第8章 動物たちの戦い
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22.不気味な足音
ニューイヤーの夕刻。セブルスは死喰い人の本拠地であるマルフォイ邸に足を踏み入れていた。館の主―――ルシウス・マルフォイではない―――に挨拶をするためである。
謁見は一人ずつ行われており、セブルスは待合室となっている広間でブランデーを傾けながら、外の雪景色を見ているふりをして、ガラスに映る部屋の様子を観察していた。この部屋には今、ビンセント・クラッブ・シニアとジャック・ゴイルがビリヤードに興じており、暖炉の前ではナルシッサとベラトリックスがいた。
子供……いつの間に産んだのか……
ベラトリックスの腕の中には小さな赤ん坊の姿があった。聞こえてくる会話の内容からどうやらベラトリックスの子供であることは間違いない。見たことのない優しい眼差しと蜜のような声で赤子に囁くベラトリックスの姿にセブルスは驚いていた。
あのベラトリックス・レストレンジがこのような表情を見せるとは。
面白いものを見るようにしげしげと窓ガラスに反射するベラトリックスの様子を見ていたセブルスはギョッとする。片手を小さく上げるナルシッサは確かに自分に向かって微笑んでいた。
「……」
「セブルス、盗み見なんて趣味が悪くってよ」
クスクスと笑うナルシッサにセブルスは小さく息を吐きだした。バレないようにやっていたつもりだったのに失敗をしてしまった。仕方なく、立ち上がってナルシッサの方へと向かうと、ベラトリックスはあからさまに嫌そうな顔をして赤ん坊を守るように抱き直した。
「出産していたとは……知らなかった。お祝いを申し上げる」
ベラトリックスはセブルスに返事をする代わりに赤ん坊をトントンと優しく叩いただけだったので、ナルシッサが代わりに「ここにかけて」とセブルスを自分の隣へ座るよう促した。
「可愛いでしょう。名前はデルフィーニ。セブルス、抱かせてもらったら?」
「遠慮させて頂く」
「シシー、勝手を言うんじゃないよ。この子は大事な跡取りなんだ。何かあったらあの方に顔向けが出来ない」
「あの方?」
セブルスは不可思議な言葉に思い切り眉間に皺を寄せ、そして瞬時にベラトリックスの腕の中にいる赤子が何者であるかを悟った。なんということだ……いや、よく考えれば驚くことではない。
ベラトリックスの腕の中にいるのはスリザリンの後継者。要するに、ヴォルデモートの娘だ。ベラトリックスのあの甘い声と優しい表情に納得がいった。
夫が不憫だな……だが、何も言えまい。
妻が不倫をし、子まで産んだ。自分の子供ではない事は夫であるロドルファスが知らぬはずはない。だが、妻の不倫相手は闇の帝王。彼の心中は如何様なのであろうな?ベラトリックスと同じようにヴォルデモートを崇めているロドルファス。そんな彼に思いを馳せていたセブルスを現実に引き戻したのは元気な赤子の泣き声だった。
「よしよし、良い子ね」
「ベラ。お腹が減ったのかもしれないわ。部屋に移動しましょう。セブルス、それではね」
立ち上がってナルシッサ、ベラトリックス、デルフィーニを見送ったセブルスの頭にユキの顔がチラついた。何故?セブルスは唾を飲み込み、分かっている答えに見ないふりをして胸の中に押し込んだ。手に持っていたブランデーを一気に煽る。キツいアルコールが鼻を抜け、頭をくらりとさせたことで嫌な想像は追い払われた。
クラッブ・シニアが呼ばれて出て行き、暫くしてジャック・ゴイルもいなくなった。すっかり夜の帳が下り、外では綿のような雪がゆっくりと落ちていっている。セブルスは先ほどから何度も何度も嫌な想像を頭から追い払おうとしていた。もう、これ以上酒に頼ることは出来ない。既に飲み過ぎてしまっている。重い溜息を吐いた時だった。キイィと扉が軋んで入って来たのはルシウス・マルフォイだった。
