第2章 純粋な猫
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5.元気爆発薬
季節の移りは早い。
秋の色は日毎に深まり一雨ごとに寒くなっていく。
ホグワーツを囲む山脈から降りてきた冷たい空気は先生や生徒たちの間に風邪を流行させた。そのため、医務室には常に生徒がおりマダム・ポンフリーは猫の手も借りたいほどの忙しい毎日を送っていた。
『風邪を引いてしまったのね。大丈夫?』
教室を出てすぐにある中庭のベンチに俯き座っている少女に声をかけた。
彼女の耳からはモクモクと白い煙。
『ジニー?』
「えっ……あ、ユキ先生」
名前を呼んで話しかけられていたと気がついた様子だ。
その顔は青白く目は虚ろ。
『元気爆発薬は医務室でもらったの?』
私の問いに少し驚いた様子をみせたジニーは首を横に振った。
「ううん。兄のパーシーに飲ませられたの」
『そう……』
ジニーに近づいた時から極僅かだが体がビリビリと反応する。
『医務室で見てもらったほういいわ。一緒に行こう』
「大丈夫です。ただの寝不足だと思います」
胸がざわつく
「そろそろ中に入ります」
嫌な気配
『待って』
立ち上がるジニーに手を伸ばす。
触れた瞬間、体中がぞわりと震えた。腹の奥底が冷たくなる。
『少しだけ様子を見させて』
有無を言わせず手を握りジニーの体調を調べる。
これは何?
ジニーの体の中に感じる本人のものではない魔力。悪意に満ちたソレは意志を持つかのように体内を移動していく。ジワジワと流れる汗。
私は逃すまいと全神経を集中させてソレに追いついた。
パンッ
ジニーの中の何かは私の魔力で簡単に消滅させられた。
「先生……」
血色が良くなっている。
虚ろだった目も入学式してきた頃のように輝きを取り戻していた。
『体調はどう?』
「とっても良くなりました」
『よかった……ねぇ、最近、何か変わったことはなかった?』
「え……ないよ。そんなこと全然」
『それならいいのだけど』
動揺している様子が気になる。
「私、もう行かなくちゃ」
『……もし、何か困っていることがあったら何時でも相談してね』
『ありがとう、ユキ先生』
小さく微笑んで城へと走っていく後ろ姿を見送る。
ジニーの中には彼女のものではない魔力が入り込んでいた。しかし、そのようなことはあり得るのだろうか。
週末、家に帰ろう。
闇の魔術に詳しいクィレルなら知っているかもしれない。私は手紙を飛ばすためにフクロウ小屋に向かった。
***
鉛色の雲の隙間から光が差し込む。病気とは無縁の忍術学教師は今日も元気。
久しぶりの陽の光を見ながら大きく伸びをした。
『暴れ柳でもからかいに行こうかな』
午後の授業はない。外で思い切り体を動かそうとグルグル腕を回していると向こうから疲れた様子のマダム・ポンフリーが木箱を持って歩いてくるのが見えた。
「あら、ユキ先生」
『こんにちは。お疲れのご様子ですね』
「この時期は風邪が流行しますから」
毎日大忙しでとため息をついている。風邪を引く生徒が増えているからマダム一人で大変なんだろうな。
『お手伝いしましょうか?』
「助かるわ!!」
私が言うとマダム・ポンフリーはホッとしたように笑った。
30分後、私はダイアゴン横丁へと来ていた。
元気爆発薬を調合する材料が足りない。
まず頼まれたのは薬種問屋への買い出しだ。
マダムから受け取ったメモを店の店主に見せると苦笑交じりに木箱5個が渡された。
「ハハハ。気をつけて」
『頑張ります……重っ』
荷物運びのために影分身を出し漏れ鍋へ行きフルーパウダーで移動。
泥濘む足元の悪いホグズミート村の道を歩いていく。城の中に入る頃には重い荷物のせいもあって汗だくになっていた。
『帰りましたーー』
「ありがとう!助かったわ。そこに置いてもらえるかしら」
箱を言われた場所に置き杖で体を清める。
中に入ると医務室は今日も大賑わいの様子。ぐったりした生徒が入ってきて、耳から煙を出して外へと出て行く。
「「師匠」」
『うわっ。二人とも何やったの!?ボロボロじゃない』
目の前の双子を上から下まで眺める。
二人とも真っ黒!
