第2章 純粋な猫
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6.絶命日パーティー
スネイプ教授の風邪は次の日には良くなっていた。彼お手製の風邪薬が効かないはずはないのだが普段通りマントを翻して颯爽と廊下を歩く様子を見ると安心する。
『この時期は雨ばっかり。外で暴れたいーー!』
連日の雨でご機嫌斜めな忍術学教師は中庭に打ち付ける雨を恨めしげに見ながら叫んだ。
「廊下で癇癪を起こすな」
喉の調子も完全に治ったようだ。
甘いバリトンボイスが廊下に響く。
『だって、毎日、雨、雨、雨。思うように鍛錬も出来ないし、外の授業も延期ですし』
鉛色の空が恨めしい。
『楽しいことないかなぁ』
投げやりに廊下のベンチに寝転がると左頬を引っ張られる。
『ぐにに』
「行儀が悪い」
『痛い』
引っ張られた箇所をさすっていると、視界に呆れた顔が現れた。
「もうすぐハロウィンがあるだろう」
『あ』
「忘れていたのか?」
言われるまですっかり忘れていた。
「食い意地の張っている君が忘れるとは意外だな」
クツクツと喉の奥で笑うスネイプ教授。
『私の国にはない風習でしたから。それから、食い意地が張っている、は余計ですよ!』
去年の素晴らしいご馳走を思い出す。カボチャグラタン、カボチャパイ、カボチャケーキ。
現金なもので憂鬱な気分は吹き飛んでいた。
『こんなビックイベントどうして忘れていたのかしら』
「去年は色々とあったからな」
トロールの侵入や三頭犬との出会いなど大変な一日だった。Mr.クィレルにいたっては策謀に忙しくてハロウィンどころではなかっただろう。今年は何か楽しめるようにハロウィンらしい物と悪戯グッズを贈ろうと思う。
『すっごく楽しみになってきました』
「そうか」
スネイプ教授が微笑んだ。優しい笑み。
何やら気恥ずかしくて直視できない。
『せっかくだから仮装もしてみようかな』
気恥ずかしさを紛らわせるために話を進める。
去年はハロウィンの存在を当日まで知らなかった。どうせなら仮装をした方がパーティーをもっと楽しめるだろう。
『一緒に仮装しません?私、スネイプ教授の分も用意しま痛だだだだ!』
今度は思い切り両頬を引っ張られた。
「誰が仮装などするものか」
『えー見てみたいのに』
「パーティーの食事に毒を盛られたいか?」
この顔は本気でやりそうだ。
『残念。いつも黒い服を着ていらっしゃるから、思い切って古代ギリシャのトーガとか着てみて欲しかったです』
「絶対に持ってくるな」
スネイプ教授の顔は引きつっていた。
『私、何着ようかな~』
射殺されそうな視線を無視して想像する。せっかくだから非日常的な仮装をしてみたい。
去年の生徒たちは派手目なドレス、メイド、悪魔にマグルの癒者姿もいた。
「自分が教師だということを忘れないようにしたまえ」
『教師は仮装禁止ですか?』
「……いや。派手なものでなければ、いいとは思うが……」
歯切れの悪い答えが返ってきた。過去にとんでもない仮装(ダンブーあたり)をした教師でもいたのだろうか。
『例えば、どんな仮装がいいと思いますか?』
「そんなくだらない事を我輩に聞くな」
フイと顔をそらされてしまった。
『んー……あっ』
「なんだ?」
『いっそスネイプ教授に変化して仮装するとか?』
ブンッ
振られた杖先からサッと逃げる。閃光が石の椅子の上で弾けた。
『ふふ。冗談ですよ』
「お前ならやりかねん」
ブンッ
何度やったって同じこと。スネイプ教授の呪文から逃げると盛大に舌打ちされ、私は笑みを零す。
『残念でした』
「……命が惜しければ、よく考えて衣装を選ぶことだ」
『ふふ、わかりました』
