第2章 純粋な猫
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1.ライラックと菫
「闇の魔術に対する防衛術の担当教授が決まりましたよ」
『ギルデロイ・ロックハート教授』
ミネルバから手渡された茶封筒に書いてある名前を読み上げる。
闇の魔術に対する防衛術と忍術学は年に数回合同授業を行っている。
Mr.クィレルがいなくなり次の教授は誰か気になっていたところだった。
「今日の付き添いは午前中だけだったわよね?」
『はい。Mr.コリン・クリービーだけです』
マグル出身のホグワーツ入学生には教師が付き添い学用品を揃えることになっている。
マクゴナガルはユキの返事を聞きにっこりと笑った。
「よかったわ。今日、フローリシュ・アンド・フロッツ書店にロックハート教授がいるからその封筒の中にある雇用契約書にサインを貰ってきてほしいの」
『わかりました。どのような方なのでしょう?』
「彼のポスターが書店中に貼ってあるだろうから分かると思うわ」
『わぁ。有名人なのですね!』
「えぇ。忙しいのか何度梟便を送って催促しても契約書が送られてこなくて。手を煩わせてしまってごめんなさいね、ユキ」
『いいえ。早めに顔を合わせる機会ができて嬉しいです』
前学期はMr.クィレルからたくさん興味深い話を聞くことができた。私は期待に胸を膨らませながらダイアゴン横丁へと向かった。
***
『それでは、入学式の日はさっき説明した通りに9と4分の3番線から汽車に乗ってね。ホグワーツで会えるのを楽しみにしているわ』
「ありがとうございます、ユキ先生」
可愛い笑顔のコリンと家族をダイアゴン横丁の出入り口で見送ったあとフローリシュ・アンド・フロッツ書店へと歩き出す。
今日は学用品の買い出しに来ている生徒が多いようだ。着物姿の私は目立つらしく、少し日焼けした生徒たちがあちこちから声をかけてくれる。
『フレッド、ジョージ、リー!!』
見慣れた背中に声をかけると三人は肩をビクリとさせて振り返った。
『どこに行くつもり?』
「うわっ。ひ、久しぶり、ユキ先生」
「「見逃してよ、師匠!!」」
三人を見つけたのは薄暗く人通りの少ない通りの入口。
『ノクターン横丁に入る生徒たちを見逃せないわよ』
「「「えーー」」」
『一応教師だから止めないとね。そんな陰気臭い通りに行くよりアイスクリームでも食べに行こう。私の奢りよ』
「「「やった!」」」
今日は暑い。
三人は陰気で埃っぽい通りよりもアイスのほうが魅力的に感じたようだ。
夏休み中の出来事を話ながらメインストリートにあるフローリアン・フォーテスキュー・アイスクリーム・パーラーに向かった。
ショーケースのアイスクリームは色とりどり。
『私は下からチョコ、苺、バニラ、クッキー、マンゴー、ストロベリーチーズケーキ、洋ナシ、ピーナッツ「ストップ。アイス6段あたりから傾いてきたから!」……残念。みんなも好きなの頼んでね』
結局、最後のピーナッツバターも合わせて8段アイスにしてもらった。
フレジョとジョーダンも5段。
さすがに持ったまま移動はできないので近くのベンチに腰掛けて食べることに。
4人並んで高く積み上げられたアイスを食べていると目立つ。ホグワーツの生徒からも道行く人からも冷やかしの声がかけられた。
『買い物は終わったの?』
「僕は終わりました」
ジョーダンがゆらゆら揺れるアイスと格闘しながら言う。
「僕たちは別行動中だよ。ママはジニーの買い物、パパはハーマイオニーのご両親と漏れ鍋で飲んでるところ。残りの買い物は教科書だけ」
「ジニーは今年ホグワーツ入学の末の妹。そうだ。今日はハリーも一緒に来てる。僕たちの家に泊まりに来ているんだ」
『よかった。ハリーは保護者の方から外出を許可してもらえたのね』
