第5章番外編
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君を探して
三大魔法学校対抗試合、クリスマスパーティーの当日となった。城中の誰もが浮足立つ中、地下牢教室の主のこの人、セブルス・スネイプだけはいつも通り、眉間に薄っすらと皺を刻んで大鍋と睨めっこしていた。勿論クリスマスパーティーの準備などする気はない。
ぐつぐつぐつ
鍋の様子を見ながら一定の速度で
「失礼致しますです」
パッと開かれた扉。そこにいたのは1匹の屋敷しもべ妖精だった。
「何か用かね」
「私めはマルフォイ家の屋敷しもべ妖精でございますです。ご機嫌麗しゅう、セブルス・スネイプ教授先生様」
セブルスは城の屋敷しもべ妖精ではなく、マルフォイ家からやってきたという屋敷しもべ妖精を嫌な予感を覚えてみやった。きっと碌でもない用件を主人から命令されてきたに違いない。
「帰れ」
問答無用。杖を再び振って扉を閉めようとするものの、マルフォイ家の屋敷しもべ妖精の方が動きが速かった。ササっと研究室内に入って来て、自分の隣へとやってくる。
「やはり奥様は正しかったのでございますです!スネイプ教授先生様は絶対にピッポめを締め出そうとなさると仰っていたのでございますです。奥様の御忠告のおかげでピッポは第一関門を突破したのでございますです!」
「奥様?お前はナルシッサ先輩から遣わされたのか?」
先見の明がある自分の主人を宙に描いて丸い目をキラキラさせているマルフォイ家の屋敷しもべ妖精ピッポに問うと、彼(彼女かもしれない)は使命感溢れる顔でセブルスを見上げた。
「ピッポは奥様からスネイプ教授先生様をホグワーツで一番の紳士にするようにとの命を仰せつかったのでございますです」
「……」
やっぱり碌でもなかった。
セブルスは、鼻息をフンと吐き出す屋敷しもべ妖精を無視して攪拌作業へと戻ることにした。今が一番、大事な時だ。大鍋の中の魔法薬が黄昏時の空のようなオレンジ色に変わったらハリネズミの針を12本投入しなければならない。
「奥様からお召し物を預かってきておりますです。まずは、どうぞ、バスルームでシャワーを浴びてきて下さいませ」
「断る。帰れ。我輩はチャラチャラ着飾っている時間はない」
「などと言われた場合はこう言えと言いつけられております。最低限の身だしなみくらい整えなさい。スリザリンの寮監として、相応しい服装をすべきです、と」
そんなことを言われてもセブルスはどこ吹く風。フンと鼻で笑うのみ。それを見た屋敷しもべ妖精は目を不機嫌そうに細めて机の上に飛び乗った。
「悪い先生様です!奥様のご助言を素直にお聞きになるべきでございますです」
「服を預かっていると言ったな。そこに置いておいてくれ。パーティー前に着替える」
「いーえっ。ピッポめは奥様に“セブルスが完璧な紳士に仕上がるまで帰って来てはダメよ”と言われているのでございますです!今すぐにシャワーを浴びてお着替えなさいまし」
「はああ」
面倒くさい。セブルスは大きな溜息をついてから杖に手を伸ばす。オブリビエイトしてナルシッサ先輩からの命令を忘れさせてしまおう。と思っていた時だった。
「“ユキはどう思うかしら?”と仰られていたのでございます」と屋敷しもべ妖精はセブルスの次の行動を見通すようにして呟いた。
「は?」
「奥様はこう仰いました。“普段と違ったセブルスの姿を見たユキは、きっと胸をときめかせるでしょうね。ロマンティックなこの夜、何か素敵なことが起こるかもしれないわ……”と!」
