第4章番外編
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お菓子に例えよう
まずい。治らない。
新しい学年が始まったばかりの今は秋が深くなってきており、山からは冷たい風が下りてきていた。
授業が終わり、日が暮れている時間。
気晴らしにと思い元気に鍛錬をしたホグワーツ忍術学教師のユキ・雪野はやり過ぎたと後悔していた。
自身の影分身を使って鍛錬しているユキの体はいつも以上にボロボロになっていた。骨折など可愛いものなのだが、流石に両脚共に骨折となると困ったもの。
自分で骨接ぎをしたものの、完全に治すには魔法薬を飲む必要があった。勿論、ユキはぬかりがない。というか骨折など常なので魔法薬を持ち歩いていた。
『お腹減った』
魔法薬が効いてくるのは数時間後になる。部屋に戻って夜食を食べたい。ユキは影分身を出し、それを男に変身させて自分を背負わせた。
楽ちん楽ちんと背の上でご機嫌なユキは大きな声で名前を呼ばれる。
「ユキ!」
『リーマス』
目を吃驚したように大きく開いたリーマスは直ぐに不機嫌そうな顔つきになってこちらへと駆けてくる。
「ユキ、こちらは?」
リーマスが不機嫌な理由は1つ。彼はユキのことが好きなのだ。恋心抱いている相手と親しくしている男に強い嫉妬と苛立ちを覚えながら自分より背の低い男を見下げる。
一方のユキはというと不機嫌そうなリーマスに首を傾げていた。
何か不快なことをしてしまっただろうかとは思わない。腹でも減っているのかと思う始末でリーマスに微笑みかけた。だって、私は何も悪いことはしていないもの。
『これは私の影分身』
「あぁ」
リーマスはニッコリした。
よく見れば、目の前の東洋風の男はどことなくユキと似ていた。一瞬にして晴れたイライラに自分自身で呆れているリーマスは今度は別のことで顔を厳しくする。
「また鍛錬で怪我をしたのかい?」
『あー……うん』
「どこに怪我を?」
『両足骨折』
「両足とも!?ちゃんと治療した?」
『えぇ。あとは骨がくっつくのを待つだけよ。数時間後には完全に治ってまた元気に走り回れるようになっているわ』
「それは良かった、と言いたいところだけど加減をすべきだよ、ユキ」
『分かっているけど、本気でやらないと思うとついね』
「僕の背中においで。影分身を出すにもエネルギーを使うのだろう?」
『迷惑かけたくないわ』
「このくらい気にしないで。ユキの役に立ちたいんだ。それに、恩を売ったらお手製のおやつが貰えるかもしれないだろ?」
『ふふ。勿論。朝にババロアを作っておいたの。一緒に食べましょう』
「ありがとう」
慎重にユキは自分の影分身からリーマスの背中に移動する。
『リーマスったら甘い香りがする』
「チョコレートの食べ過ぎかも」
『そのうちチョコレートにならないか心配よ』
「ユキこそ僕に負けず劣らずお菓子を食べているんじゃないのかい?」
『そうね。私もそのうちお菓子になっちゃうかも。そうなっても食べないでね?』
彼女はスレスレの質問をしていることに気が付いているのだろうか?