仮装はスネイプ教授の怒りに触れないよう慎重に考えるとしよう。そうしないと今の形相から想像するにとんでもない呪文をかけられるか毒を盛られそうだ。
『さて、私は早速部屋に帰って仮装を考えることにします。楽しみにしていて下さいね!』
衣装は買うのか、作るのか。
まずは雑誌を取り寄せて研究しよう。
いつもより血色のよい薬学教授を残して、ユキは意気揚々と自室へと帰っていった。
***
「首なし狩のことだけど、僕にも何か出来ることがあればいいのに」
廊下の泥を杖で掃除しながら歩いていると面白そうな単語が聞こえてきた。
さっそく声のする方に走る。話をしていたのはハリーと首なしニックだった。
『こんにちは!ハリー、ニック。ねぇ、今すっごく面白そうな単語が聞こえたんだけど、なんの話をしているの?』
仮装を考えるのが楽しくて徹夜をしテンションがおかしくなっている私だったが、ハリーもニックも笑顔を向けてくれた。
「こんにちは、ユキ先生。今、ハリーを私の五百回目の絶命日パーティーにお誘いしていたところなのですよ」
『あぁ……それは、ええと、おめでとう?』
お祝いの言葉を言うか、お悔やみ申し上げるべきか迷ってハリーを見ると彼も戸惑ったような表情を浮かべていた。
「それで、厚かましくなければ、ハリー……私の絶命日パーティーに君をお招きしたいのですが……もちろん、Mr.ウィーズリー、Ms.グレンジャーも大歓迎です」
「パーティーっていつなの?」
「今度のハロウィンです。ですから、おそらく学校のパーティーに行きたいと思われるでしょう?」
ニックが緊張した様子でハリーを見つめている。
「僕、出席するよ!」
廊下にきっぱりとしたハリーの声が響いた。彼は優しい。困っている様子のほとんど首なしニックの誘いを放っておけなかったのだろう。
「なんと!あのハリー・ポッターが私の絶命日のパーティーに!」
ニックが叫んだ。
「ねぇ、ニック。ユキ先生も一緒に行ってもいいかな?」
「お誘いしたいのは山々なのですが、ユキ先生は学校行事に出席しなければなりませんから……」
教師である私は学校のパーティーに出席しないわけにはいかない。しかし、絶命日パーティーとはどのようなものなのか非常に興味がそそられる。頭をひねって良い案がないか考える。
『あの、私も出来ればあなたの絶命日をお祝いしたいの。ただ、学校行事は優先させないと行けないから影分身で行ってもいいかしら?』
影分身では失礼かもしれないと思ったが杞憂だったようだ。
目の前のニックは破顔して喜んでくれている。
「よろしければ、私がいかに恐ろしいゴーストかパトリック卿に話して下さることは可能でしょうか?」
興奮しているようだが遠慮がちに言うニック。
「大丈夫だよ」
『そうだ。さっき言ってた首無し狩について教えてくれる?』
私は首なし狩クラブの話とニックが入会できないこと、それからニックが斬首された時のことを聞いて二人と別れた。
***
ハロウィンの日がやってきた。
城には朝からカボチャの香りが漂っている。
大広間の前で本体と別れたユキの影分身は地下へと向かい、階段を下り終えたところでハリーたち三人と出会った。
「こんばんは。やっぱり地下は冷えるわね。みんな大丈夫?」
「多分、大丈夫だよ」
ハリーが身震いしながら言ってローブを体にまきつけた。
ひょろ長い真っ黒な蝋燭に灯った青い炎が
思わずみんなで顔を見合わせる。
「アレ、音楽のつもり?」
ロンが囁いた。
「私、音楽に疎いから分かんないな」
角を曲がるとニックが戸口に立っているのが見えた。
「お招きありがとう、ニック」
「親愛なる友よ……このたびは、よくぞおいで下さりました」
ニックは悲しげに挨拶し、恭しく帽子を取って、私たちを招き入れるようにお辞儀をした。