「セブルス」
「卿が我輩をお呼びに?」
「いや、少しゴイルとの話が長引いているようだ。ゴイルは……クラッブもだが、忘れやすく大雑把過ぎる。ふたりとも何か重大なミスを犯したらしい」
「そうですか」
「さして興味はなさそうだな」
「えぇ。あまり」
「頭の中はユキのことでいっぱいか?」
短い沈黙の後、ルシウスは近くのバーカウンターへと歩いて行った。
「いるかね?」
「いえ、充分に飲みました」
「そうか」
グラスに大きめの氷がニつ。トクトクと黄金色のウイスキーが注がれて、ルシウスはひと口飲み、息を吐きだした。
「我が君がユキを手に入れる日はそう遠くないだろう」
「残念ながら簡単に捕まるような女ではありません」
ルシウスは言葉に出来ない思いを伝えようと灰色の瞳を真っ直ぐにセブルスに向けた。ルシウスはユキの幸せを願っていた。だが、彼はルシウス・マルフォイだった。家を守るために、家族を守るために風見鶏のように方向を変える。今現在、闇の勢力が増すイギリス魔法界において、彼の主人はヴォルデモートなのである。
「備えておくんだ。あの子の傷つきやすさをセブルス、君が助けてあげなさい」
「はい」
ビクリとふたりは体を跳ねさせた。扉が控えめにノックされて入って来たのはマルフォイ邸の屋敷しもべ妖精だった。
「セブルス・スネイプ様、れ、例のあのお方がお呼びになっておられますです」
「直ぐに行く……ルシウス先輩、ご忠告ありがとうございます」
「いや、私には何も出来ない」
「ユキはあなたを慕っています」
セブルスは自分から視線を床に落とすルシウスを置いてヴォルデモートが待つ部屋へと歩いて行った。途中、首を傾げながら歩くゴイルとすれ違い、ヴォルデモートが待つ部屋の扉を叩く。自動で開いた扉。セブルスは扉を閉めて頭を垂れた。
「今年こそ、我が君の治世となりましょう。お慶び申し上げます」
「セブルス、お前はホグワーツの校長となった。これからも頼むぞ」
「全力を尽くしてお仕え致します」
振り返ったヴォルデモートは赤い目の奥に静かな嫉妬心を抱きながらセブルスを見た。俺様の女を、この男は持っている。取り上げるべきだ。時期が来た。ヴォルデモートは薄っすらと笑みながら「かけよ」とセブルスを促した。
特段、肝の冷えるようなことは聞かれなかった。ユキのこともヴォルデモートは一切触れなかった。だからこそセブルスは怖かった。
セブルスはマルフォイ邸を出て門の前で館を振り返っていた。蓋をしている嫌な予感はチカチカと頭に映像として点滅している。
セブルスはもう嫌な想像を押さえ切れなかった。ベラトリックスと子供を見た時に、セブルスはベラトリックスにユキの姿を重ねた。ヴォルデモートがユキを手に入れたら何をするか、この予想は当たるだろう。
させて堪るか
黙ってその時を待つような愚かな真似はせん
バシン
セブルスは大股でホグワーツ城の敷地をユキの部屋に向けて歩いて行っていた。扉を開けばそこは平和一色。明るく、温かい雰囲気に満ちていた。
『セブ!お帰りなさい』
華やかな緋色の着物の上に白いフリルのついたエプロンをしているユキは帰って来たセブルスのもとへ小走りに走って行き、腕を首に回して抱きついた。
『あは。冷え切っている。冷たくて気持ちいい』
「ユキ……」
向かい合い、自分を見上げる漆黒の瞳はこんなにも甘く熱い。セブルスは長く節くれだった指先で優しくユキの顔の輪郭をなぞった。
『ニューイヤー・パーティーの準備は出来ているけど、その前に話をする?』
「いや、話は食事の後にしよう。長くなる」
『そうね。では、難しい事は頭から追い出してパーッと飲み食いしましょうか!』
チンと合わさるグラス。白ワインは華やかで優しい味。白身魚のアクアパッツァをセブルスに取り分けてもらっていたユキは目の合ったセブルスにニッコリした。
『ありがとう』
「美味しそうだ」
『私の料理好き?』
「とても」
