第2章 純粋な猫
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
3.曇る心
入学式の翌朝、忍術学教師のユキ・雪野は暴れ柳の枝をピョンピョンと飛び回っていた。
「ユキ先生、今いる所から左上に折れている枝が見えるかしら?」
『これですね』
「そう。そこに「私の経験では――」包帯を巻いて吊ってちょうだい」
暴れ柳の怪我は自分のせいでもある。そう思っていたのでスプラウト教授の手伝いができて嬉しい。
『これで大丈夫ですか?』
「えぇ。次は「アラビアを旅している時」右の枝分かれしている所をお願い」
暴れ柳についても教えて貰えるので勉強にもなる。
根元のこぶを押すと大人しくなるということだった。それに自分の杖の材料が暴れ柳なのでこの木には親しみを持っている。
「これで終わりですね。ユキ先生、お疲れ様」
『お疲れ様です。勉強になりました』
あちこち吊り包帯がしてあり痛々しい。
『どのくらいで治るでしょうか?』
「この程度なら一週間で治るでしょう!暴れ柳は」
「全治するまで二ヶ月。二週間後に薬の塗り直しが必要です」
ロックハート教授の声を遮りスプラウト教授がやや苛々しながら言う。
『お邪魔でなかったら、その時も手伝わせて下さい』
「ありがとう!でも、あなたが責任を感じる必要はないのよ。もちろん手伝ってくれると助かりますけどね」
申し訳なさそうな顔をしている私を気遣うようにスプラウト教授が背中をポンポンと叩いた。
「さぁ、授業が始まってしまうわ。行きましょう」
「確かユキは一時間目の授業はありませんでしたよね?私が旅で出会ったとんでもなく凶暴な暴れ柳の話をして差し上げましょう!」
『えぇ。是非』
「残念ですが、ロックハート教授。ユキ先生にはスネイプ教授のところへ治療が上手くいったと伝えてもらうことになっています」
「そうでしたか。それは残念です。では、この話はまたの機会にいたしましょう」
温室へと入っていくスプラウト教授とロックハート教授を見送る。
報告に行けなんて言われていたかしら?
しばらくその場で小首を傾げて佇んでいたが私は言われた通りスネイプ教授がいるであろう大広間へと走り出した。
『うわー何の騒ぎ!?』
大広間に入ると耳を塞ぎたくなるような怒鳴り声。グリフィンドール寮のテーブルの上で赤い封筒がお説教をしている。
―――車を盗み出すなんて退学処分になってもあたりまえです。雪野教授が助けて下さらなかったら、おまえもハリーも死ぬところだった……
ロンは真っ赤な顔をしてテーブルの下に隠れ、ハリーは申し訳なさそうに身を縮めている。
私は騒ぎを横目にニヤニヤ笑いでその様子を見ているスリザリン生に時間割を配っているスネイプ教授の元へと歩いていく。
「吼えメールで恥をかくくらいなら退学するか、死んだほうがましだと思わないか?」
「これこれ、マルフォイそのような事を口に出すべきではない」
ドラコを咎めてはいるがスネイプ教授は唇がほころぶのを押さえきれていない。
「……クラップ……ゴイル……パーキンソン……」
時間割を配るまで待とうと思っていると私に気づいたドラコとパンジーに手を引かれ私は彼らの間に座った。
「ユキ先生どうしたの?」
「スプラウト教授からスネイプ教授に伝言を預かってね」
「そうなんですか。先生、何か召し上がりますか?」
ドラコのお言葉に甘えて白いもちもちパンに手を伸ばす。
生徒席に座ると見える景色も違う。ホグワーツに通っていたら友達と喋りながら食事をしてきっと楽しいだろうな。
「……デリラ・ミュレー……「スネイプ教授」何かね?」
「雪野教授が例の空飛ぶ車を証拠隠滅のために隠したという噂は本当ですか?」
デリラ・ミュレーの言葉に顔を上げる。
私は両隣と対面に座るノット、ザビニに違うと首を横に振る。少し離れた所にいるスネイプ教授とデリラ・ミュレーは私がいることに気づいていない。
「ホグワーツの教師がそのような事をするはずがない」
「でも、さっきの吼えメールでも雪野教授がポッター達を助けたと言っていました。車の行方も知っているはずです」
「車は禁じられた森に落ち見つかっていない」
「それに雪野がポッターたちに車で来ていないという芝居をしろと指示したとグリフィンドールの双子が話しているのを聞きました」
再び周りの視線が私に集まる。
本当のことを言われてしまったので、誤魔化す為に目の前のクロワッサンを手に取り口に入れる。バターの香りが鼻に抜ける。美味しい。
「グリフィンドールの馬鹿どもが言う戯言を信じるな」
「な、何でスネイプ教授はあの人、穢れた血のあいつの肩を持つのですか!?」
突如、デリラはキンキンと響く声を上げ椅子から勢いよく立ち上がった。
話の内容が自分のことなのであまり居心地が良くない。
それに話している方も私に聞かれたら嫌だろう。
「伝言は後にするわ。授業で会いましょう」
そう囁いて立ち上がるとドラコが袖をキュッと掴んだ。
「デリラはスネイプ教授のことが好きでユキ先生に嫉妬しているんだ。気にしないでね」
『好き?』
「恋する女の嫉妬は怖いからね」
ザビニがしみじみと言う。
嫉妬って?