勝ち誇ったように言うピッポの前でセブルスは固まった。今夜のことを想像してみる。もしかしたらユキとの関係が発展する可能性も無きにしも非ず。そのことを考えて今の自分を見る。一昨日からシャワーを浴びていなくて髪の毛は皮脂でべたついているし、薬品を扱って服は魔法薬臭い。この状態でロマンティックなムードに突入してダンスでも一曲と考えるとゾッとした。
「……服を置いて帰ってくれ。必ずシャワーを浴びて着替える」
セブルスは小さな声でそう言った。ナルシッサの言葉を素直に認めても、屋敷しもべ妖精に身支度を手伝ってもらうのは気恥ずかし過ぎる。セブルスはハリネズミの針を1本ずつ投入しながらそう思う。
しかし、屋敷しもべ妖精がそう簡単に引くはずはない。真ん丸の目をカッと大きく見開いてセブルスに顔を近づけた。
「ピッポめは奥様に必ず完璧な状態になった姿を見届けるように言われているのでございますです」
「しつこいぞ。我輩は譲歩した。そちらも譲歩したまえ」
「屋敷しもべ妖精にとってご主人様の命令は絶対なのでございます!」
「チッ。そんなこと知った事か。実験の邪魔だ」
最後のハリネズミの針を投入したセブルスはホッと表情を緩めた。鍋の中は夢見るようなピンク色。これは良い実験結果が期待できそうだ。
「終わったのでございますですね?」
「あぁ」
「では、バスルームへお行き下さいまし」
「自分のタイミングで行く」
試験管に魔法薬を詰め
「奥様からご命令されているのでございます」
マルフォイ家の屋敷しもべ妖精から逃げるように文机へ
「ホグワーツいちの紳士に、ピッポはスネイプ教授先生様を仕上げるのでございますです」
試験管を目線に上げると、ピンク色の液体の中に揺らめく金色の粒がランプの灯りに照らされて輝く
「もしも、あまりにも、言うことをお聞きにならない場合は――――
ようやくうまくいったであろう結果を手にし、成果物に満足し、美しい芸術品ともいえる魔法薬を眺めていた時だった。屋敷しもべ妖精はテクテクと研究室の出口に向かって歩き始めた。ガチャリ、扉が開く。
すうぅ
「セブルス・スネイプ教授先生様のおおおおおおー恥ずかしーーーいエピソード聞きたいお方いらっしゃいますかあああああ!!!」
「っ!?」
喉が引き千切れんばかりの大声。廊下に屋敷しもべ妖精ピッポの声が響く。殆どの生徒は寮の部屋でパーティーの準備をしている時間とはいえ、大声に気が付いた生徒も何人かいて、何事か?と目を大きくしている。
セブルスは大慌て。ナルシッサ・マルフォイが自分の何を知っているかは知らないが、学生の当時から社交界の花と言われていたナルシッサは情報通であった。もしやアレのことか、もしやコレのことかと誰かに聞かれたら赤面な記憶が頭に思い浮かび、セブルスは大慌てでピッポをアクシオして研究室の扉を閉めた。
「わ、分かった」
ジイィと大きな目で自分の腕の中、自分を見上げるピッポに降参。セブルスは身支度を整えるのを手伝うことを許可する。
「畏まりましたです!」
任務遂行許可得たり!マルフォイ家の屋敷しもべ妖精ピッポは大きな耳をパタパタと振って、恭しく頭を下げたのであった。
クリスマスパーティー直前の玄関ロビー。セブルスは周囲の視線を鬱陶しく思いながら人ごみの中を縫って進んでいた。
「え?スネイプ?」
「おっどろきー。誰かと思った」
生徒たちは目を丸くして通り過ぎていくセブルスを目で追っていた。
いつも流れるままに下ろされている黒髪は軽く掻きあげられたようにセットされており、服装は、普段のボタンの沢山ついた黒一色の服ではなく、黒いシャツの上に黒いベスト、首元には深緑色のスカーフをつけている。ドレスローブの袖口には銀色と緑色の縁取り。