「箒に呪文をかけようとして失敗したんだ」
「実験には失敗がつきものだろ?」
「まぁぁ!また、あなたたちですか!?」
煤だらけ、傷だらけのウィーズリーの双子を見つけたマダム・ポンフリーが悲鳴に近い声をあげた。
この忙しい時にとご立腹だ。首を縮める双子の横で私も気まずい思いをしていた。
私も医務室の常連だからな……。
『傷も軽いし、この二人は私が治療しても?』
この申し出はあっさりと許可された。医療忍者であった私は時々医務室に来て手伝いをすることもあった。また、魔法界に来てからマダム・ポンフリーに治癒術を教えてもらっていたのだ。
『薬取ってくるから座っていてね』
杖を振って双子の煤を落としてから薬を取りに行く。
午後の授業が始まっているというのに生徒の数が減ることはない。ずっとマダム一人で対応していたのだと思うと頭が下がる。
『はい、おしまい』
「ありがとう」
「また来るね」
『出来るだけ来ることのないように』
「「師匠もね」」
『……気をつけます。二人とも風邪ひかないように』
「試合も近いし気をつけるよ」
「じゃあね、師匠!」
賑やかな双子を送り出す。
「このまま手伝ってもらえないかしら?」
日頃お世話になっている私は喜んでマダムの手伝いを続けることにした。
熱を計り、問診票に記入。時々来る怪我をした生徒は治す。生徒が出て行ったベッドを整える。
人が少なくなったあたりで、薬種問屋で買わなかった薬草を禁じられた森に摘みに行く。
日が沈むにつれて徐々に気温が下がっていく。太陽は鉛色の雲に隠れてぼんやりと橙色に光っているのが見える程度。
「雪野?」
『あ、スネイプ教授。ここですよ』
薄暗い森の中を進んでくる黒い影。
摘んだ薬草を入れた籠を持って立ち上がり手を振った。
「薬草摘みは終わったかね?」
『このくらいで足りるでしょうか?』
「十分であろう」
スネイプ教授は籠を覗き込んで頷いた。
『心配してきてくれたのですか?』
少し期待を込めて聞いてみる。
「あぁ」
風が強く吹き抜け、ザアアと木々を揺らした。
ドキドキと胸が高鳴る。
「この
暗い地面に目を凝らして見渡しているようだ。
『むぅ』
「?……なんだ?」
『いえ。別に』
顔の火照りと落胆を隠すように背を向ける。
きっと暗闇の中では表情など分からないだろうが……
「貸せ」
ふいに手元が軽くなった。
籠を私の手から取ったスネイプ教授が城へと帰る道を歩いていく。
『紳士的』
「フン」
『珍しい』
「失礼な女だな」
眉間にシワを寄せ振り返ったスネイプ教授に追いつき横に並ぶ。
ふわりと香る優しい薬草の香り。
「冷えるな」
『そうですか?』
風が心地よい。
「そんな服装で寒くないのか?」
『ちょうどいいです』
忍装束一枚の私は他人から見たら寒そうに見えるだろうが自他ともに認める強靭な体は寒さを全く感じていない。
「……君は風邪をひいたことはあるかね?」
『んーないです』
「馬鹿は風邪をひかない、か。確かにある意味馬鹿だからな……」
『え?』
「いや。なんでもない」
何事か呟いている顔をジトっとした目で見つめる。問いただそうと口を開きかけたが、咳払いによって遮られてしまった。
「これから予定は?」
『ないですよ』
「風邪をひいた生徒がひっきりなしに医務室に訪れているためマダム・ポンフリーは医務室から離れられない。代わりに元気爆発薬の調合を頼まれたのだが……」
『一緒にさせて下さい』
「助かる」
戻ったら調合か生徒の看病をしようとマダム・ポンフリーに言うつもりだった。
「では、夕食後。我輩の研究室にきてくれ」
『はい!』
弾む心
久しぶりに夜通し一緒にいることができる。薬を作りながら色々な話ができるだろう。
嬉しくなって笑いかけると顔をそらされてしまった。
ウキウキするのも、ドキドキするのも私だけなのだろうか。
