第7章番外編
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寝言
事件はとある夜に起こった。
風が窓を揺らすなんてことのない音で起きたのだろうか、分からないが特に理由を探すまでもない。目の覚めたセブルスはぼんやりとした頭で天井を見上げた。
まだきっと夜中を過ぎた頃だろう。月の光が差し込むこの部屋は心地良く、セブルスはまだ眠れることに嬉しさを感じながら寝返りを打った。そこにはスヤスヤと寝息を立てているユキが口元に微笑を浮かべていた。
愛しい恋人の体温を感じたい。
もしかしたらユキは起きてしまうかもしれない。付き合いたての当初、一緒に寝ていると、自分が起き上がる度にユキもグンと上体を起こしたのを思い出す。ユキが言うには敵襲に備える癖だそうだ。
しかし、今は自分の存在に慣れたのだろう。ベッドを抜け出しても起きることはなくなった。
ずりずりと体を動かしてユキの体に手を回し、引き寄せようとしたのだが……。
鬱陶しそうに振り払われた腕。ユキは眉間に皺を刻んで唸った。
「ユキ、すまな『邪魔だ、ヤマブキ』
ブスッとした声で言われた言葉にセブルスの目が大きく開かれる。そしてこちらもブスっとした表情へ変わっていった。あろうことかユキはセブルスをヤマブキと間違えたのだ。
セブルスは聞いていた。ユキは昔、前にいた世界で暗部として働いていた頃、ヤマブキと任務を行っていたと。厳しい任務は一日やニ日で終わらないだろう。そうすれば必然的に近くで寝る(腹が立つのであえて近くと言おう)ことも想像出来た。だが、現実を突きつけられたこの感じと自分を他人と間違えたことにフツフツと怒りが湧いてくる。
恋人の名前を呼び間違えた相手に何と言ってやろうか。いや、寝ぼけている相手に怒るのも心が狭いか。そんなことを思いながらフルフルと怒りに震えていたセブルスは知らずと殺気を発していた。
『っ!?』
ユキは布団をめくって飛び起きた。さっと枕元から取ったのはヤマブキから貰った隠し武器である簪。シュッと抜かれた刃が月の光に照らされてキラリと光る。
『え、あれ?』
ユキは目を瞬いた。確かに殺気を感じたのだが、今いる自分の部屋は何ごともない様子で、隣にいる人以外の気配はない。
感じた殺気は何だったのだろうかと首を捻りながら隣を見たユキは更に首を捻る。そこにはどこか不機嫌そうなセブルスの姿があった。
『今ので起こしてしまったわよね。ごめんなさい』
「いや。起きていた」
『起きていた?もしかして殺気を放ったのはあなた?』
「君の気のせいであろう」
『そう?』
「……」
『おやすみ』
ユキは鈍感である。何となくセブルスが不機嫌そうなのは感じたが、夜中に目覚めて機嫌でも悪いのだろうとのそのそと布団の中に入っていった。シュキンと鞘に収まった小刀は枕元に戻され、ユキが存在を確かめるようにそれをポンポンと叩いたものだからセブルスはより一層不機嫌になった。
その様子に気が付かずに再び眠りの中へと入っていこうとするユキの布団をセブルスはバッとめくり上げる。
『ふぁ?何?』
「君は前に我輩が寝ている時に我輩が君以外の――結局我輩の口寄せ動物のモリオンであったが――女の名前を呼んだと言っていたな。君は今、それをしたわけだが」
これはまずいぞ。
ユキは自分は誰の名前を呼んだのだろうと冷や汗をかき、同時に言い訳を考えながら上体を起こした。
『私ったらごめんなさい。誰の名前を呼んだのかしら?』
「夢に出てきていたのではないのかね?」
『さっきまで見ていた夢は……あなたのことよ?』
「白々しいですな」
夢を思い出そうとしても頭がぼんやりとして夢の記憶は遥か彼方。
『怒らないで。ごめんね、セブ。私は、誰の、名前を言ったの?』
「とぼけるのはもういい。夢の中でも想う人物の名を言え」
『本当に覚えてないの。でも、それは、その、私と関わっている人たちよね……例えばシリウスはよく一緒にいるしって睨まないで!でも、そうなの?』
「……違う」
『うーん。ではクィリナス?っだから睨まないで!……正解だった?』
「いや」
『ドラコ?リーマス?レギュ?』
セブルスが首を振るので先生の名前や生徒の名前、ダイアゴン横丁の店主の名前も言っていくが正解に辿り着かない。ユキは降参だというように首を大きく振った。
『誰の名前を言ったかは分からないけれど、愛しいあなたの名前を呼び間違えるだなんて最低ね』
「ただの寝言だ」
『許してくれる?』