「ユキ先生にその話をしなくっちゃ!」
「僕たちの武勇伝を聞かせてあげるよ!」
フレッドとジョージが語る空飛ぶ車でのハリー救出劇をハラハラドキドキしながら楽しく聞きいる。
『私も空飛ぶ車乗って「ホグワーツの教師がこんな所で何をしているのかね?」コンニチハ、スネイプ教授』
教師にあるまじき発言をしかけたユキは突然かけられた声にぎこちなく反応する。
ねっとりとした猫なで声の主は確認しなくてもわかる。
ウィーズリーの双子とジョーダンが顔を見合わせて立ち上がった。
「僕たち買うものが残ってたんだった」
「待ち合わせ前に買っておかないと!」
「ごちそうさまでした」
3段になったアイスを手に持ちながら3人は雑踏の中に消えていってしまった。
感心するほど素早い動き。
スネイプ教授は私の隣にストンと腰掛ける。
目線はアイスクリーム。
「君はいつも何か食べているな」
『食べます?』
返事の代わりに鼻で笑われる。
アイスクリームを食べるスネイプ教授の姿を見てみたかったのに残念だ。
グサリと苺アイスをスプーンですくい口へ運ぶ。光に反射してキラリと指輪が光った。
『指輪ありがとうございます。今年はあまり蚊に刺されませんでした』
「良かったな」
なぜかスネイプ教授は微妙な顔をした。
「呪文が弱くなっている。かけ直すのに時間がかかるから一度預からせてくれ」
『いいのですか!?』
まだまだ虫が多いので嬉しい。
お礼を言って指輪を渡した。
「……新入生の付き添いは終わったのか?」
『一人だけだったので楽でした。スネイプ教授も付き添いですか?』
「今日は薬種問屋に材料を買いにきただけだ」
『今からですか?』
「そうだ」
『私も行きたいです』
注文していた品が入ったと連絡があったのを思い出す。
アイスを食べ終えてピョンと立ち上がる。
『美味しかったー』
「行くぞ」
***
夏なのに全身黒ずくめの陰険贔屓魔法薬学教授と着物姿の忍術学教授の異色コンビは人目を引く。
スネイプはユキから周りに視線を移す。時々すれ違うホグワーツの生徒は立ち止まり口をあんぐり開けてこちらを見ていた。今日のことは新学期が始まったらあっという間にホグワーツ中が知ることになるだろう。
生徒たちの多くは保護者と一緒に来ている。生徒やその家族が自分たちの関係を“誤解”しているのをユキが知ったらどう思うか気になった。少しは照れたりするのだろうか……
だからと言って何と聞けばいいのか。
スネイプは悶々としながら薬種問屋へと入っていくユキを見やった。
『こんにちは、おじさん』
「おぉ、ユキちゃん!」
いつもしかめっ面の気難しい店主が満面の笑みを浮かべている。
「チョコレートを買っておいたんだ。お茶飲んでいくだろう?」
『このあと書店にも行かないと行けないの。また近いうちに寄らせて!それに今日はスネイプ教授も一緒なの』
「……いらっしゃい」
店主の顔が一瞬で仏頂面に変わった。
スネイプは何となくイライラしながら二階にあがっていく。
気難しい店主がユキに心を開いている様子と自分以外の男性に笑顔をむけているユキの姿。
なんてザマだ。重症だな。
思っていた以上にユキに惚れ込んでいる自分に気づき、同時に店の店主にまで嫉妬した自分を自嘲する。
『イモ虫見て笑ってるなんて……』
「っ!?」
いつの間に隣に来ていたのだろう。
雪野が自分とイモ虫を交互に見ていた。
「気配を消すのはやめろと何度も言ったはずだ」
『普通に来ましたよ。イモ虫に夢中だったから気付かなかったのですよ』
にやにや顔が憎たらしい。
「さっさと自分の買い物をしたまえ」
そう言うと楽しそうに返事をして店の奥に消えていった。
古い木の床は軋むのに物音一つ立てない。
彼女について知らないことが多すぎる。特に彼女の過去について。