ユキはどう思うだろうか?普段とは違う自分の姿に心配しながらセブルスが戸を開けると、想っていた人物の姿はすぐそこにいた。男性の姿だが、東洋系の顔の大人と言えば1人しかしない。男のユキは目を丸くしながらセブルスを見つめた。
『素敵……』
一瞬で頬を紅潮させて瞳を甘くキラキラさせた姿にセブルスの胸が満たされていく。
「男の顔で言われてもな」
ふっと笑ってそう言うと、ユキは明らかに動揺した様子でセブルスから視線を逸らす。セブルスは、自分を意識させることに成功し、心の中でしつこく自分の髪を撫でつけた屋敷しもべ妖精を邪険に扱ったことを心の中で謝り、そして、ピッポの主であるナルシッサに感謝の言葉をこれも心の中で言ったのだった。
大広間に生徒たちが入ってきた。
『みんな、楽しそうだけど緊張している様子ね』
とユキはシリウスに話しかける。
「ダンスパーティーなど初めての子が多いだろうからな」
『シリウスはパーティー慣れしてそうね』
「まあな。小さなころから無理矢理連れて行かれたから。経験だけは豊富だ」
ユキとシリウスの会話を聞きながらセブルスは大広間を見渡した。どの学校の生徒もどこか緊張している様子。それはそうだろう、ワルツなど今回の為に練習した者が殆どだろうし、ダンスパートナーと共に過ごすのは嬉しくも緊張する時間だ。
「フリットウィック教授、時間のようじゃ」
「では、始めましょう」
ダンブルドアの呼びかけにニッコリ笑ったフリットウィックが指揮棒を振る。
パーティーは三大魔法学校対抗試合の代表選手たちのダンスで華々しく始まった。ダンブルドアとマクゴナガルがダンスの輪に加わり、生徒たちもそれぞれのパートナーと共にダンスフロアに出て行く。
『さて、楽しそうにしていない子はいないかしら?』
壁の花になっている女子生徒はいないだろうか?と周りを見渡せば、つまらなそうに、泣きそうになっている女子生徒がポツリ、ポツリ。そんな生徒にシリウスが声をかければ、驚いたような顔をしたが、直ぐに嬉しそうに顔を綻ばせるのが見られた。
こういうことは、得意な人間に任せるべきであろう。
そ、っとセブルスは気配を消して壁際に引っ込もうとしたのだが、そう上手い事はいかない。ユキに見つかってしまう。
『セブも行くわよ!』
「―――その顔で女言葉を使うな」
セブルスは自分に不向きな仕事に内心で息を吐き出しながら、壁際で一人佇む自寮の7年生女子生徒のもとへ向かっていく。ダンスに誘わずとも話し相手くらいにはなれるだろう。
飲み物を片手に近づいて行けば、壁際に佇んでいたその生徒はセブルスの存在に気づいて寂しそうに笑って見せる。
「君は早々にパートナーを見つけたと騒いでいたが、違ったのかね?」
「そうだったはずなんですけど……」
「何か手違いが?」
「あったんです。何故か私のパートナーを承諾した相手は今、別の子と踊っています」
セブルスは彼女の視線の先を追ったが、ダンスフロアには沢山の人で溢れていて彼女の元パートナーを見つけることは叶わなかった。
「それでもこうしてパーティーにやってきたのは勇敢だ」
「ふふ。スネイプ教授、本当にスリザリンの寮監ですか?それに私はスリザリンの生徒ですよ。“勇敢”だなんてつまらない単語で私を表現しないで下さい」
「それは申し訳なかった。では、どのように言うべきだったか教えて頂けますかな?」
「今日の私を見て下さい。友達と協力して過去一番に可愛くって美人になったんです。私をパートナーに選ばなかったこと、後悔させてやるんだって気持ち―――」
そう言う女子生徒は、そこまで言って言葉を詰まらせて涙が溢れそうになっていた瞳を閉じた。
「絶対に泣きません。化粧が剥げちゃいますから」
「振られた男を見返すためにもそうすべきですな」
