第1章番外編
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散歩
ホグワーツ魔法薬学教授であるセブルス・スネイプは芝生の丘を上り、夏の暑い日差しから逃れるように禁じられた森へと入って行っていた。
危険動物の住まう森は大人でも恐れる場所であるが彼はホグワーツの教授であり、闇の魔術に長けた実力者である。森に生えている貴重な薬草に心浮き立とうとも恐怖など感じてはいなかった。
太陽は真上にあるが昼間でも暗い森。杖灯りは出さなくても良いが空を覆う頭上の葉で辺りは夕暮れのようだ。しかし、暑さに弱いセブルスにはそれが好ましかった。
今日は薬草を摘みに来たのではなく、ただの散歩だった。迷わないように気を付けながらも気ままに森を散歩する。ついでに貴重な薬材、例えばユニコーンの角でも落ちていないかと思っていた時だった。セブルスの足元でザクッと音が鳴る。
「っ!?」
ハッとしてみれば足元に刺さっていたのは黒い鉄の武器らしきもの。発射元を探して顔を上げたセブルスの視線の先には薄々予想していた人物が木の上にいた。
「Ms.雪野、何の真似かね?」
そこにいたのは異世界から来たという若い女で、新年度から忍術学の教授となるユキ・雪野が全身黒い服に身を包んで木の枝に上体を起こして足を伸ばしていた。
セブルスは初めのうちユキを見て、そのどこか冷えた様子と深い闇のような黒い瞳に不気味さを感じて良くない印象しか持っていなかったのだが、魔法界や魔法を教えているうちにユキに興味が沸いてきているところだった。とはいえ、ハリー・ポッターが入学してくる年に異世界からやってきた怪しげな女への警戒は緩めていないが……
クルクルと手の中で苦無を回しながらユキはセブルスを見下ろす。
『そこ、罠を張っています』
「罠?」
ユキによって新たにシュッと投げられた苦無が地面に突き刺さった瞬間、
ボカンッ
地面が爆発した。
「……」
セブルスは唖然とした。
目の前では爆発の力で吹き飛ばされた土がハラハラと落ちてきている。踏んでしまっていたらタダではすまなかっただろう。セブルスは木の上で平気そうな顔をしているユキを睨みつけた。
『睨まないで下さい。穏やかな時間を邪魔されて私も不機嫌ですよ』
そう言うユキの表情は仮面を被ったような微笑が張り付いていたし、声も穏やか。しかし、言葉はざっくりと遠慮がなかった。セブルスは出会って間もない自分に―――生徒からは怖いとさえ評される自分にハッキリと物を言う様子に口角を上げた。
「それは申し訳ないことをした。禁じられた森に君の領地があったとは知らなかったのでな」
『いえ』
皮肉は訳の分かっていない顔のユキに受け止められたのでセブルスは肩を竦めた。時々、ユキとはこうなることがある。
「休日を邪魔してすまなかったな」
セブルスはもう少し話していたい気もしたが、これ以上話すこともない。方向を変えて右へと歩き出す。しかし、
グサッ
再び足元に苦無が突き刺さった。
「なんだ?」
『そこも罠です』
小さく舌打ちをしたセブルスが今度は180度回転して歩き出そうとしたのだが、そこにも苦無が突き刺さる。
「おい。いい加減にしろ」
『昼寝に集中するために罠を沢山張ってしまったのですから仕方がないではないですか』
「まったく。では罠がない場所を示したまえ」
イライラして言うとユキは立ち上がり座っていた木の枝を蹴った。綺麗な曲線を描いて飛んできたユキはセブルスの前に降り立つ。
ユキを見下ろしているセブルスは腹が立っていたのにそのイライラが段々としぼんでくるのを感じていた。目の前の整った顔はミステリアスな美しさで、眺めていれば小さなイライラなどどうでもよくなってくる。セブルスはイライラが消えていくのを感じながら顔のいい人間は得だなとぼんやりと思った。