「うわぁ。すごいわ!!」
思わず歓声を上げてしまう。一歩部屋に入ると信じられない光景が広がっていた。見渡す限り白い半透明のゴーストでいっぱい。
不気味な金属音に合わせて混み合ったダンスフロアでふわふわと宙に浮きながらワルツを踊っているのが見える。
「すごく寒いわ」
「風邪ひいたら大変。このショール使って」
ハーマイオニーの肩にショールをかける。
「ありがとうございます」
「見てまわろうか?」
ハリーがその場で足踏みをしながら言う。
時々見たことのあるゴーストにも会ったが、ほとんどは城の外から来たゴーストだ。
見たことのない服装のゴーストが多く、見ていて楽しい。
「血みどろ男爵もいらっしゃっているわ」
壁際にスリザリンのゴーストである血みどろ男爵がいるのを見つけた。彼にはよく相談に乗ってもらっている。
「ご挨拶してくる」
「あーそしたら、僕たちは奥の方を見てくることにします」
ハリーたち三人は血みどろ男爵を見てぎょっとした顔をした後、ゴーストたちを避けながら部屋の奥へと進んでいった。
「みーんな男爵のこと誤解しちゃうのよね」
見た目は恐ろしいが、静かに話を聞いてくれてアドバイスをくれる優しいゴーストなのだ。もっと男爵の良さが皆にも伝わればいいのにと思う。
「こんばんは」
「……あぁ。Ms.雪野も招かれていたのだな」
男爵が生気のない声で言った。
死んでいるのだから、生気のないのは当然か。
「君は教師なのにこのような所に居てよいのか?」
「この体は影分身で本体はちゃんと大広間にいますよ」
「影分身とは?」
「実体のある分身です。この影分身が消えればちゃんと記憶が本体に行くようになっています。私、どうしてもゴーストのパーティーに参加してみたかったんです」
「生きた人間には楽しくないだろう」
「楽しいですよ!こんなに沢山のゴーストに会える機会はありません。装飾も音楽も違っていて面白いです」
「相変わらず変わっているな」
微かだが口角を上げて話す血みどろ男爵を周りのゴーストたちは驚きの目で見つめていた。
「寒くはないか?」
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
男爵はやっぱり優しい。
頬を緩ませながら男爵の隣でパーティー会場を観察した。部屋の奥の方でハリーたちがピーブズやマートルと話しているのが見える。部屋が薄暗くて何を話しているか見えないが、仲良くやっているようだ。
その時、私の真横の壁から馬のゴーストが飛び出してきた。それぞれに首なしの騎手を乗せている。
観衆から拍手が沸き起こった。
「わああお!」
「首無し狩クラブの者たちである。先頭におるのがパトリック卿だ」
「馬もゴーストになるのですね」
「主人に忠実な馬だったのだろう」
目の前では大柄のゴーストが高笑いをしながらニックの肩をバシバシ叩いている。
あれがクラブ会長のパトリック卿だろう。
「ゴースト同士は接触できるのですね」
「そうだ」
男爵が悲しそうな顔をした。
「私では君に触れることも叶わない」
手が氷水に突っ込んだように冷たくなった。
血みどろ男爵が私の手を取ろうとしてすり抜けたからだった。
「ゴーストになってみる気はないかね?」
「だ、男爵!?」
とんでもないお誘いに思わずのけぞる。
「冗談だ」
男爵はニヤリと笑った。
冗談とは思えないような冗談はさすがスリザリンのゴーストというべきか。
「我々はいつでも歓迎する」
否、冗談ではないのかもしれない。
目が本気。
「ハハハ。もしもの時はよろしくお願いします」
取り敢えず笑ってごまかしておく。
歩くときは頭上や背後に気を付けよう。
男爵と話しているうちに客たちの関心はパーティーの主役である絶命日であるニックから首無し狩クラブのメンバーに移ってしまっていた。
