第2章番外編
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解毒薬
石化事件がホグワーツを恐怖に陥れている中、ユキはなんとかして犯人の手がかりを掴もうと奔走していた。
レイブンクローのクリアウォーターとハーマイオニー・グレンジャーが石化され、ユキは強いショックを感じながら、デリラ・ミューレーが襲われて自身の影分身が石化された場所へと行く。その廊下の天井には太いパイプが通っており、裂け目があった。
何か手がかりが掴めるかもしれない。
パイプの中へと入って行った2体の影分身。
「手がかり発見よ」
パイプの中の裂け目から現れた影分身は小瓶にどろっとした液体を持って帰って来た。その液体の周りではネズミが死んでおり、それは毒だと容易に想像が出来た。
しかし、この手がかりの代償は大きかった。
更に奥へと進んでいった影分身は石化されて帰って来ず。ユキは廊下に意識を失って倒れることになる。
その後、ユキを心配するクィリナスとユキ本体でパイプの中に消えた影分身は回収されたのだが、影分身が持ち帰った毒以外を探し出すのは難しかった。狭く身動きの取れないパイプの中で危険な何かに遭遇してはひとたまりもない。
ユキが出来ることは持ち帰った毒がどのようなものであるか、解毒薬はあるのか調べることだ。そこで、ユキはスネイプに声をかけた。スネイプは快諾し、今に至る。
ユキはスネイプと彼の研究室で毒の分析をしていた。
『スネイプ教授の才能には恐れ入りました。毒の分析が美しいとすら思える』
「君も優秀だ」
『毒についてはある程度詳しいつもりです。ですが……ここまで強力な毒となると……石化事件の犯人とこの毒は同一の動物のものかしら?』
「違うのならば危険な生き物がホグワーツに2匹もいるということになる」
『恐ろしいわ……』
「そこのニガヨモギを取ってくれ。それから硝石を荒く砕く作業を」
『了解』
ニガヨモギを渡し、セブルスの前でゴッゴッゴッと硝石を砕いているユキはそっと目線を上げた。
睫毛長い。
蕩けるように響く甘いバリトンの声。男らしさもあり、しかし細めの長い指は繊細な動きをして魔法薬をかき混ぜている。
大鍋の横には既に何本もの試験管が並んでいて、これは抽出された毒であった。知性溢れるセブルスの前にいるとユキは自分がちっぽけでつまらない人間のように思えていた。
私は粗野で、暗部としてやってきた知識以外何もない。
対して目の前のセブルスの話題は豊富だった。どうやって覚えたのだろうというくらい呪文を知っていたし、最新の魔法についても知っていた。お堅い話だけかと思いきや、素敵なレストランに美術、音楽とその知識は幅広い。
面白いからセブルスの話を聞くのが好きなユキだったが、これこれがあるが知っているかね?と聞かれればいつも首を横に振っていた。何だかそれが悲しくなって、どんどんと自信がなくなってしまっていた。
私が胸を張ってこれについては知識があると言えるものって何?
暗部の話は血生臭い話は避けられないから話題にしたくない。料理は好きだけど……まだ始めたてで、料理について質問されれば分からない事だらけで口を噤んでしまうだろう。
ない……ない……
あぁ、私ってつまらない女ね。
思わず重い溜息を吐き出してしまう。
「どうした?」
『ううん。ちょっと嫌なことを思い出していただけです』
「嫌な事とは?」
『自分がつまらない人間のように思えて……』
「十分面白いが」
『お世辞は結構ですよ』
「お世辞ではない。君ほど見ていて飽きない人間はいない」
『なんだかそれって馬鹿にされている感がありません?』
「突飛な行動は面白く、生徒とはしゃぐ様子は微笑ましい。別に馬鹿にしているわけではない」
『わ、私はスネイプ教授についていけるような知的な人間になりたいんですよ!』
「―っ」
『どうされました?』
セブルスは絶え間なく撹拌しなければならない手を危うく止めそうになった。まるで自分に気があるような言い方に胸の鼓動が自然と速くなっていってしまう。
『兎に角、全てにおいて知識量を増やせるように頑張ります』
悲し気な顔で俯きガッガッガッと硝石を砕く作業に戻るユキをセブルスは横目でチラリと見て、心の中でそっと溜息を吐き出した。
そのままでいい
理由付きでユキに声をかけてやりたかった。
セブルスはユキのことが好きなのだ。知らない話に目をキラキラさせて聞き入り、子供のように生徒と一緒に遊ぶ姿。賢者の石事件で罠を突破していった時には強さを見せ、それは改めて惚れいる姿。
知識がないと言っているが、自分にない知識、物事は吸収しようと後日調べているようで、知らないからと投げだすのではなく、興味関心を持つ向上心が好ましい。
「自信を持て」
『ありがとうございます、スネイプ教授』
寂しそうに微笑むユキにもどかしさを感じながらセブルスは撹拌に集中したのだった―――
***
『やった!これで完成ですね』
「この解毒薬を飲めば死にはしないだろう……本当は完全に解毒出来る薬を作りたかった。すまない。我輩に出来るのはここまでだ」
『死なないということが大事なのです。ああ、嬉しい!』
どうにかこうにかして出来上がった解毒薬にユキは飛び上がって喜んだ。
これで万一に備えることが出来るわね。
その万一が起こるのは自分であって欲しいと願うユキは視線に気が付いた。ユキはセブルスの瞳から感情を読み取ることが出来なくてコテンと首を傾げる。
『どうしました?』