「意地悪ですね。ユキ先生にもいつもそうやって意地悪言っているんですか?そんなことしていたら、いつまで経っても靡きませんよ」
どうにか女子生徒は可笑しそうに笑って見せ、セブルスの手にある飲み物を強請った。
「えーっ。ただのジュース!」
「酒が欲しいなら自分で取りに行くといい」
「分かりました。でも、その前にスネイプ教授、踊って頂けますか?私の素敵な姿、あいつに見せつけたい。このパーティーの華になってやる!」
強気な女子生徒にセブルスは手を差し出した。我が寮生はしたたかで強い。不誠実な男を見返して、今夜とは言わずとも、新たな恋を見つけて進んで行くだろう。
腰に手を回し、一歩踏み出す。回る、回る。クルクルと、クルクルと。
自信に満ち溢れた顔は美しい
曲の終わりと同時にダームストラングの青年が近づいてくる
「私と踊って下さいませんか?」
はにかんだ笑みを浮かべる女子生徒を手の中から送り出し、セブルスはダンスフロアから外へと移動する。そこには丁度、ダンブルドアとマクゴナガルの姿があり、自分をニヤニヤ顔で見ていることに気が付いたセブルスは方向転換を決めた。が、遅かった。ガッと掴まれた腕。
「セブルス、一部始終を見とったぞ。ダンスも見事じゃ!この、色男!ひゅーっ」
「……」
「素敵な衣装とヘアスタイルね」
「ありがとうございます……では」
セブルスはマクゴナガルに礼を言ってさっさと立ち去ろうとしたのだが、またまたダンブルドアに阻まれた。普段地下牢教室に引きこもっているセブルスがおしゃれをしてダンスをしている姿はダンブルドアの興味を引いていた。小説のネタにもってこいだと迷惑な取材を開始する。
「ユキはセブルスの姿を見て何か言っていたかの?」
「特には」
「素敵、と言われていたではありませんか。たった一言だけだったけれど……目は口程に物を言うという感じだったわ」
やはり自分の気のせいではなかったのだとセブルスは思い、マクゴナガルの言葉に嬉しくなった。だが、ここでニヤけようものならダンブルドアが調子に乗って揶揄ってくるのは目に見えている。表情を押し止め、眉を上げるだけに止めた。
「我輩、申し付けられていた仕事をしなければなりませんので、失礼致します」
「嫌じゃ嫌じゃ。もっとユキとの話を聞きたいんじゃ」
「我儘言わないで下さい、アルバス。セブルス、後でユキとも踊れるといいわね」
両手両足をバタつかせて駄々を捏ねているダンブルドアの横ではマクゴナガルが既に杖を手に取って、暴れる校長に向けている。パーティーの装いの中にもさり気なく杖フォルダーを装着しているミネルバ・マクゴナガルは流石としか言えない。
「ユキ先生、大好き」
「私もよ」
「っ!?」
「デリラ・ミュレー!?」
ダンスフロアではユキの影分身が卒倒しかけるスリザリンの4年生でユキを慕っているデリラ・ミュレーを抱きあげて踊りの輪から運び出していく。
「次にシリウス先生と踊るのは私よ!」
「私が先って約束したわ!」
「いいえ、私よ!」
「パーティーで揉め事はなしだ」
取り合いになっているシリウスを横目にセブルスは壁際に沿って大広間を歩いて行っていた。数曲目が終わった今、場は和んでいる印象があった。パートナーのいない女子生徒は、それぞれユキやシリウス(影分身をを含む)と一緒にいるか、友人と合流するか、同じくパートナーのいない男子生徒に話しかけられて新たにパートナーになったりしていた。
自分の役目は終わりだろう。飲み物を取り、喉を潤していると隣に知らない男がやってくる。炭色の長髪を後ろで一つ括りにしたグレーの目の男。
「セブ」
「ユキか?」
「えぇ。本体を含めて全員バラバラの姿に変化させているのよ」
「君は影分身か?」