「ヤマブキだ」
『え?ヤマブキの名前を言ったの?』
「そうだ。あろうことか、我輩が君を抱き寄せようとした時にヤマブキの名前を言った」
ブスっとしているセブルスの前でユキは『ぷはっ』と噴き出した。何ごとかと目を丸くして驚くセブルスだが、直ぐに不機嫌に戻る。先ほどより、ずっと不機嫌だ。
「謝る気はあるのかね?」
『ご、ごめん。あるわ。でも、ハハっ、思い出した』
セブルスはユキの顔をまじまじと見つめた。それは滅多に見ない顔であった。柔和で優しいホグワーツの忍術学教師であるユキ・雪野先生でも、自分の恋人であるユキでもない。自分にはあまり見せない顔だった。
見たことはないが分かる。きっと、魔法界に来るまでのユキはこういう顔をしていたのだ。凛として、隙が無く、ちょっと粗野な雰囲気。
セブルスは知らないユキを知りたいと不機嫌さを忘れて口を開く。
「邪魔だ、ヤマブキ。と言っていた」
そうセブルスが言うと可笑しそうにハハハっとユキが笑った。その目は懐かしそうに細められて遠くを見ている。
『あいつは寝相が悪くって。ハヤブサ先生が見張りに立ち、私たちが寝ている時、ヤマブキはゴロゴロ転がって私を蹴ったり、腕を顔に落としたり、ダメな奴』
「野営も多かったのか?」
『宿に泊まることなんてなかったわ。幼い頃から寝相を叩きこまれていたし、物音を立てるなど危険だから寝言を言わないように口を封じていた』
「寝た気がしなかったであろう」
『だけど、寝ている時は一番無防備だから寝るのが怖かった。寝るのは好きじゃなかった。でも今は違うわ』
ユキはセブルスにニッコリと微笑んだ。その顔は彼の恋人の顔に戻っていた。
『寝返りも打つし、寝言も言う。安心して眠ることが出来る。温かい腕の中で眠ることが出来るのがどんなに幸せなことか私は知ることが出来た』
「そう言われては許さないわけにはいかないな」
『怒りが収まらないようならお詫びをするつもりだったのよ?』
艶っぽくユキがそう言えばセブルスの口角がニヤリと上がった。
「謝罪を受けるとしよう」
ユキは妖艶な笑みを浮かべて寝巻の帯を解こうとしたのだが、セブルスにやんわりと止められた。
「体が凝っている。マッサージしてくれ」
『マッサージ?』
「残念そうな顔だな」
『別にそういうわけじゃ……えっと、分かった』
セブルスはクツクツと笑いながら仰向けに寝転んだ。
『ええと?』
背中を揉んだり足を揉んだりを想像していたユキは困惑してセブルスを見つめた。胸や腹を押しても体は解れはしないだろう。
「ボディタッチだけで癒される」
実は、セブルスはただイチャイチャしたいだけなのだ。
『うーん。良く分からないけれど……あ!じゃあ気を少しずつ送るわね』
加えてとびっきりの愛をあなたに。
ユキはセブルスの顔を両手で包み込んだ。
愛しい愛しいこの顔は好みの顔。黒い瞳には隠れた情熱が、鉤鼻は男らしく、薄い唇には知性を感じさせる。耳はどうだろう?今までゆっくりと観察したことがなかったと顔を寄せて耳朶をはむっと食む。
フッと息を送ればセブルスは喉の奥で笑いながら首を擽ったそうに動かした。
「やめろ」
『大好きよ』
チュッとリップ音を立ててユキはセブルスの左耳に口づけた。額に、鼻のてっぺんに、頬、唇に落とされるキス。ユキは喉仏に指を添わせた。ここから魅惑的でチョコレートのように甘く蕩ける声が出されるのだ。
『ねえ、セブ』
「なにかね?」
『いい子だって言ってくれる?』
「フッ。君は“良い子だ”と言われるのが好きだな。その理由は知っている」
ユキはパッと顔を赤らめた。情事の時にセブルスはよく「良い子だ」と口にする。上手く出来た時、お預けをくらっている時、セブルスは頭を撫でながら囁く。
「良い子だ、ユキ」
頭を撫でられて顔を蕩けさせる。
喉仏に置かれていた指がトンと跳ねる。ユキの指先から温かい気が流れ込んだ。
1つ1つ外されていくボタン。
ユキは自分の寝巻も取り去ってセブルスと肌を重ねた。トクトクと重なり合う心音が心地よい。
脚と脚が絡み合い、お互いの体に腕を回し、どちらともなく口づける。蛇のように絡み合う体。
静かな部屋に聞こえるのは
衣擦れの音
熱い吐息
艶やかな嬌声
「良い子だ、ユキ」
人の温もりを感じながら寝るだなんて、あの時は想像もしていなかった。
寝言
私は心をすっかりあなたに許しているのだ。愛しい、私の愛しい、恋人。
今夜のことは許してね。悪気はないの。
ただちょっと、懐かしい夢を見ていたようなのだ。