第2章 純粋な猫
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2.暴れ柳
職員室で待機中の忍術学教師、ユキ・雪野は朝からニヤニヤ笑いが止まらない。
今日は待ちに待った入学式。
在校生と可愛い新入生がホグワーツにやってきて楽しい新年度が始まるのだ。
そして入学式といえば歓迎パーティー。ご馳走食べ放題。
大きな七面鳥、アツアツのチキン、カボチャスープ、それからケーキ……
『美味しそう』
空想しているうちに、いつのまにかスネイプ教授が目の前に座っていたらしい。
無言、無表情でゆっくりと杖先を向けられた。
周りの教授たちから笑いが起きる。
「私の可愛い菫ちゃんに杖を向けないでください。こんなに怯えてしまって可哀想に」
「その馬鹿げたあだ名で呼ぶのは止めて頂きたい。聞いているだけで腹が立つ」
凶悪な顔をしたスネイプ教授と爽やかスマイルのロックハート教授の間で見えない火花が散る。
「ギルデロイ、どうしてユキのあだ名は菫なのじゃ?」
『私も知りたいです』
「あなたの美しさをより一層際立たせている、その異国の服から連想しました」
紫色の着物。
あだ名が適切かどうかは分からないが納得がいった。
「ユキの好きな色は?」
『紫です』
「それでは、私の好きな色は?」
『知りません』
「ライラック色です!」
ロックハート教授は他の教授たちに見せるようにライラック色のマントを見せた。完璧なスマイルつきでウインクを放つ。
「運命を感じませんか、ユキ?」
『んー……感じません!』
同じようにウインクを返す。
このタイミングでするべきではなかったらしい。
あちこちから堪えきれず吹き出す教授たちの姿が目に入った。
スネイプ教授も俯き肩を震わせていた。
「雪野」
スネイプ教授が杖をサッと振った。
着物の色が一瞬にして鮮やかな群青色に変わる。
『綺麗』
「たまには気分を変えるのもいいだろう」
「それでは私も着替えてくるとしましょう!」
ロックハート教授が扉から出て行った。
入れ替わりに厳しい顔つきのハグリッドが入ってくる。
続いて入ってきた顔面蒼白のミネルバの手には新聞が握られている。
「どうしたのじゃ?」
「校長先生、汽車の中にハリーとロンがいなかったそうなんだ。今、広間に入っていった在校生を確認したがどこにもおらん」
「それから、これを見てください」
ミネルバが夕刊預言者新聞の一面を見せた。
“空飛ぶフォード・アングリア、いぶかるマグル”
『これは、マグルが移動に使う乗り物ですね。え……まさか、ハリーとロンは……』
「分かりません。記事には書いてありませんから。ですがもし、空飛ぶ車に乗っていたとしてもし落下するようなことがあったら……」
『ミネルバ!』
震える体を支えて椅子に座らせる。
ホグワーツにいる間、寮生は家族のようなものだと言っていたのを思い出す。
きっと寮監であるミネルバにとって寮生は子供同然。
「ユキの鳥、炎帝はどのくらいの大きさじゃったかの?」
ダンブルドアの言葉で視線がユキに集まる。
炎帝とはユキが召喚して呼び出す巨大な鳥のことだ。
『汽車の車両、一両分の大きさはあります』
「では、ユキ。炎帝で線路に沿って飛び、この新聞と同じ車が飛んでないか見てきてほしいのじゃ。もし、車を見つけて中に生徒が乗っているのを確認したらホグワーツまで付き添ってほしい」
『生徒以外だったら?』
「そうであったら魔法省に知らせねばならん。直ぐに戻ってきてくれ」
『わかりました』
「雪野だけでは危険です。我輩も一緒に行きましょう」
「いや、セブルス。この車に乗っているのが生徒とは限らんしホグワーツに向かっているかも分からない」
『私は大丈夫ですよ。スネイプ教授はスリザリンの寮監です。新しい新入生を迎えてあげてください』
「よし。決まりじゃ。マグルに見つからんよう気をつけての」
『行ってきます』
その場で一回転して忍装束に着替える。
ガッシリとした樫の正面扉を開けて外に出る。
茜色の空。
『口寄せの術。来い、炎帝』
親指を噛み、血を出して両手をバンと合わせる。
立ち上る煙の中から現れたのは燃えるように赤い羽と鋭い目、恐ろしい顔をした大きな鳥。
<元気そうじゃないか、小娘>
地鳴りのような声が体に響く。
私はピョンと飛び背中に乗った。