「そうよ。影分身」
「影分身でも喉は乾くのか?」
「えぇ。生きている人間のように欲求がある。だから、私も何か飲むわ」
ユキの影分身はシャンパングラスをセブルスに傾けた。チンと涼やかな音。
「あちこちで影分身が消えだしているわ。役目が終わった証拠ね」
セブルスは隣の影分身の言葉に大広間をずーっと見た。ちょうど、恭しく礼をした後に女子生徒に手を振ったユキの影分身が目に入る。その影分身は女子生徒が新しいパートナーと共にダンスフロアへと入って行くのを見届けた後、ポンと煙となって消えたところだ。
「皆、パーティーを楽しんでいるようだな」
「生徒の笑顔が見られて嬉しい」
「女の姿に戻らないのかね?」
「私は影分身よ。役目が終わるなら消えるだけだわ」
「まだ暫くは消えてくれるな」
「嬉しいことを言ってくれるわね」
「パーティーという場は居心地が悪い」
「私がいたら居心地悪さが和らぐ?」
「気心知れた相手と一緒に過ごす時は心地よいものだ」
セブルスは灰色の瞳が大きく開かれ、スイと逸らされるのを楽しそうに見つめた。照れた仕草は男の姿であっても女の姿であっても変わらない。自分は“ユキ”が好きなのだと、ふと思った。
「本体はあなたと踊りたがっていると思うわ」
ポツリ、とユキの影分身は言う。
「そう出来れば光栄に思う」
「なんだか、寂しいな」
「何だが?」
「今のセブは本体しか見ていない」
「どういうことだ?」
「踊るのは本体。私は消えちゃうってこと」
「あぁ……」
影分身の記憶は本体に戻る。影分身は消えてなくなる存在。全ては本体の為にある利用される存在。それでも存在し続ける間は喜びや悲しみも感じるのだ。儚いその存在にセブルスは胸を痛めた。
「君さえよければ、踊らないか?」
「ありがとう。でも、いいえ。出来れば本体とだけ踊って欲しいから」
「……本体と踊れるのを楽しみにしている」
「うん」
中盤に差し掛かって来たパーティー。
「そろそろ消えるね」
「ユキ」
「なあに?」
「手を」
伸ばされた手を取る影分身。
「消える影分身って、みんなこんな気持ちになっているのかな?」
「怖いか?」
「ううん。怖くわない。でも、切ない」
「消えるなと言ってやりたいが……」
ユキは秘密の部屋が開かれた年、バジリスクの眼光で影分身が石化された。そのせいで、本体のユキは体力を消耗してしまい見るのも辛い状態になってしまったことがあった。引き留め続けることは出来ない。
瞳を揺らすセブルスにユキはニッコリと微笑む。
「それじゃあ、お願いを聞いてくれる?」
「いいだろう」
外へ、と促されたセブルスは静かな玄関ロビーへとやってきた。玄関ロビー横の小さめの部屋に忍び込む。ポンと変化した影分身はいつもの女の姿、着物姿になった。
「消える瞬間まで、手を握っていてくれる?」
「あぁ」
大きな掌の上にほっそりとした細い手が乗る。穏やかな漆黒の瞳に見上げられて、セブルスは胸が潰れそうに痛くなっていた。
「ありがと、セブ」
「―――っ!」
待て、と言う寸前だった。セブルスの目の前が白煙に変わる。自分の目の前から消失した影分身。セブルスは、取り戻すことは出来ないのに白煙を抱きしめた。
消えてしまった……
セブルスは急いで小部屋を出て行った。ユキに会いたい。抱きしめて、存在を確かめたい。『絶対に消えることはない』と明るい笑顔で言って欲しい。
大広間へと飛び込むように入って行ったセブルス。
「素敵ね。ユキ先生も男性も」
「あの男性、どなたなのかしら?」
セブルスの目に飛び込んできたのは大広間に作られた人の輪の中で踊るユキとグライド・チェーレンの姿であった。どろっとした黒い嫉妬がセブルスの胸を満たす。