『城へ帰ります?それとも先に進みますか?』
「先へと進む」
『ではこちらへ』
セブルスは驚いた。ユキがパッと自分の手を取って歩き出したからだ。綺麗に結い上げられた髪から背中、繋がれている手に視線を落とす。異性と手を繋ぐという久しぶりの感覚に戸惑いを隠せない。そして不覚にも胸をドキドキさせた。
だが、相手は警戒すべき雪野なのだと思い出したし、セブルスもうぶなわけではない。胸のドキドキは直ぐに落ち着いて冷静にユキを観察する。
新年度が始まってこういった類のトラブルを起こさなければ良いが。
喜怒哀楽が乏しいのに時々相手をときめかせるという意味でドキッとさせるような行動をするユキにセブルスは少々不安になった。だが、それはマクゴナガルが指導するであろう。とセブルスは心の中で丸投げする。
『ここまできたら大丈夫です』
ユキはセブルスの手を離して振り向いた。
『ところで、スネイプ教授は禁じられた森で何を?お仕事ですか?』
「いや、散歩だ」
『こんな陰鬱なところを?』
「そういう君も陰鬱な森で昼寝をしていたのではないかね?」
『そうでした』
ユキは表情の変わらない顔で口だけ驚いたように開いた。セブルスが間の抜けた顔に小さく笑ってしまうと今度は不思議そうにユキは首を傾げた。
何だかんだで心が読み取れるものだな。
急にユキへの親近感が沸いたセブルスは自然とユキを散歩に誘っていた。
「君さえよければだが」
『行きます!』
思いのほか元気な返事が返ってきてセブルスは驚きながらも嬉しくなった。
「油断せぬように」
『はい』
夏の暑さとは無縁の森の中を歩くのは(この陰鬱な雰囲気は残念だが)気持ちがいい。セブルスとユキはゆったりと森を歩いて行く。
大きな古木を見上げて、見たことのないキノコについてユキはセブルスに質問をした。知らない草木を尋ねればセブルスから答えが返ってくるのでユキは感心する。
『スネイプ教授は博識ですね』
「魔法薬学には薬草学の知識が不可欠だからな」
『その知識量で杖の実力もある……優秀な方だ』
「何故我輩の杖の実力が分かると?」
『だってこの森にお1人でズンズン入ってくるわけですからね』
「それなら君も同じだ。魔法界に来たばかりで怖いもの知らずだな」
『この森は面白いです。凶暴な生き物もいますが、綺麗な生き物もいる。真っ白で角の生えた馬のような生き物は美しかった』
「ユニコーンに会ったのか?」
『あれはユニコーンというのですね』
「全ての部位が貴重な魔法薬の材料だ」
『それなら狩っておけば良かったわ』
「無闇に動物を殺すな」
『はあい』
ちゃんと理解しているのか心配になるユキの様子を横目で見ながら歩いていると、ふとユキが足を止めた。
『見て下さい』
ユキの視線の先を辿ればそこにはブラックベリーがなっていた。ツヤツヤとした光沢のある木苺はまるで黒真珠のように美しい。自分の方を見上げたユキに視線を向けたセブルスは驚いた。ユキの顔は期待に目も顔もキラキラとしている。
『食べていいですか?』
「我輩に許可を取る必要はない」
ぴょーんとひとっ飛びでブラックベリーの低木まで行ったユキは地面に膝をついて両手でなっている実を取り、口へと放り込む。
ユキの真横に来たセブルスはその様子を見て笑いそうになってしまった。無我夢中で食べている様子は見かけなど気にしていないようで、まるで純真な幼子のようであった。
しかし、セブルスは気が付いた。ユキの手に赤い線が走っているのが見える。腕を掴んで動きを止めて見ればユキの手からはブラックベリーの木の棘によってできた傷から血が滲んでしまっていた。
