てたと同時に白煙があがった。
煙の中から現れた雪野の顔からは笑顔が消え、青い顔で何かを考えるように一点を見つめ続けていた。
「どうした?」
『わからない……』
何かを考え込みながら硬い声で呟いた。
「外へ出るか?」
『いえ。水をいただけますか?』
ゴブレッドに水を注いで渡す。
震えた手でゴブレッドを受け取り、水を飲み終えた顔は血色を取り戻していた。
『もう大丈夫です。ありがとう』
ほどなくしてダンブルドアがゴブレッドを鳴らし、パーティーは終わった。
***
『さっきの一体何だったんだろ』
ユキは大きなジャックランタンを片付けながら呟く。
突然体に痛みが走り動かなくなった。だが、それは一瞬で今は痛みもなにも感じていない。
「校長先生!!」
その時、大広間に生徒が息を切らせながら走り込んできた。
「慌ててどうしたのじゃ?」
「フィルチさんの猫が……吊るされて、三階の廊下で石に――それに、それに……」
大広間に残っていた教師はダンブルドアを先頭に三階へと急ぐ。
静まり返った生徒たちの視線を辿って見えたのは松明の腕木に尻尾でぶら下がる管理人フィルチの猫。
生徒たちを押しのけて前に進み出る。
『さっきのは、これか』
ユキは苦々しげに呟き周囲を見渡した。
石化したミセス・ノリスの下に居たのは同じく石化したユキの姿。
手にした武器を振り向きざまに投げようとした形で固まっている。
泣き叫ぶフィルチの声が廊下に響き渡っていた。
―――秘密の部屋は開かれたり 継承者の敵よ、気を付けよ―――
松明に照らされて鈍い光を放つ文字。
「おまえが私の猫を殺したんだ!俺がお前を殺してやる!」
ハリーに掴みかかるフィルチをユキが引き離す。
「アーガス!落ち着くのじゃ。ユキ、大丈夫かね?」
『あれは影分身です。私は大丈夫』
しっかりした口調のユキにひとまず安心したダンブルドアはミセス・ノリスを腕木からはずした。
「一緒に来なさい、アーガス。それから君たち三人も一緒においで」
「校長先生、私の部屋が一番近いです。どうぞ、ご自由に」
石化したユキの体は教師たち全員の手で運ばれていく。明かりの消えたロックハートの部屋に入ると、肖像画があたふたと動いた。
恐怖で立ち尽くすハリー、ロン、ハーマイオニー。
ダンブルドアは机の上にミセス・ノリスを置き、指でそっと突っついたりしながらくまなく調べている。
その横ではユキが石化した影分身の正面に立って不思議そうに首を傾げている。
「猫を殺したのは異形変身拷問の呪いでしょう。私がその場にいたらユキの分身を守って差し上げられたのに!私は以前このような事件が起きた村を訪れたことがありまして、その時は私が村人たちに魔除けを授けましてね、事件は一件落着でした。あの時の魔除けをユキのために作って差し上げましょう」
と誰も聞いていない持論を展開するロックハートからユキを守るようにスネイプとマクゴナガルが立つ。
机の脇の椅子にがっくりと座り込み激しくしゃくり上げるフィルチ。
「アーガス、猫は死んでおらんよ」
ダンブルドアが腰を上げて優しく言った。
「死んでない?」
『うん。私の方も石になっているだけです』
石化した苦無を指でつまんでへし折ったユキはスネイプに睨まれて肩をすくめた。
「あいつだ!ポッター!あいつが私の猫を、ミセス・ノリスを石にしたんだ!」
「これは高度な闇の魔術じゃ。2年生に扱える魔法ではない」
ダンブルドアが言い切ってもフィルチは引き下がらずにハリーを責め続けている。
「もしかしたら、ポッターもその仲間も運悪くその場に居合わせただけなのかもしれませんな」
石化した影分身を見つめ続けているユキをチラリと見たあと、スネイプが仲裁に入った。
庇うような発言にハリーたち三人は互いに顔を見合わせている。
「しかし、なぜパーティーに出席せずに連中が三階の廊下にいたのか聞かねばなるまい」
ハリーたちは一斉にニックの絶命日パーティーの話を始めた。
「――ユキ先生もパーティーにいらっしゃいました。そうですよね、先生」
深い思考の渦に入っていたユキは急にハーマイオニー話を振られてビクリと肩を跳ねさせた。
その場にいる全員の視線がユキに集まる。
『私の影分身は多分、パーティーに行ったと思う』
はっきりと言い切らない答えに一同が怪訝そうな顔をしたのを見てユキは言葉を続けた。
『影分身の記憶は影分身が消えてはじめて本体の私に入ってきます。残念ながら、私の記憶はこの石になった頭の中のようだ。私がどうして三階に行ったかは分からないけど……パーティー会場にいたゴーストがあなたたちがパーティーにいたと証言してくれるはずだよ』
