第8章 動物たちの戦い
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21.聖マンゴの戦い
夜中、シリウスの急いだ足音が聞こえて来て目が覚め、ドンドンドンと強く私室の扉がノックされる。寝ているセブを跨ぎ、急いで寝相で乱れていた寝巻を直しながら扉を開ける。
「ユキ、夜中にすまない」
『いいえ。何事?』
「今さっきシャックルボルトから連絡が来た。魔法大臣のルーファス・スクリムジョールが暗殺された」
『何ですって!?』
と言ったが、驚きつつも、ついにこの日が来てしまったか、という思いもある。今までスクリムジョールは何度も命を狙われ、護衛がそれを防いできた。
『彼はイギリス魔法界の平和のために勇敢に戦っていたわ』
「俺もそう思う。残念だ」
『亡くなったばかりでこんなことを言うのはどうかと思うけど、次の魔法省大臣が気になるところね』
「明日には動きがあるだろう。その結果次第でイギリス魔法界は悪い方へ大きく舵を切るかもしれない」
『結果次第ではホグワーツにも影響が出る……』
「俺は行かなければならない。いくつか回りたい家がある」
『一人で大丈夫?』
「あぁ。人の悪意を読み取れるレオンティウスもいるからな。口寄せの術」
シリウスが口寄せの術で出したのは獅子。彼は人の悪意を読み取ることが出来る能力を持っている。
<任せろ!>
任務について行くことが出来るのが嬉しいのだろう。レオンティウスは非常に誇らしそうな顔をしながら胸を張っている。
『気を付けて』
「行ってくる」
シリウスとレオンティウスを見送ってベッドルームに戻り、スヤスヤ寝ているセブの顔を覗き込む。
不死鳥の騎士団の任務、スパイ活動、教員の仕事、時間を見つけてフェリックス・フェリシス改良薬の調合、解毒薬は完成しているがナギニ対策についても更に改善しようと私たちは頑張っているのでセブの毎日は忙しい。だから、こうやって深い眠りに入っている時に起こすのは気が引けるのだが、大事なことだ。そっとセブの背中を摩った。
『セブ』
「……」
眉間に皺を寄せたが起きる気配がない。気持ちよさそうに寝ているから、起こすのは、出来るだけ優しくしてあげたい。薄い唇に唇を重ねる。何度も角度を変えて口づけをしながら少しべたついた髪を手櫛で梳いていると、漸くセブが身じろぎをした。
『セブ、起きた?』
「……ユキ、か?」
『起こしてごめん』
「どうした。何かあったか?」
『今、シリウスが来たの』
開かれた目が月明かりに照らされてギラリと光る。眉間にしっかりと皺を作って不機嫌そうなオーラを出すセブは、上体を起こして私を点検するように見た。
「奴は何用で来た?」
『ルーファス・スクリムジョール魔法大臣が暗殺されたと知らせてくれたわ』
「っ!」
『ヴォルデモートから呼び出しがかかるかしら?』
「可能性はあるな」
セブはチラリと自分の左手前腕に視線をくれた。
「次の一手、闇の帝王は失敗しないであろう」
『魔法大臣に自分の息のかかった者を送り込む?出来るかしら?いくら腐った魔法省でも、ヴォルデモートに推薦された者を魔法大臣にするまでは落ちていないでしょう』
「いや、勝算があるから闇の帝王は動いたのだ」
『そうなると……ホグワーツが危険に晒される』
頭の中に、一気に嫌な展開が流れてきた。アンブリッジによって締め付けが行われた時期を思い出してみる。魔法省はまたホグワーツに干渉してくることだろう。ホグワーツは独立を保とうとしているが、それは、現実的に難しい。理事会は次の校長としてヴォルデモートの指示通り、セブを選ぶだろう。
そうなったらどうなる?カロー兄妹は免職を解かれてまた暴力的な指導を行うだろう。それだけなら私たちの手で止めることが出来るかもしれない。でも、魔法省が恐ろしい法律を作ったら?マグル生まれの子たちが迫害されたら?