『私はセブが美味しそうに食べている姿を見るのが好き』
「我輩も君が楽しそうに、料理を胃の中に消していく姿を見るのが好きだ」
『ぷっ。言い方。まるで私がマグルのマジシャンみたいに言うのね』
「本当に種も仕掛けもないのが驚きだ」
クスクス笑いながら空いていたセブルスのグラスにワインを注いだユキは『そうだ』と悪戯っぽい笑みを浮かべた。
『もうすぐセブの誕生日よ』
「誕生日など祝っている場合ではなかろう」
『38歳の誕生日は一生に一度しかこないのよ。私はサプライズを用意しています』
「サプライズが下手くそですな」
『あっ』
しまったと頭を頭を抱えるユキにセブルスはクツクツと喉の奥で笑った。
「何を企んでいるのかね?」
『企みなんて言い方酷いわね。でも、うーん。うまくいくか微妙なの』
「バニーの衣装着用ならいつでも歓迎だが?」
『あんな淫乱な夜は恥ずかしくて思い出したくないの。やめて。それよりサプライズよ。あぁ、成功するか不安になってきた。だから、何か普通にプレゼントも用意させて。何か欲しいものない?』
「欲しいものが思いつかない」
『うーん。うーん。困ったわね。今は魔法界の店はどこも閉まっていて……例外はウィーズリー・ウィザード・ウィーズくらい……』
「我輩は一緒に過ごせればそれで十分だ。君だったらどうかね?贈り物は必ずしも必要ではない」
『そうだけど……あ!それじゃあ、写真を撮りましょう』
「写真?」
『クリスタルのフォトフレームに飾る写真よ』
ユキは昨年のセブルスの誕生日にクリスタルのフォトフレームを贈っていた。それは4枚写真が入るようになっていて、そのうち2枚は既に埋まっている。1枚はロンドンデートに行った時の写真、もう1枚は湖城ホテルに行った時の写真だ。
『さあ!今から撮りましょう』
あれよあれよという間にセブルスは暖炉前のソファーに座らせられてカメラを向けられていた。セブルスの腕に自分の腕を絡ませるユキは蕩ける笑顔でセブルスも自然と顔の表情が緩んでいく。3――2――1――!ユキの影分身がシャッターを切る。カシャ!
『動く写真にして誕生日当日に渡すわね』
「あぁ」
フォトフレームを飾る最後の1枚はどんな写真が相応しいだろうか?セブルスはマントルピースの上に置いてあるフォトフレームを見ながら考える。1つじゃ足りない。きっと、将来、ユキと家庭を築いたら、マントルピースの上はフォトフレームが沢山並ぶだろう。
トリッキーがキッチンで後片付けをし、暖炉の前ではセブルスの口寄せ動物モリオンがスヤスヤと寝息を立てている。料理の下げられたダイニングテーブルの上には酔い冷ましの蜂蜜入りハーブティーが置かれている。
「闇の帝王から逃れる方法を今一度話し合っておきたい」
セブルスの言葉でユキはゆらゆらと立ち昇る湯気から視線を上げて黒い瞳を見つめた。動揺を隠すように深く息を吸い込み吐き出し、そして話し出す。
『ドラコがヴォルデモートに命令されて死喰い人の本拠地に私をポートキーで呼び出した場合、私は直ぐに巨大狐へと変化する。今のところ、ドラゴン大の巨大生物を捕獲できるような魔法は開発されていなかったわよね?』
「魔法陣を描いても獣化してしまえばユキを捕らえることは難しいだろう。死喰い人が束になってかかってきた場合……」
『室内ならこちらが有利よ。大暴れして機を見つけて逃げる』
「問題はドラコを人質に取られた場合だ」
『破れぬ誓いを結んでいる以上、ドラコを人質に取られたらヴォルデモートに従わなければならない。そうなってしまったら……どうにかしてドラコを救い出し、私は彼を連れて用意していた隠れ家に行く』
「どうにかしてとは……はあ。何度も言っているが、今のうちからドラコを隠れ家に監禁すれば良い。君は何故そうしようとしない?」