オフショルダーの深緑色のドレスはユキの肌を美しく際立たせていた。普段とは違うハーフアップにシニョンを作った髪型も愛らしい。普段はしていない化粧が彼女をぐっと大人に見せている。美しさと可愛さが織り交ざった魅力あふれるユキの姿をセブルスは人垣の間から目で追って行く。
ダンスが終わり、大きな拍手。セブルスはユキへと近づこうとしたのだが、邪魔が入った。
「セブルス」
緊迫した囁き声の主に自然と眉間に皺が寄ってしまう。いつの間にか隣に来ていたのはダームストラング校長のイゴール・カルカロフだった。
「話がある」
「我輩にはない」
「大事な話だ、セブルス」
今の我輩も大事な状況に置かれているのだ、とセブルスは内心舌打ちしながら視線を横に向けた。人の輪の中ではシリウスがユキにダンスを申し込んでいるところで、どうやら、それは受け入れられたらしい。馬鹿犬に先を越されたとセブルスは今にも切れそうだ。しかし、そうも言っていられない。カルカロフから何か闇側の情報を聞き出せるかもしれない。セブルスは仕方なくカルカロフの後について大広間を出て行ったのであった。
「再び闇の時代が訪れようとしている。その時、私はどうなるか――――」
「……我輩は何も騒ぐ必要はないと思うが、イゴール」
「私は真剣に心配している。否定できる事ではない。セブルス、君もだろう?」
「我輩はホグワーツに残る。逃げたいのなら逃げろ」
あぁ、腹が立つ。結局、カルカロフからはどうやって身を護るべきかという話しかされず、闇側の情報などは一切入ってこなかった。苛々しながら近くの茂みをバラバラに吹き飛ばすと、いちゃついていたカップルが慌てて散っていく。
「ポッター!ウィーズリー!そこで何をしていた」
「「あ、歩いていただけです!」」
「ならば歩き続けろ!」
どうにかカルカロフから離れ、大広間へと戻る。ユキはどこにいる?探すが、大広間はハチャメチャな状態になっていた。パーティーの終盤は、優雅なワルツから激しいロックに変わっており、生徒たちは飛び跳ね、頭を振り、フリットウィックに至っては生徒の頭上を興奮の声と共に手から手へと渡っていっている。
熱い空気を鬱陶しく思いながら大広間を移動していた時だった。セブルスは一塊になった団体に声をかけられた。
「セブルス!」
上機嫌な校長に声をかけられたセブルスは教師の一団の中にユキの姿がないことにガッカリした。
「顔色が悪いですよ。ホットワインは如何かしら?」
「ありがとうございます」
マダム・ポンフリーからグラスを受け取ったセブルスはホット赤ワインを一口飲み、改めてこの場にいるメンバーを見た。何人か足りない顔がある。
「トレローニー教授は自室へ。ちと、飲み過ぎてしまったようでのう。帰ったと言えばグライド・チェーレン氏もお帰りになられた。それから―――ふぉっふぉっシリウスはそこで女子生徒と揉め事中じゃ」
ダンブルドアの視線の先をセブルスが辿って行くと、シリウスは女子生徒3人に壁際に追い込まれていた。
「モテる男は大変じゃ」
「ユキはどこです?」
「いつの間にか大広間から消えてしまっていたわね」
スプラウトが肩を竦める。
「いなくなったと言ったらムーディ教授は大丈夫かしら?随分酔っていらしたようだけど」
「ふたりを探してきます」
セブルスはフーチの言葉に輪から抜け出す口実を見つけ、大広間から出ることにした。もしかしたら、ユキはお気に入りの天文台にいるかもしれない。気分の良い夜、悲しい夜、彼女は天文台にいる確率が高い。しかし、天文台にユキの姿はなかった。