『飛んで』
<あの坊やは乗せなくていいのかい?>
『坊や?』
首を伸ばすと扉の前に立つスネイプ教授の姿が目に入る。
坊や呼ばわりした喋る鳥を驚いた顔で見つめている。
『スネイプ教授、何か?』
「いや。ただの見送りだ。気をつけていけ」
『ありがとうございます』
<おやおや、お熱いねぇ。あの坊やはユキの彼氏かい?>
『ば、馬鹿!スネイプ教授に失礼だよ。さっさと飛んで』
雷鳴のような笑い声を立てて炎帝は飛び上がる。
その背には真っ赤な顔をしたユキの姿。
スネイプは上がる口角を無理やり元に戻し城の中へ入っていった。
<車ってのを探してるのかい?>
『生徒が乗っているかもしれないの』
線路に沿ってユキを乗せた炎帝は飛ぶ。
太陽は沈んでしまい地面は殆ど見えない。
耳元で風の音。雲に隠れながらロンドンの方角へ。
<遠くから変な音が聞こえるねぇ>
『見つかっては困る。雲に隠れて』
濃い雲に入るためゆっくりと高度を上げていると前方に小さな光が見えた。
どんどんこちらへ近づいてきている。
『確認するわ。見つからないように回り込んで』
グンと勢いよく上昇した炎帝はあっという間に物体の後ろへと回り込んだ。
目の前を飛んでいるのは新聞で見たのと同じ、トルコ石色の車だ。
しかし様子がおかしい。
甲高い音とともに高度が下がっていく。
真下にあるのは雪の積もった荒れた山だ。落ちれば木っ端微塵。
大きな羽で二,三回羽ばたくと車の横に並ぶ。中には見知った顔が二つ。
引きつった顔で何かを操作している。
『ロン!ハリー!』
「「ユキ先生」」
運転席にいたロンが窓を開けた。その間にも車は減速、降下してきている。
「エンジンがおかしいんだ!」
叫ぶようなロンの声。
『ホグワーツは遠くないわ。とりあえず炎帝で車を支える』
私が車の上に着地したのを確認した炎帝が車の下に潜り込み背中で支える。
山肌が確認できるくらいまで下がっていた高度はグングン上昇していく。
安全な高さになったのを確認して窓から車の中に入った。
『さて、お二人さん今の状況を説明してもらえる?』
後部座席から手を伸ばし二人の頭をワシワシと撫でる。
『車は壊れてしまったの?』
「分からない。長旅で疲れてしまっただけだと思うけど。こんな距離飛んだことないから」
「このままホグワーツまで運んでくれないの?」
<車ってのが重すぎてこのまま城へは戻れないね。途中で消えちまう>
『三人で炎帝の背に乗って車は山に捨てるって方法があるけど?』
「パパに殺されちゃうよ!」
『困った子達だ』
その時エンジンが呻いた。車が炎帝の背から浮き上がる。
「やった!直ったみたい」
「見て、ロン。ホグワーツも見えてきた」
『少しでも軽くしたほうがいいわね。私は降りるわ』
窓から飛んで炎帝の背に乗る。
ヘドウィグが並んで飛びホーと楽しそうに鳴いた。
『暴れ柳の近くの芝生に着地しよう』
ロンがニコリと笑って頷いた瞬間車体がガタリと揺れた。
ボンネットから白い蒸気が噴出している。
車はグララっと一瞬嫌な揺れ方をして真下へと落ちていった。
<ありゃりゃー落ちてくよ>
『下に潜り込めない?』
<無理だね。私が消えちまうよ。ユキが支えな>
『もっと車に接近して。風遁・風蒲団』
黒々とした湖面ギリギリで車はふわりと浮かんだ。
エンジンは完全に止まっている。城は目の前。
車が重すぎてコントロールが効かない。
『こっちに乗り移って』
どうにか車に炎帝を引き寄せる。
ぶつからないように石壁を飛び越え、温室の上を通り過ぎる。
野菜畑を越えたあたりでまずはロンが飛び移る。
「助かった!」
『急いで、ハリー』
手が痺れてきた。車が降下していく。
着地予定の芝生に入ったところでハリーが飛び移る。
『ハリー無事?』
「うん。あ!!せ、先生、前!」
『っ解!』
目の前には暴れ柳。車と暴れ柳が激突する前に慌てて術を解除する。
術が切れた車は地面の数十センチ上から落下する。勢いがついているのかポーンと弾み地面をバウンドしながら進んでいった。
車を助けている余裕はなかった。
『炎帝!避けて。あの木は攻撃してくるのよ!!!』
数メートル先で車が太い枝に打ち凹まされている。炎帝はグンと上昇した。
<おっと時間だ。小娘、私いまからデートなのよ>
と枝を避け暴れ柳の真上にきたところで炎帝が不吉な言葉を発した。
は?