「手を痛めてまで食べ続けたいか?」
ユキの前面は既にブラックベリーが食べつくされてしまっている。なんて素早さ。食い気。
呆れて溜息が出てしまうセブルスの前では食事を止められて不満と言ったユキの姿がある。
『このくらい傷のうちに入りませんよ。それよりもブラックベリーを楽しみたい』
「我輩に血を流しながらブラックベリーを貪り食う姿を見ていろと?うぐっ」
セブルスの口にブラックベリーが押し付けられる。
『食べないと唇でブラックベリーを潰して汁を滴らせて服を汚します』
ユキは眉間に皺を寄せて戸惑うセブルスの口の中にブラックベリーを押し込んだ。
『食べたいなら素直に言うべきです』
「違う。先ほどの意味はそうではない。どう解釈したらそうなる」
セブルスがローブのポケットから出した巾着を杖で叩くと黒いドラゴンの革で出来た手袋が現れる。手袋を渡されたユキは不思議そうにセブルスを見つめた。
「棘のある薬草の採取に使う手袋だ」
『あ……えっと、ありがとうございます』
「それから……こちらも使うといい」
ローブのポケットから出されたのは傷薬。ユキはトロリとした液体を、薄く木の葉の間から入ってくる光にかざした。
キラキラと輝く液体はユキの心臓を優しく鳴らす。
『お願いが』
「何かね?」
ユキが取り出したのは風呂敷。それをセブルスに渡した。
『取った実をそこに入れていきますから持っていて下さい。帰って一緒に食べましょう』
キリリとした顔のユキはまるで戦いに向かうようにカッコよく手袋をはめて――――
「っ!?」
奥の木からブラックベリーを取ろうと顔から突っ込んでいく。
「はあ」
手袋を渡した意味が分かっていない。
ユキの顔は傷だらけ。
『しっかり風呂敷を持っていて下さいね』
セブルスは戸惑いながら全てのブラックベリーが取りつくされるまで籠係を務めたのだった。
禁じられた森から出た2人。
セブルスはユキの部屋に呼ばれていた。
セブルスを出迎えたユキは紫色の着物を着ている。カントリー調の部屋はユキには合っていないなとセブルスは思う。
椅子を勧められればテーブルの上にレアチーズケーキがあり、その上には先ほど採ったブラックベリーがデコレーションされていた。
『好き嫌いを聞くのを忘れていました』
「特にない」
コポコポと紅茶を淹れてユキはセブルスに差し出し、包丁を出してタルト土台のレアチーズケーキを半分に切った。そして手を使ってケーキの土台部分を掴んでボンとセブルスの皿に乗せ、自分の分も手で皿の上に落下させた。
見かけの静々とした様子と違ってなんと粗野なんだ。というのは今は置いておこう。皿を見れば半月形のチーズケーキが鎮座している。
「包丁を取ってくれ。我輩は君と違って胃袋に限界がある」
『好きなだけ食べて頂いて大丈夫です。残ったら私が食べますから』
食べ掛けをか?
セブルスは若干引いた。
その間にもむしゃむしゃとレアチーズケーキを食べていくユキは先ほどブラックベリーを貪り食べていたように一生懸命にケーキを口に運んでいる。仮面をつけたような顔と穴の開いたような黒い瞳からは感情が分からないが、その態度からはケーキが非常に美味しいことが伝わってきた。
チラチラとユキの視線が向けられるのは手の付けられていないセブルスのケーキ。
セブルスは可笑しくなり小さく鼻で笑って自分のケーキ皿をユキの方へと押した。
「食べるといい」
『でも、一口も食べていない……まずそうですか?』
セブルスはサクッと一口分、ベリーも乗せてフォークでケーキを切って口に運ぶ。
「美味だ」
再び押されたお皿。
セブルスは前のめりになってパクパクとレアチーズケーキを食べるユキの前でお世辞にも美味しいとは言えない薄い味の紅茶を啜ったのだった。