静かにその場を立ち去る。
スネイプ教授とデリラには気づかれていない。
デリラはスネイプ教授に恋愛感情を持っている。
自分より一回り若い子でも知っている恋心。
食べるのが好き、魔法を学ぶのが好き、ホグワーツが好き、生徒が好き、先生達が好き……
これらの好きは恋愛の好きに変わるのだろうか。
変わったらどんな気持ちなのか。
―――ユキ、ずっと好きだった
―――…………スキ?……
―――……幸せ、に……なれ……よ……
―――っヤマブキ…………スキ?え……好きって何が……?
自分に言われたことさえわからなかった。
なんと残酷なことをしたのだろう。
自分を庇って命を落とした彼。
「…………雪野……」
暗部時代の記憶。
『っ!?……す、すみません』
すぐに視線をそらす。
急に背後に感じた気配に驚き、振り向きざまに幻術をかけた。
スネイプ教授は術をかけられことに気づいているはずだ。
『驚いてしまって無意識に術を……申し訳ありません。他意はないのです』
「大丈夫だ。瞳の色が変わったように見えたが、今の術は?」
『……幻術です。相手の目を見て術をかけ、幻覚を見せます』
「ここに来たばかりの模擬授業で説明していたな。今度詳しく教えてくれ」
『はい……』
顔をあげられない。
前のように敵視された目で見られているかもしれないと思うと怖い。
どうして怖い?
「我輩に用があるとドラコから聞いたが?」
『はい』
「では、ついて来たまえ」
声が優しい。
ただ、その顔は悲しげに曇っている。
睨まれていたほうが良かった。
『授業の準備をしなくていけません。用事といってもスプラウト教授から伝言を預かっただけですから』
「そうか……」
『暴れ柳の治療は上手くいったとのことです。全治するまで二ヶ月。二週間後に薬の塗り直しをします』
胸が痛い
どうして……
『失礼します』
スネイプ教授に厭われるのが辛い。
そうなんだ。私は彼に嫌われたくない。では、なぜ―――
口を開きかけたスネイプを見たユキは逃げるようにその場を去った。
***
『―――レポートは体調が魔力に与える影響について。羊皮紙20cmにまとめてきて下さい。お疲れ様でした」
片付けをしながら教室を出て行く生徒たちの挨拶に答えていると急に廊下から騒がしい声が聞こえてきた。
『何があったの?』
廊下に出ると髪をグシャグシャにし服装も乱れた生徒たちが駆けてくる。
生徒たちは驚いている私の前で立ち止まると一斉に話し始めた。
「―――防衛術のクラスでピクシー小妖精が暴走したんです。シャンデリアまで落ちてきた!」
そう言うシェーマスの顔には切り傷。
『ロックハート教授は?』
手をあて傷を治しながら問う。
「いたけど役立たずだったんだ!何か呪文を叫んでたけど全然効果がなかった」
ドラコが声を張り上げる。
グリフィンドールと合同授業だったらしい。同じように切り傷、擦り傷を作ったスリザリン生。
「ユキ先生、ネビルが」
ディーンに支えられたネビルが生徒の間から出てきた。
ズボンの膝の部分が破れ血を出している。
『どうしてこんな怪我を?』
「ピ、ピクシーが僕を引っ張り上げて天井のシャンデリアに吊るしたんだ。僕、降りられなくて、そのうちシャンデリアが落下して……」
『怖い思いをしたわね』
強張る顔で生徒たちを見回す。
みんなどこかに傷を作ってしまっている。
『治療が必要で自分で動ける人は今すぐ医務室に行きなさい。怪我がひどい人は応急処置をしますから申し出て』
多くの生徒が医務室へと歩いて行った。
ネビルを含め五人の生徒の治療をして影分身を作り出し医務室へ付き添わせる。
ロックハート教授はどうゆうつもりなのだろう?