リーマスは声に出しては笑わなかったが可笑しそうに唇を綻ばせて歩いて行く。
吹きさらしの階段を上った上にあるユキの部屋の中は心地よい暖かさで外の寒さから解放された2人は自然と口から息を漏らした。部屋の主に似合わないカントリー調の家具は親しみを感じさせ、明るく穏やかな気分にさせてくれる。
「どこに下ろす?」
『暖炉前のソファーにお願い』
壊れ物を扱うように丁寧にソファーに下ろされたユキはリーマスに笑いかけて『ありがとう』と言った。
ユキはリーマスと過ごす時間が好きだった。学生時代から似た者であると感じていた2人は互いを理解し合える者と感じており、親近感を持っていた。全く同じではないといえど、悩みを共有できる友人がいるのは心強い。
『キッチンにババロアがあるわ。取ってきてくれる?』
「お安い御用だよ。紅茶を淹れさせてもらっても?」
『お願いします』
飴色の紅茶と白くてプルプルしたババロアが小さな丸テーブルの上に置かれた。料理が好きで上手なユキは誰かに食べてもらうのも好きだった。美味しいと言ってもらえるのは嬉しいもので、ユキは魔法界に来てから沢山の料理を覚えた。
『今度ディナーを一緒に食べない?1度フルコースを作ってみたいの』
「フルコース!凄いね!」
『私のレストランのお客さん第1号よ』
「光栄だな」
ぱくっ
ババロアが2人の口の中へと入る。
『甘~い』
「うん。美味しいっ」
顔を見合わせていたのだが、ユキは何かに気が付いたようで横を向いた。
『セブが来たわ』
「君はいないよ」
『え?』
「部屋にいない。居留守を使おう」
『リーマスったら何を言っているの?』
「ユキを独り占め出来る時間が終わって寂しいっていう意味だよ」
ぽっと顔を赤くさせるユキが恥ずかしさを紛らわせようと立ち上がるのをリーマスは制する。そして最大限に余裕のある顔を作って扉へと行き開いた。
「やあ」
扉を開けた目の前の人物を見てセブルスは眉間に深い皺を作った。セブルスとリーマスはユキを巡る学生時代からの恋のライバル。特にリーマスについて、ユキは学生の時に自分は火の国から来た忍だと自分には話さなかった秘密を打ち明けており、セブルスはそのことを根に持っていた。
「入るかい?」
「ここはいつからお前の部屋になったのかね?」
ギロリと睨みつけられたリーマスはおお怖いと言うように両手を上げて脇に退き、セブルスを部屋の中へと通した。セブルスが部屋の中に入ればユキは何を気にすることもなくババロアを頬張っている。
『いらっふぁい』
「口にものを入れたまま喋るのはやめたまえ」
『ごめん。それで、何の用事?』
セブルスはチラとババロアの皿に視線を向けた。
「用なしで来て邪魔だというなら帰ろう」
スッと踵を返そうとしたセブルスを見て慌てたユキは足を骨折していたのも忘れて立ち上がってしまい、『んっ』と小さな声を上げてトスンと両膝を床に打ち付けた。
『痛い~』
「まったく。何をしているんだい?気を付けないとダメじゃないか」
『すっかり忘れていたわ。痛たた』
リーマスがユキを元居た椅子に座らせている間にセブルスは食べかけのババロアをテーブルの端へと寄せてちゃっかりとリーマスの席に座った。
「そこは僕の席だったんだけどな」
セブルスはその言葉に答える代わりに肘掛けに手を置き、足を組んでリラックスした様子を見せてここから動かないと意思表示してみせた。
「その足はどうした」
『鍛錬で両足ともにやっちゃたの。魔法薬も飲んだし、あと数時間で良くなるわ』
「今日はその件で来た」
『ん……ん……用事が出来たので帰ります。ぎゃあ』
セブルスの杖1振りによってユキの体は座っていた椅子にグルグル巻きにされてしまう。うっ。逃げ遅れたー!