そうなったら、私たち教員の手で守り切れる?助けを求められた時、私に何が出来るだろう。分からない。力で解決できるような問題ではない。もしも子供たちが傷つけられたら――――
「ユキ」
多くのマグル出身の生徒は海外へ逃げたとはいえ、残った生徒も多い。万が一の時に逃がす方法は決めてあるが、急に不安になってきた。
「ユキ」
強く名前を呼ばれ、肩を掴まれてハッとする。
『あ、ごめんなさい。何か話しかけてくれていた?』
「いや……深刻な顔をしていたから声をかけたのだ。物事を悪い方向へ考えていただろう。最悪の事態を想像するのは悪くない。だが、自分の頭の中だけで考えるべきではない。想像力は悪い方向へ悪い方向へと膨らんでいくばかりだ」
『そうね……』
「子供たちの事はマクゴナガルと明日、再確認すれば良い。その他は、状況を見てから動いても遅くはないであろう」
『本当にそう思う?やれることがある気がするのに、思い出せないような気持ちよ』
焦りだけが胸の中にどんどん膨らんでいっていると、セブに抱きしめられ、背中をあやすようにトントンと叩かれた。
「我々は常にベストを尽くすようにしている。そうであろう?考え過ぎはいけない」
ゆっくりとベッドに押し倒されて、額に優しい口づけが落とされる。私はセブの言う通りに考え過ぎは良くないとモヤモヤした気持ちを頭のどこかへと追い払っていく。
「久しぶりに眠れる夜だ。今夜はゆっくり寝たまえ」
『かもしれない、を考え過ぎるのは良くないわね。特に夜はマイナス思考に陥りやすい。分かった。セブの言う通りにする』
私の隣に寝そべったセブの腰に自分の右脚を引っ掛けてギュッと体を摺り寄せる。石鹸と薬材とセブ自身の香りに胸がときめき、満たされる。
『おやすみ、セブ』
甘い口づけを交わして、私は眠りの中へと落ちていく。
結局、セブはこの夜、ヴォルデモートからの呼び出しはかからなかった。セブの左手前腕が痛んだのはスクリムジョールの死亡が日刊預言者新聞で伝えられて幾日かが過ぎたある晩のことであった。
『お帰りなさい、セブ』
「不死鳥の騎士団への連絡は?」
『ついているわ』
「行こう」
正門を潜った私はセブに腕を差し出す。
今まで不死鳥の騎士団本部として使われていたグリモールド・プレイス12番地はダンブルドアが秘密の守人になっていたので安全であった。だが、彼は死んだことになっているため、ダンブルドアはケリドウェン魔法疾患傷害病院長であるヴェロニカに不死鳥の騎士団本部の場所を伝えることで魔法の効力を解いた(もしかしたら、彼の魔力が消失したことで効力が既に失われていたかもしれないが……)。よってセブはヴォルデモートに不死鳥の騎士団本部の場所を伝えることが出来たのだ。だから、今の本部は別の場所になっている。
『掴まって』
「世話になる」
バシン
私たちは海沿いの、周りになにもない岸壁の上に姿あらわしした。夜半を過ぎた頃。冷たく強い潮風が海から吹きあがって来て私たちの衣服をバッサバッサと靡かせる。
『そのマント邪魔ね!持ってあげる!』
「結構だ!」
ビュービュー吹く風に負けないように大声で会話する私たち。セブのマントは体に絡みついていて非常に歩き難そうなので介助してあげようと思ったのだが、睨まれ、セブは自分で自分のマントを持って歩き出す。何だか可愛い。
杖灯りを頼りに隠れ家へと歩いていく。本当は近くにダートマス城があり、それは趣のある城なのだが今は闇に溶けてしまって見ることが出来ない。平和な時代になったらセブとイギリス中を、いや、世界中を観光したいというのが私の願いだ。
風の音に負けないように扉をノックすれば「合言葉は?」とシリウスの声が聞こえてきた。
『耳くそ味の百味ビーンズ』
「入ってくれ」
部屋の中は暖かかった。赤々と、暖炉の火が燃えている。平屋の家は粗末な造りで、置かれている家具やソファーもその辺から拾ってきたような古いものばかりだが、ここにいる全員が座れるだけの椅子はある。ここにいるのは私たちと、シリウス、ジェームズ、キングズリーさん、マッド‐アイ。
『リーマスはまだ?』
「いや、来られなくなったと連絡があった。潜入している人狼の棲み処で動きがあったようだ」
『人狼の棲み処への潜入はもうやめると聞いていたけど』
「最後に引き抜けそうな者を引き抜いて戦力を削いでおきたいと話していた」
『リーマスなら上手くやると信じている』
シリウスと会話しながらセブと二人掛けのソファーに腰かけて会議が始まった。進行役はリーマスと共に不死鳥の騎士団のリーダーを務めているマッド‐アイ。まずはキングズリーさんが魔法省の動きを報告してくれることになった。
「次の魔法省大臣はパイアス・シックネスが就任しそうだ」
『キングズリーさん、シックネスはどんな人ですか?』
「魔法法執行部部長をしている。この情報に間違いはないかな?セブルス」
「間違いない。闇の帝王はパイアス・シックネスに服従の呪文をかけて魔法省を乗っ取るつもりでいる」とセブが答えた。
『これは決定なのかしら?対抗馬は?』
「スクリムジョール元魔法大臣が暗殺されたことによって皆恐怖している。誰もトップには立ちたがらないだろうな」