<ケケケケケ>
『はぁ!?』
<ケーケケケケケ!>
はああああ!?!?!?
<ここまで乗せてやったんだ。後は自力でがんばんな!>
『待って。せ、せめてそこの芝生までーーーー』
無責任なことを言い、ケケケとけたたましく笑って炎帝は消えてしまった。
同時に三人は地面に吸い込まれるように落ちていく。
『影分身!』
私はハリーを影分身はロンを抱き抱え地面に着地する。
同時に無数の枝が襲いかかってきた。
暗闇で枝が見えにくい。
避けるのに精一杯でなかなか前に進めない。
どうしたものかと考えているとボコボコの車からエンジン音がした。
ヘッドライトが辺りを照らす。さらに車は暴れ柳の幹に突進。
柳の枝たちは怒ったらしく車に集中攻撃を始めた。
周囲も明るく、攻撃の手も緩んだので脱出は簡単だ。すぐに枝が届かない場所まで避難する。
「た、助かった!」
芝生に仰向けになりながらロンが言う。
『車が助けてくれたみたい』
「あれ?車がこっちに来たよ」
ハリーの声で前を見ると凸凹車はシューシュー湯気を吹き出しながら目の前までやってきてトランクや後部座席から荷物を吐き出した。
そしてテールランプを怒ったように光らせて暗闇の中に走り去っていった。
『不思議ね。生きてるみたい』
「戻ってくれ!パパの車が!!」
ロンの叫び声も虚しく車は見えなくなった。
排気ガスでゴホゴホ咳き込みながら汚れた空気を手で振り払っていると足元の枝に気がついた。
『うわーコレはどっちの杖?』
真っ二つに折れた杖を拾い上げる。木の皮一枚でぎりぎり繋がってはいる。
ロンが声にならない悲鳴をあげた。
「学校に行けばきっと直してくれるよ」
『詳しい先生に見てもらおう』
「僕って信じられないぐらいついてないよ」
『二人とも怪我はない?』
「杖以外は大丈夫」
「僕もかすり傷程度だよ」
『よかった。急いで大広間に行きましょう。歓迎会が始まっているわ』
私は影分身に荷物を片付けるように指示してハリー、ロンと暗い芝生の丘を駆け上る。
音が鳴らないように正面玄関の扉を開けて玄関ロビーに入り、大広間の扉もそっと開けた。
「今始まったばかりみたいだ。組み分け帽子もある!」
「妹のジニーが今年入学なんだよ。グリフィンドールになればいいんだけど」
『自分の心配をしなさい。二人ともよく聞いて。車で来たなんて分かったら大ごとよ。幸い怪我もないし、車も森の中。あなたたちが車で来た証拠はないわ』
「さっすがユキ先生」
「フレッドとジョージに師匠と呼ばれるだけあるよ!」
ハリーとロンが弾んだ声をあげた。
『たしかロンのご両親は魔法使いだったわよね?』
「うん」
『よし。二人は汽車に乗り遅れたからロンのお父さんに送ってもらったことにしましょう。ロンのお父さんには口裏を合わせて貰えるように手紙を書いておくわ』
「パパ、すっごく怒るよ。だ、大丈夫かな……」
『今回のことが学校にバレるよりいいでしょ?』
確かに、と二人が頷いたのを見て、私はニッと笑う。
『確認よ。二人はロンのお父さんとダイアゴン横丁の漏れ鍋からフルーパウダーでホグズミードに到着。私はあなたたちを探しに行った帰りにホグワーツ正門であなたたちに会った。覚えた?』
「わかった」
「大丈夫だよ」
『行くわよ』
扉をゆっくりと開いていく。
「あれ?教職員テーブルの席が二つも空いてるよ」
ハリーが囁いた。
「一つはユキ先生でしょ……あ、スネイプがいない。もしかして病気かも!」
ロンが嬉しそうに声をあげた。
『いや、それはないわ……』
「じゃあ、辞めたんだね!だって、またしても闇の魔術に対する防衛術の教授になれなかったんだから」
「もしかしたら、クビになったのかも!」
『ほら、馬鹿言ってないでさっさと中へ―――わっ!』