「お前の部屋はここだ、ユキ」
『はい……』
「我輩が何の件でここに来たか分かっているようですな」
『全く見当がつきません』
「リクタスセンプラ」
『うひゃひゃひゃひゃひゃ、ご、ごめん、なさいっ』
笑い続けよの呪文をかけられたユキは観念しながら縄解きの術で縛られていた縄から脱し、小さーい声で『薬材盗みました』と白状した。
「やはりお前だったか」
『やはりということはしらばっくれることも出来たってこと?』
ユキの大きな舌打ちにリーマスが笑い声を上げる。
「こらこら。ガラが悪いよ」
『リーマス、ここにいてね。朝までお説教コースはごめんだわ』
「反省が足りないと見える」
杖を上げるセブルスに向けられたのはリーマスの杖。黒い微笑を浮かべたリーマスはセブルスをスッと目を細めて見た。
「ユキにこれ以上の乱暴は許せないな」
「毎日のように自分で自分の両足を折るような人間にとっては我輩のかける呪文など痛くも痒くもないであろう」
「相手はレディだ。やってはいけないこと、言ってはいけないことが大人になった今でも分からないとは……過去を繰り返したいのかい?」
「っ!」
セブルスは5年生のO.W.L.試験後にユキとリリーと決別したことを思いだして表情を苦々し気に歪ませた。
『あのう、セブ。反省はしています』
「再犯する気は?」
『あります』
「リクタスセンプラ」
『ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃッ』
「セブルス!」
「我輩のファーストネームを気軽に呼ぶな、ルーピン」
「同僚じゃないか」
『そうよ。セブったら酷い』
「ユキ、忠告してやろう。世間知らずの狐は簡単に狼に喰われる」
『喰われる……』
ユキは先ほどの話を思い出していた。
『私たちがお菓子だったらそれぞれ何かしらね?』
セブルスは突拍子もない言葉に目を瞬き、リーマスは会話が逸れたことに安堵しながらニコニコと笑う。
『リーマスはホットチョコレートってかんじ』
「自分自身もチョコレートになってホットチョコレートの中に飛び込んでみたいよ」
「そのまま溺れろ」
セブルスとリーマスは一瞬睨み合った。
『えーと、セブは何かしら?』
暫く考えていたユキは、うん、と首を縦に振る。
『セブはミルクチョコレート』
同じチョコレートに例えられてセブルスとリーマスは嫌そうな顔でそれぞれ別の方向を向く。その様子には気づかずにユキは続ける。
『セブの声は深くて甘い。まるでミルクチョコレート。うん。ぴったり』
1人上手く表現できたことに機嫌を良くしながら紅茶を飲み干したユキに向けられたのはリーマスの優しい瞳。
「ユキは角砂糖かな。無垢で、そして心の中に入って来て溶けて、僕の気持ちを甘くしてくれる」
『嬉しい!私、角砂糖食べるの大好き!』
「ぷっ。角砂糖ってそのまま食べるものではないだろう?」
『ついついつまみ食いしてしまうのよ。それから……嬉しい例えをありがとう』
何だか良い雰囲気にセブルスが気分を害していると、部屋の扉がノックされた。ユキが杖を振って扉が開かれ、戸口に立っていたのはセドリック・ディゴリーだった。
『セドリック、私に用事?』
「いえ、ルーピン先生にです。こちらにいらっしゃるかと思って……お寛ぎのところ申し訳ありません」
「分かった。直ぐにいくよ。ユキ、また今度」
リーマスはさっと残りのババロアを食べてユキの部屋から去って行った。
『セブもババロア食べる?』
「あぁ」
『紅茶は淹れる自信がないから、顆粒でもいい?』
「顆粒のアレは紅茶ではない」
『リーマスは喜んで飲んでくれるのに』
「頻繁にあいつを自室に招いているのか?」
『共通の趣味は甘いものを食べること。よくお茶をしているわ』
「……」
『セブ?』
「足を見せろ」
『診てもらわなくても大丈夫よ。私の治療は完璧よ』
「いいから足を出せ」
ユキは膝まで忍装束を捲り上げ、そこにセブルスは杖を向けた。
「問題ない」
『でしょ?』
「ユキ」
『なあに?』
「たまには……」
『たまには?』
「甘いものが食べたいと思う時もある」
『うん!』
ボソボソと言うセブルスの顔は見えないが、彼の耳は真っ赤に染まっている。ユキは照れたような様子のセブルスにとびっきりの笑顔を向けたのだった。