マッド‐アイの言葉にキングズリーさんは深く頷いた。そういうものか。今がチャンスだと出馬する者はいないのか……政治のことは良く分からないが、狡猾な政治家たちは自分が生き残る道を選択したようだ。
「続いて、シリウス。報告を」
マッド‐アイに促されてシリウスが話し出したのはイギリス魔法界で実権を握る人たちの動きについてだった。ヴォルデモートに対抗して欲しい。ヴォルデモートが復活するまで続いていた平和な魔法界を取り戻す努力をして欲しいという願いは賛同を得ている。
「ユキはフォウリー家の当主と仲良かったよな」
『えぇ。学生の時に可愛がってもらったわ』
フォウリー家の当主である先輩はクィディッチチームで一緒にプレーしていたことがある。お菓子をくれたりと良い人だった。フォウリー先輩は今、若くして魔法省で上級次官をしている。アンブリッジを始め、マグル出身の魔法使いを排除しようとする動きにいち早く反応し、抗議してきてくれた。また、ホグワーツの理事も務めており、セブが校長となるのを阻止したり、カロー兄妹の停職にも力を尽くしてくれた。
そんなフォウリー先輩は死喰い人から狙われていて、家族と共に身を隠して生活している。
『まさかフォウリー先輩に何かあった?』
「住んでいた隠れ家が見つかってな。俺が別の隠れ家に移したんだ」
『全員怪我無く移動できた?』
「あぁ。ジェームズとマッド‐アイに手伝ってもらってどうにかな」
『では、もう魔法省や理事会で仕事できない?』
「いや。絶対に引くものかと言っていた」
「凄い気迫だったよ。強い人だ」
ジェームズがニッコリとした。
『魔法省やホグワーツ理事会で力を持っていると言えば、ミュレー家はどう?』
ミュレー家の血を世界に広めたいという欲望を持っているミュレー家の当主はシリウスと、ホグワーツ7年生に在学している養女であるデリラ・ミュレーを結婚させようとしていた。失礼承知で言わせてもらうと、こういうタイプは身の危険を感じると直ぐに逃げ出すように思えるけれど……。
「ミュレーは方針を変えない。要するに、今まで通り不死鳥の騎士団側につくと約束した」
「口先で騙されているのではないかね?」
鼻で笑うセブをシリウスは睨みながら口を開く。
「賭けに出ると言っていた」
―――若造、勝負所を見間違う私ではない
『こちらも凄い気概ね』
「あぁ。フォウリーとミュレーが味方でいてくれると思うと心強い」
『シリウスのおかげだわ。魔法界で力を持つ多くの家がシリウスの呼びかけに応えて私たちの考えに賛同してくれるのが嬉しい』
「とはいえ、これからの状況を考えるといつまで賛同を得られるか分からない。早急に分霊箱を破壊し、本体を叩く必要がある」
「ユキ、分霊箱を探しの件は?闇側に潜り込んでいる人がいたよね?」
『残念ながら、ジェームズ、私からは連絡が取れないの』
「ホグワーツ内にあるであろう分霊箱も見つけ出さなければならないな」
シリウスが重苦しく息を吐きだした。分霊箱については手がかりが少なすぎる。
新魔法省大臣が決まる選挙は3日後に迫っていた。それまでに新たに出馬する人が出れば話は変わってくるが……今の話を聞いているとシックネスで決まりだろう。そうなるとどんな影響が出てくるか。キングズリーさんを中心に話し合う。
会合は早めに解散になった。みんなそれぞれにすることがある。キングズリーさんは顔に疲れを色濃く出しながら魔法省へと戻って行き、マッド‐アイは元闇払いの仲間のところへ。
「シリウス、ハリーに宜しく伝えてくれ。近いうちにホグワーツにあるであろう分霊箱の件について話に行こうと思う」
「あぁ。だが、子供たちはホグワーツにあるであろう分霊箱について俺たちに手助けされることを良く思っていないようだ」
『待って。私たちはハリーたちにホグワーツにあるであろう分霊箱を探すように頼んではいない。確かに、首を突っ込みたそうにしていたのは知っているけれど……』
「本人たちは自分たちの仕事だと思っている」
シリウスは肩を竦めた。
「大人の力を借りたくないんだ。分かるよ、そういうの」
『ジェームズの今の台詞、さっぱり理解できないわ』
「ユキに同意する。分霊箱探しはお遊びではないのだぞ」
『セブの言う通りよ。下手をしてカロー兄妹に感づかれては大変』
「息子たちは持ち前の勇敢さで乗り切るさ」
「案外子供たちに任せた方がうまくいくかもしれない」
気軽な様子で言ってのけるジェームズとシリウスに眩暈がしそうだ。
『私が見つけるのに関わった2つの分霊箱、金色のロケットと指輪を見つけるのは苦労した。巧妙な罠が張り巡らされていたのよ。ホグワーツにあるかもしれない分霊箱だって罠が仕掛けられているかもしれない』
「それは確かにそうか。むむむ」
「レギュラスやダンブルドア校長が命の危険に晒された罠……」
ようやくジェームズとシリウスが心配そうに顔を曇らせたので息を吐く。
『機会を見つけて1度、分霊箱の件に首を突っ込まないようにハリーたちには話さなければならない』
「「……」」