「今回、解毒薬が出来たのは君の協力があってこそだ」
『ありがとうございます。でも』
「でもは言わせない。我輩一人では出来なかったことだ」
『過分な言葉だわ。だけどやっぱり』
「だけども言わせない」
『……』
セブルスは実験器具を片付け始めた。口元には自然と小さな微笑が浮かんでいた。
「いつもは一人で研究している。その方が集中して
『あの……本当に?』
「あぁ」
『私と一緒にいると居心地がいいって言った?私、役に立っている?面白い会話が出来なければせめて……邪魔にならない存在でいたいと思っていた……』
「いつからそう自信のない人間になったんだ?」
『スネイプ教授が凄すぎるからですよ』
「随分と勘違いされているようだ。君が思うような人間ではない」
セブルスは小瓶に詰めた解毒薬をユキに差し出した。
「怖れもするし、怯えもする。特に君の前では」
『私の前で?酷いなぁ。私をどんな風に見ているんですか?』
「こうした嚙み合わない会話も楽しいものだ」
『?』
「さあ、もう部屋に帰るといい。深夜を過ぎた」
『え?』
「なにかね?」
『実験しないのですか?』
「実験?」
『実際に毒を飲んで効き目を確認しないといけないでしょう?』
「そうだな。では影分身を出してくれ」
『いいえ。私本体で行います』
「なんだと?」
『私本体で行います』
「聞こえなくて聞き返したのではない!絶対に許さんぞ!」
『大きな声を出さないで下さいよ。
いいだけ影分身が石化されて、魔力が吸い取られているため、新しい影分身を出すことは出来ない。
『やるしかないてす』
「――っ」
『生徒の為です。私はやります』
「よせ」
ユキはサッと蛇の毒を手に持ち、試験管の栓を開けた。
「やめろ!」
ユキの持つ試験管を奪おうとしたセブルスの手は空を搔いた。ユキはひと蹴りで研究室の1番後ろの壁まで後退し、そして毒が入っている栓を抜いて試験管を傾け、ほんの少しだけ舌に毒を落とした。
瞬間、内臓を抉られるような痛みがユキを襲った。体が熱く燃え上がり、胃は鎖でギュウギュウと締め付けられるようだ。
それでもユキは冷静に毒の入った試験管に栓をして、慌ててやってくるセブルスに差し出した。
「雪野!」
『大丈夫。これくらいなら耐えられる痛みです。それより試験管をお願いします』
セブルスが試験管を受け取ってローブにしまった時だった。ガクンとユキは両膝を床に打った。そのまま倒れそうになるユキの体はセブルスの腕の中に収まる。
「なんと無茶なことを。解毒薬を持っているから待っていたまえ」
『いいえ。このまま様子を……くっ……見ましょう。これも実験です』
「この馬鹿がッ」
『私に出来ることは限られています。やれることをやりたい』
「……いいだろう。君の覚悟には感服した」
『え、お、ええっ!?』
ユキは全身に感じる苦痛が吹き飛ぶくらい吃驚した。お姫様抱っこで運ばれていく体はセブルスの私室へと向かっていく。杖が振られて開かれた扉。セブルスはズンズンと進んで行ってベッドの上にユキを下ろした。
「見ていてやる。苦しめ、この馬鹿が!」
『はい?』
じっとりと汗をかくユキが目を白黒させながらセブルスを見上げると、ドシドシと音を鳴らして部屋から出て行ってしまう。
何か悪いことをしたかしら?
ユキが肩を落としていると直ぐにセブルスが戻ってきた。その手には羊皮紙があって、毒がどのようにして効くのか実験することに付き合ってくれると分かった。
「気分は?」
先ほど怒鳴られたのとは違って気遣う声に驚きながらユキは口を開く。
『胃に痛み、発汗、熱も出ていると思う。全身に……痺れも』
「吐き気は?」
『ない』
「このまま様子を見よう」
『さっき苦しめと言ったのは、ん、あ、何だったのですか?』
「もう少々毒を如何かな?」
コイツは自分がどれほど心配しているか分からないのか?
思わず「苦しめ」と言ってしまうほどにショックを受けていたし、危険なことをした事に対して反省してもらいたかった。それこそ、身をもって。口で言っても聞かず、自身を傷つける行動をするユキに危うさを感じる。
『結構です。これ以上飲むのは良くない。寝込んだり、して……う……授業に差し支えがあっては困る』
「君が考えるのは生徒のことだけか?」
『あと他に、だ、誰が?』
セブルスはじっとりとした目をユキに向け、その後は黙々と人体実験の記録を取り続けたのだった。
解毒薬は良く効いた。しかし、ユキは体の痺れから動けなくなってしまい、セブルスのベッドで横たわっている。
頭がぼんやりとする中、キイィと耳に聞こえた扉が開く音。ベッド脇へとやってきたセブルスは心配そうにユキの顔を覗き込んだ。
「気分は?」
『もう少しで歩けるようになるかと思う。ベッドを奪うことになってしまいごめんなさい。自分の部屋でやったら良かった』
「もし一人でやるようなことがあったら許さんぞ」
『なんだか怒られてばかりだわ』
「散々苦しんだであろう。自分が馬鹿なことをしたと自覚できたかね?君のことを想う人間がいるとは考えないのか?」
ユキが面食らった顔をしたのでセブルスは驚いた。その表情は本当に心から思っている様子だった。
とても胸が苦しくなった。
心配されて、こんなに驚くなど悲しいこと。
自分に自信がなくて嘆いて、自分を愛せないのは辛い事。
「雪野」
『はい』
「そのままでいい」
頬に触れる手の甲は、ユキの頬を滑る。
そのままで十分に愛おしい
低く囁かれる声にユキは恥じ入ってセブルスに背中を向けたのだった。
甘い言葉は頑なな心を溶かす、解毒薬