『スネイプ教授』
またいつの間にか横に来ていた。
「なんだ?」
『脚立がなくて取れない品物があって。取っていただけますか?』
ついて行き指し示された瓶を見る。
乾燥されたハブ。
毒薬の材料にもなるが雪野が作るのは治療薬だろう。
医療忍者だったと言う彼女の作る薬にはいつも興味をそそられる。
今回はこれでどのような薬を作るのだろうか。
「一匹でいいのか?」
『あ……はい』
取ったハブを渡そうとした手が止まる。
思ったよりも近くに雪野の顔があった。
彼女も同じように感じたらしい。
漆黒の瞳を大きく見開いたあと恥ずかしそうに俯いた。
彼女から目が離せない。
艶やかな黒髪
長い睫毛
ほんのりと赤みのさした陶器のようになめらかな肌
そして形の良い柔らかそうな唇……吸い寄せられる感覚。まただ、この感覚……
「下で待っている」
危なかった。
雪野の買い物かごにハブを入れて階段を降りる。
ギリギリ理性を保つことができた。
新学期が始まる前に自制心を鍛えようと思う。
時刻は午後4時25分。
名残惜しそうな店主に見送られユキとスネイプは薬種問屋を出た。
「先程書店に行くと言っていたな」
『少し時間がかかると思うので先にホグワーツへ戻っていてください』
「いや。我輩も買おうと思っていた本がある。それにこの時間の煙突飛行は混んでいるから姿現しで連れ帰ってやろう」
『助かります!』
スタスタと歩き出すスネイプ教授を追いかける。夏期休暇時期の閉店時間は早い。昼間は多くいた生徒の姿もほとんど見かけられない。かわりに書店にいるのは大勢の成人した魔女たちの姿だった。
「なんの騒ぎだ?」
『コレですね』
書店の上階に掛かっている大きな横断幕を指し示す。
スネイプ教授の表情が険しくなった。
サイン会
ギルデロイ・ロックハート 自伝「私はマジックだ」
午後12:30~4:30
黒山の人だかりを押し合い、へし合いしながら中へ入る。
「鬱陶しい」
『二階へ避難しましょう』
階段を上りながら横目で人だかりの中心にいる人物を見る。
午前中にポスターで確認してあった顔。本物のMr.ロックハートはポスターと同じく金髪に青い目、輝くような白い歯が光っていた。
『初めて有名人を見ました』
「くだらん。東洋魔術の書棚にいる。買物が終わったらきてくれ」
スネイプ教授はMr.ロックハートに群がる魔女を見て馬鹿にしたように鼻を鳴らしてからマントを翻し目当ての棚へと歩いて行った。
「さぁさぁ、奥様方。お時間でございます。残念ですがサイン会はこれにて終了とさせて頂きます」
落胆の声が店中に響く。サイン会終了と同時に閉店にするらしい。
店主に促された魔女たちはMr.ロックハートを名残惜しそうに見ながら店の外へと押し出されていった。
階下のMr.ロックハートは店主が店のブラインドを全部締め終わるまで完璧なスマイルで手を振っていた。
ファンを大事にする様子に好感。
「急に店が静かになったな」
『閉店しましたから』
「なぜ呼びに来なかった、馬鹿者。帰るぞ」
『私の用事は……』
言いかけて階下を見ると、丁度こちらを振り返った目当ての人物と目があった。
「これは、なんと!」
Mr.ロックハートが感嘆の声をあげた。
「ユキちゃん!驚いたよ。店の中にいたのかい!?クッキーを持ってきてあげよう」
店主が驚きの声をあげた。
「あちらこちらで餌付けされているようですな」
横から呆れ半分、面白半分の声。
『人を野良猫のように言わないでください。おじさん、私はサインをお願いしたくて』
明らかに不機嫌になった隣の人物と一緒に階段を降りる。
店主は一瞬驚いた顔をしたがすぐにニコニコ笑って頷いた。
「ロックハート先生、うちの常連さんのためにもう一筆サインをお願いできませんか?」