不満はあるが反論も出来ないジェームズとシリウスの顔から愛しいセブに顔を向けると疲れから半目になって今にも寝そうになっていた。早くホグワーツに帰ってダーリンをベッドに寝かせてあげなくては。
『帰るわ』
「あぁ。それじゃあ」
「俺はジェームズともう少し話していく」
『うん。おやすみ。ジェームズ、シリウス』
バシン
山から吹き下りてくる風は氷のようで、耳元でゴオゴオと風の音が鳴る。私もセブも無言で部屋へと帰りついた。
『バスルーム先に使ったら?』
「明日の朝でいい」
さっさとパジャマに着替えるセブは明日の朝だってシャワーを浴びる気はないだろう。不衛生だと咎めたいが疲れ切っている様子なのでそっとしておく。いつものように10分でバスルームから出て、ランプを消し、セブの隣に横になる。
「ユキ」
『起きていたの?』
寝ているかと思ってギョッとしていると、伸びてきた手は私の体に回ってぎゅうぎゅうと抱きしめられる。
「愛している」
『私もよ』
「愛している、と言ってくれ」
『愛している。心から。セブが大好き』
暗闇で顔が見えないが、セブが嬉しそうに微笑んだような気がした。深いキスを続けていれば、太腿の付け根に硬いものが押し付けられて、キスは段々と厭らしいものに変わっていった。手を伸ばしてセブの性器を撫で上げれば、そこは熱を持っていて、私は形を確かめるように手をゆっくりと動かす。
『欲しい』
覆いかぶさってこようとするセブの体を押し返し、逆に組み伏せてしまう。
『疲れているでしょう?今夜は私が上』
両手を繋ぎ、腰を振る。
『セ、ブ……あ、あ、気持ち、いい?』
「とてもいい、ユキ」
『ふふ。んッ、嬉し、い』
ぐったりとした体は満足感に包まれている。私たちは短い睡眠時間ながらも満足してぐっすりと眠ったのだった。
***
クリスマス・イブ。朝の空気は澄んでキンとしており、心が洗われる。そんな空気を思い切り吸い込んでから忍術学教室の扉を開けるとそこには既に呼び出していたハリーたち仲良し4人組とシリウスの姿があった。
『おはよう』
バラバラの「おはようございます」の挨拶は4人共元気がなく、シリウスに目を向けると困った顔で肩が竦められる。
彼らの関係はまだギクシャクから戻っていないようだった。明日行われるスラグホーン教授のクリスマスパーティーに4人の中で唯一招待されていないロン。ハリーからのパートナーの誘いにイエスと言えなかった栞ちゃんは、ハリーとそれ以来よそよそしくしている。
しかし、それはそれで置いておいて、今は大事な話をしなければならない。シリウスと念のためもう一度防音呪文を教室中にかけ、話し始めるのは分霊箱の件だ。
『あなたたちがホグワーツにあるであろう分霊箱を探しているのは知っているわ。夜中にこっそり寮を抜け出しているわよね』
「知っていたのですか……」
『えぇ、ハリー。ここ数日はあなた一人で動いているようだけれど……』
「ハリー、一人で寮を抜け出すなんてよくない。いつも誰かと行動するように言っていただろう?」
私とシリウスの言葉にハリーは苦い顔をして目を伏せた。
『カロー兄妹は復職したわ。見つかったら酷い罰則を課すでしょう。でも、百歩譲ってそれだけならいい。分霊箱の件に気づかれたら?そもそも、私は子供たちが分霊箱に関係することは反対よ』
「これはユキと俺との意見が分かれるところだ。ハリー、君たちの両親をはじめ子供たちが分霊箱を探すのを賛成している大人たちもいる」
『両親?リリーも賛成しているの?』
「それは、その、だな」
『分霊箱にはどんな罠が仕掛けられているか分からない。私が今回言いたいのは、子供たちは分霊箱探しから手を引きなさい、ということよ』
「ユキ先生、シリウスおじさんも、僕たちの事を子供子供と言わないで下さい。僕たちはもう成人した魔法使いだ」
ハリーはもう我慢できないように言い、リリーとそっくりのエメラルドグリーンの瞳を強く光らせた。
『大魔法使いアルバス・ダンブルドアでさえ分霊箱探しで腕を一本失ったのよ?シリウスの弟にいたっては亡くなってしまった。覚悟はおあり?』
「もちろんです」
ハリーのハッキリした言葉に思わず目が天井を向いてしまう。本当にことの重大さが分かっているのだろうか?
「私たち、中途半端な覚悟は持っていません。ユキ先生には頼りなく見えるでしょうけれど、私たちはヴォルデモートを倒したいと本気で考えている。いつか、それも近いうちに、私たちはヴォルデモートや死喰い人と対決する日がくるでしょう。その心構え、出来ています」
自分の胸の内をゆっくりと言葉にする栞ちゃん。ハリーと栞ちゃんは視線を交わらせたのだが、直ぐに栞ちゃんは視線を落としたので、ハリーはガッカリした顔をした。
「ユキ、そろそろ子ども……成人した生徒たちを信じたらどうだ?彼らなら上手くやる。勇気を持ってこの問題を解決していくだろう」
『勇気だけじゃ駄目なの。思慮深さも必要よ。狡猾に人を出し抜く術もいる。全然足りていない。その上、友人との輪も崩れかけている』
友人との輪、と言った時にハーマイオニーが涙を零しそうになって唇を噛んだ。頭脳明晰でいつも冷静であろうとするハーマイオニーでさえ、この調子なのだ。