ユキは石化した影分身の頭をコツコツ叩きながら言った。
「君たちは雪野を追って、三階に行ったのかね?」
「いえ、僕たちパーティー会場でユキ先生とは別行動だったから――」
ロンの言葉にスネイプの暗い目がギラリと輝いた。
「なぜ、あそこの廊下に行ったのかね?」
「――ええと、それは――つまり――」
後ろで聞こえるやりとりを無視してユキは再び考え込んでいた。石化した影分身の様子からすると何者かの気配をギリギリまで感じ取ることが出来なかったのだろう。また侵入して来ないとも限らない。直ぐにでも捕まえたほうがいい。
『私の影分身を壊してみようと思います』
ポツンと聞こえた言葉。
唖然とする周りを無視してユキは影分身に向き直る。
『壊せば記憶が私に戻るかもしれません』
ユキは拳に力をこめて振り上げる。
『そしたら犯人もわかります―――桜花しょっイタイッ!!』
「馬鹿者!」
スネイプの怒声が部屋に響き渡った。ユキはよく馬鹿馬鹿言われているが、いつもの呆れたような楽しそうな声ではなかった。本気で怒っている声だ。
「どんな呪いをかけられたのか分からないのだぞ!本体の君に影響が出ないとも限らない」
張り詰める部屋の空気。
ユキは一瞬ポカンとしたがキッとスネイプを見つめ返した。
『犯人を野放しにはできない』
「ホグワーツに留まっているとは思えん」
『顔がわかれば捕まえられる』
「変身しているかもしれんだろう!それに自分を大切にしろと前にも言ったはずだ」
『私の体は強い。ある程度の呪いなら耐えられる!犯人をこのままにしろと!?』
「いい加減にしろ!君に何かあったら我輩は――」
突然口ごもったスネイプをユキは不審そうに見上げる。
「フォッフォッ。愛じゃのぅ」
「――っ」
『???』
楽しそうなダンブルドアの声が部屋に満ちる。
張り詰めた空気が緩んでいった。
「セブルスの言うとおりじゃよ、ユキ。自分を大切にしなさい。最近スプラウト教授がマンドレイクの苗を手に入れられたそうじゃ。十分に成長したら蘇生させる薬を作ることが出来る。それまで、早まってはならんぞ。アーガス、ミセス・ノリスもちゃんと元に戻るからの」
『……わかりました』
ダンブルドアの言葉にユキは拳を解き、フィルチの鬼のような形相も和らいだ。
「安心してください、ユキ」
ロックハートが突然口を挟んだ。
「マンドレイク回復薬は私が作りましょう。眠っていたって作れます」
ユキは爽やかなスマイルからクルリと背を向けて石化した影分身に拳を振り上げた。
『あいつにやられるくらいなら、せめて自分の手で……』
「早まるなっ」
スネイプが慌ててユキの腕を掴んだ。
「お伺いしますがね」
スネイプはユキを羽交い締めにしながら言った。
「この学校では我輩が魔法薬学の担当教諭のはずだが?」
凄みのある声にロックハートは何も言い返せず乾いた笑い声をあげるしかない。
「マンドレイク回復薬は我輩が作る」
スネイプの言葉に暴れるのをやめてユキはホッと息をついた。
『命拾いしたわ。よろしくお願いします、スネイプ教授』
ユキの失礼な言動や気まずい空気の中でもロックハートはめげない。
さっと進み出てユキの手を握り締めた。
「では、薬はスネイプ教授にお任せするとして、それまでの間石化したユキは私の部屋で守りましょう」
と、のたまった。
『やっぱり壊す!火遁』
「部屋の中で術を使うな!」
「すみれちゃん、私の部屋がホグワーツで一番安全です」
「一番安全なのは校長室じゃ」
『アリスの服を着た変態の部屋は別の意味で危険だ!』
「では、我輩の部屋に」
「なんと石のユキでもいいとはのう……ハッ!!セブルスはそういう性癖じゃったか!」
「ば、バカなことを言わないで頂きたい。薬は我輩の研究室で作るからであって―――」
「よいよい。人それぞれ嗜好は違うからの」
「愛しいユキ。私はいたってノーマルですから安心してください。あぁ、でもその制服姿は可愛いですね」
「なんとギルデロイはロリコンさんか!」
『あ、制服まだ着てたんだ。ところで、セイヘキって何ですか?』
「あなたたち!生徒の前ですよ!!」
顔を真っ赤にして怒るマクゴナガル
「子供には刺激が強すぎたの。さぁ、寮に帰りなさい」
ハリーたちが部屋を出た瞬間、残念な会話がぎゃあぎゃあと再開される。
結局、石化したユキの影分身はミセス・ノリスと一緒に医務室へと運ばれていった。