私はセブの言葉に黙りこくってしまう。ドラコが他殺された場合、破れぬ誓いの効力により、私は死ぬ。だから私はドラコを守らなければならない。破れぬ誓いのことをヴォルデモートは知らないが、いつルシウス先輩が、これについてや私を呼び出すことのできるポートキーをドラコが持っていると伝えるか分からない。
マルフォイ家には生き延びて欲しいと思っていて、私は彼らが身を隠せる安全な隠れ家を用意していた。ドラコを、言う事を聞かなければ無理矢理にでもその隠れ家に連れて行くべきだと言うのがセブをはじめ皆の意見だ。
『学生生活をドラコから奪ってしまうようで心苦しいのよ』
「馬鹿なのか?君の命がかかっているのだぞ?」
『ドラコは去年ヴォルデモートからの命令を果たそうと相当なプレッシャーに晒されて顔色を悪くしていた。でも、今年はそれらから解放されて普通の学生生活を送れている。隠れ家に匿ったらまた不安の日々を送ることになるでしょう』
「ルシウス先輩とナルシッサ先輩に咎がいくと考えているのかね?」
『それも考えているわ』
「その事ならば心配ない。彼らも息子さえ無事なら自分たちの事はどうにかするはずだ」
私は両肘をテーブルについて頭を抱えた。ドラコには隠れ家に移ってもらうのがこちらとしては最善だと分かっている。
「不安を煽りたくはないが闇の帝王の様子がおかしい」
『おかしいとは?』
「言葉には出来ない勘だ。だが、当たっているだろう。闇の帝王はもうすぐ君を手に入れる最後の一手を打ってくるはずだ」
ゴクリと唾を飲み込む私の心臓が跳ねた。認めよう。甘く魅力的な言葉は私を捕らえ始めている。セブに言うべき?いや、言えない。ヴォルデモートに惹かれているなどとても後ろめたい気持ちがして言葉に出来たものではなかった。代わりに私はドラコのことをもう一度考えてみた。
『移すならクリスマス休暇のうちがいいわね』
「そう思う」
『パンジーも一緒に移り住んでくれるかしら?』
「Ms.パーキンソンも連れて行った方がいいだろう。ドラコをおびき寄せるダシにされては困りますからな」
『そうと決まれば急ぎましょう。明日、ドラコを隠れ家に移すわ』
セブのホッとした顔を見て、もっと早くにこうすべきだったと後悔した。
『自分の身の安全のことなのに腰が重くてごめんなさい』
「やる事が多く忙しかったとはいえ、自分のことを後回しにし過ぎる」
『反省するわ』
しゅんとしていると、セブが杖を振って冷えたハーブティーを温めてくれた。顔を上げれば優しい瞳と視線が交わった。大好きよ、セブ。私の愛しい人。脳裏にチラつくヴォルデモートの影を追い払い、私は熱いハーブティーを口に含んだ。
「お布団をふかふかにしたのでございますです!」
キーキー声のトリッキーにお礼を言って、ベッドルームへと入った私たちは寝る支度を整えてフワフワの柔らかい布団の中に潜り込んだ。いつもお互いを抱き枕にして眠っている私たち。素肌を触ると気持ちが落ち着く。何もしない時でもお互いのパジャマの中に手を突っ込んでサスサスとあちこち触りまくっている。
ぐるん。仰向けの私にセブが伸し掛かる。ねっとりとした舌が首筋を這い、私は太腿を擦り合わせ、熱い息を吐き出す。セブの中心は硬く、上からコショコショと摩ればフー、ハーと荒い息が肌に吹きかけられる。
『ねえ、セブ。もうすぐ誕生日だし赤ちゃんに戻ってみない?』
「我輩、そのような趣味はない」
不快そうな視線に悪戯っぽく微笑みきゅっと陰茎を掴むと低い唸り声がセブの口から漏れる。
『ちょっとだけ。ね、いい子だから』
前合わせを開いて見せれば露わになる双丘。誘うように下から胸を支えて回せばセブがゴクリと唾を飲み込んだのが分かった。あと一押し。
『たまには私に甘えて。あなたの癒しになりたいの』
後頭部に手を回して口づける。くちゅ、ちゅっ。くすりと笑って鼻のてっぺんにキスをして、肩を押して下へと下がらせる。
『良い子ね。私の大好きなセブ』
私の腕も少しは上達したでしょう?対面座位で私は跳ねる。私の両胸に顔を埋めるセブはうっとりとしていて、とっても可愛かったのだった。