『私は生徒たちだけでホグワーツにあるであろう分霊箱を探す計画には反対します』
重い静かな声が教室に響く。
『あなたたちはシリウスの言う通り成人した魔法使いだから分霊箱探しを禁止には出来ない。本音は、未熟な腕の魔法使いを関わらせたくないが……言って駄目なら仕方ないと諦める。でも、確実な方法を取りましょう。大人が介入して何が悪いの?生徒たちだけでやる意味は?情報は共有すべきよ』
分かっているのか分かっていないのか、全員だんまりだ。
『何か分かったら私かシリウスに教えてちょうだい。いいわね?』
「あの……ユキ先生から私たちに情報を下さることはあるのですか?」
「ユキ、君は今さっき自分で“情報は共有すべき”と言ったぞ」
栞ちゃんの言葉にシリウスが続けて言う。
『……分かった。そうね。自分の言葉には責任を持つ。協力し合いましょう』
「今、分かっていることを整理しても宜しいですか?」
『そうしましょう、ハーマイオニー』
分霊箱は全部で7つ。リドルの日記、金色のロケット、マールヴォロの指輪は既に破壊されており、残っている分霊箱は4つだと予想されている。
『1つ、ヴォルデモート本人。2つ、ナギニ。3つと4つは分からない。そのうちの1つはホグワーツにある可能性があり、残りの1つはヴォルデモートが側近に預け、不死鳥の騎士団団員が行方を追っている』
「ヴォル、デモートは由緒正しき物を分霊箱とした可能性がある、でしたよね?」
ハーマイオニーが空中に銀色の文字で書きながら言った。それをロンが覗き込みながら口を開く。
「スリザリンのロケットがあるなら他のホグワーツ創設者所縁の品がありそうだ」
『私たちもそう思っている。生前、ダンブルドア校長が記憶を持ってきて、ハッフルパフのカップが分霊箱になった可能性が高いと言っていた。だから残るはグリフィンドールかレイブンクロー所縁の物』
「だが、グリフィンドールの剣は校長室で厳重に保管されている。ヴォルデモートは昔、ホグワーツからグリフィンドールの剣を盗み損ねたことがある」
「シリウスおじさんの言葉から考えると、ホグワーツにある所縁の品はレイブンクローの物じゃないかな?だって何百年も前の人間の品がそう多く残っているとは思えないもの」
『そう考えるのは少々答えを急ぎ過ぎている気がするわね……。剣以外にも残っている物はあるかもしれない。レイブンクローの物以外に目を付けたかもしれない』
「でも、どこかに的を絞らないと……」
『そうね。他の可能性を考えつつ、レイブンクロー所縁の品を探すのがいいかもしれない。図書室にヒントがあるかも、もしくはホグワーツ城が出来た頃からいるゴーストに話を聞くのもいいかもしれない』
やることが見えてきたからかハリーたちの顔に元気が戻って来たような気がした。
『くれぐれもカロー兄妹に気を付けて。見つかったら全てが台無しになる可能性がある』
「分かりました。お約束します、ユキ先生」
力強く頷くハリー。シリウスは息子の成長に嬉しそうに目を細めた。
『さあ!そろそろスラグホーン教授のクリスマスパーティーの準備をする時間ね。解散しましょう』
途端に曇る顔。私は苦笑いしながらハリーたち4人と一緒に忍術学教室を出て行く。すると、横の吹きさらしの階段、私の部屋からセブが出て来て階段を下りて来た。しかし、生徒たちは誰もセブの存在に気づいていないらしい。
「ロン、話があるの」
「うん……」
ハーマイオニーは勇気を出してロンに声をかけて、
「栞」
ハリーは栞ちゃんの二の腕を掴んだ。瞬間、シリウスの不機嫌そうな顔。あら、まあ。これってそういうこと?
「改めて、申し込ませてほしい。栞、スラグホーン教授のクリスマスパーティー、僕のパートナーになってくれないかな?」
「ハリー、私は……」
「栞は誰か好きな人がいるの?僕じゃダメ?」
「わ、私、分からないのよ。自分の気持ちが分かっていない。今はこの戦いに集中したいという気持ちよ」
「そうすべきですな」
ご登場だ。セブは栞ちゃんの言葉に満足しているらしく、薄らと口元に浮かべた笑みをハリーに向けながら階段を下り切って私たちの前へとやってきた。
「栞・プリンス。君が今の状況を理解しているようで嬉しい」
「でも、栞。パートナーなしでクリスマスパーティーに出席するつもり?そんなに僕のことが嫌いなの?」
「そんなことはない!私はただ、自分の気持ちが分からないからあなたに……ハリーに中途半端な態度を取りたくないだけなの」
「そうなんだ!」
栞ちゃんの言葉にハリーはパアアと顔を明るくさせた。一方のセブは反転渋い顔。見守る私。
ハリーがジェームズとそっくりのニッコリとした笑顔で(セブがぞっとした顔をした)栞ちゃんの右手を取った。
「それなら尚更のこと、僕のパートナーになってほしい」
「でも……」
「僕をもっとよく知って欲しいんだ。それでダメならちゃんと諦める。でも、僕という人間をあまり知らないまま振られるのは嫌だ」
え?私?栞ちゃんが困った。どうしよう。と言った顔を私に向けた。ハリーとセブの顔も自然と私の方へ向く。え?私が決めるの??