ニックがどれほど恐ろしいゴーストか話すように頼まれていたのに、盛り上がりすぎていて割って入っていけるような雰囲気ではなくなってしまっていた。
「ニック……」
意気消沈した様子のニックがふわりふわりとこちらへやってきた。
「お役に立てなくてごめんなさい」
「いえいえ。お気になさらないで下さい。お忙しい中、私のパーティーに足を運んで頂けただけで十分です」
そう言いながらも非常に残念そうな表情だ。
「また次の機会があるわ」
「そうですね。首なし狩クラブ入会については諦めずに入会希望を出し続けたいと思います。幸い、時間だけはたくさんありますから」
ニックは乾いた声で笑ってダンスフロアを見た。首なし狩クラブのメンバーが首ホッケーで盛り上がっているところだった。
「やーいやーい。めそめそ、泣き虫マートルちゃーーーん」
元気づけられないか考えていると突如、頭上からやかましい声がした。天井から突き抜けてきたマートルが銀色の涙を流しながらこちらへと飛んできて私を突き抜けた。再び氷のシャワーを浴びたように体が冷たくなった。
「ピーブズ!!」
「うげっ。なんで、ユキがいるんだよぉ」
急ブレーキをかけたピーブズが目の前で止まった。
「何をやっていたの?可哀想に。マートル泣いちゃっているじゃない」
「うわぁぁぁ。なんで俺様のことを掴めるんだよぉぉ」
「気合よ」
周りのゴーストがどよめいた。
「ピーブズったら私にピーナッツをぶつけてくるのよ!」
「なんてことするのよ!」
「どーせ、当たらないですり抜けちゃうんだから、いいじゃないかよぉ」
「み、みんな、そうやって。私のことからかって―――」
マートルがしゃくりあげながら壁をすり抜けて飛んでいってしまった。
「へへーんだ。おーれは何にも知らないよぉだっ」
「うわっ」
頭上からピーナツが降ってきて思わず手を離してしまう。
「今日はピーーーブズ様の勝ちだよ~」
「待ちなさい、ピーブズ!!っもう」
再び掴もうとしたがするりとすり抜けられて、どこかへ消えてしまった。
「ピーブズには困ったものですね」
「本当に。食べ物を粗末にするなんて!」
拾って食べようとしたらニックと男爵に止められた。
仕方なく杖を振って床を綺麗にする。
「私、マートルのこと追いかけに行きます。あの様子だと学校のトイレを全て壊しかねませんから」
直後に上の方から破裂音が聞こえた。
「そうなさったほうがよさそうです」
「今日はお招きありがとう、ニック」
私は血みどろ男爵にも挨拶をしてパーティー会場を出ていった。
きっとマートルはいつもいる三階の女子トイレに立て篭っているだろう。
玄関ホールに出る階段を上りきると大広間の賑やかなおしゃべりが聞こえてきた。かなり盛り上がっている様子だ。
「どちらのパーティーにも参加できてよかった」
ニックがクラブに入会出来なかったのは残念だったがパーティーは面白かった。生きているうちにゴーストのパーティーに参加できる機会など滅多にないだろう。
大理石の階段をあがり三階の廊下を進む。
「うわぁ。派手に壊したわね」
すでに廊下は女子トイレから流れてきた水で水浸しになっていた。中からする破裂音から察するにマートルは相当荒れているようだ。
「あぁ、ミセス・ノリス」
見上げると松明の腕木からミセス・ノリスが見下ろしていた。
「避難してたの?賢いわね」
みゃぁ
同意するように一声鳴いた。水に濡れるのが嫌なのだろう鼻のあたりに皺を寄せて水たまりを見つめている。
「おいで。おろしてあげる」
自然と体が動いた。
印を結んでいる暇はない。胸元から苦無を取り出す。
「っ!?」
振り返った瞬間、私の意識は闇へと沈んだ。