1月2日昼過ぎ。ドラコの部屋に私はいた。
「すまない、パンジー」
「そんな顔しないで、ドラコ。私はあなたについて行く」
荷物を纏め終えたドラコはパンジーを優しく抱きしめる。私は今朝、ドラコとパンジーを自室に呼び出して二人を隠れ家に移動させることを伝えた。驚いていたドラコとパンジーだったが、全てを説明すると納得してくれ、文句ひとつくらい言っていいのに、ひとつもぶつけてこなかった。
寮監であるスラグホーン教授と副校長であるミネルバに影分身を使って伝え、カロー兄妹に見つからないように注意しながらホグワーツの敷地を横切って行く。
バシン
付き添い姿現しでやってきたのはロンドンにあるニ階建てのアパルトマン。
『狭くてごめんなさいね』
「とっても可愛いお家です」
パンジーがにっこりと笑ってドラコの手を取った。
『二人で甘い生活を送って欲しいところだけど、私の影分身も護衛の為に滞在するわ。私は一階にいる。ニ階には緊急以外お邪魔しないようにするから』
まだ結婚してはいないから新婚生活とは呼べないが、婚約したてのニ人の生活に私の影分身はお邪魔するかたちになっているのだ。出来るだけ静かに邪魔にならずに生活したいものだ。
「ロンドンの中心地に住めるなんて素敵ね。憧れだったロンドン!」
『ロンドンには何度も遊びに来たことはあるのでしょう?』
買い物大好きな私の元ルームメート、ガーベラ・パーキンソン。娘を連れてショッピングによく行っているのだとお茶をした時に話していた。
「遊びに来るのと住むのは違います!家は田舎で徒歩圏内に店どころか、家の敷地から出るのに半日かかるので、普段は家族以外にすら会うことが出来なかったんです」
『家の敷地外から出るのに半日歩く!?』
そういえばマルフォイ家もそんな感じだったなと思い出す。マルフォイ邸は森に囲まれていて歩いて近隣の町からたどり着くことは出来ない。魔法もかけられているからそもそもマグルはマルフォイ邸を見つけることは出来ないが。
『ごめんなさいね、パンジー、ドラコ。自由に外に出ることは出来ないの。食料や必要なものは影分身が買ってくるから不自由はさせないけど、窮屈な思いをさせてしまうことになる』
「いいんです。私はドラコと一緒にいられたらそれで幸せですから」
「僕たちの事はお気になさらないで下さい、師匠」
『ありがとう、ふたりとも』
ロンドンの小さな家。私はドラコ、パンジー、影分身を残して家から出て行き、向かう先はノクターン横丁にあるアービッシュ髑髏パブ。馴染みにしている店主にガリオン金貨を渡して情報を得た後、ニ階の個室へと向かう。
『変化』
中には男が一人ぼんやりとして座っていた。
『ジャック・ゴイル、待たせたわね』
昨年度ドラコがトレローニー教授やマダム・ロスメルタに服従の呪文をかけて操っていたと同じように私もまたここにいるジャック・ゴイルとここにはいないクラッブ・シニアに服従の呪文をかけて情報を得ていた。
『さっそくだが新年の会合での話を聞かせてもらおう』
残念なことがある。ジャック・ゴイルとクラッブ・シニアは物覚えが悪かった。いくら服従の呪文を掛けたところでその者の能力が低ければ任務成功とはならない。セブに聞いていた半分も会合内容を覚えておらず、新しい情報もなしか……と嘆く。
『ヴォルデモートは病院の襲撃に拘っているわね。次はどこの病院だとか聞いている?』
「闇の帝王は次にバーミンガムの病院を襲撃するように命じられた」
『!? 詳しく話してちょうだい』
バーミンガムにある病院は聖マンゴ魔法疾患傷害病院ほど大きくないがイギリスで重要な役割を果たしている大きな病院だ。まだ襲撃は計画段階で実行の日取りなどは決まってはいないらしい。不死鳥の騎士団に報告しておかないと。