『あー……そうね』
セブの鋭い視線を無視しながら考える。ただただ避けるよりも、栞ちゃんはハリーのことを良く知るのがいいと思う。ハリーも自分のことを良く知ってもらってから振られるならば後悔はないだろう。シリウスのことは……自分で頑張ってもらうしかない。私は微笑んで栞ちゃんを見た。
『クリスマスパーティー、ハリーと楽しんで来たら?』
私の背中の一押しで、栞ちゃんはハリーに小さく微笑み、コクリと頷く。
「やった!ありがとう、栞!」
おお、怖い。横からの視線が痛い。
『クリスマスパーティーの話もいいけど、今日話したことを忘れないようにね』
「「はい!」」
去って行くハリーと栞ちゃんを見送った私は不機嫌オーラを背負うセブをクスクスと笑った。
『ハリー達なら心配ないわ。今日、よく言い聞かせた。考えて行動するはず』
「友情の崩壊がイギリス魔法界の崩壊とならねば良いがな」
『見守りましょう』
そっとセブの腕を取って歩いて行く。シリウスを振り返ると眉間に縦皺を刻んで何か考え事をしている様子。
教員は大広間の飾りつけをすることになっていたので私達は移動を始めた。
『カロー兄妹は来ると思う?』
「クリスマスの飾りつけをするカロー兄妹か?もし奴らがクリスマスを楽しむつもりなら一時休戦にするかね?」
『まさか』
カロー兄妹は飾りつけに参加しなかった。私たちは例年通りを目指して大広間の12本あるもみの木にオーナメントや蝋燭、てっぺんには星を飾りつけ。壁にはガーランド、テーブルの上には雪だるまがクルクル回りなら踊っている。
生徒たちの賑やかな声が響く大広間
ひと時でも恐ろしい世の中を忘れてくれているだろうか?
カロー兄妹も食卓の席に着く職員テーブル。教師たちの間にはいつもよりも強いピリピリした空気が流れていた。
「次のクリスマス、ホグワーツの様子は一変しているだろうな。汚らしいマグルは排除されているだろう」
「そうだね、兄さん。闇の帝王がイギリスを支配下に置き、正しい魔法界への改革は終わっている」
私とシリウスはカロー兄妹の言葉にあえて反応せずに七面鳥の取り合いをしていた。突っかかって騒ぎを起こし、ミネルバに怒られたら大変だ。
『セブ、ブイヤベース食べる?』
「あぁ」
『でも、食べ過ぎないでね。部屋で飲み直すでしょう?』
セブは口で答える代わりに、優しい目をして微笑んだ。
***
私は怠い体でクリスマスの朝を迎えた。ぬくぬくとした布団の中、温かな腕の中で私は満足気に息を吐きだした。目の前にあるパジャマのボタンを3つ外して胸元に噛みつけば、低い唸り声を出しながらセブが眉間に皺をくっきりと寄せている。
そっとベッドを抜け出すと、ひんやりとした冬の空気が体を包んだ。一瞬、ベッドに戻ろうかと思ったが、シリウスとの鍛錬に遅れてしまう。身支度を整えて外へ。
暗い中庭を突っ切り、温室の間を通ろうとしていた時だった。ポケットが熱くなる。
『何かしら?』
ポケットから取り出したのは不死鳥の騎士団が連絡で使う両面鏡。ツンと突くと、マッド‐アイの顔が浮かび上がった。
「聖マンゴが闇の勢力に襲撃された!応援に来てくれ!」
『了解、マッド‐アイ』
私と同じように「直ぐに行く」と声だけが鏡から聞こえてくる。私以外も両面鏡に反応した人たちがいるようだ。
ツンと杖で鏡を突いてマッド‐アイの顔を消し、両面鏡をポケットの中に入れた私の背後から声がかかる。
「ユキ!」
『シリウス、直ぐに向かいましょう』
「あぁ」
バシン
姿あらわしをしたのはロンドンの路地裏。直ぐに異常事態にだと分かった。ロンドンの中心街なのに魔法使いたちが堂々と魔法戦を繰り広げている。聖マンゴ魔法疾患傷害病院の入り口であるパージ・アンド・ダウズ商会の入り口には知った顔があった。
『マッド‐アイ!キングズリーさん!』
タイミングを見計らって路地裏から飛び出した私たちは死喰い人に呪文を放ちながらどうにか店の入り口まで辿り着いた。
「ユキ、シリウス、良く来てくれた」
そう言いながらマッド‐アイは杖で地面を叩き、魔法を発射して死喰い人2人を一気に倒した。
『入り口は職員用の入り口もあるはずですが』
「そこは先に到着したリーマス、ジェームズたちに応援に行ってもらった」
そう言うキングズリーさんは敵に背を向けていて、懸命に杖を動かし、聖マンゴへと続く入り口を呪文で封鎖している。
「数が多いな……」
シリウスが闇に眼を凝らしながら呟いた。こちらは私たちを含めた不死鳥の騎士団員15人と闇払い15人の合計30名。私とシリウスは影分身を出したが、それでもちょっとした戦力にしかならない。対する死喰い人側は――――数えきれない。次々と姿あらわしで通りに現れ、人数を増やしており、今にも通りを埋め尽くしそうだ。
「父さん!」
閃光が飛び交う中、声がした方を見ると、セドリック・ディゴリーの父、エイモス・ディゴリーさんが呪文にあたって地面をズザザと転がっていくところだった。
「う、く……」