風に舞いあげられた雪の中を歩き、セブルスは正面玄関前まで戻って来ていた。妖精が煌めきながら飛ぶ薔薇の園をユキと一緒に歩けたら楽しかっただろうに。そう思うセブルスの目に入って来たのはパーティーを抜け出してきたカップルで、その姿はセブルスの苛立ちを煽った。
「そこで何をしている!大広間に戻るか寮へ帰って寝ろ!」
片っ端からいちゃついているカップルを見つけて、良いムードに分け入ってぶち壊し、解散させていく。そうやって薔薇の園を歩いていた時だった。セブルスの耳に言い争いが聞こえてくる。
「スパイとは体を使って情報を抜き出す術も持っているらしいな。奴らからどんな情報を盗んだ?」
ムーディの声に足を速めるセブルス。
「特にシリウス・ブラックはポッターの後見人だからな。ポッターについて良く知っているだろう。そしてブルガリア魔法省のチェーレン氏は今回の三大魔法学校対抗試合の内容を執行部と同じくらい知っている人物だ。そいつからも情報を聞き出したんだろう?え?」
『いい加減にして下さいっ。私はハリーの味方です』
「それはいずれ分かるだろう。体で情報を得る、このアバズ「ムーディ!」
茂みを分けて、セブルスは着物姿のユキとムーディのもとへとやってきた。言い争いの言葉は途中からしか聞こえなかったが、大体の内容は分かった。ユキへの酷い侮辱は許されるものではない。セブルスが怒りながら自分を睨むムーディの隣に並ぶと酒の匂いが鼻を突いた。
「話を聞いていた。雪野はポッターが1年の頃から奴を守り続けている我らの同胞だ。それに、雪野に対する侮辱も許すことは出来ない」
ムーディは敵意と共に地面についていた杖を空中に上げたが、セブルスが既に杖フォルダーから杖を抜いているのを見て思いとどまった。酔って足元がふらついている自分に勝ち目はない。
「もう1人の疑わしき人物の登場か。フン。いいだろう。今はそういう事にしておいてやる」
ムーディは忌々し気な視線をセブルスに向け、携帯スキットルを取り出してグイと中身を飲みながら、悪い足を引きずり去って行く。
「ユキ、大丈夫か?」
『えぇ』
「ムーディは酔っていたようだ」
『かもね』
目の前のユキはムーディの言葉に傷ついている―――事実、彼女がそういった事をやってきたかは今は置いておこう。今大事なのはユキを慰めることだ――――様子で、セブルスはその様子をどうにか変えたいと思い、ユキの左手を取った。氷のように冷たい手。
「行くぞ」
『行くってどこへ?』
「建物の中だ。体が冷え切っているではないか。それに、泣きそうな顔をしている。我輩の部屋に来い。紅茶を出してやる。菓子もつけてな。温まったほうがいい」
『私も表情豊かになったものね』
悲し気な微笑。
「無理をして笑うな」
『ありがとう』
ぎゅっと力を込めて手を握る。壊れそうなその様子に、引き寄せて抱きしめたくなるのを堪え、かわりに城の方へと歩いて行く。
時刻は丁度12時を回った頃。興奮した拍手を背中で聞きながら玄関ロビーを突っ切って地下へと続く階段を下りていく。
セブルスは私室にユキを招き入れて、暖炉に火をつけた。
「ムーディの事は気にするな」
『ありがとう。私は大丈夫よ』
「それならいいが……」
過去は語らないか……。
『それより、パーティーの間、何処へ行っていたの?』
話題を変えられてしまった。しかもあまり自分にとって都合が良いとはいえない話題に。
「踊るの嫌だから逃げていたんでしょう」
「ブラックとお前の影分身もいたのだ。我輩は必要なかろう」
苦手なりに頑張ったのだ。確かに1曲しか踊らなかったが……マクゴナガルの言いつけ通り、壁の華の生徒に話しかけて寂しい思いはさせなかった。寮監としての務めは果たせただろう。と心の中で自分を認めていると、
『私、あなたと踊りたくって探したのよ』
目の前のユキが膨れて言う。