私は少し寂しい気持ちになりながらスネイプ教授に続いて城の中へと入った。
***
机の上にはいくつもの大鍋が火にかけられてコポコポと沸き立つ。
その横では薬草が規則的な音で切られていく。
「砕き終わったか?」
『はい。ネズミの肝臓も茹で上がりました』
「では、このイラクサを刻んでくれ。乾燥カルダモンの擦り潰しも頼む」
『了解』
「君がいると便利だな」
『酷いなぁ。人を物みたいに言わないでくださいよ』
拗ねた声を出しながらもユキは影分身に指示を与える。時々、一緒に実験をする二人の動きには無駄がない。
役割を分けながら順調に調合をしていき日付が変わる手前で元気爆発薬は完成した。
『どうにか今日中に終わりましたね』
「そうだな。医務室へゴホッ……」
『スネイプ教授?』
「ゴホッ……。医務室へは我輩が運んでおく。君は部屋に戻りたまえ」
薬の入った箱を持ち上げる顔を覗き込む。普段は青白い顔なのだが血色が良くなっている。思い返して見ると今日は朝食の席や先程森に迎えに来てくれた時にも咳をしていた。
これは完全に……
『風邪ひきましたね』
「大丈夫だゴホッ」
『顔は赤い。咳も出る。どう見ても風邪です』
「?何故ニヤついて……医務室へ薬を届けておいてくれ」
スネイプはユキに木箱を押し付けて逃げるように扉へ向かった。しかし、ユキも負けてはいない。
箱から薬を一人分取り出し、影分身に箱を持っていくように指示してスネイプを追いかける。
『待ってください!』
「ついてくるな!!」
私室の扉が閉まる寸前で足を突っ込むことに成功。
「帰れ」
『痛い痛い。足挟んでますって!』
足を挟んだまま扉を無理矢理締めようとするこの人は鬼畜だ。
「足をへし折られる前に帰りたまえ」
『薬を飲まないといけませんよ』
「我輩は、絶対に、飲まない」
凶悪な顔から凄みのある声が降ってくる。
『子供みたいな駄々こねないでください』
「なっ」
『スキありです』
力が緩んだ隙をついて扉をこじ開けて中へと侵入する。
振り返ると杖を向けられていた。
「スピューティファイ」
『酷い!』
顔の横を閃光が通り過ぎた。避けなかったらあたる位置でしたよ!?でも―――
『病人に負ける私ではありませんよ』
睨まれるが気にしない。
『私に面白い姿を見せてください』
「断る!!さっさと帰ゴホゴホッ」
『薬飲まないと悪化しますよ』
「ゴホっゴホッ……」
『スネイプ教授?』
薬をそばの机に置き、ソファーに片手をついて激しく咳き込み始めたスネイプ教授に駆け寄る。
『大丈……うわっ!?』
肩に触れた瞬間体が宙に浮きソファーへと落下した。しかも体はロープでグルグル巻き。
大急ぎで身を起こすと杖を持ったスネイプ教授が何食わぬ顔で机に置いた元気爆発薬を消し去るところだった。
『ハメましたね!!』
「ゴホッあんな薬飲んでたまるか」
『自分で作ったくせに』
「五月蝿い」
『新しいの取ってきます』
「その必要はない。自分で作った薬がある」
スネイプ教授は動こうとする私をさらに縄で縛ってから沢山の瓶が並んでいる棚へと向かう。
縄抜けの術で自由になった時には自家製の風邪薬を飲み干していた。
『つまんなーーーい』
耳から煙を出している所を見てみたかったのにと文句を言いながらソファーに寝っ転がる。
途端に煩いとばかりに辞典のように厚い本が数冊飛んできた。
「これで気は済んだであろう。我輩は仕事が残っている。今度こそ帰りたまえ」
『げっ。仕事!?何言っているんですか』
飛んできた本を拾い集めながら顔を上げるとスネイプ教授は乾いた咳をしながら机に座り、生徒のレポートを採点しようとしている。先程よりも顔が赤く、呼吸も荒い。仕事をするなどとんでもないことだ。
手からさっと羽ペンを奪い取り、腕を掴んで椅子から立ち上がらせる。