私は防衛術の教室へと向かうことに。
『失礼します……!?』
悲惨な光景に絶句。
教室の中心には粉々に砕けたシャンデリア、ひっくり返ったインク瓶、破れた本、写真にノートの切れ端、散乱した生徒の荷物。
どうしてロックハート教授がいたのにこんなことに!?
見れば教室内にロックハート教授の姿はなくハリー、ロン、ハーマイオニーだけで暴れるピクシー小妖精を捕まえようとしている。
『ロックハート教授はどちらに?』
「ユキ先生!よかった、助かった……助けて!」
ロンの耳を引っ張るピクシーを手で叩き落とす。
「ロックハートは僕たちに捕まえるように言って上の部屋に逃げたんだ」
「違うわ、ハリー。先生はただ私たちに体験学習させたかっただけよ」
ハーマイオニーがテキパキと縛り術をかけたピクシーを籠に押し込みながら言った。
生徒に怪我を負わせ、しかも自分は逃げ出してしまうなんて許せない。
『三人とも私の背中に回って』
怒りを見せないように言葉を発する。
ハリー達はうるさく飛び回るピクシー小妖精を払いながらやってきて私の後ろに隠れた。
一体何を考えているの?
『金縛りの術』
教室中のピクシーの動きが突然止まる。
そしてバタバタと音を立てながら床に落ちていく。
『片付けは私がやるから』
「凄いわ!金縛りの術は相手の目を見てかけるのが一般的な方法で目をみずに――――」
ロックハート教授を訪ねるのは夜にしよう。
瞳を輝かせるハーマイオニーの質問に答えながらユキは思った。
***
気分が暗い。
いつもなら忍術で火の玉を出すユキだが、今日は珍しくランタンを持ちながら暗い廊下を歩いている。行き先は生徒たちに怪我をさせた防衛術のロックハートの私室だ。
『ロックハート教授』
「これは、ユキ先生!」
訪ねる手間が省けた。
夜なのに何故かめかしこみ、手に花束とワインを持ったロックハート教授と廊下で出くわした。
『お出かけですか?』
「あなたの部屋に行くところでした」
完璧なスマイルのロックハート教授。
『それは丁度良かった。ロックハート教授にお会いしに行くところだったのです』
「なんと、これは、これは……」
『私の部屋の方が近いですね。あまり片付いていないですが良かったら私の部屋に』
「もちろんですよ、ユキ」
敬称が消えた。
それに何故花束とワインを持っているのだろう。
小首をかしげながら私室の扉を開きロックハート教授を招き入れる。
「あなたのイメージにピッタリの可愛らしいお部屋ですね」
『ありがとうございます。今、お茶をお淹れしますね』
「せっかくですから私の持ってきたワインを飲みましょう。あなたの為に選んだ極上のワインですよ」
ホグワーツに来る前散々悪酔いした人を見ていた私はお酒を飲むことに抵抗がある。
それでも自分のために持ってきてくれたのだからと杖を振ってグラスを二つ出す。
コルクが抜けるポンという軽快な音。葡萄色の液体がグラスの中で揺れている。
「私たちの未来に、乾杯」
『?乾杯』
チンとグラスの合わさる音。
ほんの少しだけワインを口に含む。
ワインって美味しいんだ
私は初めて口にする酒の味に目を細めた。
毛嫌いせずにもっと早くから試していれば良かった。
「ユキが私を訪ねようとした理由。もちろん、私にはわかっていますが、あなたの口から聞かせてくれませんか?」
白い歯をキラキラさせてロックハート教授が言った。
彼の嬉しそうな顔に大きな疑問符を浮かべながら口を開く。
『今日の二年生、グリフィンドールとスリザリンの合同授業でピクシー小妖精を教室に放った理由をお伺いしてもよろしいですか?』
ロックハート教授は意外だというように眉をあげた。しかし、すぐにいつもの完璧なスマイルに戻る。
「私の授業内容がすでにユキの耳にも入っていたとは!」
『えぇ。傷だらけの生徒たちに助けを求められましたから。他教科の私が口を出すべきではないと分かっています。ですが、二年生の生徒たちには危険すぎる授業では?』
私が言うとロックハート教授は眉間にしわを寄せて少し考える仕草をした後口を開いた。
「確かに、ピクシー小妖精は時として厄介で危険な小悪魔になりえます。ですが、世の中にはもっと危険で恐ろしい生き物がいます。例えば私が戦った狼男、ヴァンパイア、野生のトロール……それらに比べたらピクシーなど可愛いものです」
『それなら、どうして生徒を置いて自室に戻ってしまわれたのですか?』
「生徒たちに実践の経験を積ませるためですよ」
『シャンデリアに吊り下げられて落下した生徒もいるのですよ!』
この人は事の重大さを分かっているのかしら?