私と会った記憶をオブリビエイトしてからアービッシュ髑髏パブを出る頃には外はすっかり暗くなり、灰色のどんよりとした雲からは霙の混じった雪が降ってきていた。
疲れてきているがもう一仕事。今夜のことを報告しておく必要がある。姿くらましして着いたのはダートマス城近くの不死鳥の騎士団の本部。潮風に吹き飛ばされそうになりながら歩き、合言葉を言って中に入った家の中にいたのはニコニコの悪戯仕掛人の三人だった。
「やあ、ユキ。暖炉の傍においで」
『ありがとう、リーマス』
リーマスが一人掛けソファーの席を譲ってくれて有難く座らせてもらう。
「ホット蜂蜜酒を飲むかい?」
『欲しい!ありがとう、ジェームズ』
「それじゃあ俺からはブランケットだ」
『わあ。シリウス、ありがとう。みんな優しいのね』
機嫌の良さそうな三人に何の話をしていたのか聞くと、クィディッチトーナメントの話だった。
『11月の試合ではハリーにやられたわ』
「うちの息子のスーパープレイに観客は大興奮だったそうじゃないか」
『スリザリンも健闘していたのだけどね。あの日のハリーは最高だった』
「体もがっしりと大きくなって荒々しいプレイにもよく耐え、最後は直角に急降下して金のスニッチを取った!ジェームズとリーマスにも試合を見せたかった」
「あぁ。ハリーの試合が観たい。うん。観よう」
『ジェームズ、何か言った?』
一人小さな声で決心を呟くジェームズを半眼で睨みつける。遊びでホグワーツに潜入なんてとんでもない!まったくこの鹿は!
『来ちゃ駄目よ?』
「はーい」
『不安になる返事だ……』
「ジェームズも分かっているから大丈夫だよ、ユキ」
くすくすと笑ってリーマスがチョコレートリキュールを飲み干した。話題は変わってリリーとドーラの話へ。
『リリーは子育てで忙しいのにフェリックス・フェリシス改良薬の調合をしてくれている。助かるわ』
「前回ホグワーツを襲撃された時は魔法薬を配ることが出来なかった。ちゃんと戦いに参加する全員に配る方法を考えておくべきだ」とシリウス。
「各寮監に管理しておいてもらうのはどうだろう?生徒に事前に渡すのは宜しくない。学生の僕だったら使っちゃうと思うからね」
『各寮監の先生なら戦いが始まった時でも生徒の面倒を第一に見てくれるでしょう。それがいいわ』
突然戦いが始まった時、私やシリウスは真っ先に前線へと走って行った。ジェームズの言う通りフェリックス・フェリシス改良薬は各寮監の先生に渡しておく、と頭の中にメモ。
『ホグワーツの戦いはリリーも参加すると言っていた。ドーラは出産して動けそうなら直ぐにでも不死鳥の騎士団の活動に戻ると話していたわ』
「僕はリリーの傍で戦うよ」
『リーマス、どうなの?妲己の予言の件はドーラに話さないの?』
そう聞くと、リーマスは静かに頷いた。
「話さないことに決めたよ。実は、ドーラは占いに弱いところがあるんだ。誰に殺されるかなど話したら、それが頭にこびりついて、いざその相手と戦う時に気持ちで負けてしまうだろう。それなら、僕が傍にいてその予言から守れるようにした方がいい」
「自分の死の予言を聞くのは気分の良いものではないからな。リーマスの考えを尊重する」
そう言ってシリウスは大丈夫だ、と言うようにリーマスの肩をトンと叩いた。
「ドーラはもうすぐ出産だね」
にっこりとジェームズがリーマスに笑いかける。
「楽しみなのと、ソワソワするのと、不思議な気分だよ」
『平和な時代がやってきたら皆で集まってバーベキューでもしましょうか』
セブとバーベキュー。面白い組み合わせね。あの真っ黒いいつもの服を脱がせてアクティブに動ける服を着せなければ。その時、私はスネイプ夫人になっているのかしら?左手の薬指に指輪をつけてセブにお肉を焼いてもらうの。楽しみだなぁ。
わいわい話していた私たちはいつの間にか真面目な話へと移っていっていた。クラッブ・シニアとジャック・ゴイルに服従の呪文をかけていることは勿論、不死鳥の騎士団のメンバーも知っている。私がバーミンガムにある病院襲撃の計画があると報告すると、三人は低く唸って息を吐きだした。みんな聖マンゴの襲撃を思い出しているのだろう。あれは相当激しい戦いだった。