「父さん、父さん!」
「大丈夫だ、セドリック。私のことはいいから目の前のことに集中しなさい」
あちこちで、悲鳴が上がり、膝をつく仲間の姿が確認できた。これは、まずい。このままでは数に押されていってしまう。
「マッド‐アイ、何か策を考えないとまずいですよ」
シリウスがディゴリー親子を背に庇いながら杖を振り、言った。
「応援を呼んでいる。実力のある者たちばかりだから来てくれれば一気に形勢を逆転できるはずだ。それまで、持ちこたえねば」
「あちらは烏合の衆。何かのきっかけで散り散りになる。そのきっかけが欲しい」
『それならば、方法があります。私が完全獣化しましょう』
「やめろ!」
『何故?シリウス』
「分からないのか?ヴォルデモートは巨大なきつねになったお前の力をどう思う?」
『そんなの今更よ。狙われているのは前からだもの。躊躇している時ではない。それより、ヴォルデモートも現れる頃合いかもしれない。気を付けなければ……』
「シリウス、ユキの言う通りだ。我々には手段がない。ユキの獣化に頼ろう」
「お願いします、ユキさん」
『了解。行ってきます』
「待て。独りで行くな。俺を背に乗せてくれ」
『ありがとう、シリウス。ついて来て』
私たちは壁を走り、建物の屋上まで上った。建物の縁を蹴り、空中へと身を投げる。お臍の辺りで何かが捩れる感覚と共に、私の体は変化していき、真っ黒なドラゴン大の狐の姿へ。トスンとシリウスが背中に乗ったのを感じた。大丈夫。しっかりと理性を保っていられている。
ドスン
何人か踏みつぶした。目の前の魔女が悲鳴を上げて腰を抜かしている。
『ギャアアアアウウウ』
ブンと九尾を振れば後ろにいた死喰い人たちが薙ぎ払われて建物にぶつかってズリズリと壁伝いに落ちていく。
「ばけ、化物」
理性は保っているものの荒っぽくなっている。「化物」の言葉は私の気を悪くして、私はそう呟いた死喰い人を殴り殺した。ビュンビュンと閃光が飛んでくるが、巨人と同じように体の大きな私にはあまり効果がない。
「一気に通りを駆け抜けよう。それで数が減らせ、あいつらを混乱させることが出来ると思う」
『しっかり掴まっていて』
「了解だ!」
シリウスの楽しそうな声が上から聞こえて来て呆れてしまう。地を蹴り、一気に駆け出した。バタバタと倒れていく死喰い人たち。道の端に逃げようと押し合いへし合いをしていて、あたりはパニックになっていた。バシン、バシンと姿くらましで逃亡する死喰い人も現れ始めた。
「ハハ!バックビークよりも乗り心地がいい!」
シリウスは立ち上がってあちこちに呪文を発射していた。
逃げろ逃げろと姿くらまししていく死喰い人たち。あとは援軍が来てくれれば一気に勝負がつけられるだろう。だが、そう思っていた時だった。
「ユキ!出たぞ。ヴォルデモートだ!」
建物の上に姿を現わしたヴォルデモートを黄色い目で睨みつける。赤い目は愉し気に細められて、私は鼻を鳴らした。
『喰ってやろう』
「噛みつくだけにしとけ。腹を壊す」
『降りる?』
「馬鹿言うな。背中に乗せて行ってくれ」
グルルと喉を鳴らし、私は再び地を蹴った。建物を駆け上がり、ヴォルデモートの前に躍り出る。
「美しい、美しいぞ、ユキ。相応しい、俺様の隣に相応しい」
『ガアアオオオ』
腕を振り上げ、振り下ろす。が、そこにヴォルデモートの姿はなく、数メートル後ろに後退していた。黒い煙を纏ったヴォルデモートは恍惚とした笑みを浮かべながら杖を弄んでいる。
「お前たち、ユキを捕らえろ」
「「「はい、我が君」」」
ヴォルデモートの周りにいた三人も死喰い人。ルシウス先輩、ベラトリックス・レストレンジ、それにショーン・ワードことレギュラス・ブラック。
やりにくいな。
気を使って戦わなければならない。もしこの大きな手や尻尾で弾き飛ばしてしまったら軽い怪我では済まないだろうと思っていると、シリウスが影分身の術を唱えた。どこかで戦っているのを消して、出してくれたのだ。
「ユキ、この三人は任せろ」
『ありがとう、シリウス。出来るだけ早く片付けてくる』
「レオンティウス、手伝ってくれ」
ルシウス先輩たちの頭上を飛び、シリウスが口寄せ動物の獅子を出しながら背から下りた。ヴォルデモートはクツクツと笑いながら黒い霧となり、戦場の空を飛んでいく。私は追いかけた。
聖マンゴ魔法疾患傷害病院の入り口を通り過ぎ、建物の上をずーっと走り続け、漸くヴォルデモートが降り立ったのはリッチモンド公園だった。雪が肉球に冷たい。
「ユキ、腹を割って話したい」
『話すことなどない』
「俺様が前に話したことを覚えているか?」
そう言われて頭に浮かんだのは“いっぱいのハリー作戦”でヴォルデモートに言われた言葉だった。
―――お前は感じているはずだ。この世の生き辛さを、自分と世間との隔たたりを
―――一度闇に囚われた者が光当たる所に生きれば、必ず無理が生まれる。その無理がお前に光を当てている者たちを狂わせると……