思わず声が大きくなる。
「ハハ。ユキは本当に優しいですね。生徒たちに聞いていた通りです。ですが、それは本当の優しさでしょうか?」
『どういう意味でしょう?』
「いいですか?世の中は危険に満ち溢れています。そして、魔法界の中で最も穢れた生き物と戦う術を授けるのが、私の役目なのです。ホグワーツにいる間は生徒たちを守ることができます。しかし、一歩外に踏み出せば自分の身は自分で守るしかありません』
そう言うとニコリと笑いグラスのワインを飲み干した。
「生徒たちが怪我をすることは分かっていました。ですが、相手はピクシー、そう、ただのピクシーなのです。怪我をするといってもたかが知れています。ですから私は敢えて生徒たちを置き去りにして穢れた生き物たちと対面する恐怖を体験させることにしたのです」
淀みなく出てくる言葉。
『そう、でしたか……』
「ご理解いただけて良かった」
ロックハート教授の言っていることもよくわかる。しかし頭には半泣きのネビルの顔が浮かぶ。
普通に暮らしていて危険な生き物に会うことはあるのだろうか。
自分の身は守れたほうがいいに決まっているが……
混乱している私の手をロックハート教授が握った。
右手薬指の指輪が光る。
「その指輪は?」
『指輪……あぁ、これはスネイプ教授から頂きました』
気持ちは沈んでいるのに紫色のアメジストは透き通っている。
体調はとても良いみたい。
『虫除けの呪文と体調管理もできる便利な指輪です』
「ハハ。そうですよね。ですが一瞬、驚いてしまいましたよ」
『何故です?』
ロックハート教授は無言で微笑み、私の手を取ったまま立ち上がった。手を引っ張られて自然と私も椅子から立ち上がる。
「こんな指輪外してしまいなさい」
『え!?嫌です』
「好きでもない相手の指輪をつけるのはおかしいですよ」
ウインクをされ、ぐいと引き寄せられる。
気がつくとロックハート教授の腕に抱かれていた。
『急にどうされたのですか?』
身を離そうとしたが手を腰にしっかりと回されている。
「ユキ。私の可愛い菫ちゃん。あなたが好きなのは誰ですか?私はもちろん、あなたが誰を愛しているかは分かっています。ですが、あなたの口から聞かせて欲しい」
急に甘い声で囁き始めた。
自分の顔が強ばっていくのがわかる。
『離してください』
「可愛いですね。恥ずかしがらなくてもいいのですよ」
『ロックハート教授!』
手で突き放しながら少し厳しい声で言う。
『……すみません……実は、恥ずかしながら今日まで恋愛対象として誰かを愛したことがない。その感覚が分からないのです。ですから』
「まさか!今まで一度も恋をしたことがないとおっしゃるのですか!?」
『そうです……』
大げさに嘆くロックハート教授を見て何故か虚しい気持ちになった。
「なんという悲劇。あなたのように美しい方が愛の喜びを知らずに生きてきたとは!」
また腕を引かれロックハート教授の腕の中に収まった。ホワイトムスクの香り。微かにするサンダルウッドは整髪料だろう。
「私が愛の喜びを教えて差し上げましょう。顔をあげて、ユキ」
目の前に迫るロックハート教授の唇に首をひねる。
口づけは唇からずれて頬に落ちた。
『んなにするんですかっ!!』
思わず怒鳴ってしまう。
目の前の彼は悪戯っぽく笑っていた。
不愉快だわ!