「では、今踊るか?」
待ちに待った誘いに対して、すらりと出た言葉。
『え?』
セブルスが杖を振ると、部屋の片隅に置かれていた蓄音機からスローテンポのワルツが流れ始める。
手を差し出すが、『待って』とユキは言い、両手を胸の前で組んだ。ポンと白煙の中から現れたのはドレス姿のユキの姿だった。
美しい
セブルスは大きく心を揺さぶられた。大広間で、遠くからユキがドレス姿で踊る様子を見ていたが、こうして近くで見ると、本当に、輝くばかりの美しさだ。目の前の愛おしい存在に胸が熱くなる。
『スリザリンの女の子たちが化粧と髪を結ってくれたのよ』
「そうか……。似合っている」
そう言うだけで精一杯だった。言葉も忘れるとはこのことで、ユキに話しかけられて漸く、自分の気持ちの数万分の一を言葉にすることが出来た。
セブルスはそっとユキの頬に手を伸ばす。存在を、確かめたいと思った。美しい彼女は、どこか自分の手の届かない場所にいるような気がしたからだ。
冷たい頬。掌から感動が体中に駆け巡っていく気がした。潤んだ黒い瞳が自分を見上げる。熱いその瞳は自分を欲しているように見えた。
「綺麗だ」
『ありがとう』
暖炉の火だけのほの暗い部屋の中、セブルスとユキはゆったりと踊り始める。
甘い喜びにじんわりと火照る体。
曲が終わって、自然と足を止めたが、ふたりはホールドこそ崩したものの、そのままの距離で見つめ合っていた。
「ユキ」
落ち着く、低いビロードのような滑らかな声でセブルスはユキの名前を呼ぶ。微笑の深まったユキの顔に唇を寄せ、そっ、と頬に口づける。
「我輩はいつもお前の味方だ。何があっても。何かあったら必ず我輩を頼れ」
『うん。セブ……』
ユキは『もう1曲』とセブルスにダンスを強請った。ふたりは再びクルクルと踊りだす。
ダンスを終えたふたりは2人掛けのソファーに座って暖炉の火を見つめていた。その手にはセブルスが用意した赤ワインがある。
『心地いいわ』
完全に体の力をソファーの背に預けているユキは少し眠そうで、とても無防備だ。
『帰らなくちゃ。眠ってしまいそう』
「部屋まで送る」
『大丈夫よ。私は酔っていても誰かに負けるような女じゃないし、それにここはホグワーツよ。魔法界で一番安全な場所だわ』
「では、君と出来るだけ一緒にいたいからだ、と言えば許してくれるかね?」
お酒のせいで赤らんでいる顔をユキはポッと更に赤らめさせた。
『それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわね』
既に2時を回っているホグワーツ城はシンとした静けさだった。
『今夜は本当に素敵な夜だった』
「良いクリスマスだったな」
『来年はどんなクリスマスになるかしらね』
出来ればふたりきりで過ごせたら、とセブルスは思った。だが、言わなかった。慎重に、慎重に。今夜は十分に“押した”。だから、今はただ、ユキの傍にいるだけにして紳士的にいよう。
『送ってくれてありがとう』
自室の下、吹きさらしの階段の下で立ち止まり、ユキはセブルスを見上げた。
『温かくして寝てね』
「君も」
『あの……』
「なにかね?」
『ううん』
別れるのが名残惜しかったが、ユキは自室にセブルスを招くことはしなかった。そうすれば、ふたりは一線を越えてしまうだろう。ユキは、まだ誰かを好きだと自覚していなかった。大事なことをムードの流れるままにしたくない。
『おやすみ、セブ』
「ゆっくり休め」
階段を上がり切ったユキはセブルスに軽く手を振って自室の中へと入って行く。パタンと閉じられた扉。
セブルスはユキの煌めいた瞳を思い出しながら、闇に溶けた廊下を自室へと帰って行ったのだった。