「本当は後手後手に回るだけでなく、こちらからも手を打ちたいところだよね」
『そうね、ジェームズ。マルフォイ邸を襲撃するっていうのはダメ?』
「良い考えとはいえないね。ヴォルデモートは逃げて新たに本拠地を構えるだけだろう。それに奴には分霊箱がある」
「襲撃をきっかけにヴォルデモートが分霊箱の守りを固くしては困るからな」
リーマスに続けてシリウスが言った。
「シリウスの弟、レギュラスは分霊箱を追っているね。なにか連絡は入ったかい?」
死喰い人として死亡したはずのレギュラス・ブラックが実はグライド・チェーレンとして生きていて、今はショーン・ワードに成り代わり死喰い人に混じりヴォルデモートの分霊箱を追っていることをシリウスは親友であるジェームズとリーマスに打ち明けている。
「いや、ジェームズ。俺には何も」
『私にはニューイヤーの日に新年のお祝いのメッセージが届いたわ。難しい任務で神経をすり減らしているでしょうけど、無事にやっているようで安心した』
「死喰い人の中での活動は慎重を期さなければならない。クラッブ・シニアとグレゴリー・ゴイルについても気を付けるんだよ、ユキ」
『そうね、リーマス。利用するつもりで利用されては困るもの』
「それからドラコ・マルフォイには気を付けるんだ。監禁状態にしたからといって油断はできない。いつ裏切って、ポートキーとなっている札を破き、ユキを死喰い人の本拠地に導くとも限らないのだからな」
『私の影分身が24時間監視しているからそういうことはないと安心して、シリウス。情報も遮断している。もし、彼らの家族が人質に取られても……彼らにそのことは伝えない。私……最低ね』
「ユキはナルシッサとの約束を守っている」
「何もかもを守ろうなんて無理なんだ。どこかで線引きしなくてはいけない」
「そうだよ。ユキ、考え過ぎるのは良くない」
シリウス、リーマス、ジェームズがそれぞれ声をかけてくれる中、私は胸を重くしていた。今夜、セブを通じてドラコとパンジーが私に監禁されたとヴォルデモートが知ることになるだろう。奴は、どう動くのか?
同時刻、死喰い人の本拠地 マルフォイ邸
セブルスからの報告を聞いたヴォルデモートは一人になり、暖炉の中で踊る火を赤い瞳で見つめていた。
ユキめ……先を読んで動いたか……
くつくつと喉の奥で笑う。こうでなくては面白くない。近々、ドラコを人質に取ってユキをここにおびき出そうとしていたのだが、その計画はこうして潰されてしまった。では、どうするか。
「やるべきことを全てしよう。ユキ、お前を手に入れるまで」
ヴォルデモートが手を上げると、空中に、キラキラした光を纏う煙が中で渦巻く水晶が現れた。その中には蛇がおり、ふわり。一瞬のうちに水晶の中から蛇が飛び出し、ヴォルデモートの横にその恐ろしい姿を現わした。
おもむろに立ち上がったヴォルデモートは部屋から部屋に続く扉を開けて入って行った。そこはヴォルデモートの私室、そこを更に突っ切り、次の扉を開ける。窓のない部屋。ぞっとするような部屋だった。
部屋の中心にあるベッドは天蓋付きで、上からは鎖が伸び、先端に手錠がついていた。ヴォルデモートはベッド横にある座り心地の良い一人掛けソファーに座り、ベッドに血のように赤い瞳を向けた。
聞こえる。叫び声が。悲鳴と共に絞り出される懇願が。
その声は、甘くなっていき―――
ヴォルデモートは、夢見心地で冷えた部屋でひとり、怪しく光る手錠を眺めていた。
ガーベラ・パーキンソンを捕らえよ
命令が下り、意気揚々とベラトリックス夫妻が屋敷を出て行った。
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