『ベッドで休んで下さい』
「薬は飲んだ。じきに」
『気絶させてベッドに運んでもいいんですよ?』
「……」
『冗談です!無言で杖に手を伸ばさないでくださいっ。病人にそんなことしませんよ』
「君ならやりかねんだろ」
『私のイメージどんなですか!?』
「大食い、馬鹿力、生徒より罰則を受けている問題教師、破壊魔『ス、ストップ!心が折れます』
淀みなく出てきた答えにがっくりと肩を落とす。
『女らしいところもあるんですよ?』
「それは驚きだな。ゴホッ」
意地悪くニヤリと笑った顔は激しい咳で苦しそうに歪んでしまった。そっとスネイプ教授の額に手を当てて熱を測る。
「っ!?」
『話している場合ではなかったですね。熱は39度くらいまであるようです』
「そ、そうか」
『んー今も急に熱が上がりましたね』
額に手をのせた瞬間スネイプ教授の熱が高くなった。まだ熱は上がり続けるかもしれない。
『ベッドまで歩けますか?』
掠れた声で返事があった瞬間ふらついたので支える。服の上からでもスネイプ教授の熱が伝わってくる。
いつの間にか随分と汗もかいているようだ。
『寝室へ』
「あぁ……雪野、なぜついてくる?」
『ベッドにたどり着く前に倒れられたら困りますから。ベッドに入るまで見届けます』
「そこまでしてもらう必要はない」
『心配なんです』
「はぁぁ」
呆れたようなため息をつかれた。
「男を部屋に入れるなと言ったのを忘れたのかね?それは男の部屋に入るなと同じ意味でもある」
『スネイプ教授は例外だとも言われましたが?』
「馬鹿者」
『なぜ?』
「五月蝿い。着替えてくる」
スネイプ教授はベッドの上にあった服を掴むとバスルームへ消えてしまった。私はその間にローテーブルに置いてあったカップを洗面器に変えて氷水を満たしソーサーをタオルに変える。
後で戻すのを忘れないようにしなければいけない。
『あ……何やら』
スネイプ教授がバスルームから出て来てこちらにやって来る。
『色っぽい』
「っ!?」
首元がV字になっており普段見えない首元が見えるせいか妙に色っぽく見える。
『パジャマ着るんですね』
「ほかに何を着るのだね?」
『私は浴衣ですよ』
「学年末パーティーの後に着たあれか」
『はい。寝やすいように生地や帯は少し違いますが……さぁ、ベッドへ』
「あぁ」
熱で体をだるそうに動かしながらベッドに入ったスネイプ教授に布団をかける。用意していたタオルを絞り額の上に置く。気持ちが良かったのか口からほっと熱い吐息が漏れた。
『では、お大事に』
元気爆発薬でなくてもスネイプ教授の作った薬なら明日には良くなっているはずだ。杖を振り、部屋の明かりを落として立ち上がる。
「雪野」
掠れた声で呼び止められる。
「もう少しいてくれないか……」
『え?』
顔を隠すように額のタオルを手で押さえて背中を向けるスネイプ教授。
「いや、すまない。忘れてくれ」
病気をすると心細くなると誰かが言っていたのを思い出す。
普段とは違う少し寂しそうな背中。自然と私の体は動いていた。
『眠るまでいますね』
ベッドの縁に腰掛けると気まずそうな顔をしたスネイプ教授と目があった。
「……風邪がうつる」
『馬鹿は風邪ひかない、でしょ?』
「そうだったな」
『納得しないでください』
そう言うと、いつもより弱々しいが優しい微笑みを向けられた。
「すまない」
『いつもお世話になっていますから』
ぬるくなったタオルを洗面器で冷やし直して額に乗せる。
『早く治りますように』
スネイプ教授の手を取り、眠りに誘うようにトントンと優しく叩いていると、ゆっくりと目が閉じられた。
ほどなくして寝息が聞こえてくる。
『おやすみなさい』
ひんやりとする地下の廊下を歩く。
私の体が熱いのは風邪をひいたせいでないことは分かっている。