思い出して、ゾッとした。私はこの言葉を少なからず気にしている。少なからず……いや、大いに動揺している自分がいる。私はその先を考えてはいけないと、ヴォルデモートの言葉を受け入れてはいけないと思い、腕を振り上げてヴォルデモートを殴ろうとしたのだが、再びヴォルデモートは煙となって距離を取った。
「図星を刺されて動揺か?」
『-ッ!』
「そのような目で睨むな。虚勢を張っても虚しくなるだけだ。受け入れるのだ。自分自身を。苦しんでいる自分を隠し続けるのは辛いだろう?」
『何が分かる、何が――――』
「俺様には分かる。力を持って生まれた者が感じる世間との隔たり……。普通に生きることなど出来ぬのだ。我々には我々に合った生き方がある」
『生き方は、自分で』
「自分の望む道を生きる……良いだろう。人を巻き込んで不幸にする覚悟があるならな」
ズリ、と思わず一歩下がってしまう。胃から酸が上がってくる感覚。こいつの口の上手さは有名だ。これ以上ヴォルデモートの話を聞いてはいけない。でも、続きを聞いてみたい。もしかしたら……なにか……この先の言葉に心を軽くするヒントのようなものが隠されているかも……。私は金縛りの術をかけられたように動けなくなっていた。
「ユキ、話を聞かせて欲しい。君のことを話して欲しい。どこに生まれ、どう育った?」
『……』
「血の滲むような努力と、血に濡れた人生。誰のせいでそうなった?自ら望んだ生き方ではなかったのだろうと思う」
『確かに、そうだ。だが、愛する人と出会い、私は前向きに未来を歩んでいる』
「過去に蓋をしてか?」
怖い。ヴォルデモートが怖い。
この人はどこまで私を知っているのだろうか?セブに聞かされた以上は知らないはずなのに、その血色の目は私の全てを知っていると言っているようだった。
「一つ助言しよう。理解者を持つべきだ、ユキ。君の心の苦しみを真に理解してくれる理解者を……」
ふっ、と前触れもなくヴォルデモートは消えた。あまりにも唐突な消え方に胸が変な気持ちで、ざわめいた。獣化を解き、警戒しながら辺りを見渡すが誰もいない。
もっと話していたかったのに。
一瞬、頭に浮かんだ言葉に私は愕然とした。ヴォルデモート相手に何を考えているんだ。額の汗を拭って、姿くらましして戦いの場近くに姿を現わした。わっと、一気に音が耳になだれ込んで来て、血の匂いが鼻につく。
私は獣化して走った。
『シリウス!ヴォルデモートは去った!』
その言葉で、シリウス、彼の影分身とレオンティウスと戦っていたルシウス先輩、ベラトリックス、レギュは一斉に姿くらましで消えた。
「大丈夫だったか?」
『うん。取り逃がしたけど……』
「無事ならいいんだ。マッド‐アイたちのもとへ戻ろう」
『背に乗って』
下に下りるとこちら側の優勢になっていた。消える死喰い人、捕らえられる死喰い人。そこら中に遺体が転がっていた。
マッド‐アイたちのもとへ着くころには魔法の掛け合いは終わり、辺りは静かになっていた。バージ・アンド・ダウズ商会の前で指示を飛ばすマッド‐アイとキングズリーさんは無事な様子で一安心。
「思ったより早く片が付きましたね」とシリウス。
「戻って来たか!お前さんらのおかげだ」
『力になれて良かったです、マッド‐アイ。でも、援軍のおかげが大きいんじゃないですか?』
周りを見渡してみた私は首を傾げる。揃いのローブは見たことがある。
『ブルガリア魔法省闇払い局』
「そうだ。ダンブルドアが外国の魔法使いに協力を頼んでいたのは知っていただろう。今回、イギリスに渡って来てくれていた魔法使い、魔女が参戦してくれた」
「主にヨーロッパを中心にして支援の輪は広がっていたのですよ」
とキングズリーさんも教えてくれる。
「それから儂の友人たちも力になってくれた」
この戦いにはマッド‐アイの働きかけで元闇払い局の魔法使いや決闘チャンピオン、呪い破りも駆けつけてくれたらしい。それにエイモスさんたち魔法省で反ヴォルデモートを宣言している者たちも。
「エイモス・ディゴリーたち負傷者は聖マンゴ魔法疾患傷害病院に運ばれた。職員の入り口の方も、今、リーマスから状況が落ち着いたと連絡があったから安心していい」
『良かったです』
「事後処理は我々と魔法省がするからシリウスとユキは帰って大丈夫だ。ホグワーツが動揺しているだろう」
『お言葉に甘えさせてもらいます、マッド‐アイ』
シリウスはリーマスとジェームズに会いに行き、私は一人でホグワーツへと帰った。冬の遅い日の出。柔らかい太陽の光が雪原をオレンジ色に染めている。
部屋に帰るとセブはいなかった。
机の上にメモ書きがあり“呼び出しがあった”とのみ書かれている。
ひとりになりたくない。
足元から上がって来たのは噴き出しそうな恐怖。誰にも話せない。誰にも知られたくない。でも、あの男ならば……?
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