「だって嬉しくって。今日は最高の日だよ!」
ハリーが抱きついた。
「杖折れたのが帳消しになるくらい嬉しい」
ロンも抱きついた。
『落ち着いて。作戦が台無しに……あー私、急にお腹痛く、ぐえっ』
「もしかしたら」
私にヘッドロックをかけながら冷たい声でスネイプ教授が言う。
ハリーとロンの顔がさっと青ざめた。
「その人は、君たちが汽車に乗っていなかった理由をお伺いしようかと『ギブ、ギブ、ギブ』お待ち申し上げているかもしれないですな。『グハッ。意識飛びかけた』……」
床に投げ捨てられた私が振り向くと口元に笑みを浮かべている顔が目に入る。
冷たい風が玄関ロビーを吹き抜けた。
「ついてきなさい」
『頑張ってね』
「お前もだ。馬鹿者!」
『い、今すぐですか!?』
「当たり前だ」
『そんな酷い。パーティーが!ご馳走が!』
「五月蝿い。喚くな。さっさと来い」
大広間に入り込もうとしたが後ろ襟を掴まれてしまった。
美味しそうな匂いが遠ざかっていく。
地下牢に降りる狭い石段を引きずられるようにしておりる。
後ろ向きで歩くのはなかなか辛い。
必死に足を動かす様子が可笑しかったのか、こんな状況なのに後ろを歩くハリーとロンが笑いを堪えていた。
「入りたまえ」
『寒っ。火をつけても?』
言い終わらないうちに耳を引っ張られた。
「あの車はどう片付けた?」
スネイプ教授が猫なで声で言う。
絶句するハリーとロンの前に新聞が突き出された。
スネイプ教授は押し殺した声で読み上げて意地悪くほくそ笑んでいる。
「なんと、なんと……捕らえてみれば我が子なり……皮肉だな」
ロンの父親は魔法省のマグル製品不正使用取締局という部署に勤めているらしかった。
「貴様らは未成年魔法使いの制限事項例を愚弄し、少なくとも七人のマグルに目撃されたのだぞ。しかも我輩が調査したところによると、お前たちは大変貴重な暴れ柳に相当な被害を与えた!」
「あの木より僕たちの方がもっと被害を受けました」
「黙れ、ポッター!お前は無傷であろう。それとも我輩の目がおかしいのか!?」
ハリーがふてくされてポケットに手を突っ込んだ。彼の心臓は強いと思う。
「誠に残念だが、お前たちは我輩の寮ではないからして処分を下せない。これからその幸運な決定権を持つ人物を連れてくるとしよう。三人ともここで待て」
スネイプ教授は乱暴に扉を閉めて出て行った。
『寒いね』
「暖炉に火をいれようよ」
「先生もハリーも心が強すぎるよ!」
ロンが反対したが火の玉を出して暖炉へと投げ入れる。
暗くて冷たい雰囲気の研究室が少しだけ暖かくなった。
三人で冷たくなった体を温める。
「見つかったらスネイプ激昂するよ」
「来る直前に消せばいいんだよ」
ハリーが暖炉のそばにある椅子に座りながら言った。
『足音響くからね。階段降りてきたらすぐわかる』
ロンにも座るように促し、体を温めながら車で来る羽目になった訳を聞く。
奇妙な話
「僕たち退学処分かな」
呟くロンの声を聞き、ハリーの顔が暗くなった。
「ダーズリーの家に戻りたくない。ホグワーツの事を考えていたから夏休みを乗り越えられたのに」
ダーズリー家のハリーへの扱いは酷いものだと聞いたことがある。私は嫌な想像が消えるようにハリーの背中を摩った。
『戻ってきたみたい。火を消すね』
杖で火を消して部屋の温度も下げる。
すぐにスネイプ教授、ミネルバ、校長が入ってきた。
口を真一文に結び険しい表情をしているミネルバだったが、杖を振り先程消したばかりの暖炉に火をいれた。暖かい炎。
「二人ともお掛けなさい」
ハリーとロンは緊張とこれから下されるであろう処分への恐ろしさで声を震わせながら説明を始めた。
私は説明する必要はなさそうなので離れたところで壁に寄りかかる。