「おや、おや、少し刺激が強すぎたみたいですね。でも、このくらいで恥ずかしがっていてはいけませんよ。愛を深めるのはこれからなのですから」
『愛を深める!?誰と誰がです!?』
「私とユキですよ。さぁ、この続きは寝室で」
『さっきから何を言っているの?続きって意味がわかりません』
「大丈夫。私が優しく教えてあげますよ。たとえば、ほら、このようなことを」
『い、いやっ』
太腿を撫でられつま先から頭まで一気に悪寒が走った。
バランスを崩して床に倒れてしまう。体の上に重みを感じる。
「難しい服ですね」
『止めて』
帯にかけられる手。
突き飛ばすのは簡単だが殺気も悪意も感じない相手をどう扱ったらよいのだろう。
それに相手は最低でも一年間関わりのある教授。気まずくなるのは避けたい。
『どいてください。ロックハート教授、お願いします』
「私のことはギルデロイ、と」
『はぁ?』
会話が噛み合わない。
コミュニケーション能力の低い私のせいだろうか。
「綺麗ですよ」
『いい加減に、ひゃっ』
この人は何がしたいの?
首筋に落とされる口付け。
無理やり開かれた襟から入ってくる手。
耳元で荒くなる呼吸が怖い。
「可愛い声だ。もっと聞かせて」
『離して。離しなさい!!』
嫌だ
「愛しています」
『触らないで!』
気持ち悪い
『……っ!?』
「敏感なんですね」
限界だ、殴る
『ッロックハート……ぁ』
覆いかぶさっていた不快な男が突然消えた。
襟を合わせながらゆっくりと上体を起こす。
ふわりと体にかけられた黒いローブからは薬草の香り。
「貴様何をしている」
怒りのこもった重い声が室内に響く。
自分に向けられた言葉ではないのにゾクリと体が震える。
「あ、あなたこそ何故入ってきたのです!?」
「雪野の悲鳴が聞こえたからだ」
「悲鳴など……そんな……同意の上だ!」
「同意だと?嫌がる彼女を組み伏せておいてまだそのような事を言えるとは!」
吹き飛ばされていたロックハート教授の喉元に杖が突きつけられた。
「失せろ」
「わ、私たちは愛し……」
「失せろ、ロックハート!!」
杖を振ろうとした動作を見てか、それとも余りの剣幕に恐怖したのかは分からないがロックハート教授は転びそうになりながら部屋を出て行った。
乱れた衣服を整えながら怒りに震える後ろ姿を仰ぎ見る。
「大丈夫か?」
スネイプ教授は振り返り杖を振って開いていた扉を閉めた。
顔が青ざめている。差し出された手をとり立ち上がる。
「動けるか?」
『え……はい』
ゆっくりと壊れ物を扱うように優しく導かれソファーに座らされる。対面に座ったスネイプ教授は両手をギュッと組んで膝の上に置き、黒い瞳を揺らしている。
その顔はまだ青白い。
心配させてしまったみたい。
「雪野……君は、その……怪我は……」
『怪我……?いえ、何も。大丈夫です』
強いて言うなら床に倒れた時に肘を打ったがそれ以外はどこも痛くない。
大丈夫だというように貰った指輪を見せる。
「そうか……よかった……」
スネイプ教授は顔を片手で覆って安堵のため息をついた。
『お茶でも淹れましょうか?』
「君は座っていろ。キッチンを借りるぞ」
そう言うとスネイプ教授は奥の台所へ入っていった。カチャカチャと食器の音が聞こえ宙に浮いたティーセットがふわりふわりと運ばれてくる。
アールグレイ。紅茶を飲むのは久しぶりだ。温かい紅茶が喉を流れていく。
「どうしてあのようなことになったのだ?普段の君ならロックハートくらい簡単に追い払えたであろう?」
『会話が上手く通じない、何をしているか聞いても答えない。でも、殺気も悪意も感じられなくて。同僚の先生を殴るのは気が引けてしまってあのように』
「悪意が感じられなかっただと!?お前は、本当に……はぁぁ」
途中で言葉を切り心底呆れたという顔で長いため息をつかれる。
「雪野」
『はい』
思わず背筋が伸びる。
「今日と同じような目に会ったら躊躇わずに殴れ」
『は、はい!』
「これからは絶対に男を私室に入れるな」
『……スネイプ教授もですか?』
「我輩は……例外だ」
ふいと横を向くスネイプ教授。
自分の部屋を訪ねてきてくれた。ロックハート教授を追い払ってくれた。
心配してくれた。スネイプ教授に嫌われていない。
朝から沈んでいた私の心はようやく明るくなった。