「もちろんですよ。私と二人きりで会いたいがために今まで隠れていたなんていじらしいですね。美しい異国のレディの頼みは断れません。さぁ、こちらへ」
忘れな草色のローブを翻し歩く姿は芝居がかって見えるがどこから見ても格好良い。
感心しながら机に座ったMr.ロックハートに歩み寄る。
「私の自叙伝はもうお持ちですか?」
『?いえ。まだ』
「では、差し上げましょう!」
Mr.ロックハートは机にあった自叙伝を手に取り、大きな孔雀の羽ペンですらすらとサインした。
ご丁寧に私の名前まで入れてくれた。申し訳ない気持ちになる。
「さぁ、どうぞ」
『アリガトウゴザイマス』
Mr.ロックハートに誤解させてしまったと分かり深々と頭を下げる。
「そうだ!この後、一緒にディナーを食べに行きましょう。私とあなたの運命の出会いである今日という日をお祝いしなければ」
「悪いが我々はこの後予定が入っている」
Mr.ロックハートは初めてスネイプ教授の存在に気づいたらしい。
「あなたはどなたです?」
「貴様に教える気はない。行くぞ、雪野」
『私は』
まだ書類にサインをもらっていない私は力強く自分の手首を掴み引っ張っていくスネイプ教授に抵抗した。
「雪野?」
「どうやら彼女は私を選んだようですね」
表情を曇らせる、スネイプ。
満足そうに微笑み手を差し出す、ロックハート。
すかさず差し出された手に一枚の紙を渡す、ユキ。
二人の頭に疑問符が浮かぶ。
「ええと……これは。雇用契約書!?」
『ミネルバ・マクゴナガル副校長よりロックハート教授のサインを頂くように言われてきました』
やっと言えて安堵する。
「教授とはどういうことだ!?」
『新しい闇の魔術に対する防衛術の教授です。申し遅れましたロックハート教授。私はホグワーツで忍術学を教えている、ユキ・雪野。そして、こちらが魔法薬学のセブルス・スネイプ教授です』
「何故こんな男をホグワーツの教授に……」
隣からぼそりと失礼な呟き声が聞こえた。
最高に不機嫌そうな薬学教授に対してMr.ロックハートは満面の笑みだ。
「あなたに会った瞬間に運命を感じていました。そして、それは間違いではありませんでしたね。同じ職場だったなんて!私たちが運命の赤い糸で結ばれている証拠です」
『よく意味が理解できないのですが……』
「私たちは出会うべくして出会った、という事です」
『?はい。私はロックハート教授に会うために来ましたから』
「嬉しいことを言ってくれますね。私の可愛い菫ちゃん」
『スミレ?』
「愛称ですよ。あなたは菫の化身のように愛らしい」
『はぁ』
なんとも間抜けな声が出た。言っている意味が分からず困惑する。
この先上手くやっていけるだろうか、と考えていると手を取られ口付けを落とされた―――瞬間、帯を掴まれ後ろに引っ張られる。
「ロックハート教授、戯言はやめて書類にサイン願えますかな?我々も暇ではない」
「私としたことがユキの美しさに見蕩れて忘れていました―――さぁ、どうぞ」
書類には似つかわしくない丸文字のデカデカとしたサインが記された。
『ありがとうございます』
ようやくサインを貰えた。長かった。妙に疲れた。お腹すいた。
「そうだ!ユキ、この後ディナーに行きましょう」
「先程も言ったが」
背後から殺気に満ちた低音が響く。
「我々は暇ではない。失礼する。行くぞ、雪野」
『では、失礼します。ロック―――』
腕を掴まれ引き摺られるように歩き出した私は舌を噛みそうになり喋るのをやめた。
ダイアゴン横丁を夕日が照らす。
『私、ロックハート教授と上手くやっていけるでしょうか?』
「あんな奴と上手くやらなくていい」
『えっ!?』
突如、立ち止まり手渡された黒いハンカチ。
「あいつに触れられた所を拭いておけ」
ポカンとした顔のユキ。
スネイプは早急に呪文をかけ、明日にも指輪を渡そうと決めた。