口寄せ、重い車を動かすほどの風遁、影分身の術と少し疲れた。
「ダンブルドア校長、この者たちは法を犯し、貴重な暴れ柳に甚大なる被害を与えております……このような行為はまさしく――」
「セブルス、彼らはグリフィンドール。処罰を決めるのはマクゴナガル教授じゃ。ここは彼女に任せて儂らは歓迎会へ戻ろう」
『あの、マクゴナガル教授、どうか』
「大丈夫じゃよ、ユキ。おいで。早く行かないと美味そうなカスタード・タルトを食べ逃してしまう」
背中を押されながらしぶしぶ部屋を出る。きっとミネルバなら退校処分にはしないと自分に言い聞かせながら狭い階段を登る。暗い気分を打ち消すように一回転して群青色の着物に着替えた。
「雪野」
振り返るとさっと杖を振られた。
「紫色のほうが君らしい」
「セブルスは独占欲が強いのう」
「な、何を……我輩はそんなつもりでは……」
「フォッ、フォッ。今年も面白くなりそうじゃ!新学期が楽しみじゃの、ユキ」
『はい!やはり生徒が戻ると活気がありますね』
私が言うと校長は楽しそうに笑い声を上げて大広間の扉を開けた。
***
マクゴナガル教授の私室を訪ね、ハリーとロンが退学処分を免れたと聞いたユキはその足で暴れ柳を見にやってきていた。
あちこち枝の折れた古木は重傷のようだ。
『スネイプ教授?』
聞きなれた足音に振り返る。
スネイプ教授は何も言わず横に並んだ。
『治るでしょうか?』
「あぁ。かなりの重傷だがスプラウト教授が治療できると言っていた。君にも手伝いを頼みたいそうだ」
『よかった。治るそうだよ、暴れ柳』
「木に話しかけても分かるまい」
『かなりの古木ですし意思を持っていても不思議じゃありませんよ』
「フッ。そうだな」
『あ。笑いましたね。酷いなぁ』
気持ちの良い風がザァァと吹いた。大きく息を吸い込む。草の香りがする。
「指輪ができた」
スネイプ教授はローブのポケットから指輪を取り出した。
虫除け機能付き、紫色の石がついている指輪だ。
『魔力を感じる』
前とは違う。受け取った瞬間に温かい魔力を手のひらに感じた。
穏やかな気持ちになっていく。不思議だ。
『本当に虫除けの呪文ですか?前と違います』
「さすがだな」
驚いたらしく目を少し見開いていた。この表情可愛いな、と思う。
また見たい。今度、不意を狙って驚かせてみよう。
「君はいつも無茶ばかりする。自分の体を大切にしない。体調管理が出来るように石に魔法をかけたのだ。具合が悪くなるにつれて石の色は黒くなる」
『わぁ。面白いですね』
指輪をはめて腕を伸ばし、手を目の高さまであげる。
石は貰った時よりも濃い紫色になっている。
「無理にでもついて行くべきだったと後悔している」
スネイプ教授が暴れ柳を見つめながら呟いた。
ハリーとロンを発見した時点で炎帝に乗り移し車を捨てていればこうはならなかった。
『暴れ柳に怪我を負わせたのは私の失策からです。反省しています』
「違う」
目が合った。
なんて魅力的な瞳だろう。
瞳の中に吸い込まれそうな感覚に陥った。幻術とは違う。
不快感も恐怖も感じない。体がふわふわ浮くような不思議な感覚だ。
「雪野が飛び立ってから気が気じゃなかった。無事に戻ってくるか心配でいてもたってもいられず我輩は歓迎会から抜け出した」
目の前が黒くなった。
背中に回るスネイプ教授の手が温かい。
早まる鼓動。
「ユキ。君のそばで、君を守らせてほしい」
『え……』
前髪の上から優しく額に落とされた口付け。
見上げると優しい微笑みがあった。
「答えは急いでいない。ゆっくり考えてくれ」
遠ざかっていく黒い背中が暗闇に溶けるまで目で追う。
一際強い風に吹きなびく紫の袖。
手を宙に伸ばす。暗い夜空にアメジストの星が瞬いた。